19世紀末~20世紀初頭のイギリス、土地と爵位の継承について
詳しい方ご助力いただけないでしょうか。

こちらの教えてgooで別の方が質問した内容↓
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/1271997.html にもありますが、西洋の爵位には
「家門に与えられるもの」と「領地に与えられるもの」があるとあります。
また、そこには爵位継承について下記のように書いてありました。

1)家門に与えられる場合は、家門の相続人が継承。
2)領地に与えられる場合は、領地の領主が相続の形で継承。
※家門に与えられた爵位は、家門が断絶した場合は没収だが
領地に与えられた爵位は、領地売買により爵位が継承される。

■質問1:上記内容では「西洋」という括りではありますが
イギリスでも領地の領主が相続、というパターンはあったのでしょうか。

■質問2:あった場合、この手の爵位のLPはどうなってるんでしょうか。
この土地を所有する者が爵位を名乗ること、という風(もっとちゃんとした
書き方でしょうけど)になってるのでしょうか。

■質問3:土地の相続に関しては、1)2)どちらの場合にしても元々は
家門の相続人に相続させるという条件があったと思うのですが、1837年に
遺言法(Wills Act Of 1837)が制定されたとあります。
これによって19世紀末~20世紀初頭という時代設定においては
2)の場合、金銭の授受と引き換えにまったくの他人、あるいは、当代が
お気に入りの人間に『当代の遺言』という方法で「爵位セットの土地」を
相続させるという事が可能性としてあったと思っていて良いのでしょうか。

調べれば調べるほどややこしく、なるべく疑問点を絞りたかったのですが 
質問が分かりづらかったら申し訳ないです。

よく漫画や小説などで「没落貴族が金で爵位を売って」とか見るのですが
イギリスの貴族は爵位継承に関してギチギチに規定されているのに
他人が爵位を手に入れられるものなのか気になったのですが、家門ではなく
土地に爵位が与えられているパターンならば、ありなのかなと思った次第です。

浅学ゆえの勘違いなどありましたらご指摘いただけますと助かります。
もしもこういった事柄が詳しく載っている資料(本)またはサイトなどありましたら
あわせて教えていただけるとありがたいです。

どうぞよろしくお願いいたします。

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A 回答 (3件)

> イギリスでも領地の領主が相続、というパターンはあったのでしょうか。



ありません。英国では爵位と特定の土地とのつながりは、大昔に切
れています。19世紀末~20世紀初頭なら、爵位に出てくる土地の名
前は文字通りただの地名です。

したがって、そのような爵位を定めるLetters Patentはありません
し、爵位を売買や遺贈で誰かに譲るということもできません。

> よく漫画や小説などで「没落貴族が金で爵位を売って」とか見るのですが
> イギリスの貴族は爵位継承に関してギチギチに規定されているのに
> 他人が爵位を手に入れられるものなのか気になったのですが、

その理解で正しいです。爵位をお金で売ったとか、庶出子に爵位の
継承権があるとか、兄を勘当して弟に継承させるとかいうお話は、
全て作者の想像から出たものです。

大陸では国によって事実上売買が可能だったり、平気で詐称が通用
したりすることろもありますが、近世の英国貴族の爵位においては
そのようなことは起こりません。

女子や女系の子が継承するお話も、それが可能な理由の説明もなく
出てくるようなら、想像だけで書いている可能性が高いでしょう。

もちろん、近世の貴族たちはほぼ確実に大土地所有者ですし、大昔
には「領地」だったことも(歴史の古い家なら)多いですが、日本の
江戸時代の大名みたいな「統治」をすることはなくなっていて、単
に地代をもらう「地主」になっていると考えましょう。
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この回答へのお礼

お礼が遅れてしまい申し訳ございません。
前回の質問に引き続きご回答頂きありがとうございました。

非常に明確にご回答いただいたので、大変分かりやすかったです。
気になっていたので疑問が晴れてうれしいです。

また疑問があった際、もしも機会がありましたら
回答して頂けたら嬉しいです。

ありがとうございました。

お礼日時:2011/04/24 17:40

1番の回答で誤解があるかもしれませんので、補足しておきます。


中世と近代においては、貴族制度が大きく異なっています。
中世では、封建制度であり、封建制度を維持するための手段として、貴族への叙任がありました。
しかし近世以降、貴族制度は大きく変化し、貴族は官僚のような存在となってゆきます。
貴族は、自分の領地を統治するのではなく、国王から統治を委託された存在へと変化してゆきます。
これが、絶対王政です。
イギリスの場合、バラ戦争がその契機で、これ以後家門に爵位が与えられることはなくなり、個人への叙勲というかたちになります。
個人への叙勲は、領地を伴わず、国王よりその領地の管理権を委託されたり、相応の資金の提供などになり、その人が亡くなると、没収となります。

中世などで、家門に与えられた場合、たいてい継承の条件が付帯されており、その条件に従います。
フランスの例ですが、バロア家ブルゴーニュ公の場合、直系の男子にのみ相続権があり、直系男子がいなくなった場合、国王が没収するという規定になっていました。
そのため、シャルル無謀公の死によって、ブルゴーニュ公領のうち、フランス国王より与えられたブルゴーニュは、フランスにより没収となりました。
しかし、歴代ブルゴーニュ公が買収したり、相続したり、軍事的に手に入れた他の地区、ブラバントやフランドル、ルクセンブルクなどは、シャルル無謀公の娘マリアが継承することになります。
そのマリアの夫が、ハプスブルク家で、神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世になります。

これは、叙勲にあたって条件が付けられていたためです。

>質問1:上記内容では「西洋」という括りではありますがイギリスでも領地の領主が相続、というパターンはあったのでしょうか。
近代においては、領地という概念ではなく、個人所有の土地(不動産)といった考え方を行うべきでしょう。

>質問2:あった場合、この手の爵位のLPはどうなってるんでしょうか。
現在においては、貴族というものが、あまり意味をなさないものになってしまっているため、かなりいい加減になっています。
相続者が、勝手に名乗ることもあります。

>質問3においては、わかりませんが、中世でもそのような事がありましたので、実際はかなりあったと思われます。
ただし、他人といいましても、一定の層に属している人でないと、意味がありません。
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この回答へのお礼

興味深いご回答ありがとうございました。

個人への叙勲→その人が亡くなったら爵位没収というのは
騎士位であったり一代貴族(男爵)ですよね。

世襲貴族の場合、授爵されるのは確かに仰るとおり初代個人だと思いますが
その後、血族の誰ぞに継承という形で爵位が継がれていくので
(バラ戦争後に授爵された伯爵位でもその後、後継者に受け継がれていますので)
やはり家門にだと思うのですが・・・。

その他もありがとうございます。参考にさせて頂きます。

お礼日時:2011/04/21 12:51

爵位が、家門に与えられる場合って有ったのでしょうか?


個人に与えられる場合は有りましたが。
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Q男爵領、伯爵領の規模って

西欧の貴族の男爵領、伯爵領等について。

男爵領や伯爵領等の貴族の領地の基準は何で決まるのでしょう?

ここまでが男爵領、これ以上が伯爵領、侯爵領というような基準を知っている方がおられたら教えていただきたいのですが。

Aベストアンサー

爵位と領地の広さは関係ありません。
男爵領を持つ領主を男爵と言い、伯爵領を所有する領主が伯爵となります。
そもそも男爵とは、昔からその地を収めていた豪族にあたります。
子爵は、上級領主から派遣された者がその地に根づいた者、伯爵は、国王や上級領主から叙勲された者をいいます。
ですから、昔から広大な所領をもっている土豪は、広大な領土を持つ男爵となります。
12世紀ごろ南フランスのカルカッソンヌ子爵は、カルカッソンヌ・ベジエ・アルビなど広大な領土を支配していました。
それは、フォア伯爵領の2倍にもなり、アンジュー伯爵領やブリターニュ公爵領にひってきする面積になりました。

Qイギリス貴族の婿について

ヴィクトリア朝の貴族の結婚制度について調べています。
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どなたかご存知でしたら教えて下さい。よろしくおねがいします。

Aベストアンサー

> 爵位はその家の娘がつぐことができるのでしょうか?

一部の例外を除き、継承することはできません。

英国の爵位の大多数は、王がLetters Patentという文書を発行する形式で授けられています。この文書には、誰に対して何という爵位を授けるかという文言と一緒に、その爵位が誰に継承されるかの指定(remainder)も記述されています。通常は、"heirs male of his body lawfully begotten"と書かれていて、継承できる要件は、(1)男子相続人であること(heirs male)、(2)最初に爵位をもらった人の直系子孫であること(of his body)、(3)嫡出である、すなわち正式な婚姻をした両親から生まれていること(lawfully begotten)の三つです。

したがって、娘は爵位の継承権を持ちません。

また、remainderでいう男子相続人(heirs male)というのは、本人が男子というだけの意味ではなく、息子の息子の……息子とたどってたどり着ける男子(男系男子)のことなので、娘の息子の出番もありません。

何代も続いてきた貴族の家で娘しか生まれなかった場合、爵位は弟や甥、従兄弟や再従兄弟など、remainderの要件を満たす男系の血族で最も近い男子が継承します。誰もいなければ死亡時に継承者不在によって爵位は消滅します。

例外的に娘やその子孫が継承できる爵位は、(1)古い時代のスコットランドで授けられた爵位や、(2)Letters Patentが定着する以前に授けられたイングランドの男爵位、(3)特別な継承規定(special remainder)が設定されている爵位などに限られます。

> また、婿をとるという制度はありましたか?

娘の夫が爵位を継承するしくみという意味でしたら、前述の通りなので存在しません。

また、例外的に娘が継承できる爵位の場合でも、ヴィクトリア朝期に夫が妻の爵位を名乗ることはありません。妻が公爵位を継承しても、夫が平民ならただのMrのままです。中世にはjure uxorisといって妻の称号(の男性形)を名乗り、妻に代わって領地を管理する制度があったのですが、近世以降の英国の爵位は土地とのつながりが切れた単なる称号なためか、この種のしくみはなくなっています。

> 爵位はその家の娘がつぐことができるのでしょうか?

一部の例外を除き、継承することはできません。

英国の爵位の大多数は、王がLetters Patentという文書を発行する形式で授けられています。この文書には、誰に対して何という爵位を授けるかという文言と一緒に、その爵位が誰に継承されるかの指定(remainder)も記述されています。通常は、"heirs male of his body lawfully begotten"と書かれていて、継承できる要件は、(1)男子相続人であること(heirs male)、(2)最初に爵位をもらった人の直系子孫であること...続きを読む

Q爵位間での差別

森薫著の『エマ』という漫画の中で嫌みな初老の子爵が、年下の少々頭の緩い伯爵を見下していたのですが19世紀の貴族社会においてクラスの違いはどのくらい厳格なものだったのでしょうか?

Aベストアンサー

 まず、英国と言う国は貴族としての敬意ある対応をされるのは、爵位を持った当主とその推定継承人(長男)だけです。
 (国王の一族でも爵位を与えられなければ貴族扱いされない。たとえば現女王のエリザベス2世の意向で女王の孫に当るアン王女やエドワード王子の子女は王族としての称号も有してはいない。アン女王の子息に至っては爵位すら持たない。)

 その為、爵位を継承できない次男や三男坊に高度な教育を施し、名誉ある職(聖職者や学者や軍人や高級公務員)に就かせ、余人から敬意を受ける人物になる様に育てるという伝統が出来上がりました。

 どんなに名門の家に生まれようとも、長子でなければ貴族になれない為(一般人になる)、英国では貴族と、爵位が無いが高水準な教育を受け国家に貢献するジェントリと称せられる層では、称号以外の特権において大きな差が無いという社会(貴族が一般人を権力から遠ざけようと言う活動が起りにくかった)が出来上がりました。
 (ヨーロッパの他の国とは異なる英国の特徴。)

 つまり、高い爵位に就いているからといって、偉い(ご先祖様が凄かったんですねという認識)とされません。
 (まあ、流石に公爵は別格なのですが…。←王太子だって公爵ですから。)

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   http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%81%AE%E9%A6%96%E7%9B%B8%E3%81%AE%E4%B8%80%E8%A6%A7

 近世以降になると、パブリックスクールと言われる寄宿制の名門校で高い教養を身に付け、名誉ある職に就き(産業革命以降は起業家なども含まれる)、国家に多年の功績が無いと敬意有る対応がされないという状態にまでなりました。
 (逆に当主たる父が保守的[近世の初頭では貴族の長男は父やより上位の貴族の元で修行するのが良いとされた]でパブリックスクールで学ぶ事を許されなかった者が、後年中央のジェントリ階級の者に馬鹿にされる事態にまで成りました。)

 セレブな人たちに対する英語での呼びかけ等で「レディース・アンド・ジェントルメン」と言う定例句が有りますが、これは貴族夫人とジェントリ階級の皆さんと言う意味です。 
 (無爵位でも貴族夫人と並列に扱われるとい良い例。←というか貴族がジェントリ階級に含まれてしまっている。)

 なお、私は『エマ』という漫画を見ていないので的外れかも知れませんが、男爵や子爵と言う下級貴族位は、近代以降の英国では軍人として多大な功績を上げた者や、議会で強い影響力を持つ党の党首や首相として貢献した者が引退時(或いは後輩者がその人物を第一線から押し出す[貴族院に移らせる])等に与えられる爵位(昨今では世襲貴族で無く一代限りですが…。)だったりします。

 初老の子爵とはそういった凄い人かもしれません。
 (マーガレット・サッチャー元首相もたしか男爵を授爵していたかと)

 まず、英国と言う国は貴族としての敬意ある対応をされるのは、爵位を持った当主とその推定継承人(長男)だけです。
 (国王の一族でも爵位を与えられなければ貴族扱いされない。たとえば現女王のエリザベス2世の意向で女王の孫に当るアン王女やエドワード王子の子女は王族としての称号も有してはいない。アン女王の子息に至っては爵位すら持たない。)

 その為、爵位を継承できない次男や三男坊に高度な教育を施し、名誉ある職(聖職者や学者や軍人や高級公務員)に就かせ、余人から敬意を受ける人物になる...続きを読む

Qイギリス貴族の爵位継承について

このカテゴリでは毎度似たような質問ばかりしてしまい申し訳ありません。
またもや疑問に思うことがあり、確認のため質問させていただきます。
どなたか詳しい方、よろしくお願いします。

イギリスの爵位継承はLetters patentに記された通りに継承するものと理解しております。

また、LPには通常 "heirs male of his body"=(爵位継承者は)初代の直系男子のみと書かれているかと思います。

そのため娘しかいない場合はspecial remainderを付与して娘の代だけ娘が継ぎ、
次代からはその直系男子で繋いでいくようにするか、あるいは(おそらくそういったspecial remainderが
出なかった?)娘が近親者や遠い血縁の者を婿に迎え、その男性に家と爵位を継いでもらう…
というような話を見たことがあるのですが後者の場合、確かに血縁とはいえLPの条件に合致しない
人間が継承できるものなのでしょうか?
別のspecial remainderが出ているという(男子ならば遠縁でも継承できる、といった)解釈であっておりますでしょうか。

また、ちょっと調べた所、跡継ぎの長男がいれば長男はheir apparent(法廷推定相続人)、
長男がいなければ弟か甥が跡継ぎとなってheir presumptive(推定相続人)と呼ばれる…と
いうのを見たのですが弟や甥というのは傍系ですよね。
つまり普通ならLPの条件に合わないと思うのですが、これも同じこと(特殊規定が存在する)でしょうか。

つまり確認したいのは「特殊な規定がない場合、爵位保持者に嫡男がいない限りその爵位は消滅する」
「爵位保持者の嫡男以外が(それが娘だろうが、弟だろうが、遠い血縁だろうが)
爵位を継ぐことができるというのはすなわち初代が授爵された際に
特別な規定が設けられている、あるいは改めて付与され授爵された位であるはず」
という二点の解釈に間違いがないかです。

どうぞよろしくお願いします。

このカテゴリでは毎度似たような質問ばかりしてしまい申し訳ありません。
またもや疑問に思うことがあり、確認のため質問させていただきます。
どなたか詳しい方、よろしくお願いします。

イギリスの爵位継承はLetters patentに記された通りに継承するものと理解しております。

また、LPには通常 "heirs male of his body"=(爵位継承者は)初代の直系男子のみと書かれているかと思います。

そのため娘しかいない場合はspecial remainderを付与して娘の代だけ娘が継ぎ、
次代からはその直系男子で繋...続きを読む

Aベストアンサー

詳しくないですが, ちと調べた限り heirs male of his body は「最初に爵位を受けた人の直系男子」であればよく, 「現在の爵位保持者」とは関係ないのではないかと.

つまり, 爵位を創設した A の子供を B, B の子供を C 及び D としましょう. この場合 A→B→C と爵位を受け継いでいきますが, C に子供がいなかった場合「A の直系男子」である D が受け継げるんじゃないかなぁ. そう解釈しないと, 「直系男子」でない者が爵位を継承したときに「代数を増やす」ことはないはずです.

逆にいうと, たとえ直系で爵位を受け継いだとしても「爵位継承条件の違う Letters Patent を受けた」場合には, そこで改めて「初代」という数え方をしないとおかしいはずです.

Q「限嗣」って、どういう意味ですか?

ある本を読んでいたら、「限嗣」という言葉が出てきました。
“げんし”と読むことはわかったのですが、広辞苑や大辞林を引いても
出てきません。
いったいどういう意味なのかわかず困っています。
教えてください。

Aベストアンサー

「限嗣相続」という言葉でよく使います。
別名長子相続。長子に限らず、子供の一人だけに相続させ、財産
(特に不動産)を分散させないための制度で、
主に貴族(イギリスなど)で用いられました。
(つまり次男三男以下は居候みたいなものになる。
だから植民地行っていろんなもん分捕って来たり、
よそに領地を作ったり、
持参金の多い女性と結婚するという事態がおきます)

日本でも長男が本家を継ぐというのがあったのと似ています。
最初に法制化したのは、多分(自信ないけど)スペインのイサベル女王です。

参考URL:http://www.gws.ne.jp/home/van/my_work/chap1.html

Qフランスの爵位

先日テレビを見ていてフランス人の方で爵位を持っている方が出てきたのですが、現在でも爵位はあるのですか?
あるとしたらイギリスみたいに世襲制なのでしょうか
それとも単なる名誉の為にその方に与えられたものなのでしょうか。ご存知の方教えてください。お願いします

Aベストアンサー

 
イギリス、フランス、イタリアなどに爵位は、世襲制として家系にあります。イギリスの爵位を持つ貴族は、王家との関係もあり、経済界や産業界の大資本家をかねていることが多く、大金持ちが多いですし、互いに協力関係にあったりします。

前英国皇太子妃の故ダイアナ妃殿下は、スペンサー伯爵の娘でしたが、スペンサー伯爵家は大金持ちで、軍事産業に深く関与し、富を持っていました。ダイアナは、地雷によって足を失った人のための慈善活動などをしていましたが、実家のスペンサー家は、その地雷を生産して世界に売って儲けていた家です。

イギリスの場合、没落した貴族家系もありますが、社会制度に大きな断絶がなかったので、いまでも上院は貴族院で、貴族が上流階級を作り、自分たちの利益のために、相互に便宜をはかり、また自分たちの勢力や威信を守っています。

イタリアでも、現在は王国ではありませんが、貴族制度が破壊された訳ではないので、多くの貴族が存在し、彼らは財産を持ち、イタリア産業界の背後で支配しています。

フランスでは、イギリスと違い、またイタリアとも違い、革命によって貴族の特権が奪われ、ナポレオンが新しい貴族制度を作りましたが、これもひっくり返り、古い貴族制が復古しましたが、ナポレオン3世の統治などもあり、古いフランスの貴族階級は、新しい時代の社会の支配階層と必ずしも一致しませんでした。

古い家柄であり、貴族の世襲爵位・称号は持っているが、イギリスと違い、社会の支配階級とは言えないのがフランスの世襲貴族です。彼らの世襲爵位は、名前の一部として残っているのだとも言えます。

イギリスの貴族は、公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵までで、准男爵は、英国貴族ではありません。世襲の称号家系ですが、貴族ではないのです。

一代准貴族とも言えるものは、「勲爵士」と呼びます。イギリスには色々な勲章があり、ガーター勲章とかバス勲章などがあり、これらはランクがあるのですが、こういう勲章を貰った人物は、「勲爵士」と呼びます。ガーター勲爵士とか、バス勲爵士と呼びます。また、普通の「ナイト(騎士)勲爵」もあり、これらを、「士爵」とも呼びます。

普通、イギリスでは、「何何卿」という名で呼ぶ人がいます。政治家などで多いですが、これは、勲爵士で、sir の称号で呼ばれます。

フランスにも、勲爵士はいる訳で、代表的なレジオン・ド・ヌール勲章を授けられた者は、フランスの勲爵士だとも言えます。日本では、生前受勲を受けて、勲章をもらった人が、その勲章を付けて街を歩くなどというのは、ありませんが、フランスでは、結構、勲章を付けて街を歩く人がいるそうです。

警官も市民なども、そういう人には、相応の敬意を払うという話をどこかで読みました。というより、国家が授勲した人は、国のために貢献した人なのですから、勲章を付けて,堂々と街を歩いても不思議はないのですし、それに対し警官や市民が敬意を払うというのも、或る意味自然だとも思えます。

日本の勲章は、いい加減な人が高級勲章をもらうので、市民のあいだで、いい加減だという認識があるのかも知れません。

なお、イギリスの貴族は、爵位を複数持っている場合があります。例えば、イギリスの公爵位は、幾つだったか忘れましたが、二十と少しあったと思います。ところが、家系で見ると、公爵位の数より少ないのです。これは、一つの家系が複数の公爵位を持っているからです。ある家の当主は、ABC公爵でもあれば、EFG公爵でもあるということがあります。

これは爵位に領地が付いていたからで、政略結婚などで、領地を自分の家のものにすると、いっしょに爵位も付いて来るので、こういうことが起こります。

イギリスの baron は普通「男爵」とされますが、baron は、貴族階層の総称のような意味もあり、大陸の baron は、イギリスの男爵より高い位で、伯爵などよりも、baron が上に来ることがあります。

フランスのマルキ・ド・サドという人は、これは「サド侯爵」ですが、サドの「侯爵」は、名称からすれば、ドイツのマルクグラーフ(Markgraf)つまり辺境伯(方伯)から来ていますが、実体は、「宮廷伯」で、地方の大名とも言える、ル・コン(伯爵)に比べて、王権に付属した爵位で、それほどの実力はないことになります。
 

 
イギリス、フランス、イタリアなどに爵位は、世襲制として家系にあります。イギリスの爵位を持つ貴族は、王家との関係もあり、経済界や産業界の大資本家をかねていることが多く、大金持ちが多いですし、互いに協力関係にあったりします。

前英国皇太子妃の故ダイアナ妃殿下は、スペンサー伯爵の娘でしたが、スペンサー伯爵家は大金持ちで、軍事産業に深く関与し、富を持っていました。ダイアナは、地雷によって足を失った人のための慈善活動などをしていましたが、実家のスペンサー家は、その地雷を生産し...続きを読む

Q貴族や騎士・兵士は何人ぐらいが妥当でしょうか?

貴族や騎士・兵士は一国あたり何人ぐらいが妥当でしょうか?

異世界ファンタジーの世界設定をしているのですが、行き詰っています。
一国あたりの貴族の人数、またはそれに伴った領地の数がよくわからないからです。
モデルとなる時代は14~15世紀ごろです。銃やプレートメイルが普及し始めたぐらいで、船は帆船が主流という設定です。
色々調べてはみたのですが、例えば公爵が何人で伯爵が何人などの具体的な数を探しあてられなかったので、知識人の力をお貸しいただけたらと考えた次第です。
下記の条件で、本当におおまかな数(“少なくとも○人は居て、○人以上だと多い”程度)で良いので妥当な数をお考え頂けないでしょうか。
ちなみに騎士はほぼ騎兵で、歩兵は傭兵を雇うのが一般的ということでお願いします。
■A国
絶対王政
国土面積:約2100万平方キロメートル(現在のロシアと中国の間くらいです)
人口:約5000万人
爵位:公爵、辺境伯、伯爵、子爵、男爵、準男爵、士爵
10以上の国を併呑し、統一して誕生した大国。
貴族は文官と武官に別れ、文官は領地を持たず武官は領地を持っている。
士爵は領地を持たず、武勲をうちたてた騎士に贈られる一代限りの爵位。
軍は国の軍(王の常備軍?)のみ。ただ、全員が王都にいるわけではなく、王族を守る近衛兵と、王都を守る兵、国境を守っている兵(全て騎士)に別れる。王都と国境以外の街は、領主が雇った警備兵(庶民)が常駐する。稀に警備兵から騎士に取り立てられる者がいる。戦時中のみ傭兵を雇う。
海洋貿易が盛んで、海軍がある。海軍は貿易航路と海岸沿いを守っている。
同程度の規模の敵国と国境(山と川)を接していて、現在は冷戦中。

■B国
絶対王政
国土面積:約100万平方キロメートル(現在のエジプトくらい)
人口:約255万人
爵位:公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵、士爵、名誉士爵
軍事的に強い国ではない。隣国の二国(東西の国)と三国軍事同盟を結んでいる。
あまり裕福ではなく、極端に貧乏でもない。海が無い。
士爵は領地を持たず、武勲をうちたてた騎士に贈られる爵位。世襲制。名誉士爵は伯爵以上の位を持つ者が、何かしら国に貢献した者に与えられる一代限りの位。免税と、街に入る際の優先権が与えられる。
軍の形は海軍が無いこと以外はA国と同じ。
同盟のため東西の守りは薄く、南の国境を重点的に固めている。北は砂漠で、国が無い。

以上です。
そもそも上記の条件の時点で無理があるという場合は、そちらもご指摘いただけたらと思います。


それとタイトル外のことなのですが、上記の設定で色々考えた結果、全世界の人口が二億人ちょっと程度になってしまいました。
ちょっと人口が少なすぎるかなと思うのですが、いかがでしょうか……。もしわかるなら、合わせて答えていただけると嬉しいです。

貴族や騎士・兵士は一国あたり何人ぐらいが妥当でしょうか?

異世界ファンタジーの世界設定をしているのですが、行き詰っています。
一国あたりの貴族の人数、またはそれに伴った領地の数がよくわからないからです。
モデルとなる時代は14~15世紀ごろです。銃やプレートメイルが普及し始めたぐらいで、船は帆船が主流という設定です。
色々調べてはみたのですが、例えば公爵が何人で伯爵が何人などの具体的な数を探しあてられなかったので、知識人の力をお貸しいただけたらと考えた次第です。
下記の条件...続きを読む

Aベストアンサー

●回答・・・14~15世紀の頃ではなくて申し訳ないのですが・・・

○1700年頃(17世紀)のイギリスにおける貴族(公爵~男爵)の数は約180家で、準貴族にあたる准男爵が約800家、騎士爵が約600家。
そして、この頃のイギリスの人口は約900万人で軍隊の規模は約7万人でした。
ちなみに現在のイギリスにおける貴族は公爵が31家、侯爵が36家、伯爵が197家、男爵が495家となっています。
なお現在のイギリスの人口は約6000万人です。

○1700年頃の他の国の人口と軍隊の規模は、
フランス・・・人口約1900万人。軍隊は約35万人。
ロシア・・・・人口約1700万人。軍隊は約22万人。
プロイセン・人口約200万人。 軍隊は約3万9千人。
スペイン・・・人口約600万人。 軍隊は約3万人。

○なおヨーロッパの人口は1600年(16世紀)でも約1億人程度だったそうです。
ちなみにその頃のヨーロッパの人口の約四分の一は、ハプスブルク家の領地に住んでいたと推定されています。

○軍隊における兵士の数は、当然、その国のおかれた周辺の状況にもよってくるでしょう。
戦争状態にあったり、敵対国家が隣接していれば大きな軍が必要になりますし、周辺全てが友好国ならば、軍の大きさも抑え目になる場合もあるでしょう。
前述した1700年頃の人口と軍隊規模からは、人口の約0.5%~約2%程度が兵士であった事がわかります。
ただし、これも絶対というわけではなく色々なケースがあります。
特に傭兵を雇う場合、資金があればかなりの軍を維持できます。
16世紀、「北方の獅子」と呼ばれたスウェーデンのグスタフ2世王は、ドイツに進攻し軍事的成功をおさめ、15万人の軍隊を率いています。
しかし、そもそもこの頃のスウェーデンの人口は約100万人程度しかなく、15万人もの兵士のうちスウェーデン人はその約2割の3万人程度でしかなく、他は現地のドイツ人やイギリス人などの傭兵だったそうです。
ただ、傭兵を雇えばお金がかかります。
グスタフ2世王は現地ドイツの味方の貴族や都市から寄付金を募り、味方でないところの都市や、貴族からは、攻めない略奪しないと約束して、安全保障費を払わせ、軍を維持する資金を得ていたそうです。
ただし、傭兵を雇用し資金繰りに苦しみ失敗した例もあり、それがハプスブルク家です。
前述した16世紀におけるハプスブルク家の領地の人口は約2500万人ですが、この頃、ハプスブルク家の軍は、傭兵を主体に30万人を超えました。戦争も多く戦費も嵩みます。その結果、国の財政は殆ど破綻しています。

■そういうわけで、知恵を絞り、歴史に学び、工夫すれば、かなりの軍を作品内で動員する事が可能になるかと思います。
良い作品ができますようお祈りいたしております。

●回答・・・14~15世紀の頃ではなくて申し訳ないのですが・・・

○1700年頃(17世紀)のイギリスにおける貴族(公爵~男爵)の数は約180家で、準貴族にあたる准男爵が約800家、騎士爵が約600家。
そして、この頃のイギリスの人口は約900万人で軍隊の規模は約7万人でした。
ちなみに現在のイギリスにおける貴族は公爵が31家、侯爵が36家、伯爵が197家、男爵が495家となっています。
なお現在のイギリスの人口は約6000万人です。

○1700年頃の他の国の人口と軍隊の規模は、
フランス・・・人口約1900万人。軍隊...続きを読む

Q爵位について

伯爵に子供が三人いたとして、長男が爵位をついで伯爵になるとしたら、残りの二人は爵位はどうなるのでしょうか?

また伯爵には一人息子しかいなかった場合(前伯爵が死亡したとして)、爵位を継いだ息子がまだ幼かったとしたら後見人というのが立つと思うのですが、もし身内が後見人になる場合、その身内の爵位というのはどうなるのでしょう?爵位というのは長男だけの世襲制で、一人息子の伯爵の後見人に身内が立つとしたら、爵位はその幼い伯爵よりも下になりますよね?それでも後見人として成り立ちますか?それとも身内ではないもっと別の爵位の高い人に後見人になってもらうのでしょうか?


わかりにくい説明で申し訳ないですが、お願いします。

Aベストアンサー

国や地域、実態によって異なります。
貴族といっても、一代かぎりの貴族と、世襲貴族とは異なります。
イギリスのエジンバラ公は、一代かぎりですから、死んだ後の後継者はおりません。(子供はチャールズ皇太子)
叙勲として与えられるサーの称号者も一代限りです。

世襲の場合、その家門に与えられる称号と、領地に与えられる称号があります。
家門に与えられる場合は、家門の相続人が継承します。
領地に与えられる場合は、領地の領主が相続します。

この2つの違いは、家門に与えられた爵位は、家門が断絶した場合は没収となりますが、領地に与えられた爵位は、領地を売買することで、爵位が継承されます。
有名な話では、神聖ローマ帝国の皇帝家だった、ルクセンブルク家は、皇帝になり、ボヘミアを領有すると、自分の出身地ルクセンブルクを、フランスのブルゴーニュ家に売却しています。
ブルゴーニュ家は、それを配下に与え、あらたにルクセンブルク家を起こします。

ある伯爵に子供が3人いた場合、爵位の継承は一人のみです。
次男、三男は、長男の家来になるか、他の貴族のところで、女しか後継者のいない貴族の家に婿入りします。
ヨーロッパでは、一夫一妻ですから、そんな事が多かったようです。
また、結婚・買収などで、複数の爵位を持つ者は、弟に爵位を分ける事もありました。
王などの場合で、没収した爵位があるときは、その爵位を弟などに与えました。

後見人に関しましては、いろいろな場合があります。
普通は、母親・叔父・伯父などがなりますが、場合によっては、国王や親族の有力者がなります。ローマ教皇が後見人といった事もありました。

国王や教皇が後見人の場合、直接後見することはできないので、代理人を派遣していました。
後見人と家門とが対立することは、よくあり、相続争いや暗殺、他勢力と結んでの追い出し、などなんでも有れのじょうたいでした。
そのような状態になって家門がバラバラにならないように、王などに後見人を依頼しました。
また、爵位相続者が成人すると、後見人を追放したり、犯罪の嫌疑で捕まえるなどありました。

国や地域、実態によって異なります。
貴族といっても、一代かぎりの貴族と、世襲貴族とは異なります。
イギリスのエジンバラ公は、一代かぎりですから、死んだ後の後継者はおりません。(子供はチャールズ皇太子)
叙勲として与えられるサーの称号者も一代限りです。

世襲の場合、その家門に与えられる称号と、領地に与えられる称号があります。
家門に与えられる場合は、家門の相続人が継承します。
領地に与えられる場合は、領地の領主が相続します。

この2つの違いは、家門に与えられた爵位は、家門が...続きを読む

Qイギリスの公爵などの爵位についておしえてください

 戦前の日本の華族制度や叙爵基準はある程度知ってますが、イギリスの爵位についてはまったく知らないことに気づきました!!日本の華族では皇族には爵位はなく、公爵といっても五摂家のように最初から公爵や伊藤、山県など昇爵する場合がありますがいずれも臣下ばかりです。ところがイギリスは、チャールズ皇太子はコーンウォール公爵、弟のアンドリューはヨーク公爵、下の弟のエドワードは伯爵、女王の夫はエジンバラ公爵ですね。
1)イギリス王族の爵位はどうやって決まるのですか。チャールズが公爵なのはいいとして、なぜ2人の弟の爵位が異なるのですか。日本なら昭和天皇の弟の秩父宮、高松宮、三笠宮で待遇に差はないです。
2)爵位は世襲制で一家の戸主が名乗るんですよね。エジンバラ公の息子はみな爵位を持ってますが、エジンバラ公は誰が受け継ぐのですか。
3)○○公の○○はイギリスの地名ですが、この地名とは関連あるんでしょうか。江戸時代の越前守のようにその地に無関係でただの名乗りなんでしょうか。
4)黒田さんは平民のままですが、イギリスでは平民男子でも王女と結婚すれば爵位をもらえるんですか。
5)イギリスの○○公の○○は途中で変わるんでしょうか。相撲の年寄株の名跡変更みたいに。
ちょっと間の抜けた質問になりました。
イギリスは何百年も爵位がつづいてますが、日本の華族は明治になってにわかに作ったもので歴史や背景もちがうでしょうがどうぞおしえてください。

 戦前の日本の華族制度や叙爵基準はある程度知ってますが、イギリスの爵位についてはまったく知らないことに気づきました!!日本の華族では皇族には爵位はなく、公爵といっても五摂家のように最初から公爵や伊藤、山県など昇爵する場合がありますがいずれも臣下ばかりです。ところがイギリスは、チャールズ皇太子はコーンウォール公爵、弟のアンドリューはヨーク公爵、下の弟のエドワードは伯爵、女王の夫はエジンバラ公爵ですね。
1)イギリス王族の爵位はどうやって決まるのですか。チャールズが公爵なのは...続きを読む

Aベストアンサー

日本では、貴族の爵位は上から、公、候、伯、子、男となっていますが、ヨーロッパの爵位においては、これがあてはまりません。

イギリスにおける最高爵位は、「ウエールズ大公」(プリンス オブ ウエールズ」で、第2位の爵位が、「チェスター伯」となります。
また、王大使としての正式な爵位が、コーンウェル公爵となります。(イギリスにおいては、侯爵はいません)

これらの爵位は、叙任された時の状況により異なります。

基本的に、王の一族(弟など)に与えられたのが「公爵」(江戸時代の親藩大名とほとんど同じ)
地方の有力者に与えられたのが、「侯爵」(外様大名)
家臣に与えたのが、「伯爵」(譜代)
上級貴族の代官が「子爵」
地方の名家が、「男爵」

となります。
これは、領地に与えられたものであるため、その領地を継承するものが、その爵位を名乗りました。

エジンバラ公は、特別爵位で、現公の死後は、消滅します。
このように、爵位にも条件付きの爵位もあります。
有名なのが、モナコ大公位は、男子継承者がいない場合、消滅し、モナコは、フランスに併合されます。

現在のイギリスにおいては、爵位は、名誉的なものになっています。
「その地に過去領地を持っていた」と考えてください。
(現在も持っている可能性はあります)

>イギリスでは平民男子でも王女と結婚すれば爵位をもらえるんですか。

普通はもらえません。
ただ、王女と結婚する人は、貴族階級に属する人がほとんどなので、それ以前に爵位を持っている人がほとんどです。

女王の配偶者であっても、叙勲されたのは、現在のエジンバラ公だけで、それ以前のビクトリア女王の配偶者(名前を忘れました)は、爵位がありませんでした。

5番に関しましては、叙任された領地の名称ですから、変わりませんが、他の領地を合わせた場合、そちらを名乗る場合があります。
その場合でも、正式爵位は残ります。
(フォーエンツェルン伯 - ブランデンブルク辺境伯 - ブランデンブルク選帝侯 - プロシア公国 - プロシア王国 - ドイツ帝国)のように、格が上の爵位を名乗る場合があります。

日本では、貴族の爵位は上から、公、候、伯、子、男となっていますが、ヨーロッパの爵位においては、これがあてはまりません。

イギリスにおける最高爵位は、「ウエールズ大公」(プリンス オブ ウエールズ」で、第2位の爵位が、「チェスター伯」となります。
また、王大使としての正式な爵位が、コーンウェル公爵となります。(イギリスにおいては、侯爵はいません)

これらの爵位は、叙任された時の状況により異なります。

基本的に、王の一族(弟など)に与えられたのが「公爵」(江戸時代の親藩...続きを読む

Q英国ヴィクトリア朝の上流階級について

この時代を舞台とした小説を執筆しようと考えております。
以下の設定がありえるのかありえないのか、そして実例があったら教えてください。
どれか一つでもご存知の方、どうかよろしくお願いします。

(1)未亡人の子持ちが爵位持ち(例えば伯爵)に嫁ぐ
周囲から反対されるのでしょうか。
未亡人がただの平民なら駄目だけど上流階級であるジェントリや貴族出身ならオッケーなどありますか。
また、この未亡人の子供は伯爵家の子供として認識されるのでしょうか。
伯爵の爵位が継げないことはわかりますが、未亡人の子供たちへの扱いはどうなりますか。

(2)伯爵がフランス人やドイツ人、オーストリア人と結婚する。またはその貴族。
外国人ということで周囲から反対されますか。そして平民は駄目だけど上流階級ならオッケーなどありますか。

(3)上流階級の子供は学校に行く? 女性も学校に行く? 大学は必ず入学?
寄宿学校などではなく、家庭教師で勉強させますか。
漫画での伯爵家の子供の主人公は学校には行ってませんでした。別の漫画での爵位持ちではない上流階級の子供は、寄宿学校に行きました。位によって異なるのでしょうか。
そして、いくつからいくつまで入るのでしょうか。
もし学校に行くとなったら、上流階級御用達の特別な学校ですか。そして、女性も学校に行ったのでしょうか。

この時代を舞台とした小説を執筆しようと考えております。
以下の設定がありえるのかありえないのか、そして実例があったら教えてください。
どれか一つでもご存知の方、どうかよろしくお願いします。

(1)未亡人の子持ちが爵位持ち(例えば伯爵)に嫁ぐ
周囲から反対されるのでしょうか。
未亡人がただの平民なら駄目だけど上流階級であるジェントリや貴族出身ならオッケーなどありますか。
また、この未亡人の子供は伯爵家の子供として認識されるのでしょうか。
伯爵の爵位が継げないことはわかりますが、未亡人...続きを読む

Aベストアンサー

ヴィクトリア朝を舞台にした作品を私も好きで良く読んでいます。
また、趣味で色々調べた記憶を元に回答させていただきます。

ただ本格的にこの時代を学んだり研究しているわけではないため、
間違いがあったらすみません。

(1)未亡人の子持ちが爵位持ち(例えば伯爵)に嫁ぐ

あまり一般的ではないように思えます。

平民→大反対。未亡人が嫁いでくるのは無理で、おそらくは伯爵が家を捨てて
   駆け落ちくらいしかないと思います。
   残された家族はおそらくは社交界の笑われ者になると思います。

ジェントリ→伯爵家が裕福であればおそらくは反対されると思いますが
   困窮しており、相手の未亡人が裕福な女相続人などであればおそらく
   結婚できるかと。でもやはり色々こきおろされると思います。

貴族→家格にもよると思いますが本人(未亡人)が元々貴族の令嬢であれば
   結婚できるとは思います。ですが、子供が男児なら置いていくように
   言われるのではないでしょうか。夫が死んだ以上、その実家を継ぐのはその子ですから。
   子供の祖父母あるいは、おじおばが面倒をみるという形で置いていくことを
   勧められると思います。
   ※なのでよほど愛に生きるという人でなければ結婚を諦めるのではないでしょうか。
   
   いっそ、子供がいなければ結婚を喜ばれるかもしれません。
   (婚家で養う必要がなくなるから)

>未亡人の子供たちへの扱いはどうなりますか。
家の主である伯爵の胸三寸でしょう。良くしてやれ、ということであれば
使用人たちの扱いは良いでしょうし無関心であれば使用人の扱いも悪いと思います。

(2)伯爵がフランス人やドイツ人、オーストリア人と結婚する。またはその貴族。

こちらもあまり実例を思いつきませんが、No1さんの回答にもあるようにヴィクトリア女王の
夫君アルバートはドイツ人ですし、フランス革命でフランス貴族がイギリスに
亡命してきていることもあるでしょうから、ありえなくはないのではないでしょうか。
ただ、意外と「言葉の壁」と「距離」があるのではないでしょうか…。

外国人の平民はおそらく問題外かと。
※国内の平民の外国人といえばおそらくメイドとかコックのはずです

(1)~(2)共に「ありえない」という論調で書いてしまいましたが
貴族であっても、気持ちひとつで周囲の大反対を押し切って結婚というのは
ありえると思います。特に19世紀末~20世紀初頭あたりになるとだいぶ
考え方も現代的になってきますので。

(3)上流階級の子供は学校に行く? 女性も学校に行く? 大学は必ず入学?

基本的に長男は絶対学校に行かせると思います。それもイートン校に。
国中のお坊ちゃまが集まる名門校ですから、将来のコネをつくるためにも
ぜひ通わせたはずです。次男以降は家の主人たる父親の考えにもよるのでは。

>漫画での伯爵家の子供の主人公は学校には行ってませんでした。
>別の漫画での爵位持ちではない上流階級の子供は、寄宿学校に行きました。

位もそうですがお金と、どれだけ名誉を重視するか・コネを欲しているか、かと。
(おボンボン学校は金がかかり、入学資格に「貴族の称号をもつ者の推薦」という
ハイパーなコネが必要です)

おそらく前者の漫画は「Under the rose」、後者は「エマ」かと思いますが
以下はその前提でお話させていただきます。

「Under the rose」の場合、多分主人公とはウィリアムのことですよね。
(「冬」に関しては主人公はライナスだと思いますが)
ロウランド伯爵家は裕福な貴族という条件バッチリなはずですが、彼は学校に行っていない。
おそらくウィリアムは兄アルバートが伯爵に、自分は補佐的立場になることを
この時点で決めてるのではないでしょうか。
ですからイートン校に行かずともいいという判断になったのではないでしょうか。

ただ、何になるにしろコネは役立つことはあっても不要にはならないはずで
お金に余裕があるなら貴族は子息を皆イートンに通わせたがるはずです。
でもあの漫画の伯爵は子供を学校に行かせたがらない。

これは推測ですが、それによってあの伯爵の「家族」に対する執着の一端を
表現しているのではと思っています。

「エマ」の方のウィリアムは、貴族ではなくジェントリの生まれですが
お父さんがやり手だったおかげで入学資格を得られたのでしょう。

ジョーンズ家はイギリス上流階級社会に根を下ろすためには何はなくともコネを
必要としているはずで、長男次男ともにイートン校にいれることは必然だったのだと
思います。

>そして、いくつからいくつまで入るのでしょうか。
イートン校にかぎっていえば13から18歳です。

>そして、女性も学校に行ったのでしょうか。
ヴィクトリア朝初期~中期は「女性に教育は必要なし」「よき妻、よき母たれ」という
時代なので良くて社交界デビュー前までにちょっと家庭教師に教えてもらうくらいだと思います。
どちらかといえば刺繍やダンスのほうが重要視されたはずです。

ただ、19世紀末~20世紀初頭に婦人参政権運動が起こり、そのあたりから
女性の教育も重要視されてきます。はっきり年代がかかれてないので何ともですが
「エマ」の最終巻あたりがその時代です。

ヴィクトリア朝を舞台にした作品を私も好きで良く読んでいます。
また、趣味で色々調べた記憶を元に回答させていただきます。

ただ本格的にこの時代を学んだり研究しているわけではないため、
間違いがあったらすみません。

(1)未亡人の子持ちが爵位持ち(例えば伯爵)に嫁ぐ

あまり一般的ではないように思えます。

平民→大反対。未亡人が嫁いでくるのは無理で、おそらくは伯爵が家を捨てて
   駆け落ちくらいしかないと思います。
   残された家族はおそらくは社交界の笑われ者になると思います。

ジ...続きを読む


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