私は子供の頃からいつも醒めていました。
勿論泣く笑うの喜怒が日常の生活のあちらこちらでありますが、しかし気が付くと途中で笑いを止めていたり、泣いていても明日の予定を考えたりとどこか醒めた自分を見つけ出し驚く事が多々あります。
私はどちらかと言うと肉親の縁に薄い子でした。
父は幼い頃に他界、顔も知りません。
大学を出た辺りから母も兄弟も親戚も疎遠でした。
自分からそうしていた事もあったかも知れません。
あまり必要と感じていなかったのです。
そしていつも考えていた事は、
「人間は死んでも浮遊していて、たまたま今の母の胎内を借りてひり出され又この世で人生を送る、それが永遠と繰り返される、自分は今度どこの家で生まれ変わるのだろうか」と。
上手く説明出来ませんが、仏教の輪廻転生と似てはいますが少しニュアンスが違うんです。
ところが、昨年母が他界してから考えが少しずつ変わって来た様に思えるのです。
「浮遊していてたまたまこの家に来たんじゃない、やっぱりこの母が父と愛し合い私が生まれたのだ、私はこの家にしか生まれ得なかった、他の誰でもない私はこの遺伝子にしか生まれたりはしなかったのだ」と。
そこで質問なのですが、どちらの考え方が正しいのでしょうか?
否、どっちも正しくない、これが正しいという回答も教えて頂けないでしょうか。
抽象的かつ乱文でごめんなさい。

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A 回答 (5件)

私は子供の頃、自分の本当の両親が迎えに来てくれる日を待っていました。

一緒にいた両親が実の親だったので、そんな事はあり得なかったのですが。いつか、ごめんね、待たせたね と迎えに来てくれるものだと、何故だか思い込んで過ごしていました。

今は母がまだ健在です。親と子らしきつきあいはあまりしてこなかったように思います。一応子を思う気持ちもあるようなのですが、発揮しどころがことごとくズレる人なので、無理矢理行間を読み取れるようでないとつきあうのは非常に難しいのです。

ウチは好きで結婚した訳ではないので、そのような考え方は所詮無理なのですが、自分が自分らしく生きる事で、生まれといてよかったとは思います。違う人の元へ生まれていたら、違う遺伝子になっていた訳で、そうなると自分ではありません。とりたてて今に不満はないのと、あまりにも自分に慣れてしまったので、こんなものだと思っております。

※どこの家に生まれ変わろうと、その事に意味がなかろうと、その瞬間「たまたまじゃなかった・・」というつながりを感じられるなら

 あなたは家族との縁が薄い訳ではないと思いますよ。
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この回答へのお礼

お返事有難うございます。m(__)m
一番上のお礼欄に私のお礼を申し述べさせて頂きました。

お礼日時:2003/10/12 04:11

親から自分が生まれて、子供が出来て、て、続いているんですよね。


「生きがいの創造:飯田史彦」さんの本を読んで、ぴったりだと思いました。
お父さん、お母さん、自分、あるいは親戚の人などでチームを組んで何回も人生をやっているということ、生まれるときに両親を選んで生まれてきていることなど、そして人生に無駄なことは一つも無いということなど。
あなたの考えの答えになるかもしれません。

この回答への補足

皆様貴重なお時間とご意見、有難うございました。
そんな考え方は普通だよというご意見が多かったように思います。
でもかなり二面性を持っていますよ。
友人から私は「良い人、親身になってくれる人」のようですが、実像はかなりギャップを感じていました。
辛い恋愛、親子愛や生活生き方など相談され感極まってなく友人等を貰い泣きで慰めながら、心の中では
「バッカじゃないの、あんたなんかフワフワ浮いてたのよ、それを親子愛だってサ、しがらみだってサ、はぁ疲れるね」などともう一人の自分はほざいていました。父親の延命措置を相談された時なども、大泣きで慰めてそうして上げなさいと言っている自分、心の中では「そんな必要どこにあんのよ」と一瞥する醒めた自分を発見して驚く事もありました。
そんな私が質問にも書かせて頂いた母の死をきっかけに、浮遊と必然が入れ替わり自分の考え方に疑問を覚えたのです。
でもこれって普通なんですかね?
うふ、又疑問が湧いちゃいました。
またトピ立てたら宜しくお願いします。

補足日時:2003/10/12 04:55
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この回答へのお礼

お返事有難うございます。m(__)m

お礼日時:2003/10/12 04:12

   rose_hipさんこんにちは。


正しいか正しくないかというのことは、科学的に説明が付くかどうかというのが一般的に判断基準です。

>「人間は死んでも浮遊していて、たまたま今の母の胎内を借りてひり出され又この世で人生を送る、それが
永遠と繰り返される、自分は今度どこの家で生まれ変わるのだろうか」

  これは、推論と精神論が入っているので正しいのかどうかの解答ができるものではありません。

>「浮遊していてたまたまこの家に来たんじゃない、やっぱりこの母が父と愛し合い私が生まれたのだ、私はこの家にしか生まれ得なかった、他の誰でもない私はこの遺伝子にしか生まれたりはしなかったのだ

これは事実ですね。科学的にも医学的にも証明できるこれが正しいということになります。

 あと、過去の自分の生い立ちは、人間形成の上で重要な時間です。特に、幼少の頃から中学、高校生の頃位までは親の影響はとても大きなものです。

 ただ、人との付き合いも、何か冷めているところがあっても、それは、本人の意識の持ちよう、気持ちの持ちようで変わってきます。

 私も小学生や中学生の頃は暗く、いじめられていた少年でしたので、その頃の同窓会には今でも出たいという気がしません。

 でも社会人になるにつれて、明るく気楽に振舞い、人との付き合いもできるだけ積極的にしようといつも意識していました。そして、いろいろな面で自信が付いたので、何事にも積極的で、前向き、苦しいことも乗り越えられるようになりました。

 人間努力次第で、性格も行動も望む方向に向うことができきると思います。
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この回答へのお礼

お返事有難うございます。m(__)m
一番上のお礼欄に私のお礼を申し述べさせて頂きました。

お礼日時:2003/10/12 05:19

どちらも真実では?


あなたの考え方、どちらも尊重すべきものだと思います。その時々のあなたの思想が反映されていますね。
こういう考え方というのは、その人個人の物であって、何が正しい、間違っている、そんな事は言えないと思います。どれも正しいのです。

そこで、私の考え方。
NO.1生き方について
生まれてきたのには何かの運命がある。そうでなければ生まれて、生きている意味がない。動物や虫、これらも生を受けてこの世にいるが、その存在に何の意味があるのか?ただ生まれてきて、子孫を残し、そして死ぬ。子孫を残すためだけに存在している、そう考えればとても虚しく、生きる意味などなくなってしまう。
それでも生まれてきたからには人間ならば80年以上は生きていなければならない。ならば、自分の都合のいいように考え、生きていった方がよい。ここで注意都合のいいように行動する、のではなく、考える、ということ。私は何事もポジティブです!

NO.2生まれ方
神様がいろーんな事を考慮し、配置を決めている。どの命をどこに入れるか。輪廻する命もあれば、新しく出てくる命もある。たとえれば、紙幣のような・・・。流通出来なくなるくらいくたびれたら回収し、新しく発行する、みたいな。

ものすごーく哲学な話ですね。私こそ乱文で、伝わりますでしょうか?
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この回答へのお礼

お返事有難うございます。m(__)m
一番上のお礼欄に私のお礼を申し述べさせて頂きました。

お礼日時:2003/10/12 04:11

別に普通のような気もしますが・・・^_^;



一生ノー天気になんにも考えない人、
感情常にたくましい人、
人生ってスンバらしい、ケセラセラ~
なんて人は少数派ですよ。

そういうのはメディアが作り上げてしまった幻想だと僕は捉えています。
そんな馬鹿見たい人は早々いません。
たまたま気分的にそういう状況の人はいるでしょうが、
多かれ少なかれあなたのように感じているのではないでしょうか?
なんというか空虚感?でも、運命を感じる。
そんな感じでしょうか?

マトリックスという映画がありますよね?
すべてのことはコンピューターのプログラムで・・・
というあれです。
それに重ねると、なんとなく、空虚感(作られたもの)
と運命(プログラマブル)というのが、
あの映画では結構面白い仮説として成り立っていると思いました。

で、僕は思うんですが、遺伝子というんでしょうか、やはり記憶というのは何らかの形で伝承されていると思うんですよ。生き物というのは、なんだかんだいって、同じことの繰り返しですからね。飽きても不思議じゃないですよ。
ですから醒める、ということではないかと思っています。
「同じことの繰り返し、何の意味があるの?」
という考えは結構一般的ではないでしょうか?
そのことで悩んで死んでしまう人もいそうですし。
結局あまり考えない人が生き残っているような気がしますし、単なる死への恐怖かもしれません。
生物の輪廻というのもやはりプログラミング(マトリックスではなくて、自然に出来上がったプログラム、つまり、生まれて、成長して、交配して、死ぬ、という一連の流れです)に従っている、ということで、=運命と感じても、
それは普通のことではないでしょうか?

というわけで、偶然も、運命も、真実というような気がします。

うまく説明できなくてすみません_(._.)_
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この回答へのお礼

お返事有難うございます。m(__)m
一番上のお礼欄に私のお礼を申し述べさせて頂きました。

お礼日時:2003/10/12 04:10

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