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よく、仕事も、恋愛、人生も、自分が悪いのか、他人が悪いのか、わからないこと有りますが。
日本人は、他人が悪くても、自分が悪いように言いますよね。
本当ところは、どうなんでしょうか?
自己犠牲は、きれいですよ。
でもね?
女性は、反撃する人が多いのでは?

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A 回答 (15件中1~10件)

自分が正しいと信じている間は、自分が悪いなんて思いません。


となると、二者択一の場合必然的に、相手が悪い、と言う選択になりますね。
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> 日本人は、他人が悪くても、自分が悪いように言いますよね。

本当ところは、どうなんでしょうか?

 国籍や人種は無関係。他人が悪くても自分が悪いように言う人は何処にでもいます。

> 自己犠牲は、きれいですよ。

 綺麗ではないですよ。自己犠牲の自分に酔っているだけで、当事者のみがそれを美徳と思っているだけです。

> 女性は、反撃する人が多いのでは?

 性別も無関係。男性でも両性性でも女性でも、反撃的・攻撃的な人は世界中何処にでも存在しています。

 調査したことがないので、本当のところは分かりませんが、半世紀生きて接してきた数か国の人々との交流での、私個人の感想ですが。
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>海外では、たとえ、自分が間違えても、他人のせいにします。



ちゅーごく人の考え方ですね。
日本人じゃないのかも。
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車両事故を起こして、ぶつけた側とぶつけられた側で保険の支払いの割合が示談になりました。

80対20でした。日本でした。

外国で車両事故を両方の走行中に起こしました。100対0でした。ですから、負けずに相手を攻撃しなければなりません。引いたら負けて全額賠償です。

どちらにも非があるよね、次回は気をつけよう、の日本式のが性に合ってます。

女性が反撃するとは特に思いません。ほとんどの女性は静かに飲み込むのに、反撃する人がいると目立つんではありませんか。事なかれ主義は女性のが多いと思います。
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>他人が悪いと思うか、自分が悪いと思うか?


ケースバイケース・・かな。

自己犠牲する人もそうじゃない人も・・一人の人としてひっくるめて・・その人なので 正解は人それぞれ。
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この回答へのお礼

皆さん、やっぱり日本人。
余り、主張しないですね。
海外では、たとえ、自分が間違えても、他人のせいにします。
それだけ、厳しいと言うことです。

お礼日時:2011/08/11 13:27

>日本人は、他人が悪くても、自分が悪いように言いますよね。


だってその方が楽だし。
相手の悪い所を指摘して言い合いに発展するより、「申し訳無い」って頭下げてこの話はオシマイってすれば簡単じゃん?
自己犠牲のつもりなんてサラサラ無い。

反撃する人は、白黒付けたいとか、正義感が強いとか、自我が強いとかそんなところじゃないか?
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本当のところ



人種共通かとは判りませんが
経験上ですけれど
先ず自分を見つめ誤解される様なことがあれば責め反省するからじゃないですか。
それを踏まえ考えても変だと思うことには異論を唱える。

自己犠牲は穏便な様で事と次第や相手が力であった場合
自己犠牲側は心の苦痛に耐え不安感も伴います。
それさえ考えない権力者は何をお考えかと思うときもあります。


あと、もう異論するのも疲れすぎたり、心に阻むものがなく前を向き進むかなければとの思いで在れば、自己犠牲ではなくとも流す場合もあるかと思います。
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女性が反撃するほうが多いいのですか?そうとも限らないと思いますが。



仕事で、特に自分が一番下っ端でしたら相手が悪くてもあまり言えないかもしれませんね。仕事がやりにくいですし、得をすることはないように思います。  あまりに理不尽だと、やんわりいうかもしれませんが。

恋愛に対しては、言いますね。何でも言わないとお互い理解できません。あまり遠慮していたら、上っ面の関係になりそうですね。
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う~ん、、、ということは、


誰のせいか? ということを結果、結論として、いつも必ず考えてしまいがちなのかな?
そういう人は確かに多いかも知れないね。
けれど、そういう発想じゃない人も、いると思うんです。

じゃ、自分が悪いなんてきれいごと言うとか、自己犠牲の天使になるとかでもない。
それは、人一倍自分を人から良く見られたい人の計算し尽くした、裏返しの心理ですからね。

相性が悪かったから、そういうこともあるさね、とか、
適職じゃなかった、とか、
時代の流れで、仕事(利益)にならなくなった
(はじめは時代の先端に着手したのが早かったけれど、たくさんの人がその職業に加担してきたら、必然的にそうなる)、とかもあるし。
もちろん、あの時、自分の力不足で、、、こうすれば良かったのかも、とか
反省はまずするし、その後の改善、努力もきちんと考えて実践をする。
でないと壁、乗り越えられないし進めないから。

けど、反撃ではないけれど、正しく物事の本質を見て判断する、と、だれのせいとか、自己犠牲とか、を解決の課程に必要な大切な原因として考えることはあっても、結果としてまずそういう発想じゃなくなるはず。
原因、をもっとダイレクトに見るようにしないと解決にはならないと思うのです。

そうですね、、、こんなことがありましたっけ。
スケート選手のAさん。
ある時、転倒ばかりが続き、目標がすんなり実現できず、落ち込んで泣いてしまいました。
実は、Mコーチが力をつけるための策で、わざと、A選手のスケート靴のエッジをいつもとは異なる削り方をして、こういう状況が起きていたのです。
失敗続きで、どんどん精神的に追い詰められてゆくA選手の姿に、とうとうMコーチが、策略でやったので、自分が悪いんだ、、、と話したところ、
A選手は何が起きたのかまだ、理解できずに、自分の力が及ばないせいだ、と決して人のせいとかにせず、努力を重ねていたという美談をマスコミが取り上げました。
これ、誰かのせい、という結果論にスポットを当てれば自己犠牲、きれい、美談、がんばりやさんのA選手、、、ということなんでしょうが、厳しいプロの見方をすれば、A選手は金メダリストのはずなのに、Mコーチの策略の内容に気づかない、スケート選手の命のはずのスケートシューズのエッジが、いつもと違う、だから転んでしまう、、、そんな大切なことにも気づいてない、ということになってしまうわけですよね。

こうした場合、誰が悪いか? Mコーチも、マスコミも?
でも、結果論、そんなことはどうでもいい課程のちっさなことなわけであり、
決して人のせいにしないA選手の性格的な良さなど、もここでは仇になり、、、
プロ、金メダリストとして大切なことは、A選手がスケートシューズのエッジの小さな変化にプロとして気づけていたか? そういう多角的な観点で物事が変化する、ことだと思うのです。
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自分が悪いのか、他人が悪いのか、わからないこと有りますが。


>これは責任の所在が分からないという事とおなじでしょう。悪い事にたいして、どちらに責任があるのかを考えた時に
、一方が悪かったり、又は 双方悪かったり、又は 双方悪くなかったりする場合は 沢山あります…。
【悪い】だけだと答えを導き出せないのかもしれませんね。

日本人は、他人が悪くても、自分が悪いように言いますよね。
>何やら 古風で美徳化されている気がしますが…。
〈例えば〉…バレーボールにて。…Aがトス上げて Bがアタック です。
Bはタイミングが合わずアタック失敗。
しかし、トスのAが『私がアタックしにくいとこへ 上げたから 私が悪い』と 監督に言った。
Bは素直にタイミング合わせられなかった自分が悪かったと 監督に言った。
監督は 相手のせいにしなかった事を二人に対して褒めた。
……こんな感じの物事なら 清々しいとも思える。実際その場にいた皆が 感動していた。
しかし、良~いかっこしいの、自分が良い人間に見られたいという心持ちで これをやられると 【汚いヤツになる】。
…簡単に 人に因りけりで、種類があるのだろう。

女性は、反撃する人が多いのでは?
>ん~、キィ~って反撃したくもなるね…正直に言えば。
しかし 解決はされない…。精々心のなかで『こんちきしょう』ってつぶやくだけで終わる事が多い。

世の中には 自分は間違っていない…悪くない…って 心底思っている人は います。自分の心を探れない人。自分の心を辿れない人。
…そういう人でも 自分を良い人にみせたくて 【私が悪かった】と、しれ~っとした顔で 頭を下げれる、特殊能力を使う人って いますょ…。
心にもない『私が悪かった』…見え見え(笑)。

私は性格的に そんな人間をみると 見え見えのそれを暴きたくなる衝動にかられます。
これは私の悪いとこだ…。
自己犠牲は ものに因りけり…。
しかし自分を良い人間に見せたいという魂胆を察した途端 自己犠牲ではなくなりますよね…。
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