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農村地方に嫁に来た女です。
色々驚くことがあるのですが、性に関してはかなり大らかな印象を持ちました。
夫の言うところでは、昔は夜這いも当たり前にあったところだから、とのこと。
ただし、夫の頃は勿論なかった、親父の頃までじゃないかな、もう少し後までかなぁと言ってます。
(義父は74歳 夫は44歳です)
どうも若い人の自由恋愛だけでなく、既婚者(女性も)あったみたいに聞きます。よくそれでもめなかったなと思うのですが、そんなものだったのでしょうか?

いつ頃まで、ということでは、もしかしてと、夫が言うには、夜鍵をかけて寝るようになった頃からじゃないかと。

なにかご存知の方、教えてください。

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A 回答 (8件)

確証があるわけではありませんが。



システムとしての夜ばいの消滅には、戦後の集団就職ブーム(1950年代~)も原因ではないでしょうか。
集落の独身の若者が大量に都会に流出すれば、独身者向けのシステムも維持しにくくなりますから。

後は、戦時中→戦後の男手不足による女性の社会進出に、さらに戦後の民法改正が追い討ちをかけたとか。

戦前は家長相続の時代ですし、女性は人生の選択肢が少なかったです。
男に頼って子供を作って生活するのが普通の感覚だったと思います。

夜ばいに伴うトラブルについてですが、たまにはあったものの、基本は今で言う「割り切った大人の付き合い」だったのではないでしょうか。
江戸文化考証の故・杉浦日向子さんのエッセイを読むと、昔の人は色=セックスと恋や愛情は必ずしも一緒にはしていなかったようですよ。

この回答への補足

もう一つ思ったのですが、
家父長制がくずれて、民主主義になり、若い人でも自分の考えで行動できるようになったのも大きいのかもしれませんね。
その結果、いい配偶者を得る実例を見れば、誰だって真似しますから。

やはり、戦後の色んな改革、変化で、あっという間に終息した、そんな気がしてきました。

でも、元々、大らかでプライバシーがないところはかなり残っていそうです。
性ってプライバシーの一番のものじゃないですか、それが結婚相手を見つける手順が変わっても簡単に変わらない、そういう気もします。

補足日時:2011/06/27 15:13
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この回答へのお礼

集団就職で村の若い男女が去っていったということはすごく説得力があります。

明治の初めから政府が禁じていても実際に適齢期の男女がいて、ラブホがなければ、にたりよったりが変わるわけないですものね。
でも、人がいなければどうしようもない、きっとその頃から急速に廃れたのだろうと思いました。

義父の場合、きっと村に残っていたので、まだ細々とあったのかもしれません。

杉浦日向子さんって確か、時代劇の時代考証とかの人ですよね、機会があったら読んでみたいと思います。

ありがとうございました。

お礼日時:2011/06/27 15:00

http://www.oak.dti.ne.jp/~kanda/z%20yobai.htm

読んだ人による記述
昭和26年の事件を書いている。

システム 著者: 千羽一民
P223 地方では戦後も・・・という記述

この回答への補足

どうも、昭和25年~29年もあったみたいで、その頃がそろそろ衰退期だった感じですね。
昭和30年以降はあったかもしれないけど、はっきりしないということのようです。詳しい人や資料はあるかもしれないけど、あたらずとも遠からずの気がします。
義父は昭和30年で16歳の計算になりますから、本当に最後の頃だったようです。
きっと制度としては壊れてしまっても習慣みたいな感じだったのかもしれません。

補足日時:2011/06/29 08:53
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この回答へのお礼

なんとなく感じがわかってきました。
また、時期に関しても、昭和30年まであったかなかったかという感じかなという気がしてきました。
それと、プライバシーがないということもわかってきました。

ありがとうございました。

お礼日時:2011/06/27 14:55

夜這いの研究ということでは、赤松啓介さんが有名でしたね。



この人の著者幾つか読みましたが、随分前なので記憶があやふやですが、戦後もあったようです。
古本屋に出した記憶がないので、倉庫のどこかにあるはずですが、簡単に出てこないので、検索すると、、、

ここに記載があります。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B5%A4%E6%9D%BE% …

図書館などにあるかもしれませんし、最近また文庫で出てるようです。
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この回答へのお礼

戦後もあったということが、他の方からも寄せられています。この人の本もそのうち読んでみようと思いました。

ありがとうございました。

お礼日時:2011/06/27 15:02

日本農村は性に関しては奔放でした。


確かに夜這いといえば、レイプに近いようなイメージかもしれませんが、呼び合いを語源とする説もあるくらいで、恋愛型やら、米3合でOKとかいろいろあったようです。


http://novel18.syosetu.com/n6910m/

この小説に詳しく載っていますよ。一読されてみては?

この回答への補足

すみません、ご紹介いただきましたサイトはちょっと、、、、

気持ちが悪くなりました。

補足日時:2011/06/26 20:35
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この回答へのお礼

ありがとうございます。ゆっく読みたいと思いますが、質問の第一は、いつ頃までかということだったのです。

そういうことの具体的なお話が聞けたらというのが、質問の主旨でした。
夜這いそのものについても、もう少し知りたいとは思います。

お礼日時:2011/06/24 21:04

夜這いと聞くと、ついつい、


男性が力づくで、半強制的に関係を迫る…みたいに想像してしまうので、
「よくそれでもめなかったな」って思われてるのかも知れませんが、
先の回答者さんも書いておられる通り、夜這いの主導権は女性側にあります。

それこそ、戦前までは、未婚の男女がともに道を歩くだけで、街の噂になった時代です。
昼間にカワイイ娘を見かけても、その場で声をかける事なんてできません。

なので、夜にコッソリ告白しに行くと考えてください。

告白なので、女性にその気がなければ「NO」と言えますし、
女性が「NO」なら、男性は、スゴスゴと帰るだけです。

なので、「いつ頃まで」という事では、
男女が、真昼間に、自由に恋愛ができるようになってからって事じゃないですかね?
最初に都会から始まって、農村では最近まで残っていたという事ではないかと…
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この回答へのお礼

>男女が、真昼間に、自由に恋愛ができるようになってからって事じゃないですかね?

こういうものの見方も貴重ですね、私からは思いもつかなかったのですが、そうか!昔はそうだったのかと、目から鱗です。

夜這いも、性が乱れてフリーセックスのような印象があったのですが、実はそうでなかったことがなんとなく理解できるようになりました。
今みたいにコソコソしないだけ、真面目だったかもしれませんね、村の人に判っているのだから。
視点を変えたら、こんなにも違うのかと、色々と勉強になりました。

ありがとうございました。

お礼日時:2011/06/27 15:07

日本の性風俗に関しては、かなりの方が誤解してますが、世界的にみても非常におおらかでした。

いや、今でもキリスト教など戒律の厳しい西洋から見ればものすごくゆるい国のうちのひとつだといえます。

夜這いの発生がいつ頃なのかは分かりませんが、日本全国で行われていたことは確かで、特に農村部に多かったようです。

夜這いがなぜ行われてかというと「その集落の平和を保つため」だったといわれています。
昔の日本では、子供から青年期に差し掛かると男性は若衆宿などの組織に入り、荒事(祭りとか隣の集落との争いなど)を担当しました。ちょっとした軍事組織に近いものがあり、日中は大人に混じって仕事を覚え、夜になると地域によりますが若衆宿などで集団生活を行いました。
女性は14歳(数えで15)ぐらいになると、親が意識して外に面した部屋で寝かせるようにし、夜這いを待つようになります。
夜這いと言っても、女性側に主導権があり拒否されることも多かったようです。また、夜這いのときは若衆が集団で女性の家に向かいますので、拒否されて男性が怒っても周りの若衆がなだめて連れて帰ったのです。
その後、めでたく女性が妊娠すれば結婚して男性も若衆宿を出て一家を構えるということになるのが普通でした。女性のほうも同時に何人もの若衆と交渉していることがよくあり、妊娠したときは好きな男性(好きと言っても生活力がある男性を選んだでしょうが)を指名して結婚したようですし、生まれてから明らかに父親の顔ではない(同じ集落なら、誰の子かすぐにわかったでしょう)ことが判明しても、トラブルはほとんどなく、誰の子というより集落という共同体の子供、という扱いだったようです。

ちなみに、親が娘を大切にしすぎて家の奥で寝かせることを「箱入り娘」というのです。普通の説明では絶対に書いていないですけどね・・・

これを見ても分かるように、基本的に結婚は同じ集落の者同士で行うため、集落の田畑が他の集落(もっと悪ければ都会の人間)に相続されることもなく、また長い時間をかけると集落全体がほとんど血縁関係になるために「まあ、まあ」で済む関係になって争いごとがへっていく、という効果もあったのです。

もっとも、そのままでは遺伝的なエラーが出やすくなりますので、隣の集落から嫁にもらったり(大体祭りで出会ったようです)、庄屋、地主ぐらいだと政略結婚のようなつながりもあったようです。

しかし、原則的には集落内の結婚が普通だったのでしょう。

この時代から、血気に走る若者をなだめるために、後家さんとか訳ありの女性が夜這いの相手をしていたこともあったようです。
明治期になっても、夜這いの習慣は続き特に戦争前には、「女も知らないで戦争に行くのはかわいそうだから」と相手をしてくれた女性もいたということを聞いた事があります。

もっとも、結婚した女性で夫が居るのに夜這いの相手をしたりすることは、集落の安定ということを考えればまずなかったでしょうし、あったとしても秘密の関係だったと思います。

夜這いの習慣が廃れたのは、原則的には戦後すぐ、各地に米軍などのGHQがやってくるようになってからでしょう。人里はなれた集落ではまだ風習として残っていたかもしれませんが、テレビなどが発達した1960年代には完全に廃れたと思います。
一番大きな理由は、西洋的な価値観が蔓延し「処女」という言葉が一般に広まったからだと思います。


じゃあ、都会はどうだったのか、というとこれがまた大変です。夜這いの習慣はなかったのですが、連れ込み茶屋という時間貸しのいわばラブホテルもありましたし、縁日や祭りなど男女が出会う場もたくさんありました。また、都会の娘は奉公に出ていることも多く、小遣いで芝居を見たり花見に行ったりと、はっきり行って渋谷に出没するギャルとまったく変わらない生活を送っていたのです。

援助交際など、性の乱れが叫ばれる世の中ですが、少なくとも日本においては、昔から乱れていましたし、今でもそうです。
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この回答へのお礼

詳しい説明ありがとうございました。

私も、夜這いと聞いた時には、何やら、性が乱れているような気がしましたが、色々なところを見るうちに、当時の恋愛の形式なのかなという気がしてきました。
よく考えてみれば、当時一人暮らしの若者などいなかったでしょうし、ラブホもない時代、どうして若者が恋愛をできるのかを考えると、そういうルールができるのもおかしくないなです。

それと、意外と昔のほうが性が乱れてない気がしてきました。よく考えてみると、コンドームもない時代です、それなりに真剣でないとできないのではなかったか。DNAがない時代だから子の父は特定できなくても、噂では知れるでしょう。

今の時代のほうが乱れているという気がしてきました。

お礼日時:2011/06/26 20:56

かの有名な「八つ墓村」のモデルになった実際に起きた事件。

1938年(昭和13年)5月21日に起きた「津山三十人殺し」、通称「津山事件」を起こした犯人の間接的動機は村の習慣「夜這い」にありました。詳しく書くと長くなるので略しますが、戦前には「夜這い」という行為が「農村部」では当たり前の様に行われてきた風習です。本来は未婚女性の部屋にこれまた未婚の男が忍び込みます。勿論女性は気付くと驚きはしますが、気にいった男性なら軽い気持ちでOKを出します。それが複数の男性によって行われ、女性はお気に入りの男性と結婚を選ぶ事ができました。まぁ夜這いは「結婚レース」みたいなもんだったんです。そうゆう意味では性に対しては今よりもかなり大っぴらだったと言えます。その代わり、避妊具なんてしないし、衛生環境も悪いから「梅毒」だとかの性病にかかる人も多かったんです。戦国時代からこうゆう風習があった事は確認されています。

昭和に入ると、今度は女性が既婚者だろうが未婚者だろうが関係ないという様な間違った方向へ変わっていきます。既婚女性がお気に入りの男が夜這いしてくると嬉々として受け入れたり、逆に既婚男性が未婚女性の所に夜這いに行ったり。それについては夫婦の間でも暗黙の了解みたいなものがあって、ある意味では今よりもかなり大っぴらというか滅茶苦茶だったんです。それが敗戦を境に段々とそうゆう風習は消えていきます。男性は兵隊に取られる、女性はただただ疲れ果てる。いつからそうゆう風習が無くなったという明確な年代は不明ですが、戦後間もない事である事は確かです。戦後のドサクサに紛れて略奪や泥棒が増えたので戸締りをしっかりとする様になってからですね。
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この回答へのお礼

津山事件、検索してみました。かなり詳しく載っているサイトがありました。
おっしゃるように、未婚同士は自由恋愛?お相手探しのようです。既婚者には金品を用意したり、脅迫したりのようでした。完全に自由というのではないこと、当たり前ですが、なんとなく、ホッとしました。今で言う、援助交際?びっくりするような話ではないのかもしれません。今のような職場での上司と部下の不倫のほうが、よほど、という気もします。

>戦後間もない事である事は確かです。戦後のドサクサに紛れて略奪や泥棒が増えたので戸締りをしっかりとする様になってからですね。

なるほど。

ありがとうございました。

お礼日時:2011/06/26 20:43

http://kaken.nii.ac.jp/ja/p/08610132
10年前に 聞き取りが出来る程度には 実行されていたようです
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

10年少し前に、高齢の方から聞き取りをしたということですね、実際においくつくらいだったか、昭和何年くらいだったかということはわからないのでしょうか?

どうやら、戦前は確実で、戦後は徐々に廃れたということみたいなのですが、どのあたりが分かれ目だったのかなというのが関心事です。そして、その変化は何だったのかな?

やはり、農村の近代化と関係があるのかしら?とか、そんなことをぼんやり考えてます。

お礼日時:2011/06/26 16:42

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(1)女の子は驚かないのでしょうか?好みじゃ無い男が夜這いに来たらどうするのだろう…(2)田舎の女の子は全員では無いにしろ、貞操観念が無いと言うか、ヤリマンが多いですか?だとしたら田舎は都会に比べて安っぽい女が多いって事?(3)夜這い、またやる事がないからセックスするってのは現在でもあるのでしょうか?

Aベストアンサー

夜這い文化については#3さんが書いた通りです。
もう少し補足すると、日本の若者(男性のみ)が社会人になるための儀礼や儀式のひとつとして行われていた側面もあります。
夜這いにもルールがありましたので、それを守れない者は、狭いムラ社会からは排除されました。
(1)については、もちろん年頃の女の子は男が夜這いをかけてくるのを楽しみにしていたと思います。年頃の娘を、外に向いた部屋に寝かさない父親は非難されましたし、そのように育った娘を箱入り娘といいます。(けしていい意味ではありません)

(2)田舎に限らず、男女の別なく、日本人は今でも世界的に見て貞操観念が希薄な国民だと思います。ラブホテルなんていうセックス専用のホテルは日本にしかありませんし、キャバクラ・ヘルス・イメクラなど売春ではない性風俗がこんなにあるのも日本だけです。

(3)夜這いはありませんが、娯楽が少なくなれば当然セックスは大きな娯楽のひとつになります。
70年代の話ですが、ニューヨークで大停電があったときは、その10ヶ月後だけ出生率が上がったそうです。
また、地方に行くと必ずナンパスポットがあります。
もちろんセックスだけが目的ではありませんが、他にするといっても、田舎では飲酒・カラオケ・ボーリング・ドライブぐらいしかありませんから、クラブ・ホストその他性風俗が何でもそろう都会に比べたら、やることがないからセックスすると言えます。

夜這い文化については#3さんが書いた通りです。
もう少し補足すると、日本の若者(男性のみ)が社会人になるための儀礼や儀式のひとつとして行われていた側面もあります。
夜這いにもルールがありましたので、それを守れない者は、狭いムラ社会からは排除されました。
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Q夜這いは全国的なものだった?

こんばんは、私は日本文化に興味のある学生です。

あくまでもただの私の主観なのですが、夜這い文化が気持ち悪くて仕方ないのです。
が、気になるのでここで皆様のご意見をお聞きすることにしました。

古文などではよく平安貴族の生活が描かれ、夜這いについての文章もよく登場しますが、農漁村でも若衆組だとかなんとかいう組織の取り決めで夜這いを行っていたことなどは知っています。
ですが、それが全国的に行われていたものなのかどうかがわかりません。
よく農民は農民で一括りにされてしまいますが、やはり夜這いは一部の集落だけではなく、日本各地、ほぼ全域で行われいたのでしょうか…。

あと、夜這い文化について、皆様はどういう印象を受けますか?
私は女性で、しかも精神を重んじるべきだ、という考えなので否定的に思っているのかもしれませんが、
「人間は動物だからしょうがない」
などという意見を見かけると、人間は動物であると同時に人間なんだから、あまり開き直るような事ではないのではないか、と思ってしまいます。私個人の見解ですが。

拙い長文に付き合って下さりありがとうございます。
優しいご回答をいただければ幸いです。
よろしくお願いいたします。

こんばんは、私は日本文化に興味のある学生です。

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    ご参考までに
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    僕は直接の経験はありませんが、中国地方西部の農村で、その風習は、女性の父親(あるいは兄)の
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Q夫が部落出身である可能性が高いです

悔しくて夜も眠れずこちらに辿り着きました。
(理解していただきたいので内容が細かく、長いです。申し訳ありません。)
出会った当時私は学生で、夫は県外の人間でしたが仕事の為に都心部に移り住んでいました。
結婚して4年です。子供が一人います。
夫が実家近くに転職したので、今は夫の実家の近くに住んでいます。
私は3人姉妹の末っ子で、父が中学生のときに亡くなったので母親に育てられましたが、祖父母が会社を経営していたので何一つ不自由なく育ちました。
出会った当時、夫は実家にルートセールスで度々来ていました。
母は時々物を買っていて、私と知り合う2年前から夫を知っていました。
その間、彼氏がいなかった私の写真を見せていたのは知っています。よく母から、「面白いお兄さんがいて○○(私)に会ってみたいと言っているけれど、どうする?」と言われており、その一年後に初めて3人で食事に行きました。
付き合いはそこからです。
付きあってから度々悩まされたのは、他人に対して暴言を吐いたり道路の真ん中で車を止めて怒ったりすることでした。
(先日も駐車場の枠外にとめていた車の人に暴力団のような言葉を吐いていたので知らない顔をして子どもと逃げました。)
私にも暴言や暴力(年に数回)があり、何度も別れようと思ってきました。
しかし、夫にも優しい所があり、初めての人でしたので夫がすべてだという気持ちがあり、結局結婚に至りました。
何かがおかしいと思ってきたのは結婚してからのことです。
毎週夫の実家に行くごとに義父母から親戚の職業を耳にしてきましたが所謂部落の方が多い職業についており、部落の方と結婚している人がとても多いのです。
また、義父は自営業をしていますが暴力と酒癖が悪く部屋中のものを壊したり、年に数回は義母の顔にあざができるほど殴るので本当に恐ろしいです。
本人たちの口から「部落」という言葉は結婚してからは何度となく聞いていますが、自分たちは違うというニュアンスで話してきます。
差別があるから夫のいとこは子供をつくらないし、結婚もしないとも聞かされてきました。
私が少し調べた結果は義父が部落出身のようです。
調べるきっかけとなったのは私の職場に夫がやくざまがいの電話をしてきたことでした。
それは、私の仕事用携帯に職場の男性のアドレスがあっただけのことでした。私的なメールは一切しておらず、上司から同僚まで全ての電話番号とアドレスが入っています。
夫はそれを浮気だと勘違いして、会社に怒鳴りこみの電話をしてきました。しかも妊娠初期の事でした。
その後出産の為辞めることとなりましたが、会社の上司から夫のことをかなり詳しく聞かれた上でそれとなく言われました。
本当にショックで血の気が引きました。
その後、義父母や夫がよく口にする地区をネットで検索してみると、全て部落に当てはまる地区で自分が住んでいる地区も昔はそうだったと知りました。
本当にショックでした。
冒頭に「悔しい」と書いたのは騙されたと感じるからです。
結婚前に夫の性格や暴力のことで母や親戚から反対されながらも結婚を選んだのは私です。
でも、墓場まで持って行こうとした夫が許せません。
私に話していたら結婚は迷ったかもしれない。
でもきっと結婚していたと思うんです。
それなのに純粋な気持ちでずっと夫を思ってきたのに隠し通そうとしている夫は裏切り者です。大嘘つきです。
夫を許せません。
結婚するまでは部落の人がいるのかどうかも知りませんでした。そして、部落が何かもよくわかりませんでした。
しかし、少しずつ勉強したり地区や周りの人間を見ていく中で分かったことがあります。それは差別する人間だけが悪いのではなく、差別される側にも問題があるということです。
義父や夫の親戚の会話は人間の血が通っていなくて、私にはとても理解ができません。酷い言い方かも知れませんが、気が狂いそうになるほど見ず知らずの他人を悪く言ったり暴言を吐きます。
私が言われることもあります。
今、人生にとても悩んでいます。こどもが小さいので母子家庭は厳しいかもしれませんが、穏やかな暮らしがしたいです。
夫とも義父母とも一切の縁を切ってこの土地からも逃れたい・・普通の考えをした人間と関わりあって生きたい。これが正直な気持ちです。
簡単にはいきませんが、何も考えずに生活しようとしても夫や義父が何か言動を起こす度にうんざりしている自分がいます。
まとまりの無い文章ですみません。
経験談やアドバイスなど、皆さんの考えをお聞かせ下さい。
どうぞ宜しくお願い致します。
最後まで読んで下さってありがとうございました。

悔しくて夜も眠れずこちらに辿り着きました。
(理解していただきたいので内容が細かく、長いです。申し訳ありません。)
出会った当時私は学生で、夫は県外の人間でしたが仕事の為に都心部に移り住んでいました。
結婚して4年です。子供が一人います。
夫が実家近くに転職したので、今は夫の実家の近くに住んでいます。
私は3人姉妹の末っ子で、父が中学生のときに亡くなったので母親に育てられましたが、祖父母が会社を経営していたので何一つ不自由なく育ちました。
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Aベストアンサー

難しい問題ですね。 差別する事はいけない事だと倫理を
説いても、実際にはいろんな形で区別されている事も事実。

自分がその立場に立った時に、つゆほども気にせず過ごせるか?
と聞かれると自信がありません。

普通に・・・・と言う気持はよくわかります。

昨今は、まだ昔ほどの差別はないにしても、中には未だに
違った目で見る人がまだまだいる事も確かです。

そのうえ、いろんな事件が世間を騒がせますから、この事が
表だって知られるようになれば、なにがしかの弊害はあるやも
しれませんしね。

この事案からまったくかけ離れた所で生活している物が
当事者に対して簡単に「差別はいけません」とは言い難いです。

関わった物の苦しみは関わった者しか分かりませんね。

輪の中に身を置くという事で、私は単なる個人の人格だけの
問題でもない気がします。

生活の環境と言う物は、個人の主観に大きく影響します。

周りを取り囲む人々が同じ価値観で接してくれば、少なからず
感化されますからね。

さて、問題は今後ですよね。
離婚されるなら身を隠す必要があると思いますよ。

今までの言動・行動を見ても旦那様自身がこの事をかさに
人を威圧する性格が見受けられます。
そういう境遇が持たしたら性格かもしれませんが、実際問題
多少危険である事は覚悟する必要があると思います。

出来れば御実家のご両親にもきちんと相談されて、考えうる
対応を模索しておく必要があると思います。

それでも先を考えれば、行動する価値は十二分にあると思います。
今は×1も珍しくありません。
心穏やかな生活が迎えられると良いですね。

難しい問題ですね。 差別する事はいけない事だと倫理を
説いても、実際にはいろんな形で区別されている事も事実。

自分がその立場に立った時に、つゆほども気にせず過ごせるか?
と聞かれると自信がありません。

普通に・・・・と言う気持はよくわかります。

昨今は、まだ昔ほどの差別はないにしても、中には未だに
違った目で見る人がまだまだいる事も確かです。

そのうえ、いろんな事件が世間を騒がせますから、この事が
表だって知られるようになれば、なにがしかの弊害はあるやも
しれませ...続きを読む

Q女性は何歳頃まで感じることができるのですか

私は66歳の男です。
20年以上も前、同じ会社の年上の女性と関係をもち、お互い定年に
なった今でも時々逢って関係をもっています。
彼女はもう75を過ぎているのですが、日舞やダンスで元気で張り切っています。体は筋肉質の体形でぜい肉は付いていないようです。
最近関係を持つたびに彼女はどう感じているのか、75を過ぎても
性的欲望はあるのだろうか?50代のころと同じように感じるのだろうか?わたしの性欲に付き合っているだけなのか?と変なことを考えて
います。
また、閉経前と後では感じ方に違いがあるのでしょうか。

Aベストアンサー

シニアライフの中で男性の性交いくつ位まで?質問した51歳の女性です。
男性も同じような悩みがあるのですね。
いろいろな方から回答を頂きましたが、結局は二人の関係はそのまま大切な時間を続けていけばよいのではないでしょうか。
あいにく閉経前なので、感じ方の違いなどわかりませんが、肌と肌を重ねる時間が持てるだけで幸せを感じることができるのではないでしょうか。
回答くださった男性の奥様は(多分60歳前後)もう嫌がるとのことでした。女性の身体を年齢で判断し、余計な心配をする必要はないのではないでしょうか。
年齢などきにせず楽しい時間をすごしてください。
彼女があなたの性欲に仮に付き合ってくださっていたとしても、それは彼女にとっては自分が女性の喜びを感じられるひと時であると思います。もし彼女が苦痛と感じた時は、その時考えれば良いことではないでしょうか。
考えこまず、楽しい時間を二人ですごしてください。

Q江戸時代の農民の性風俗について

 ~~村史などをひも解いてみても、たいていが祭りの日に若者が娘を誘ったとか、さらりと書いてあるだけです。
 夜這いや、若衆組と娘組との乱交、訪問客への娘の応対など、どのようなことでもかまいません。
 堅苦しく考える必要もありません。
 田舎でお年寄りから聞いた話でも、小説や、サイトの紹介でもかまいません。
 こんな話を聞いたことがある、昔はこんなことがあったらしい、でいいのです。
 誇張があっても、デタラメでも、おもしろければ結構です。
 なにとぞよろしく、おねがいします。

Aベストアンサー

チラ読みしただけですけど「夜這いの民俗学」(赤松啓介著)

http://www.amazon.co.jp/%E5%A4%9C%E9%80%99%E3%81%84%E3%81%AE%E6%B0%91%E4%BF%97%E5%AD%A6%E3%83%BB%E5%A4%9C%E9%80%99%E3%81%84%E3%81%AE%E6%80%A7%E6%84%9B%E8%AB%96-%E8%B5%A4%E6%9D%BE-%E5%95%93%E4%BB%8B/dp/4480088644

「私の愛した日本の性文化」
※検索してみてください

けっこう面白いですよ。

最近ある漫画で、昨今の日本の少子化は日本人は恋愛が苦手で、従来の「お見合い」が無くなった結果ではないかという題材から、あるミュージシャン(矢沢永吉風)が過疎の村の村長と組んで、離島に若者を送り込み、強引にくっつけてしまってカップリングを成立させるという話を読んだけど、ここの質問を読んでいても出会いがないとか彼女(彼氏)ができないなど、それなりに結婚したい気持ちはあるのにできないという質問が多々ある。
このあたりから考えていくと、村祭で飲んで騒いで男女が一緒になるとか、後家さんが若者を夜這いに誘うとか、現代ではちょっとと思うような習慣も、性がおおらかな時代においてはそれなりに意味があったのだろうと思います。

それと質問とは外れますが、これも小説で貴人の性生活で、殿様がお相手を指名して寝所に入ると、薄暗い場所で顔におしろいを塗って口や目は描くので、入れ替わっても誰が誰だか判らないと嘆く場面が出てきますが、夜這いとか妻問婚もこれに近くて、顔の美醜はさほど関係ないんだろうなと思ってしまった。

チラ読みしただけですけど「夜這いの民俗学」(赤松啓介著)

http://www.amazon.co.jp/%E5%A4%9C%E9%80%99%E3%81%84%E3%81%AE%E6%B0%91%E4%BF%97%E5%AD%A6%E3%83%BB%E5%A4%9C%E9%80%99%E3%81%84%E3%81%AE%E6%80%A7%E6%84%9B%E8%AB%96-%E8%B5%A4%E6%9D%BE-%E5%95%93%E4%BB%8B/dp/4480088644

「私の愛した日本の性文化」
※検索してみてください

けっこう面白いですよ。

最近ある漫画で、昨今の日本の少子化は日本人は恋愛が苦手で、従来の「お見合い」が無くなった結果ではないかという題材から、あるミュージシ...続きを読む

Qいわゆる江戸時代の娼婦はどうやって避妊してたんでしょうか

コンドームのない時代にどうやってたのかな?
とよく思うんです。

事のあとで洗浄するとか、外出しですか?
(あの時代にはピンと来ない方法ですが…)
それとも妊娠の都度、堕胎したんでしょうか?

ご存知の方いらっしゃったら、教えてください。

Aベストアンサー

吉原細見というHP(http://yosiwarasaiken.net/)に「遊女と避妊(http://yosiwarasaiken.net/moyou/hinin.html)」というサイトページがあります。それによりますと…

遊女(吉原の花魁などの幕府公認遊興場の売春婦=女郎;深川・辰巳などの岡場所の売春婦は売女と言った)の世界では妊娠は恥とされていた。当時は絶頂を迎えると妊娠しやすいと言われていたため「男に負けた」的な捉え方をしていたようです。
避妊の方法は「洗浄」「薬」「灸」それに「道具」。道具は男性用として大人のおもちゃのようなものと、女性用として御簾紙という薄い髪を丸めたタンポンのようなものとがあったそうです。いずれも紙製の頼りないもので避妊率は極めて低い、ほんの気持ち程度のものでしかなかったようです。
それでも妊娠すると堕胎する場合がほとんどだったそうで、場合によっては遣り手(遊女を取り仕切る年寄り女…「遣り手ババア」は吉原のこの役職の女性が語源)に強引に堕胎させられていたとか。当然ダメージを負った女性の中には性病や容姿の悪さなどで追いやられた遊女達と一緒に羅生門河岸という最下級の場所に送られたとか。

…というと江戸時代=昔=封建社会という背景も助長して「女性がとても虐げられている」というイメージが強いですが、実は江戸市中でも最も女性が強かった地域でもあるのです。特に花魁ともなると容姿はもちろん最高級の教育を受けた教養の高い女性であり、「源氏物語は、全部読んでありんす」というスーパーウーマンであり、それぞれの廓屋の看板であり、身分の高い武家階級や大金持ちの大店の主人を相手にするにふさわしい女性であったのです。
廓屋が大枚を叩いて徹底的な教育を仕込む所なんざ映画「プリティ・ウーマン」を思い起こさせますが、あの程度の金の掛け方では花魁の簪ひとつ分くらいじゃない?というくらい破格のものでした。今風に言えば伊東美咲に叶姉妹やマリエやデヴィ夫人や西川先生の持っているそれぞれ10倍くらいのものを与えちゃった、って感じです。
おまけにこれだけのスーパーウーマンだから、誰でも床入りできるような「安い女じゃない」のです。なんと花魁が気に入らなかったら床入りを拒否出来ちゃったんです。「いっくら金積んだって、あちきはあんたみたいな下衆とは、お断りでありんす」だったんですな。それだけに花魁目的で廓屋に通う男達は身だしなみに気を使いセンス良く知的におしゃれして花魁に気に入られようと必死だったのです。事実一生処女のまま生涯を閉じた花魁もいたのです。

それなりに格のある身分の遊女はおいそれと抱く事はできなかった、というわけですが…今の時代もそうですね。銀座の高級クラブはもちろん六本木の超有名キャバクラ嬢だって、気に入らなきゃ「おめえとなんか寝ないよ、バーカ」です。故杉浦日向子さんは「江戸時代の江戸市中は女性主導の社会だった」と指摘している通り、実は花のお江戸は女性によって成り立っていたようです。それが男尊女卑に一変したのは明治維新以後…長州と薩摩の習慣が入ってきたせいかなぁ、と個人的には考えています。
もちろん廓屋という特異な世界では劇になるような悲惨な面もありますが、実は現代とさほど変わらない面もたくさんあるんですね。

吉原細見というHP(http://yosiwarasaiken.net/)に「遊女と避妊(http://yosiwarasaiken.net/moyou/hinin.html)」というサイトページがあります。それによりますと…

遊女(吉原の花魁などの幕府公認遊興場の売春婦=女郎;深川・辰巳などの岡場所の売春婦は売女と言った)の世界では妊娠は恥とされていた。当時は絶頂を迎えると妊娠しやすいと言われていたため「男に負けた」的な捉え方をしていたようです。
避妊の方法は「洗浄」「薬」「灸」それに「道具」。道具は男性用として大人のおもちゃのようなもの...続きを読む

Q昔の性交の実態

現代社会では、モラル的な圧力で、第2次性徴が来てもまだ性交適齢期でないとか社会的に未成熟とか言う理由で抑圧しますが、昔はもっと自然に、子供が生める体になったら交わり始める、と言う感じだったのですよね?
でも、女が12歳くらいで子供を産むって言うのも大変だと思います。そのへんの規制的なものはあったのでしょうか?

Aベストアンサー

こんにちは。
私は、自称「歴史作家」です。

>>女が12歳くらいで子供を産むって言うのも大変だと思います。そのへんの規制的なものはあったのでしょうか?

まず、回答から先に述べますと、
結婚や出産の年齢の「上限」はありましたが、「下限」はありませんでした。
まあ、12歳前後になると、現代で考えると確かに未成熟ではありますが、その時代の風潮として、それ位の歳になれば、もう、周囲からは立派な大人扱いをされましたので、女性も、もう、そうした心づもりで嫁に行ったりしました。
まあ、お産については、大変な苦労があったと思います。出産の最中に死亡したり、産後の日だちが悪くて死亡したり、また、生まれて来る子どもも未熟児ですぐに死亡したり、と、苦労?も多かったのが実際でしょうね。

(よもやま話)
(1)ある大名家(判ってはいますが、ここではあえて伏せます)の嫡男15歳に政略結婚で7歳の少女が嫁ぎました。初夜の時に、乳母や女中連中が少女の股を無理やり、押さえつけて、開かせ、姦通させた、という話が残っています。(明らかに「幼女姦」)。
(2)また、男女が共に7~8歳前後で結婚した場合は、夫婦とは名ばかりで、10歳位になるまでは、遊び友だちでした。
(3)江戸の商家の娘になると、自由恋愛は全くと言って良いほどできませんでした。また、商家の娘は「箱入り娘」と呼ばれたように、自由に街中を歩くことさえできませんでした。
(4)現代のようにウインドショッピングを楽しむ場所もありませんでしたから、たまに、小物が欲しいと、街へ出ても、乳母や女中がお供をして出歩きましたので、自由にどこでも行くことは許されませんでした。
(5)では、着物や櫛(くし)、簪(かんざし)などが欲しいというと、大店の丁稚がそうした店へ使いに走り、店からの出張販売でした。
(6)江戸時代を例にとると、儒教の精神が上は将軍家から、下は町人まで、
「男女7歳にして席を同じゅうせず」
でしたので、武家はもちろん商家でも、双方の家柄や財産などを基に、親同士が決めた「許婚(いいなずけ)制度」で、特に、父親の権限が強く、父親の許可なしには結婚できませんでした。
(6)江戸の街には「分一(ぶいち)」と呼ばれる「仲人専門」の職業の人がいました。これは、結納金の十分の一が謝礼として貰えることから、そう呼ばれました。
(7)適齢期の男女を物色し、商家へ縁談を持ち込む。ただし、男は40歳前後まで、女は20歳まででした。となると裏をかえせば、10歳前後の結婚もあった、と言うことでしょう。
(8)「十分一(じゅうぶいち)取るにおろかな舌はなし」
と、狂歌にもよまれたように、「口先三寸」のやり手でした。
(9)また、逆に、将軍家や大名家の大奥では30歳になると「おしとね御免」と言って、夜の相手ができなくなる話はご存じだと思いますが、30歳位で妊娠すると、今度は、医療技術がお粗末だったため、高齢出産となり、母体の安全から子どもを作ることはできませんでした。ただし、町人などは、側室などいませんから、子どもを生むこともありました。
現代でも40歳以上になると、やはり、高齢出産と位置づけられますよね。江戸時代から400年余り過ぎても、医療技術が進歩したとはいえ10歳しか「上限」が上がっていない。
(10)ここには、主に、江戸時代で江戸の街を中心に述べていますが、地方(田舎)も似たり寄ったりでしょう。

こんにちは。
私は、自称「歴史作家」です。

>>女が12歳くらいで子供を産むって言うのも大変だと思います。そのへんの規制的なものはあったのでしょうか?

まず、回答から先に述べますと、
結婚や出産の年齢の「上限」はありましたが、「下限」はありませんでした。
まあ、12歳前後になると、現代で考えると確かに未成熟ではありますが、その時代の風潮として、それ位の歳になれば、もう、周囲からは立派な大人扱いをされましたので、女性も、もう、そうした心づもりで嫁に行ったりしました。
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Q自分が在日かどうか調べる方法

今年で21才になりますが、自分の起源がどこにあるのかわかりません。

今まで運転免許を取ったり、引っ越ししたり、分籍をしましたが、特に苦労したことはありませんでした。
それに親からも在日外国人の家系である、というような事を言われたことはありません。

しかし確実に、ここ数世代のうちに、外国人が混じってはいない、という確証がありません。


ということで自分が在日外国人の流れをくんでいるか調べたいです。
この場合、どのような手段を取ればいいのでしょうか?

自分の本籍地で戸籍謄本(全部証明)を取れば両親のこともわかるのですか?
母親の祖母が在日で帰化していた場合、その事はどの世代まで表記されるのでしょう?

ちなみに私は両親の戸籍から分籍(転籍)しており、本籍は東京ですが、出身および両親の本籍は大阪です。


在日か調べたい→戸籍を取れ、という解答はよく見るのですが、
具体的な方法が見つからず困っています。


また在日がどうのという質問に非難が集中している様子を見ることがありますが、
まぁ私のアイデンティティを明確化させたいだけですので、今回はご容赦ください。
日本生まれの日本育ち、ここ数世代の直系は全員日本人の日本人!と、
日本生まれの日本立ち、でも曾祖母は朝鮮人だから87.5%はチョッパリニダ!では、
やはりちょっと心持ちが変わるので、はっきりさせたいのです…。

今年で21才になりますが、自分の起源がどこにあるのかわかりません。

今まで運転免許を取ったり、引っ越ししたり、分籍をしましたが、特に苦労したことはありませんでした。
それに親からも在日外国人の家系である、というような事を言われたことはありません。

しかし確実に、ここ数世代のうちに、外国人が混じってはいない、という確証がありません。


ということで自分が在日外国人の流れをくんでいるか調べたいです。
この場合、どのような手段を取ればいいのでしょうか?

自分の本籍地で戸籍謄本(全部証...続きを読む

Aベストアンサー

・コリア系の帰化人には
『沢=澤・浜=濱・斎、斉=齋、齊・辺=邊、邉・薮=籔、藪・塩=[旧字、パソコンでは出てこない…]など』の旧字体漢字が使用できません。
『渕、蔦 、[旧字体](高)など』も使用できません。
※ただし、在日外国人なら、日本の戸籍規則に縛られないので通名としてなら上記の漢字は使用できます。


朝鮮人の方々が日本に渡って来だしたのは明治43年頃の韓国併合のときから(鎖国解除後の42年までの間はせいぜい年に0~20人程度)。
明治43年から太平洋戦争が終わるまで韓国併合政策により在日朝鮮人はもとより、朝鮮半島にいる朝鮮人まですべて大日本帝国臣民扱いで法律上、外国籍ではなかった(両者とも本籍は半島にある)。
昭和20年の終戦を迎え在日の多くは半島に帰国しましたが、日本に残ったり、また朝鮮から戻ってくる人達もおりました。
明治時代から昭和26年までの間に朝鮮より日本へ渡って来た朝鮮人達は昭和27年にそれまであった日本の国籍を失って正式に外国籍となる。そして、在日朝鮮人の日本国への帰化が始まったのも昭和27年。

古来からの日本人家系なら苗字漢字に制限なく明治時代からの苗字漢字を継続できます。
在日朝鮮人の帰化が昭和27年に始まり、名前の漢字制限(上記)は昭和23年に始まってますから、朝鮮籍、韓国籍から日本に帰化した者は旧字体漢字で帰化するチャンスがなかったんです。

簡単な調べ方としては『住民票』での苗字名前漢字が旧字体で表記されてるなら明治時代からの日本人家系。
新字体ならば、
「戦前の家系状況が分かる戸籍みせて」と役所に言ってみること。
戦前の家系状況が記されていて朝鮮人を思わせる記述がなければ日本人。
戦前の家系状況が分かる戸籍を見せてくれない場合や戦前の戸籍が日本以外にある場合は帰化人だと判断できます。

戸籍取得方法は先に回答されてる方法をやるといいでしょう。

ただ、例え純粋な日本人でなかったとしても質問者さんが日本が大好きで在日の方々のように反日感情を露わにされるのが不快に感じるなら、心はちゃんと日本人ですよ。

…私も可能性はあるかもしれないんで経済的に余裕が出来れば戸籍を追ってみたいです。


以上、参考程度に

・コリア系の帰化人には
『沢=澤・浜=濱・斎、斉=齋、齊・辺=邊、邉・薮=籔、藪・塩=[旧字、パソコンでは出てこない…]など』の旧字体漢字が使用できません。
『渕、蔦 、[旧字体](高)など』も使用できません。
※ただし、在日外国人なら、日本の戸籍規則に縛られないので通名としてなら上記の漢字は使用できます。


朝鮮人の方々が日本に渡って来だしたのは明治43年頃の韓国併合のときから(鎖国解除後の42年までの間はせいぜい年に0~20人程度)。
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Qもし現代人が江戸時代で1ヶ月生活するとしたら、何で困るでしょうか?

空想の話で恐縮です。

時代小説を読んでいて時々思うのですが、もし今の日本人がタイムマシンか何かで数百年前の江戸時代に戻り、そこで1ヶ月ほど当時の一般庶民の家に滞在するとしたら、何で困ると思われますか? あるいは何も困る事はないでしょうか?

例えば食事。 衛生状態は今ほど清潔ではなかったはず。 もしかして最初の食事で腹痛や下痢をおこし、ギブアップになるでしょうか? それとか味付け。 現代人の口に合うでしょうか? 我慢しないで1ヶ月食べ続ける事に何も問題ないでしょうか? それとか、今のように肉食はそんなにしなかったはず。 せいぜい鳥や兎の肉くらいでしょうか? あと、お酒もそうですね。 現代人に飲めますか?

匂い。 どうでしょうか? 当時の家の中や、町全体、一体どんな匂いがしていたでしょうか? そして1ヶ月間、現代人に耐えられるでしょうか?

風呂。 現代人が躊躇なく当時の銭湯に入れますか? 当時は毎日入っていたんでしょうか?

トイレ。 現代人に当時のトイレで大・小できるでしょうか? 特に女性の場合。

人によって感じ方が違うと思いますが、上に挙げた以外で 「1ヶ月滞在するとしたら、おそらく大多数の現代人にはこれが苦痛だろう、あるいは無理だろう」 と考えられるのは、どんなものでしょうか?

空想の話で恐縮です。

時代小説を読んでいて時々思うのですが、もし今の日本人がタイムマシンか何かで数百年前の江戸時代に戻り、そこで1ヶ月ほど当時の一般庶民の家に滞在するとしたら、何で困ると思われますか? あるいは何も困る事はないでしょうか?

例えば食事。 衛生状態は今ほど清潔ではなかったはず。 もしかして最初の食事で腹痛や下痢をおこし、ギブアップになるでしょうか? それとか味付け。 現代人の口に合うでしょうか? 我慢しないで1ヶ月食べ続ける事に何も問題ないでしょうか? ...続きを読む

Aベストアンサー

 下級武士のご新造さんの一日(朝のみ)。
(1)最初にご新造が起床、用便を済ませます。汲み取り便所だから臭いですね。蛆が湧いています。ハエが便所に限らず、そこいらじゅうブンブン飛び回っています。しゃがんでウンコ・オシッコするのはきついですぞ。
(2)次に井戸端で洗顔します。釣る瓶で水をくみ上げて、その水で洗顔、大体は外の吹きさらしですから、これからの季節は寒いですぞ。
(3)朝食の準備にかかります。井戸端で味噌汁の実にする大根を洗い、米を研ぎます。台所の水がめに水を張ります。ブリキのバケツではなく、木の桶で運びますから重たい。道具は何でも重たくて大変。飯炊きの釜や薬缶もアルミ製のものはありません。みんな鉄か瀬戸物です。
(4)カマドに火を着けます。火打ち石でやります。なかなか火が着かず難しいです。火吹き竹で空気を送り込んでやっと景気よく燃え出しました。飯を炊きます。一人当たり三匹の目刺をあぶります。
(5)雨戸を開けます。障子はみな紙です。ガラスではありませんので、吹き降りの日だと雨戸を閉めないといけません。昼間でも暗いです。
(6)家族そろって朝食。
(7)食器などを洗います。油の着いた食器を洗うのは大変です。ママレモンはありませんのでギトギトがなかなか取れません。水道の水でジャージャーやるわけのもいきません。
(8)井戸端で盥で洗濯します。これも大変です。

・・・女性は大変でしょう。田舎の明治生まれの女は、以上のようなことをやっていました。江戸時代とそんなに変わりません。電気(裸電球)とマッチだけが江戸時代よりマシなだけです。

>「1ヶ月滞在するとしたら、おそらく大多数の現代人にはこれが苦痛だろう、あるいは無理だろう」 と考えられるのは、どんなものでしょうか?
・・・夏場の暑いときに一ヶ月滞在すれば、参るでしょう。
・網戸がないので蚊に食われる。
・ハエがブンブン飛び回る。食卓の食べ物にハエがたかる。
・冷房や扇風機がないので暑い。雨の日は雨戸を閉めるのでこれも暑い。
・便所が臭く、人の体も臭い。
 夏場でいいことは、行水などで女性の裸を見る機会が多いことくらいかな。

 下級武士のご新造さんの一日(朝のみ)。
(1)最初にご新造が起床、用便を済ませます。汲み取り便所だから臭いですね。蛆が湧いています。ハエが便所に限らず、そこいらじゅうブンブン飛び回っています。しゃがんでウンコ・オシッコするのはきついですぞ。
(2)次に井戸端で洗顔します。釣る瓶で水をくみ上げて、その水で洗顔、大体は外の吹きさらしですから、これからの季節は寒いですぞ。
(3)朝食の準備にかかります。井戸端で味噌汁の実にする大根を洗い、米を研ぎます。台所の水がめに水を張ります。ブリキ...続きを読む

Q一夫多妻や一妻多夫が日本で認められてない理由ってなんですか?

一夫多妻や一妻多夫が日本で認められてない理由ってなんですか?


歴史的にみると昔は一夫多妻の制度はありましたが、今は普通にそのようなことを望む人はいないからですか?

Aベストアンサー

まずは一夫多妻の合理性を述べましょう。

一夫多妻は原始的な女性に対する福祉制度なのです。
女性に対する差別や従属的なものをまず初めに浮かべる方が多いのですがそうではありません。寧ろ逆なのです。
それが文化だから!と頭ごなししに言われても納得が行かない人はおおはず。それなりの現実性と合理性があります。

・一夫多妻を行う理由の一つとして「戦争」があります。
原始から、部族間の戦争で男達が死にました。
さらに狩での事故や獣に殺される危険もあります。

・二つ目は寿命が短かったこと
昔の平均年齢は二十歳を超えていません。多く生まれ多く死んでいくわけです。そして何時、病気にかかり夫が死んでもおかしくは無いわけです。
そんな世界では一生を共に添い遂げる可能性など寧ろ低いのです。


一人残された女性はどうなるでしょうか?差別や現金収入を得にくい環境で晒されながら子供を育て、働いていく人もいるかもしれませんが、飢え死にしたりする者も多かったのです。

一夫多妻制では、一人の有力な男に性関係と家事という労働と引き換えに養ってもらうことができます。

さらに女性にとって家事を分担できるため非常に楽です。
とても家事の巧い女性がいた時、第一夫人からの推薦で第ニ夫人、第三夫人を招き入れることもあるようです。



本題に入りましょうか。

日本のように明日の飯に困ることもなく、病原菌にあふれてもいない国で、
砂漠国家のように驚異的自然に囲まれており炎天下に放り出されれば間違いなく死ぬという事もない国
明日、獣に襲われたり、隣町との抗争に巻き込まれて死ぬ可能性のないよう文明が進んできた国々

そのような国では女性が一人でも生きていけるので男性に無理に付き従うことがなく、自然に権利も大きくなっていき一夫一妻になって行くわけです。

つまり現代日本では一夫多妻は
社会的に必要とされていないし合理性も無い。


一夫一妻の国々では未亡人を「キズモノ」とか「純潔が既に無い」とかそういう扱いになってしまいますね。残念なことに。


ちなみに日本は大昔は自然に恵まれ人口が500万人程度であれば田畑など耕さなくても野山に行き芋や山菜や果実をとって生きていけたわけです。

そのような国々では女が定住地として家を持ち男は蝶のように自由に飛び回っているという母系国家が形成され、子供は女性が養うもの、財産も女性に付くものでした。結婚と言う取り決めは無く。
彼氏、彼女位の恋愛関係ですね。しかし今のように町にデートに行くような関係ではありません。

女性は多くの男性と関係を持ち、男は種を付けに夜這いに来るわけです。
短歌や笛などを吹いて女の家に入ってもよいか確認をとる時に読まれるような句が今でも教科書に載ってますね。あれは短歌集というと堅苦しいですが、口説き文句集といっても過言ではないもので昔の人々はセックスをするために一生懸命短歌を勉強したわけです。

日本では廃れましたが国によっては現代でもそういう文化は残っています。


一夫一妻は現代の貞操観念を強調した宗教感によるものでもあります。
それを気にしすぎて逆に心を痛めてしまうこともありますし、一長一短ですね。
南米のある部族ではセックスは特定の相手を決めるものではなくスポーツ感覚で楽しむものであり。子供は村全体で養うものという考え方があったようですがキリスト教が入りこみ貞操観念が付いてからはなくなってしまったようです


セックスと結婚の形態はその国々の事情にあっているという事です。
脱線が過ぎましたね。そういう事です。

まずは一夫多妻の合理性を述べましょう。

一夫多妻は原始的な女性に対する福祉制度なのです。
女性に対する差別や従属的なものをまず初めに浮かべる方が多いのですがそうではありません。寧ろ逆なのです。
それが文化だから!と頭ごなししに言われても納得が行かない人はおおはず。それなりの現実性と合理性があります。

・一夫多妻を行う理由の一つとして「戦争」があります。
原始から、部族間の戦争で男達が死にました。
さらに狩での事故や獣に殺される危険もあります。

・二つ目は寿命が短かっ...続きを読む


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