ついに夏本番!さぁ、家族でキャンプに行くぞ! >>

東日本大震災の被災者の方々に向かって「頑張って下さい」というのは、

十分頑張っている人たちに追い打ちをかけるようで、悪い言葉だと言う人がいるそうですが、

一方、「頑張れ」は挨拶程度の意味しかないのだから、悪い言葉ではないと言う人もいます。

どちらが正しいのでしょうか。

「頑張って下さい」は、被災者に向かって言って良いのか、悪いのか、どちらでしょうか。

A 回答 (10件)

日本社会において「頑張れ」「頑張ろう」と声を掛けることは非常に正しいことです。


それが証拠に、日本中のいろいろな団体が今回の震災を受けて「がんばろう日本」というスローガンを掲げています。
このOKWaveだってそうですよね。
「頑張れ」と言われて頑張れなかったり不満に思う人は日本社会には要らない人なのです。

以上は「頑張れ」「頑張ろう」と言う人の論理です。
言われる人にとっては、腹立たしく思う人も多いでしょう。
私も、関西在住なので今回の震災では被災していませんが、以前仕事に頑張ってそのおかげで人生を狂わせましたので、基本的に人から「頑張れ」とか「頑張ろう」とか言われるのは大嫌いです。
言われても心地良く思うのはスポーツをしているときの声援だけです。
そういう私にとって、今の日本社会は息苦しくてしかたありません。
    • good
    • 0

ご質問を読み、回答者の皆さんの回答を読み思い出しました。



意識が薄れていく中、医師から
「がんばれ、がんばって」
て声をかけられ、力が湧いてきたことを。

「がんばろう」じゃ「もう…ダメ」って心が折れていたかもしれません。
「がんばろう」じゃなくて「がんばれ」がその時の私にはぴったり…心に響くものでした…感謝です。

いろんな意見が、いろんな思いがあって当然です。
その場、その時々に」よって
「がんばれ」がいい時と
「がんばろう」がいい時があるように思います。

ですから、
>どちらが正しい
とかの問題ではないと思います。
    • good
    • 0

「頑張れ」には、話す人が意識していなくても、「あなたは頑張るべきだ」という意味あいを含んでいます。



相手が、そのことを暗黙の裡に了解しているときは問題ありません。励ましだと受け取ります。

しかし、頑張る状況にない、あるいはもう十分に頑張ってきたので静かにしておいてほしいと思っている人には「あなたは頑張るべきだ」と言われることは大変な負担になります。
 
    • good
    • 0

確かに、既に十分頑張っているつもりの人(いわゆるテンパった状態の人)に「頑張って」というのは逆効果といわれますね。

また、「うつ」状態に陥っている人にこの言葉は禁句だというのもいまや常識になりつつあります。

言葉自体は悪い意味とは思えないのですが、自分ではどうしていいかわからない状態の時に、何も助けてくれる見込みのない人から、無責任に「頑張れ」と言われるのは、むかっ腹が立つことはあるでしょう。
一面、好きな人や無邪気な子供に「頑張れ」といってもらえるのは、どんな状況でも嬉しいことだと思います。(まあ精神障害までいっている時は例外として)

個人的には、使い分けの配慮が必要と思います。
気を取り直して、笑いが出たくらいの状態にまで戻っていれば、「頑張れ」は言葉だけでも励ましになるでしょう。また、そうでなくても、救援物資の箱に「頑張れ」と書いてあれば「助けてくれる人がいる」と思うことが、心の支えになるかもしれません。

反対にいえば、絶望に沈んでいる人に無責任に「頑張れ」はまずいと思います。私には福島原発の影響の受けた農家・漁師の方々にかけてあげられる言葉がみつかりません。
    • good
    • 0

「頑張れ」と言う言葉自体には、正義も悪も有りませんよ。


背景とか状況を考慮した上で、発言者がどういう気持ちで言葉を発するか?でしょうね。

努力不足を叱責するのであれば、問題です。
また発言者が、深く考えず、軽い気持ちで「頑張れ」と言ってしまったなら、反省し謝罪すべきでしょう。

逆に、激励の意味であれば、何の問題も無いです。
頑張っておられる方に対しては、失礼なコトかとは思いますが、それでも頑張るしかないのも事実だし、実際に最前線で必死に頑張っておられる方には、「頑張れ」と言う激励の言葉は届くと思います。

深く考えた上で「頑張れ」と言い、それでも被災者の方から反感を買ったら、その場合はキチンと釈明し、理解を求めれば良いと思います。

ただ、「頑張れ」と言う言葉は、相手だけの努力を喚起する言葉ですね。
今回の震災は、日本中が何らか被害を受けていますので、日本人全員が被災者と言って良いかと思います。
だから、直接被害者に対しては、「みんなで頑張ろう。一緒に頑張りましょう!」と言う方がベターかな?と思います。

たとえ外国の方であっても、日本に手を差し伸べてくれる方は、日本や日本人を仲間と思ってくれて、一緒に頑張ってくれる人ですしね。
日本が一つに、世界が一つになって、被災地や被災者の復興を支援すれば、絶対に震災前より良くなりますし、尊い犠牲者のためにも、絶対にそうしなきゃならないです。

「(みんなで)頑張ろう!」です。
    • good
    • 0

 先日、このサイトでも被災者の方に「がんばって下さい」と書きました。



 私は、日本語の現在の意味には、「がんばった先には幸せが待っている」とか「がんばった先には幸せがあるように祈っている」という意味合いがあると感じます。

 日本人が行列をつくって番が来るのを待つのだって、まっていれば必ず自分の番が来るという思いがあるからではないですか(実際には途中で商品などがなくなる場合もあるけども)。その程度の確率で、日本においては「がんばりは報われてきた」という確信のような、経験則のようなものがあるように思うのです。あなたのがんばりもきっと報われる、だからがんばれ、と私は言いたいです。

 そんなのおまえの勝手な思い込みだ、と言われればそうかもしれませんが、だれでも、しくじってのたれ死にしてほしい人に向かって「がんばれ」なんて言わないでしょう。全力を出して走っているランナーに、がんばれー、と声援をおくっても、それ以上はがんばれないはずです。そんなことは分かっています。誰も、そのランナーが手抜きしているなんて思わない。でも、がんばれー と叫んで手を振るのは、努力が報われるだろう、報われて欲しい という祈りにも似た気持ちが含まれているように、思うんですよねぇ。

 そこを、がんばれと言われた人にはくみ取ってほしい、と思いつつ、私は「ガンバレー」と声援を送り続けたいです。
    • good
    • 0

頑張れと言う言葉は当て字で我を張るから転じた言葉であると言うことです。


我意を張りとおすことが語源ですからあまり使いたくはありませんが、
励ますための言葉として適切な日本語がないので使われているのでしょう。
言うのなら「みんなで応援して、できるだの事はするつもりです。気を落とさないでね。」
といいたいです。
    • good
    • 0

こんばんは



「がんばれ」は僕の嫌いな言葉です。
理由は、他人事のように聞こえるからです。
好きなのは「がんばろう」です。
「がんばろう」は自分も含まれます。


もうひとつ。
>十分頑張っている人たちに追い打ちをかけるようで
阪神・淡路大震災でボランティアとして参加した時に、避難所となっていたお寺の
住職さんから聞きました。
「頑張っていはいけない」と。復旧・復興には長い時間がかかるから、
頑張ったら疲れてしまうとのことでした。
    • good
    • 0

良い言葉か悪い言葉か受け手によって異なるでしょう、人それぞれの気持ちが有ってその人が決めるだけなので、良い言葉と思う人も居れば悪い

言葉と思う人が居る、どちらの意味も正解だと思うよ
    • good
    • 0

見放した言葉のようにも感じるし、精神状態が弱まっているヒトに無理矢理動かすような言葉にも捉えられるんじゃないでしょうか?


動きたくても、動けない!とか、言われるほどに早くやれと煽られているような気持ちに。
あとは、今のこの状態は自分は認められていない。
可哀想な存在と言われているような気持ちにもなると思います。
    • good
    • 0

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人が検索しているワード

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Q2歳〜以降の幼児で、いつまでも かんしゃく を起こしたり お友だちに意地悪や、ぶったり叩いたり、言葉

2歳〜以降の幼児で、いつまでも かんしゃく を起こしたり お友だちに意地悪や、ぶったり叩いたり、言葉遣いが乱暴だったりする子って 何が影響していると思いますか?

Aベストアンサー

まぁでも2歳以降ってそういう時期じゃない?その悪いことを悪いと学ぶ時期じゃないかな?5歳以降で意地悪してたら家庭環境に問題があると思うけど

Q【頑張るんだぞ】【 頑張ろ(れ)】

❶【頑張るんだぞ】という言い方はあるでしょうか?
❷【 頑張ろ(れ)】との違い、つまり、どんな時に頑張るんだぞ と言うのですか?

Aベストアンサー

普通、激励のための声掛けに使われます。
試験や試合のある当日、送り出すための言葉など。
『頑張るんだぞ』は、一見命令形ながら、強い励ましの意。
『頑張れ』は通常の励まし。
怪我などで苦しんでいる人には、使わない方が良い。傍目にも可成りの重体なのだと本人を気落ちさせてしまいます。『なんだ、これしきの怪我で!』と叱咤する方が余程激励に値すると、戦友を看取った古老の経験談。
鬱の人には禁句です。頑張りすぎた結果で鬱になった人には、死者に鞭打つに等しいから。
『これ以上頑張れるか』と、反感を買った上に落胆されます。

Q「言葉」ってどういうものだと思いますか?

「言葉」ってどういうものだと思いますか?

テレビをつけても人が集まっても言葉が飛び交っている…。言葉言葉言葉…。

なんででしょうか?

Aベストアンサー

言葉は、人間が生きるための『ツール』として捉えています。

TVで言葉が飛び交うのは、コンテンツとしての情報発信のためです。
最終的には放送局が広告主から広告費をもらうために
視聴者をTVの前に釘付けにするためのツールとして
言葉がスピーカーから出てくるのです。
要するにこれも広告費を稼いで生きるためでしょう。
TVの場合は、言葉で無い場合もあります。映像だけでも成立しますからね。
ラジオも同じです。

人が集まって言葉が飛び交うのは、
何らかの情報の出力・入力をするわけですが、
これも究極は生きるためのツールです。

もし、緊急事態が起きて助けが必要な場合、
言葉を使って誰かにコミュニケーションをとらなければなりません。

言葉を使って緊急事態を伝えることが出来なければ
すなわち死が待っています。
SOSという信号も、SOSという言語=記号=言葉があって
初めて成立するものです。

言葉が存在する究極の意味は
人間が生存するために与えられたものだと思います。


逆に言葉がない世界を想像してみてください。
何か野蛮な匂いがしませんか?

獣の世界に変わると思います。

言葉が無ければ法律も成立しないでしょうし、
ましてや自制なんて働かないでしょう。

人にモノをとられても、取り返すことを伝える術がありませんからね。

言葉は、人間が生きるための『ツール』として捉えています。

TVで言葉が飛び交うのは、コンテンツとしての情報発信のためです。
最終的には放送局が広告主から広告費をもらうために
視聴者をTVの前に釘付けにするためのツールとして
言葉がスピーカーから出てくるのです。
要するにこれも広告費を稼いで生きるためでしょう。
TVの場合は、言葉で無い場合もあります。映像だけでも成立しますからね。
ラジオも同じです。

人が集まって言葉が飛び交うのは、
何らかの情報の出力・入力をするわけですが、
これも究...続きを読む

Q被災者と震災者の違いとは?

タイトルどおりですが、被災者と震災者の違いとはなんですか?

被災者はわかりますが、いつからか震災者という言葉も見かけます。

使い分けはあるのでしょうか?

Aベストアンサー

被災者とは地震・台風等の天災や、事故・事件等の人災にあった人を指します
実際には天災の被害を被った人を「被災者」、人災は「被害者」です。

震災者という言葉は厳密には存在しなく、マスコミがつくりあげた言葉です。
ちなみに「震災」という言葉は地震による災害を意味し、もとからあります。

意味は地震による災害(津波なども含む)を指しているようです。
ですので、原子力発電所の(二次的な)事故による被害者も含むでしょう。

Qこの意味の言葉の熟語って・・・

この前どこかの本で「無に還す」とか「無に還る」という言葉を聞きました。この言葉の意味の二字熟語を何か知りませんでしょうか??辞書にのっている言葉でお願いします。

Aベストアンサー

「抹殺」
  http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=%E6%8A%B9%E6%AE%BA&stype=1&dtype=0

「帰元」
  http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=%E5%B8%B0%E5%85%83&stype=1&dtype=0

など近いかと思います。

Q贈る言葉として活用出来そうな言葉とは

会社で長年勤務されたベテランの女性スタッフに色紙に言葉を添えて贈ろうかと思っております。
ここでお聞きします。
贈る言葉に適した「故事成語」「熟語」があればぜひお教え下さいませ。毛筆でビシッと書きあげたいと思います。

Aベストアンサー

「贈る言葉」は、delaさんの「こころ」のなかにあります。「ご苦労様でした。」という、ねぎらいの言葉、尊敬しています、というあこがれの言葉、賞賛の言葉、たくさんあると思います。
五木寛之「林住期」、人生の黄金期です。「冥加」仏教のおしえだそうです。「縁」ご縁がありますように、「えにし」。
これを機会に、文庫本で、格言についての本を購入してください。岩波文庫に「ことばの花束」「ことばの贈り物」があります。
竹内マリヤさんが好きなら、「人生の扉」CDをプレゼントしますね。
普段からこころの準備をしておいてください。

Q疑心暗鬼をやめたい

疑心暗鬼をやめたい。周りが信用できないのはなぜ?

Aベストアンサー

あちゃ~疑心暗鬼に陥ってしまったわけですね。
でも、疑心暗鬼を払拭するには、ただただ信じるしか
ありません。
誰かに、嘘をつかれたり、裏切られたりすると、どうしても
疑心暗鬼に陥ることになりますが、すべての人がそうとは限り
ませんから、ちょっと人を信じてみてください。
私自身も実は、過去のおいて、人を信じることができず、人間不信の渦へと。
しばらくは、疑いの目、距離を置いて、人と付き合うことにしました。
しかし、それが凄く疲れ、自分が嫌になり、人を少しづつ信じて付き合うことに
なりました。

周りが信用できないのは、自分が疑心暗鬼になっているからです。
なので、逆に疑心暗鬼にならなかったら、周りが信用できるように
なります。
私自身はそれで、人を信じることができるようになりました。

Q大和言葉には「ら行」から始まる言葉がなかったそうですが、それは何故なの

大和言葉には「ら行」から始まる言葉がなかったそうですが、それは何故なのでしょうか?
お分かりになる方がいらっしゃいましたら教えて下さい

Aベストアンサー

おそらく「なぜ?」という問いに答えを出すのは容易ではないと思います。ラ行以外にも濁音や半濁音は本来語頭に立たなかったそうですが、今では難なく発音しています。昔の人にとって何らかの理由で発音しづらかったとか、本当に語頭では発音しづらい音だったものが時代とともに現代の音に変わってきたとか想像はできますが何しろ証拠がありません。

こういうことは日本語に限らずあちこちに見られます。韓国語でもラ行や濁音は本来語頭に立たず、今ではそうではないでしょうがちょっと前まではラ行で始まる外来語などは発音しにくそうにしていたそうです。
バスク語では語頭にRが立たない、英語では本来 v[v] と z[z] は語頭に立たない、スラブ系のある言語では語尾に来る子音の組み合わせに制限がある、などさしたる理由の見当たらない制限はいくつも見つかります(初めはなかった制限がのちにできたような場合は理由が推測できることもあります)。もっともかなり昔から外来語全くなしというわけにはいかないことが多いので、(本来)例外的な語形もあまり例外的とは感じられなくなっていることが多くあります。

おそらく「なぜ?」という問いに答えを出すのは容易ではないと思います。ラ行以外にも濁音や半濁音は本来語頭に立たなかったそうですが、今では難なく発音しています。昔の人にとって何らかの理由で発音しづらかったとか、本当に語頭では発音しづらい音だったものが時代とともに現代の音に変わってきたとか想像はできますが何しろ証拠がありません。

こういうことは日本語に限らずあちこちに見られます。韓国語でもラ行や濁音は本来語頭に立たず、今ではそうではないでしょうがちょっと前まではラ行で始まる外...続きを読む

Q「誤解」という言葉の使い方

ある特殊法人が間違った税金の使い方をしたため、幹部数人が並んでお辞儀をして謝る場面をテレビで見ました。
このとき「今後こういう『誤解』を招くようなことは、一切致しません。」とのお詫びの発言がありました。
「誤解」という言葉の使い方は、これで合っているんでしょうか。
間違った行為をしながら、「誤解を招いた」というのは、おかしいような気がします。
しかし、いつも辛口のテレビコメンテーターも、変だとは指摘しません。
そして、このような「誤解」という言葉の使い方については、過去にも同様の謝罪会見で、何回か耳にたことがあります。
やっぱり、「誤解」という言葉の使い方は、これでいいのでしょうか。

Aベストアンサー

その特殊法人がどんなことをしたのかにもよりますが、
「間違った行為をした」のならば、「誤解を招いた」という言い方は間違っています。

ただ、お役所が行う謝罪というのは「間違った行為」に対して謝罪をしている場合は少なく、
「社会問題になったこと」に対して謝っている場合が多いです。
謝罪の言葉も、「間違った行為をして申し訳ありません」という言い方より、
「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」という言い方が圧倒的に多いですね。
つまり、「間違った行為をした」のではなく、「間違ったと『思われる行為』をした」という認識です。
これは「自分たちは間違ったことをしたつもりはいないが、間違ったと思われる(誤解される)行為をして、
それが社会問題になり、(結果的に)国民に迷惑をかけてしまった」という考えになります。
こう言えば、本来処罰されるべきである間違った行為そのものに対しては、責任が問われないことになります。
そして、「国民に迷惑をかけたこと」という事に対してのみ責任を取って、幹部などの座を退く、
これで処罰は免れることができます。
特に、その行為が刑事罰の対象になるような場合、そこは徹底的に隠し通して、
マスコミや世論の責めを回避するために、その行為に対して責任をとったように見せかけて
事をうやむやにして終わらせようとしているのです。

>しかし、いつも辛口のテレビコメンテーターも、変だとは指摘しません。

確かにこれもおかしいですね。
本来、責任を取るというのは、その行為の詳細や原因を明らかにし、
二度とこのような「行為」がおきないように、対策を講じるのが本来あるべき姿です。
やめるかどうか、処罰されるかどうかなどはその後の話です。
しかし、日本ではこのようなことをしても評価されず、自ら退くのが善いとされています。
少なくとも政治やビジネスの場ではこのようなことはよろしくないですね。

その特殊法人がどんなことをしたのかにもよりますが、
「間違った行為をした」のならば、「誤解を招いた」という言い方は間違っています。

ただ、お役所が行う謝罪というのは「間違った行為」に対して謝罪をしている場合は少なく、
「社会問題になったこと」に対して謝っている場合が多いです。
謝罪の言葉も、「間違った行為をして申し訳ありません」という言い方より、
「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」という言い方が圧倒的に多いですね。
つまり、「間違った行為をした」のではなく、「間違っ...続きを読む

Q東日本の人は「ひっつく」という言葉を使いますか?

東日本では何事も「くっつく」と言うように思うのですが。

「ひっつく」を使うと指摘されませんでしょうか。よろしければ試されてみてください。

使い分けられている人がいますかね。

知らず知らず、各人の言葉遣いは、親や友人の出身や本人の転居経験に影響されていると思いますのでご検討の上、
ご回答宜しくお願いします。

Aベストアンサー

東京下町生まれ、茨城西部地方居住の者です。

東京下町出身者は「ひ」の発音が「し」になってしまうので「ひっつく」を言わせたら「しっつく」になりますから「くっつく」のほうを使いますね。
「くっつく」を強調したい時は「へばりつく」を使います。

ただ「ひっつく」と「くっつく」が同義語であることは理解してますから「ひっつく」と言われても意味は通じますが、使い分けるとしたら「くっつく」と「へばりつく」ですね。

私の場合は、「ひ」の発音が苦手で「ひ」と「し」の区別もつかないので「ひっつく」は発音したくない言葉になります。


人気Q&Aランキング

おすすめ情報