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日清戦争の朝鮮問題で風刺画の意味がわからず困っています。日本と清が魚釣り<この魚は朝鮮>をしています。それを横取りしようとロシアが待ち構えてます。漁夫の利なのですが何をどう例えているのかあまり理解できません。朝鮮の独立?遼東半島?三国干渉?列強?チンプンカンプンです。

A 回答 (1件)

ジョルジュ・ビゴーの風刺画のことですかね。



注釈が付いていて、日本と清が狙っている魚(朝鮮)をロシアも狙っている。とあります。

もともと朝鮮は中国の影響下にあったのですが、日本が自国の防衛上挑戦が重要ということで自国の勢力圏に置きたかったのですが、ロシアは南下政策および満州の利権が欲しかったので中国と日本が争って互いに疲弊し、勢力を減じるのを待っている、という状況を描いたものだと思います。
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この回答へのお礼

早々にありがとうございました。とても助かりました。

お礼日時:2011/05/09 20:05

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Aベストアンサー

この当時の日本とオスマン帝国を比べるのは難しいですね。

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分かりやすく教えていただけると非常に助かります。
なお、政治的思惑等は一切ありませんので、中立的な立場からのご回答を期待します。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

小生も専門家というわけでなく、いくつか書籍をを読みかじっただけなので、実際回答する資格があるか否か判然としませんが、自分で理解している範囲でコメントさせていただきます。(当然批判的見解も多々あろうかと思います。)
まず、当時と現代とでは、世界を支配していた価値観がまったく異なります。当時はヨーロッパ式の帝国主義が、ほぼ絶対的な支配観念でした。つまり、他国を植民地として支配するのは、まったく悪徳ではなく、むしろ支配されたほうが悪いというような考え方です。
このような考え方によって、西欧列強諸国はアジア、アフリカを次々とその支配下にいれ、やがて、その動きは極東の中国(当時の清国)、朝鮮、日本をもその標的としていったのです。
中でも、当時の日本人が脅威を抱いていたのは、国境を接するロシアでした。ロシアは、御指摘のごとく南下政策により、ウラジオストック以南に不凍港を獲得しようとします。そしてロシアが太平洋方面に擁していたのは、極東最強といわれたウラジオ艦隊でした。それでも、その軍港がウラジオに限局していれば、冬季は凍結のため、活動できないので、まだその脅威は少ないといえます。
ところが、朝鮮半島以南に、不凍港を獲得すれば、1年を通じて艦隊が出航できますので、日本海の制海権を完全に握られることになります。そうなれば、おそらく、ロシアは、武力を背景に日本列島を支配するか、日本にロシア傀儡政権が作られる可能性が高いと当時の日本政府は考えたようです。(これは決して、無理な想像ではないと思います。ヨーロッパに目を転じて、その後の、バルト三国や、東欧諸国の運命を見れば同様な道をたどる可能性が高いでしょう。)こうした脅威を背景に、朝鮮半島、南満州から、ロシア軍を駆逐する必要が生じてきたものと考えられます。
以上、雑駁な内容で恐縮ですが、ご参考になれば幸いです。
なお、当時の雰囲気を知るためには、司馬遼太郎の長編小説「坂の上の雲」が有益な示唆を与えてくれると思います。
最後に、冒頭で述べたとおり、上記は色々ある見解のひとつに過ぎませんので、他の方のご回答もよくご覧の上、熟慮くださいますよう、お願い申し上げます。

小生も専門家というわけでなく、いくつか書籍をを読みかじっただけなので、実際回答する資格があるか否か判然としませんが、自分で理解している範囲でコメントさせていただきます。(当然批判的見解も多々あろうかと思います。)
まず、当時と現代とでは、世界を支配していた価値観がまったく異なります。当時はヨーロッパ式の帝国主義が、ほぼ絶対的な支配観念でした。つまり、他国を植民地として支配するのは、まったく悪徳ではなく、むしろ支配されたほうが悪いというような考え方です。
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http://rokugou.cside.com/sub215-16hantihankai.htm
http://home.catv.ne.jp/hh/kcm/comment/shimizu-bigot.htm

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Aベストアンサー

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ただ、ややこしいのは武士が支配していた時代でも一貫して朝廷は存在していたことです。幕府の長は征夷大将軍ですが、これは形式的には天皇の部下なんですね。ただ、現実には天皇が将軍を自由に選べるということはほとんどなく、武士に言われるがままに任命していたわけですから、実権は武士の側にあったということになります。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%81%E5%A4%B7%E5%A4%A7%E5%B0%86%E8%BB%8D
これを端的にお子さんに説明するのは難しいかもしれません。
ただ、今の天皇陛下も政治的な実権はまったくなくて象徴として存在しているわけなので、それとちょっと似ているというような説明は、できるかもしれませんね。(今でも首相を任命するのは天皇と決まっています。ただし天皇が首相を選ぶことはできず、国会が選んだ人を形式的に任命するだけです)

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Q何故日清戦争を起こしたのか?

中国側には、日清戦争を起こす理由は無かった、と思われますので、理由は日本側にあると思われます。

教科書をみると朝鮮を中国から独立させることだった、とあります。

しかし朝鮮自身が独立を望んでいなかったのですから、これは余計なお世話だと思われます。

そもそも日本にとって朝鮮の独立は、何の関係も無いのですから、戦争を起こした理由がさっぱりわかりません。

日本近代史に詳しい方に、何故日清戦争を起こしたのか?を教えてもらいたいと思いました。

Aベストアンサー

http://ja.wikipedia.org/wiki/日清戦争
に詳しい解説があります。

当時は現在とは異なり、古い東洋の政治が東アジアを支配していたことが一つの時代背景です。中国(清)が宗主国であり、朝鮮や沖縄はその属国であり、外交手続きも東洋的儀礼が求められていた時代です。皇や勅といった文字にも大きな意味があり、そのような文字の取り扱いだけで国交が頓挫したりした時代です。

もう一つは西欧列強の圧力です。イギリス、ロシアとの関係ですね。

日中の争いの一つは朝鮮です。ここは日中間の争いの場でした。裏にはロシアがいましたが、まだこの時期は後のようにはまだ主役ではなかったかもしれません。ジョルジュ・ビゴーの有名な風刺画に朝鮮を巡る日中ロの下心が描かれています。

中国は事大党(いわば保守派)を支持して朝鮮に派兵していましたし、日本は独立党(いわば民族独立派)を支援していました。開国という方針は決まっていても中国への姿勢の違いで朝鮮国内は政治的に分裂していました。東学農民軍の乱も起きて、朝鮮は国が乱れていて一触即発だったのです。
そういう中で日本から見ると、日本が後押しするクーデターが失敗したりして、日本が清との武力衝突を避けている限り、朝鮮に距離的に近い清の主導権を温存する結果になっていました。そのため自国民保護を理由に出兵準備を進めました。

もう一つは沖縄の帰属問題です。明治初年頃に台湾出兵し、そのついでに沖縄を併合してしまいました。(当時は台湾ですら中国から見て遠い田舎で、外国のようなものでした。だから日本が台湾の内乱を治めるために出兵したのです) 中国は海軍力に自身がないので日本に対抗できる海軍力の増強に努めました。ですから日清戦争の日本側の狙いの一つは中国の海軍をたたくことでした。

戦争の結果、日本は領土割譲(遼東半島・台湾・澎湖列島)と賠償金支払いを手にし、中国にかわって朝鮮を支配出来る権利も手に入れました。琉球が日本の領土になったのはこの戦争からですが、今の中国はいずれ取り返したいと思っていますね。

http://ja.wikipedia.org/wiki/日清戦争
に詳しい解説があります。

当時は現在とは異なり、古い東洋の政治が東アジアを支配していたことが一つの時代背景です。中国(清)が宗主国であり、朝鮮や沖縄はその属国であり、外交手続きも東洋的儀礼が求められていた時代です。皇や勅といった文字にも大きな意味があり、そのような文字の取り扱いだけで国交が頓挫したりした時代です。

もう一つは西欧列強の圧力です。イギリス、ロシアとの関係ですね。

日中の争いの一つは朝鮮です。ここは日中間の争いの場でした。...続きを読む


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