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 お稲荷様は、よく狐と思われがちですよね
でも実際は狐ではない、と。
 そして、アヌビス神も犬やジャッカルとも言われますが
本当のところはなんの動物か分かっていないようです。

 ここからが本題でして;
お稲荷様の大元を調べていくと、アヌビス神にたどり着きました。
 これはお稲荷様=アヌビス神 と思ってもいいのでしょうか?

そして、お稲荷様とアヌビス神 どちらとも
狐とは全くの無縁なのでしょうか?
 
ただ本性が分からない いろんな動物説がある 
という共通点なのですが、どうしても気になってしまいます。

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A 回答 (3件)

これですよね



http://www.amazon.co.jp/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA …



http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A8%B2%E8%8D%B7% …
これを見ると「白い狐」が神の使いとされたようで、白い鳩も神の使い、白い蛇も神の使い とか、アリビノは大変珍しいので、超越した力が宿っているに違いないということにされたのではないかと。

稲荷は漢字のとおり 稲がたわわに実ることを祈願したものだと思います。
それで狐が秋のたわわに実った稲穂のような色なので、信仰されたのだと思えるのですが、時代とともに付加価値がつけられて、概念が地域によっては変化し、その中の力がある勢力が自分たちのつけた価値観を全体の価値観にしていったんじゃないかと。


稲荷神社は秦氏系の守り神でもあり、秦氏はヘブライ人という説もある。
ヘブライ人はエジプトのアテン教団だと考えたら、力技で稲荷神社がエジプトの信仰とリンクできる。

稲荷をINRI として イエスの罪状と同じだとして、稲荷信仰はイエス信仰で、古代にイエス信仰が日本に持ち込まれたと考えた人もいる。

民間信仰なので、自分の心情に合うように概念を変化させるのも自由。
例えばキリスト教だって、2000年前は今とは比べ物にならないくらいたくさんの解釈があり、たくさんの派閥があったそうです。

自分たちの解釈が正しいとバトルしあっていたそうです。
その中のひとつが4世紀に自分たちの考えと合致する古文書の文章をピックアップして編集したんです。
できたのが 新約聖書。
本にして「これが教科書」ってしたので、いわば国語字典ができたように、いっせいにそれを柱として考えるようになり、それ以外の派閥は退けられる形になった。

正しかったから残ったのではない。
力技で「これが正解」ってしたので、正解ってことになっただけ。




お稲荷さんは届出を出さず、自分の家に庭に神社を建てたり、狐の銅像だけ居間に飾ったり、玄関に飾ったり、庭に飾って拝んでもいい。

どこも規定を設けることはしなかったので、個人がそれぞれ付加価値がつけられる。

稲荷神社や伏見神社が個人の自宅にいって「それはうちの考えとは違いますから、変えてください。さもなくば狐の銅像を飾らないでください」とは取り締まりませんから。
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この回答へのお礼

ありがとうございます

秦氏がヘブライ人説は初めて聞きました。もしその説が少しでも有力なものであれば、本当にお稲荷様とエジプト神の繋がりは有得そうですね。

人の信仰もかなり多いものですね;
色々と混ざり合って今の宗教があるならば、どこかで繋がっていてもおかしくはないのかもしれません
 
確かに、お稲荷様の信仰の仕方だけでも様々でした
考えを一つに絞りすぎたようです 助かりました。

お礼日時:2011/04/30 01:33

>これはお稲荷様=アヌビス神 と思ってもいいのでしょうか?



信じる者は、救われる。
宗教観は、個人毎に変わります。

>お稲荷様とアヌビス神 どちらとも狐とは全くの無縁なのでしょうか?

信じる者は、救われる。
宗教観は、個人毎に変わります。

ただ・・・。
動物(狐・蛇・猿・鳥・ワニ・猫・犬など)は、多くの古代宗教で「神又は神の使い」となっています。
単純に、狐が神として祀られていても民族・地域によって内容が異なります。
日本の狐が、それら他国の狐と同じ様に祀られている事はありません。
狐にしても、農耕民族にとっては「豊作の神」です。
狐にしても、商人にとっては「商売の神」です。
狐にしても、占星術にとっては「未来を司る神」です。
伏見稲荷等は神道ですが、最上稲荷等は仏教で祀られています。
酷い現実としては「狐憑き」と差別を受ける人達も存在します。
この思想を、このまま他民族に充てる事は意味がありませんよね。

>ただ本性が分からない いろんな動物説があるという共通点なのですが、

その通りです。
動物を神とする思想・自然を神とする思想は、根っ子が全く別物です。
決して、系統化する事は出来ません。
国内でも、京都伏見稲荷と最上稲荷は別物ですし、陰陽道の稲荷神も別物です。
四谷怪談で有名な、田宮稲荷神も別物です。

>どうしても気になってしまいます。

無理に系統化しなくても、個々の狐神を理解するだけで良いですよ。
信教の自由を否定(宗教を否定する)中国・旧ソ連・北朝鮮など独裁国家では、宗教も政府が統制する必要性から系統化する必要がありますがね。
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この回答へのお礼

ありがとうございます

信じる者は、救われる。 心強い言葉です

お寺や神社にでも稲荷様の見方(?)が違うのですね。
ふむ、すごいです^^;

なんだか、自分の価値観を少しでも信用しても良いような気持ちになりました
自分の信じるものを、もっと信じてみようと思います

お礼日時:2011/04/30 01:38

お稲荷様は狐ではありません。


お稲荷様を狐だと思っている人もいるようですが、
狐はお稲荷様のお使わし、眷属です。
ひらたくいえば、狐はお稲荷様の子分です。
猟師にとって猟犬が最良のパートナーだとしても、猟師は犬ではありません。
こう言う関係はお稲荷様に限ったものではなく、
たとえば八幡様のお使わしは鳩です。
お稲荷様の眷属である狐は本当は狐ではなく狼や山犬だという説は聞いた事はありますが、それはお稲荷様自体が狼とかという説ではないとおもいます。

稲荷様=アヌビス神とする根拠を示されていないのでなんともいえませんが、
動物神は世界中にありますし、お稲荷様は動物神ではありませんので、
個人的には、アヌビス神とお稲荷様を短絡的に結びつけるのは否定的ではあります。

稲荷信仰は渡来人が持ち込んだとする説が有力ではありますので、アヌビス神との関連は間接的にも絶対にないとはいいきれません。
頑張って立証してみてください。
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この回答へのお礼

ありがとうございます

そうですね、自分は無理やりにでも直接的に関係を探ろうとしていたようです。
 渡来人持込説を教えていただいてありがとうございます 自力に間接的にでも関係を見つけられるようがんばってみます

お礼日時:2011/04/30 01:28

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どこの稲荷神社にもなぜきつねの像があるのだろうと不思議に思い、
辞書で調べてみると、「きつねは稲荷大明神の使い」とありました。
でも、どうしてきつねが使いなのでしょうか。
由来は何ですか?

Aベストアンサー

 稲荷信仰は食物神への信仰ですが、キツネはケツネの音韻変化であり、

「ケ」は食べ物を意味する古語
「ツ」は接続詞のノ
「ネ」は根と同意語で、大本や根源の意味

ですから「ケツネ」とは「食の根源」を意味する言葉です。それが動物の狐と意味が混同され、動物の狐が稲荷の神使と同一視されたのではと考えられます。

 稲荷の初見は『山城国風土記』の和銅3年に餅を的にして弓を射ると餅が白鳥になり、現在の伏見の稲荷山に舞い降り、稲がなった(稲生り)ので「イナリ」と命じられました。
 また、東寺建立の際に稲荷山の木を切ったところ、天皇が病となったため、稲荷明神に従三位の位を授けました。稲荷が秦氏の氏神から国家的祭祀を受ける神へと昇格した初見です。このころから東寺や真言宗、さらには仏教とも深いかかわりが生まれました。特に、鎌倉期には弘法大師が稲を担う翁を稲荷として祀ったという伝承が生まれます。

なお、No.1さんのいわれる「空海が稲荷をダキニ天と習合したことから、ダキニ天の乗っている狐がダキニ天自身と同一視され、超人的な力を持つ狐への信仰が起きました」は誤りで、空海自身はダキニ天について別段、述べてはいません。
 記録に残るダキニ天と狐信仰の初見は、平安中期から鎌倉初期の説話集である『古今著聞集』に、栄華を得ようとダキニを祀ったところ、夢の中で女人が現れ目を覚ますと狐の尾をつかんでいたという話です。
 このように、霊獣としての「狐」とダキニ天が平安中期ごろには結びついていたようです。稲荷信仰とダキニ天信仰が本来は別系統の信仰でしたが、この狐を仲介して結びつくようになりました。ただしダキニ信仰は鎌倉中期以降から発展するようになり、稲荷との関係もそこから積極的に述べられるようになります。ですので、空海在世当時は、ダキニと稲荷を結びつけるような信仰はありません。
 なお、ダキニ天が狐に乗っているから稲荷として祭られたという説明も見られますが、ダキニが狐に乗る姿は日本で生み出された図像です。

 ダキニの使いがジャッカルというのも積極的に支持できるものでもありません。これは漢訳経典に登場する「野干(やかん)」という動物の正体が長年不明でした。すると南方熊楠が「ジャッカル説」をたてましたが、それがいつの間にか“ダキニは眷族とする狐は野干=ジャッカルである”と一人歩きしました。しかし前述のとおり狐に乗るダキニは日本で作られた図像であり、インドには存在しないものです。インド学が未発達な時代に生まれた誤解が未だに生き残っているだけです。

 インド本来の儀記に基づく「胎蔵曼荼羅」では、ダキニは人間の手足を食らう鬼女の姿です。
http://homepage3.nifty.com/MandalaExplorer/taizou_kai/tai_12/tai_210-414/tai_294-295-296-297.html

ダキニは人間の心臓を食べる鬼神でしたが、大日如来が大黒天に姿を変えてダキニを丸呑みにしました。ダキニは許しを請い、以後死体の心臓を、また心に付く煩悩を食べるようになったという荒ぶる神です。

※袋と小槌を持つ笑い顔の大黒天は日本独自のものです。インドの大黒天は3面の憤怒相で、死と豊穣をつかさどる神です
http://homepage3.nifty.com/MandalaExplorer/taizou_kai/tai_12/tai_210-414/tai_413.html

ダキニはこのような恐るべき神であったため、その信仰は邪法として忌まれた半面に、天皇が即位する際にダキニ天を祭るなど秘法として崇拝された複雑な信仰です。


 このように稲荷信仰は食物神・来訪神・山神・農耕神や大黒天信仰・星辰信仰・密教・修験道・天皇の即位儀礼などさまざまの要素が入り乱れているので、簡単に解説するのは正直不可能です。ただ言えることは

・言葉としての「ケツネ」は穀物霊信仰の象徴である。

・稲荷明神は食べ物の神である

・動物としての狐とケツネが結びついた。

・稲荷信仰とは関係なく、狐を霊獣とする信仰が存在していた。

・稲荷とダキニは本来別系統の信仰であったが、狐を仲介として平安末期から鎌倉中期ごろには結びついた。

・稲荷社と東寺との関係から、稲荷信仰に仏教的色彩が影響されるようになった。

ということではないでしょうか。

参考『稲荷信仰の研究』(五来重:山陽新聞社)
『稲荷大社由緒記集成 信仰著作編』(伏見稲荷大社)

 稲荷信仰は食物神への信仰ですが、キツネはケツネの音韻変化であり、

「ケ」は食べ物を意味する古語
「ツ」は接続詞のノ
「ネ」は根と同意語で、大本や根源の意味

ですから「ケツネ」とは「食の根源」を意味する言葉です。それが動物の狐と意味が混同され、動物の狐が稲荷の神使と同一視されたのではと考えられます。

 稲荷の初見は『山城国風土記』の和銅3年に餅を的にして弓を射ると餅が白鳥になり、現在の伏見の稲荷山に舞い降り、稲がなった(稲生り)ので「イナリ」と命じられました。
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