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(1)你给我打电话。
(2)你给我打个电话。
この2つの文は、「个」のある、なしで、どういう訳の違いになるのですか?
(2)はなぜ、「个」がこんな所にあるのか意味がわかりません。

もしかすると、一个の略で、一回電話してください。になるのか?
本来は一个とするのが丁寧な言い方で、一个の時だけ一を省略できる。
もしかすると、省略しなければならない。で一个だと間違いになる。
あなたは私に二回電話してください。なら、「两个」になるのか?

くわしい方がいれば、教えてください。

A 回答 (1件)

「你给我打个电话。

」の「个」は、もとは「一个」であることはご推察の通りですが、このような場合に「个」を使うのは、厳密な個数や回数を表現ではありません。

「ちょっと電話してくださいね。」とか、「電話でも寄越してね。」くらいのニュアンスの表現になります。
日本語の「ひとつよろしく」の「ひとつ」に近いと言ってもいいかもしれません。

「まあ電話をかけてくれればいいですよ。たいしたものでなくてもいいですから。」的な軽さの表現で、似たような「个」の使い方には、「我是个学生。」というようなものがあります。

「学生」でなくてもいろいろな単語をいれて使えますが、「私は(一人の)学生です。」という意味では通常ありません。
「私はただの学生ですから。」「学生ごときですから」という意味になります。
「他是个孩子。」と言ったら、「彼(あの子)は、(まだ)こどもだからね。」です。
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Q个の意味をおしえてください

应该 不应该 先 打 个 电话 联系 一下
まず電話して連絡すべきでしょうか

你 是 个 学生,应该 好好儿 学习
あなたは学生なのだから、しっかり勉強すべきだ


この2つの文はなぜ『个』がつくんでしょうか?

「1つの電話、1人の学生」と強調したいから『个』が使われているんでしょうか?

Aベストアンサー

これは「動詞+个」の用法だと思います。
辞書をよく見ると載っています。
辞書には「動詞の後につけて補語に客語的性質を帯びさせる」と書いてあります。
ですから名詞の数を強調するとかの意味はなく、反対に動詞を補語する役割です。

質問の例では、あまり具体的な意味はなく、一文字動詞の語調を整えるために付けたような気もします。

Q「好的」と「是的」の違いについて

最近中国語の勉強を始めました。
はい、イエスを意味する言葉として「好的」と「是的」がありますが
この使い分けはどうすれば良いのでしょうか?

Aベストアンサー

まず、「好的」は良い・OKなど、了承を表す意味を持ちます。

例:「明天9点半在学校門口見面、好ma?」→「好的」
(明日9時半に学校の校門前で待ち合わせでいいですか?→いいです)


「是的」は、その通り・合っているなどの肯定を表す意味になります。

例:「ni是日本人ma?」→「是的」(あなたは日本人ですか?→そうです)


あと、正反疑問文の「好不好?」「是不是?」で聞かれた場合は、その動詞に対応して回答します。

・「好不好?」→好/不好     ・「是不是?」→是/不是

ご参考までに。

Q文末の 的 の意味

文末に的がついている事がありますね。
この場合の「的」はどのように訳し、
どのようなときに使うのでしょうか。

どうも頭の中で理解出来ません、よろしくお願いします。

Aベストアンサー

文末が「的」で終わるのは、一つは過去のできごとに対する強調を表現する「是~的」の構文があります。
たとえば、
他是昨天来的。(彼は、昨日来たのです。)
これは、「昨日」を強調しています。
この構文では「是」が省略されている可能性もあります。
その場合でも「的」の前の語が強調されていると考えれば意味が取れるでしょう。

もう一つは、所有を表す「的」のあとの名詞が省略されている場合があります。
しごく簡単な例では、
那是我的。(それは私のです。)
誰の「何」であるのか、特に言わなくてもわかる場合、往々にして省略されます。
この場合は「的」の前の名詞が所有する主体になっており、何か省略されている「もの」をあとに補えば、意味が取れるでしょう。
以上、とりあえず。

Q「会」の使われ方がよくわかりません

中国語を独学している初学者です。

中国語で以下の文章を書いたところ、日本語を勉強している中国人の大学生からいくつかの添削が入りました。
いずれも、“会”の使い方がダメらしく、文中“ ”でくくったように“会”についてたくさん間違いを指摘してもらいました。
どうしてここに“会”が必要なのかが、よくわかりません。

#1 自分の故郷が舞台になっている映画について書いた一節:
所以看了这部电影,我就经常"会"想起我故乡。
(だから、この映画を見ると、私はいつも故郷を思い出してしまいます。)

#2 友だちが、クリスマスにホームパーティーに招待してくれた時のエピソードの一節:
每年她的丈夫都"会"为(/给)我们做许多晚会的料理,我"会"提供几瓶日本酒,而别的朋友也"会"提供几瓶葡萄酒。
(毎年彼女の夫が私達の為にたくさんの料理を作ってくれます。私は何本かの日本酒を、別の友達は何本かのワインを提供します。)

“会”そのものの意味の他、たぶん、自分は中国語的な文章のつくり方・発想が理解できていないのだと思います。
日本語に、意訳でなく、直訳していただけるとその発想の違いが感じ取れるのかもしれません・・・。
どうぞよろしくお願いいたします。

中国語を独学している初学者です。

中国語で以下の文章を書いたところ、日本語を勉強している中国人の大学生からいくつかの添削が入りました。
いずれも、“会”の使い方がダメらしく、文中“ ”でくくったように“会”についてたくさん間違いを指摘してもらいました。
どうしてここに“会”が必要なのかが、よくわかりません。

#1 自分の故郷が舞台になっている映画について書いた一節:
所以看了这部电影,我就经常"会"想起我故乡。
(だから、この映画を見ると、私はいつも故郷を思い出して...続きを読む

Aベストアンサー

「就」や「都」などの副詞や「会」、「能」などの助動詞(能願動詞)は、日本語に慣れているとなかなかうまく使えませんね。
語気助詞を含めて、ニュアンスを出す話法は、本場の会話で雰囲気をつかまないとなかなか頭では理解できても使えません。

まず、#1 の「会」は、英語の「must」で考えるとわかりやすいかもしれません。
「~しなければならない」の方ではなく、「~に違いない」「~のはずだ」の方です。
「当然、そうだ」という場合の「会」で単に辞書にある「可能性」よりももっと強いものです。
可能性よりも必然性と言ってもいいでしょう。必ずそうなるのです。

なお、否定したときの「不会」には「できない」以外に「~はずがない」という用法があります。

つまり、淡々と「いつも思い出す」のではなく「本当に(←就)いつも、必ず(←会)思い出す」のです。
このようにして、自分の言いたいことを誇張気味に話すのが中国語の特徴です。
相手に伝えたいことがある以上、控えめなんてことはありません。(笑)

#2 の用法では、#1 と同様に「当然のように~する」という意味があります。
辞書にも「~するものだ」という意味が出ていると思います。
それ以外にも「会」には「上手である」という意味もあります。
つまり腕前を強調しているので、単に「毎年恒例なので当然~する」以上に「うまくこなせる」「手馴れている」という意味にもとれます。
「会」がはいっていないと単純な習慣の事実を記述しているだけですが、「会」が入ると、毎年やっていて生き生きとした動作と楽しげな雰囲気が感じられるようになります。

以上、個人的な解釈が多分に含まれていますので、文法的な正解を踏み外しているかもしれませんが、それが言葉と言うものだと思っています。

「就」や「都」などの副詞や「会」、「能」などの助動詞(能願動詞)は、日本語に慣れているとなかなかうまく使えませんね。
語気助詞を含めて、ニュアンスを出す話法は、本場の会話で雰囲気をつかまないとなかなか頭では理解できても使えません。

まず、#1 の「会」は、英語の「must」で考えるとわかりやすいかもしれません。
「~しなければならない」の方ではなく、「~に違いない」「~のはずだ」の方です。
「当然、そうだ」という場合の「会」で単に辞書にある「可能性」よりももっと強いものです。
可能性...続きを読む

Q中国語の「もし」(要是、如果、・・・話)

「もし・・・なら」という意味の中国語(普通話)は、
ぱっと思いつくだけでも
要是
如果
・・・話
があります(日中辞典によれば、もっとあります。)が、
この意味・ニュアンスの違いを教えてください。


如果・・・話
の代わりに
要是・・・話
という言い方は可能ですか?
可能なら、意味・ニュアンスはどう変わりますか?

Aベストアンサー

 こんばんは。

 まず、「・・・話」ではなく、「・・・的話」のように覚えましょう。

 それから、「もし・・・なら」という意味の中国語と言えば、次のような言い方は全部ありえます。意味は同じで、言葉の硬さぐらいの違いなので、お気軽に考えてください。

書き言葉、話し言葉
1.如果      

話し言葉
2.如果……的話  
3.要是      
4.要是……的話
5.……的話     

 「如果」はちょっと硬い感じの言葉なのですが、それでも会話でしばしば使われます。

「もし明日雨が降ったら、私は行きません。」

1.如果明天下雨,我就不去。
2.如果明天下雨的話,我就不去。
3.要是明天下雨,我就不去。
4.要是明天下雨的話,我就不去。
5.明天下雨的話,我就不去。

 硬さを順に並べると、1>2>=3>4>5のようになっていると思います。また、条件節を受ける働きとして、よく二番目の文節に「就」が来ます。

 ちなみに、「明天」を「如果」と「要是」の前か後ろか、どちらに置いてもかまわないのですが、「我」を「就」の前に置くべきです。つまり、このようなことです。

○如果明天下雨,我就不去。
○如果明天下雨的話,我就不去。
○要是明天下雨,我就不去。
○要是明天下雨的話,我就不去。
○明天下雨的話,我就不去。

○明天如果下雨,我就不去。
○明天如果下雨的話,我就不去。
○明天要是下雨,我就不去。
○明天要是下雨的話,我就不去。
○明天下雨的話,我就不去。

×如果明天下雨,就我不去。
×如果明天下雨的話,就我不去。
×要是明天下雨,就我不去。
×要是明天下雨的話,就我不去。
×明天下雨的話,就我不去。

×明天如果下雨,就我不去。
×明天如果下雨的話,就我不去。
×明天要是下雨,就我不去。
×明天要是下雨的話,就我不去。
×明天下雨的話,就我不去。

 こんばんは。

 まず、「・・・話」ではなく、「・・・的話」のように覚えましょう。

 それから、「もし・・・なら」という意味の中国語と言えば、次のような言い方は全部ありえます。意味は同じで、言葉の硬さぐらいの違いなので、お気軽に考えてください。

書き言葉、話し言葉
1.如果      

話し言葉
2.如果……的話  
3.要是      
4.要是……的話
5.……的話     

 「如果」はちょっと硬い感じの言葉なのですが、それでも会話でしばしば使われます。

「も...続きを読む

Q中国語 ”不可以”と”不能”の違い

中国語で ”不可以”と”不能”はどうちがうのでしょうか?
たとえば、「日本可以 ロ乞 鮮魚片。」の否定文は
「日本不能 ロ乞 鮮魚片。」ですが、
「日本不可以 ロ乞 鮮魚片。」といえるのでしょうか?

Aベストアンサー

こんにちは。私も単なる中国語の“いち学習者”ですが、大変懐かしい疑問でしたのでお答えします。
可以と能、そしてもうひとつ“会”の使い分けは、日本人の中国語学習者なら、必ず一度は通る関門なのですよ。えぇ、私だってこの2つには大混乱しましたとも!(^^)

例えば同じ『食べられない』という事を言う時、日本語であれば どんな場合も『食べられない』という言葉を使い、では何故食べられないのかを説明する時には、先に理由を述べてから表現します。つまり…

(1)この刺身は私のものではないので ←理由を述べて → 食べれない 
 = 中国語は一言 不可以口乞 と表現(食べようと思えば食べられる)

(2)今日は魚を買い忘れたので刺身は ←理由を述べて → 食べれない
 = 中国語は一言 不能口乞 と表現(物理的に食べるのは無理)

…と言うようにです。(1)と(2)の日本語、違うのは前の説明文であって、結局は どちらにも同じ『食べられない』を使っていますね。
ところが中国語では『出来る・出来ない』という表現方法が何種類も用意されているのです。ここでの話ならば、日本には1つしかない『食べられない』が、中国語では3つも4つもあるのですね。この辺はお分かりでしょう。
最初は面倒に感じるでしょうが、慣れてしまえば日本語のように長々と理由を述べなくても、一言で意志を伝え理由を理解出来るのです。その表現方法の代表が可以と能(会)です。


初めて納豆を見た中国の人が あなたに食べられますか?と聞く時も、その方が 能口乞ma? とあなたに聞いたとすれば、それはあなたに『これはそもそも食べる事が出来るものか?』とか『中国人の私にも食べられるものか?』というニュアンスの『食べれるか?』です。

一方、可以口乞ma? と聞いた時、それは単にあなたに食べる許可を求めているという事になります。

…難しいかな? (というか説明も難しいんです)(^_^;)
残念ながら、これは自分で色んな場面を考えて、この場合は可以かな?能かな?と考え、慣れて行くしかないと思います。
今後は さらに会という表現、また~得(不)了とか ~得(不)下 などの出来る出来ない表現も出てくるでしょうから、まずはシッカリ可以と能の使い分けを体得しましょう。
頑張って!!

こんにちは。私も単なる中国語の“いち学習者”ですが、大変懐かしい疑問でしたのでお答えします。
可以と能、そしてもうひとつ“会”の使い分けは、日本人の中国語学習者なら、必ず一度は通る関門なのですよ。えぇ、私だってこの2つには大混乱しましたとも!(^^)

例えば同じ『食べられない』という事を言う時、日本語であれば どんな場合も『食べられない』という言葉を使い、では何故食べられないのかを説明する時には、先に理由を述べてから表現します。つまり…

(1)この刺身は私のものではないので ←理由を...続きを読む

Q中国語の「里」の用法

「我还在家」「我还在家里」

これはどちらもOKですか?

名詞を場所化する場合、「里」をつけることがありますが、
つけなくてはいけない場合とそうでない場合がよくわかりません。

明らかに「~の中で」という場合はつけると思うのですが、
日本語であえて「~の中で」と訳さなくても中国語ではつけなくてはいけない場合がありますよね。

ちなみに小学館の中日辞典初版によると、固有名詞(“北京”、“复旦大学”、“北海公园”など)は「里」をつけなくても場所を示すことができ、また機関・公司の名や“图书馆”“办公室”“工厂”などは「里」を省略できると書いてあります。
ならば固有名詞の“○○公园”ではなくてただの“公园”ならば必要なのでしょうか。

たとえば「このレストランには30人の客がいる」の場合、「这个餐厅里有三十个客人」になると思うのですが、
「このレストランには中華料理はない」の場合は「这个餐厅没有中国菜」で「里」は必要ない気がします。

教えてください。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

「名詞を場所化する場合には方位詞を付ける」のは基本です。
一方、もともと場所を示す名詞にはその必要がありません。(あってもなくてもいい)
地名は場所そのものですし、餐厅などの建物は「もの」でありかつ「場所」とも言えます、公園なども場所です。

つまり、ご質問にあるような「里」が付くような名詞は、もともと場所を表すことができます。
ですから、早い話、わざわざ場所化する必要がありませんから「里」はなくてもいいのです。
そこで「里」を使うと、場所の内側、内部が強調されます。

「我还在家里」では、自宅(の敷地内)にいるということを示していますが、「我还在家」では、自宅にいることが「屋内(あるいは自宅周辺)にいること」かもしれませんし、場合によっては「未婚でまだ家にいたり、実家から独立していないこと」かもしれません。
「里」があれば、居場所だと限定されますね。

「这个餐厅没有中国菜。」は、No.1 さんがおっしゃるように場所自体ではなく、レストランというサービス提供者(店)が料理を提供していないということですから、「場所にものがない」ことを表現していません。
「このレストランには客がいない」であれば、「这个餐厅里没有客人」というような表現になるでしょう。

「名詞を場所化する場合には方位詞を付ける」のは基本です。
一方、もともと場所を示す名詞にはその必要がありません。(あってもなくてもいい)
地名は場所そのものですし、餐厅などの建物は「もの」でありかつ「場所」とも言えます、公園なども場所です。

つまり、ご質問にあるような「里」が付くような名詞は、もともと場所を表すことができます。
ですから、早い話、わざわざ場所化する必要がありませんから「里」はなくてもいいのです。
そこで「里」を使うと、場所の内側、内部が強調されます。

「我还在...続きを読む

Q“对于”と“关于”の違いがわかりません

中国語を独学しています。“对于”と“关于”の使い方の区別が全然わかりません(*_*)

ある参考書には、
对于:人・事物・行為の間を表す前置詞
关于:前置詞で、関連する事物を表します
と書いてありました。

“关于”は事物についてしか使えず、“对于”はさらに人・事物にも使える、という対象の範囲の違いだけなのでしょうか?

以前、以下のように作文をしたら→以降のように中国人の大学生に添削されました。
我买了“对于”中国歌一本书。→我买了“关于”中国歌一本书。
在上次的日记中,我写了“对于”东京的樱花。→在上次的日记中,我写了“关于”东京的樱花。

これを見る限りは、「事物」という対象の違いでもないようで、混乱しています。
使い方の違いをご指南いただけますでしょうか。
どうぞよろしくお願い致します。

Aベストアンサー

辞書にも記載されていると思いますが、「对于」は「対象となるもの」について使われます。
ご質問にあるように、「歌についての本」は「歌に関する本」であって、「歌に対してどうにかする本」ではないですね。
また日記に書いたのは「桜に関すること」であって、「桜をどうにかしようとして何か」書いたのではないですね。

つまり対象物をどうにかする目的で何かするのが「对于」で、単純に対象物を取り扱うのが「关于」です。

「关于东京的樱花」というと、ともかくも東京の桜に関しての文章を書くというごく普通の表現になりますが、「对于东京的樱花」となると、東京の桜をどうにかするために何か書くと言うことになりますね。まあ、後者は通常はこのままそういう使い方はしないでしょうから、お目にかからないと思います。
「~に対処する」というニュアンスを念頭に置けば、両者の違い、なぜ添削されたかがおわかりになるのではないかと思います。

Qマンダリンとは中国語のことですか?

マンダリンとは、中国語のことでしょうか?
中国語にも色々あると思うのですが、広東語など、どの地域の言語のことでしょうか?

Aベストアンサー

みなさん答えているようですが、わたくしも。

 まず、マンダリン(mandarin)はポルトガル語から英語に入りました。もとは、マレー語で「官吏」を表す語です。
さらに語原を遡れば、サンスクリット語のmantrii(顧問、高級官吏の意)の俗語形に由来します。
 これが、アジアにやってきた西洋人が中国人官僚を指す語になったようです。

よって、マンダリンは、役人が用いる標準中国語です。

 中国語には大きく7つの方言に分かれます。
その最大手が、北方方言で、これが「官話方言」とも呼ばれます。まさに、マンダリン(役人の言葉)です。

 北の方以外にも、南京や四川省まで官話方言の地域ですので、官話方言はさらにいくつかの方言に下位分類できます。しかし、明清時代より首都が「北京」でしたので、やはり「北京語」が最有力となります。

 ただし、日本語で東京弁と標準語が若干異なるように、
標準中国語(中国で普通話と呼ぶ)と北京語はやや異なります。標準中国語(普通話)は、音韻は北京語を元にし、官話方言のなかの標準的な語彙、近現代の文学者が標準に用いる語彙・文法を採用したものです。

 この普通話や、それに近い標準的な中国語は、世界中の華人の共通語になっています。

 華僑などでは、この標準中国語を「華語」、また単に「北京語」と呼ぶことが多く、台湾では、中華民国の公用語ですので、「国語」と呼んでいます。

 この標準中国語を、現在でも欧米人は「官話」すなわち「マンダリン」と呼んでいます。
 当然、この場合の官話(マンダリン)は、上記の説明の「官話方言」より狭い意味です。

 なお、マンダリン・オレンジうんぬんは、語原が逆です。中国官吏が赤茶色の服を着ていたので、西洋人が、アジア産のミカンの品種を「マンダリン・オレンジ」と呼んだものです。

みなさん答えているようですが、わたくしも。

 まず、マンダリン(mandarin)はポルトガル語から英語に入りました。もとは、マレー語で「官吏」を表す語です。
さらに語原を遡れば、サンスクリット語のmantrii(顧問、高級官吏の意)の俗語形に由来します。
 これが、アジアにやってきた西洋人が中国人官僚を指す語になったようです。

よって、マンダリンは、役人が用いる標準中国語です。

 中国語には大きく7つの方言に分かれます。
その最大手が、北方方言で、これが「官話方言」とも呼ばれます。ま...続きを読む

Q1元は日本円でいくら?

中国のお金の単位は元ですよね。
1元は日本円に直すといくらになるのでしょうか?

Aベストアンサー

中国のお金は「元(ユァン)」です。
1元=約15円。
ついでにどのくらいの価値なのかというと、タクシーの初乗りが10元、市内のバス代が0.5元、
屋台のおかゆや肉まんが2元、500mlのペットボトルが4元、露店の桃が1元、スイカが
0.5元、小さめの日中辞典が17元...などなど。
基本的には安いのですが、外人が多い店では日本くらいの値段の所が多いです。
屋台を食べ歩いて夕食10元だった翌日、ホテルの朝食で100元取られます。
また元より小さい単位として、1元=10角=100分というのもあります。
「¥1.25」=1元2角5分といった具合です。
お店の値段表示では、日本円と同じ「¥」を使っちゃうみたいです。


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