フリードリヒ・エンゲルスの経営者としての実像を知りたいです。
彼は、同時代の他の資本家と同じように労働者から搾取していたのでしょうか。
それとも、ロバート・オーウェンなどを見習って従業員の福利厚生につとめていたのでしょうか。

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A 回答 (3件)

> ありがとうございます。

wikiとはWikipediaのことでしょうか。

その通りです。情報のとっかかりとしては充分だと思います。1950年にマンチェスターに移って頭角を現し、その後1970年ころから1895年に死ぬ直前までその地で優秀な経済人として活動していました。


> >基本的に同時代の他の経営者とほとんど変わらず、福利厚生に努めた形跡は認められません。
> この情報源を教えていただけますか。

ないという情報源は存在しません(悪魔の証明)。

別段彼の行跡について詳しく研究しているわけではありませんが、エンゲルスの事跡は、思想史や経済学思想史・学説史等でも見ることができます。手元にある経済思想史辞典によれば、彼の活動はほぼ1ページにわたって書かれていますが、彼の著述以外の活動は、労働者を組織した社会主義政党を作ること、そしてその連帯の下で国際的な統合を行うことでした。
これらの活動は、居住地であったイギリス・マンチェスターではなく、主にドイツやフランスで行われています。

その他、様々な彼の活動は、手元にある思想史時点以外の書物も含めて見ています。ロバートオーウェンの事跡については、学校を作った事なども含めて見ることができますが、エンゲルスが何かをしたという記事は見たことがありません。
彼が経営者だったのはマンチェスター時代ですが、
会社の経営者らがその大部分を占める周囲の友人たちにも、また彼の工場で働いていた労働者たちにも、特に経営方針が他の企業と異なっていた(福利厚生が大幅に違えばすぐに分かります)と証言するものは見当たりません。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。

>ないという情報源は存在しません(悪魔の証明)。
失礼ながら「Wikipediaに書いていないから形跡がない」と思われていらっしゃるのだと勘違いしていました。

お礼日時:2011/05/01 13:53

ロバート・オーウェンなどを見習って従業員の福利厚生につとめていたのでしょうか、という質問へのお答えにはなりませんが、「経営者としての実像」という質問の答えとしては、一応はなるのではないか、と思い、エンゲルスのマンチェスター時代(2回目)に触れているWEBのアドレスを、ご参考までにお知らせします。

(英語です)

http://www.bbc.co.uk/legacies/work/england/manch …

http://www.newmanchesterwalks.com/walks-tours/po …

私が注目した要旨は、

1番目のURL
表向きは、尊敬されるビジネスマンで、マンチェスターのドイツ人コミュニティーでの指導的人物。
裏の顔では、非公式の家で、内縁の妻やその妹や姪と同居し、そこで「共産主義や革命への信念を共有する」者とあっていた。

2番目のURL
イギリスの諜報期間を通じたドイツ政府の追跡を恐れていた為、(住居に関し)容易に追跡可能な跡は残さなかった。

といった点です。

ところで、上にいれたBBCのウェブの続き…

http://www.bbc.co.uk/legacies/work/england/manch …

に、エンゲルスの2回目の滞在の時の給料は、年間100ポンドと、その会社の利益の10%だった、とか、その後、父親の遺言で、1万ポンドと会社の将来の利益の20%が残された、とか書いてあります。
この10%とか20%とかいった数字からすると、エンゲルスに会社の経営方針を変更できるような力があったのかなかったのか、という点をある程度クリアする価値はあるかも、と思います。

ひょっとしたら、福利厚生に力を入れた記録があるとか、ないとか考える事自体、意味が無いかも知れないからです。

ま、いずれにせよ、エンゲルスのマンチェスターでの生活が、日本人が普通にイメージする「経営者」「実業家」のそれとは相当違っていたのは間違いないようですが…。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。

お礼日時:2011/05/01 13:53

> フリードリヒ・エンゲルスの経営者としての実像を知りたいです。



経営者としての業績は、wikiでも載っているので別にコメントしません。

基本的に同時代の他の経営者とほとんど変わらず、福利厚生に努めた形跡は認められません。
ロバートオーウェンの名前が出ていますが、エンゲルスは特に学校を作ったりなどということをしていません。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。wikiとはWikipediaのことでしょうか。

>基本的に同時代の他の経営者とほとんど変わらず、福利厚生に努めた形跡は認められません。
この情報源を教えていただけますか。

お礼日時:2011/04/28 23:57

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 マルクスの分析によると、やがて産業の機械化が労働者を駆逐させ、一方では生産過剰によって恐慌が生じることになります。それは、資本家と労働者のさらなる激しい階級闘争を招来させ、彼は遂に労働者階級が社会主義革命を引き起こすと主張しました。

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むしろ英訳本(ランケなどの原書はドイツ語)を買って読んだほうがまだマシ。

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彼は、同時代の他の資本家と同じように労働者から搾取していたのでしょうか。
それとも、ロバート・オーウェンなどを見習って従業員の福利厚生につとめていたのでしょうか。

Aベストアンサー

> ありがとうございます。wikiとはWikipediaのことでしょうか。

その通りです。情報のとっかかりとしては充分だと思います。1950年にマンチェスターに移って頭角を現し、その後1970年ころから1895年に死ぬ直前までその地で優秀な経済人として活動していました。


> >基本的に同時代の他の経営者とほとんど変わらず、福利厚生に努めた形跡は認められません。
> この情報源を教えていただけますか。

ないという情報源は存在しません(悪魔の証明)。

別段彼の行跡について詳しく研究しているわけではありませんが、エンゲルスの事跡は、思想史や経済学思想史・学説史等でも見ることができます。手元にある経済思想史辞典によれば、彼の活動はほぼ1ページにわたって書かれていますが、彼の著述以外の活動は、労働者を組織した社会主義政党を作ること、そしてその連帯の下で国際的な統合を行うことでした。
これらの活動は、居住地であったイギリス・マンチェスターではなく、主にドイツやフランスで行われています。

その他、様々な彼の活動は、手元にある思想史時点以外の書物も含めて見ています。ロバートオーウェンの事跡については、学校を作った事なども含めて見ることができますが、エンゲルスが何かをしたという記事は見たことがありません。
彼が経営者だったのはマンチェスター時代ですが、
会社の経営者らがその大部分を占める周囲の友人たちにも、また彼の工場で働いていた労働者たちにも、特に経営方針が他の企業と異なっていた(福利厚生が大幅に違えばすぐに分かります)と証言するものは見当たりません。

> ありがとうございます。wikiとはWikipediaのことでしょうか。

その通りです。情報のとっかかりとしては充分だと思います。1950年にマンチェスターに移って頭角を現し、その後1970年ころから1895年に死ぬ直前までその地で優秀な経済人として活動していました。


> >基本的に同時代の他の経営者とほとんど変わらず、福利厚生に努めた形跡は認められません。
> この情報源を教えていただけますか。

ないという情報源は存在しません(悪魔の証明)。

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Who's who in Contemporary Gay and Lesbian History
これの P168ですね。
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Qマルクスとエンゲルスについて

よく左翼を語るときにマルクス・エンゲルスとセットにされていますが、両者はお互いにかなり異なる思想を持っていたと聞きます。

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マルクスとエンゲルスを語る場合、かなり深い知識が必要とされますので、なかなかその相違を指摘するのは困難なのですが。

というのも、マルクスとエンゲルスは共著で『共産党宣言』を書き上げます。
その後、マルクスは『資本論』を書くのですが、志半ばで亡くなってしまいます。
そこで、エンゲルスがマルクスの意志を継いで遺稿を下に『資本論』の残りの部分(第二巻と第三巻)を完成させます。
マルクスの遺稿を下にしていますが、当然エンゲルスという別人格者が書いているので、バイアスが掛かってしまいます。
そこで、一部の研究者がこのバイアスを取り除こうと試みるのですが、なんとマルクスは字が下手くそで遺稿の解読は難解であり、「どこまでエンゲルスのバイアスがかかっているのか」はかなり困難な作業となっています。
さらに、ソ連でレーニンが『共産党宣言』を下にソ連を設立すると、ますます「マルクスとエンゲルス」はセットにされてしまいました。
特に、日本では「マルクス・エンゲルス主義=ソ連・中国の共産党シンパ」というレッテル貼りが横行しています。

欧米では、冷戦終結後、冷静にマルクスを見直そうという動きが活発化しつつあります。
そのなかで、マルクスとエンゲルスの思想の仕分け作業が行われているのですが、その中で結構エンゲルスは評価悪いみたいですね。
BBCでは、マルクスは20世紀の偉大な哲学者の1人に選ばれたようです。

>両者はお互いにかなり異なる思想を持っていたと聞きます

一番の違いは、「革命」に対する考え方の差ですね。
当時は、フランス革命から続く市民革命が盛んに行われており、その中に「社会主義革命(第一インターナショナル~)」がありました。
この革命に対し、マルクスは冷徹な目で見据え、革命の熱狂を批判し、論壇の中で革命を分析していきます。

一方、エンゲルスは革命に積極的に参加し、バーデン蜂起やエルバーフェルトなどで銃を握って参戦したりしています。
この姿勢の差が、やはり二人の決定的な違いと言えると思います。

そして、エンゲルスが書いた『資本論』の第二巻以降には、その姿勢の違いが大きく現れているとする研究者も多くいます。
ただ、先にも述べたように、たたき台となったマルクスの遺稿の字の下手さから、なかなか解読が進まないのが現状ですね。


>社会主義と共産主義の違いも良く分かっていないのですが

現在では、マルクス主義と社会主義・共産主義というのが同一視されていますが、マルクス以前にも社会主義・共産主義は存在していました。
例えば、古代ギリシアのプラトンの思想にもその片鱗が見られます(共有財産とか家族の否定とか)
また、キリスト教なども共同生活を行い、個人財産を認めないような宗派が存在するなど、社会主義・共産主義に近い思想を持っていました。
ただ、初めて「共産主義(羅:communis)」という言葉を使ったのは、フランスの革命家フランソワ・ノエル・バブーフであると言われています。
その後、社会主義と共産主義の差が生まれたのはローレンツ・フォン・シュタイン著『今日のフランスにおける社会主義と共産主義』という著書で分析したのが、マルクスに影響を与え、今日的な社会主義・共産主義が生まれたと言われています。

マルクスにおける社会主義と共産主義の差は、「共産主義」というのがマルクスの目指す「ユートピア」であり、「社会主義」はそこに至るための過程であるという感じです。
その後、このマルクスの思想に影響を受けたレーニンがソ連を作り「共産党」という特定の政党の思想を指すようになっていきます。
(因みに、マルクスはロシアでの共産主義国建国には反対でしたし、大のロシア人嫌いでもありました)

ではでは、参考になればさいわいです。

マルクスとエンゲルスを語る場合、かなり深い知識が必要とされますので、なかなかその相違を指摘するのは困難なのですが。

というのも、マルクスとエンゲルスは共著で『共産党宣言』を書き上げます。
その後、マルクスは『資本論』を書くのですが、志半ばで亡くなってしまいます。
そこで、エンゲルスがマルクスの意志を継いで遺稿を下に『資本論』の残りの部分(第二巻と第三巻)を完成させます。
マルクスの遺稿を下にしていますが、当然エンゲルスという別人格者が書いているので、バイアスが掛かってし...続きを読む

Qフリードリヒ二世(プロイセン)の本

現ドイツの基盤を作り、旧プロイセンを強国にまでした偉大なる名君主、フリードリヒ二世。
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Aベストアンサー

はじめまして

フリードリヒ大王がお好きなら既に入手されているかも知れませんが

為政者、軍人としてのフリードリヒ大王なら
『フリードリヒ大王 啓蒙専制君主とドイツ』 清水新書 村岡皙著

文化人としてのフリードリヒ大王なら
『フリードリヒ大王 啓蒙君主のペンと剣』 中公新書 飯塚信雄著

後者も興味深いエピソードはあるものの
小国プロイセンをマキャベリに批判していた大王が7戦争に苦戦しつつもマキャベリズム的に軍事強国へ育てていく過程を描いている前者の方がお勧めですね

Q著作権侵害をネットで公言すると名誉毀損?

著作権侵害の事実、証拠などを、著作権保有者が、ネットで公開すると
著作権侵害をしている法人・個人から、営業妨害や名誉毀損罪で訴えられることがありますか?
また、このようなことは過去にあるのでしょうか?

ネット上の著作権侵害は、著作権侵害を警察に親告して告訴して有罪にならない限り、
著作権侵害は事実かどうか確かではない、という扱いになり、
著作権侵害の事象を公開した著作権保有者は、名誉毀損とみなされるのでしょうか?


公開の内容は、著作権を侵害している箇所、証拠、著作権を侵害している内容の説明までです。
ウェブ魚拓やサイトの保存画像を使用します。

証拠の説明で、著作権侵害サイトの保存画像(JPEG,GIFなど)を掲載すると、
逆に、著作権侵害サイト側から、サイトの著作権侵害をしていると訴えられる気もするのですが、
この点は、問題無いのでしょうか?
そもそも、例が無いのでしょうか?


著作権侵害をしている法人・個人を、犯罪者とは公言しません。
著作権侵害は親告罪なので告訴して有罪とならない限り、犯罪者とはいえませんので。
あたりまえですが、公開で、著作権侵害をしている者を誹謗・中傷はいたしません。
公開するのは、証拠の掲載と説明のみです。

著作権侵害の事実、証拠などを、著作権保有者が、ネットで公開すると
著作権侵害をしている法人・個人から、営業妨害や名誉毀損罪で訴えられることがありますか?
また、このようなことは過去にあるのでしょうか?

ネット上の著作権侵害は、著作権侵害を警察に親告して告訴して有罪にならない限り、
著作権侵害は事実かどうか確かではない、という扱いになり、
著作権侵害の事象を公開した著作権保有者は、名誉毀損とみなされるのでしょうか?


公開の内容は、著作権を侵害している箇所、証拠、著作権を侵害してい...続きを読む

Aベストアンサー

> 著作権侵害の事実、証拠などを、著作権保有者が、ネットで公開すると
> 著作権侵害をしている法人・個人から、営業妨害や名誉毀損罪で訴えられることがありますか?
> また、このようなことは過去にあるのでしょうか?
 世の中には,本当にわけの分からない理由で訴えを起こす人もいますので,訴えられる可能性自体がゼロとは言いませんが,度が過ぎた誹謗・中傷にわたるものでない限り,そのような高位が業務妨害や名誉毀損にあたると判断されることはまずないと思われます。
 過去に,そのようなことで裁判になったというケースは,聞いたことがありません。

> ネット上の著作権侵害は、著作権侵害を警察に親告して告訴して有罪にならない限り、
> 著作権侵害は事実かどうか確かではない、という扱いになり、
> 著作権侵害の事象を公開した著作権保有者は、名誉毀損とみなされるのでしょうか?
 そのような扱いにはなりません。少なくとも,確実な資料や根拠に基づき,著作権侵害が生じていると認めるに足りる相当の理由がある場合には,名誉毀損罪は成立しないものと解するのが一般的です。

> 証拠の説明で、著作権侵害サイトの保存画像(JPEG,GIFなど)を掲載すると、
> 逆に、著作権侵害サイト側から、サイトの著作権侵害をしていると訴えられる気もするのですが、
> この点は、問題無いのでしょうか?
> そもそも、例が無いのでしょうか?
 公表された著作物は,営利を目的とせず料金も取らないのであれば,二次利用することが法律上認められていますので,その点は特に問題ありません。

> 著作権侵害の事実、証拠などを、著作権保有者が、ネットで公開すると
> 著作権侵害をしている法人・個人から、営業妨害や名誉毀損罪で訴えられることがありますか?
> また、このようなことは過去にあるのでしょうか?
 世の中には,本当にわけの分からない理由で訴えを起こす人もいますので,訴えられる可能性自体がゼロとは言いませんが,度が過ぎた誹謗・中傷にわたるものでない限り,そのような高位が業務妨害や名誉毀損にあたると判断されることはまずないと思われます。
 過去に,そのようなことで裁判に...続きを読む

Q虚像と実像との落差が極端に大きな歴史上の人物は?

虚像は勝者の側の論理で作られたものが多いと思います。
例えば徳川慶喜や乃木希典がその好例だと(個人的には)思っているのですが、
この二人の他で、虚像と実像との落差が極端に大きいと思われる歴史上の
人物を教えてください。

Aベストアンサー

こんにちは、

>虚像と実像との落差が極端に大きな歴史上の人物は?
と問われて真っ先に思いつくのは、確かに乃木希典ですよね。

ネットの各ページを見ても今でも悲劇のヒーロー扱いの所も多いようですし。
しかし事実としては、日本軍史上の有名人の中では、最も無能な大馬鹿大将だったといえると思います。

「乃木はやれます?」、てめーっ、ちっともやれてねぇーだろーが!
彼のやった事は、日本軍司令官による日本軍兵士の大量虐殺でした。

逆に徳川慶喜は激動する歴史の大きな流れのなかで、弱体化した徳川家を崩壊させずに何とかして政治的な影響力を残そうと努力した非常に賢い人物だったと思います。

徳川慶喜がそうであるならば、慶喜の時代よりも遡る事、二百数十年前のお話になりますが、慶喜が徳川家を守るために力を尽くしたのと同じように、豊臣の天下が徳川家康によって乗っ取られようとした時に、悪狸の家康の陰謀を何とかしてくい止めて、豊臣家を守ろうとして奔走した石田三成も慶喜と同じ敗軍の将が故の汚名を着せられ、さまざまな罵倒や罵りを浴びて、後々の世になっても本来の優れた人物像とは違った印象で扱われる事が多かった人物ではないかと思います。

肝心な所で頼りの柱としていた大老前田利家が亡くなられてしまった事が大きかったのではないかと思います。

わずか数万石の弱小の石田三成が秀吉亡き後の秀頼を守り立てて、古狸の大老家康(250万石?)を敵に回して西軍の将として真っ向から戦ったのですから凄い人物だったのであろうと思います。

それなのに、「すぎたるは佐和山の城と島左近」とは、いくら敗者になってしまったとは言えヒドイ言われ様だと思います。

こんにちは、

>虚像と実像との落差が極端に大きな歴史上の人物は?
と問われて真っ先に思いつくのは、確かに乃木希典ですよね。

ネットの各ページを見ても今でも悲劇のヒーロー扱いの所も多いようですし。
しかし事実としては、日本軍史上の有名人の中では、最も無能な大馬鹿大将だったといえると思います。

「乃木はやれます?」、てめーっ、ちっともやれてねぇーだろーが!
彼のやった事は、日本軍司令官による日本軍兵士の大量虐殺でした。

逆に徳川慶喜は激動する歴史の大きな流れのなかで、弱体化した徳...続きを読む


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