こんにちは
歴史勉強してて凄く疑問なんですが
ドイツVSソ連のバルバロッサ作戦において
赤軍最強軍はVS日本のため温存されててその軍団が
日本参戦なしとわかりVSドイツとモスクワ台風作戦で
導入されドイツはモスクワ攻略できなかったみたいなんですが
この場合あの機械化されたドイツ軍より当時の日本軍は
強かったのでしょうか?
戦闘機の性能などでは欧米以上みたいなのですが
もしバルバロッサか台風作戦に日本が参加してたら
どうなったか想定でどなたか歴史に詳しいかた教えてください
おねがいします

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A 回答 (5件)

当時の日本軍の戦車は中国大陸での歩兵を対象としていたものであり、大砲も口径が小さく、装甲も機関銃を防ぐ程度のものにすぎませんでした。


ですから、T型戦車1台で日本軍戦車1大隊が壊滅となったでしょうネ。
航空機を使って徹底的に機動力を叩いた後に歩兵戦に持ち込む、それも、夜戦に持ち込み、白兵戦となれば日本陸軍にも勝機があるかもしれませんが‥
ただし、当時のシンガポール戦では戦車や装甲車のイギリス軍が銀輪部隊(日本の自転車部隊)に蹴散らされて戦わずして退散したという史実もありますので、戦意喪失した方の負けとなるという、未知数的なファクターもあることは否定できませんネ。
ところで、世界各地では現在でも大規模・小規模を問わず紛争は続いています。第二次大戦終結後は朝鮮戦争、ベトナム戦争といった大きな戦争もありましたし、中近東では連合軍側の嘘約束が原因である紛争が現在でも続いています。
ところで、先の回答の一つにある『本当に日本の敗戦は世界平和をもたらしました』という発言は非常に大きな事実誤認であり、『日本の敗戦は日本に平和をもたらしましたが、世界的な規模での完全な平和の達成は一体いつになるのか分かりません』というのが正しい見解であると考えます。
また、そもそも太平洋戦争の発端が国を死滅させるほどの経済封鎖にあったことを考えると、戦争末期の片道分の燃料というのは当然の結果だったのですネ。
以上kawakawaでした
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この回答へのお礼

ありがとうございます
みなさんのカキコによると日本軍は弱いわけではないみたいですが
装備が悪い<弱い>みたいですねー
1台で壊滅ですか・・・
ドイツ戦車のコピーでも作ればよかったのかも知れませんね

それと経済封鎖ですかなるほど
いろいろ各国も事情あったのですよね当時は
また教えてくださいね

お礼日時:2001/04/23 04:03

こんばんわ。


日本軍が参戦していたら・・・についてですが、
別にソ連軍は、日本が強いと思っていたわけではありません。
ただ純粋に、二正面作戦を嫌っただけだと思います。
もちろん、シベリアから、ウラル山脈を越えて
モスクワをドイツ軍と共同で包囲するといった絵空事ではなく、
ニ正面作戦を行うには、補給や輸送、兵力をかなり割かなくてはなりませんし、
将兵の士気にも影響してきます。
犯罪発生率が低いからといって、警察官が居なくなるわけがないのと同じ事で、
そこに軍隊が居ることで、ある程度の抑止力になっていたのも事実です。
ソ連は、旧満州も含め、大陸から日本を追い出すつもりでした。
独ソ戦時には、日ソ不可侵条約を盾にし日本軍の越境をけん制し、
ドイツ降伏後は、再三の連合国軍側からの要請にも、条約を遵守するという名目で、腰を上げなかったのは、シベリア方面に兵力を集結させ、圧倒的大兵力を持って、大陸での権益を一挙に獲得しようとした為です。
のんびり日本軍を追い出していたら、他の連合国軍から茶々をいれられますから。
電撃的な進軍で占領地域を拡大し、既成事実を作り上げる必要があったのです。
日本の参戦がないとわかってから、精鋭部隊を投入したというのは一理あるでしょうが、ドイツ軍の戦闘能力が飽和状態になったところに、精鋭部隊を投入したというほうが正しいでしょう。
if作家?の檜山良昭さんのような緻密なifで当てはめていえば、すでに多くの方が書かれていたような結果になっていたでしょうね。

さて、日本軍の装備などについてかかれた方居られますが、実際、ノモンハン事変では、ソ連軍も、かなりの死傷者を出していることが、最近の調査ではわかってきています。もちろん、戦略戦術に問題はありますが、「ノモンハン=日本軍は弱い」というわけではありません。
また、片道燃料などについて述べられた方も居られますが、片道燃料しか出さなかったのではなく、出せなかったというのが本当のところであることはご存知だと思います。大和の件にしても、徳山の重油タンクを底までさらって(通常は底にたまった燃料は備蓄量に計上しない)、それでも足りないから、松根油(松の根を絞って作った油)を使用しました。重油に比べ、引火点が低い為、多くの将兵の命を救ったそうです。特攻隊についても祖父(元パイロットで整備兵に転属)から聞いた話だと、メーターやタイヤ、その他取り替えられる部品は全て新品にし、最高の整備をして送り出したそうです。もちろん燃料も満タンにして・・・
帰ってこないことはわかっていながら、それでもそうしてやることが当然のようにしていたそうです。
ちなみに、イタリア軍も、体当たり攻撃を専門とした部隊が編成されていました(戦果はなかったようですが)。
私たちは、戦争を知らず、はるか遠い国で行われる戦争をナイター中継のように見たり、過去の戦争を、データでしか知りません。そのことを取り上げたif小説やゲームが悪いとは言いませんが、実際にその時、その場所で戦った人々のヒューマニズムこそ本当に語り継がれるべきものではないでしょうか?
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この回答へのお礼

ありがとうございます
歴史には結構謎の部分が多くて
皆さんに教えていただきとても助かります
歴史ではシベリア駐留軍が赤軍最強となっており
酷寒でも平気で戦うソ連最精鋭となっており
これがVS日本戦に使われず・・・ということで
疑問だったのですが・・
それとドイツ軍100万に日本軍がくわわるとどうなんでしょうか・
という疑問でただ小説のような結末だけじゃなく
考えられる結末をいろいろ皆さんに教えてもらえて
とても助かりました
よろしければまたおねがいします

お礼日時:2001/04/24 05:52

またもや、仮定の戦いがお好きですね。

頭の訓練にはいいでしょうが、私も知らない事ですが、参加させていただきます。
 日本が参加していたら、少しは戦争が長くなったぐらいでしょうか。
 しかし、それでも負けているでしょうね。
理由 1.以前にも述べました。「作戦--日本軍の考え方」で負けること。
    ノモンハンで全滅は子の事件以前に肉弾戦術的な作戦で勝ち、同じ作戦を    行い、全滅したのです。以前に使った戦術を相手に読まれて、戦車を改良されている情報を得ていたにもかかわらず、戦ったこと。そのようなことは、以前の特攻隊でもいいましたね。
2. 西洋と日本との統率し方の違いでの差
   西洋は捕虜になってかまはないし、上官の命令も必ずしも、絶対服従ではないし、良心に反する命令は拒否できる。上官に意見を述べることもできる。日本とは考えの違いで、指揮権や作戦行動で共同で合同の作戦が取れないと思います。
  イタリアと同盟していたが、先にイタリアが降伏したときにいたイタリア人は
  日本軍の捕虜となりました。イタリア人は艦と共に自滅しませんでしたが、そのようなときは日本人は自決でしょうか。人命の損傷を考えない日本軍は兵士を失うだけで、しまいには兵士がいなくなります。
3.ロシアの厳冬に耐えられるでしょうか。
  いくら大和魂も食料がなくては戦えませんね。寒さに耐えられる衣料もなければ。
インパ-ル作戦も食料補給を忘れたというよりも、できなかって負けたのです。そのインパ-ルでもある部隊は、
 全滅せずに助かっている部隊があるのです。指揮官が食料補給ができないことを知り、部隊を撤退させたのです。その指揮官は多分左遷されましたようにー違っていたら、すみません-読んだのですが。そのインパ-ルで負けても,上層部は責任をごまかして、責任逃れをしています。兵士には絶対服従で違反には厳罰です。軍法会議も上層部がしますから,いいかげんですね。武士としていうならば本来は指揮官は切腹ものです。-そのような方もおられますが,しかしその人達だけのことではなく,作戦した上層部が切腹ものです。まあ,切腹ばかりがいいとは思いませんが。 いまの日本の政治家と同じですね。
早々日本は敵国語といって。英語を禁止しましたので,ドイツにいってもドイツ語もわからないし,一般の兵士は困って,戦意喪失でしょうか。また外国語での情報をえても分析,使用できないでしょう,語学将校も少ないし,わかる兵士も少ないから。戦争は兵器だけの問題ではなく,情報の収集とその分析,国力(産業,経済など)、で考えなくてはなりませんね。ある部分だけの仮定はしないほうがいいと思います。頭の体操でするのもいいでしょうけれど。
以上私見です。 
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この回答へのお礼

ありがとうございます
たまにはシュミレーションも楽しいものですよー
そうですねー何故か日本は人命軽視の方向にあるみたいですねー当時は
それに作戦もお粗末みたいでばたばたやられたみたいですね
敵の装備や作戦を見習うようにせんとダメってことですねー

それと歴史は反省したり考えたりすると面白いでしょう
過去の戦いなどいろいろ考えるのも<みなさんの意見聞くのも>私は
楽しくて好きです
また参加してください

お礼日時:2001/04/23 04:12

日本が強かったのはアジア・オセアニアにおいてだけですので、邪魔になっただけでしょう。

戦艦大和が沈没した時点で日本の敗戦は決まっていたのです。片道分の燃料しか搭載していない日本の戦闘機。本当に日本の敗戦は世界平和をもたらしました。
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この回答へのお礼

ありがとうございます
日本軍の戦いって過酷ですねー
片道分ですか
敵を倒して自爆?
やはりヨーロッパの戦いでは邪魔なだけなんでしょうか
またおねがいしますね

お礼日時:2001/04/22 23:24

misacyan4wdさん、またお会いしましたね。



どうも架空のIFについて興味をおもちのようですが、基本的に歴史に
「たら、れば」はありません。純粋に選択肢が2つあって、そのどちら
かを選ぶことで歴史が変わるというようなことはまずあり得ません。

と、いうことを念頭においた上でお遊びにつきあいましょう。

条件イ.第二次大戦時において、ドイツとソ連は最強の戦車を持ち、互いにし
のぎをけずりながら改良を続けていた。
条件ロ.同時期の日本の戦車はなさけなくなるほど、当時の水準から遅れてい
て、対歩兵戦闘程度にしか役立たない。
条件ハ.日本軍の補給能力は低く、かつ、車両を充分に保持していないために
軍の進行速度は遅い。
条件ニ.シベリアからモスクワまでは非常に遠く、かつ、ソ連の基本戦略であ
る「国土の広さを活かして、相手を叩きながら後退し、補給路の伸びきった
ところで逆襲する」を適用される可能性は非常に高い。
条件ホ.当時の日本兵は個々の資質においてはともかく、命令を遂行しようと
いう意欲は高い。(だから死傷率が高くなる)
ということで、上の条件イ~ホを考えると、満州国とソ連国境に配備されて
いたソ連軍を突破することはできなかったと思われます。つまり、日本が参
加しても戦況にほとんど影響はないでしょう。
(ノモンハン事件というのをご存知でしょうか?1939年6月に日ソ両軍が衝
突して日本側が戦死だけで25000人以上出して全滅した事件です。下の
URLなどにのっていますので参考にして下さい。)

なお、ついでですが、前の質問のお礼にあった「毒ガスによるイラクの抑止
力」について。
100万人単位で戦死者がでた第二次大戦当時と数人~数十人の死者が出て
も問題視される現代とを同一視してはいけません。popesyuさんは現代では
毒ガスなども最終兵器たる実力があると書いておられますが、これはたとえ
数人でも無差別テロ的攻撃によって一般市民の死者がでることに対するマス
コミなどの非難を恐れているだけのことで、純軍事的に考えれば、抑止力に
はなりえません。

歴史について疑問をおもちになることは良いことであると思いますが、その
疑問を「たら、れば」の方向に向けず、「どうしてそうなったのか」という
ことを周囲の条件などを掘り下げることによって理解していただきたいと感
じております。

参考URL:http://www1.odn.ne.jp/greiko/index.html8.htm
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この回答へのお礼

ありがとうございます
詳しく教えていただき助かりました
でも「たら・れば」というより
どうしてソ連が負けてるのに<ドイツに>
なぜもっと強いアメリカに手出しちゃったか
疑問なんですよー
台風作戦の時はもうモスクワの市電のとこまで<約50k>
ドイツ軍来ちゃってたいう話ですし
ここでなぜ敵<アメリカ>増やしちゃうようなこと
してしまうんでしょうね
それが疑問で・・・
参考なりました!<毒ガスのことまでありがとうございます>
またよければおねがいします

お礼日時:2001/04/22 23:18

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戦略 ・・・ 既存の兵力、物資をどのように割り当てるかの行為。1つの戦争行為全体を指すこともあり、スパイ活動や第5列の形成なども含みます。
作戦 ・・・ 一連の計画に基づくひとつながりの軍事行為を指します。春のめざめ作戦などが有名でしょうか。
戦術 ・・・ 作戦の中で、敵に遭遇する個々の戦いを指します。天王山の戦いなど、具体的な目標地点の奪回などが分かりやすい例でしょうか。
戦闘 ・・・ 軍隊の最小単位で行われる戦いを指します。

で、大作戦ですが、複数の作戦をセットにして計画される軍事行為を指しています。いくつかの作戦の組み合わせで、成否が成り立っているものですね。
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また、その反攻作戦として実施された、ラインの守り計画、映画名バルジ大作戦も有名です。

国内でいうと、関ヶ原は、徳川家康が計画した大作戦ととらえて彼の行動を見ると面白いですよ。関ヶ原の戦いは、その中の1つに過ぎず、いくつもの軍師、武将が描いた作戦の中で、最も大きな絵を描けた武将は数人しかおらず、実行できたのが徳川家康だけだったと捉えることもできます。

また、上記の分類は、政治的には上下関係がありますが、軍事上の勝ち負けでは必ずしも上下関係はありません。大戦略や戦略、作戦など、上位概念で劣勢に追い込まれていても、戦闘で覆す可能性は残っていて、弱者の戦法ですね。成功例は桶狭間の戦い、失敗例は大坂夏の陣で、先の関ヶ原と合わせて、海外でも研究例がある特異なケースです。

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マイウェイ 12,000キロの真実という映画を見ました。何でも監督が、ノルマンディー上陸作戦で捉えられたドイツ軍捕虜の中に東洋人がいたという話からインスパイアされたらしいのですが、本当にそんなことがあったのでしょうか?

http://myway-movie.com/

Aベストアンサー

たとえば
http://mltr.ganriki.net/faq08a04o07.html#03676
こんな写真があったりする訳です。

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#イスラム教徒兵とか、イタリア兵とかまでいました。

で、ソ連東部のアジア人種が徴兵され(なんせ連中は雪男まで引っ張ったという巷説がある位手当たり次第引っ張った)、捕虜になり、ドイツ軍に「志願」(というのも、志願させるために意図的に待遇が悪かった)ということに。

ノルマンディの一件は、リンク先に依ればソ連軍経由のチベット人というようです。

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・・・ちなみに私と妻には「ミッション・チ○ポッシボル」作戦というのがありました。いやいや、きっと誤解してます!いたって真面目な家族計画作戦だってば~!w

Aベストアンサー

Bonsoir !

『いつも感激大作戦♪』

家に独りでいる時に
とにかくすべてのことに感激する高度な作戦です!

<参考例>
・帰宅→電気を点ける→「おっと!電気が点きました!見事なチカチカパッです!」
・鞄を床に降ろす→「ドサッ!いつも変わらずドサッです!」
・蛇口をひねる→「おっと冷たいお水かと思いきや、なんとお湯が出てまいりました!」
・食事→「パックから出すだけで、外はカリッと中はとろっと最高のクリームコロッケです!」
・お風呂→「なんと真っ白な霧が発生しております!なんて幻想的な光景なんでしょうか!」
・就寝→「フカフカしています!まるで一人綿菓子のようですっ!」
・質問・回答投稿時→「[投稿する]ボタンを押したらなんと投稿できました!」

こんな感じでいちいち口に出して一人感激ごっこをしています♪
嘘っぽいですけど、これは正真正銘実話だから恥ずかしいですね ^^;
あ、毎日はしないですよ!週三ぐらいです♪^^


普段から感激するクセをつけていたら
毎日がハッピーかなぁ~、と半ば本気の作戦ですよ ^^
どんな日も一日一度は、鏡の前で無理にでも笑うようにしていますよ ^^
外では決してしませんから心配してくださらなくても大丈夫ですよ ヾ(@⌒ー⌒@)ノ

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Qドイツ軍の第2装甲軍について質問です。

第二次大戦中のドイツ軍第2装甲軍について質問です。

当該軍は1941年バルバロッサ作戦時中央軍集団隷下において第2装甲集団として編成、
1941年10月に装甲軍に改編されたものと承知しております。

そしてその後1942年にバルカン半島に送られ、1943年F軍集団として再び改編され引き続きバルカン半島で活動したとウィキペディアに記載されています。

しかし、1943年7月のドイツ軍によるツィタデレ作戦(クルスクの戦い)時には
中央軍集団に属しモーデル将軍の第9軍左翼に陣取っていると各種資料の地図で確認できます。
さらにウィキペディアのクルスクの戦いのページにある部隊配置地図では
指揮官部分に"SHIMIDT"と記載、おそらくルドルフ・シュミット上級大将のことでしょうが
彼は1943年4月に第2装甲軍司令官を更迭されているはずです。
クルスクの戦いの起こった7月に彼が指揮官なのは時系列が合いません。

F軍集団の編成はウィキペディアでは8月12日とありますが、
第2装甲軍が参加していたはずのクルスクの戦いは8月22日まで続いたはずです。
ウィキペディアの情報をそのままたどると、
第2装甲軍は1941年バルバロッサ作戦においてモスクワに向けて進撃し
その後1942年にははるか1500km南方のバルカン半島に派遣、
さらに1943年夏に再び1500km北でクルスクの戦いに参加し、
激戦のさなかもう一度1500km南下してバルカン半島に戻ってきたということでしょうか?

いくらなんでもむちゃくちゃすぎると思うのですが、これは事実ですか?
それともウィキペディアの情報が間違っているのでしょうか。

第二次大戦中のドイツ軍第2装甲軍について質問です。

当該軍は1941年バルバロッサ作戦時中央軍集団隷下において第2装甲集団として編成、
1941年10月に装甲軍に改編されたものと承知しております。

そしてその後1942年にバルカン半島に送られ、1943年F軍集団として再び改編され引き続きバルカン半島で活動したとウィキペディアに記載されています。

しかし、1943年7月のドイツ軍によるツィタデレ作戦(クルスクの戦い)時には
中央軍集団に属しモーデル将軍の第9軍左翼に陣取っていると各種資料の地図で確認でき...続きを読む

Aベストアンサー

●「独ソ戦車戦シリーズ(9) 1945年のドイツ国防軍戦車部隊―欧州戦最終期のドイツ軍戦車部隊、組織編制と戦歴の事典」 (大日本絵画 マクシム・コロミーエツ著)によれば、第2装甲軍は、
1941年夏以降から1943年9月の間は、独ソ戦線で行動し、その後、F軍集団に編入されたとあります。

「独ソ戦車戦シリーズ(9) 1945年のドイツ国防軍戦車部隊」
http://www.amazon.co.jp/1945%E5%B9%B4%E3%81%AE%E3%83%89%E3%82%A4%E3%83%84%E5%9B%BD%E9%98%B2%E8%BB%8D%E6%88%A6%E8%BB%8A%E9%83%A8%E9%9A%8A%E2%80%95%E6%AC%A7%E5%B7%9E%E6%88%A6%E6%9C%80%E7%B5%82%E6%9C%9F%E3%81%AE%E3%83%89%E3%82%A4%E3%83%84%E8%BB%8D%E6%88%A6%E8%BB%8A%E9%83%A8%E9%9A%8A%E3%80%81%E7%B5%84%E7%B9%94%E7%B7%A8%E5%88%B6%E3%81%A8%E6%88%A6%E6%AD%B4%E3%81%AE%E4%BA%8B%E5%85%B8-%E7%8B%AC%E3%82%BD%E6%88%A6%E8%BB%8A%E6%88%A6%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%BA-%E3%83%9E%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%83%A0-%E3%82%B3%E3%83%AD%E3%83%9F%E3%83%BC%E3%82%A8%E3%83%84/dp/4499229243/ref=sr_1_3?ie=UTF8&qid=1377357679&sr=8-3&keywords=1945%E5%B9%B4%E3%81%AE%E3%83%89%E3%82%A4%E3%83%84

つまり、この「独ソ戦車戦シリーズ(9) 1945年のドイツ国防軍戦車部隊」の内容が正しければ、

>1942年にバルカン半島に送られ、

の部分は誤りとなる可能性があります。

また、パウル・カレルの「バルバロッサ作戦」やエーリッヒ・フォン・マンシュタインの回想録「失われた勝利」等を見ると1942年1~3月、7月に第2装甲軍が東部戦線でソ連軍と戦闘しているのがわかりますから、少なくとも1942年を通して第2装甲軍がバルカン半島にいたという事はないという事がわかります。それに、クルスク戦においても第9軍の側面防御を請け負う援護部隊としての役割だった事などもわかります。

そのウィキの記事が何を元に書かれたか、それが信頼性の高い資料によるものなのかが問題だと思います。


●なお、
>F軍集団の編成はウィキペディアでは8月12日とありますが、

この部分について、ハインツ・グデーリアンの回想録「電撃戦」(1974年版)の別冊資料集では、F軍集団は「1943年8月22日~26日」となっています。


●余談ですが
>はるか1500km

ドイツ装甲師団は東部戦線で戦った後、兵士の休養と兵器の再装備のため、フランス等で数ヶ月過ごす事が珍しくありませんでした。
一例を挙げると、東部戦線にいた第7装甲師団は1942年5月にフランスに向かい、そこで休養と再装備をすませると12月には東部戦線に復帰しています。
東部戦線からフランスまでは軽く2000キロを超えている距離です。

●なお第2装甲軍に所属している部隊もそれなりに変わっています。
1941年11月にモスクワを目指して進撃していた第2装甲軍には、装甲師団として
第3装甲師団、第4装甲師団、第17装甲師団、第18装甲師団が所属していましたが、
クルスク戦前の時点では、この4個師団は既に所属しておらず、所属していたのは、
第5装甲師団、第8装甲師団、第12装甲師団でした。
この3個師団は第2装甲軍がF軍集団に配属された時、第2装甲軍から外されそのまま東部戦線に残されています。


■>ウィキペディアの情報が間違っているのでしょうか。
回答・・・その可能性はあります。

●「独ソ戦車戦シリーズ(9) 1945年のドイツ国防軍戦車部隊―欧州戦最終期のドイツ軍戦車部隊、組織編制と戦歴の事典」 (大日本絵画 マクシム・コロミーエツ著)によれば、第2装甲軍は、
1941年夏以降から1943年9月の間は、独ソ戦線で行動し、その後、F軍集団に編入されたとあります。

「独ソ戦車戦シリーズ(9) 1945年のドイツ国防軍戦車部隊」
http://www.amazon.co.jp/1945%E5%B9%B4%E3%81%AE%E3%83%89%E3%82%A4%E3%83%84%E5%9B%BD%E9%98%B2%E8%BB%8D%E6%88%A6%E8%BB%8A%E9%83%A8%E9%9A%8A%E2%80%95%E6%AC%A7%E5%...続きを読む

Q自衛隊の作戦で

自衛隊の軍事作戦(実戦)で、指揮官立案の作戦が明らかに不備だったため作戦が失敗し、多数の自衛隊員が犠牲になった場合、
この指揮官は業務上過失致死罪に問われることになるのでしょうか。

Aベストアンサー

拙劣な作戦を行なった指揮官の刑事責任を問うとすれば、現行刑法により限り、適用の可能性があるのは殺人罪と業務上過失致死罪しかありません。

前者は部下を殺すことを目的として戦闘を命じた場合であり、理論としてはともかく、実際に生起することはないでしょう。問題は後者です。

業務上過失致死罪が成立するには次の条件が必要です。
先ず、その作戦の内容が、計画作成時に知り得た状況と軍事常識に照らして不備・不適切なものであることです。結果が大失敗であったとしても、計画作成時に知り得た状況に照らして妥当性のある作戦であれば、刑事責任を問うことはできません。勝負は時の運なのですから。
次に、その作戦を実施すれば大きな損害を被る事が予測できたこと、そしてその損害を回避する方法があったことです。予測可能で、かつ、回避可能な損害を不注意により回避しなかった、これが刑法上の処罰に値するからです。

つまり、業務上過失致死傷罪を適用しようとすれば、戦場における事前の情報収集の可能度、作戦の必要度、もっと損害の少ない他の作戦の可能性、損害回避の可能性などを検討しなければならないわけで、立証は極めて難しいといわざるを得ません。

なお、戦前の陸軍刑法(海軍刑法)にも、この種の作戦ミスを処罰する規定はありませんでした。その理由は、将校は作戦失敗の責任は自ら決する(自決する)という、武士道の伝統が前提にあったからです。沈む船と運命を供にした艦長や玉砕を前に自刃した司令官などは、このような武士道の伝統に従っていたのです。
この伝統を明文化した法令が明治の初期にありました。近代日本初の軍刑法である陸海軍刑律がそれです。これには将校に対する刑として「自裁(切腹)」の規定がありました。この規定は、その後の法改正で削除されましたが、その精神は昭和20年まで受け継がれていたのです。

拙劣な作戦を行なった指揮官の刑事責任を問うとすれば、現行刑法により限り、適用の可能性があるのは殺人罪と業務上過失致死罪しかありません。

前者は部下を殺すことを目的として戦闘を命じた場合であり、理論としてはともかく、実際に生起することはないでしょう。問題は後者です。

業務上過失致死罪が成立するには次の条件が必要です。
先ず、その作戦の内容が、計画作成時に知り得た状況と軍事常識に照らして不備・不適切なものであることです。結果が大失敗であったとしても、計画作成時に知り得た状...続きを読む

Qドイツ統一に際するソ連軍撤退費の負担に対してのドイツ国民の不満

ドイツ統一(1990/10/3)でソ連軍にドイツは撤退費を払いましたが、多分膨大な金額だったろうと思います。これに対してドイツ国民から文句は出なかったのでしょうか?

Aベストアンサー

ドイツの統一に関連した諸問題の討議及び決定が行われた2プラス4会議(東西ドイツ、米ソ英仏)において、2プラス4条約(ドイツ問題の最終的規制に関する条約)が署名され、同時に駐東独ソ連軍の撤収が同意されていますが、ソ連軍の撤収にかかる費用を当時の西独が負担するという約束をしたかどうかは定かではなかったかと思います。

ただ条約締結に先立つ1990年9月に、西独コール首相とソ連ゴルバチョフ大統領は両国における金融上の協定を結んでいます。
ゴルバチョフは当時のソ連国内の経済改革を確固たるものにするために160億ドイツマルク程度の借款を含めた経済援助を求めましたが、コールはこれを150億ドイツマルクに抑えて要求を呑んでいます。

無理に考えればこれらの経済援助に駐東独ソ連軍の撤収費用も含まれているかもしれません。そうなると国家間の取り決めであり、また経済援助という名目も考えると、旧西独国民がこれらの決定に対してそれほど目くじらを立てることはなかったかと思います。

統一なったドイツ連邦の国土にいつまでもソ連軍が居座ることを考えれば、金で解決する手法も仕方がないと考える国民が大多数ではなかったかと思います。ある意味立場は違いますが現在の日本が日本に駐留している在日米軍に、多額の思いやり予算と称した用心棒代を払っている現状にどこか似通っているといえなくもないですね。

ドイツの統一に関連した諸問題の討議及び決定が行われた2プラス4会議(東西ドイツ、米ソ英仏)において、2プラス4条約(ドイツ問題の最終的規制に関する条約)が署名され、同時に駐東独ソ連軍の撤収が同意されていますが、ソ連軍の撤収にかかる費用を当時の西独が負担するという約束をしたかどうかは定かではなかったかと思います。

ただ条約締結に先立つ1990年9月に、西独コール首相とソ連ゴルバチョフ大統領は両国における金融上の協定を結んでいます。
ゴルバチョフは当時のソ連国内の経済改革を...続きを読む

Q艦これの2016年春イベのif作戦についてなんですけど‥if作戦って史実的にはどんな戦いにあたる

艦これの2016年春イベのif作戦についてなんですけど‥

if作戦って史実的にはどんな戦いにあたるのですか?
艦これのまとめサイトとか見てるとパナマ運河とか真珠湾とか言ってました。
けどif作戦って調べても出てきません!

詳しい人、ぜひ教えてくだい!

Aベストアンサー

この場合のifとは、「IF」の略なのではなく、英語の「if」、「もしも」という意味でのifでしょう。
つまり、史実的に実際は行われることがなかった作戦・もしくは全く史実では起こるはずのなかった作戦、のどちらかになると思われます。
前者ならば、計画のみされた作戦から推測可能ですが、後者ならばもうどういった作戦になるかは分かりません。

Q日本VS韓国、中国 と ドイツVSポーランドやヨーロッパの被侵略国

日本が韓国や中国からずっと叩かれてたり、お金とられたりしてるみたいに、ドイツも、侵略したポーランドや他のヨーロッパの国からいまだにヤられてるのですか?

じゃなければ、なんで日本だけ・・・?って感じなんだけですけど。

こういう事情、歴史の教科書には載ってないですが、不思議なのでどなたか教えてください。

Aベストアンサー

ドイツはあまりたたかれているという印象がありませんが、まあ理由はいくつか考えられます。

・ドイツは戦後、歴史的にみてドイツ固有の領土をポーランドに割譲しています。いわゆるオーデル・ナイセ線というやつです。(ただし、ポーランドもそれとほぼ同じ面積の領土をソ連に取られています。)しかも、その地域に住んでいたドイツ人が数百万規模で強制的に財産没収・国外追放になっています。
これは、チェコについても同じで、とくにヒトラーがミュンヘン会談で要求したズデーテン地方は、歴史的に住人の多数をドイツ人が占めていましたが、戦争直後、ほぼ全てのドイツ人が国外追放になっています。これも数百万人規模です。近頃、ドイツとチェコが戦争にともなう被害の賠償権をお互いに放棄するという協定を結びました。「お互いに」というところに注意してください。
そういうわけで、ポーランド・チェコ等はドイツに負い目もあって強く言えない状況にあるです。
これが、第一の大きな理由です。

・それから、ヨーロッパは世界大戦を「本当に」2度経験しているっていうことがあげられます。第一次大戦後に周辺国がドイツ・オーストリア・ハンガリーなどを必要以上に敵視した結果、第二次大戦を招いたという痛い経験をしているわけです。東アジアは、実質的に第二次世界大戦しか経験していないので、周辺国に必要以上の敵対心を持つことは自国の国益に反する、ということが経験としてしっかり根付いていない、ということでしょうか。これも、実際にかなり大きい理由だと思います。

・もちろん、ドイツは冷戦の最前線になっていたので、東西両陣営とも戦争犯罪をいかに裁くかより、自陣営の結束を固める必要があったっていう理由もあります。

純粋に戦後保障だけを比べれば、実際、日本はよくやっていると思いますよ。そもそもドイツは周辺に与えた「影響(被害?)」が日本より桁違いに大きいですし、それを考えればドイツのほうが日本よりも誠実とは言えないでしょう。

ドイツはあまりたたかれているという印象がありませんが、まあ理由はいくつか考えられます。

・ドイツは戦後、歴史的にみてドイツ固有の領土をポーランドに割譲しています。いわゆるオーデル・ナイセ線というやつです。(ただし、ポーランドもそれとほぼ同じ面積の領土をソ連に取られています。)しかも、その地域に住んでいたドイツ人が数百万規模で強制的に財産没収・国外追放になっています。
これは、チェコについても同じで、とくにヒトラーがミュンヘン会談で要求したズデーテン地方は、歴史的に住人の...続きを読む


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