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私の親戚の祖父が戦前漁師を営んでいて戦中海軍(?)に漁船ごと徴用され、台湾沖で輸送船団の護衛か何か(輸送船かその護衛かまでははっきりと覚えていません)をしていたときに敵の攻撃にあい戦死された、という話を昔親戚から聞かされました。
終戦記念日が近くなりこのことが今になって気になりはじめました。
こうしたことに詳しい方、どんなことでも良いので教えてください。

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A 回答 (4件)

戦時徴用船には輸送船を含め、海軍が艦艇の不足を


補うために民間の船を、そのまま又は改造して使った
「特設艦船」があります。
約5000~15000トンの商船を改造して、大砲を積んだ
「特設巡洋艦」が有名です。
小型のものでは漁船を徴用した「特設特務艇」があります。
784隻以上とのこと。

その中に「特設監視艇」があり、ご質問の船はこれに該当
するようです。
「特設監視艇」向けの漁船は60トン位の小型もありますが
多くは100トン前後の、鰹や鮪をとる頑丈な木造船で、
無線機もある遠洋漁船です。
漁船は船だけでなく、乗り組船員もそのまま軍属として
徴用され、軍人の艇長や幹部の下で働きました。
特設監視艇の任務は、敵の飛行機や潜水艦の発見で
軽武装でしたが、口径13mm~の機関砲から、大型の
ものは76mm高角砲を装備し、對潜水艦用の爆雷を
積むものもありました。

「特設特務艇」にはこのほか敵機が日本沿岸に投下した
機雷を除去する「特設掃海艇」、潜水艦を退治する
「特設駆潜艇」があります。
これらは特設監視艇より大型の漁船で特殊技術が必要
乗組員の多くは軍人です。
しかし親戚の祖父の方が機関科の業務に従事していたら、
軍属としてこのような船に徴用された可能性もあります。

これらの「特設特務艇」は、輸送船の護衛や、輸送任務
にも使われました。
貧弱な装備で敵に太刀打ち出来ず大きな損害を出しました。

特設監視艇 407隻  うち 喪失307隻 (75%)
特設駆潜艇 265隻   〃    215隻 (81%)
特設掃海艇 112隻   〃     82隻 (73%)

特設特務艇 の乗組員、約2万人 うち民間人、約1万5千人
と推定。  死者も多いと思います。

これらの基地のうち関係のありそうなものは
横須賀、大湊、舞鶴、大阪、呉、佐世保、佐伯、高雄(台湾)。

乗組員は軍人の払底に伴い、民間人も軍事講習を受け
戦闘に参加し発砲などしたそうです。
名誉の戦死かも知れません。

  大内建二 「特設艦船入門」 参照。
何かご参考になれば幸いです。
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この回答へのお礼

とても詳しい解説、ありがとうございます。

お礼日時:2011/08/18 21:35

漁船とのことですので、おそらくは「特設監視艇」で検索すればwikiなどで、その実情の詳細が分かるのではないかと思います。


役目的には太平洋上に点々と敵の侵入を警戒する為に配置され、「平時は漁業を営んでも良いが、敵を発見したら即通報する事」という建前で強力な無線装備を乗せて監視任務にあたっていたようです。
しかし実際には武器らしい武器もなく、敵に見つかれば即撃沈されてしまうという過酷な任務であり、「定時連絡でどこの~丸からの連絡が無い為、この海域に敵が侵入したようだ」というように使われていたのが現実のようです。

形としては軍属ではないものの、それこそ第一線の兵隊と同様の過酷な任務を行っていたようです。
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皆さんは、太平洋戦争で戦ったのは、兵隊さん、そしてその集合体である軍隊だけだったと思っていませんか? そして零戦などの戦闘機や、戦艦大和、武蔵などの軍艦などの華々しい活躍を真っ先に思い浮かべるかもしれませんね。



しかし、「赤紙」をもらって召集された兵隊さんの他にも、「非戦闘員」という身分ながらも無理矢理に戦場に駆り出されて散っていた人々がいたことを今はあまり知る人がいないのは、大変残念なことです。

それは、徴用船員の乗組員たちです。

太平洋戦争は、第二次世界大戦の一局面として太平洋をはさみ、主に日米で争われた戦争ですが、戦場になったのは、主に、日本が領土拡張の対象とした太平洋の島々であり、そうした戦場への物資・エネルギーの補給は大変重要でした。しかし、日本の大本営のお偉方は、華々しい軍艦に軍人と巨砲を積んでぶっ放せばそれで勝てるような幻想を抱いていたようです。こうした考え方を「大鑑巨砲主義」と言いますが、とんでもない! 第一、戦争を遂行するためには、第一線の戦場に物資・エネルギーを運ぶ民間商船にこそ軍艦の護衛を付けて、無事に目的地に送り届けることが、第一優先順位だったのにもかかわらず、軍艦はろくに商船の護衛をせず、裸同然で航行せざるを得なかったために、多くの民間商船が連合国側の爆撃に合い、犠牲になりました。

しまいには、商船だけで足りなくて、機帆船・漁船までも徴用され、日本本土に向かうアメリカ軍の監視などを命じられたようですが、元々戦闘用に作られていない小船など、一旦敵に見つかればひとたまりもなく、徒に犠牲を増やすだけだったようです。

その様子は、昨年放送されたNHKの番組をご覧下さい。
「NHK戦争証言アーカイブス」http://cgi2.nhk.or.jp/shogenarchives/shogen/list …
の画面上の方の検索窓に、「焼津港 戦争」と入れて検索してみて下さい。
「漁師は戦場に消えた ~静岡県・焼津港~」という番組が参考になると思います。

太平洋戦争において、これらの徴用船員(商船・機帆船・漁船の乗組員)の犠牲は6万人に上りました。船員の損耗率(人口比の死亡率)は43%と、軍人の損耗率(陸軍20%、海軍16%)を上回り、又、商船などでは、15~16歳といった年少船員の犠牲が多かったことも特筆すべきでしょう。

No.1さんの挙げられた宮本氏の本ほか、以下の参考図書やウェブサイトを参照してください。

【関連図書】
宮本三夫「太平洋戦争 喪われた日本船舶の記録」(成山堂書店2009年3月)
三輪祐児「海の墓標―戦時下に喪われた日本の商船」(展望社 2007年2月)
全日本海員組合編「海なお深く~太平洋戦争船員の体験手記~」(新人物往来社、1986年)
野間恒 編著 「商船が語る太平洋戦争~商船三井戦時船史~」(自費出版、 2002年)
【関連ウェブサイト】
焼津港の徴用船(Wikipedia)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%84%BC%E6%B4%A5% …
日本殉職船員顕彰会 http://www.kenshoukai.jp/
戦没した船と海員の資料館 http://www.jsu.or.jp/siryo/index.html
神戸大学海事博物館 http://www.museum.maritime.kobe-u.ac.jp/
戦時下に喪われた日本の商船 http://homepage2.nifty.com/i-museum/index.htm
戦没船を記録する会 http://www.ric.hi-ho.ne.jp/senbotusen/
硝煙の海 http://www.geocities.jp/kaneojp/index.html
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この回答へのお礼

親戚の祖父は焼津出身だったそうです。
番組がとても参考になりましたありがとうございます。

お礼日時:2011/08/18 21:33

船名が判っているのなら 成山堂 太平洋戦争 喪われた日本船舶の記録 宮本三夫 をご覧になれば....


陸軍の徴用原簿は失われていますが海軍のは残っていたので本書に海軍徴用漁船の船名/その他が載っています。
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