努力しもしないで、落ち込んでも後の祭りですよね。
不平不満ばかりで、努力というものをしてこなかった。
人生はやり直しがきかないことを、今になってようやく深く思い知りました。
しかし、気づくのが遅すぎました。
ポジティブシンキングでは『遅いことなんてない』と、よく使われる言葉ですが、
この場合は、本当に遅いのです。
誰かから甘い言葉を貰いたいのか、それともとどめを刺されたいのか、よくわからない状態ですが、
ただ、絶望感に陥るたびに安定剤で誤魔化しながら腐っていくのかと思うと、
恐怖でパニックになります。
360度、どこを見渡しても後悔があり、後悔が続くだけです。

本当に信じられるものなどない世界に、
絶望しています。

私を想ってくれる人もこの世に誰一人いなくなり、
孤独で、
以前なら、まだ何とか受け入れられていた前向きな考え方も、空々しく感じるし、
私には、もう死しかないという思いに駆られます。

こんな私(虚無の世界)に、救いはあるのでしょうか?

きれい事を用いなければ救いなど見出だせないのが現実ですよね?
だから、現実は絶望しか残されていないですよね?

死ぬしかないことが、怖く悲しいです。

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A 回答 (10件)

想ってくれる人がいないなら


私が想います
信じる信じないは自由です
私はポジにしか考えらないから回答になるかはわからないけど

後悔って過去ですよね
過去を考えたところで何になりますか
過去には戻れないし変えることも出来ない
そんなの当たり前じゃない
過去の事実は過去として受け止めるしか出来ない
今そこにあるものからしか始められない
そこにあなた1人しかいないならあなたがやるしかない
あなたが立ち直るしかない
でも辛くなったら
私が想っていることを思い出して下さい
少しでも早く立ち直れることを私も願ってるって
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死んではなりません。



“人生の主人公は自分”です。
信じることが出来るのは自分自身と言うことを忘れてはいけません。

ある師の言葉から引用させて戴きます。
人として生まれたからには誰もが苦しみに出会い。苦しみから逃げることはできません。
また変化しないものは一つもありません。すべては変化する。移ろいでゆくのです。
すべては無常です。変化します。
このままずっと続けばいいと思うから苦しみが生まれるのです。
その、何事も変化し移ろいで行くと言うことを理解すれば心は安らかだよ。
その様に教わりましたが、でも、どうしても逃れられない苦しみは自分自身で乗り切ることが、必要です。難しいでしょうが変化を認め、移り変わりを自分のものにして下さい

会えばそのときから別れると言う運命が待っています。それは早いか遅いかの違いだけ、
人間生まれたときから死ぬと言うことが、これも早いか遅いかで決まっているのです。

それが試練です。その先には、大きな希望の光がみえると思います。
6番のaymhfgy様も、書かれていますが、あなたは今一生懸命生きること戦っておられる
と思います。
これぐらいのアドバイスになるかならないかわかりませんが、短い文章ですが参考にして下さい。そして精一杯生きて下さい。あなたが決めるあなたの人生を歩んで下さい。
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こんばんは。



面倒な事は“抜き”にして、ストレートに行きますよ。

>本当に信じられるものなどない世界に、
>絶望しています。

信じられるものが無い…“信じる”とはどういう事か?
答えは“単純” 『知る』事です。

知らないモノを信じる事など出来ません。

“知る”と言う事は難しい事です。

何から何まで“全てを知っている状態”が
“知る”と言うことです。

“一部を知っている”と言うことは、
イコール“知らない部分が有る”と言うことです。

anywithminさんが“現在、知っている事”は、
たった一つです。

それは、

>こんな私(虚無の世界)に、救いはあるのでしょうか?

虚無にしろ“私”と言う“認識、意識がある”と言うことです。

唯一知っている事を信じるかどうかは、
ご自身の意識です。

>死ぬしかないことが、怖く悲しいです。

そうですね、誰もが避けて通れぬ道です。

道=途=未知 でもあるのです。

明日死んでも良いじゃないですか…。

それまでに『有る、在る』と言う何かを探してください。

『私は在る』と言う以外の何か『在るモノ』を、探してください。

それを信じるかどうかも、今、在るご自身です。

“ Ask why ? ”直訳すると『何で?何故?』となります。

これを自身に問いかけてみてください。

死の前に『それが出来れば』、それで十分ではないですか?

もし、その答えが見つかったら『最高の人生』かも知れませんよ。

それでは。
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「疲れた者、重荷を負う者は、誰でも私のもとに来なさい。

休ませてあげます。」これは聖書の言葉です。さらに聖書はもし私のところに来るのなら「魂に安らぎがあたえられます。」と続いて行きます。

ご質問者さんの現在の状況は安らぎがないということなのだろうと思います。私にとって最も幸福な時と言うのは子供の手をひいて散歩をする時や、回答者として皆さんの質問に答えている時に無情の喜びを感じます。もし心に安らぎがあれば仕事がうまく行かなくても、学業が思い通りにならなくても、だれにも愛されなくても、喜びや平安はあるものだと思います。聖書はさらに語っています。

「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに 行くことができない。」と述べています。また別の個所では神は私はあなた方一人ひとりに計画を持っている。その計画とは将来と希望と平安を与えるものですと述べています。

あなたの問題はあなたの作り主である神を離れているから起こる状況です。年端もいかないこともが母親から離れてしまっている状況と同じと思います。さらに聖書では

「母親が自分の産んだ子を憐れまないであろうか。たとえ、女たちが忘れようともわたし があなたを忘れることは決してない。」

母親があなたを忘れても神はあなたを忘れないと述べています。神はいまご質問者さんには見えないと思います。しかし聖書では「私を見たものは神を見たのである。」とイエスが述べています。私どもはキリスト教という教えを守ったり信じたりことが主たる事柄ではありません。ただむしろイエスキリストを知っているにすぎないものです。さらに聖書の言葉です

「人は、たとえ全世界を手に入れても、自分の命を失ったら、何の得があろうか。自分の 命を買い戻すのに、どんな代価を支払えようか。」、努力をして何かを手に入れたとしてもその心が生きていなければ体も真に生きているとは言えないと思います。

聖書では人は罪びとであると述べられています。罪とは何でしょうか、おそらくご質問者さんは特に悪いことした経験がないかもしれません。しかし聖書では「女性を燃える思いを持ってみたら、それは姦淫の罪である」と述べています。従って回答者はまさに罪びとです。しかし聖書では「たとえ、お前たちの罪が緋のようでも、雪の ように白くなることができる。」、私どもの罪が赦されてあたかも罪が無かったかのようにになされるという意味です。聖書では自己中心やプライドも罪だと述べています。キリストだとか聖書だとかアーメンだとか、そんなことを信じるなんて自分のプライドが許さないと思われるでしょうか。

私の経験を述べることをお許しいただきたいのですが、私はあるとき自分が罪びとであると気づきました。それは実に恐ろしい経験で、新聞記事に見られる事件や、人々が目をそむけるような行いを自分もまた行う可能性があるということ気づいたのです。心は真黒で、どのような状況を持ってきても晴れないやみでした。あるとき私はイエスキリストに命をかけようと思いました。十字架で人々の罪のために死んだイエスのように生きようと思ったのです。命を失うかもしれないと思いながらの決断でしたが、次の瞬間訪れたものは想像を超えておりました。それは歓喜、歓喜、歓喜でした。神がもし私に従ってきたら与えようと言われたことがこれだとすぐに分かりました。

聖書の言葉 「それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである 」

お近くのプロテスタントの教会の牧師とお話をしてみてください。喜んで聞いたくださると思います。
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私には質問者さまの心は死のうとしているのではなく、本当は生きようと必死にもがいておられるように感じます。



もともと、前向きで真面目なものの考え方をされる方だと思います。しかし、短絡的に死ぬとか絶望とか救いとか口にされていますが、それらは質問者さまの考えておられるような単純なものではないと思います。

少し、心は疲れておられるかもしれません。疲れて来ると絶望だって肉体も心も叫び出すことはありますので。後悔が続くのもそうですね。

質問者さまの心の中にはきっと理想の世界があるんですね。それは生きることの充実感に溢れていて孤独や虚しさに無縁である世界。救いがありいちも魂が満たされている世界。

そこから外れているから絶望。そして死しかないという考え方は裏返してみたら物凄い理想主義が心の中にそびえ立っているということではないでしょうか。

心の中に純粋な感受性を持つ人だと思います。世の中の不純なものに耐えられない。

でも、生きなければならない、生きてみようという気持ちに切り替えて頂きたいと思います。

そして虚しく孤独で虚無も含むのが現実の世界だということに気付いてください。その現実の中で分からないけれどもどんなに絶望していても一抹の希望を見出す為にまず、生きてみよう、そのように考えられるようにまず、心も身体も健やかに過ごせるように努力して頂きたいと思います。
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人が希望に至るのは絶望に導かれてです。

  ラ・ファイエット夫人 『クレーヴの奥方』

たとえば、
「成功するコツってなんでしょうか?」
「他の人の成功に貢献することだよ」
をアレンジして
「救いを見出すコツってなんでしょうか?」
としてみますと
「他の人が救われることに貢献することだよ」
となります。
質問者さまは
誰かを救うお手伝いをしてみませんか。
いまなら、これから10年近くは
被災地で、被災者の皆さんを助けられますよ。

やれないことを、やろうせずに
やれることから、始めてみませんか。


何に対して怒りつづけてきたのでしょうね。
生まれた育った環境でしょうか。
質問者さまの怒りのエネルギーを
被災地復興に注いでみませんか。
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ははは!



>私を想ってくれる人もこの世に誰一人いなくなり、
孤独で、

けっこうな事ではないですか?
何を恐れているのです?

もはや、誰から失望される事も、誰かを傷付ける事もないのでしょう?

>きれい事を用いなければ救いなど見出だせないのが現実ですよね?

端からきれい事など言っているつもりはありません。
「救い」なんてもんは、きれい事なんかではありませんから。

どんなにあなたを想ってくれる人がいても、どんなにあなたを救いたいと想ってくれる人がいても、本人が気付きも、気付こうともしなければ、どうにもならんでしょう?
助かる気がない人を、周りが助けれる訳ありません。

>死ぬしかないことが、怖く悲しいです。

「死ぬ気になれば何でも出来る」と言う言葉がよく用いられますね。
確かにこれは「今が大変だと言っている人には」きれい事かも知れないですね。

でも、どうでしょう?
仮に今、地震が来たら?津波が来たら?自分は絶対逃げないって言い切れますかね?
それしか方法はないからと。。。

違うでしょう?
自分には、幸せになりたい、生きて心から幸福を感じたいって聞こえますよ。

あなたの周りが、どういう環境なのか、自分には分かりません。
でも、どんな環境にいても、どんな状況でも、自分を変えていけるのは自分しかいないんです。

罵られようが、無様だと言われようが、あなたさえ良ければ良いんですよ?
元々、人生なんてそんなもんですよ?

いちいち周りに反応して、傷付く必要なんてないんですよ。

辛くて辛くて、苦しくて死にたくなって。。。
布団をかぶって寝て見ても、起きればまた何も変わらない現実がそこにはあって。。。
だからこそ、また余計に死にたくなる。。。ちょーブルー。。。
あー、何も変わっていない。誰も何も変えてなどくれていない。。。ってね。

誰かに相談した所で、「大丈夫だよ」「生きていればいつか良い事あるよ」って。。。
全く持って、無責任。。。
そりゃそうだ。だって、自分の事じゃないんだから。

気付いてみたら、なんだ、自分って何も持っていないんじゃん。。。

「みんなそうだよ」「みんな同じだよ」って言われても、全然納得出来ないんですよ。
だって、いつも自分だけが特別なんだから。。。

でもね、自分思うんです。
妬みながらも、後悔しながらも、腐りながらも、結局最終的に行きつく先は、自分の心なんだって。

人を信用出来ない、何も信じられないなら、自分を信じるしかないでしょう?
でも、何の為に自分を信じるのかな?
結局は、誰かを信じる為、何かを信じる為なんだと、そう思います。

あなたの気持ちが、自分にはすごく分かる。
でも、自分はもうその先にいる人間です。

だから何を言っても嘘に聞こえるし、何を言っても伝わらないかも知れない。

「明日」なんて日は来ないかも知れないし、「いつか」なんて日はもっと来ないのかも知れない。
でも、だからと言って、このままなのも嫌でしょう?

まずは適当に生きてみたら良いです。

そもそも、人の為に誰かの為に生きている訳ではないのですから。。。

自分を大切に出来ない人が、誰かを、何かを大切に出来る訳が無いのですよ。

世の中は何も変わっていなくても、あなたの心に少しずつでも変化があれば良いですね。
応援してます。
頑張って生き抜いて下さい。
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>死ぬしかないことが、怖く悲しいです。



具体的なことが書かれていないので、どうしてそのような結果になるか分かりません。
また、質問内容が何かも分かりません。
もう一度、具体的に質問なされるとアドバイスしやすいと思います。
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>こんな私(虚無の世界)に、救いはあるのでしょうか?


さあ?

けども、世の中っつーのは自分を中心に回るもんだから、自分が動かないと世界も動かない。
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お体自体は健康ですか?



もし、本当に全てを無にして死ぬしかない、とお思いなら、被災地に出向いて体を動かすボランティアをされては。
死ぬしかないのなら、有り金はたいて自分の食料や装備を買って、現地ボランティアセンターに連絡を取って、体を使って一働きしてから、よく考えられては。

冗談で言っているのではないです。
私はあなたの尊い力を、現地のために役立てて欲しいです。
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