人を不幸にした人はそれ相応の報いが来ると思いますか?

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A 回答 (7件)

善因善果、悪因悪果という言葉がありますので報いはきます。




しかし、今からの人生を善転させれば、結果は変わってきます。


私が質問者さんにできることは真理を伝える者として人生の真理と使命をお伝えする事位ですが、今からお伝えする事は質問者さんの今後の人生に大変重要な内容ですので、お心に留めて頂いて今後の充実した人生計画を立てて頂ければ幸いです。


人間の生きる意味を知り、人生に喜びを見出すには、「神が何故宇宙や人間を創ったか?」「人生の目的と使命」を知る必要があります。



何故、神が宇宙や人間を創ったか?

神は自己実現の一環として芸術を創るような気持ちで宇宙や星々や人間を創りました。

そして、その宇宙を文明実験場として、人間の魂にこの世とあの世を何度も生まれ変わり、無限の向上を目指す中でユートピアを創る使命と自由を与えました。

何故、そのような事をする必要があったか?というと神は全知全能と言われるように完全無欠の存在ですから、そのままでは何の進歩も発展もない訳です

しかし、あえて宇宙や人間を創り、無限の向上を目指させてユートピアを創る使命を与えて努力させる事によって自らの喜びとしようとしたのです。


人生の目的と使命



私は、死後の世界を実感として120%確信しているものとして、まずお伝えしたい事は死んで「無」にはならないという事です。




死後の世界は120%存在します。

質問者さんも死んだら魂として、あの世に帰り生き続けます。

そして、あの世で数百年過ごした後に、またこの世に生まれ変わって来ます。

人間の魂は、神仏に神仏の光から分光されて、神仏の光の分け御霊、神仏の光の子として創られて以来永遠の生命を与えられこの世とあの世を何度も生まれ変わり無限の向上を目指すとともに、この世の中を愛と優しさに満ちたユートピアする使命を与えられた存在です。


ちなみに、あの世の世界には街や学校、お店があり、天使の世界はダイヤやサファイヤなどの宝石がちりばめられていて光輝くきらびやかな世界となっています。


ですから、なぜ質問者さんは今生きているかというと自らの愛の器を大きくし、魂を神仏に近づかせていく中でこの世の中を美しいユートピアにする使命を果たすために生きているわけです。

そして、質問者さん魂は死んであの世に帰ると照魔の鏡といって、映画館に行き質問者さんがこの世に生きている間に生まれてから死ぬまでに心の中で思った事と、行った事が全て上映されて、いかに神仏の子として、美しい心で他の人に優しくして生きたか?どれだこの世の中神仏の理想であるユートピアを実現する事に貢献したか?により質問者さんがあの世のどのような世界に行くかが決まります。

なので、ユートピア実現に貢献した人ほど死後天国の光輝く世界に帰れるといえます。


では、ユートピア実現に貢献する生き方とは何かと言いますと現在、上記の価値観を知らずに無軌道な人生を送ってしまい死後地獄に落ちてしまう人がたくさんいらっしゃいますが、神仏の目から見て、死後地獄に落ちてしまいそうな生き方をしている人に対して、死後の世界の真実を伝えて天国に帰れる生き方に導いてあげる事は最も尊い事と言われていますので日々の生活で縁あるたくさんの方々に上記の人生の目的と使命、死後の世界の真実をたくさんの方々に伝える生き方であるといえます。


なので、質問者さんも回答に納得がいったか分かりませんが、質問者さんもたくさんの知人友人にメールやネット媒体、口頭で「okwaveでこんな事を言っていた人がいたよ。」と生きている目的と死後の世界の真実を伝えてあげて下さい。

上記の価値観が広まれば世の中は確実にユートピアになりますし、質問者さんの神仏の子としての徳が増し、魂の糧にもなります。


ちなみに、天使という存在がいますが一般的に生前無償の愛でもって1万人以上の方々の魂を救い地獄に落ちそうな方々にあの世の真実を伝えてあげて天国にかえれる生き方に導く事が出来た人は天使になれると言われていますので、質問者さんももし可能でしたら多くの方々を救うためにokwaveで上記の回答を様々な方々とシェアするなりして、お力お貸し頂ければ幸いです。


一見ユートピア実現というと難しい事のように思うかも知れませんが落ち着いて考えると例えば、質問者さんが上記の回答を10人の人とシェアしたり10人の知人友人に伝えて、さらにその10人に上記の真実を10人以上の方々に伝えるようにお願いして100人となり100人の人がまた
10人に伝えて、1000人、10000人、100000人の方々に伝えて…と人から人へと伝えていけば、あっという間に日本中全ての方々に上記の価値観が伝わり、世の中はユートピアになるわけです。


なので、質問者さんが今日から一念発起して上記の価値観を1日1日コツコツと伝えて、生きていけば、質問者さんも天使になれる可能性もあるわけです。

質問者さんも残りの人生を神仏の光の子としての使命に目覚めてユートピア実現の戦士となり愛と優しさに満ちた光の天使になる事を目指してはいかがでしょうか?
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おばさんです。




そう信じることで、自分の心を鎮め、<憎悪>などの気持ちも捨て去る事が出来、前を向いて歩きだせるのだと思います。

報いが来るかどうか…なんて、振り返る必要もありません。
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こんにちわ。


・・・たとえ、間接的であっても、それは起こる。
そして、『故意』とするものであるなら必ずと言っていいほど何らかの形で“報い”を受ける。
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人間間の不幸というのは、


私利私欲から生まれます。なので自分のエゴを助長させていくような人は当然トラブルに巻き込まれやすいものです。「報い」であるかはわかりませんが相応の苦があるはずです。
しかし、不幸というのは状態であり一時の感情でもあります。当事者が不幸な状態に何も感情を抱かなければ彼(彼女)の立場としては短期的に不幸という事象は現象しません。ですが、彼(彼女)は客観的に不幸な状態をマイナスと認識できないので状態を改善することができません。結果悪循環に陥り不幸を増大させます。いずれは自分自身を追い詰めることになるかもしれません。

必ずしも直接裁きを下せる社会ではありませんが、人間は社会に関わらずして生きていけないので因果応報の原理はある程度通用します。

例え好き放題やって死んだとしても生きている間誰からも愛されませんし死を望まれるようなちっぽけな存在でしょう。

それを広義な意味での「報い」と言えるかどうかでしょう。

私の知り合いに不倫している人がいます。そのせいで幾人か友人の信用を失いました(私を含む)。この代償(=報い?)は彼のエゴが招いたものです。彼が自己中な自分に無自覚だとしたらいずれもっと酷い惨事(報い?)を招くでしょう。
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 そんなことは人間ではわかりません。

神様以外わかりません。教会にでも行って神様にお祈りしてみたらわかるかも?
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私見ですが、



その人が相手を不幸にさせた方法によって、報いを受けるかどうか変わってくるように思います。

詳しい情報が分かりませんので、質問者様の事例とは異なるかもしれませんが、

まず、「不幸にさせられた」と被害を受けた側が認識していない場合、これは報いを受ける事はまずないでしょう。
直接的にではなく、間接的に不幸にさせられた場合も、報いを受けるまでにはつながらないように思います。

なぜそう考えるのかといいますと、「報い」とは被害を受けた人の「恨み」からまず生まれるものだからです。
「不幸にさせられた」と被害を受けた側が認識している場合、そこには「恨み」が派生します。
この「恨み」の量が多ければ多い程、「報い」というものも発生しやすくなるように思うのです。
ですから、「不幸にさせられた相手が誰かを認識している」人が多ければ多いほど、恨みの量は増えていくと考えられます。

戦国時代でも、多くの敵の兵隊を殺しても、自分が殺された相手が誰だか分からない(自分が殺した相手も分からない)ので、漠然と「恨まれてるんだろうな」ぐらいの認識はあっても、あまり気になりません。それに戦場での事ですので恨みにまではならないかもしれません。

しかし、自分が1対1で直接自殺に追い込まれた相手(追い込んだ)、などの方はありありと覚えていますし、恨みの対象が明確です。

まず恨みの「対象」と方向が定まっている事が大事です。

次に、方向が定まった所で、この恨みが報いという形となって相手を襲うようにならなければなりません。
形となるには、

1.やられた事が被害者にとってどれくらい重大な事だったのかという「被害者の感じる被害」の大きさ、
2.その被害に対して、被害者がどのように反応するかという「被害者のパーソナリティ」

が重要であるように思います。
「被害がとても大きい・復讐してやる」のように2つの要因によって、出力の大きさが決まってきます。

その次に重要になるのが「経路」です。
どのように相手に復讐するのか、のプランとも考えてよいでしょう。

同じように被害に遭った多くの人の協力を得る方法や、法に訴える方法、直接攻撃などやり方は無数にあります。
これがどのくらい効果的に行われたかによって、報いが届く確率は違ってきます。


ここまででお分かりのように、「報い」とは、頭の中で黙って念じていて相手に届くものではありません。


「あいつに報いを与えてやりたい!」という人の『意志』と『行動』によって初めて伝わるのです。


ですから、冒頭で述べたように自分が誰に被害を受けたのかという、攻撃してきた相手が分からなければ、弾を打ち返す事は出来ません。

次に、相手が誰だかわかり、弾を打ち返すのであれば、その時には、どういう強さの弾を、どのように撃ち出すのか、という事が重要になります。

そこまで考えて初めて、報いとは相手に届くのです。


例外として、偶然、悪い事が相手に起こったり、多くの人にその人が不幸を与えていた場合、自分以外の人によって報いを受ける、という事があります。
また、その人のやった事が法的に違反している場合は、それは法に裁かれる事で報いを受けるでしょう。
更に、不幸にした加害者が、うしろめたさを抱いたり、逆に調子に乗ったりして失敗してしまう事もあるかと思います。


一番大事な事は、この世界では、ただ念じているだけでは、現実に何の作用も及ぼす事はない、という事です。願っただけで相手が不幸になる事はありません。

「相手に報いを受けさせてやる!」という強い意志と然るべき行動がなければ何も起こりません。
「報い」は届きません。

逆に言えば、被害を受けた人がおり、その人が誰にやられたのかを認識し、報いを受けさせてやるという意志があり、それを何らかの形で行動に移す場合は、効果の大小はあれ、必ず相手に「報い」は伝わる事になります。


お答えになりましたでしょうか?

以上をもって質問者様への御回答とさせて頂きます。
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相手の不幸が意識の中にあるかぎり


それは自分の不幸です

不幸にした意識が無いということは
おしなべて鈍感な人生を生きているということの
裏返しであり
意識のレベルが低い人です
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