憲法で保障されてるはずの基本的人権ですが、地域格差があります。
東京都千代田区永田町>・・>沖縄県>・・>福島県東部
で正解ですか?

A 回答 (1件)

何を根拠に、格差を比較していますか?

この回答への補足

 人間として最低限の行動の自由、権利の侵害です。
自給自足、平和な生活と土地を倭人は奪おうとしてます。

補足日時:2011/04/21 22:41
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この回答へのお礼

 国は原住民の生活を奪う権利があるのでしょうか?
ご意見が伺えれば嬉しいのですが。

お礼日時:2011/04/23 11:34

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Qあなたにとっての「人権」とは

・女性の地位向上・子供の人権・高齢者に対する人権・障害のある人の人権・部落差別の問題・アイヌの人々に対する理解・外国人に対する人権・HIV、ハンセン病なのに対する人権・刑を終えて出所してきた人に対する人権・犯罪被害者とその家族に対する人権・インターネットを悪用した人権侵害・その他

あなたが、ふだんの生活で感じる人権問題を教えて下さい。

Aベストアンサー

犯罪加害者の親族に対する人権ですね。

犯罪をおこせば、名前がマスコミに報道されその
家族・親戚までもが迷惑を被ります。
犯罪者の子供は必ずいじめの対象になるだろうし、
大人も世間から白い目で見られます。

マスコミは性別・年齢・都道府県だけ報道すれば
いいじゃないですか。
なんで実名まで報道する必要があるのでしょう。

Q大日本帝国憲法における権利保障とのあり方との日本国憲法は人権をどんなものとして保障しているか

日本国権法の人権保障は、侵すことの出来ない永久の権利からきてるもので、そこから特質・根拠・分類といけばいいと思っているのですが、大日本国憲法における権利保障がイマイチ分からなくこの2つの対比ができません・・。

Aベストアンサー

どういう趣旨かはいまいちよくわかりませんので、的外れかも知れませんが、とりあえず想定して回答してみます。

大日本帝国憲法(明治憲法)の人権保障規定は俗に「法律の留保」と呼ばれる制限がありました。これは、法律の規定があれば憲法の人権規定は制限できるというもので、人権保障としてはきわめて不十分でありました。そのため、治安維持法をはじめとする各種法律で戦前・戦中において国民の人権は大きく制限されてきました。これを形式的法治主義という言い方をする学者もいるようです(本来の形式的法治主義とは異なったものだとする学者もいます。詳細は専門書などを参考にしてください)。また、「法律」も制定過程からしても民主的なものとはいいがたく、貴族院は非民選議員で構成され、衆議院についても幾多の選挙法の改正は経ているものの、完全な普通選挙のもとで行なわれたものではありませんでした。さらに、緊急勅令や独立命令など、法律によらずして人権が制限されることもありました(現在では緊急勅令や独立命令は禁止されています)。結果、軍の暴走を引き起こし、第二次世界大戦の苦い経験を経て現在の日本国憲法が出来上がったわけです。

日本国憲法の「公共の福祉」の意義について、いわゆる一元的外在制約説を採る学説もかつてはありましたが、それでは明治憲法の「法律の留保」とかわらないということになり、現在ではいわゆる一元的内在制約説が通説的地位を占めています。つまり、「公共の福祉」は人権が衝突した場合の実質的な衡平を図る機能として設けられたものであるとされています。法律によって自由に制限できる人権とはまったく異なります。

学者によって解釈の異なる場面もあり、またかなり端折った部分もあろうかと思いますが、詳細は専門書等に譲ることにします。

どういう趣旨かはいまいちよくわかりませんので、的外れかも知れませんが、とりあえず想定して回答してみます。

大日本帝国憲法(明治憲法)の人権保障規定は俗に「法律の留保」と呼ばれる制限がありました。これは、法律の規定があれば憲法の人権規定は制限できるというもので、人権保障としてはきわめて不十分でありました。そのため、治安維持法をはじめとする各種法律で戦前・戦中において国民の人権は大きく制限されてきました。これを形式的法治主義という言い方をする学者もいるようです(本来の形式的...続きを読む

Q世界の人権は 日本の人権は守られるのでしょうか?

世界の人権は 日本の人権は守られるのでしょうか?

人権は自然法則ではないので 人間が守らないと基本的には守れません。

世界中の人の人権が存在すると宣言し 日本でもそのような法律が在ります

しかし実際には日本でも まして世界では、人権は守られていません。

ある福祉関係者が言ったそうですが「日本は福祉国家ではないので・・」だそうです。

ソマリアなどでは殺し合い 惨殺が続いているそうです。

人権は理想で在り努力目標であって。世界の国や国連が何としても守るものではないのでしょうか?

これから温暖化で食料不足や自然災害等も増えて ますます人権は脅かされます。

人権は結局守れないのでしょうか?

Aベストアンサー

人の権利と国家の枠組みを考える必要があると思います。

>日本は福祉国家ではないので・・・・・
今話題の、お隣 中国は社会主義の国です。日本の人権の常識が通じない、欧米の個人の尊厳を重んじる国とは違います。恐らくですが、国家の庇護の下に国民一人ひとりの人権を守ろう・・・そんな印象を受けます。しかし、中国でも欧米でも、人権は法律を守り、遵守される必要を感じます。その枠組みが壊れると・・・以下のような事態が・・・・・・。

>ソマリアなどでは殺し合い 惨殺が続いているそうです。
1人の同じ人間である筈なのに、生まれた国や地域によって格差が生じているように感じます。しかし、これは飽くまで日本を含めた世界的な見方とも言えます。

 ユニセフ・国連・NPOなどの国際機関によって不平等の解消が試みられていますが、大きな解決には至っていないのも現状と言えそうです。そうは言っても、こうした試みがなされないと格差は更に増加するでしょう。そして、軍事・経済・災害や紛争は国際社会の様々な動きと連動していると言えるでしょう。

>世界の人権は 日本の人権を(?)守られるのでしょうか?
この質問から私は、日本と中国、ソ連、北朝鮮などの関係を連想しますが、欧米の経済等でも言えるかも知れません。日本と日本人は、自国の威信を掛けて様々な方法で主張する必要があると思います。時には行動と言う手段を講じながら・・・・。その為にも日本政府が、そして日本人が同じ価値観をベースに協働するべきでしょう。いい加減な国にはそれなりの結果しか生まれないのです。

つまり、日本の言ってる事が世界に通用する(人権的な)価値を有する普遍性を基とする事が大事でしょう。昨日、中国で服役中の民主活動家がノーベル平和賞を受賞しました。昨年はアメリカのオバマ首相でした。これは、世界的には米中の力関係の中にあるという印象を感じます。その中に有っては、世界で唯一の被爆国日本の人権宣言が基本に考えられます。確かに世界中には、貧しい国が有ります、社会福祉の充実した国も有り、中国のような成長期の国もあります。

 まとめ:世界の人口は、戦争と疫病によって調整されてきたと、社会学の見方を聞いたことが有ります。でも、戦争を起こすのも止めるのも人間です。疫病は様々な状況の中で、突発的・自然発生的に起こる要因が有るでしょう。恐らく、今後もそうでしょう。そして、分かっていたら予防としても、事件が起きて初めて対応が始まる場合も多く、収束の糸口が見えない場合も少なくないと思います。人権問題にもそのような側面があるのだと思います。
※世界の人権問題も、日本の人権問題も分けて考えるのは難しいと言えるのでは?

人の権利と国家の枠組みを考える必要があると思います。

>日本は福祉国家ではないので・・・・・
今話題の、お隣 中国は社会主義の国です。日本の人権の常識が通じない、欧米の個人の尊厳を重んじる国とは違います。恐らくですが、国家の庇護の下に国民一人ひとりの人権を守ろう・・・そんな印象を受けます。しかし、中国でも欧米でも、人権は法律を守り、遵守される必要を感じます。その枠組みが壊れると・・・以下のような事態が・・・・・・。

>ソマリアなどでは殺し合い 惨殺が続いているそうです。
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Q基本的人権と基本的人権の尊重

基本的人権と基本的人権の尊重の違いについて教えて下さい。

Aベストアンサー

デタラメ回答には騙されないようにしましょう

まず”基本的人権の尊重”とは現憲法上の概念です。デタラメ回答が義務教育課程の知識すらないので回答できないのは当然で
”基本的人権の尊重”は現憲法の基本理念として学校教育上で指導されるものです
現憲法制定当初から出来た概念でその最初の学校教育のテキストにあります
初出は、『あたらしい憲法のはなし』です
http://www.aozora.gr.jp/cards/001128/files/43037_15804.html

憲法学上において”基本的人権の尊重”という学術概念はありません。要は学校教育で指導された世俗的概念だと理解すれば良いです

一方、”基本的人権”は憲法学・国際人権法などの様々な学術分野で話が異なります
現憲法における”基本的人権”についてはまだ確定していません
基本的には『すべての人間が人間であるかぎりにおいてもっている権利』という意味ですが、その範囲は不確定です
現憲法上においては、”権力が犯すことができない各人の生来もっている権利”のみが基本的人権です
一方、他の学術分野では”何人も犯すことができない各人の権利”になります。もっとも基本的人権同士の衝突(例示:知る権利とプライバシー権利の衝突)の場合などは個別に優先順位判定が行われます(利益考量論)


整理すれば以下のようになります

①基本的人権の尊重 日本国内の公権力(98条)に犯されることのない各人の生来もっている権利
②基本的人権 何人も犯すことができない各人の権利

「生存権」は、基本的人権の尊重の対象にはなりますが、基本的人権とは言えません
個人の知る権利と個人のプライバシー権が衝突する場合における両方の権利は、基本的人権です

”基本的人権の尊重”は憲法上の概念に限定される一方で、基本的人権はもっと広義である、という理解が一番良いでしょう

でたらめな回答に騙されないようにしましょうね

デタラメ回答には騙されないようにしましょう

まず”基本的人権の尊重”とは現憲法上の概念です。デタラメ回答が義務教育課程の知識すらないので回答できないのは当然で
”基本的人権の尊重”は現憲法の基本理念として学校教育上で指導されるものです
現憲法制定当初から出来た概念でその最初の学校教育のテキストにあります
初出は、『あたらしい憲法のはなし』です
http://www.aozora.gr.jp/cards/001128/files/43037_15804.html

憲法学上において”基本的人権の尊重”という学術概念はありません。要は学校教育で指...続きを読む

Q人権侵害

「人権侵害は、可能だ」って、どういうことが、考えられますか。


「人権侵害は、可能だ」って主張した瞬間、
主張したその人の人権も侵害されるという理屈です。

だから、
「人権(もしくは、自由)の主張は、
「他者の人権を侵害しない限りに於いて可能」だ」
という、ことになるのです。

Aベストアンサー

日本語がおかしいです。

人権侵害は認められる場合がある、とか
人権侵害は許される場合がある、とか
人権侵害は抑止できない、とか

そういう文章なら判るけれど。

可能だ、という言葉づかいからは、自分も応報を受ける覚悟で
自分の意志で成そう、ということからの逃避の匂いがします。

自分の欲求不満を払しょくするために、誰かに害をなすことを
誰かに「いいよ」と言ってもらって無責任に自分勝手を行う
免罪符を手に入れようとする、欺瞞的な匂いです。

人権侵害など、そこらじゅうで日常的に行われています。
それらを現実的に抑止できるものなど、機能不全の警察や
モラル位しかありません。

今更可能もなにもありゃしないのです。

質問者さんは、そもそも誰に何を問いたいのか、つまり
その問いによって自分の何を納得させたり学んだりしたいと
考えているのか、が欠けている気がします。

例えば、私が自分の尊厳を踏みにじった人間を許すまじと思い、
「具体的に復讐を実行する意思」を発動するかどうかが重要です。

それを誰かに「いいですよ」と言ってもらおうなどとは思いません。
やるか、やめるか、それだけです。

質問、というか、ただの主張というか、標題に書かれている言葉は
「ああ。それで?」というだけのものです。

その裏側に隠された、主語と感情、そして、過去。

例えば、主語は「あなた」、感情は「悔しい」、過去は「被害」、と
いうようなものが、裏側に隠されている気がしてなりません。

つまり、あなたがいじめの被害者か何かで、復讐を考えているが
気が小さく理屈っぽいばかりで行動に移せずに悶々と思考実験ばかり
繰り返している、というような、本当の相談があるように思います。

それをストレートに相談なさる方が、白であれ黒であれ、発展的な
回答が得られるものと思います。

この文章のままでは、目的も意味さえも不明確です。

もう少し、お気持ちや背景事情について整理してから投稿されると
よろしいのではないかと存じます。

日本語がおかしいです。

人権侵害は認められる場合がある、とか
人権侵害は許される場合がある、とか
人権侵害は抑止できない、とか

そういう文章なら判るけれど。

可能だ、という言葉づかいからは、自分も応報を受ける覚悟で
自分の意志で成そう、ということからの逃避の匂いがします。

自分の欲求不満を払しょくするために、誰かに害をなすことを
誰かに「いいよ」と言ってもらって無責任に自分勝手を行う
免罪符を手に入れようとする、欺瞞的な匂いです。

人権侵害など、そこらじゅうで日常的に行われてい...続きを読む

Q憲法の基本的人権に関する質問です(判例:マクリーン事件)

外国人の政治活動の自由の勉強中によく分からない判例が出たのでお聞きします。

判例:マクリーン事件(最判昭和53年10月4日)

『在留期間中に政治活動をしたとして在留期間の更新を拒否された事件です』

判旨
『・・・外国人に対する憲法の基本的人権の保障は外国人在留制度の枠内で与えられているに過ぎない。在留期間中の憲法の基本的人権の保障を受ける行為を在留期間の更新の際の消極的事情として斟酌されないことまでの保障が与えられているものと解することはできない』

とあるのですが、[在留期間中の憲法の基本的人権の保障を受ける行為を在留期間の更新の際の消極的事情として斟酌されないことまでの保障が与えられているものと解することはできない]との部分の意味がよく分かりません。どなたかご存知でしたら教えていただけないでしょうか。

Aベストアンサー

こんにちは。

その事件の最高裁の判旨からは、
ほかに、
○政治活動の自由も、権利の性質上日本国民のみに限定されるもの以外、
 在留する外国人にも保障される。
○しかし、出入国の規制・在留の許否は国の裁量に委ねられている。(主権の点から)
 そのため在留する外国人は、
 憲法上在留する権利ないし在留することを要求する権利を保障されてはいない。

○出入国管理令上(当時)、法務大臣がその裁量により更新を
 適当と認めるに足りる相当の理由があると判断する場合に限って、
 外国人は在留期間の更新を受けることができるにすぎない。
 …在留中の外国人の行為が合憲合法な場合であっても…。

 が目にとまりました。

なので、その部分の意味を考えると、
憲法上保障されると認められる行為であっても、
在留許可の判断の材料になり得る。
材料になり不許可になったからといえ、
直ちに違法な処分にはならない。
違法な処分になるのは、
裁量権の濫用や逸脱があった場合、
たとえば、事実の誤認があったり、
事実への評価が合理性や妥当性を欠くのが明らかなときなど。

と、おもえます。

こんにちは。

その事件の最高裁の判旨からは、
ほかに、
○政治活動の自由も、権利の性質上日本国民のみに限定されるもの以外、
 在留する外国人にも保障される。
○しかし、出入国の規制・在留の許否は国の裁量に委ねられている。(主権の点から)
 そのため在留する外国人は、
 憲法上在留する権利ないし在留することを要求する権利を保障されてはいない。

○出入国管理令上(当時)、法務大臣がその裁量により更新を
 適当と認めるに足りる相当の理由があると判断する場合に限って、
 外国人は...続きを読む

Q普遍的人権とは?

「白人だって黒人だって、黄色人種だって皆同じ人間だ」って言葉には特別違和感はありません。「日本人だって北朝鮮人だってジンバブエ人だって皆同じ人間だ」これもOK。しかし「日本人だって北朝鮮人だってジンバブエ人だって皆同じ人間だから、同じ人権だ」といったらおそらく違う。
まぁ理由はそれぞれ国が違い国家が保障する人権が違うからでしょう。
その視点で見ていくと人権とは「イデオロギー的なもの」に感じますが、どうなんでしょうか?
アムネスティとかわが国の人権団体の掲げる人権とは、どういった立場での人権でしょうか?

Aベストアンサー

もともと、「人権」という考え方は
大変に「イデオロギー的」なものです。
生まれた経緯からいっても、完全に「政治的イデオロギー」あるいは「プロパガンダ」の産物です。

まず、「人権宣言」の元ともなった、米国の独立宣言ですが、
その中には、

 創造主によって、生存、自由そして幸福の追求を含むある侵すべからざる権利を与えられている。

とあります。
ここで注目して欲しいのは、「創造主」という言葉です。
「創造主」とはだれか、、、。
もちろん、「キリスト教の神様」です。
つまり、「キリスト教の神様」によって与えられた権利な訳です。
ということは、「キリスト教」の信者でない人には「権利」は与えられていないという論理が成り立ちます。
そして、この論理のもと「キリスト者以外の人」の「人権」は、たとえ侵害しているようでいても侵害していないのです。なぜなら、キリストの神を認めなないなら、そもそそ「権利」自体発生しえないのですから。

もちろん、これに続く「フランス人権宣言」もあくまでも「キリスト者」のための「権利」の主張です。

では、「世界人権宣言」はどうでしょうか?
宣言内容を読む限り、キリスト教色は大分薄められているように思います。
しかし、前文に「国際連合の諸国民は」という文言があることから、やっぱり「国際連合の加盟国」で無ければ「人権」は認められないことになります。
また、「法の支配によって人権保護すること」とあり、「法の支配」がなければ「人権」はあり得ません。

と、以上のように「イデオロギー的でない人権」なんてあり得ないと思います。

>人権には本来持ち備えた人権とは別の人権が存在し、後者を人権と呼んでいるのか、前者を対象としているのか?もしくは融合したものが望ましいのか?

人権は、最初は「キリスト教の神」が与えるモノでした。
それが、国際的合意を得て、「法」が与えるモノとなったわけです。
つまり、「本来持ち備えた人権」などなく「法」が与えているに過ぎません。
では、「法」とは何か?
もちろん、国連が定める「国際法」でしょう。
そして、この「国際法」が及ぶ範囲は「国連加盟国」までです。
それ以外は及ばないのではないでしょうか?
少なくとも「法治国家であることが最上である」と僭称するのであれば、「法を超える」ことは許されないはずです。

では、「国連加盟国」ではどうか?
これは「国際法」と「主権国家の法」がどちらが上位に来るかでかわるのではないでしょうか?
勉強不足なため、そこまではまだ調べ切れていませんが、もし「主権国家の法」が「国際法」に勝るのであれば、いくら北の国が「自国内」で「拉致」をしまくってようが、言論弾圧してようが、「人権侵害」とはいえないでしょう。(「日本人の拉致」は、日本国内で行われているので「日本の法」が適用されるでしょう)

逆に「国際法」が「主権国家の法」より上位にくるのであれば、北の国が行っていることは「人権侵害」になり得るでしょう。

長文になってしまいましたが、もともと「人権」とは「イデオロギー的」であり、現在の「人権」といえば「法」が定める「人権」です。
つまり、「生まれながらにしての権利」を与えるかは「法」しだいとなります。

もともと、「人権」という考え方は
大変に「イデオロギー的」なものです。
生まれた経緯からいっても、完全に「政治的イデオロギー」あるいは「プロパガンダ」の産物です。

まず、「人権宣言」の元ともなった、米国の独立宣言ですが、
その中には、

 創造主によって、生存、自由そして幸福の追求を含むある侵すべからざる権利を与えられている。

とあります。
ここで注目して欲しいのは、「創造主」という言葉です。
「創造主」とはだれか、、、。
もちろん、「キリスト教の神様」です。
つまり...続きを読む

Q法律用語としての「人権」「人権保障」とは?

タイトルのままですが法律用語としての「人権」「人権保障」とはどう定義づけられているんでしょうか。法律用語の辞典等が今手元にないので、どなたか詳しい方、教えてください。

Aベストアンサー

私の手元の本には「人間が生まれながらにして、人間であるがゆえに有する権利を人権又は基本的人権と云う。」と書いてありました。また、国家はすべての国民を個人として尊重し、保障する。と云う趣旨のことが書いてありました。保障と云うのは、例えば、AがBに怪我を負わせばBは刑事制裁に、民事では損害賠償責任を負うことになり、どちらも、最終的には国家権力により刑事では逮捕や留置、民事では強制執行でBの財産を差押等が、その「保障」と私は考えています。

Qどうして人権問題になるのでしょう(金八先生で)

夕べの金八先生で、生徒のドラッグ問題を取り扱ってましたよね。
そこで、状況把握のために校長が全員の尿検査を主張しました。それに対して金八先生が声高に「人権問題だ」と言ってましたけど、何の人権に触れるのでしょうか。

確かに、そんなことされるのは疑いをかけられて不快ですが、それと人権は異なるんじゃないかと思うのです。

とかく教師の方は、すぐに人権問題を取り上げますが、本当の人権問題をわかりにくくしてしまうんではないかと思うのですよね。

もし該当する人権がありましたら、教えてもらえるとありがたいです。

Aベストアンサー

番組は見ていませんが、お話の状況では「基本的人権」の侵害と言わざるをえないですね。

憲法第13条「第13条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」

この意味するところは、「公共の福祉に反していないのに、個人の自由を侵害してはならない」ということです。

警察で、拘束したり、諮問を採取したり、尿検査をしたりするのは、「公共の福祉に反する」と疑われる者に対して、「法的な手続き」を経て行われるのであって、これを「手続きなし」や、「行使する権利のない者」が行うことは、「基本的人権の侵害」にあたります。

今回のケースでは、
(1)「校長」には、教育上の指導についての権限はあっても、犯罪捜査の権限はない。
(2)たとえ、捜査権限を持っている者(警察)であっても、本人の承諾なしに検査を強要することはできない。(例えば、これが指紋採取だったら、どうですか? 簡単に採取させないでしょう)
(3)「尿検査」自体が、多くの人にとっては屈辱的な行為である。
といったことから、完全に基本的人権の「個人の自由」を侵害していると言えると思います。

尚、「とかく教師の方は、すぐに人権問題を取り上げますが、本当の人権問題をわかりにくくしている」との件については、こう考えます。
(1)未だに、基本的人権を守っていない機関・企業・個人が多いのが現実。
(2)小さなことから人権の保護を行わないと、大きな侵害を防げない。(逆に、犯罪の場合も同じことですね)
(3)子供のときからこの問題意識を理解させることが重要で、教育の場で細かく取り上げても、取り上げ過ぎということはない。

いかがでしょうか。

番組は見ていませんが、お話の状況では「基本的人権」の侵害と言わざるをえないですね。

憲法第13条「第13条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」

この意味するところは、「公共の福祉に反していないのに、個人の自由を侵害してはならない」ということです。

警察で、拘束したり、諮問を採取したり、尿検査をしたりするのは、「公共の福祉に反する」と疑われ...続きを読む

Q基本的人権の分類

基本的人権を3つに分類したら
社会権、自由権、参政権
だと官邸のKIDSページに出ていたんですが、
平等権、自由権、社会権
と昔習ったような気がします。
記憶違いなのでしょうか。

Aベストアンサー

記憶違いではないと思います。

人権の分類の仕方自体が、場面や、人(学者)によって違いますし、主流の考え方も、昔と今で違うというからでしょう。

私が中学生の時の公民の教科書(15年くらい前?)では「平等権、自由権、社会権」を基本的人権の三本柱とされ、選挙権などの参政権は「基本的人権を守るための権利」であると説明されていました。

しかし、今の、憲法学者は、基本的人権について、違った見方をします。

この見方でも、自由権、社会権、平等権、参政権の4つがあることには変わりありません。しかし、平等権は、自由権や社会権、参政権と列挙するような権利にはなりません。

なぜなら、平等は、それ自体独立した権利ではなくて、自由権・社会権・参政権を実現する場合に、共通に必要となる原則だからです。つまり、「自由権、社会権、参政権」が基本的人権の三本柱であり、「平等権」はそれを実現する上で守らなければならない共通原則ということになります。(学者の中には、さらに進んで、法の下の平等は原則であってそれ自体は人権ではないという人もいます。)

どちらの見方が正解ということはありませんが、個人的には、後者の方が、基本的人権の姿をよりよくあらわしているのではないかと思います。

記憶違いではないと思います。

人権の分類の仕方自体が、場面や、人(学者)によって違いますし、主流の考え方も、昔と今で違うというからでしょう。

私が中学生の時の公民の教科書(15年くらい前?)では「平等権、自由権、社会権」を基本的人権の三本柱とされ、選挙権などの参政権は「基本的人権を守るための権利」であると説明されていました。

しかし、今の、憲法学者は、基本的人権について、違った見方をします。

この見方でも、自由権、社会権、平等権、参政権の4つがあることには変わりあ...続きを読む


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