国鉄時代貨物列車にも車掌が乗務していたと思いますが旅客がいる訳でもなく、どういう業務をしていたのでしょうか?

旅客列車の車掌はそれぞれ乗務員区(○○車掌所など)に所属していますが、貨物列車専門の車掌の乗務員区があったのですか?
旅客も貨物も担当する車掌はいたのでしょうか。

以上よろしくお願いします。

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A 回答 (6件)

「列車掛」を「車掌」と呼ぶかどうか、という問題はあるんですけどね。



そもそも「車掌」は「その列車の運行をつかさどる責任者」でして、その意味では「機関士」は「車掌」の指示下で作業を行う、下位の職掌だったんです。実際今でも原則として「車掌が発車合図をしないと運転士は列車を動かせない」ですよね。

また昔の貨物列車は、貨車を集中的に管理する組織が無かったために、その駅で仕立てた貨車をその列車にどう連結するか、そもそも連結できるかどうかを、最終的に車掌が判断していたんですね(ですので、昔の鉄道貨物は「いつ到着するか」分からなかったんです)。そういうこともあって、貨物列車の車掌は結構忙しかったんです。

一方昔の貨車は、特定の荷物を運んでいるような貨車以外、「常備駅」は定められているものの通常は使いっぱなしで、手空きの時に始めて戻す運用を適当に行っていたので、「今どこにいるか」リアルタイムでは分からなかったんです(言えばスーパーのショッピングカートと同じ)。実際、戦後のどさくさでは「貨車が行方不明」ってことも頻繁に起きたらしく、戦後の「探偵小説」の中には「貨車が行方不明になること」を前提にしたトリックもあったりしました。

そういうことで、貨車の検修は定期的にやりにくい面があって、だったら実際に運行するときに検修も行えば合理的じゃん・・・ということで、車掌と検修の業務を併せ持った「列車掛」と言う職掌が出来ました。晩年の貨物列車の「車掌」はこの「列車掛」ばかりでしたので、運行中に貨車の状態をチェックするこちらの方が、貨物列車の車掌のイメージかもしれませんね。
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この回答へのお礼

列車掛に関する解説はとてもわかりやすく参考になりました。

列車掛、聞いたことはあるんですがそういうことだったのですね。

重ねて御礼申し上げます、

お礼日時:2011/05/12 14:28

 ANo5の superexpress135です。

書き忘れたことが、ありましので、追記しました。それは、あなたの、御質問に、御参考となると、思われる書籍を、2冊紹介させて、いただきたいと、思いまして、

 1.2008-11に、学習研究社から発行された、『鉄道のプロフェッショナル』という本です。
このなかに、元大阪車掌区の車掌さんであった。坂本衛さんという方が、「生涯一車掌」という標題で、十二ページにわたって、寄稿されています。

 2.この、坂本さんが直接、お書きになった本としては、1998-11に、山海堂から出版された、『車掌裏乗務手帳』というのが、あります。

 余談になりますが、
 ANo5を、書いているときに、幼い日に、駅の近くの線路の脇にある柵に、つかまって、車掌さんが、振る旗に従って、蒸気機関車が、数量の貨車を、引いたり、押したりして、前に行き、後ろに戻ったりしたいるのを、飽きずに、眺めていたのを、思い出しました。

 それは、車掌さんが振る緑の旗は、オーケストラの指揮者の、指揮棒であり、蒸気機関車が吐くドラフトの音は、楽器のようでした。車掌さんの振る旗と、ドラフトが合っていたのでした。

 車掌さん旗を、大きく激しく振れば、速く走り、小さくユックリ振れば、機関車もユックリ走りました。

 また、横に振れば、車掌さんの傍に来るし、上下に振れば離れて行きました。

 車掌さんが、機関車に向かい、両手に持っている、緑と赤の旗を絞って、頭上で手元を突き付けました。入換えの、クライマックス、連結です。

 また、こんなことも、思いだしました。ローカル線は、乗客も貨物も少ないので、蒸気機関車の後に、貨車をつなぎ、その後ろに、客車をつないだ、混合列車が、走っていました。

 乗客は、貨車の入換えが、終わるまで、列車が発車するのを、待たされました。冬の暖房は途中に貨車があるので、客車だけの列車ですと、先頭の蒸気機関車から、蒸気が送られてきましたが、
 混合列車は、途中に貨車がいるので、それが出来ず、ストーブ列車でした。
 この混合列車の、車掌さんは、いうまでまなく、客貨兼務でした。

 以上、長々と書きましたが、私は、五十年前、二十歳の頃、五年ほど電車の車掌をしていました。そのときに見聞したことを、もとに回答しました。思い違いもあると思います。

 また、私の車掌時代のことを、ブクロのパブーの電子書籍に、「車掌さん乗務日記」として、書いてみました。

 
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この回答へのお礼

先ほどのお礼に代えさせていただきます。

お礼日時:2011/05/12 14:41

 貨物列車に乗務した車掌がした業務には


  1.走行中、不時の停車による、後続列車からの、追突防止。
  2.停車場において、編成車両の増解結と、これに伴う、入換作業。
  3.走行時に、異音、異臭等により、編成車両の異常の早期発見。
などが、あります。以下これについて、説明します。

 1.の追突防止とは、駅(閉塞取扱い駅)間で、途中閉塞信号機が一基以上あって、同一方向に二個列車以上、運転されている区間では、単線、複線を問わず、乗務していた列車が、故障その他により、長時間停車することが、予想されるときには、後続列車に、追突される、恐れがあるので、後方防護をすることに、なっていました。この業務は、旅客列車も、同じです。

 後方防護の方法は、当該列車の最後尾から、後方へ600m以上離れた地点で、発煙信号を点火するか、発雷信号を線路上に、二個以上離して取り付けます。

 信号機が赤色灯を点灯しているときは、その信号機の先方に列車がいるということ、ポイントが列車が進入出来ない方向に開通していること、他に信号機が故障したときも、赤色灯が点灯するように、なっています。また、球切れで点灯していないときは、停止信号と看做すことに、なっています。

 このような事情なので、運転士、機関士は、閉塞信号機が、赤色灯を点灯していることの、真の原因は、判断が出来ません。それで、停止してから、1分以上経過したら、時速15km/hで、警笛を吹鳴しながら、信号機を、越えて進入しても、よいことになっています。
 
 また、千分の十以上の勾配の途中にある、閉塞信号機は、蒸気機関車が牽引する貨物列車に限って、停止信号であっても停止せず、そのまま進入しても、よいことになっている、とろがありました。速度、汽笛を吹鳴することは、前述に同じです。そして、その信号機には、信号の現示に拘わらず、徐行で進入してもよいという意味の、標識が取付けてありました。

 信号機が球切れで、消灯していろときは、停止信号と看做すことに、なっています。
 
 2.の入換作業とは、自動車輸送が車両、道路とも貧弱だった時代、陸上の輸送は、郵便局の小包以外、全て鉄道貨物で輸送していました。当然、貨物列車にも、各駅停車が、ありました。 旅客列車で、降車客が降りるように、貨車を切放し、乗車客が乗るように、貨車を連結して、走っていました。

 この作業を、車掌は、機関士に合図して、機関車を動かさせて、貨物列車から、貨物ホームへ、また、この逆に貨車を移動させました。貨物の取扱量の、多い駅には、このような仕事をする、専門の操車掛が、いましたが、いない駅ては、車掌がしていました。

 次に、貨物列車専門の車掌区は、新鶴見と 田端にあったと、思いましたが、これは不確かです。

 次の、担当は、旅客、貨物との担当は別々になっていのか、兼務していたかとの、お尋ねですが、これは区所によって、そぞれのようでした。
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この回答へのお礼

かなりのベテランファンの方のようですね。
ご記入いただいた文を読んで昔の鉄道にひとつの光景が目に浮かぶようでした。

今、貨物列車の運行が具体的にどのように行われているのかはわかりませんが、おそらく旅客列車同様合理化に次ぐ合理化で人的要素はそぎ落とされていることでしょう。

ありがとうございました。

お礼日時:2011/05/12 14:40

参考までに。



参考URL:http://oshiete.goo.ne.jp/qa/1206639.html
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この回答へのお礼

ありがとうございました。

お礼日時:2011/05/12 14:34

旅客列車でも貨物列車でも最大の任務は列車防護です。

乗客の案内や乗車券の発行などはおまけです。
貨物列車の場合だと途中駅での入換の誘導などがありました。
車掌は旅客、貨物兼任で乗務しますから貨物専門の車掌区はありませんでした。

末期に列車掛になってからは客貨車区、貨車区などの検修部門に所属していました。
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この回答へのお礼

回答を見ますと貨物の車掌は列車掛という職掌に変わっているのですか。
それ以前は旅客と貨物は兼任だったということですか。

ありがとうございました。

お礼日時:2011/05/12 14:26

国鉄時代は、ちょっとした駅なら大抵は貨物も扱っていました。


ですから、貨物列車は、そう言った駅でこまめに貨車を切り離したり連結しながら、貨物ヤード(操車場)に向かいます。
ですから、どの貨車を切り離すか、列車のどの位置に連結すると効率的か考え、機関車を誘導するのは車掌の仕事です。

また、貨物列車は、牽引する機関車や線形で牽引定数が決っていて、10tで1輌と換算します。
これを計算し、牽引定数を超えないよう列車を編成するのも車掌の仕事です。
列車走行中の貨車の監視も車掌の仕事です。

乗務員区もあり、旅客と貨物は別です。
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この回答へのお礼

旅客列車の車掌と異なり運転に関する業務に深く関係していたのですね。
わかりやすい回答ありがとうございました。

お礼日時:2011/05/11 18:51

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3才の子供が電車が好きなので,インターネット上の鉄道写真をみたり印刷して楽しんでいます.むかしの貨物列車の最後尾に,バルコニーのついた,車掌さんでも乗っているような,小振りの車両がくっついていますが,あの車両はいったい何でしょうか?また,このような特殊な貨車・車両があつまったHPなどはありますか?

Aベストアンサー

正式には緩急車、緩急の必要なくなったので、一般的に車掌車と呼ばれるようになったと思います。

では緩急車とは何かというと、
現在では列車のすべての車両にブレーキ装置が付いており、先頭の運転台でブレーキを扱うと編成中の全車両にブレーキが作用します。
逆に全車両にブレーキが作用することが出来ないと、列車として本線を走行させることはできません。(列車組成の条件の一つ「ブレーキ軸割合100%」)
これが大昔は全車両にブレーキ装置が付いていませんでした。
どういう風にブレーキをかけていたかというと、先頭車両の機関車でまずブレーキをかけます。そして最後尾に連結された「緩急車」に乗務している車掌が手ブレーキを巻いていました。
手ブレーキとは車でいうところのサイドブレーキで、手回しハンドルをぐるぐる巻くことにより、ブレーキが作用します。
信じられない話ですが、こんな原始的な方法でブレーキをかけていたんです。

それが時代と共に全車両にブレーキ装置を付けることが義務化され、また運転台で一斉に作用させることが義務化されたために、緩急車で手ブレーキを巻くという必要がなくなりました。

ではなぜその後も緩急車→車掌車が連結されたかというと、列車が本線を走行する際には「列車防護係員」の乗車が義務付けられているためです。

これは事故等の異常時に他の列車に異常を知らせて、二重事故を防止させるための係員です。
有名な三河島事故は乗務員が列車防護を正しく行わなかった為に、三重衝突事故という悲惨な結果になりました。


実際に事故等がなければやることがなく、寝たばこによる火災も少なくなかったとか・・・。



車掌とは車内改札や放送案内と言った営業面よりも、列車防護係員としての運転面の方が重要であり、そう簡単に乗務させないということは出来ません。

現在貨物列車では車掌車は連結されていません。
これは運転士1人でも列車防護が出来る装置が機関車に取り付けられたためです。(TE装置と呼ばれます。)
合理化に伴い装置が搭載され、車掌の乗務が必要なくなりました。
甲種回送でも今はほとんど車掌車は連結されませんね。
車掌車を連結しているのは、滅多に見ることは出来ませんが、変圧器を運ぶ特大貨物車ぐらいでしょうか。


最近は通勤電車でもTE装置が搭載されてきており、回送列車などでは車掌が省略されています。
運転台に「緊急」という大きな赤いボタンがあればそれがTE装置です。

正式には緩急車、緩急の必要なくなったので、一般的に車掌車と呼ばれるようになったと思います。

では緩急車とは何かというと、
現在では列車のすべての車両にブレーキ装置が付いており、先頭の運転台でブレーキを扱うと編成中の全車両にブレーキが作用します。
逆に全車両にブレーキが作用することが出来ないと、列車として本線を走行させることはできません。(列車組成の条件の一つ「ブレーキ軸割合100%」)
これが大昔は全車両にブレーキ装置が付いていませんでした。
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