祖母の遺品に古銭があり、もらってきました。
バラバラに写真用のアルバムに貼りつけてあったので、種類をきちんと分けて
コインホルダーに収めて分類しようと思っているのですが、

この一朱銀は分類が複雑で素人の私には難しすぎます・・・

写真左から、
・嘉永E型(表:横点銀 裏:ハネ是)
・嘉永F型(表:爪朱人銀 裏:横点短柱座)
・安政L型(表:短足朱へ山銀 裏:横点短柱座)

だと、思うのですが、あっておりますでしょうか?
この、E型と言っても、そのあとに、小文字のアルファベットが続くようですが、それらが
どのように分類されているかはインターネットではわかりませんでした。

一朱銀の本も出ているようですが、そこまではしたくありません。
この3枚だけきちんと分類しておきたいのです。

中央のはちょっと見にくいですが、だいぶ摩耗してしまっているのでしょうか?
価値もだいぶ下がるのでしょうね(^^;

また、右側のは穴が開けられて輪が通されています。
こうなると、価値はほとんどないのでしょうか?

3枚ともキレイなら2千円程度の価値だと思いますが・・・

今のところ売るつもりはないのですが、やっぱり価値は気になるところ。
他にも、草文二分判金とか天宝一分銀というのや、明治時代の硬貨がたくさん。
草文二分判金と天宝一分銀についても、後ほど質問するかもしれません(^^;


よろしくお願いします。

「一朱銀の分類」の質問画像

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A 回答 (2件)

『 3枚ともキレイなら2千円程度の価値だと思いますが・・・ 』


◆一番左の一朱銀は『 嘉永一朱銀 跳ね是 Ec型 』です。ヤフーオークションにたまに出てきます。私は五枚ほど持っていますが、ヤフーオークションの落札金額ですが1万8千円~2万5千円位が相場のようです。運よく1500円ほどで手に入れたこともありますが『 Ec型 』は希少性が高いので大切にして下さい。中央のは『 嘉永一朱銀 Fd型 』のようです。ヤフーでは景気悪いせいか、今は1100円位が相場のようです。以前はもう少し高かったのですが。◆『 Fe型 』でしたら良かったですね。 銀座コインオークションで170万で落札されたということです。一番右は『 安政一朱銀 』ですが残念ですが古銭としては???。アクセサリーとして集める人から見たら良いと思うかもしれませんが。人それぞれですね。

●コイン商さんに持っていってもあまり期待できないと思います。お気を付け下さい。特に『 Ec型 』を評価してくれる所でなければ700円位ですまされる可能性もあります。くれぐれもご注意ください。
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この回答へのお礼

解答ありがとうございます。

一番左のだけちょっと高いんですね(^^; ちょっとびっくりしました。
ちょっと違うだけで、値段が飛び上がるんですね・・・

今のところ、売る気はなかったのですが、それだけ高額になるなら・・・(汗)
ヤフオクで売れなくてもいいから出品してみてみるのもいいかもしれません。

ありがとうございました!

お礼日時:2011/06/27 09:28

せっかく分類するのであれば、日本貨幣商協同組合が毎年発行している貨幣カタログを買われてみてはいかがですか?1500円で、和同開珎から現在発行されている記念硬貨や流通紙幣まで、ほとんどすべての日本のお金が画像や重さ、評価金額などのデータ付きで載っています。

評価金額は相場よりだいぶ高めになっていますが、まあ価値を判断する基準程度に使う分には問題ないと思います。

ちなみに、大文字のアルファベットは表の分類、小文字は裏の分類です。表が縦点銀ならE、裏がハネ是ならcとなります。この分類方法も簡単にですが貨幣カタログに載っていますよ。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

そういう本が出てるんですね・・・ でも、祖母から譲り受けたコイン以外に買ったりはしないと思いますし、今あるこの一朱銀3枚の為に、本を買うのも・・・
と思っていたら、ネットで図書館の本を検索してみたら、「日本貨幣カタログ 2010」というのがありました。2009年12月発行のようです。 2005年~2009年まではあるのですが、なぜか2010年に発行されたのはありませんでした。

とりあえず、予約したので、週末に借りてみて確認してみようと思います。

お礼日時:2011/06/22 13:34

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Q一分銀   天宝一分銀 Tr型?

祖母の遺品にあったものです。

インターネットで見た感じでは、これは「天宝一分銀 Tr型」というもののようですが、分類は合っておりますでしょうか?

書体などでも、細かい分類があるのでしょうか?

文字等を見るとすり減っているようですが、これは程度としては「並」程度ですか?

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

安政の書体という根拠が不明ですが・・・・・。天保の背側の多い『 型 』は O・q・r・s・t です。が、この一分銀の書体は 『 r 』を示しています。普通 r の特徴を見る場合 トジ是といって 是の第1画と2画が開いているのを主に挙げて解説されております。 良い本は 『 新・一分銀分類譜 』があります。天保~明治一分銀まで解説されています。

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書体などでも、細かい分類があるのでしょうか?・・・『 型 』によって変わります。

Q嘉永一朱銀 跳ね是 何型でしょうか?

こんにちは、初めて質問します。
嘉永一朱銀 跳ね是 何型でしょうか?
同じ様な質問で画像をみたらEC型とありました。
宜しくお願い致します。

Aベストアンサー

ご質問読ませていただきました。

「嘉永一朱銀 跳ね是 EC型」だと思います。希少性が高いので大切保管して下さい。
それに、状態が良いと感じますが、一度、コイン商に鑑定してもらう方が良いと思います。
貴重な一品になるかもしれません。

以上、参考まで。

Q一分銀

一分銀の裏の「定」の字は何の刻印なんですか?

Aベストアンサー

No.2さんが回答されているように、「このコインの価値を一分と定める」という幕府の保証印です。

この定印が必要だったのは、江戸時代における貨幣制度が、金貨の貨幣単位である両(分、朱)と、銀貨の貨幣単位である匁の二種類あったことに起因します。

一分金の方に定印が打たれていないのは、基本的に一分金には一分相当の金が含まれているため、改めてコインの価値を保証する必要がなかったからです。例えば、天保一分金の重量は0.75匁(約2.8g)です。このうち約57%が金(1.6g弱)、残りが銀です。

一方、天保一分銀の重量は2.3匁(約8.6g、ほぼ純銀)でした。当時の金銀の交換比率は金一両=銀五十匁でしたから、本当なら一分銀には7匁強の銀が含まれていなくてはなりません。一分銀に含まれる銀の量は、一分金に含まれる金の三分の一程度の価値しかなかったことになります。

したがって一分銀を一分として流通させるためには、幕府の保証印が必要だったのです。

Q何で金や銀は貨幣としての価値を持つのか

 世界史を勉強していて疑問に思ったことがあります。
 
 古代ギリシャのラウレイオン銀山やらボリビアのポトシ銀山やら日本の石見銀山やら、銀を多く算出(獲得)した国はその後繁栄しています。
 これは何故ですか?

 銀に石炭や鉄以上の実用性があるとは思えないのですが、どうして銀は世界的に取引の材料にされたのでしょう?

 ご存知の方、どうか受験生に分かるように教えていただければうれしいです。

Aベストアンサー

逆に通貨が全く信用されなかった国があります。
日本です。

新銭になる度に1000%もデノミする物だから
庶民は信用が全くなくなり物々交換に頼るようになります。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9A%87%E6%9C%9D%E5%8D%81%E4%BA%8C%E9%8A%AD


古代ギリシァのコインは世界中(当時の文化圏)で通用しました。
つまり、それを持っていれば世界中で買い物出来たのです。

当時は物々交換が主流であり、
保存の利く米や小麦が通貨代わりでした。

物々交換の原則はお互いの信用です。
全く知らない人と米と魚を交換します。

腐る寸前の魚を売り付けられたり、良く分からない肉だったりと、大損する事は普通でした。

通貨は

保存出来ます。
小さいので倉庫がいりません。
身近に保管出来ます。

魚を取ったらすぐに銀貨へ変える市場(社会)はすぐに誕生します。
銀貨はたちまち流通社会を生んだのです。


銀貨は簡単に偽造出来ません。
銀は重いので銀本位では重さで取引されました。


古墳時代、中国はどんどん日本の銅を輸入しました。
日本の銅鉱石には銀が多く含まれ、中国はそれを分離する技術を持っていたからです。

逆に通貨が全く信用されなかった国があります。
日本です。

新銭になる度に1000%もデノミする物だから
庶民は信用が全くなくなり物々交換に頼るようになります。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9A%87%E6%9C%9D%E5%8D%81%E4%BA%8C%E9%8A%AD


古代ギリシァのコインは世界中(当時の文化圏)で通用しました。
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当時は物々交換が主流であり、
保存の利く米や小麦が通貨代わりでした。

物々交換の原則はお互いの信用です。
全く知らない人と米と...続きを読む

Q北宋時代の銀10万両、絹20万両の価値

今の日本円に換算すると、どれくらいになりますか?

Aベストアンサー

 以下のページだと「金0.1両=銀1両=銭1000文(1貫文)=米1石=絹1匹」ですから、
   http://homepage3.nifty.com/~sirakawa/Coin/C007.htm

 「銀10万両、絹20万匹」(絹20万両じゃなく絹20万匹ですよね?)だと、米30万石に相当しますね。

 おおよそ、 米1石 ≒ 米1000合 ≒ 米150,000g = 米150Kg で、米5Kgを2000円とすると

   30万石 × 150Kg(1石) × 400円(1Kgあたり) = 180億円

 禁軍兵士の年収の50貫を同様の方式で計算すると
   50貫 × 150Kg × 400円 = 300万円 でそれっぽい数値になります。


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