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英語を専攻しています。
文学のクラスが必修です。
でも、英語を習うのと文学作品を読むのとはまったく別のことだと思うのですが、どうでしょうか?
私は本を読むのは大好きですが、文学作品を読むのは嫌いです。
所詮は作り物、というのが一番の理由です。
そして、「青い空がどうたら…」「冬の風が冷たいからどうたら…」
などと明らかに文章を長くしたいがために書かれている冗長な部分がほとんどです。
単刀直入に書けば3ページで終わるような話を200ページにもわたって書いて何になるのか?
ページ数が直接収入につながるんでしょうか?
どうせなら映画や漫画で見た方が面白いです
(その前に「脚本」が存在しているのは事実ですが…)。
計算機がある時代にそろばんで計算しているような気分になります。
時間がかかる割には得るものがほとんどありません。
この問題は活字離れの話とは内容が違うと思います。
私はその時間をむしろ他の教科書を読むのに使いたいです。

何がむかつくかというと、教授は
「この人物はどう考えているんだろうか」など
答えがありそうで実は存在しない質問を繰り返すだけで
「何がどうだ」と教えないことです。
答えるのはいつも生徒の側。
生徒が答えられなければ「それはテストには出さない、はい次」。
それなら質問だけ紙で渡してくれれば、教授なんていらないと思うのですが?
一冊丸ごと読めと要求しながらも同時に深さも要求する。
(アンタは夏休みにその本読み終えただろうから
時間あるだろうけど、私はそんなに暇じゃねぇよ!)
なんでこんな下らないクラスが世の中に存在するんですか?
それよりも、なんでそれが必修?
取りたい人だけ取らせればいいのに。
作家の陰謀ですか?
何が目的? 生徒にどうしてもらいたいの?

文学部の教授、物書きの方、文学のクラスを取っている方、
同意・反対意見があればお寄せください。

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A 回答 (6件)

あっはっはっは!!


そうですね。私はその感情を「社会」という授業に抱いてましたので、
社会の人に説き伏せられた経験があります。
その意見には全く同意できなかったのに、今は旅行が好きで、行く先々の歴史が楽しくって仕方ない(笑)。
「過去なんて振り返ってどうすんねーん!しかもその年代自体覚えて何なんねーん!」という主張でした。
後者の意見はいまだに主張。
でもまあ、問題作らなだめなんだろうな、と、
大人になって、「出題者側」の意見もわかるっちゃわかる、といったかんじです。

私はものを書く人なので、
そんな勉強(文学?)は大好きでしたし、大好きです。
今でも学んでいたい。
しかもそれが他言語だったらますます素敵、です。

何が必要って、こたーないんでしょうけれど。

文学作品には、くどいくらいのその人の「表現方法」が詰まっているって事でしょうか。
そしてその「思考の順序」があって「構成」がある。
演繹的表現が効果的な作品、直球な作品、
個性、ですよね。
その、言語を学ぶ上での必要性、といえば、
多分、ですが、
「ネイティブでないならなおさら、
自分の発想だけでは創造できない文章や思想を学ぶ」
事ができる点ではないでしょうか。
そこから発展できる、あらたな思想と、その表現方法をつむぎだす事は、
きっと勉強になるんではないかしら、と思います。
ひとつの事を表現するのに、200ページ。
それが漫画では1コマかもしれませんが、
その描画にかかる時間も、その描画の構成にたどり着く時間も、手法を選んだ過程、作風を決めた過程、
同じくらいの労力を使います。
自身、まんがも書く(こちらは趣味程度)のでわかりますが、
どの方法をとるか、という思想回路も働いている。
で、まんがほど私にとって面倒なものはなくて、
落書きしてる方が楽しいですし、構成だ構図だインパクトだなんだ、手間暇技術、必要すぎ!!と、感じてしまう。
読んでいても、まず内容をがーっと読んでしまった後、
「たはー」って、すごい事しよるなあ、て関心してしまいます。

言葉をつむぐほうが、なんぼ楽か。

そういう人が、言葉をたくさん使って、表現する手段を選んだんでしょうね。
その文章が生まれるまでに、そういう過程がある。

なんで、言葉を使って表現する、という方法を、
多く目にする事は、その言語を習得する上で、最もではないにしても、大事だろうな、て思います。

物語は、ストーリーだけでもないんではないでしょうか。
そこを、学ぶ事で、多岐に渡る学習ができるよ、という主張でした。

ね、長いでしょ(笑)数行でも同じ事言えるかもしれません・・・
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この回答へのお礼

「社会」の授業…私も嫌いでしたが、今は地理、歴史ともに大好きです。大人になると意外に他の国の人達と交流する機会って多いもので、今頃になって興味が沸いてきました。旅行も好きで…理由が似てますね。

物書きで漫画も嗜むんですね…書く側から見ると他の人の作品は面白いかもしれませんね。私は小説でない本でも良い表現方法を紡ぎだせると思うんですよね…。でも物を書く「専門家」の方が秀でているのは確かでしょうね。私の友達にも物書き志望がいて、毎日漢字の辞書やら類語辞典やら読みまくってます。そんなに表現が面白いとは思いませんが(笑)

なるほど、ストーリー以外で何か学ぶものがありそうだ、ということですね。行間を読むというか…。それが今の私には分かりませんし、それがつまらない原因ですね。うーん、やっぱりやりたい人だけやらしておいて欲しいです。
ありがとうございました!

お礼日時:2003/10/06 04:22

色々ご意見も出ているようですが、あなたの怒りの原因は「教授」でしょう(笑)。

だから、「教授」の教え方が気に入らないのだと思います。

ただ、本当に「文学」がくだらないとお考えになっているのであれば英語に限らず「文系」には向いていないのかもしれません。ご質問と言うかご意見と言うかを見ていると「理系」の考えに近い物を感じます。(私は理系なので納得は出来なくとも理解出来る部分はあります)

しかし、理系であっても文学の要素は否定しません。それは、何をするにも「表現する力」と言う物は必要になってくるからです。例えば、今回の回答を私を含めてご覧になってあなたがどういう風にお感じになるかは回答者の「表現力」次第と思いませんか?

私は理系ではありますが、表現力を学ぶには「文学」は必須だと思います。(好き嫌いは別として)
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この回答へのお礼

>あなたの怒りの原因は「教授」でしょう(笑)。

ビンゴです(笑)。
文法を教えているときは良い教授だったんですけどね…。でも、その教授はもともと文学の方が専門だっつーんで楽しみにしてたんですけど、とってみてガックリ。

愚痴になりますけど、聞いて下さい。
このクラス、変なんです。なんと24年間英語を習ってきて私立の学校で英語を教えている先生がこのクラスをとってるんです。教授よりもよく喋ります(笑)。更に学校から奨学金もらって来ている学生もいます。彼女はこの教授にアシスタントとして雇われているので、この夏休みにもうこれらの本は読んでます。でも同じ生徒扱い…。それからそれから極めつけは…生粋のアメリカ人がいます。教授の英語を正します(笑)。このクラス300レベルですよ? 教授はレベルを落とす訳にもいかず、そのハイレベルな中で授業を進めています。私なんて敵う訳ないじゃないですか。もう一つの300レベルのクラスなんて一言以上喋る生徒なんていません。こんなクラスなんでかなりの生徒がドロップしました。そして、試験の日だけ来る生徒もいます。私はなんとか耐えてますが…。運の悪さを痛感します…。

私は副専攻が情報処理です。英語もこっちもどちらも向いていると信じてますが微妙に理系なのかもしれませんね、やっぱり。私も文学の要素は否定しません。文学だって麻雀だってニットだってボクシングだって、それらに優れている人達は尊敬します。ただ、それを「必修」でとらされるのはちょっと…やりたい人だけやらせとけばいいのに…。これは作家の陰謀だとまだ信じてます(笑)。今学期の小説だけで1万円近くかかってるんですよ。各大学でこんな風に文学のクラスが必修になっているだけでも作家には大きな収入でしょう。
好き嫌いは別として、学ばなければならないんですね。嫌いでも人参やピーマンは食べないと、ですね。
ありがとうございました!

お礼日時:2003/10/06 05:33

表現力を学ぶ事は大事だと思います。


人と人との会話も表現力をふんだんに使って話すと、
一つの会話もどんどんふくらみ、楽しいものになります。
人に何かを言われた時、単に「そうだね」と答えるより、「これこれこうだからそうだね」と言う様な感じで話すと、会話も味のあるものになるのではないでしょうか?
そんな事で、文学も表現力を学ぶという事で大事だと思います。
後、作者の気持ちを考えるのも大事だと思います。
人の気持ちを考える事は、世の中に出てから人付き合いが多くなってから、役に立つ事が多いです。
そう言った意味でプラスに考えて勉強してみましょう。
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この回答へのお礼

「これこれこうだからそうだね」くらいならいいですが(詩や短文レベル)、小説だと「これこれこうがこうなってさぁ、それがこうなってこうなってこうなって…更に続く…だからこうなんだよ」って書かれてません(笑)? もう、っるせぇよ、誰と誰がつきあってたけど両親が反対して男の方が自殺しちゃったんだ、って言えば済む話なのにとか感じます(今読んでる話)。
私は小説なんか読まなくても、今まで十分な表現力を身につけてきたと思います。人の気持ちを考えるのは何も小説を読まなくても映画や漫画でも良い訳で、それよりももっと現実社会のつきあいの中で自然に身につくものだと思います。それに表現力がついてても面白くない話は面白くない、でしょう? 映画ならたかだか二時間のロスなんで許せますが、小説だと失う時間が多すぎます。許せねぇ(笑)。…ま、そう言いながらも将来人付き合いで役に立つのかもしれませんね。
ありがとうございました!

お礼日時:2003/10/06 05:14

おはようございます。

うまくはこたえられませんが・・・
>でも、英語を習うのと文学作品を読むのとはまったく別のことだと思うのですが、どうでしょうか?
 単語で覚えるより文章で覚えたほうが意味を理解出来やすいのではないでしょうか?例えばWhat are you doing?で覚えた方が4っつ別に覚えるより楽なきがするし、表現的に強調する時など、What the hell are you doing?になるのも文章ならではだと思います。
文学の良い点は(人によって主観が違いますが)私の場合、文章を読みながらその風景や人物像、時代背景等いろいろ想像して(自分なりに創造する場合もある)読むとイマジネーションが書き立てられ面白いと感じられます。映画だと視覚が優先で頭に入ってくるので分かりやすいけど、その分イマジネーションを使わなくなると思います。
短くてすむ文章をわざわざ長くするのは確かに効率良い物ではありません。しかし短くてすむことをボキャブラリーにより脚色し、表現を豊かにすることにより、よりその状況を明確かつ感情豊かに表現出来れば簡潔な文章より人に訴えることが出来るのではないかと思います。ただ単に情報を得るのならば簡潔な方が望ましいと思いますが。
>教授は「この人物はどう考えているんだろうか」など 答えがありそうで実は存在しない質問を繰り返すだけで 「何がどうだ」と教えないことです。 答えるのはいつも生徒の側。 何が目的? 生徒にどうしてもらいたいの?
これは正確な答えを求めているのではなく個人個人により、それぞれ違った発想や思考、考え方があると言うことを理解し、それについて議論する面白さを分かってほしいのではないでしょうか。
これは意外と社会に出ると役に立つと思いますよ。
自分の意見と相反する考えの人も大勢いるし、その度に衝突していたのではうまくいかないし、いい解決策にはなりません。感情や主観的なことにおいて自分と異なる意見は自分を知る上で参考になります。
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この回答へのお礼

文章で覚えた方が覚えやすいのは確かですが、それが文学作品である必要はないと思います。
映画や漫画ではイマジネーションが乏しくなるのは本当かもしれませんが、そのイマジネーションが社会に出て役に立つかとても疑問です。発想力よりも知識が欲しいです。発想というのはほとんど運みたいなもので、沸くときには沸く、沸かないときには沸かない、発想力のある人はその沸く頻度が高いだけだと思います。知識はもっとしっかりとしたものですよね、運とは関係なく。もし私がまかり間違って物書きになったとしても「窓から見える青い木々が…」なんて文章は絶対に書きたくないですね(お前は普段そうやって喋るのか、って突っ込みたいです)。でも著者の「人により訴えたい」という努力は見えます、私には邪魔なだけですが(笑)。

議論はもっと論理的に解決できるものについて話したいですね。哲学は掴みどころのない学問かと思っていましたが、前にクラスをとってみて、かなり論理的な学問だと感じました。この部分は正しい、この部分は間違っているとある程度説明がつきますし、納得もできます。その一方、小説の人物がどう考えているかなんてそんなの知ったことじゃないですし、現実でも本人が「違う」と言えば違いますよね。本当に人の気持ちが知りたいなから私なら心理学の本を読みます。本当につまらないクラスです。まあ、それぞれの主張を大切にしているのは分かりますけどね。
ありがとうございました!

お礼日時:2003/10/06 05:02

計算機しか使わない人と、ソロバンのできる人では、


老人性痴呆症になりやすいのは前者だと思います。

「答えがありそうで存在しない。」という点に疑問を感じます。
「何々が存在しない。」ということを断定するのは、
そう簡単にはできないはずですから、「答えがはっきりしない質問に
不満がある。」ということだと思います。
しかし、現実の世界では答えのはっきりしない問題
が無数にあり、そういう問題の方が重要かもしれません。
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この回答へのお礼

うーん、それはちょっと根拠がない気がします。ソロバンで平方根の計算をしてたら時間がかかるでしょうし、私は計算機を用いて、その時間の分、更に上級の数学を学ぶでしょう。そして、より多く脳細胞を刺激できると思います。でも暗算が出来る人は尊敬します。それと指の運動の分だけは確かに脳が刺激されて痴呆症が遅れるでしょうね(笑)

>「答えがはっきりしない質問に
不満がある。」ということだと思います。

はい、その通りです。文科系の学問でも「(一般に)これはこれである」とはっきりした定義のある学問がたくさんありますよね。この文学というのはその中で一番曖昧な学問じゃないでしょうか? もともとありもしないことを話し合っているんですから、答えなんて著者以外(いや、時には著者さえも)知らないと思います。時間の無駄です。とても効率が悪い学問です。数学や歴史で200ページの本があればかなりのことが学べます。それに対して200ページの小説で「誰々が結婚した」「誰が死んだ」と知ったところでなんの役にも立ちません。時々、インテリぶることが出来るくらいでしょうか。

>現実の世界では答えのはっきりしない問題
が無数にあり、そういう問題の方が重要かもしれません。

…そういう問題があると知ることが重要かもしれません、という意味でしょうか? そうであれば、納得です。やっぱり、私はどちらかというと理科系人間なのかもしれませんね。
ありがとうございました!

お礼日時:2003/10/06 05:00

英語を実用一点張りで学ぶのであれば明治初期に戻って


会話帖一冊と外人の先生がいれば十分でしょう。少なくとも英語を<専攻>している人が英語の小説も日本の名作も読まないなど考えられません。もしそれが苦痛なら文科系は不向きかも知れませんね。

ある言葉を学ぶことはその国と国民を理解するという事です。その手段として歴史や文学、音楽、絵画も常識程度に学ぶ必要があります。これらを総合したのが映画です。マンガもいいでしょう。英語専攻とは会話でもなく作文でもありません。駅前の語学教室とは違う筈です。

日本語、英語の小説を読むことは語彙を増やし、表現力を豊かにし、国民性を理解するために欠かせません。日本語の豊かでない人には英語力は身につかないと思います。あなたが英語を専攻する理由をもう一度明確にして、悩まなくても済む道を考えるべきではないでしょうか。
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この回答へのお礼

本を読むのが好きで、外国の言語を学ぶのもとても好きなんですが、小説だけは嫌いです。小説は小学校三年の時に読んだ「怪盗ルパン」シリーズを最後にぱったり辞めました(世間が騒いでいたので「かもめのジョナサン」を何年か前に読みましたが)。

自分が文科系なのか理科系なのか、一度質問しようと思ったのですが、OKWebの過去ログを読んで「微妙にどっちもあてはまるなぁ」と思って諦めました。

なるほど、その国と国民とその国の言葉を理解するのに、文学も音楽、絵画、歴史などと並んで常識程度に学ぶ必要があるんですね。それは納得できます。その物語の背景には興味あるんですよ。この著者の時代には何が起こって彼はこんな状況だったとか。それを教授が説明しないんです。あたかも生徒がそれらを知っているかのように授業を進めます。つまらないですよ、本当に。

語彙を増やす、表現力を豊かにするのは他の本でも出来ると思うんですよ。なぜ、よりによって小説なのか…やっぱり疑問です。
英語専攻、と一口に言っても文学はただの一部分にすぎないと思うんです。これが今学期だけならまだいいんですが、来学期もある訳で…やってられんです。英語はどちらかというと他の学問を学ぶ道具として使うだけなので小説を読まなくても十分専攻するに値するな、と思っています。
ありがとうございました!

お礼日時:2003/10/06 04:08

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