旧日本軍では、海軍はリベラルで、陸軍は保守的だったと聞いたことがありますが、本当でしょうか。
もっと言えば、海軍は善で、陸軍は悪だったのでしょうか。

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A 回答 (15件中1~10件)

戦後、海軍に好意的な人間が日本の中枢の大部分を占めましたからね。


それが影響しているんだと思います。

海軍は機械(軍艦)を操作して戦をする軍隊ですから、それなりの教育水準が求められた訳です。
ですから、高等教育を受けた人間は優遇されたんですよ。
陸軍の方は、この優遇が少なかったようで、大卒の人間が小学校卒の人間と同じように扱われたりで、当時、日本では極少数だった高学歴の彼らのプライドを痛く傷付けた様です。

高学歴者に対する待遇は、海軍の方が良かったのです。

戦後、高学歴だった人間は社会に戻って様々な分野の中枢を占めるようになりましたが、この時、海軍は良かった陸軍は駄目、という風潮が出てきたようです。
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戦争でもスポーツでも戦意を失ったり窮した方が負けとなりやすいもの。


それが「精神論」で、守る立場になった場合に
気合を入れすぎると傷を益々広げて相手に餌を送るばかりになる、こともある。

けれども海軍は士気よりも道具や装備がものをいいます。
いくら根性とか、「死ぬ気になれば何でも出来る」と精神力を持ち続けたところで
船や飛行機がなければ守備も撤退も何も出来ない!のが海軍。

精神論の善悪を全称判断から特殊判断に改めたのが海軍です。
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帝国海軍には条約派と艦隊派がいました。


条約派はロンドン海軍軍縮条約締結やむなしと考える派閥、断固拒否が艦隊派だったのですが、これがそのまま三国同盟反対・対米避戦と日独伊三国同盟推進派や対米開戦強硬派に分かれることになります。
戦後の観念では前者が善で後者が悪なのでしょうが、要は海軍は内部に両派が居たわけです。

基本的には艦隊派が権力を握っていたわけですが、条約派に近い考えの米内光政がいずれ天皇に指名され首相となり、避戦に奔走します。陸軍はそれが気に食わず米内政権を倒閣し東条英機の下戦争に突き進みます。
この流れが戦後の陸軍は悪・海軍は善というもとだねになったわけです。
海軍が善と言う評判は、海軍組織の行動と言うより米内光政個人や海軍の中の一部の派閥の考え方による面が大きいと言えます。
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リベラルか保守かと言った違いと言うより、2つの勢力の反目・競走と言う傾向があったと言う事でしょう。


米国軍も沖縄で陸軍と海兵隊は絶対一緒に訓練できないと言う話がある様に、それは日本と言う国に限らないとは思いますが、この国では特に相手と反対方向を選ぶと言う傾向が顕著です。
自動車のある部品についてトヨタが押すタイプにすると日産は引くタイプ、某女性誌が皇太子夫妻に批判的なら同じ曜日発売の別女性誌は擁護記事と言った具合ですね。

薩長の違いはあっても、軍創設時に欧州の知識を取り入れたのは同じですが、最初から国内線と言う経験の場があってそれなりのレベルだった陸軍と、ゼロから始めた海軍には取り入れ方の深度に差がありました。

また対ロシア戦においては、東郷平八郎と言う稀代の名将が居て完勝を遂げた海軍に対し、組織対抗上陸軍は良く言っても並み若しくは愚将の乃木将軍を軍神として祀り上げ、本来は後世に生かすべきだった沢山の反省点を闇に葬りました。
そういった意味では悪い意味での「保守」と言う傾向が陸軍には強かったとは言えるでしょう。
海軍のそれはリベラルと言うよりは合理的な傾向であって、これは精神力云々ではなく戦力によって勝敗の帰趨が決まると言う海戦対象の軍隊であったと言う事からで、別に海軍の軍人が特にリベラルな気質が在った訳ではなく、「陸軍とは違う」と言う意識が強かったという事でしょう。
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どうも、横からすいません。


結論から言うと、どちらでもありませんしどちらでもあります。
善と悪の定義について質問者様が明確にして下されば答えがでるのではと思います。

三国軍事同盟締結が直接的なアメリカの参戦を招いたのか
と言う点では陸軍が足を引っ張った感があります
しかし、なぜ海軍はこの同盟に反対したのでしょう?国際感覚に優れていた為とは言われますが
陸軍と海軍では仮想敵国の設定が異なっていた だけではないでしょうか
陸軍としては満州が生命線であり、ソヴェトの南下は脅威です
ドイツと結んでドイツにモスクワを陥させしめればシベリア問題の負担は軽減され
主敵である八路軍との戦闘に集中できます
ゾルゲ事件さえなければ陸軍の判断は正鵠を射ていたのではないでしょうか
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いや~ぁ、、いろいろな意見があって勉強になりますね。



質問の出所(文献)が分からないですが、
旧日本軍は「陸の長州・海の薩摩」と呼ばれるぐらい強い軍閥があったようですから、
これを抜きには語れないでしょう。
226事件だって背後で軍閥の暗闘が複雑に絡み合っていますからね。

プロパガンダとまではいいませんが、薩摩閥出身の人たちが喧伝した風評でしょうか。
為政者の都合や死人に口なし……歴史をみると往々にしてよくあることですよね。

作家の故・山岡荘八氏は、
「調練や廻船などで欧米を見てきた海軍兵士は、アメリカの尊大さを知っていた」
という表現をしていますが、兵士だって木石ではなく人間ですからね。
海陸ともにリベラルも保守も当然混在していると思った方が無理がありません。

善か?悪か?…戦争は人を殺すことが任務。

そういう意味ではすべてが悪…いや悪夢だったんでしょうね。(拝)
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質問者さんは、リベラルが善で、保守的が悪だと言う根拠はどこにあるのでしょうか。

海軍陸軍関係なく、その反対の可能性はありませんか。
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>旧日本軍では、海軍が善で、陸軍が悪だったのですか



海軍→海戦専門なので海での戦闘に参加しただけ。
陸軍→陸上では敵地を占領したのでどうしても現地の民間人と関わることになる。兵隊が民間人と関わればそりゃひどいこともあったでしょう。それで陸軍の評判を落としました。仕方ないです。とくに関東軍の場合は満州国建国そのものの違法性が問題となっていたのでそこを掌握する軍は悪者とされてしまいました。残念です。
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 SF系の小説を趣味で書いていたりしますので、第二次世界大戦の資料も、簡単に手に入る程度ですが、あります。



 それらを読み合わせてみても、陸軍が悪だったかどうかは判断がつきかねますが、個人の意見として、「関東軍は悪だった」と思っています。命令に従わせることができなかった陸軍は、「無能だった」とは言えるかも知れません。


 それから、これは某氏の史観の受け売りみたいな話ですが、日本には言霊の思想があって、不吉なことを言ってはダメ(言ったら本当になってしまうから)とされていたようです。

 直近の事件で例えて言えば(例えの話です)、巨大津波が来て原発が破壊される、なんて想定を述べると述べたヤツが袋だたきにされるのに似た雰囲気が、戦時中はあったらしい。で、悪いことは想定できない。想定しないから対処もできない。むしろ対処できる範囲のこと、大津波程度しか想定しちゃあイカン、となるような雰囲気が古くから戦時中までずっとあったらしいんですね。それがこん日にも続いていて、「想定外」「想定外」の連呼になったのかなあ、などと私は思ったりしているわけですが、まあそれは余談として、

 そういう観点で眺めると、陸軍のほうが、海軍よりも、悪い意味での言霊思想に毒されていた、と言えると考えています。「勝てる」「勝てます」と言い続ければ勝てるはずだ、みたいにやっていたら勝てませんわ。勝てなくなる思想にかぶれたまま戦争するのが悪なら、やはり陸軍のほうが、「より 悪である」とは言えるかも、です。
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佐藤 晃氏の本を読むと、海軍が悪玉。


佐藤氏は元陸軍。
ちなみに この場合の悪玉は「勝つためにちゃんとやっていない」という軍隊の設置目的で判断しています。
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Q「戦艦大和」・「戦艦武蔵」という新鋭巨大艦を帝国海軍が保有していたこと

「戦艦大和」・「戦艦武蔵」という新鋭巨大艦を帝国海軍が保有していたことを国民は、昭和20年9月の帝国議会で初めて知ったと思うのですが、私の理解は正しいでしょうか。
もし、そうであるのなら、戦時中にその存在を公表しなかったのはなぜですか。
初めての海戦までは敵国に知られたくないので秘密にするのは分かるのですが、マリアナ沖海戦以降も秘密にしておく理由が分かりません。
艦名は発表しなくてもよいですが、
世界一の新鋭巨大戦艦「大和」「武蔵」を保有しているということを国民に知らせた方が、戦意を高揚できると思うのですが・・・。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

こんにちは


> 国民は、昭和20年9月の帝国議会で初めて知ったと思うのですが、
> 私の理解は正しいでしょうか。

帝国議会、というのは初耳でしたが、軍艦大和及び武蔵の存在、及び
そのそれぞれの最後について、一般の国民に初めて公表されたのは
20年9月29日付の新聞報道(新聞名は不明)だったと思います。

その約1年後くらいだと思うのですが、大和の最後の副長で、数少ない
生存者の一人でもあった"能村次郎海軍大佐"の証言による、さらに
詳しい"大和の最後の模様"についてのインタビュー記事が、朝日新聞
に載った事があったと思います。


> 戦時中にその存在を公表しなかったのはなぜですか。

そもそもは、存在自体を秘匿する事が目的ではなく、あくまでもその
性能(特に戦闘能力)が外部に漏れることを、当時の帝国海軍として
は恐れていたと思われます。

とりわけ大和型戦艦については、他には類を見ない大口径の主砲(46cm)
をはじめとした、あらたな装備が満載された新型艦でしたので、戦術
上の観点から「秘」とすべき事項が極めて多かっただろうと想像します

故に部分的に「秘」とするよりも全体的に「秘」としてしまう、つまり
"存在そのものを「秘」としてしまう"ほうが、徹底した保秘になると
判断したのではないでしょうか?


> 艦名は発表しなくてもよいですが、世界一の新鋭巨大戦艦「大和」
> 「武蔵」を保有しているということを国民に知らせた方が、戦意を
> 高揚できると思うのですが・・・。

なるほど、まぁ確かに・・・(^_^)

海軍は一生懸命(その存在を)秘匿し続けていたのにもかかわらず、
流石にそうそう隠し通せるワケにもいかず、それぞれの建艦の地
(呉、長崎)の近隣住民、及び瀬戸内沿岸の漁民達の間では
「なんだか とてつもなくでかい軍艦を造っているらしい」とか
「夜明けに、沖合をいく 小山(こやま)のような フネを見た」とか
目撃談がたくさんあり、一部の地域では、当然それなりの噂となり、
静かに盛り上がっていたようですね。(^^ゞ

こんにちは


> 国民は、昭和20年9月の帝国議会で初めて知ったと思うのですが、
> 私の理解は正しいでしょうか。

帝国議会、というのは初耳でしたが、軍艦大和及び武蔵の存在、及び
そのそれぞれの最後について、一般の国民に初めて公表されたのは
20年9月29日付の新聞報道(新聞名は不明)だったと思います。

その約1年後くらいだと思うのですが、大和の最後の副長で、数少ない
生存者の一人でもあった"能村次郎海軍大佐"の証言による、さらに
詳しい"大和の最後の模様"についてのインタビュー記事が、朝日...続きを読む

Q旧日本軍の陸軍と海軍の非難について

戦前の日本は陸軍と海軍の仲が悪く、非難合戦がすごかったそうですが、
具体的に陸軍・海軍のどういうところが非難されていたのですか?

私が知っているのは、陸軍は餓死者を出しすぎだとか、クーデター、
など陸軍側の問題点ばかりで偏っているので、
できれば海軍側の問題点を多めに教えてくれると助かります。
もちろん海軍だけでなく、陸軍の問題や擁護でもかまいません。

Aベストアンサー

>陸軍は餓死者を出しすぎだとか
 餓死者が大量に出た理由が海軍がシーレーン(海上輸送路)の保持に失敗したからです。
 しかも、全力で戦った結果としてシーレーンが保持できなかったのであれば仕方有りませんが、西内海方面警護のために第7艦隊が編成されたのが1945年(終戦の年)で、もう守る対象の船が殆ど有りません…。

 ついでに言うと、陸軍は真珠湾攻撃やその後のフィリピンやインドネシア等の攻勢が成功裏に終わった後に、それ以上の攻勢は帝国陸海軍の能力(物資の補給が続かない←最終的に物資が尽きて餓死者が出る)に余るので反対しましたが、海軍の強固な反対(真珠湾の戦果は陸軍を黙らすのに十分すぎた…。)で歴史道理の結果になります。

 なお、戦争が始まる以前に海軍に対して良く言われた非難に「海軍は金だけ貰って後は知らんぷりする」とその無責任振りを非難されました。

 たとえばアメリカ海軍を仮想敵国とした八八艦隊の構築(維持費だけで当時の大日本帝国の歳出の4割を消費)を要求しながらも、その予算消費に見合った政治的責任を持った発言を一切しない事です。
 分りやすい例が、山本五十六大将の「初め半年や1年の間は随分暴れてご覧に入れる。」←アメリカに勝てないのなら勝てないと断言すべきで(勝てないのならまた別の政治的判断画有り得たかも知れない)、中途半端に責任から逃れるから…。

 陸軍のクーデターは論外ですが、政治家から専門家として意見を求められた時に面子が邪魔して当たり障りの無い発言で場を濁すのも、国民から見たら極めて不幸です…。

 今の日本で考えると、自衛隊の費用(今の自衛隊は4兆円強ですから消費税に換算して2~3%程度)を賄う為に消費税を30~40%に上げて置きながらあとは国政の事なんて知らない何て態度取られたらどうでしょうか?(怒りませんか?)

>陸軍は餓死者を出しすぎだとか
 餓死者が大量に出た理由が海軍がシーレーン(海上輸送路)の保持に失敗したからです。
 しかも、全力で戦った結果としてシーレーンが保持できなかったのであれば仕方有りませんが、西内海方面警護のために第7艦隊が編成されたのが1945年(終戦の年)で、もう守る対象の船が殆ど有りません…。

 ついでに言うと、陸軍は真珠湾攻撃やその後のフィリピンやインドネシア等の攻勢が成功裏に終わった後に、それ以上の攻勢は帝国陸海軍の能力(物資の補給が続かない←最終的に物資が尽き...続きを読む

Q戦艦(旧帝国海軍)VS護衛艦(自衛隊) 

あまり詳しくない分野なので教えてください。

昔の戦艦って巨大な図体と大きな主砲を持っていて、いかにも勇ましいのですが、自衛隊の護衛艦は、それに比べて小さいし見た目には強そうに見えません。

素人の単純な考えだと、大きな船に多くの武器を積んだ方がいかにも強い感じがするのですが、どうなんでしょうか?
なぜ現在では大きな戦艦が無くなったのでしょうか?
詳しい方がいらっしゃいましたら教えてください。

Aベストアンサー

>同じミサイルを積むにしても、戦艦クラスに積んでいたほうが有利のような気がするのですが・・・

コストとして、小型艦10隻に10発積むのと、大型艦1隻に100発積むのとの違いになります。おなじ100発なら、別々に使えた方が便利でしょう。大型艦1隻が修理、というとき、全ての武器が使えなくなりますから。
大砲の弾は、発射装置によって射程が決まるのですが、ミサイルは自身に推進エンジンが積んであるので小型艦であっても長距離攻撃ができるし、敵に襲われても「数」的に1隻残っていれば任務は遂行できます。

ところで、「真珠湾」の米軍は、すでに奇襲を知っていて、それからの戦闘で主力になるであろう空母は全部隠して、シンボル的な旧式戦艦(だけでなく、兵士や住民の命も)を攻撃させた(暗号がバレているのを知られたら変更されて次の解読が面倒だから、奇襲は成功させておかなくてはいけない)、ということですので、すでに空母主体は進んでいました。日本軍も、大和・武蔵に続く「信濃」は空母に設計変更しました。

なお「護衛艦」は名目として「護衛」が任務ですから、戦闘の主役ではない、ということになっています。

>同じミサイルを積むにしても、戦艦クラスに積んでいたほうが有利のような気がするのですが・・・

コストとして、小型艦10隻に10発積むのと、大型艦1隻に100発積むのとの違いになります。おなじ100発なら、別々に使えた方が便利でしょう。大型艦1隻が修理、というとき、全ての武器が使えなくなりますから。
大砲の弾は、発射装置によって射程が決まるのですが、ミサイルは自身に推進エンジンが積んであるので小型艦であっても長距離攻撃ができるし、敵に襲われても「数」的に1隻残っていれば任...続きを読む

Q旧日本軍では飲酒はある程度自由だったんですか?

過去の戦争映画やドラマなのを良く観るのですが、軍艦内や戦闘前夜の飲酒、特攻隊が出撃前夜に遅くまで酒宴を催したりするシーンなどを良く見かけます。

旧日本軍では、飲酒に関して一応の決まりごとなどはあったのでしょうか?
また、陸軍と海軍の違いについても教授いただけると助かります。

Aベストアンサー

戦艦長門の初代艦長飯田延太郎大佐のエピソードですが、出航直前に泥酔したまま料亭の自転車で帰艦し、酒臭い臭いを艦橋中に振り撒きながら出航の操舵を自ら完璧にやってみせた事があるそうです。勿論このケースでは飲酒自体をしたのは上陸中で勤務時間外ですが、このような話が武勇伝になる位ですので、酒に酔う事を咎める空気は日本軍では希薄だったようです。航海中の飲酒時間(酒保の開いている時間)は厳格に規定されていましたし、酒保が開くのは後方地域での停泊中などですが、そもそも軍艦の中で乗組員が酒を飲む事自体を許しているのは日本海軍位のものでしょう。米軍の軍艦には医務室に気付け用のブランデーなどがあるだけです。

Q海軍航空隊の英雄の源田実が戦艦大和の温存が失敗だったと戦後に言ったけど

http://www.daitouryu.com/iyashi/kinen/kinen04.html
これって現代の海上自衛隊の虎の子のイージス艦じゃないですか?
数が限られている特殊な兵器と、それを操る、容易に育成できない練度の高い隊員に依存してしまったら
船も軍人も被弾していなくなって替りを補充しないといけない実戦に耐えられないのでは?
なぜ同じ失敗を繰り返すのでしょう?

Aベストアンサー

海軍の仕事は戦うだけではありません。
 高い費用をかけた戦力ですから、おっしゃるとおり実戦一回でほとんど使い物にならなくなります。
 なので平時から相手に手を出させないために、力を見せつけることで圧力をかける必要があります。

 最近、北朝鮮へ空母が派遣されたように、要は相手に”いつでも反撃できる”状況を見せつけるのが目的(だからマスコミにも知らされ、煽る。)。北朝鮮を廃墟にするだけなら別に空母はいりません。アメリカ本土からのミサイル数発で事足りる。
 ただ戦争は政治の延長にありますから、ただ勝てば万事おしまいというわけにはいかない。完全な勝利というのは、相手が敗北を認めない限り続くので、そういった連中には、持てる戦力を明示してやる必要がある。それが軍艦や艦隊の仕事の一つ。

 さらには継戦能力を考えると、いかにも補充がきかない高級艦は、造り始めてから一、二年はかかり人員の配置にも手間がかかることを考えれば虎の子とは言えますが、結局は政治の一手段にすぎませんから、場合によっては沈没覚悟で出撃ということもあり得ます。(レイテ戦の小沢艦隊が囮だったことは、よく知られているはず。)
 さらにイージス艦は、いってみれば武器を載せた浮かぶプラットフォームになっていますから、被弾しても電源が失われなければ、他艦や本土のデータセンターと連動することで、戦力として稼働し続けます。まあ、もともと浮かび続けるという考えが戦後、世界中からなくなりましたが。

 もう一つ、実戦ではこちらが一方的に撃破されるということは普通あり得ません。(その時のために、情報を集め続け、対抗策を立案し続けるのも軍の重要な仕事。)仮に艦隊がいきなり機能不全を起こしても、他の軍種で反撃ができれば、政治的にはなんとかなる。
 (冷戦期のスイス連邦の戦略は「侵略軍に対する反対勢力が領内に展開するまで、全員で持ちこたえる」というものでした。)

 ですから戦前・戦中の失敗は、力に頼りすぎて政治力もあると考えた軍の失敗と言えます。(海軍は海が守備範囲だったのを忘れていた。政治はそれらを統合して運用するためのしくみ。)

海軍の仕事は戦うだけではありません。
 高い費用をかけた戦力ですから、おっしゃるとおり実戦一回でほとんど使い物にならなくなります。
 なので平時から相手に手を出させないために、力を見せつけることで圧力をかける必要があります。

 最近、北朝鮮へ空母が派遣されたように、要は相手に”いつでも反撃できる”状況を見せつけるのが目的(だからマスコミにも知らされ、煽る。)。北朝鮮を廃墟にするだけなら別に空母はいりません。アメリカ本土からのミサイル数発で事足りる。
 ただ戦争は政治の延長にあり...続きを読む

Q北朝鮮軍(+中国軍)vs韓国軍(+日本軍、米国援助)ではどっち勝つか?

北朝鮮軍(+中国軍)vs韓国軍(+日本軍、米国援助)ではどっち勝つでしょう?

中国は、物資や武器、資金の提供、軍事力の援護
日本は、自衛隊の援護?ただし、どれぐらい派遣できるのかは未知数ですよね。
イージス艦は派遣しそうです。
しかし、陸自、空自は派遣は難しそうですが、有り得ますかね?
(今度の総選挙で鳩山政権が与党になれば楽に?)
米国は例のごとく、武器とイラナイ紙切れ同然のドルを韓国に援助します。

この場合、韓国が勝ちそうに見えるのですが、
某所の外人の書き込みによると、
「韓国がやられ、日本が反撃する(抵抗する?)」とあります。
これは、どういう意味なのでしょうか?
実際に韓国と北朝鮮同士ならば、韓国が圧倒的差で勝つと思います。
また、この場合、中国+北朝鮮軍が日本へ攻めてくるということも有り得るのでしょうか?
しかし、結局は日本が割りと楽に防衛し、中国がやけくそになって日本へ核を撃つということは有り得ませんか?
実のところ、無いとは思いますが、中国は奥が深いので難しいです。

一応、念のために原文載せます

Try this. 2009 North Korea gets attacked by South Korea. Japan joins with SK. China joins NK. US refuses to take sides. Israel attacks Iran, EU/US refuse to help. Russia does nothing. Aussies turn on china and helps SK+Japan. USA funds Israel and SK offensive. SK is ruined, but japan keeps attacking. Israel is stuck in a long term hit-and-run war with Iran supporters. EU finally steps in to help Israel and Japan, Russia sides with China, 2011. 2012, USA official joins the Allies, war cont.

北朝鮮軍(+中国軍)vs韓国軍(+日本軍、米国援助)ではどっち勝つでしょう?

中国は、物資や武器、資金の提供、軍事力の援護
日本は、自衛隊の援護?ただし、どれぐらい派遣できるのかは未知数ですよね。
イージス艦は派遣しそうです。
しかし、陸自、空自は派遣は難しそうですが、有り得ますかね?
(今度の総選挙で鳩山政権が与党になれば楽に?)
米国は例のごとく、武器とイラナイ紙切れ同然のドルを韓国に援助します。

この場合、韓国が勝ちそうに見えるのですが、
某所の外人の書き込みに...続きを読む

Aベストアンサー

僕は中国が本気で支援したら韓国軍が負けると思います。
日本軍は役に立たないでしょう。
「韓国がやられ、日本が反撃する(抵抗する?)」
これはない気がします。
米軍が反撃しそれに巻き込まれる形で支援、
そして支援した段階で日本も標的になるってことはあるでしょう。
日本に攻めてきた場合も楽に防衛なんてことはまずないと思います。
みえる軍だけじゃなく日本には多数の中国、朝鮮の人がいます。
その人たちの一部でもテロなんか起こそうものなら。敵軍が来る前に大混乱でしょう
中国がやけくそになるぐらいの状況にならすでに日本半分ぐらいなくなってるんじゃないかな

Qどうして戦艦はなくなったのでしょう?

現在、日本は元より、世界の先進国の海軍の艦艇に「戦艦」と呼ばれる艦種を見かけません。
どうして戦艦はなくなってしまったのでしょう?

もちろん、海戦において、もはや時代遅れになったことは先の大戦が実証しています。
でも、洋上砲台として敵の沿岸の都市や軍事基地を砲撃する点においては、最も効果があると思うのですが。
巡航ミサイルによる攻撃では費用対効果も低いし、広範囲にダメージを与えられない。
海兵隊の上陸支援や、港湾施設の破壊といった限定的使用であれば、まだまだ戦艦も捨てたものではないと思います。

どうして各国の海軍から戦艦がなくなってしまったのか、教えてください。

Aベストアンサー

確かに「洋上砲台」として使う場面がまったく存在しないということはないかもしれないし実際アメリカ軍はそのようにも使いましたけど....

結果的には「運用コストが大きいしぶっちゃけ『役に立つ場面がない』ので使えない」んですよ. 例に挙げた「限定的使用」の場面でも「海兵隊の上陸支援」なら攻撃ヘリの方がより近くから支援できるし, 「港湾施設の破壊」なんて攻撃機飛ばした方が楽 (巡航ミサイルを使っていいなら戦艦である必要はない. 艦砲を叩き込むならそこまで接近しなきゃならないので航空優性を持っていてほしいし, 航空優性を持っているなら攻撃機の方がやっぱりピンポイントに爆弾を落とせる).

Q旧日本海軍の海軍工廠の職位について調べております

戦前、戦中を時代にした小説を書くために調べております。
質問(1):旧日本海軍の海軍工廠で技術士官と技師は同じでしょうか?
質問(2):技師(技術士官?)という職位は通常、高等教育を受けた人でないとなれないと思いますが、職工などからなった人はいるのでしょうか? もしいたとして具体的なお名前がわかれば幸いです。そういう方について紹介された書籍、HP(URL)をお教えいただければ幸いです。

Aベストアンサー

私の父は 海軍工廠ではなく、海軍火薬廠に勤務しておりましたが、軍人ではなく技師でした。学歴は旧制高等工業卒です。
海軍に入った時は、恐らく雇員から始めたと思います。それから、判任官の技手(海軍ではギテと読みます)、その後、そう任官の技師になったおります。住まいは、海軍高等官官舎で一番の屋敷は、廠長官舎(少将か中将)、その次は、大佐、、、と位によって屋敷の広さが異なっていました。私の家は、同じ官舎の中で移動しております。 終戦の時は大佐級の次の階級の官舎(と思われる)に住んでいました。 父は仕事上は軍属でしたが、所謂兵隊の位に直すと少佐に相当する待遇だったようです。終戦後、米軍が接収に来たとき、父より上位の人がでてこなくなり、父が折衝の任にあったと聴いており、当時の写真を見ると、任官したのかどうかは確実でには知りませんが、海軍大尉のr肩章を付けております。(何でも東條に2等兵で引っ張られるのを避けて、任官し即時退役なんて手段もあったと聞いております。) 父の高等工業の後輩が結構少尉に任官され着任されておりましたね。 陸軍へ徴兵されるのを避けるため、軍籍をとる技師の方が多かったと聞いております。父の部下で、職工(工員)から試験をうけ少尉に任官された方がおられました。数学や物理など相当、父が面倒を見て試験を受けられたようです。

私の父は 海軍工廠ではなく、海軍火薬廠に勤務しておりましたが、軍人ではなく技師でした。学歴は旧制高等工業卒です。
海軍に入った時は、恐らく雇員から始めたと思います。それから、判任官の技手(海軍ではギテと読みます)、その後、そう任官の技師になったおります。住まいは、海軍高等官官舎で一番の屋敷は、廠長官舎(少将か中将)、その次は、大佐、、、と位によって屋敷の広さが異なっていました。私の家は、同じ官舎の中で移動しております。 終戦の時は大佐級の次の階級の官舎(と思われる)に住んで...続きを読む

Q戦艦大和より前に46センチ砲を搭載した軍艦があった?

私は旧日本海軍・戦艦大和の46センチ主砲が、唯一で世界最大だと思っていた。
ところが、戦艦大和より前に46センチ砲を搭載した軍艦があったと聞いた。
いったいどんな軍艦だったのか?

Aベストアンサー

ANo.#1、#3の補足。

ご質問をよくある「『大和』と同クラスの主砲を搭載した軍艦」という意味合いと解釈して、46cm砲を同クラスの18inch砲として回答しましたが、『大和』の主砲は正味の46cm(=460mm≒18.1inch)、『フューリアス』の主砲は18inch(=45.72cm)です。

そういう意味では、46cm砲搭載艦としては『大和』が最初です。

Q第二次世界大戦、軍部の対立、海軍より陸軍優位だった?

いま、アメリカと戦争してた頃の、歴史の本を読んでまして。その本には、山本五十六の事が度々でてくるのですが。

山本は軍部の中で、アメリカの怖さを客観的に知り抜いた数少ない戦略家だった。陸軍の連中は、軍事オタクのバカばっかりだった。陸軍には、予算や経済観念、常識が無い。視野が狭すぎる。

という様な事が書かれてまして。ホントにそうだったのかなあ。陸軍の中にも、冷静な戦略家はいなかったのか?東條を初め、陸軍が権力を握って独走したのでしょうか?

Aベストアンサー

この質問は、実際のところは明治維新より続く問題に、面子が絡んだものですから、非常に難しいのですが・・・

陸海軍の対立は、陸の長州、海の薩州といわれるころより続いていた問題です。

当時、会戦のころは国内情勢が結構逼迫しており、もし弱腰になったら、2.26や5.15のようなことが起こる可能性は十二分にありました。
また、国民世論の面でも、弱腰=政権崩壊の可能性があったりと、なかなか厳しい状態です。

陸軍と海軍の力関係ですが、組織の上では一応対等となっています(実は明治維新後しばらくは陸軍が上だったのですが、その後に海軍が黄海海戦での戦果や日本海海戦の大勝利を盾に地位を巻き返したのです)。
しかし、満州事件や日中戦争など、陸軍主導の拡大政策が、ある程度の成功を収めていた上、海軍大将でもあった米内内閣なんかの政治成果があまり芳しくなかったことなどもあり、やや国内政権は陸軍に主導権がありました。

なお、質問者さんが読んだ本は、少々海軍贔屓過ぎるような気はしますね。
私も(土地柄)海軍贔屓であると思いますが、陸軍を、軍事オタクの馬鹿とするのは、少々過小評価しすぎかと。

そもそも、当時の陸軍大学、海軍大学といえば、帝国大学(現東大)と同等以上のエリート大学ですから、基本的に馬鹿はあんまりいないのですけどね・・・
東條も、決して馬鹿ではありません。馬鹿では陸軍大将で総理大臣にまではなれませんから。

ただし、アメリカに対する認識がしっかりしたものであったかと言うと、そうとも言えません(この点が、陸軍批判の最大の原因)。
これは、当時の陸軍海軍の教育方針に違いがあります。
当時まだ日本は、後進国ですから、陸軍大学や海軍大学をでた、いわゆるエリートはほとんどが海外留学をします(もちろん、駐英次官だったりという肩書きで、ですが)。
で、陸軍の留学先ではドイツ、フランス(どちらもいわゆる陸軍国)が主だったのですが、海軍の留学先は米英が多かったです。
結局はこの違いです。米英に留学している人が多い海軍のほうが、アメリカのことを多く、そして良く見ていたのは、ある意味当然でしょう。
しかし、これをもって「視野が狭い、常識がない」とするのは、少々性急でしょうね。

この質問は、実際のところは明治維新より続く問題に、面子が絡んだものですから、非常に難しいのですが・・・

陸海軍の対立は、陸の長州、海の薩州といわれるころより続いていた問題です。

当時、会戦のころは国内情勢が結構逼迫しており、もし弱腰になったら、2.26や5.15のようなことが起こる可能性は十二分にありました。
また、国民世論の面でも、弱腰=政権崩壊の可能性があったりと、なかなか厳しい状態です。

陸軍と海軍の力関係ですが、組織の上では一応対等となっています(実は明治維...続きを読む


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