ネット上で大分、創価学会の批判、中傷、誹謗が多いですが、それに対して学会側では
余り反論をしていないようですが、何か理由があるのでしょうか、例えば、言いたい人には言わせておけばよいとか、言っていることが正しいので反論できないとか、ユーチュブなどでは、かなり仏教に詳しそうな人があらゆる場所にでて、学会の本尊は偽物とか 拝んでも効果がないとか、
信じている人は気の毒です 学会では ここのサイトを見れば 正しいのだというものがあったら
教えてください。

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A 回答 (7件)

「あなたに敵がいるですって? でも、それは大事業をなした人、新しい思想を打ち立てた人ならば、だれにでもいえることです。

光り輝くもののまわりには、必ず、雑音を放つ黒雲が群がるものです。『名声には敵が付きもの』なのは、光には、まわりに群がる羽虫が付きものなのと同じです」(フランスの作家・ユゴーの言葉)

だいたい、ネット上で創価学会や池田名誉会長を狂ったように罵詈雑言しているのは、学会で低俗な問題を起こして学会にいられなくなった者や、「学会は間違いだ。我々こそ絶対に正しいのだ」と、駄々をこねる幼児のように学会批判に明け暮れる某宗門の連中、その他の学会を憎む勢力というのが、その正体です。学会という「光」があまりにも偉大で眩しいがゆえに覆い隠してやろうと、それらの「黒雲」「羽虫」が、学会に逆恨みや嫉妬をしているゆえにです。

ただ、敵はその利害から結託するゆえ、その数はあまりにも多く、いちいち対処できない面があります。こういった連中のなかには、朝から晩まで、いつ飯を食い眠っているのかと思うほどに、パソコンの前に張りついて、ひたすら学会誹謗の投稿を続けているのもいます。学会を憎むどこかの勢力から、生活費でも出してもらっている可能性もあります。このように、敵側は暇がたんまりある。まさに「小人閑居して不善をなす」です。その一方、学会員側は、仕事を、そして実際の現場で学会活動をしつつ、その合間を縫って反撃の投稿をしている人も多いので、彼等ほど暇ではありません。相対的に反撃投稿が少なくならざるを得ない。

また、彼等の投稿内容は、所詮学会に対する憎しみを、鬱憤晴らしに書き殴るだけのものであるがゆえに、「学会を正すのだ」という信念すらなく、いい加減な思いつきの悪口でしかないのです。学会の教義を批判するよりも、名誉会長やその他の学会員という「人」の悪口を、見るも無残で下劣極まりない表現で書き殴っていることに、それは如実に現れています。

そんな信念の欠片もない、いい加減な戯言に、学会員側としても全身全霊で反論するのはバカバカしい。その幼稚で支離滅裂な駄文からは、学会批判の信憑性など、まともな人間ならば、まず感じられないに違いない。それゆえ「放っておけ」となる場合も多い。

「仏法の道理を人に語らむ者をば男女僧尼必ずにくむべし」(阿仏房尼御前御返事)、「愚人にほめられたるは第一のはぢなり」(開目抄)です。末法で仏法を語れば、必ず敵対勢力が現れて憎み妨害するのです。そのような愚人に謗られてこそ、真に仏法を実践している何よりの証明となるのです。

ただし、あまりにも悪質な名誉毀損については、創価学会としても、法的手段を取るなど厳正たる態度で臨む旨、原田会長も表明していますし、現実に何人か裁判で訴えられ、断罪されていることを申し添えておきます。

学会に関して、本当に正しいサイトというのは、所詮ここしかありませんね(笑)。

http://www.sokanet.jp/index.html
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我々には無関係ですが、


おおむね、日蓮宗の本尊をそのまま使用している点はその通りでしょう。
以前に、日蓮宗と争いがあったのですから・・

宗教は、やりたいことをやらせておけば良いとうのが日本の信仰の自由です。


しかし、政教分離という原則があります。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%94%BF%E6%95%99% …
これは、宗教を基本とした政治は、争いを招いやすいことに起因していると思われます。

創価学会は、政教分離の原則として、公明党と一体化することは避けなければなりません。
客観的に考えて、政教分離していないと思う人々は、創価学会には反対すると思われます。

あとは、宗教同士の軋轢もあるのかもしれません。

あなたは、創価学会は、政教分離されていると思いますか?
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この回答へのお礼

もっともな回答ありがとうございました。因みに私は分離してないとおもいます。

お礼日時:2011/04/22 16:54

さまざまな意味合いにおいて、「相手にするだけ時間の無駄」だからじゃないの?


事の正邪に関しては、実際やってみればいいのです。体験主義ですね。
合うか合わないか、ある意味、ダイエットと同じです。

公式サイト以外に、参考になるサイトは無いんじゃないの?
流言飛語ばかりではお話にならない。昨今の原発の風評被害と同じである。
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この回答へのお礼

どうもありがとうございます。

お礼日時:2011/04/22 12:02

ないと思います。


 理由は簡単反論できない事が多いからです。

まず宗教的な事
 例えば偶像崇拝とか定義にかかわる事は、まず創価では正しくとも、ほかの宗教にとっては禁止されていたりします。
 つまり宗教的な主張はいいのですが、反論の多くは他の宗教の否定になることが多いからです。これは日本の憲法にある信教の自由の侵害にあたる可能性があるからです。
 また、宗教同士の抗争はお互い信者を失う事もあるので、多くはそのようなことをしません。例えば『偶像崇拝は悪』だとか言うとキリスト教の全否定ですからねw
 創価も主でだって対立してるのは日蓮宗だけです

 また『学会の本尊は偽物とか 拝んでも効果ない』というのは元々創価は仏教の日蓮宗派ですが、過去のいきさつにより日蓮宗から破門されています。その結果そのようなことになります。
 ※当初は日蓮正宗内部の宗教法人格を持たない法華講として発足し後に独自の法人格を取得し上部団体の正宗と完全に分裂し現在に至る

 そして創価の宗教の定義は一枚岩ではありません。たとえば創価の創始者である牧口常三郎と今の池田大作では教義の内容が違います。
 なので創価の教義中でも矛盾をはらんでいるのです。
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この回答へのお礼

詳しい回答ありがとうございます。

お礼日時:2011/04/22 12:00

批判、中傷、誹謗と感じていることも「事実」を元に書かれているとしたら反論をしようがないだけです。


何を反論するのでしょうか。
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この回答へのお礼

どうもありがとうございました。

お礼日時:2011/04/22 12:03

 反論をしても次の書き込みで「だったらこれはどういうことだ」と他の事を持ち出されたりして水掛け論になるので反論しないのだと思います。


 私はある創価学会員とトラブルになったことがあり、そのことで創価学会の支部へ連絡をしたりして自己解決しましたが、自己解決できなかったトラブルが批判や誹謗・中傷の根源になっていたりするのではないでしょうか。

 私の親戚は創価学会員から根拠のない理由で入信するように言われたりしたのでトラブルが多いみたいですよ。
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この回答へのお礼

そうですね結局いたちごっこですね ありがとうございました。

お礼日時:2011/04/22 12:06

過去の事例を客観的に引き合いにだされたら


困ることのは学会側だからです。

それだけのことをしてきましたから。

ある程度、規模が拡大してくれば、
「言いたい人にはいわせておけばいい」
「誹謗中傷するような人はろくでもない人だから」
というような態度のほうが本物らしくみえる
ということが、わかっているからではないですか。
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この回答へのお礼

どうもありがとうございました。

お礼日時:2011/04/22 12:08

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