ちょっと調べものをしているのですが、今度秋に公開される『かあちゃん』で市川崑監督は実にこれで75本目の映画ということになるようなのですが、これ以上に多くの映画を撮った日本人映画監督はいるのでしょうか?それともやはり市川崑監督が最多記録なのでしょうか?

詳しい方ぜひ教えて下さい。。

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A 回答 (1件)

マキノ雅広監督(本名は牧野正唯ですが、正博、雅弘、雅裕と3度され、1990年に雅広と4度目の改名をされました)が、実に261本もの作品をお撮りになりました。

マキノ監督が最多になるのかどうかは知りませんが、商業監督としては、まずトップクラスの本数だと思います。

お父さんの牧野省三さんという方は、日本映画の父ともいえる存在で、大正時代から監督として活躍されましたが、マキノ雅広監督も役者としてかり出された後で、監督に転身しました。『浪人街』(1928)『首の座』(1929)で2年連続でベストワン作品をとり、しかも'28年にはベストテン中に自作が他に2本入ったりしてましたが、それ以降はとにかく大衆に楽しんでもらえるような映画作りに、生涯を捧げた名監督です。早く(作品を)仕上げるために、「中抜き(=脚本の順序通りに撮影を行なわない)」のような事を始めた先駆者で、当初はラッシュを見ても(撮影順につないであるので)筋がわからず、会社ともめたりして大変だったようです。

「映画渡世・天の巻」「同・地の巻」という、非常に面白い自伝がありますので、御一読をお薦めします。
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Q日本占領下のビルマ(「ビルマの竪琴」)

映画「ビルマの竪琴」(モノクロ)を観ました。
ビルマ人が全員日本人に親切でした。
フィリピンでは嫌われていたとききましたが、
この違いは何でしょうか?
映画の虚構でしょうか、それとも善政を行っていたのでしょうか。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

ビルマには、何れ白人の植民地支配からビルマ人を解放する英雄が現れる、と言う民間伝承があったようで、これを日本軍が利用したようです。これが図に当たり、熱狂的に受け入れられた日本軍はその後解放者の建前で統治を行う為にビルマを独立国として扱い、陸軍中野学校のメンバーなどが派遣されてビルマ民族による国軍を編成し訓練しています。このビルマ軍は独立した国軍として扱われており、終戦間際に日本軍が撤退して行く段階では独立を守る為に日本軍と交戦する状況もあったようです。
基本的に日本の兵隊として徴兵されるのは「日本人」のみですので、戦争による占領地の住民が日本軍の兵士になる事は制度上ありませんし、実際にもありません。当然ビルマ人が日本軍に兵士として徴用され、日本軍の作戦行動に投入される事はありませんでした。

フィリピンの場合、No1の方が仰るように既に独立が約束されていた事情もありますが、日本軍が実際に占領出来たのはルソン島のマニラ平野部と主要な都市のみで、バターン半島の米軍が降伏した後徹底した掃討作戦をする余裕が無く、すぐに兵力の多くを蘭印(インドネシア)攻略に転用してしまいました。ルソン島でも山岳部などに米軍の残置部隊が潜伏している状況で、日本軍にこれ等のゲリラ部隊を討伐する兵力の余裕も無く、この米軍ゲリラ部隊が現地のフィリピン人をゲリラに組織したので、終始治安が安定しなかったようです。

住民の日本人に対する態度は、このような事情で明暗が分かれたようです。

ビルマには、何れ白人の植民地支配からビルマ人を解放する英雄が現れる、と言う民間伝承があったようで、これを日本軍が利用したようです。これが図に当たり、熱狂的に受け入れられた日本軍はその後解放者の建前で統治を行う為にビルマを独立国として扱い、陸軍中野学校のメンバーなどが派遣されてビルマ民族による国軍を編成し訓練しています。このビルマ軍は独立した国軍として扱われており、終戦間際に日本軍が撤退して行く段階では独立を守る為に日本軍と交戦する状況もあったようです。
基本的に日本の兵隊...続きを読む

Qたしか市川崑監督の映画で「題名」が知りたいです。

お世話になります。

今(2012年)から20~30年ぐらい前に、
たしか市川崑監督の映画で、
一場面としておぼえているのは、
「障害を持つ子供が、足の指先で、
 ころがってきた硬貨を、
 器用に挟んで、まるで手のようにつかむ」
というところだけなのですが、
この映画の「題名」が知りたいです。

上記しましたように情報が少ないのですが、
もしご存じの方がいらっしゃいましたら、
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

「典子は、今」
制作・監督は松山善三

ではないかと

Qビルマの竪琴…

音楽の調べ学習でビルマの竪琴を調べているのですが、昔、どのように使われていたかは調べれたんですけど、現在、ミャンマーでは人々の生活の中のどんな場面でどのように演奏されているものなんですか?

年に一度大会が開かれていることぐらいしか調べられませんでした;;

なにかわかれば教えてください。お願いします。

Aベストアンサー

ご質問の趣旨とははずれるかもしれませんが、映画「ビルマの竪琴」に登場するシチュエーションは在り得ないということを聞きました。
つまり小乗(上座部)仏教においては(ミャンマーでは現在でもそうだと思います)戒律として音楽を楽しむことは禁止されていたようです。
つまり水島上等兵の行動は僧として破戒行為になる訳です。
勿論フィクション故のことですが。
あまり参考になりそうもないことで申し訳ありません。

Q市川崑監督?の甲子園ドキュメント作品

市川崑さんが監督されたと思われる作品のタイトル及び内容を知っている方、教えてください。
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どうぞよろしくお願いします。

Aベストアンサー

http://www.momat.go.jp/FC/NFC_Calendar/2003-09/kaisetsu.html

によれば,1968年「青春」のようです.
「甲子園大会のスポンサーである朝日新聞社に、監督が自ら提案したという高校野球の記録映画。『東京オリンピック』で学んだ分担制の撮影を再び採用し、第50回記念となった大会の進行のみならず、球児たちのひたむきでユーモラスな練習生活にも照準を合わせた。」と書いてありました.

Qビルマの竪琴のラスト

以前友人に「ビルマの竪琴」を借りました。なかなか良い作品だと思いました。
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Aベストアンサー

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Q市川崑の映画金田一耕助シリーズに詳しい方、または原作に詳しい方、教えて

市川崑の映画金田一耕助シリーズに詳しい方、または原作に詳しい方、教えて下さい。

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Aベストアンサー

こんばんは。

私は横溝氏を研究してるわけではありません。
映画と小説両方好きなので、私の推測を書かせてください。

この小説は、最初短編として書かれ、途中で横溝氏が病気で倒れます。
で、新たに長編として「野性時代」に連載されました。
物語は2部構成になっており、生首風鈴事件が発生し、迷宮入りになるまでが第1部、20年後、新たに連続殺人事件が発生し全てが解決するまでが第2部となっています。
解決までに20年を要した金田一最後の事件で、この事件の解決をもって金田一は消息不明となります。
最後は何度も書き直し、話がどんどん長くなったと何かに書いてあったのを読んだ記憶があります。

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その辺りが、雰囲気が違う要因かなと思います。

Qビルマの竪琴について

サウン・ガウの
チューニングが
わからなくて困っています。

わかる方がいらっしゃったら
ぜひ、おしえてくださいませ。

Aベストアンサー

サウンは、三味線と一緒で、それぞれの弦のチューニングの絶対音が決まっているわけではなくて、各弦の間の相対的な音程さえあっていればいいです。
で、肝心な、相対的な音程ですが、曲によって主に3種類のチューニングを使い分けています。全てペンタトニック(5音階)です。
一番よく使われるのは、一番高い弦からソミレドラソミレドラ…ていう感じで合わせるやつで、有名なミャーナンダーとかもこれです。
あとこれ以外に、ソファミドシソファミドシ…ていうのと、ソミレドシソミレドシ…ていうチューニングがあります。

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 市川崑版の金田一耕助の場合、ラストに結構な確立で依頼料(必要経費で犯人死んだら報酬は受け取らなかった?)を貰って、しかも細かく金額を言った気がするのですが、その金額はいくらでしたか?

 そして、現在ではどれくらいだったのでしょうか?

 分かる方教えてください。

Aベストアンサー

「犬神家の人々」では礼金が3500円、必要経費が427円でした。
ちなみに昭和22年ころですね。

Q邦画プーサン(市川崑監督1953)のプーサンとは何ですか?

邦画プーサン(市川崑監督1953)のプーサンとは何ですか?

見たことは無いです。ただ、題がプーサンとありますが、プーサンとは何ですか?なにか、気がかりなんですが・・・。ネットで調べても分かりませんでした。

Aベストアンサー

横山泰三さんの「プーサン」と云うのは、毎日新聞夕刊の昭和26年から28年12月29日まで連載されていた四コママンガで、風刺性の強い内容だったようです。

もともと、新聞の四コママンガと云うのは唐突に始まり、あまりキャラクターの説明などをしないものです。

さらに、鼻が大きく禿げているプーサンと云うキャラクターは、ある時は警官、ある時は天気予報官、又あるときは塾の先生だったり、選挙候補者だったり…と、その時々の社会風刺をする為に、色々職業も変化して登場していたようで、作者に言わせると「プーサンは、このマンガを見ている読者一人一人なのさ」と言う事らしい。

市川崑監督の「プーサン」は、この新聞マンガ「プーサン」と、サンデー毎日に連載されていた同じ作者の「ミス・ガンコ」と云う別のマンガのキャラクターを一緒に共演させたもので、プーサンこと野呂米吉を演じたのは伊藤雄之助、ミス・ガンコこと金森カンコを演じたのは越路吹雪でした。

映画でのプーサンは安月給で冴えない受験予備校の数学の講師だったのですが、首になり失業生活に…、ミス・ガンコの方は銀行に勤めている活発で負けん気の強い戦後女性と云う対照的な設定になっています。

この二人のラブストーリーと言う映画オリジナルの展開をベースに、マンガ「プーサン」独特の世相風刺を取り入れた内容になっています。

映画の野呂米吉は髪の毛もふさふさで、マンガのプーサンと外見的な共通点など何もないのですが、当時の再軍備で、きな臭くなって来た時代性を皮肉ると云うテーマ性はマンガそのままだったようです。

映画の中での野呂米吉は、特に人から「プーサン」などと呼ばれていなかったと思いますし、金森カンコの方も「ミス・ガンコ」などとは呼ばれていませんでした。

ですから「プーサン」と云うのは、特定個人の名前と考えるより、この風刺映画全体を象徴するネーミングだったとでも考えた方が良いのかも知れません。

横山泰三さんの「プーサン」と云うのは、毎日新聞夕刊の昭和26年から28年12月29日まで連載されていた四コママンガで、風刺性の強い内容だったようです。

もともと、新聞の四コママンガと云うのは唐突に始まり、あまりキャラクターの説明などをしないものです。

さらに、鼻が大きく禿げているプーサンと云うキャラクターは、ある時は警官、ある時は天気予報官、又あるときは塾の先生だったり、選挙候補者だったり…と、その時々の社会風刺をする為に、色々職業も変化して登場していたようで、作者に言わせると「プ...続きを読む

Q映画監督の堤幸彦さんに、映画監督としての才能がないと思うのですが、

映画監督の堤幸彦さんに、映画監督としての才能がないと思うのですが、
業界では評価が高い監督さんなのでしょうか?

彼の作品を拝見するかぎり、とても良作と呼べるものがないのですが…
ファンの方には申し訳ないです。

Aベストアンサー

ご安心ください。堤幸彦監督に映画監督としての才能がないと思われている方は、あなた以外にもたくさんいるようです。

ただ、業界内ではどうなのか私には分かりません。

1998年に『踊る大捜査線 THE MOVIE』(監督:本広克行)が大ヒットして、テレビ局が映画製作に本格的に乗り出すようになってきました。テレビドラマも映画も演出経験のある堤監督は、テレビ局側にとっては映画を製作するとき使いやすく、重宝がられて起用されたのではないでしょうか。そして、大コケしたりする作品もある一方、原作モノなどで大ヒットする作品もあって、現在でも仕事が途絶えずあるのだと私は思います。

参考URL:http://hakaiya.com/best/zerw/index.html


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