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政党政治があるから、党利党略が政治家の目的になってしまうのです。

本当の政治は国民のためにあるのです。

それならば党利党略も、政党政治も不要なのでは有りませんか?

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A 回答 (9件)

 そうですね。



『  社会を変革するためには、まずその社会を構成する個人の変革から始めねばならない。暴力は常に不幸な人々によって引き起こされる。個人の幸福を増進することによって、人間に潜む暴力性を弱めることができる。
しばしば暴力は自分を不幸だと思う人々によって引き起こされる。政治家の技量の全ては、こうして権力の座にある人々を引きずりおろすために、この不幸の意識を強めることにあるといって良い。引きずりおろされた者は、同じ目的でまた同じことをする。こうして人々は常に不満の状態におかれ、ついにはこうしたことの繰り返しの後に、不満のはけ口を外に求め、それが一般的な意識に達すると戦争が起きるのである。 

個人の暴力的行為を抑止し、科学の力によってそういった病気を治療することができるようになるまでは、犯罪者は社会から隔離し、彼らに欠けている愛情を与え、彼らが今まで行ってきた行動の残虐さを理解させ、償いをしようという気持を起こさせるように努めなければならない。 小さな罪を犯した人々を大罪人と同室させてはならない。大罪人は一種の伝染病患者であり、小さな罪を犯した人たちが、この病気に感染しないようにする必要がある。
 犯罪者はすべて、一種の病人であることを忘れてはならない。病人として彼らを取り扱うことである。ある時代には、ヒステリーの発作を起こす人は、2枚の敷布団にはさまれて窒息死させられたものである。今にして考えるとゾッとする。やがて犯罪という病気が、治療だけでなく予防もできる日が訪れたら、昔は犯罪者は処刑されたと聞いて、同じように人々はゾッとするであろう。
 間違えてあなたに害を与えた人は許してやりなさい。また、故意に害を与えた人をも、恨んではならない。彼らは病人なのである。隣人に害を与えるなどとは、病気にちがいないからである。そのうえ、他人に害を与える人は大変に不幸な人だということを忘れないように。  _ラエル著 』

 ;; 社会が改善されるためには新しい社会の種となる人_新種の変革者が必要とされるのではないでしょうか。
しかし、
“ 政治家の技量の全ては、こうして権力の座にある人々を引きずりおろすために、この不幸の意識を強めることにあるといって良い ”、また、“ 隣人に害を与えるなどとは、病気にちがいないからである ” 、現在の政治家たちは戦争を引き起こす “大病人”ということになるのではないでしょうか ?
 政治が一向に良くならない、それは政治家そして選挙制度が次から次へ感染者を増加させているからではないでしょうか、良くなるはずはない! のでは?

 はなし(選挙戦?)は戦争勃発にまでおよんでいる? ではどのように病人隔離し病んだ世界を治療し平和を創造するのでしょうか?

『  兵役は拒否すべきである。武器を持たずとも軍務に服せるよう、良心的兵役拒否者となれるよう申請を提出しよう。宗教的・思想的信念が同胞を殺すことを禁ずるならば、人はこの申請を提出する権利をもっている。創造者エロヒムを信じ、「ラエリアン・ムーブメント」の「最高ガイド」の教えに従おうとする者も同じである。多くの若者が信じているところとはうらはらに、良心的兵役拒否者は投獄されることなどなく、民間の機関や、武器を持たなくてもよい部署での任務を遂行するのである。兵役の期間が2倍になるわけだが、隣人を殺すための技術訓練に1年間を費やすよりは、2年間事務をとるほうがずっとよいではないか。
 世界各国の徴兵制度は、ただちに廃止されるべきである。職業軍人はすべて、世界平和の守護者、つまり、人間の自由と人権の擁護者となるべきである。

 地球上のあらゆる人々は、世界政府を樹立するために団結すべきである。
世界中の学童には、世界語を課すべきだ。ほかに適当な言語がなければ、以前からあるエスペラント語でもよい。貨幣を廃止するまでは、まず、各国の通貨に代わる世界通貨を採用しよう。これが通貨危機の解決策となる。もし、だれもほかによい制度を提案できないのなら、世界連邦制度を採用しよう。各国を宗とした世界連邦を設立するのである。どうしても独立したいという区域には、彼らが望みの組織をつくるのにまかせておけばよい。世界が、国家から構成されておらず、地球の運命の責任を取るべく、連邦となって結びついている各地域から構成されていれば、世界平和も維持できるであろう。 』

 ;; 社会が改善されるための新しい社会の種となる人_新種の変革者は、“徴兵制度廃止&世界政府樹立”、を人びとに提案し浸透させる義務が発生しているのではないでしょうか? “世界が、国家から構成されておらず、地球の運命の責任を取るべく、連邦となって結びついている各地域から構成されていれば、世界平和も維持できるであろう。”と記されています。

 一方、大罪人/病的政治家を立候補させない当選させない必要も急務ではないでしょうか?

『まず初めに、政治と経済の分野について考えてみましょう。
 人類の進歩を可能にするのは、どんな種類の人間でしょうか。それは天才たちです。ですから、あなたがたは天才たちを再評価して、彼らが地球を指導するのを可能にする必要があります。
 これまで権力を握ってきたのは、他の者より肉体的に力が強い野蛮人、こうした野蛮人をたくさん雇える資産家、希望を振りまいて、民主主義国家の国民の心を巧みに捉える政治家、といった人たちです。そして言うまでもなく、野蛮性を合理化する組織を踏み台にして、自分たちの勝利を勝ち取る軍人たちに、次々と権力を与えてきたのです。
 あなたがたが決して権力を与えてこなかった唯一のタイプの人間こそ、人類を進歩させてきた人たちです。車輪や火薬、内燃機関、原子力などを発明した人たちです。こうした天才による平和のための発明は、彼らより知性の劣る権力者が、しばしば殺人のために利用して恩恵を被ってきました。こういうことを変えなければなりません。
 そのためには、現在の形態のままでは、人類の進歩にとっては全く相応しくない選挙や、投票のシステムをやめなければなりません。人間は、人類という名の巨大な身体に有用な細胞の一つなのです。
手が、ある物体をつかむべきか否かを決定するのは、足の細胞ではなく頭脳でなければなりません。
そして、もしこの物体が有益なものであれば、足の細胞はその恩恵を被るでしょう。脳もその一部として、身体全体を前進させるように作られているとはいえ、足の細胞が投票をする必要はありませんし、また手が、つかめる物が有益か有害かを判断することはできません。
 投票は、知識と知性が等しい場合にのみ確実な効果があります。コペルニクスが大多数の無能な人々によって有罪を宣告されたのは、その時に彼だけが、理解力が十分で高い水準にあったからです。だから教会(多数派)が信じたように、地球が世界の中心であるという主張は間違いでしたし、本当は地球は太陽の周りを公転していて、コペルニクス(少数)の主張が正しかったのです。
 もし最初の自動車を走らせる時に、自動車を認めるか否かを全員に投票させていたら、どうなっていたでしょうか。大多数の、自動車に無知で、関心もなかった人々は否定的に反応して、あなたがたは今でも馬車を乗り回していたことでしょう。どうしたら、こういうことをすべて変えられるでしょうか。
 現在、心理学者は、個人の知性と適性を評価するテストを作成できるようになっています。幼い頃からこのテストを一貫して行って、個人の勉学の方向づけをし、その個人が責任を持てる年齢になったら、知性指数を最終的に特定して、身分証明書や選挙人名簿に記入するようにするのです。
 ある種の公職については、知性指数が平均より、少なくとも五〇パーセント以上の人だけが有資格者とし、知性指数が平均より、少なくとも一〇パーセント以上の人だけが投票できるようにします。
もしこの試験方法が現在あるのなら、今の政治家の多くは、その職務を遂行することはできないでしょう。これこそが完全に民主的なシステムです。
 一方では、知性が平均よりも劣っているのに、記憶力が優れているせいでたくさんの資格を取った技術者がいて、他方では、専門家ではないけれども、平均よりも五〇パーセント以上も優れた知性を持つ労働者や農民がいます。あなたがたが俗に「白痴」と呼んでいる人の声が、これからどう投票しようかと熟考している天才の声と同じ価値を持つということは、もう今では実に認めがたいことです。
 小さな町の選挙では、公約が素晴らしいからではなく、酒などを一番気前よく振る舞うからといった理由で当選します。だから、まず第一に投票権は、思考力に富み、問題を解決できる頭脳を持った、知性的なエリートだけが持てるようにします。何も、多くを勉強をした者がその人だと言っているわけではありません。大事なことは、天才に権力を与えることです。これをあなたがたは、「天才政治」と呼ぶことができます。』

 ;; これまで権力を握ってきたのは、野蛮人、資産家、政治家、軍人たちで、それらに次々脈々と権力を与えてきたとされているのではないでしょうか。
 あなたがたが決して権力を与えてこなかった唯一のタイプの人間、人類を進歩させてきた人たち_天才たちに権力を与えること、これをあなたがたは、「天才政治」と呼ぶことができますとされています。
 “ ある種の公職については ~ 。” 記されていますが、身近な市議選挙は通常どうり、しかし、県議選挙以上は有権者立候補者に何かしらのフィルター機能を設ける必要なのではないでしょうか?

 無用な党利党略に新風かも.
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必要とか不要とかいう問題じゃなくて、


政治家個人が政策を通すために組んでる状態なんだから
どうやっても無くすことは出来ない。


政党だけ無くして、政治家が100人規模で組んだら何か変わると思うかい?


政党ってのはそれをわかりやすく表示してる状態に過ぎない。

政権取っても政党内だけでチームを作る必要は無く、
法律上では無党派から大臣選んだっていいわけで。


一度政治を一から勉強し直したほうがいい。
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政党がいらないっていうのならどうやって政治やるの?


球団なしでプロ野球やれて言うようなもの。
政党政治があるから党利党略というのは国民が選ぶべき政党を間違えただけじゃん。

現代ではどの国でも政党があって政治を行っているのに、
徳川幕府に戻すのかい?
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地方分権化との組み合わせで外国人地方参政権付与で、日本国民にその国のあり方を自ら決めるという主権を放棄させる土台を法的に作るという考え方そのものが問題なのであって、政治における物事の進め方、手法、手段といったことが、つたな過ぎるということが問題なのではないんだよねぇ。



これは日本国家、国民のことを思って政治を志向しているのではなく、教義をキリスト教と相似化させ、その宗教団体の利益を志向しているから、そうなってしまうと解釈される

また、福祉政策に対する政策が公明党の存在意義のように主張するけれども、そういう政策をしなければならなかったという戦後の自民党の政策に問題があったのであり、民主党が政権を取ったのも、それによって生じている社会の歪みを修正してくれるかも知れないということにおいて国民は期待と意義を見いたそうとしたのであり、それがまた、今だに民主党菅首相が国民意識から乖離状態になりながらも政権を続けていくことの意義とも言えるんだよね

その意味において、公明党は今までの政治の考え方の流れの枠中で物事を考えているに過ぎず、日本が抱える様々に顕在化してきている問題を総合的に解決させうる可能性のある具体的な国の姿を描くことによって、今の政治と対峙するという大慾に至れていないと言える状態で政治を振り回すのは、日蓮のあり方とは程遠いだろうという話であって
対象にしている問題のとらえ方が卑小過ぎるんだよ

正統な日蓮宗の教義から外れるのだろうから破門されて当然で、国家を崩壊させるという意味からは質的にはオウム真理教と同根と評価される

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政党を廃止しても、議会では何らかの会派が形成されると思いますので同じようなことになるかもしれません。

ただ、会派ぐらいであれば、会派の解散や再編成は気軽に出来そうですし、法案ごとに会派構成が変わるかもしれませんので党利党略といった側面は解消されるかもしれませんね。
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民主主義というシステムには、国民側にも相応のレベルが要求されます。


投票率の低下や浅薄な扇動に右往左往されるだけの愚か者だけでは、
それは衆愚政治と成り下がるでしょう。

民主主義は民衆の自己責任です。日本は自力で民主主義を勝ち取った歴史が無く、
その重要性を理解できない希有な先進国です。実情は独立国でもないですが・・・。

日本の政治の質を向上させるには、及第点レベルの者による投票率を80%ぐらいにまで
上昇させ、政治家側にも常に緊張感を持たせる事が重要です。

他の回答者が挙げている公明党に関して言えば、宗教団体の政治参加は違憲ではない。
ただ、現状を見ていると、福祉に関しては及第点だが、歪んだ児童ポルノの推進や、
外国人参政権の進め方が拙すぎる点は否めません。地方政治レベルならば問題はないが、
国政レベルだと穴が目立ちます。
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ご指摘すべてまったくそのとおり、同感です。



政党を禁止して、国会議員は全員無所属にして
各法案に独自の判断で投票してもらえばいいのです。

現状をみるかぎり、政党って政治家のためにある制度で
国民のためではないですね。
無所属議員なんて委員会でろくに質問もできないし。

同じ政策・考えを持つもの同士が集まるのならいいのですが
(それが本来の姿)
現状はこの党にいれば当選できるから、ってだけで
右も左もくっついているだけですから。
民主党なんて旧自民党と旧社会党がいますよね。
政権とりたい(+当選したい+ポストが欲しい)という目的だけで
集まった集団がその目的を達した今、バラバラになるのは当然かと。

ついでにいえば
国会議員は全国都道府県の首長が兼務で
全部で47人いれば十分だと思いますね。
さらについでに、衆参統合して一院で。
こんな狭い国に720人もいらないと思います。


(45♂)
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世界がある一つの一面性で表現できない以上、二つ以上で安定的になるように多党化するのは必然です


通常
王道は鼎という三つの足を備えた器が最も安定的と言われている

物理的にも三点支持が上の乗る器の最低限の安定支持になる

現状で言えば
自民、公明、民主の三党で政策協議を進めている傾向があるようだけれども
宗教系はその理によって政治と対峙することはあっても、宗教団体の数の力にものを言わせて直接政治に関与すること自体が誤りだと言えます

それに、公明党は外国人地方参政権付与を主張しており、国家の保守思想を基盤にしているというより、基本的に亡国思想系に属すると言えます

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本来は不要であり、理念からすると変な存在です。


国民の代表である個人が、個人の考えを述べ、個人の意思で方向を選ぶのは基本だと思います。
でも同じような考えを持つ政治家が集まるのは、まあ自然な成り行きだということではあります。ただ今の政党は自分の考えとは違う党であるが、この党にしがみついていれば連続当選出来るし、食うに困らないと考えている政治家が多いということ。
そんな連中は常に風見鶏で故に政治が混乱するということ。人間の好き嫌いがもろに出て、意思とは違う判断をしてしまう事。
これら政治とは関係のない事で日本が揺れているのが現状ですので、実験的に政党解散とかしてみるのもいいかもしれません。
でも裏で繋がってるとか変な活動が増えると思いますけどね。
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Q政党の必要性

自分の父親はどの政党といわず政党全般が嫌いです。
いわく、政党で政治が動いているから、国会の多数派の法案が何でも通ってしまう。
議員個人個人にどんな信念があっても党議拘束で、党の決めた賛否に従わざるを得ない。
政党そのものが組織であり、なおかつその政党のバックにそれぞれ支持団体があるため、
そこに癒着や利権が発生して国民のための政治が行われない。
組織になど属さず個人の良心で誠実にやってる議員の方が信用できる。
そういう意見です。
主にこれは与党への批判になるのでしょうが、今の野党が政権を取っても国会のシステムが同じである以上
起きてくる現象もまた同じでしょうから、要はやはり政党全般が気に入らないということだと思います。
実際、ごもっともだと思いますし、同じように感じてる人はほかにも多いと思います。
無党派層が多いのも、現有の政党に支持するに足る党がないというより、どんな政党であれ
政党というシステム自体への不信感が実はあるのではないかと思います。

しかし一方で、議会制民主主義を取っている国はどこでも、多党乱立であったり二大政党制であったりはしても、
一様に政党政治が採用されている事を考えれば、民主主義のいろいろな実験の中で政党というシステムがベストでは
無いにしてもベターな選択であるというのが現時点での共通認識ではないのかとも思います。
そもそも、いい悪いを論ずる以前に、人間は3人いれば派閥やグループが生じる生き物である以上、
たとえ政党を廃止して全ての政治家を個人単位にしたところで、いつかはいろいろな理由でまたグループが形成されるのではないでしょうか?

政党が一概に是か非かではなく、メリットとデメリットの両面が存在すると思いますが、
その両面を考え合わせた総合判断で、政党はあった方がいいと思いますか?
それとも無い方がいいと思いますか?

自分の父親はどの政党といわず政党全般が嫌いです。
いわく、政党で政治が動いているから、国会の多数派の法案が何でも通ってしまう。
議員個人個人にどんな信念があっても党議拘束で、党の決めた賛否に従わざるを得ない。
政党そのものが組織であり、なおかつその政党のバックにそれぞれ支持団体があるため、
そこに癒着や利権が発生して国民のための政治が行われない。
組織になど属さず個人の良心で誠実にやってる議員の方が信用できる。
そういう意見です。
主にこれは与党への批判になるのでしょうが...続きを読む

Aベストアンサー

>政党の必要性

        ↓
問題や不満はありますが、政党は必要と思います。
それは、議会制民主主義や首班選び、重要政策の立案施行にスピードと内容のチェック充実に、現状でベター&有効なシステムだからです。

しかし、それは必要条件であって、よりましな及第点と言うだけである。
現状の政党の存在、成果や機能が、決して、十分条件を満たしてる訳でもありません。

政党本来の目的や機能を→円滑、効率的に発揮・達成するには、政党所属議員の「資質・使命感・矜持=広意には器量」が肝心であり、その個々のレベルアップがない限り、どのような制度も政党もマニフェストも、骨抜きにされると思います。

政党の役割を果たさすには→個人としての器量に加え、同時に、旗印や将来ビジョン、その目的への工程表:基本と成る憲法観・安全保障政策・政策のプライオリティを核としての、政党のガラガラポン・政界再編が不可欠だと思います。

また、現状でも、少しでも個人の器量が政党としての器量・信頼・実行力につながる為には→重要政策での党議拘束の撤廃、綱領やマニュフェストの徹底開示と遵守が、広く党内外や国民に情報開示されチェックされ、その支持&不支持と評価で選挙で信任を競わねば本物とは言えない。

その選挙(国民からの信任信託)を受け・経て、議席の配分と国民世論の合意形成に繋げ、国益と民意をバックボーンに負託を得た中から政党・政府を形成し→国会において、その責任を果たすべく政策立案と予算の配分、官僚組織や自治体との共同責任と連帯&分担にて行政執行を行うのが議会制民主主義の基盤・根底だと思うからです。

しかるに政党の現状は、主義主張もバラバラにマスコミや支持基盤向けの迎合&利益誘導が、人気取りと手柄争いに終始しているかに見える。
個々の政治家が出自も政歴もビジョンも→まだら模様に与野党に混在し、個人の政治信条を糊塗し隠して所属している為に、価値感の違いやリーダーシップが見えず聞かされず発揮されない。

すっきりとしたシンプルな政策実現の為の政党結成&運営、効率的な分り易い政党政治が行われていなく、与野党の立場と利害だけでの為にする批判合戦、スキャンダル捜しに、国会が終始しているので、いつまでも政治&政党&議員のイメージは上がらず、利権に群がる蟻、猟官運動と選挙の為のポイント稼ぎしか見えない。

そこには、国益・国威・国運・国際協調の旗印もリーダーシップもビジョンも見えず、活力を失った政治政党不信がはびこり、主権者である国民の中に政党不信と不要論が徐々に確実に蔓延して来ている。

誰がやっても、誰がなっても、どの政党も・・・と言う不平不満不信が、大切な政治政策への無関心や選挙における低投票率、一部のタレントや知名人や世襲議員の増大に繋がり、それがインスタント政治家(政治家という商売)を安易に創造してしまい、結果的に悪循環で政治の沈滞・政治家政党の器量気概不足の負のスパイラルを招いてしまっている。

私の意見としては、政党は必要です。
しかし、現在の政党が機能・責任を果たしているとは思えない。
選挙を通じての真贋の峻別とリーダーの発掘・育成を通じて、我が国の議会制民主主義のステージアップ、是々非々での熟成が必要だと思います。

政治不信に伴う政党不要論の気持ちは分るが、個人である政治家の共通価値感によるグループ化が推進力となる現実がある。
その価値感やリーダー選びの相互啓発・切磋琢磨がグループ間の競争であり、政党の存在基盤でもある。

議会制民主主義は、個人戦としての小選挙区での選挙と団体戦としての比例区と選挙区を合わせたトータル議席(議員数)が、主権者からの第一党を得て、国民に代行して政権運営を行うのだから・・・。

要は、様々な意見や利害、価値感を汲み上げ、調整し、反映した政策立案に→集大成と多数決による合意形成が基本であり、志・信条・価値感プライオリティを共有・同じくする、良質な個人政治家が集い→意見意向を集約収斂し政党を為し、政策を立案・成案し、実行&実効有らしめるのが本意である。

たしかに議会制民主主義・政党政治は、複数&多党政党の存在は→少数意見の尊重と決定システムにおいて、時間とコストが掛かるメカニズムだが、独裁専制政治や恐怖弾圧政治、人種や宗教やイデオロギーの純化政治の不合理性を戦争や粛清や民主集中制の恐怖と悲惨な実験を経て→人類の英知で築き上げた民主主義システムの要諦・王道だと思います。

>政党の必要性

        ↓
問題や不満はありますが、政党は必要と思います。
それは、議会制民主主義や首班選び、重要政策の立案施行にスピードと内容のチェック充実に、現状でベター&有効なシステムだからです。

しかし、それは必要条件であって、よりましな及第点と言うだけである。
現状の政党の存在、成果や機能が、決して、十分条件を満たしてる訳でもありません。

政党本来の目的や機能を→円滑、効率的に発揮・達成するには、政党所属議員の「資質・使命感・矜持=広意には器量」が肝...続きを読む


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