【最大10000ポイント】当たる!!質問投稿キャンペーン!

社会契約論の意味がよく分かりません。理解できるように説明をお願いします。

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (1件)

そんな難しいことではありません。



人は自由であるべきですが、本当になんのしがらみもなく自由にしたらどうなるでしょう。お前の物は俺のもの、俺のものは俺のもの、というような論理がはびこって、バトルロイヤル状態になると考えることができます。
これでは平穏な暮らしなど望むべくもありません。だから、自分の持っている自由のある部分をを国家にゆだね、そのかわりに国家が社会の秩序をつくる(平穏な暮らしを守る)という「契約」を結ぶことにするのです。
これが社会契約です。

別に生まれたときに契約書にサインしたわけではありませんが、その共同体の庇護を受けている場合、自動的に社会契約をむすんでいる、と考えるのだと思います。
いずれにしても、この社会契約説に基づいて多くの国の憲法は作られています。なぜ国家は個人の自由を制限する(例えば、逮捕したり、監獄にぶち込んだり)できるのか、どうして国家の法律を個人に適用することを強要できるのか、という理論的な基礎になっているのです。

ちろみに、これは「契約」ですから、国家が契約を破ったら、その国家を転覆することは正当なことなんですよ。
    • good
    • 3
この回答へのお礼

詳しい回答ありがとうございました。おかげで少し理解できました。

お礼日時:2011/07/04 00:24

このQ&Aに関連する人気のQ&A

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人が検索しているワード

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Qルソーの一般意思ってなんですか

ルソーが言った一般意思っていうのはなんですか?
全体意思との違いなども簡単に教えていただけるとうれしいです。
ウィキペディアなどで見たのですが、どうも私には難しすぎてさっぱりわかりませんでした。
なんか高校の政経の授業で一般意思は代表しない、とか
なんかそんなようなことを先生が言っていたような言わなかったような、、、でもうろ覚えなので意味はわかっていません。
素人なのですがわかりやすくおしえていただけないでしょうか?
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

なるべく簡単に書きます。
簡単すぎて、不十分な点はあると思いますので、ここらへんをもっとくわしく知りたい、という問題意識がおありでしたら、補足要求してください。

国家というものはどうつくられるべきか、ということをルソーは考えます。
単独で、孤立した個人が集まって作る国家はどういうものが望ましいか。
それは、ひとりひとりが自己の利益を脇に置いて、共同体全体の利益を考えるような、そういう意識をよりどころに結びついたような共同体である。

ひとりひとりの利益を追求するのが「特殊意志」
「特殊意志」を単純に加算していったのが「全体意志」
「一般意志」というのは、社会契約のもとに集まった、共同体の意志です。

そこでは、各個人の意志は「一般意志」にすっぽりと呑みこまれていきます。
ルソーは『社会契約論』でこう言っています。(引用は.「社会契約論」 『世界の名著 36 ルソー』所収)

-----
この社会契約のあらゆる条項は、よく理解されるならば、ただ一つの条項に帰着する。すなわち、各構成員は、自己をそのあらゆる権利とともに共同体全体に譲り渡すということである。それはなぜかというと、まず第一に各人はいっさいを譲り渡すので、万人にとって条件は平等となるからであり、条件が万人に平等であるなら、だれも他人の条件の負担を重くすることに関心をいだかないからである。
-----

重要なのは、「自己をそのあらゆる権利とともに共同体全体に譲り渡す」という点。
個人は社会契約を結ぶ時点で「特殊意志」を捨て、「一般意志」に委ねるのです。

つまり、個人は個人の自由を手放し、共同体の一員となることによって初めて真に自由になれる、とルソーは考えたんです。「特殊意志」を捨てて「一般意志」のもとにみずからを従属させることで。そうすることで、人間は自己のもつ最高の可能性が発揮され、最高の自由を手に入れることができる、と。

なるべく簡単に書きます。
簡単すぎて、不十分な点はあると思いますので、ここらへんをもっとくわしく知りたい、という問題意識がおありでしたら、補足要求してください。

国家というものはどうつくられるべきか、ということをルソーは考えます。
単独で、孤立した個人が集まって作る国家はどういうものが望ましいか。
それは、ひとりひとりが自己の利益を脇に置いて、共同体全体の利益を考えるような、そういう意識をよりどころに結びついたような共同体である。

ひとりひとりの利益を追求するのが「特...続きを読む

Qイデオロギーって何ですか???

イデオロギーとはどんな意味なんですか。
広辞苑などで調べてみたのですが、意味が分かりません。
どなたか教えてください。

Aベストアンサー

イデオロギ-というのは確かに色んな解釈をされていますけど、
狭義ではそれぞれの社会階級に独特な政治思想・社会思想を指します。

つまり分かりやすく言えば、人間の行動を決定する根本的な物の考え方の
体系です。一定の考え方で矛盾のないように組織された全体的な理論や思想の事を
イデオロギ-と言うんです。

例えば、人間はみんな千差万別であり色んな考えを持っています。
だから賛成や反対といった意見が出てきますね。
しかし、イデオロギ-というのはみんなが認める事象の事です。
イデオロギ-には賛成・反対といった概念がないのです。

例えば、環境破壊は一般的に「やってはいけない事」という一定の考えに
組織されています。つまりみんなが根本的な共通の考え(やってはいけない事)として組織されているもの、これがイデオロギ-なんです。
しかし、社会的立場によってはその「やってはいけない事」を美化して
公共事業と称して環境破壊をする人達もいますけど。
ここでイデオロギ-という概念に対して色んな論説が出てくるわけです。
一応これは一つの例ですけど。

というかこれくらいしか説明の仕様がないですよ~~・・。
こういう抽象的な事はあまり難しく考えるとそれこそ分からなくなりますよ。
この説明で理解してくれると思いますけどね。

イデオロギ-というのは確かに色んな解釈をされていますけど、
狭義ではそれぞれの社会階級に独特な政治思想・社会思想を指します。

つまり分かりやすく言えば、人間の行動を決定する根本的な物の考え方の
体系です。一定の考え方で矛盾のないように組織された全体的な理論や思想の事を
イデオロギ-と言うんです。

例えば、人間はみんな千差万別であり色んな考えを持っています。
だから賛成や反対といった意見が出てきますね。
しかし、イデオロギ-というのはみんなが認める事象の事です。
イデオ...続きを読む

Q「自然法」と「自然権」の違いをおしえてください。

「自然法」と「自然権」の違いが、いまいちよくわかりません。すっきり単純明快な説明をお願いいたします。

Aベストアンサー

>ホッブズの考えでは、自然権=生命、自由、財産のなのではないでしょうか?

正確には、ホッブズの場合は、「生命・自由・財産を保持する権利」=自然権です。生命・自由・財産=自然法です。

で、ホッブズの場合は、世の中の資源は限られているので、各人は自分の自然権を行使すれば、他者の自然権を侵害しなければならないと考えたのです。これが「万人の万人にたいする闘争」というやつです。つまり、ホッブズの場合、自然法と自然権は矛盾するのです。各人が自然権を行使することによって、他者の自然法が侵害されるからです。

そこで、社会契約をむすび、各人が自然権を放棄して、一人の支配者に自然権を委ねるのです。この支配者をリヴァイアサンというのです。つまり、自然法を守るために、自然権を放棄せよというのがホッブズです。

Qホッブスについて

ホッブスの秩序に対する考え方を教えてください!!あとリバイアサンとは何のことを指すのでしょうか?大至急お願いします!!

Aベストアンサー

ホッブスの思想は、自然状態(国家が成立する以前の束縛及び規制のない状態)
に生きる人間は知性以外は動物と変わらず、しかもなまじ知恵がある事により
欲望を無限大に膨張させ、それにより恒久的に闘争を行なうというもので、
この事を彼は、「万人の万人に対する戦い」、「人間は人間に対して狼である」
と表現しています。 この状態では個々人の差がさほどないため、隙を突けば
最弱が最強に取って代わる事が可能であるため、勝者が決まらず恒久的に闘争
が続く。
 その点ではみな平等でありますが、人々は永久に「孤独、貧困、不快、殺伐
そして短命」という人生を送る事になるとホッブスは言っている。
 そしてホッブスは、この恒久的な闘争を収拾するためには人間相互の契約に
より国家が成立する事が必要であるが、人間の欲望は無限大に膨張するため、
社会を成り立たせている契約を破る者が必然的に現れ、その事によって社会が
維持出来なくなり再び人間は自然状態に逆戻りしてしまう、それを防ぐためには
国家が絶大な「力」を持つしかないという結論を出しています。
 リヴァイアサンとは彼が以上のような事を述べた著書であり、元々は聖書に
登場する、神々すら恐れ逃げるという最強の怪物の事です。 そして、彼は
必要悪である国家権力をリヴァイアサンにたとえ、自然状態をビヒーモス
(同じく聖書に登場する大怪獣)にたとえ、ビヒーモスの出現による国家の
崩壊をふせぐためにはリヴァイアサンを強くする必要があるとしているのです。
 ただし、ホッブスの思想は絶対主義を支えようとするものであり、結局世界を
変えるに至らなかったというのも重要です。

ホッブスの思想は、自然状態(国家が成立する以前の束縛及び規制のない状態)
に生きる人間は知性以外は動物と変わらず、しかもなまじ知恵がある事により
欲望を無限大に膨張させ、それにより恒久的に闘争を行なうというもので、
この事を彼は、「万人の万人に対する戦い」、「人間は人間に対して狼である」
と表現しています。 この状態では個々人の差がさほどないため、隙を突けば
最弱が最強に取って代わる事が可能であるため、勝者が決まらず恒久的に闘争
が続く。
 その点ではみな平等でありますが...続きを読む

Q国民国家とは?

イメージがわかないので質問します。

例として、日本、アメリカ、ロシアがあり、
wikipediaによると、
「領域内の全住民を国民という単位に纏め上げて成立した国家そのもの、あるいはその概念、イデオロギーを指す」
とあります。

そこで質問なんですが、
国民国家でない国があるのでしょうか?
なんらかの国があれば、そこの住民は国民と観念できると思うので(自分は外国人だと言い張っている人は除く)、
国民国家でない国なんてあるのか疑問に思ってしまいました。

Aベストアンサー

 国民国家とは、絶対君主制以降のものでありナポレオンにより完成されたものと理解しています。
 国民が国民であることを意識している国家は国民国家といえるでしょう。アラブとかは国家をあまり意識せずに知識として自分はどこの国民であると理解していると聞きます。どの国民であるかよりどの民族、どの部族というのが自分の所属になっているのですね。朝鮮半島は国民国家だと思いますが中国はかなり怪しいと思っています。国家なんてあってもなくてもいいと考えてはいないでしょうか。
 国家とは国境によって分けられた近代的な意識なのではないかと思います。
 質問の定義をとると「領域内の全住民を国民という単位に纏め上げ」られない国家は国民国家ではないのではないかということですね。

Q人民主権と国民主権

人民主権と国民主権という言葉がありますが、具体的にどのような相違点があるのでしょうか?私にはどちらも同じに見えてしまい・・・
お手数ですが、お分かりの方お願いします。

Aベストアンサー

一般的には同義ですが、下記のようにあくまで理念面で区別する捉え方があるようです。

まず、「国民主権」の「国民」とは、過去から未来への時間を超えた抽象的な存在としての国民を指します。
この場合、主権は国民個々人に分有されず、総体としての国民に帰属し、国民は直接現実に主権を行使し得ないという見解です。
つまり、実在するAさん・Bさん・Cさん・・・の各々に主権があるのではなく、全体概念としての国民に主権があるのであって、そのような抽象的で政策・統治能力を持たない国民に代わって国民代表機関(議会・政府)が実際に国家権力を担うという考え方です。
従って、国民代表は、国民から独立した自由意思で政策決定できると解する点で、「間接民主制」を民主主義の理念型とする主張と結び付きます。

一方、「人民主権」は、主権が具体的存在としての国民個々人に区別されて帰属するという見解です。
つまり、Aさん・Bさん・Cさん・・・の各々に主権があるから、国民間で利益が相反する問題については、全員が話し合いに参加するという権利を行使した上で、政策決定をするという「直接民主制」を民主主義の理念型とする主張と結び付きます。
この場合は、いちいち国民が全員集合して個別的な政策決定をすることが物理的に不可能な故に、次善策として間接民主制が採用されているのであるから、国民代表は、現実の国民の意思に従わなければならないと考えられています。

以上は、憲法学説上の対比概念にとどまり、先鋭的な論争もないようですが、例えば、環境問題等をめぐって、地域住民が国に対して行政訴訟をした事案について、裁判所が「住民に訴えの利益がない」として却下する場合は、そこに「国民主権」的な論拠があり、他方、住民投票等の住民自治によって解決を図ろうとする主張は、「人民主権」的な概念を基調にしたものと思われます。

一般的には同義ですが、下記のようにあくまで理念面で区別する捉え方があるようです。

まず、「国民主権」の「国民」とは、過去から未来への時間を超えた抽象的な存在としての国民を指します。
この場合、主権は国民個々人に分有されず、総体としての国民に帰属し、国民は直接現実に主権を行使し得ないという見解です。
つまり、実在するAさん・Bさん・Cさん・・・の各々に主権があるのではなく、全体概念としての国民に主権があるのであって、そのような抽象的で政策・統治能力を持たない国民に代わって...続きを読む

Q国会と内閣の違いを簡単に教えてください!!

国会・内閣・裁判所って三権分立であるじゃないですか?それで、裁判所と国会は建物もあるし、なんとなくは分かるんですけど、内閣って一体なんなんですか??内閣には国会議事堂や裁判所のような建物とかって無いですよね??(間違ってたら指摘お願いします!)
じゃあ内閣って一体どこにあるんですか?内閣で一番偉い人は首相。つまり今は小泉総理ですよね?じゃあ国会で一番えらい人って誰なんですか?今の僕の意識では国会の中に内閣がある。っていう感じなんですけど、コレって間違ってますか??教えてください!

Aベストアンサー

 簡単にいいますと、国会は法律を作り、内閣は実務(実際の行政)を担当し、裁判所は法の執行を行う
これが三権分立ですね。
どこが違うか?って全然仕事が違います。

 しかし、内閣は「こういう法律を作ってください」と言うことはできます。
法律案のほとんどは内閣提出です。
でも、それを認めるかどうかを決めるのは国会です。
今年度の予算をどういうふうに使うかを決めるのは、実際に仕事をする内閣ですが
国会はそれを事前にチェックしたり(予算審議)、
実際の使い方をチェックし、ミスを指摘する(こちらは決算)ことができます。
このように、お互い独立して仕事をしていますが
自分の担当だからといって自分勝手な行動をとらないようにチェックしあっているのです。
ですから、どこが偉いということはありません。
3つとも同じ地位にあります。
総理大臣は必ず国会議員ですから
「国会の中に内閣がある」というような気もしますが
そうすると、国会議員の中でも偉い人が総理大臣、
つまり国会より内閣の方が偉い!ということになってしまいますから
その認識は正確ではありませんね。

 内閣はどこにあるか?ですが
内閣には総理大臣のもとにたくさんの省庁がありますね。
外務省とか財務省とか、防衛庁もそうです。
その建物の一つ一つが内閣をつくっています。
仕事が膨大で職員の規模も大きいので、
まとめてどこかに置くというわけにはいかないのです。
内閣のまとめ役の総理大臣の城である首相官邸が一番小さかったりします。
紛らわしいですが、内閣府は内閣の一つの機関にすぎませんのでお間違えなく。

 最後に、国会で一番偉い人ですが
やはり衆議院、参議院の議長でしょうね。
議長は野党でも与党でもなく、中立の立場にいます。
議長、副議長になると、党を離れて無所属になるんですよ。
ですから、与党からも野党からも敬われる存在です。
とはいえ、話し合いを重んじるのが議会ですから
偉いからといって何でもできるわけではないですけど。

 簡単にいいますと、国会は法律を作り、内閣は実務(実際の行政)を担当し、裁判所は法の執行を行う
これが三権分立ですね。
どこが違うか?って全然仕事が違います。

 しかし、内閣は「こういう法律を作ってください」と言うことはできます。
法律案のほとんどは内閣提出です。
でも、それを認めるかどうかを決めるのは国会です。
今年度の予算をどういうふうに使うかを決めるのは、実際に仕事をする内閣ですが
国会はそれを事前にチェックしたり(予算審議)、
実際の使い方をチェックし、ミスを指...続きを読む

Qマグナカルタと権利章典の意味は??

タイトルの通りマグナカルタ(1215年)と権利章典(1689年)ってなんですか??

Aベストアンサー

マグナカルタ・権利章典の「説明」そのものは、#1さん、#2さんのレスにありますので、割愛いたします。ここでは僭越ながら、マグナカルタや権利章典がどうしてできたのか、という歴史的理由・意義について簡単にコメントさせて頂きます。スペースの関係上、根本的な政治的・社会的背景を本来は語るべきところですが、直接的な背景を端的に述べるにとどめる事とします。

(1)マグナカルタ制定に至るまで
イギリス国王と貴族との関係がギクシャクしているという前史はあるのですが、端的に言えば当時のプランタジネット朝のジョン王が、
・フランス王のフィリップ2世との闘争に負けて領土を喪失した
・カンタベリ大司教の叙任権をめぐって、ローマ教皇インノケンティウス3世と対決し、破門された
というような、イギリス国王のメンツ丸つぶれな失敗を重ね、これによって失った領土などの補填のために国民(国民という言い方はまだ時代的におかしいですが)に課税しようとしたことが原因にあります。このような国王の恣意的な権力の乱用に歯止めを利かせるために、世界初の憲法として議会が国王に認めさせたのがマグナカルタ(大憲章)というものです。
ちなみに「憲法」とは、国家の基本法を指しますが、近代的立憲主義における「憲法」の役割は「国家権力を制限し、国民の福祉を保障する」ことにあります。マグナカルタが憲法たるゆえんは、国王の権力(国家権力ですね)を制限して、不当な課税や恣意的な政策から国民を守ろうとした事にありました。
(尤もマグナカルタはジョンの次の、ヘンリ3世が無視したため、シモン・ド・モンフォール議会が反対姿勢をとり、これが模範議会へと発展していった事は有名です)

(2)権利章典について
これもマグナカルタのときと事情は似ていますね。
エリザベス1世が死去してチューダー朝が断絶すると、スコットランドから新しい王(スコットランド王ジェームズ6世)をイギリス王として招きいれ、彼をイギリス王ジェームズ1世としてステュアート朝が創始されました。しかし、当時は絶対王政の時期でして、ステュアート朝も絶対主義を取りました。議会を無視して課税を強行したりしたため・・・議会は権利請願を発布しましたが、国王は議会を閉鎖しました。その後、短気議会、長期議会などが抵抗を続け、ピューリタン革命が起こり、国王は首をチョンパされました。
しかし、ピューリタン革命の英雄クロムウェルが終身護国卿となって独裁政治を行い、革命が無意味化したため、王政復古の機運が高まりました。こうして、再びステュアート朝が復古され、チャールズ2世がイギリスに戻ってきました。彼はブレダ宣言という宣言を出して、かつてのような絶対王政は行わないと約束しました。しかし戻ってくると実際には、ブレダ宣言を無視して専制政治を展開。次に即位したジェームズ2世も同じ路線を踏襲しました。
そこで、議会はジェームズの廃位を決定し、無血で彼を追放しました。そして、新たにオランダから温厚なオラニエ公ウィレムとメアリの夫妻を招き、彼らを国王としてウィリアム3世、メアリ2世として仰ぎました。しかしかつてのような失敗は二度と繰り返さないために、「王権に対する議会の優越」を国王に認めさせてから即位を承認しました。このときに彼ら国王に認めさせたのが「権利章典」です。
つまりたび重なる国王と議会との対立を経て、国王に強大な権力が集中する事を今後は未然に防ごうとしたものが権利章典でした。

以上長文失礼しました。

マグナカルタ・権利章典の「説明」そのものは、#1さん、#2さんのレスにありますので、割愛いたします。ここでは僭越ながら、マグナカルタや権利章典がどうしてできたのか、という歴史的理由・意義について簡単にコメントさせて頂きます。スペースの関係上、根本的な政治的・社会的背景を本来は語るべきところですが、直接的な背景を端的に述べるにとどめる事とします。

(1)マグナカルタ制定に至るまで
イギリス国王と貴族との関係がギクシャクしているという前史はあるのですが、端的に言えば当時のプランタジ...続きを読む

Q主権国家と国民国家の違いって?

国際政治について勉強しているのですが、この2つの概念の違いがよくわかりません。

何か、概念的な違いはあるのでしょうか?

Aベストアンサー

主権国家というのは、「主権」つまり「政府が自分の力で自分の国を統治し独立的な権利を行使できるような国」のことを意味します。つまり外国に支配されていない、占領されていない、属国になっていない国のことですね。
国民国家というのはnation-stateといって、ネーション=国民が国の基本にある国です。フランス人の共和国であるフランスなどのように、たいていのヨーロッパの国は、国民国家です。しかし帝国のように皇帝などがいろいろな民族や国民を封建的に支配しているような国はあてはまりませんし、バチカンのような「宗教」でなりたっている国もあてはまりません。平安時代や武家社会の日本は、あてはまりません。ソ連も、いろいろな民族の連邦でなりたっていたので、国民国家ではありません。
でも、国民国家でないこうした帝国や封建的国家や連邦国家も、政府が外国の支配を受けていなくて国際社会からみとめられていれば、主権国家といえます。

Q民主主義とデモクラシーの違い??

民主主義とデモクラシーとありますが違いがあるのでしょうか。民主主義(デモクラシー)と書かれてある場合もあるようですが・・・。明確な違いがある場合は是非教えて下さい。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

まず、それらは政治形態を指す言葉です。
シオクラシー・・・神権政治
アリストクラシー・・・貴族政治
テクノクラシー・・・官僚による政治
デモクラシー・・・大衆による政治

で、民主主義とデモクラシーを区別したい場合というのは、
現代の議会制民主主義と、古代ギリシャのデモクラシーとを分けたいのではないでしょうか。

前者は間接民主制(市民の代表が議会で議論し政治を行う)で
後者は直接民主制(成人男子全員参加の投票で役職を決める)です。

また、前者は絶対王政以降、啓蒙思想家たちによって考案されたもので、近代特有の政治思想に根ざした独特の概念、装置がセットになっています。
三権分立、天賦人権論、罪刑法定主義とかですが、
それらは現代の議会制民主主義の根幹をなすものであるとともに、
近代以前のデモクラシーには見られなかったものです。

そのあたりの違いを強調したいのではないかと思います。


人気Q&Aランキング