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学習院大学の法学部政治学科への進学がほぼ決まっていまる、高校3年生の男です。
国際政治学、特に紛争や戦争と政治の関わりについて興味があり、そちらの研究に行こうかなと思っています。
ですが、テレビやパソコン、あるいは教材を通した戦争ではなく、本当の戦争とは何かを知りたいと思っています。生まれて以来、戦争というものを経験していない人間が、戦争を語るのは間違っていると考えるからです。
大学の2年生くらいになったら、一年間ほど休学して、コーカサスや中東などに行ってきたいと思っています。まだロシア語もアラビア語もしゃべれませんが、多少の話し言葉くらいはそれまでに身につけようと思っています。
もちろん、多分に危険があることは理解しています。死ぬかもしれないし、何もかもを失うかもしれません。けれど、それでも現実を見て、本当に世界で起きていることを知りたいと思っています。

危険を冒してでも、現実を知るということに、皆さんは賛成してくださいますか?

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A 回答 (6件)

いつもあなたのような人がいると思うんですけどね。


(現地の支援に本気で行って、その土地に根付いて活動している人は別ね)

行くのは勝手だと思う。死ぬのも勝手なんだろうし、本人はそれでもいいと思ってるんだろう。
でも、実際には、日本のパスポートもって紛争地帯に行く以上は、あなたに何かがあったら、あなた自身が、紛争の取引材料にされるってことはわかってるんだろうか?
テロ組織に捕まった若者が人質になり、生きて解放されてめでたし、めだたし、とニュースでは言われていても、そのために多くの人々が危険いさらされながら交渉し、多くの資金が身代金としてテロ組織に流れている事実や、政治犯の開放がされている事実をどう考えるんだろうか?
それを踏まえても、自分は死んでもいいと思っているから、自分の自由だとあなたはいうのだろうか?
自分は死んでもいいと思っているから交渉しなくていいといったとしても、国際社会ではそうはいかないのです。

正直、紛争地帯に多少の話し言葉程度で行くなら、それはもう、初めから死にに行くようなものだと思う。場所によっては必要最低限なものが満足に店に並ばず、略奪で暮らしていてもおかしくない地域で、どうやって一年食べていくつもりなんだろう?
クレジットカードや時には通貨さえ紙屑の世界で、どうするつもりなんだろうか?

あなたの志が悪いとは言わない。でも、認識が甘いと思う。
そのくらいなら、ドイツの平和村にでも行って、戦争の被害にあった子供たちの世話を1年ボランティアでしてみればいいと思う。
あの子たちの姿を見るだけで、十分に戦争の現実はわかるから。
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それを知れるのでしたら、僕は危険を冒してまでも知りたいとするキモチそのものは大切だと思いますので賛成します。

ところがsola0ryuさんから観て、実に聞きにくいといいますか、受け入れにくい事をこの次でお伝えします。心の準備は宜しいでしょうか?

戦争の定義、規定が間違っています。
その場合、何か意味はあるのでしょうか?
ですので、海外に行く事を反対します。

定義、規定が間違っている事を例えを用いて表現します。

ある人が一生懸命ブロックを磨いていました。それを見た友達が何をやっているんだ?と尋ねました。その人は応えます。「鏡を作ろうと思って磨いているんだ。」その人は真剣に、本気で、一生懸命に応えるし磨いています。

ブロックを磨いて鏡になるのでしょうか?
なりません。
鏡になるのは、ちゃんとした鏡の材料と向き合う時に鏡となります。

ベクトルの様なものですね。
方向性を間違えたら、如何に力を投入しても徒労に終わります。

sola0ryuさんは、戦争が何であるかの定義・規定が間違っています。
だから、世界には戦争があって日本には戦争がないと思い込んでいます。

だけど、戦争はそんなものではありません。それこそ、戦争が何であるかを知らないから世界に出て、戦争を知った気になります。残念ですが、それは戦争ではありません。

戦争の定義・規定を知らないままで、ただの暗記言語によってそれが戦争だと思い込んでいると、大変な過ちを起こします。sola0ryuさんが仰る通りです。sola0ryuさんは、テレビやパソコン、あるいは教材を通した戦争を見て、それが戦争だと勘違いし思い込んでいます。

その状態でしたら、幾ら世界に行って戦争の現場を見て、戦争の実体を見た気がしましても、それこそが実は戦争の上っ面であり、薄っぺらい戦争であった為に、戦争の本質は何も分かりません。

それでいて、血を流したり、爆音だけはスゴイものですから、戦争っぽく思ってしまいます。それが戦争の実体でないのに、それが戦争だと錯覚した人のコメントは、とても薄っぺらいものです。

今の時代、この日本でしたら、真の戦争が何であるか?戦争の原因、戦争の性格などが良く理解出来る状況になっています。そんな素晴らしい環境を置いといて、ただパッと見で映る戦争らしい戦争に関心が奪われていては、紛争・戦争と政治の関わりは何ほども見えてきません。

特に今の紛争・戦争は、教育・経済・政治と密着な関わりがあり、個人一人ひとりの意識にも密着な関わりがあります。そういう意味で、僕は反対します。

真に知りたいからこそ、日本に残るといい。
きっと後悔する事になるかと思います。

身の危険以上に危険な事が起こります。
このままでは戦争を知らないまま語る政治になってしまいますよ。
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戦争の本質は、加害者側、被害者側の思想と戦争の原因が必要なのではと思われる。



>危険を冒してでも、現実を知るということに、皆さんは賛成してくださいますか?
なぜ人に確認する。
まるで飛び降り自殺しようと未練がましい人が周りに声を掛けているかのように感じられる。
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 問題は、その「現実とやら」を死の危険を冒してまで知る意義があるかどうか、です。

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志は素晴らしいと思いますよ。


ただ、勇気があるのと蛮勇であることは、全く別の話ですよ。
外務省が何故渡航危険度を出し、注意を喚起しているのか。
そこに行って万が一の事があったら、どうなるのか。(危険レベルが高い地域に行く場合、保険がかけられない場合があります)
野宿の仕方とか、サバイバル法とかも必要でしょうね。
場合によっては護身術なんかも習っておくのも良いでしょう。
他にも、その地域の政治・宗教・文化・歴史・礼儀作法・法律etc,,,と「郷に入れば、郷に従え」という諺が示すとおり、その国の人々に不快な思いをさせたり誤解を生まないような知識と意識が必要です。
身につけなければならない事は沢山あります。
おそらく、大学4年では全てみにつけられないでしょう。

以上の理由から、私は大学4年間はみっちり勉強して知識を身につけること。
また、将来的に現地に行くことを見越すなら、登山部とか冒険部(そういうのが学習院大学にあるのかはわかりませんが)みたいな所に入って、体力を付けると共に「旅」に必要な知識を体験しておくのもいいかもしれません。
夏休みとか春休みなんかを利用して、日本国内を旅するのも良い勉強になるかと思います。
「旅」で一番ひつようなのは、コミュニケーション力です。
ただ、それは外国語で会話が出来るという事とは違います。
日本語をしゃべりまくりつつボディーランゲージでコミュニケーションをとれるくらい胆力が必要でしょうね。
因みに、アラビア語やヘブライ語は辞書が引けるようになるまでに2年はかかるそうです。
それ位は覚悟しておいた方が良いと思いますよ。

最後に繰り返しますが、勇気があるのと蛮勇であるのは、一見同じ行動に見えてまったく別の話です。
戦場カメラマンとかフリージャーナリストなんかも、最初は新聞社や通信社に入って下積みをすることから始まるのです。
まずは、知識を身につけることを第一に考えましょう。

ではでは、参考になれば幸いです。

参考URL:http://www.anzen.mofa.go.jp/index.html
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いいことだと思いますよ。




ただし、正しい知識を身につけて対策をして行くこと。

NPO経由で一人で現地入りして武装集団に捕まるアホ学生って過去に結構いましたからね。


ちゃんと現地に詳しいガイド雇って危険地域を避けつつ行動して、
レベル4(退避勧告)が出ている地域は避けること。

それさえ守っていれば立派な社会勉強の一つと言えると思います。


アフガンやリビアのような危険レベル4の戦争地域に行くのはただの自殺行為です。

自分が死ぬだけならともかく、現地の大使館員にまで迷惑をかけることになります。
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