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40歳、既婚女性です、子供はいません。
暗くなりがちな内容かもしれませんが、
どうか明るく聞いてもらえるとありがたいです!♪

10代の頃の両親の離婚から始まり、
20代で父、30代で母を亡くしました。
両親が離婚するまで金持ちで、それ以降は大変な生活…
人間関係もいろいろあって人間不信に陥ったり。
結婚したのがお金持ちの主人で
そこからまたまたいろいろあり…

私の40年生きて来た様々なことが
今の私の概念…思想?
何と表現したら良いのか分かりませんが、
最近ハッキリと言えるのが
「死んだらただの屍だもの」と、主人に言ったセリフです。

もし私が先に(主人より)死ぬことがあれば
私の兄弟や主人の両親などには死んでから報告して欲しい、
また、墓は要らないなどハッキリ言ってあります。
遺言では無いですが、
もしもの為に手紙等を残しておこうと考えています。
(全ては私の考えでやっていること、
       主人が悪く言われないように)

葬式なんてしたくない、見送られるのは嫌だから…と。
主人は「何でなの?」と理解出来てはいないようですが
私の考えを反対することもしません。

あの世への旅立ち、最後にお葬式をする際にも
盛大にやることも質素にすることも
どちらも人それぞれなので自由で良いと思います。
しかし…
私のように全く何もしないのはダメなのでしょうか?
墓を持ちたくないと言うのもダメなのでしょうか?

私に子供がいれば、また考えも違ったかもしれません。
でも、子供もいなくて後々残された人が大変ならば、
さっぱりと消えて終わりにしたい…
これが私の本当の気持ちです。

こんな私の考えを多少でも理解してくれる方は
いらっしゃいますか?

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A 回答 (8件)

僕はまだ独身ですが



絶対葬儀はいりません
経も戒名も不要

死んだら火葬にだけして、母が眠っている「先祖代々の墓」にでも
入れてくれたら、それで良いです

我家は昔からお坊さんが来てくれる家でした
母が亡くなってからは、住職の息子さんが来て
引越し先にも来てくれました

それから5年して、住職が
「来たのに違う人が住んでいる、引っ越したのか?もう来ないですよ」
と電話をしてきました
「5年前に住所変更はしてるし、何度も引越し先に息子さんが来てくれている」
と僕が返事をしたら、急に口調が変わり
「あれ?そうでしたか?息子に頼めば良かったかなあ?」

それきり、母の13回忌も無しで、2度と住職から連絡はありません

僕ら一家、は坊主に経をあげてもらわなくて結構だと思っています

経や戒名が無くて文句言った人など居ませんからね
誰かの思い出で生きてるなら、それで良いです


でも、ただの屍ってもったいないので
臓器移植と骨髄バンクは登録してます
使えるなら使って欲しいですからね
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

先程も書かせてもらいましたが、
臓器提供のカードは私も持っています!
やっぱり使えるものは使って欲しいと思い、
日頃から財布等に入れてあります。

こうやって回答を読ませていただくと、
ほんとうに人それぞれ、いろいろなお気持ちがあるんですね。
100人いれば100通りって感じで、勉強になります。

私も思います。
誰かの…私なら主人の心の中で
時々思い出してもらえるなら、それだけで十分と。
この世に形ある物は何も残したくないと。

お礼日時:2011/05/19 03:01

「死んだらただの屍だもの」・・・確かにおっしゃる通りだと思います。


寿命がきての自然死であれ、病死や事故死であれ、どういう形にせよ、誰しもいつか訪れる死です。
死=生命活動の終わりであるなら、死んだ骸は生命なき物体と化すでしょう。
しかし、死でもって生命の幕が降りたのなら、生命の開幕もあったことでしょう。
そして、出発から終わりを迎えるまでの過程があったことは言うまでもありません。
我々は、他人の死を通して何かを思い、感じ、考えさせられる存在でもあります。
その方の人生が不幸だったか幸福だったかは、亡くなった本人に聞く以外ありませんが、
その方の人生が不幸だったにせよ幸福だったにせよ、人の死という問題は、それを見つめる側に少なからず影響を与えるものだと思います。
それは、死んだ生命がもう二度と戻らないことを知っているからだと思います。
普段は、生きてるってことをそこまでも深く考えることも思うことも感じることもないままに生きている我々ですが、一旦死を目にするとそういうわけにはいかなくなるのです。
人の死を通して、死そのものに意味を見出さなくとも、逆に生きるという意味が強調されてしまうのだと思います。
例えは少し違うかもしれませんが、空気が薄くなっていく危機に陥った時、どんなにか空気というものがなくてはならない、「かけがえのない」存在だったかに気づくようなことにも似ています。
ある誰かが死んだ時思うのは、その人は生前幸せだったかどうかです。
もう二度と戻らぬ人生だからこそ、できれば「たった一回の人生だったけど、幸せだったよ」という真実の言葉が聞きたいのだと思います。幸せを確認したいのです。
人の死に自分の死を重ね合わせると同時に、「今の自分はどうなのか」と自分の生(人生)を振り返ってみる機会となるのです。
ですから、死が意味があるのは、死んだ本人よりもその死を見つめることができる周りの人なのだと思います。
葬式は、一つの形式としての儀式にしか過ぎませんが、そこで何を思うかは人それぞれなのです。
たとえばあなたにもいつか死が訪れるわけですが、葬式に参加したある誰かの心の中に、大きな何かを感じ、生き方のいい意味での転換のきっかけになるかもしれません。
あなた個人は、いろいろ感じることがあって、そんな自分の葬式などやる必要がないのだとお思いなのだと思います。あなたと同じ視点では私も同感です!!
しかし、自分の死がどういうものであれ、どうちっぽけな人生だと評価したとしても、そこから何を感じるかは人それぞれの自由意志なのです。たとえ不幸な人生からでも人は幸せの道に至るための大きなヒントを得ることができるのです。
ですから、そういう視点に立った場合に、葬式に参列してくれる人の心にあなたは生きることが出来るのです。
あなたという個体は死んだとしても、人の心に何かを植え付け、その人の人生に新しく展開していくのだと思います。
幸せなら幸せなりに、不幸なら不幸なりに、人の幸せの糧となり、道しるべとなるのです。
だから、どんなに恵まれない人生だからといって、自分の死を決して軽んじるべきではないと思います。
あなたがそうだったように、「あなたがいたから今の自分があるのだ」と感じている人もいるはずなのですから。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

書いて下さった内容は、本当に共感出来る内容です。
納得できます。
葬儀等々、死後はある意味、遺された者のためにあると、
他の方が書いて下さったように私も思います。
そう言った意味で、葬儀はとても大切な儀式かな…とも。

しかし人の生き様は様々で、
決して最後だから
死んでしまった後なら全て許されるとか、
世の中って決して奇麗事ではないですよね。

形だけの中に何が意味があるのか…
それを目の当たりにして来た中で
私が感じたことは、
もしも、友人等が私の死を知ったとき、
その時に何かを感じ思い出してくれればそれでよい、
ただ、それだけ…
私はすごく我儘かもしれませんね。

お礼日時:2011/05/19 03:20

うんうん。

分かりますよ。最期はなるべくの人に迷惑をかけたくないものですよね。

ちょっと話しはそれますが、私は臓器提供を希望しています。私が死んでも、それが誰かの役に立つのならと思っての事です。

だけど主人は私に言います。『遺された者の気持ちを考えろ』と。ボランティア精神は素晴らしい。だけど、脳死の状態で悲しみに暮れる間もなく、またメスを入れられるなんて耐えられない、と。

『故人がそう願うから』とやってあげる事も大切ですが、やっぱり臓器提供もお葬式もお墓も、亡くなった方への思いと称して、生きる者の為にあるのだと思います。その期待に添うか添わないかは、遺された者に託される、いや託すものなのかもしれません。

母も私に言いました。『私の骨は海にまいてくれたらいい』。迷惑をかけたくない気持ちは、私にもよく分かります。私もそうだったから。だけど、客観的にそう言われた時、『じゃあ悲しむ私はどうしたらいいの』って、大人気なく泣いてしまった事がありました。

兄が亡くなってまだ一年経ってないのですが、お墓参りに行かなきゃいけないなんて義務感はありません。行きたいから行くのです。

貴方が。

『自分が死んでも誰も悲しまない』なんて思うから、きっとそう言えてしまうのかもしれない。私も兄が亡くなるまでは、全く貴方の考えと一緒でした。それが最後の優しさのつもりでした。でも大切な人を亡くすってこんなに悲しいなんて思ってもいなかった。


亡くなった人の為に『やりたい』『やってあげたい』と思う気持ちを思う事の方が、本当の優しさなのかなと思う様にもなりました。

だから私は母のお墓は建てるし、臓器提供は主人に任せるつもりでいます。


生死はシビアで本当に難しいですね。正しいも間違いもないのは、それぞれがそこに『思いやり』の気持ちがあるだけなんですものね。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

私も臓器提供のカードもってますよ~♪
財布などに入れてあります。
もちろん主人も知っています。

遺された者の気持ち…
その辺をいつも主人に訴えてるんですよね。
私…

詳しく気持ちを書かせていただくと
長くなってしまうので省略させてもらいますが、
父と母が亡くなり、その様々なことが
多分私のこの考え方を作り上げたのかな…と。

ある意味、通常の幸せな全うな考えが
私には欠如しているのかも知れませんね。

回答して下さった内容は、本当に良く分かるのに…
自分の事に対しては、どうもしっくりきません。

でも、回答して下さったお気持ちは
本当に納得出来ることは確かなことです。
これに噓、偽りはありません。

お礼日時:2011/05/19 02:54

葬式不要


戒名無用

とか遺言書に書いてあった偉い人が
いたとか
いないとか

何れにしても、葬式その他は死んだ人間の権利ではないですね。死んでまであれこれ指図すんじゃねーよ、という立場もあるかもしれません。
死人に口なし。
ウチの父母は、妹たちと相談して、葬式なしで散骨にしたいです。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

そうですね、葬式等々には死んだ人の権利はないかも(笑)
そこまで口を出す私も私かも…なんて思ったり。

でも本当に嫌なんですよ、理由はわかりませんが。

お礼日時:2011/05/19 02:41

> 私のように全く何もしないのはダメなのでしょうか?



ダメじゃないですし、そういう考えの人は意外と多いと思います。
無宗教で、死後の世界や転生などを信じない人は、
死後朽ちていくだけの抜け殻にムダにお金をかけられても嬉しかないですよね。
密葬で簡素に済ます家は増えていますよ。

ただ、葬式とか埋葬とかの儀式って、
死んだ当の本人より残された親族のために行っているようなところがあるんですよね。
故人のためにあれこれしてあげたいと考える気持ちも尊重したいですね。
あなたはご主人が亡くなったら、それなりの規模で葬儀をしてあげたいとは思いませんか?
お墓に入れて、墓守りをしてあげたいとは思わないでしょうか。
たとえ本人が「死んだら屍」と思っていても、
ご家族は臓器提供や献体で遺体を解体されるのはイヤなものです。

私も父を亡くすまではお葬式なんて、と思っていましたが、
いざ亡くなると いろいろと人並みにしてあげたくなっちゃうものでしたし、
立派なお墓を立ててお参りに行くと、自分も「やることやってあげた」充足感と安らぎがあります。
お金も掛かったけど、お寺に預けたりしなくて良かったと、今は思っています。
宗教や迷信なんて大嫌いですけどね!不思議なもんです。
そんな自分は「使えるところは使ってくれ」と、献体に出す気まんまんだったりしてねw


> 墓を持ちたくないと言うのもダメなのでしょうか?

これは、ダンナさんの家の墓には入りたくないという主張でしょうか?
嫁に行ったら普通はご主人の家のお墓に入りますよね、
長男でないなどの理由で、ご主人は新しく建てないといけない立場なのでしょうか。
お寺などで無縁仏のように預かってくれるところがありますから問題ないですけど、
言い方を間違うとご主人のご両親に失礼になっちゃいますねw
お骨は勝手に廃棄することができませんから、すんなり今あるお墓に入れさせてくれるのが
一番簡単で手間もお金もかからない方法ではあります。

ただし、以下の条件を満たせば海などに散骨してもよいそうですよ。
一般的には葬儀会社や散骨専門業者に相談するようですが、今のところまだ違法ではないそうです。

1.遺骨は原型をとどめることなく粉末状に砕く。
2.散骨場所は他人に迷惑がかからない場所にまく。
3.その他諸問題が生じないように注意する。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

回答していただいた内容、
私も納得できる部分たくさんあります。

ただ、私、死後の世界や輪廻転生というものは
あると思っています。
その上で、この世で授かった肉体は
この世で終わり…
それに未練が何もないと思うんです。

主人が亡くなれば、必然的に実家の墓に
入ることになるでしょうし、
もちろん盛大な?葬式をすると思います。
(主人の家族がそうすると思います)

でもそうなれば残された私は1人になるので、
共同墓地なりに入るのかな?
これも遺言や手続きを残さなくてはと…

froufrousさんもお父さんを亡くされてるんですね。
そこら辺からが多分私と違うと思うのですが、
私は父を散骨しようと思っていました。
肉親関係いろいろゴタゴタ多くて、
気持ちの中で父が残っていれば何もいらないと…

話を聞いてもらうと長~くなってしまうので
省略しますが、私の生きた中で心の
どこかに歪みが出たのでしょうか。

お礼日時:2011/05/19 02:37

大いに賛同できます。



ただし、お墓は残された人の心を軽くするものだと思っています。
お墓を立てて供養をして、毎年決まった日にはお参りをするのは死んでも幽霊となって生きている(変な表現ですが)という日本古来からの考えなのでご主人の考えも解ります。

私は死んだら(葬式や墓など)お金がかかるからという理由ですが、完全になにもしないということはできないと思いますので質素ぐらいは譲歩したほうがよろしいかと思います。

私の主観からの回答でしたが、参考にしていただければ幸いです。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

はい、私もいろいろな書物を読んで、
お葬式やお墓は残された者の…
回答していただいた内容も納得できます。

しかし、最近の私の考えは
何もいらない、何もして欲しくない…
に行き着いてしまい、
もし主人が私のことを覚えていてくれるなら
それで良いと、心の中で…

完全に何もしないのは、
やっぱりムリなんですかね…

お礼日時:2011/05/19 02:16

 んー、私には家族は居ませんが(酔汗)


ほぼ全面的に同意します。

自分という存在が消滅した後で、親戚やなんかに
葬式やら墓代などの経済的負担が生じるなんて馬鹿げて
いますね。

まぁ、既に代々の墓がありますので其処に入るのでは
ありませうが・・・個人的には産廃にしてくれても良い
くらいです。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

産廃ですか(笑)
冗談半分で、私もそんなこと
主人に言ったことありますよ~

でもそうしちゃうと残された人が
犯罪者になっちゃうんで、
ムリだなぁ…って(苦笑)

気持ちが少しでも理解してもらえること
本当に嬉しいです。

お礼日時:2011/05/19 02:10

あなたが言ってることはわかりますが、葬式などはやらないとしても



あなたの死体はどーするんです?ご主人が燃やして自分の土地に埋めるの?

死んだら屍なら、死んでからのことは生きてる人に任せれば?と私は思いますが・・・
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

死体は焼いた後、自然葬(散骨等)など
どこか許可のある場所にでもまいてもらえれば…
と思っています。

お礼日時:2011/05/19 02:06

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