昨年の9月に、最愛の母を亡くしました。
1年近く経った今でも、辛くて辛くて涙が溢れます。

5年間、ずっと母の介護をしていたので、いつもそこに
いた人が居なくなると言うことが、こんなにも悲しいなんて。

休日は、家でダラダラして、誰にも会いたくありません。
仕事は毎日していますが、すっかり出不精になり、
気持ちも滅入っていて、本当に「鬱」ではないかと思います。

こんなことでいいのでしょうか?
どなたか同じ境遇の方がいらっしゃいましたら、どうかご意見
お聞かせください。

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A 回答 (12件中1~10件)

はじめまして。

私は20代後半で、幼少の頃に父を亡くし、小学校低学年で母が病気になり17年間の介護生活の末昨年母を亡くした者です。

いつもこちらのサイトを閲覧しているのみでしたが、質問を拝見しとても人事だと思えないので初めて回答させていただきます。

5年間もの間ずっとお母様の介護をなさるのは本当に大変だったと思います。

私は葛藤の毎日でした。
学生時代は、部活、バイト、遊びを思いっきりしている友人達が羨ましくて仕方なかったです。
進学も就職も母の介護があるからと自分の思う道には進めませんでした。
寝たきりで言葉を交わすことも意思の疎通も難しい母に当たってしまうことも数え切れないほどありました。
後で必ず後悔しますがそのときはどうしても抑えらず、悲しく苦しく自己嫌悪の毎日でした。
亡くなる一年前に容態が悪化し入院することになり、仕事を辞めてずっと母のそばにいました。
もうそろそろ危ないかもしれないと医者には何度も言われましたが、私が結婚するまで母は生きてくれました。
ドレス姿をどうしても母に見せたくて、病院側に許可をいただき式の翌日夫と3人でたくさん写真を撮りました。
すると、「おそらく意識はない」と言われていたのに母の目から一筋の涙が流れました。

それから少しして母は天国へ逝ってしまいました。

私は、言いようのない虚しさと悲しみで胸が埋め尽くされ、泣きたいのに涙も出なくなってしまいました。
あの時もっとああしてあげればよかった、と後悔ばかりが押し寄せてきて、母のことだけを考えていたいのに容赦なくやってくる「明日」に心が押しつぶされそうになっていました。
外に出て「いつも通りの自分」を装わないといけないのが苦痛でした。
毎日そんな感じでしたが、やはり「時」のパワーは偉大で、時間が経つ中で少しずつ自分が変化していったように思います。
私も母が亡くなって一年になりますが、母のことを想わない日はないしその度に涙が溢れます。
でも母と父は天国でやっと一緒に平穏な時間を過ごせるようになったんだとやっと最近素直に思えるようになってきました。

sirayukihime3さん、お母様は先に天国へ旅立たれましたがsirayukihime3さんにたくさんの大切なことを残していってくださったのではないでしょうか。
私は、葛藤しながらの介護でしたが母がいなくなった今、今までの選択は「母の為」に妥協したのではなく、この日の為に少しでも後悔しないように「自分の為」に選んだのだと遅ればせながらやっと気づくことが出来ました。本当にありがたかったです。
辛い経験をした分、心は成長できると信じています。その経験が必ず今後の人生の財産になると思います。
そして人の痛みに寄り添えるような温かい人になれると思います。
明日が来ることさえ嫌だった私が、今は明日がくることに感謝をして、毎日を大切に過ごせています。
(心が)豊かな人生を送るためにこれは何より大切なことだと思います。
sirayukihime3さんもそう思える日が必ず来ると信じて、決して無理せず、自分の心に嘘をつかないでいてほしいと思います。

私は泣きたい時は空を見上げて泣くようにしています。(下を向いて泣くとどこまでも深い悲しみに落ちていってしまいそうなので。。)

お母様はいつも、いつまでもsirayukihime3さんと共に、胸の中に生きてくださっていますよ。

かなり長文になってしまい、申し訳ありません。。
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この回答へのお礼

ご丁寧な長文をありがとうございました。

あなたは私よりも遥かに壮絶な人生を歩んでこられたんですね。
読んでいて、涙が溢れてきました。

でも、すごく嬉しかったのは、あなたが愛する人とご結婚され、
ひとりぼっちではないということ。

あなたと共に生きてくれる家族があるっていうこと。
きっと大切にされていることでしょうね。

これからもいつまでもいつまでもお幸せにね。

私、今までこのサイトでたくさんの方のお話を聞かせて頂き、
本当に本当に心から感謝しています。

書いてくださった皆さん全員に「ベストアンサー」を差し上げたいので、
誰も選べませんでした。

この場をお借りして、みなさまにお礼が言いたいです。
ありがとうございました。

本当は皆様全員とお会いして、心ゆくまで語り合いたいですけど、
このサイトはそんなサイトではないですので残念です。

同じ悲しみを経験した者同士です。
これからもお互いに頑張っていきましょう。

お礼日時:2011/08/28 00:50

sirayukihime3に、「さん」をつけるの忘れちゃった。



申し訳ない^^;
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この回答へのお礼

わざわざご丁寧にありがとうございました。

いいんですよ。
そんなこと、ちっとも気にしていませんよ。

みなさんから頂戴するご回答が毎日楽しくて、ありがたくて、
ごはんを食べるのも忘れて、涙しながら読んでいます。

ありがとうございました。

お礼日時:2011/08/23 22:10

NO7です。



私の母も、私の息子をとっても可愛がり、息子もおばあちゃんが「大好き!」で、亡くなった時
「オレとおばあちゃんを、しばらく二人にしてくれ」と言いいました。
その彼の姿を見た時には、胸一杯になりました。

これだけ「愛」に囲まれた母は、毅然と、あの世に行ったと強く感じたのです。
その毅然とした母を尊敬する意味で、残された私たちが、幸せであることが、母に見せる姿だと思いました。
それが、母がいつも傍にいるという自覚にもなりました。

それと、3周忌の時です。
お坊さんのお経を目を閉じて聞いてた時、ふわ~と温かい空気が私の周りにきて「大丈夫だよ、大丈夫だよ」って
感じで、確かに母が来ました。

その時、私だけが、涙が出て出て止まらなくなり、そして凄く温かく強い慈愛に包まれました。

「やっぱり母は、あの世から皆を気にしてる」と感じました。

だから、sirayukihime3 も、絶対に大丈夫だよ!
必ず立ち直れるから!

母はいつも言ってました。
「体なんて車と同じ。使えばガタがくるんだよ。大切なのは魂。だから私が死んでも、泣く必要ないよ。
肉体無くなったら、今以上に、あんた達を守れるから大丈夫だよ」って。

だから、あなたも絶対に大丈夫!
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この回答へのお礼

凄いご経験をされましたね。

あなたのお母様はすごく気丈な方だったのですね。


私の母もかなり気丈なほうだと思っていたのですが、亡くなる3日前に
病室で、母のベットをのぞき込む私の首に両手を回してぶら下がるような
格好で、母は私に「おねえちゃん、あたし、ホントはまだ死にたくないんよ。」
ってつぶやきました。

けれど、その後で、「でも、もうあたし、家に帰れんなった。」とポツリと
こぼしました。

その時の私は、今にも溢れそうな涙をぐっとこらえて、「お母ちゃんは絶対
死んだりせんよ!早くよくなっておうちへかえろうね!」と、震えながら
そう言ったのを覚えています。


私の息子もすごくおばあちゃんに愛されたからか、とても心の
優しい子に育ちました。

母が病気になって、お墓の階段が上がれなくなったので
「今回は、もう、よう行かんから、母さん(私)と二人で行きなさい。」
って私の息子に言うと、息子は私の母をお姫様だっこして、
お墓の階段を上がってくれました。

なんで、お姫様だっこしたのかと言うと、母は心臓にペースメーカー
が入っていたので、おんぶすることができなかったのです。

今でもあの時の光景が頭に焼き付いて離れません。
息子の思いやりと優しさがなんだかとても嬉しくて、夜、布団の中で
一人で泣きました。

やさしい息子も今は遠くで仕事をしていますが、けっこう頻繁に
ここに帰ってくれています。

いつか一緒に暮らせる日が来たら嬉しいです。
また、何かありましたら、お話してくださいね。

ありがとうございました。

お礼日時:2011/08/23 22:34

こんばんは!


ありがとうございました。
僕も自分を責めずに父の分まで頑張って生きていきます。
だから、貴女も貴女自身を責めないでお母様の分まで頑張って生きて下さい。
ある、回答者様へのペースメーカーの話に泣けました。
自分は父の入れ歯をお守りにしています。
辛いけどお互い頑張りましょう。本当にありがとうございました。
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この回答へのお礼

こちらこそ、2度もご回答頂き、本当にありがとうございました。
このサイトがあるおかげで、本当に心が救われますね。

何もしていない時が一番辛いから、こうやって返信できることが
心を癒していけるようで、嬉しいです。

回答の締切はもう少し先にします。
もっともっと色々な方のお話が聞きたいですから。
あとすこしだけこのままにさせておいてください。

ありがとうございました。

お礼日時:2011/08/22 23:22

5年間、お母さんの介護をされていたんですよね。


突然大切な人を失って、色々としてあげたかったことができないで悔しい思いをする方達もたくさんいる中で、大きな親孝行ができたことと思います。

僕は父が他界した時に、親より長生きした(親に子供の死に目をみせないで済んだ)ことで、親孝行ができた
と思うようにしました。

あなたは、2つもの親孝行ができているではないですか。
母を想う気持ちも分かりますが、どうか元気を取り戻して下さい。

あなたが精神的に参っている姿なんて、お母さんはまったく望んでいないはずです。

早起きでもして、一人で散歩でもしたらどうでしょう。
少しは気分が変わることと思います。(気持ちいいですよ!)
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この回答へのお礼

そんなふうに言っていただいて、ありがとうございます。

それでも、心残りはまだまだありますが、考えていたらキリがないので、
そろそろ気持ちを切り替えられたらいいなと思います。

この家に家族が帰って来てくれるまで、頑張って守っていきますね。
ありがとうごさいました。

あなたもどうかおからだ大切になさってください。

お礼日時:2011/08/22 23:26

母親って、ホント、特別なんです。


母親の死は、本当に悲しいもんです。

私は、母親が亡くなって4か月たった頃、母の事を書きまくりました。
母との思い出、母の言った言葉、笑った事、母の性格、どう生きたか?娘(私)との関係
亡くなる瞬間の事、母と話した事などを文章にしました。

そして、母の人生は全うし完結したんだと納得しました。

私が生まれた時には、もう既に母が、この地上で待っててくれて、先に逝った母が、また今度、私が死んだとき
あの世で、待ってくれてるんだと思いました。
この世でも、あの世でも待っててくれる母親がいる子供は、幸せだと考えました。
つまりは、いつも一緒って事。

肉体は無くなっても、あなたの心の中には、確かにお母さんが存在してます。
そして、今まで以上にあなたを守ってくれてます。
私は、母が守ってるから安心!って気持ちがあります。

私は毎日、仏前に、お花とお線香で、母に挨拶します。
それが、母との会話です。

行ってきます。
ただいま。
あのね、お母さんって感じで、話しかけます。

あなたが、元気に生きていくことが、お母さんへの愛情だと思います。

お母さんは、肉体を離れただけで、あなたの傍にいるんですよ。
仏前の写真に語りかけ、お母さんって呼ぶことで、お母さんと繋がれますから(私の体験)

供養は、愛情表現です。
鬱になんか絶対にならないでネ。
お母さんが悲しむよ。

私の中には、母がいつも居ます。

この回答への補足

みなさんの心のこもった投稿に、涙が溢れて止まりません。
今、涙でにじんだ視界のまま、やっとの思い出キーボードを
打っています。

母は私が生まれた時に買ってくれたお雛さんの段飾りセット(ガラスケース)
を床の間に飾っていて、死ぬ前に私に「このお雛さんは絶対にここから
下ろしたらいかんよ。これはあんたなんやから、お母ちゃんが死んだら
そのあとはあんたがこの家を守るんよ。」と言いました。

そして私の息子をこよなく愛し、育ての親同然でした。
息子は今遠方で住んでいて、この家には私一人です。

私の仕事がハードなので、父は自ら私との同居を辞退して、
私の体が疲れないようにと、一人で暮らし始めました。

息子がこの家に戻るまで、私が元気で居ないと、この家が
終わってしまうからと、父がそのように配慮してくれたのです。

一緒に暮らしたいのに、頑固な父はどうしても聞き入れてくれません。
だけど、本当に父の愛情には涙が出ます。

あなたも毎日ご供養を懸命になさっているのですね。
お母さんがいつも傍に居るって、そう思えるような出来事があったの
ですか?

もしあったのでしたら、お話してくださいませんか?
どうしてもお訊きしたいしたいので、補足させて頂きました。

まだ少し病んでおりますので、どうかお許しくださいね。

補足日時:2011/08/22 23:04
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今から約12年前、人生で最も尊敬し一生付いていくと決心をした方を失いました。



長く生きていればいつかは大切な人の死に直面するものです。
悲しむ事は必要ですがそれ以上に大切な事は、その人の分まで生き抜く事だと私は思います。
お母さんは質問者さんをどんな気持ちで産みどんな気持ちで育てたのか。
どんな大人になってもらい、どんな生き方をして欲しかったのかをよく思い返してみてください。
それは確かに質問者さんの心にあるはずです。
それをまた自分が大切に思う人へ伝え暖かい心を持てるように、または、しなくてもいい苦労をしないように教えることが、残され今を生きる質問者さんに与えられた使命でありお母さんの願いだと思いますよ。

私には娘と息子がいますが、もし自分があの世へ逝きずっと悲しんでる息子達の姿を見たら居たたまれない気持ちになります。
自分にはどうすることもできないのですから。
一時嘆き悲しんだらその悲しみを乗り越え多くなくていい、大切に思うその数少ない人を支えたり救ったり愛し愛される人になってもらいたいです。
辛い時はただ黙って傍で見守ります。
そうすることしかできませんし、そんな時少しでも私の事や教えを思い出し困難を乗り越えられたならそれほどうれしいことはありません。

いつかは質問者さんがその立派なお母さんのような立場にならなきゃいけないわけです。
そこまで想われるお母さんは幸せ者ですね。
十分悲しんだならそろそろ歩みを進めてもいいと思いますよ。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。

私も息子にはこんな風にはなってもらいたくありません。
そう思います。

ただ、「母親」の死は、私が人生今まで生きてきた中で、
最も辛い出来事だったと言うことは確かです。

彼氏にふられたとか、友達に、裏切られたとか、これもまた
とても悲しいことですが、母の死というものは、そんなこととは
比較にならないほど、残酷な出来事でした。

生んでくれたお母ちゃんの存在は凄いです。
しっかりとしないといけないことはわかっています。

もう少し時間が経てば、わたしも今よりは元気になれると信じてみますね。
たった一人で暮らしているからこんなになっているかもしれませんね。

ありがとうございました。頑張ってみます。

お礼日時:2011/08/22 23:12

私は今年の4月に若い歳で妻を亡くしました。

まだ若い子供がいます。
4月から今日までの4ヶ月くらいで49日の7日毎のお経、仏壇の購入、仏壇の開眼、49日法要、お墓の購入
百ヶ日法要、お墓の開眼、初盆、と何もない状態からなんとかやってきました。
わたしも約3年入退院、自宅介護を地域のお医者様、看護士、介護士の方のお世話になりながら
やってきましたが亡くなってしまいました。
亡くなってから無意識に涙がでています。あなたのお気持ちは良く分かります。
泣きたい時は思いっきり泣いてください。私は友人知人から時、時間が解決してくれると
教えて頂きました。でも現在もなぜか無意識に涙が出てきます。
子供のいるところでは泣けないので隠れてトイレで思いっきり泣いて何もなかったようにして
部屋に帰ってくる毎日です。
今日は仕事が休みだったので実家のお墓と妻のお墓にお参りに行ってきました。
時、時間が解決してくれると教えて頂いた友人、知人の言葉を信じてこの先も
子供のためにも弱音を見せないように頑張っていこうと思っています。
あなたもつらいでしょうが頑張りましょうね
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この回答へのお礼

奥様を亡くされて、さぞ辛かったでしょう。
こんな気持ちは大切な人を失って初めて、感じることだと思います。
母が残してくれていたわずかなお金は、自分が働いて貯めたお金と
併せて、実家の仏壇の修復費用に使いました。
母が死んでから私も、49日までは心を込めて供養しました。
その後も今日に至るまで、毎日懸命に供養しています。
今年は初盆でしたが、家族だけでひっそりと行いました。
私にも一人息子と、残された父親がおりますが、父も最近とても
弱って来ました。父もすごく寂しそうにしています。
残された家族の命の灯を大切に、これからも頑張っていかないと
いけませんよね。まだまだ辛いですけど、温かいご回答に感謝
いたします。ありがとうございました。

お礼日時:2011/08/22 21:52

愛する大切な人を亡くしたのです。

悲しいのは当たり前です。
一年たっても2年たっても涙があふれて来てもいいのです。
それは自然な事なんです。
思いたいだけ思ってあげればいいと思います。

5年間もお母様の事を大事に介護なさってこられたのですね。
大変でしたね。
でもお母様はそんなに大事にされて、きっと幸せな時を過ごされたと思いますよ。

よく頑張って来たから、今は少し休みなさい!という事です。
休みたいだけ休んだら、たまに一人で公園でも歩いてみてください。
自然の光や風や緑の木々にふれると、心が癒されますよ。

私もあなたと同じ様に母を亡くしました。
そして一年後に父を亡くしました。

どうやって息をしていいのか分からないくらい苦しかった!悲しかった!
毎日泣いて、動けなくなり、寝てばかりでした。

でもね。いつかきっとお母様といつでもお話し出来る時が来ますよ。
お母様はいつも何処にいても、必ずあなたの事を見守っていてくれています。
いつか遠い将来出会える時が来るまで。
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この回答へのお礼

ご両親をたて続けに亡くされて、本当に本当に残酷なことでしたね。
息もできない位、苦しかったでしょう。
悲しかったことでしょう。

あなたに比べれば、私はまだ父が生きていてくれるので、悲しみは
あなたの半分なんですよね。

私は母が亡くなった時、母が体内に入れていた、ペースメーカを
病院からもらって帰りました。
そして納骨の際に、母の骨壷から骨を抜き出して、それをお守り袋に
入れて、ペースメーカーと一緒にいつも、肌身離さず携帯しています。

お風呂に入る時も、お守り袋をビニールに入れて、母と一緒に入浴
しています。
寝る時も、枕元において、寒い日は布団の中に入れてやります。

なんか病んでいるでしょう?
でも、こうすることがくせになって止められないのです。

このサイト、本当にありがたいですね。
あなたも、そしてみなさん全員にベストアンサー差し上げたいです。

ありがとうございました。

お礼日時:2011/08/22 22:02

通りすがりの者です



昨年9月と言うと330日余り・・・そうですね辛いでしょうね。
いいんですよ・・・泣いて泣いて、涙があふれ出て止まらなくても・・・
気持ちが済むまで納得するまで、もし納骨してなければお骨の壷を抱いて
泣き明かしなさい、何日も何日も・・・気が済むまで・・・。
もう納骨しているのなら墓前に通って手を合わし、祈って下さい。
お母様が亡くなって1,000日、およそ2年8ヶ月泣き続けていいんですよ。

人の悲しみは限りなく、個別の事情がある以上個人差があっていいのです。
貴女は貴女の気持に忠実に過ごしなさい。ただし今従事している仕事には、
精一杯頑張り、続けなさい。それが貴女の救いになるからです。

私も2,000日泣き続けました、毎晩毎晩涙が止まりませんでした。
5年が過ぎて6年目に入った頃でしょうか・・・春夏秋冬を感じるように
なり、春の桜のはかなさ愛らしさ、秋の紅葉の幻想を味わいました。
今はもう11年4,000日を過ぎ、ようやく人並みの人生を送っていますが、
まだまだ時に涙が溢れ出す時があります。

人間の死は2度あるそうです。
1度目は物理的な肉体の死です。そして2度目がその亡き人を誰も話を
しない・・・忘れられた時、だそうです。
即ち、貴女やご家族が、お母様を思い出し、話をし続ける限り、お母様は
死なないのです。
どうぞ、貴女の命がある限り、お母様のことを思い、話し、共に行き続ける
ことを祈っています。
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この回答へのお礼

私のような方がたくさんいらっしゃることがよく分かり、嬉しかったし、
とても励みになりました。

私、まだまだ泣いていいんですね。
そして、あなたがおっしゃるように、母を2度も死なさないように、
これからもずっとずっと永遠に、母のことは語り続けていきますね。

母は、お墓に入るのが寂しいと何度も何度も私に言っていたので、
私は母の遺骨を自宅にも置いています。

私がお墓に行けなくても、一人で寂しくないように。
ありがとうございました。

お礼日時:2011/08/22 22:08

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私は祖父譲りの徹底的な無信仰です。
なので天国で~,といった感傷はありません。
でも,「生きていたらどう言うだろうか」というシミュレーションはします。
祖父はとくに
「死亡通知は出さない。形式ばかりのお悔やみをもらっても意味がない。知人から連絡があったときに,こういう事情で亡くなりましたが故人の意思によりご連絡しませんでした,と返信せよ」
と,若い世代でもなかなかできない思い切ったことを遺言しました。
「死者は生者を惑わすべからず」が信念でした。

また,私自身は非婚男性で,おそらくこのままだと思いますが,「先祖代々」といったつながりは重視していません。
よく言われる「たくさんの人が先祖にいてあなたがいる」というのも信用していません。

霊感商法が問題になったときに,祖父の言った言葉が強烈な記憶になっています。
「先祖が苦しんでいるから供養がどうのなんていうが,子孫を苦しめるようなことをするはずがない」
私はさらに拡張して,子孫を苦しめるような祖先はいなくても結構だ,と言っております。

でも,これだけ極端に過激な考えを持ってる私でも,純粋に今でも「かっこいいなあ」と思います。
現代の若い世代でもこんなこと言えるのは何人いるんだ?と,身内贔屓ながら思ってしまいます。

死後の世界を否定しても,受けた教育や影響,話してくれた体験談や直接見聞きした記憶というものはちゃんと残ります。
長所も短所も個人の記憶として残っています。
自分のDNAは残せなくても,こういう考えをした人がいる,という話は伝えられます。
教育は誰も奪うことのできない財産であり,絶対に消えないものだと信じています。
残っているのは過去の出来事であっても,そこから新たな法則性や価値基準は抜き出せると思います。

視点を,ちょっとだけ亡くなったお母様から外してみませんか。
~してはいけない,~しなくてはいけない,と考えるのはどんな場合にもつらいです。
お母様は,あなたをここまで育てあげたんだから,あなたは何をするにも自分の考えと都合に素直に従っていいと思います。
泣きたいなら泣いていいでしょう。そこで泣けるように育ててくれたんですから。
お母様がどう思うかと意識が集中しすぎるとつらいと思います。
親がどう思うかで動くのは,言い方は悪いですが,ある種子どもの考え方ですよね。「怒られるからしない」と同じような。
でも,一個人として成長すれば,誰が何と言おうと私は嬉しい,何と思われようと私は悲しい,といえるようになります。
それで必要かつ十分です。
いま,質問者さんはどうしても亡くなったお母様に視点を合わせてしまうために,どう思うだろうか・これではいけない,と自分を抑えつけてしまうのではと思います。
自分を信じてあげてください。自分を大事にしてあげてください。
ときに自信がなくなったら,「お母さんが私には合格出してくれたんだから私はこれでいい!」と考えてはいかがでしょうか。
ご参考になれば幸いです。

私は同居の祖父母の死を経験しました。
両親よりも接する時間が長かったので,存在も大きかったです。
年相応で,ある程度予想はできており,質問者さんほどの衝撃ではありませんでした。
しかし,

>母とは大親友以上の仲だったので
という部分,私が祖父に対して持っていたのと似ているようにも思えるので,お答えになるかどうか分かりませんが,ご参考になればと思い書いてみます。
私の場合は,親友というよりも,耐え難い日本の不条理に対する戦友のような感じでした。

私は祖父譲りの徹底的な無信仰です。
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Q男性にとって父の死より母の死のほうが辛い?

両親ともに他界しています。

父も母も私にとって大切な人でした。

父の死はすんなり受け入れられたのに
母の死はなかなか受け入れられず
今でも母のことを思い出すと、ふと涙がこみあげてくることがあります。

男性にとって母親の死って父親の死より
悲しいものなのでしょうか。

Aベストアンサー

男性は少なからずマザコンの遺伝子を持っています。

歩んできた人生等で一概に言えませんが多くの男性は、母親の死の方を悲しむ事が多いと思われます。

そのわけは絶対とは言えませんがほとんどの男性は(女性も)一番抱きしめられた回数が多いのは母親なのです。

Q母に会いたいです。 母が亡くなりもうすぐ1年になります。 母のいない人生は、思った通り辛いものです。

母に会いたいです。

母が亡くなりもうすぐ1年になります。
母のいない人生は、思った通り辛いものです。
周りの人達には気丈に振る舞いますが、悲しみは薄れません。
一周忌を無事に済ませてから、強く母に会いたいと思うようになりました。しかしそれは叶うことはなく、悲しみだけが残ります。
一生この悲しみと共に生きていかなければならないと思うと辛いです。
自分の中でどう処理をしていいのか分かりません。
どなたか教えて下さい。

Aベストアンサー

悲しみや寂しさを無理に取り除くことは出来ませんよね。
どんな前向きな言葉で慰められようと、心は晴れず。
今は、悲しい、それでいいとおもいます。
人の死を受け入れるのはたやすいものではないですし、多くの時間が必要だと思います。
毎日の生活の中で、お母さんの姿はみれないけれど、きっと自分を見守ってくれてると信じ、
時折心の中で話しかけてみてもいいとおもいます。

世の中には、子供に先立たれる親もいます。これはあなたと同じく、とても悲しいこと。
つきなみですが、誰でもいつかは亡くなるもの、順番はわかりません。
残された者は、喪失感と、後悔と、悲しみが多少なりともあるものです。
あなたは、愛するお母さんに、子供に先立たれるという耐え難い苦しみを与えなくて良かったとはおもえませんか?

あなたが、お母さんの死を受け入れ立ち直れるまで、今はもう少し悲しんでいてもいいんだとおもいます。

Q母の死を今日で2年たった今でも受け止められず泣いてばかり… どうしたら受け止められるのかな…

母の死を今日で2年たった今でも受け止められず泣いてばかり…
どうしたら受け止められるのかな…

Aベストアンサー

NO4です。

補足、拝見しました。
自殺かもしれないとのお話。
突然だったと思います。より辛かったでしょう。

そのような形で最後を終わらせた方は瞬間
周りのことが見えなくなっているといいます。
見えていたら留まったと思います。
だからあなたを始め周りの方が嫌になってではなく
見えざる者がお母さんを呼んでしまったのだと思います。

たぶんお母さん後悔しているんじゃないかな。
あなたのこと今も大好きですよ、きっと。

会えないけれどいっぱい空に向かって声をかけて
あげてください。嬉しい時も、悲しい時も。
それがお母さんにも伝わるはず。

泣きたい時は何年経っても泣いていいんですよ。

最後に、あなたはあなた。
それがお母さんにとって一番嬉しいことだと思います。
どうぞあなたの心、大切にしてくださいね。
顔の見えない間柄ですが応援しています。

Q最愛の姉を看取った母の慰め方

先月、伯母が逝去しました。進行性の癌でした。
年が離れ、母親代わりだった伯母を母は必死に看病しておりましたが、伯母は母の腕の中で臨終を迎えました。

私もショックでしたが日々の仕事などに追われてなんとか気を紛らわすことができます。
しかし専業主婦である母は、毎日毎晩伯母の事を思い出すらしく、電話も出ない、出かけない・・・等軽く引きこもり状態になってしまいました。

食事は私が母の好きなものを買ってきたり作ったりすると食べるようになりましたが「何も考えずにすむから」と好きなドラマや映画のDVDを1日中ず~っとみています。

こんな時なんと励ましたらいいのでしょう?
私は母が元の明るさを取り戻すまで2,3年はかかると覚悟していますし、伯母の事で悲しむのは決して悪くないとは思っています。

Aベストアンサー

何も声をかけずに今はそっと見守ってあげてください。お母さんが伯母さんの思い出話をされるようになってこられたら同調しながら話を聞いてあげるのが良いと思います。(本当に良い叔母さんだったよね。)という風に。それからもう少し時間が経ってきたら教えてあげてください。私も同じ年に二親を見送りましたが二人とも臨終に立会いました。これは人に言わせると物凄く恵まれた体験だそうです。親子や兄弟の絆が深い方は多いと思いますが腕の中というのも凄いと思います。おそらくとても深い姉妹愛で結ばれた方達だったのでしょう。そういう方達は心でつながっておられたのですから亡くなられた方が残された人を魂になって守ってくれるものです。私はそれを実感しました。悲しまれることは貴女がおっしゃるとおり悪いことではありません。悲しみを貫かれた後には必ず心が慰められる時がきますのでご安心なさってください。お大切に。

Q母の死

私は精神障害の40歳の男性です
73歳の母と暮らしてます
病気のほうはおかげさまでだいぶ落ち着いてます
今は毎日幸せに暮らしてます
私は17歳の頃に父を病気で亡くしました
父の葬儀の後は祖母が亡くなった時に葬式に出たくらいで、
親類縁者の冠婚葬祭には一切出席してません
なんだか嫌になってしまったのです
もう葬式なんて出たくなかったです
一般的に男性は父親より母親の死をより悲しむと言われてます
父の時も悲しかったのに母の死に耐えられるのでしょうか
目を閉じた母の遺体を想像すると深い悲しみに包まれます
母の遺体が火葬で焼かれるなんて嫌です
私は後悔したくないので、ありったけの親孝行をしてきました
母が死んでからやり残したことがもし残ってたら、とても後悔すると思ったからです
普通の人がやる3倍は孝行してきたと思います
なんでそこまでしたのでしょうか
まるで何かから逃げるように・・・
でもまだ心の準備ができてません
母の死は日々近づいてます
たまに深刻に考えたりします
私は母が好きです
死んで欲しくなんかありません
ずっと生きていてほしいです
100歳までずっと生きてくださいと祈るしかないです
私が何かやり残したことはないでしょうか
母の死に備えてどんな心の準備をしたらいいでしょうか

母さん死なないでください

私は精神障害の40歳の男性です
73歳の母と暮らしてます
病気のほうはおかげさまでだいぶ落ち着いてます
今は毎日幸せに暮らしてます
私は17歳の頃に父を病気で亡くしました
父の葬儀の後は祖母が亡くなった時に葬式に出たくらいで、
親類縁者の冠婚葬祭には一切出席してません
なんだか嫌になってしまったのです
もう葬式なんて出たくなかったです
一般的に男性は父親より母親の死をより悲しむと言われてます
父の時も悲しかったのに母の死に耐えられるのでしょうか
目を閉じた母の遺体を想像すると深...続きを読む

Aベストアンサー

母親の死を考えたら、質問者様だけではありません。
誰でも、怖く、悲しく、苦しいです。
私も、そういう場面を見なくてすむように、
いっそのこと、母親より先に死ねないだろうか、なんて考えた頃もありました。
私の母は、質問者様のお母様より、10歳上で、ひとり暮らし。
持病もあるので、倒れていたらどうしようと、
毎回、どきどきしながら、実家を訪ねます。
「誰でも」と書きましたが、
そう思いながら、それでも、世間の多くの人が、普通に生活し、
母親を看取った後も、変わらず生きているのは、
母親を失って、そこで、自分の人生も終わり。
ではないと、どこかの時点で気づくからです。
自分がすべきこと、したいことがある。
守らなくてはならないものがある。
大切な人ができた。
そういうものが、まだ見つかっていなくても、
何か、理由があるのです。
何かはわからなくても、自分の役目があるのです。
そうでなければ、今まで、こうして生きているわけがありません。
お母様が、質問者様を、大切に育ててきたのは、
意味もなく。ではないのです。
親孝行を、充分されておられるようですので、
次は、ひとりになっても生きていける、よりどころを探しましょう。
それも、親孝行です。
お母様以外のことで、何か、楽しいこと。
頑張ってみたいこと。誰かに喜んでもらえそうなことを見つけましょう。
母親が居なくなったら、寂しい、悲しい。
というのは、質問者様の気持ちの主張だけですよね。
お母様が、「もう大丈夫だ」と安心できるように、
お母様のために、自分を変えましょう。

ところで、
ヨシタケシンスケさんという絵本作家の、
『このあとどうしちゃおう』という絵本があります。
子供の絵本なんですが、内容は、大人向けです。
私は、読んで、15年前に亡くなった父を思い、涙が出ました。
(今、書棚から、出してきて、ぱらぱらめくっただけで、涙が出ます)
切なさと、嬉しさと、いろんな気持ちが、ごっちゃになった涙です。
ぜひ、読んでみてください。
いずれ来る「その時」、お母様を静かに見送ることができるかもしれません。

http://www.ehonnavi.net/ehon/111742/%E3%81%93%E3%81%AE%E3%81%82%E3%81%A8%E3%81%A9%E3%81%86%E3%81%97%E3%81%A1%E3%82%83%E3%81%8A%E3%81%86/

母親の死を考えたら、質問者様だけではありません。
誰でも、怖く、悲しく、苦しいです。
私も、そういう場面を見なくてすむように、
いっそのこと、母親より先に死ねないだろうか、なんて考えた頃もありました。
私の母は、質問者様のお母様より、10歳上で、ひとり暮らし。
持病もあるので、倒れていたらどうしようと、
毎回、どきどきしながら、実家を訪ねます。
「誰でも」と書きましたが、
そう思いながら、それでも、世間の多くの人が、普通に生活し、
母親を看取った後も、変わらず生きているのは、
母親を...続きを読む

Q母を死ぬ程嫌いな弟とそれでも心配で放っておけない母

33歳既婚女性です。

実家の母親と弟(27歳)について質問です。
現在実家は母と弟の二人暮らしです。父親とは離婚訴訟中で別居しています。

母は私達が小さい頃とてつもなく厳しく私も当時は嫌いでたまりせんでした。
大人になり嫁いでしまった今では、母の苦労も分かり寧ろ尊敬もしておりとても大切な人と思っています。
しかし弟はそうではありません。
弟は27歳ですがニートでずっと家に居る状態です。
すこし前までは父親と一緒に農業をやっていたのですが、父親も怪しげな借金や他の女に貢ぐなどどうしようもなく駄目な人で、働いた分のろくな稼ぎももらえなかった為辞めてしまいました。
母はそんな弟が心配でたまらず、度々部屋の外から大きい声で呼んでみたり、何か諭そうとしてみたり、電気をまめに消すよう注意したり、ご飯を一緒に食べないかなど、とにかく何かにつけて言われるので弟はもう足音を聞くだけで絶望を感じるといった状態です(食事は自分で以前稼いだ金で食べており、生活面では光熱費だけ少し母に負担が掛かっている状態です)。

弟は直に母に対して「死ね」と言ってみたり、母を殺すか、自分が死んでしまいたい、生きている意味がないなどと私に訴えてきたりします。

母はそんな弟でも完全に放置してしまったら母親として失格だと思い一生懸命声をかけます。
弟はそれがたまらなく嫌な様です。

弟は、バイトではなく就職しなければ意味がない、といいつつ結局行動に移せないままでおり、そのくせ文句ばかりを言っています。

本当に情けない限りですが、追い出そうにも実家をでる力もなく、食費は自分で何とかしているのである程度放っておくしかないと思っています。
弟は自分の意識が変わらない限りどうしてやることもできません。

こんな弟に対し、母はどのように接していくべきでしょうか。
或いは全く気にせず完全に無視、放っておくようにさせた方がよいでしょうか。
大変分かりにくい質問で申し訳ありませんが、母はどうすべきか、アドバイスをいただければ幸いです。
宜しくお願いします。

33歳既婚女性です。

実家の母親と弟(27歳)について質問です。
現在実家は母と弟の二人暮らしです。父親とは離婚訴訟中で別居しています。

母は私達が小さい頃とてつもなく厳しく私も当時は嫌いでたまりせんでした。
大人になり嫁いでしまった今では、母の苦労も分かり寧ろ尊敬もしておりとても大切な人と思っています。
しかし弟はそうではありません。
弟は27歳ですがニートでずっと家に居る状態です。
すこし前までは父親と一緒に農業をやっていたのですが、父親も怪しげな借金や他の女に貢ぐなどどうしよう...続きを読む

Aベストアンサー

まるでうちの反抗期の息子みたいだな、と思いました。
弟さんより10歳下の高校生の話ですが。

死ね。あっちへ行け。
世の中で一番嫌いなのはお前だ。
そんな暴言を浴びました。
母親として何ともつらく情けない言葉でした。
でも反抗期ですからね、まだ何もわかってない子供の言うことですから。
それは私が言わせてるんだと思いました。

弟さんは27歳ともう立派な大人ですが、自立できていない以上まだ子供と同じなのでしょう。
でも子供ではないだけにジレンマに苦しんでいる。
上手く行かないことが全部母親のせいのように感じてしまってるのではないでしょうか。
たぶん本当はそうじゃないとはわかりつつ、割り切りもきかず大人になれないのだと思います。
本当なら家を出たいと一番思ってるのは弟さんご本人でしょうね。
でもそれも出来ない。焦れて苦しんでいるのでしょう。

お母様には、やはり弟さんはもう大人なのだと認め静観する姿勢になって頂くのが良いと思います。
食費は自分で出しているとの事だし、ネット代などの非常識な浪費もないようですし。
なかなか社会に馴染めない性質の弟さんなのだと思いますが、自分なりに模索しているのでしょう。
とにかく周りは静かにしてあげる事だと思います。
声をかけるならお母様じゃなくあなたから。
必要最低限のことにとどめましょう。
本当は父親が力になってあげられると良いのですが、そうも行かないようですね。

ところでうちの息子ですが反抗期ももう終盤です。
先のような言動も最近はめっきりなくなっていたのに、私がちょっと踏みこんだら件の始末。
やっぱりこちらが勝手に距離を縮めようとしても上手く行きませんでした。
辛抱強く「待ち」の姿勢を続けるしかないのです。
すると向こうから歩み寄ってくるものです。
うちの息子だって母親にひどい事言ったと反省する気持ちはあるんです。
弟さんにだってあるのです。本当はそんな大人げない自分をも許せないのかも知れません。

だから「死ね」と言う方が悪いとばかりは限らない。
言わせてるのは自分だとお母様にわかって頂きたいと思います。
ご心配はわかりますが、母親の気持ちを押しつけるのが愛情ではないと言うことを。
本当に息子さんを愛してるなら待てるはずなんです。

まるでうちの反抗期の息子みたいだな、と思いました。
弟さんより10歳下の高校生の話ですが。

死ね。あっちへ行け。
世の中で一番嫌いなのはお前だ。
そんな暴言を浴びました。
母親として何ともつらく情けない言葉でした。
でも反抗期ですからね、まだ何もわかってない子供の言うことですから。
それは私が言わせてるんだと思いました。

弟さんは27歳ともう立派な大人ですが、自立できていない以上まだ子供と同じなのでしょう。
でも子供ではないだけにジレンマに苦しんでいる。
上手く行かないことが全部母親...続きを読む


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