70歳になる主人が直腸がんで、転移を繰り返し治療費はかさむばかりでお先真っ暗です。


辛くて苦しくて、主人を殺して私も命を絶とうと幾度と思いつめましたが、世間様に不幸のレッテルを貼られ同情されることが悔しく死にきれません。


他人様が呑気に海外旅行に行かれた話題や、ご主人が医師で健康な若夫婦を見ていると悔しくて悔しくて…。


こちらのサイトでその若夫婦を話題にしてはけちらし、うさばらしをしてしまいます。
海外豪遊なんて馬鹿馬鹿しい。被災地に寄付したなんて偽善者ぶりやがって…。と、他人が幸せそうに見えて仕方ありません。共感してくれる回答者がいることで復讐した気になるのです。


私は一生このまま他人をひがみ妬んでは、誹謗中傷を繰り返していていいのでしょうか?こんなストレス解消法しか分からぬ私に他人を羨まずに心を晴らす術を教えてくださいませ。

貧乏でもいいなんて見栄をはるのは懲りごりです。
お金の苦労はしたくありません。
貧乏よりお金はあるに越したことないし不健康より健康なほうがいいに決まってます。

願わくばみずしらずの他人に寄付できるほどの、精神的金銭的余裕がほしい。同情はいりません。こんな自分が嫌で仕方ありません。でもやめられないのです。せめて健康さえあれば…。

主人も私もノイローゼです。他人が羨ましくて仕方ないのです。主人を殺して私も死ぬべきでしょうか?しぶといガン細胞に負けず劣らず、私も執念深い女なのです。


こんな私たち老夫婦は、生きている意味があるのでしょうか?私たち夫婦がこの悪状況から抜け出す術は、あるのでしょうか?

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A 回答 (3件)

>>こんな私たち老夫婦は、生きている意味があるのでしょうか?私たち夫婦がこの悪状況から抜け出す術は、あるのでしょうか?



これは、「この世がすべて。あの世とか天国、地獄なんてものは無い。お金が大事。でも健康はそれ以上に大事。」という唯物思想で生きている限り、基本的に解決しないと思える問題です。
もちろん、金持ちの方の善意の寄付とか、遠い親戚の人が死んで遺産がポンと1億円入る、宝くじが当たるなんてことがあれば別かもしれませんが・・・。でも、それが実現する可能性って、それこそ宝くじに当たるような確率ですよね?

私は宗教団体、幸福の科学の会員です。このたびの東日本大震災では、会員数が多いとか、伝道が進んでいた地区は、周囲と比べて津波の高さが低くて、建物は無傷で残ったという話が現地撮影のDVDで伝わってきていますが、そうでない地区では、会員さんでありながらも家を流されてすべて失った方はいます。そういう方は、本部を通じて支援の物資が届いているようですけど、「この世がすべて」という考えであったなら、やはり厳しいものがあると想像できます。

ちょっと前の話ですが、すばらしい伝道成果をあげている会員さんであり、何度も癌に対する祈願を受けている方でも、癌で死んだ方はいます。

結局、お釈迦様が、菩提樹の下で悟られたように、この世は「諸行無常」です。そして、自分は肉体が主でなく魂が主であり、死後、肉体に宿った魂は、その乗り物を捨てて、あの世に帰ります。それは「諸法無我、涅槃寂静」という教えになっています。

幸福の科学の教えは、「大川隆法、エルカンターレを信じよ!」が最初にくるのではなく、上記のように「私たちは霊的存在である」ということを信じるのが最初にきます。

たとえ質問者さんが、3億円の宝くじに当たったとしても、しばらくしたら御主人は亡くなられ、質問者さんもその後を追うことになるのは確実な事実です。そして、質問者さんの物理的な状況は、お金で解決できても、新たに「若さが羨ましい、美しい素肌が羨ましい」など、嫉妬するネタが生まれてくるでしょうね。

心に平静をもたらしてくれるのは「正しい」宗教だけです。それが、抜け出す術です。

P.S.
「執念深い」という方は、「諸行無常」という考え方を受け入れることが難しいと思います。でも、それでは決して幸福になれないと思います。
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この回答へのお礼

おっしゃるように「若さが素晴らしい、美しい素肌が羨ましいと」ご主人が医師の若嫁を見てはすでに嫉妬でいっぱいです。健康な身体で海外へ行って、のんびり美味しいものでも食べたいです。死んであの世へいったところで、お墓にぼた餅や果物やら供えられても食べられません。やはりこの世が全てです。そんな夢ももう叶いそうにありません。しかし参考になりました。ありがとうございました。

お礼日時:2011/04/21 03:21

 こんばんは。



 私の父は70歳で亡くなりました。自分のやりたいように生きていて、家族には迷惑を掛けっぱなしてワンマン生きていて、本人は悔いはなかったのだと思います。

 父は酷く家の中で暴れ、酒を飲むと狂人のようになっていて、家の中はめちゃくちゃでした。亡くなっても悲しくなく、これで平和になれると葬儀の日に思ったものです。

 そして、それほど裕福ではない生活が続いていて、貧乏なことも多く、貧乏を楽しむ心の余裕も出来てきました。

 お金を使わない楽しみを幾つか見つけて過ごしています。

 親は亡くなっても私はまだ病弱ながら生きています。生きているうちには、多趣味でいろいろとやりたいこともあるので、これからは、部屋を整理して、自分史を書いていこうと思っています。

 自分が今まで生きてきて、何をしてきたのかをじっくりとまとめたいと思います。


 何かしたいと思うと、まだ死ぬわけにはいかぬと思うのが人間ではないでしょうか。


 地震や津波で、家も車もすべて流されたり壊れて何もかも失って、失意の中で辛い避難所暮らしで苦労している東北や東関東の人達から見れば、ここに質問や回答を書いていられる私たちはどんなに幸せなのかと思いますがいかがいでしょうか。
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この回答へのお礼

色々なご苦労があったのですね…お金を使わない楽しみなど見出だせません。どこへ行ってもお金がかかる世の中です。主人が亡くなって肩の荷がおりたら、私も自分史でも書いてみようと思います。お金かかりませんものね。ありがとうございました。

お礼日時:2011/04/21 03:08

自分のために生きるより他人のために生きられること。


それだけでもすばらしいことだと思います。
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この回答へのお礼

他人のために生きるなどという心の余裕がもてません…主人の病の皺寄せを背負った自分のことで精一杯で…ありがとうございました。

お礼日時:2011/04/21 03:00

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