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大学で【経済】ではなく、【経済学】を学ぶ意義を教えてください。

よく、経済学を学ぶのは多くの人が多大な時間(40年とか)を費やす、企業や組織を体系的に学ぶために、経済学を学ぶ必要があるとか
実際に社会で働くにあたって経済学なんて学んでなくてもやっていける(ゆえに、経済学を学ぶ意義はない)とか言う人がいますが、それは論点がずれているように感じます。。



 確かに、【経済】を学ぶためには必ずしも【経済学】を学ぶ必要はないと思います。
実際、会社に入ったらIS-LM分析やAD-AS分析など使わないでしょうし、日経を読んでいれば
経済が分かるかもしれません。むしろ体系的な【経済"学"】など何の役にも立たないと考える人もいるかと思います。

 しかし、それでは何故【経済 "学"】や【経営 "学"】といった、経済現象を抽象化した学問が長い間支持され、大所帯となっているのかの説明にはなりませんよね。
なぜ、経済現象を大局化し、抽象的に捉えて理論付けし、体系的に学ぶ【経済 "学"】を大学で学ぶ必要があるのでしょうか。

どなたか教えてください。

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A 回答 (8件)

 続々


 キミ自身は経済学をどんなものだと考えているのかな?
 例えば憲法や税金関連の諸問題はすべての生活、すべての科学分野に関係しているけど、わざわざ独立した学部を持つわけじゃあない。我々の周辺のすべての経済現象を理解するために経済学は独立した学部だけど、だからといって世間から離れたところに、客観的にみえる理論を打ち立てたからといってはたして意味があるかどうかということになる。これでOKなら入学を目指せばいいし、実利を考えるならわざわざ入らなくても勉強の手段は今ではどこでも手に入る。
 そして経済学は実利を軸に持つがゆえに「はたして科学」なのかどうかはこれまで永年に渡っていわれてきたこと。すでに述べたように一般論としての経済学はほとんど結論が出ている。完成しているわけではないが、つまるところ独立して客観的理論ができると思えば専業として学ぶべきだし、なにか現実と擦り合せた結論が欲しいのなら経済の理解だけではまず無理。それこそ実態からはなれた空論になりやすい。好き嫌いという価値観の問題になるが、人間は一度信じ込むと別の価値を理解する妨げになる。口では理論的と言うが、その根っこはだいたいが好きか嫌いか、あるいはこうあるべきと言う価値やイデオロギーから始まっている場合が多い。それで、価値論から離れた行動科学と結びついてきた。
 現在の経済学は昔とは大変わりしている。だから経済の何を知りたいのか、経済学の何を学びたいのかによって結論は変わる。いくら質問をだされても、最後に自分自身で決められなければムダな努力に終わる。

 すでに述べたように、冷戦が終わってからイデオロギーでの判断が多くの衝突を生み出し、時には血が流れたことを人類の記憶として想えば、価値やイデオロギーではなくただ「行動」の結果から人を知る方向性が私は正しいと想っている。だから経済学としての独立には疑問を持っている。日本人によくある道を究めたがゆえに市場から遊離してしまう、今の考え方にはまったく信頼が置けない。
 あとはキミの判断。
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この回答へのお礼

こんばんは。改めて、回答ありがとうございます。

私自身ですか…そうですね
私個人の意見というか捉え方として、経済学とは何かトレーニングのようなものだと思っています。
筋トレのようなイメージです。ものすごくざっくりとしていて、理論的とは言えませんが。

"経済"自体は、生まれてから死ぬまで付き合っていくものですよね。
例えそれに貨幣などの価値尺度をもつモノが仲介していなくても、取引という意味で経済は身の回りにある、いわば空気のようなものです。

それを、経済学という大局的で、抽象的で、ざっくりとした体系から学ぶことで、
新たな視点から捉える事ができ、そして何よりも"理論通りいかない"という現実があるという点に、経済学の意義というか面白さがあると思います。

そういう意味で、経済学を学ぶことでありふれた日常を新たな視点から捉え、
"なぜ"を生活の中に取り入れたいと思うからこそ、経済学の意義を知りたかったのです。



それゆえに、今回、私は他の人がどのように"経済学"を判断しているのか、どのようなアプローチの仕方があるのかを知るためにここで質問させてもらいました。


deltalonさんがおっしゃる通り、すべては個人の判断だと思います。
それが認められてるのも経済学の面白いところです。
数学や統計学じゃそうもいかなそうです(予想ですが)。


なんだかふわっとまとめてしまいましたが、親切な回答・解説、ありがとうございました。

お礼日時:2011/09/12 23:58

> もし解釈が間違っていたらご指摘お願いします。



概ねそれで良いですが、別に政治に限った話ではありません。
例えば、デフレが人口減少の結果であるという藻谷氏の説は、統計数字をちょっと見ただけで簡単に「現実を説明していない」と分かります。
こういった、自分の周囲だけではなく広い範囲で社会をとらえるという視点は、何らかの意味で必要であり、その一つの切り口として経済学は有用であると思います。

実用性に乏しいといわれることがありますが、例えば日本のバブル崩壊も、1990年代の通貨危機も、2008年のリーマンショックも、全て予想されていたことです。日本のバブル崩壊であれば野口氏、通貨危機であればクルーグマン、リーマンショックであればソロスらが有名です。
こういった言葉が発せられるのは好景気であるため耳を傾ける人は少ないのですが、こういった言葉に耳を傾け、根拠があるものかどうかを判断することが出来るようになるという点で、経済学は有用と思います。



#4の方の回答は、かなり独自の見方であり、かなり法学に偏っているようです。これは
> 新しいやり方がでてくると追いつくだけで一苦労している。(ホリエモンの時みたいに、ルールの隙をつかれて右往左往。)
この一文に非常に顕著に表れています。

また、経済学にたいしてはあまり知識がないらしく、
> 同時に会社は学習する場所ではなく、利益を追求するための組織であり、利益獲得を目的として考えだされた組織形態です。もうこれだけで経済学の範疇を超えている。
というのはミクロ経済を全く知らないとしか思えないし、
> つまりありもしない現実を分析しようとしてきたのが経済学(完全雇用など)。
というのも、例えば物理学の初歩で完全剛体(物質が変形したりしない)を仮定していることと同じような「単純化」でしかない。大体、マクロ経済では完全雇用を前提としていない。

#5では、経済学の歴史的背景について述べておられるようですが、・・・なんというか酷いですね。5分調べれば分かることを、なぜ調べないんでしょう?

例えばウェーバーに触れたあと、
> やがて史上初とも言うべきチューリップバブルの発生が、人に経済が波のような現象ではないかという視点をもたらす。
などと書かれているが、チューリップバブルは1637年のこと。経済学の父といわれるアダムスミスですらまだ生まれていない(1723年生)。
経済史学としては、南海泡沫事件(この事件からバブルという名ができた)のほうが重要です。
因みに時系列的にも間違っており、マックスウェーバーが生まれるのは1864年、チューリップバブルの200年以上後です。

それから、
> 結果「ナントカレポート」といった、統計処理された報告が大量に発行されている。それらを発行するシンクタンクがいい商売になっている。
大部分のシンクタンクは、シンクタンク単独でみた場合、ちっとも儲かりません。大赤字です。

要するに、かなり初歩時点で分からなくなった挫折組なのかな、と思います。
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この回答へのお礼

こんばんは。回答・補足ありがとうございます。

政治に限らず、疑いの目を持つこと、そして物事を大局的に捉えることができる点に意義があるといえそうですね。

マクロ経済学においても、結論が全く異なる理論が平気でありますしね。
前提があるようでない、経済学って面白いです。


きっと経済学を学び、大局的に捉える技能を会得しても、それを活用できている人が世の中には少ないんでしょう。だからこそ経済学部が大学に設置され、大所帯となっているのかもしれません。
ここに学者さんの諦めない気持ちみたいなものが見えるような気がします。


ありがとうございました。

お礼日時:2011/09/12 00:30

実用性に乏しく見えるのは経済学という学問がまだ若い分野だからです。


経済学の誕生自体は1759年の『経済表』までさかのぼることができますが、それから100年以上化学で言えば錬金術の時代が続き、やっと「科学」として軌道に乗ったのは20世紀に差しかかったあたりです。(限界革命など)
20世紀も半ばになってやっとケインズの理論が登場し、「金融市場が不完全だったら・・・?」という問題に取り組むことができるようになったのは殆ど21世紀に入ってからなのです。(Bernanke-GertlerモデルやKiyotaki-Mooreモデルなど)
他の言い方をしてみると、「どのような経済政策をとるのが良いか」という問題を扱う厚生経済学が誕生したのは1959年だと言えます。それ以前にもベンサムやミルなどがいますが、最初に体系づけたのはアローでしょう。
ところが「では実際にどうすればいいのか」という問題に答えるにはゲーム理論と経済学が結びつく90年代まで待たなければならず、実際には2000年代になってから始まったようなものです(VCGメカニズムなど)

また行動経済学や心理経済学というのはミクロな範囲で不完全な市場原理を理解するためには有用なモデルですが、それは別に現状のマクロ経済学が行き詰まったということを意味しませんし、それを打破することを期待されてるわけでもありません。



前置きが長くなったので簡潔に結論づけると、すなわち大学で経済学を学ぶ意義というのは「学部の範囲で最先端の理論を目撃し、考え、研究できる」ということに大きな部分があると私は思います。
特にアローやソロー、スティグリッツといった経済学上の歴史的人物が存命で活動している中で学べるというのはなかなかの贅沢ではないでしょうか。
物理学のようにある程度行き詰まった(つまり熟成した)学問ではこうはいきませんよね。

有用性に言及してない上に少しセンチメンタルな回答かもしれませんが、一意見として。
要するに実用性は、これからの(大学での)研究が担っているということです
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この回答へのお礼

はじまして。回答ありがとうございます。

なるほど、教科書に載っている有名な経済学者が存命であることは
学問の中では珍しいですね。
経済自体はものすごく長い間、考えられていたことかもしれませんが、それを学問として捉え、
理論付けたのは割と最近の話なんですね。

学ぶべき領域が長いのに、まだ始まったばかりだから
それに自分も加わることで経済学を成長させることができる

というところでしょうか。



とても簡潔に説明してあって分かりやすかったです。
センチメンタルなのは面白いし、説得力がありますね。
ありがとうございました。

お礼日時:2011/09/12 00:20

 続編


 経済学自体が自己定義があやふやなところがある。そもそも経済へ人の意識が向いたのはつい最近のこと。産業革命と軸をそろえて近代国家が形成される過程は、いわば小銭を集中し近隣諸国といった空間とそこに居住している人間をマネジメントする必要性が原点になる。マネジメント(「経営」の訳語)とは組織を安定させることだから、住民に安心安全を確保し国境を確立することが最重要になる。
 そのために国家全体の意思を実行するための巨大な官僚群が編成され、軍隊が国を守るカタチができる。当然このためにはお金が必要なので、それまで個人がやり取りしていたお金の動きをマネジメントする必要からたくさんの仕組みが作られ、同時に徴税による資本の集中と再投資プロセスが開始される。つまり近代資本主義の始まりである。
 ここで、地域によって国によって資本主義の発達過程の違いを人の意識から理解しようとしたのが、マックスヴェーバの「プロテスタンティズムと資本主義の論理」。やがて史上初とも言うべきチューリップバブルの発生が、人に経済が波のような現象ではないかという視点をもたらす。さらにキリスト教国における、いわば選民思想に支えられた植民地の拡大にともない、資源の獲得と市場の確立等過程が明確になり、この過程で経済学の(みんなが認めると言う意味で)唯一の方程式が発見される。言い方は知らないが「投資金額は3倍になってかえってくる」という法則がケインズらによって提唱される。以後世界中で政府による大胆な投資活動が行われるようになる。第一次世界大戦後疲弊しきっていたドイツ経済を立て直したのは、発行された債券によってあつめられたお金を大胆に航空機産業へ投資したことが大きい。
 これが大きく変化したのは、20世紀に少しまえアメリカの興隆による。あまり理解されているとはいいがたいが、アメリカは建国時の経過でカネには細かくうるさい。だから予算がなかったら、あっさりと政府の計画は停止される。さらに事実を数字によって理解しようとするプラグマティズムの国でもある。大きな大戦を通じて必要とされたコンピューターはその動きを加速し、結果「ナントカレポート」といった、統計処理された報告が大量に発行されている。それらを発行するシンクタンクがいい商売になっている。
 ただ経済学は所詮分析に終始していた、なにか事件が起こるたびに新規な理屈をひねり出しただけで、その理論のあとに起こることはほとんど想定外だった。これでは役に立たない。そこで先読みの必要から(価値観を抜きにした)人間の動きに着目した考えが生まれる。これが行動科学。これと経済学が結びついて、分析だけだった経済活動を、今後の方向性を意味付けるものへと変化させはじめているのが現在。
 したがってキミの言う、「需要がないものは消えていく」は正しいが、今はその方向へ変化し始めたということ。すでに知っていると思うが、なにか大型買収があるたびに民族系だとか外資の乗っ取りとか、ただ感情まかせの連中が抵抗勢力なっていることが大きい。私が約40年前位に思った「飛行機がどんどん増えれば、もっと安くなるんじゃないか?」ということがやっと最近表面に出てきた。特に今追い詰められた役人などが邪魔でムダ。
 ではなぜほとんどの大学に経済学部や経営学部が設けられているかといえば、大学もビジネスとして人を集めねばならないが、最新の行動科学をいっても学生が集まりにくいので分かりやすい言葉を使っているということ。とはいえお金のことを知っておかねばならないので、自分の大学の運営に使えるかもという下心もあるだろう。さらに昔学者の肩書きをとってきた連中がこれまでの地位を守ろうとすれば、当然変更はいやがる。例えば「国語学」を「言語学」にしようとする若手の学者の意見をことごとく潰している学会や独占資格を守ることに汲々としている弁護士などがそれにあたる。
 だから経済を学ぶことと、経済学部に入ることはまったく別問題と言える。
 今一度自分が本当に知りたいことを心のなかに探し出してみることだ。
 「すべてを分析し、統合せよ。」
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この回答へのお礼

こんばんは。度々、回答ありがとうございます。

私が質問したのは【大学で経済学を学ぶ意義】ですので、回答の細かい事実関係に言及することは避けますね。


deltalonさんの前回の回答より、

>これからはあらゆる学問分野で基準を創造し、比較することが求められている。
それゆえに経済学や○○学を学ぶ意義はない。

という結論に至ったということで話を進めます。


また、deltalonさんの今回の回答から、私は

需要がないものは消えていくという市場原理がまさに今、大学というマーケットにて目に見える形になりつつある。つまり、これまでの比較をしない、過去の現象に依存した"経済学"は今、衰退しつつある。
 その原理に則れば、かつての経済学は衰退するはずなのだが、教授のプライドのために大学にはかつての"経済学"を学ぶ、経済学部が設置されている。


という解釈をしました。

納得できない点がまた出てきました。
まず、大学に経済学部が存在する理由について、

【教授のプライド>経済学を学ぶ必要性】だから。

となっている点がまず理解できませんでした。
経済学を学ぶ必要性があるからこそ、ほとんどの大学に経済学部が設置され、
ノーベル経済学賞があるのではないでしょうか?
経済学を学ぶ意義がないならば、そもそも経済学者など存在しないはずだし、大学経営者としてもこれほど無駄な投資はないでしょう。
経済学者は、その名前に固執しているのではないと思います。(それがなぜなのか、は分からないのですが。。)
消費者(学生)が分かりにくいから、教授のプライドを守りたいからという理由だけでは経済学部が衰退しない理由にはならないと思います。。


また、その最後の
>だから経済を学ぶことと、経済学部に入ることはまったく別問題と言える。
という結論に至った経緯が分かりません。
経済学部に入る理由は上述のように、教授のプライド維持、ですよね。
それと経済を学ぶこととの因果関係が分かりません。

よろしければもう少しだけ分かりやすく、シンプルにお願いします^^;


ちなみに、私が知りたいことは
【大学で経済学を学ぶ意義】です。今のところ。
こんなものは個人で違うのでしょうけれど、それを見つけるためにここで質問させていただいてます。

お礼日時:2011/09/11 23:49

 ご返事ありがとう。


 ここで言っているのは経済学だけではなく、「~学」という科学を標榜する理論のことです。つまり経済学のみならず、現在科学と言われるものすべてです。
 肩書きのために「~学」とはいっていますが、実は工学に近いものは多い。いっておられる「統計学」はこれまでのデータの集計技術など研究してきたものですが、やはり目的がなければ集計データに意味がでません。やはり工学、つまり道具の一種です。
 さらに標準を決めることを求められているのは経済だけではなく、すべての分野です。そして実利の工学でも同様。なぜなら標準がないと互いに比較ができないから。たとえばグリニッジ標準時のような基準がないと、何をするにせよちぐはぐになって交流自体ができません。

 会社で学んでいるのは経済ではありません。主に経営(マネジメント)といわれる領域の、特に技術的なことです。人の動きを管理する管理技術(やる気向上、福利厚生)、お金の管理(会計や金融工学)資産管理あるいは交渉技術などすべてです。人の好き嫌いといった価値や、こうあるべきというイデオロギーとはまったく関係ありません。特に経済学にせよ何にせよ、所詮過去の分析を土台にしているので、新しいやり方がでてくると追いつくだけで一苦労している。(ホリエモンの時みたいに、ルールの隙をつかれて右往左往。)
 同時に会社は学習する場所ではなく、利益を追求するための組織であり、利益獲得を目的として考えだされた組織形態です。もうこれだけで経済学の範疇を超えている。つまりありもしない現実を分析しようとしてきたのが経済学(完全雇用など)。そのため今はいろいろな型にバラケ始めている(あたまに別の分野の名前を付けた○○経済学)。あるいは行動科学と結びついたカタチとか。
 だから経済学を学ぶ意味は薄い。

 もし学ぶ意味があるとすれば、その理論が創りあげられた事実や経過、あるいは思考過程は多少有意かも。でもネ、経済学の大元になる理論は一つしかないんだから、もう出し尽くしたと思うがね。
 あとはただの肩書き用。最近の原子力の時みたいに、大先生が地位を守りたいから難しく「~学」といっているだけだと思っている。
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この回答へのお礼

詳しい解説、ありがとうございます。

これからはあらゆる学問分野で基準を創造し、比較することが求められている。
それゆえに経済学や○○学を学ぶ意義はない。

ということでしょうか。また間違っていたらご指摘お願いしますね。

ではなぜほとんどの大学に経済学部や経営学部が設置され、
実用性の乏しい理論や小難しい計算式などを学ぶのでしょうか。

経済の理論でいえば、需要がないものは消えるはずです。
でも、今日ではむしろ拡大していますよね。過去に固執しているとも思えません。


また、
>経済学の大元になる理論は一つしかないんだから
と考える根拠を教えてください。

私は経済学を学びたいと思っている身分なので、deltalonさんの意見にとても興味があります。

お礼日時:2011/09/11 00:51

経済学として最新の経済理論を知らなくてもかまわないと思うけれども、少なくとも様々な統計数字の読み方は知っておいてほしいと思う。

そして、それら統計数字の系統だった読み方として、経済学(特にマクロ経済学の初歩)は教養として知っておいてほしいと思う。
経済学を学ぶのは、相手の言っていることが本当はどういうことを言っているのかが理解する、少なくともその道標を得ることができるためである。

この他には、簿記と中学程度の理科と歴史は、最低限知っておいてほしいと思う。
そうでなければ、本当に簡単に騙される。騙される人が多いと、選挙などを通じて国全体が騙されることになる。


例えば「税金を安くします、社会福祉を充実させます、財政再建をします」というスローガン。
例えば、菅氏が国会で「剰余金がマイナスになるのが何故問題なのか分からない」旨の発言。
例えば「原口ビジョン」で、生産性を3倍にすることにより経済成長3%を実現する、とある。

経済学を勉強しなければ、本人達の軽薄さは別として、これらの発言がいかに空疎かはなかなか分からないだろう。



「税金を安くします、社会福祉を充実させます、財政再建をします」というスローガンについては、賛同する人は少なからずいるだろうけれども、もし実行するなら、社会福祉以外を大幅に削るしかないが、義務的出費と社会保障費の合計は税収を超えるため、実現は不可能だ。税金をあげるか、社会保障を諦めるか、財政再建を諦めるか、だ。

菅氏が国会で「剰余金がマイナスになるのが何故問題なのか分からない」旨の発言は、要するに財布の中身以上にお金を使うことが出来ないという事実に反している。つまり、支出がウソか、申告していない収入か借入かがなければおかしい。

例えば「原口ビジョン」で、生産性を3倍にすることにより経済成長3%を実現する、とあるのは、全要素生産性を3倍にすれば3倍のものができる。労働のみでも2倍強になる。つまり、経済成長3%が実現した場合には、投入される労働力=被雇用者は半分以下になる。
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この回答へのお礼

はじめまして。回答ありがとうございます。

なるほど、社会の大きな力(例えば政治、世論など)の本質を見抜く(判断する)ために
(実物的な)統計学が必要で、それを捉える枠組みとしてのみ、経済学を学ぶ意義がある、ということでしょうか。

確かに政治家の小難しい試算は、経済学を知らないと「あへぇ~」で終わってしまう可能性が高いですよね。それこそ政治家の思うつぼでしょう。
(前提として"政治家の発言など社会情勢を聞く耳をもっている"ということが挙げられますが。余談ですが今の人は老若男女問わず、関心が薄く、「あへぇ~」の段階にすら到達していないように感じます。。)


もし解釈が間違っていたらご指摘お願いします。

お礼日時:2011/09/11 00:20

 再定義してみると分かる。


 現在科学と称されているものは実は工学であることがまだ知られていない。工学は目標を持った科学理論であり、科学はそれら工学のアイデアや仕組み、いわば道具のための源泉という位置づけになる。そのため科学者の肩書きは単にムラの中だけの身分証みたいになって来ている。(だから科学者の肩書きのために浪人するなどは愚の骨頂。)
 すでに科学はその役目を終えているのではないかという見方がある。なぜなら科学という発想の大元は過去の分析なので、これまでの経過で、事例のほとんどの分析はほぼ完了しているようにみえる(記録が残っているのが、人類約3000年分だけなので有限個数。したがって組み合わせの限界が来ている可能性がある。)。残るは理解できない事例(「なぜバブルははじけるか」など)と人の感情や印象といった計量できないものになる。
 だから今後の科学では、人の心や感情などで計量ができるモノサシが作られるかどうかが鍵になる。(http://ja.wikipedia.org/wiki/スタニスワフ・レムの短編に、感動が計量されるようになって、最後に文明が滅びると言う小説がある。)しかし有限のイメージやアイデアから画期的な方法が生まれるかどうかはまったく楽観できない。それこそ根本的なパラダイム変換が起きて、見方が全面的に変化しないと不可能。かりに実現したとして、当然人間観も変わり、これまでとは本質的に違う人間になればこれまでの歴史は否定される。かつての社会主義国(ソ連・東ドイツなど)が資本主義に変わった時、大きな傷跡になったのがその部分だった。
 社会主義が成立した時に真逆の資本主義国は敵だったので、資本主義の歴史は否定され、社会主義の歴史が正しいとされた。その正しいはずの社会主義国が崩壊した結果、トラウマのように多くの人の心に疑問が生じ、結果としてさらに昔の民族的な歴史に連結させたネオナチのような極右が生まれた。イデオロギーや(経済学のように)価値理論に重きを置く考えの後退である。
 そして大多数にとっては~学が作ってきた理論は、価値を取り除いたいわば道具として活用するようになってきた。それがいまの科学の立場であり、資格ブームの原点でもある。
 そしてこの道具たる資格制度さえもまたこれまでの工業製品と同じように、世界標準の主導権を握るための競争が日々激しくなってきている。たとえばFP協会などは各国の組織をまとめた上位団体があり、PIMBOKなどの資格は会費はドル払い。もう日本での資格で通用するものなくなってきている。
 だからキミの疑問は正しい。さらに深く考えて今後の見込みを立てたらいい。

参考URL:http://www.amazon.co.jp/科学の終焉-おわり-徳間文庫-ジョン-ホーガン/dp/4198913986
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この回答へのお礼

はじめまして。回答ありがとうございます。

最初の一文に
>再定義してみると分かる。
とありますが、文章中に【経済学の定義】を見つけだすことができませんでした。


これまで数値化することができなかった人の感情や慣習といった要因を数値化し、標準を決めることを求められているのが経済学である

(それゆえに、経済学を学ぶことが必要となる)

ということでしょうか。
(間違っていたらごめんなさい、正しい解釈の仕方を教えていただけると嬉しいです)

もしもそうであるなら、なぜそれは会社で働きながら学ぶ"経済"ではだめなのでしょうか。
経営学ではだめなのでしょうか。統計学ではだめなのでしょうか。
他の学問でも同様のことが言えそうに感じました。


私の読解力不足で、いまいち理解できませんでした。。
よろしければもう少しシンプルに分かりやすく解説していただけませんか。

お礼日時:2011/09/10 01:13

はじめまして。



私もなんで大学まできて実用的なことを学べないのかとか不平不満をいってたときがありました。

ただ、自分の結論としては「大学を卒業し、なりたい職に就く」というのが目標だったので、とりあえず

単位のために学んだというのがほんとのとこです。

大学卒業後10年になる今になって思うのは、ありきたりな「もう少し勉強しておけばよかった」という

懺悔のような気持ちもありますが、現実しか見えない社会人になってみて、「もっと大局的に物事を

捉えれるような人間になりたいなぁ」という思いも同時にあります。

経済学という体系化されている学問を学ぶことで、いつとはいえませんが、あなたの視野であったり

考え方は多少は影響を受けると思います。

今は実感はなくとも、長い人生いつなんどき何が役に立つかわからないので、学べるときに学んでいた方が

少なくともマイナスにはならないと思います。

健闘を祈ります。
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この回答へのお礼

はじめまして。回答ありがとうございます。

>経済学という体系化されている学問を学ぶことで、いつとはいえませんが、あなたの視野であったり
考え方は多少は影響を受けると思います。

とのことですが、つまり『経済学が自分の考え方や人生に影響を及ぼすから』ということでしょうか。

なぜ、tiitii860さんはそのように考えるのかを知りたいです。
というのは、経済学でなくても人生に影響を与えるものはたくさんありますよね。
つまり、経済でも、マナーでも、恋愛でも、学べば多少は影響されます。
それらは恋愛指南書を読んだり、セミナーに参加したり、ユーキャンなどで代用がきくはずです。


そうではなくて、私がお尋ねしたいのは
【なぜ経済ではなくて経済"学"を学ぶのか】、もっと極端に言えば
【なぜ他の学問ではなく経済学を学ぶ必要があるのか】
ということです。


よろしければもう一度、回答をお願いします。
なお、私も、経済学に限らず、学問を学ぶということは決してマイナスの要因ではないと考えています。

お礼日時:2011/09/10 00:57

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Aベストアンサー

> 1、株の変動を経済学者は予知することができるのでしょうか?

予知できる・できないという以前に、株の変動を予知するための研究を経済学はほとんどしていません。
また、予知できる人はいますが、予知結果を公表することはありません。


> 2、経済学を徹底的に学んだとしても将来を予測することができない場合、経済学は一体何のためにあるのか?経済学の果たす役割、仕事は何のためにあるのか?

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したがって、予測は可能なものの、例えば政府や中央銀行の追加的な政策によって結果が大きく左右されるうえその追加的な政策を知ることが難しいため、予測があまり意味を持ちません。このため、経済学者はあまり予測自体を行いません。例えば景気の先行きに関してメディアに登場して予測する人は、ほとんど例外なく証券アナリストなどです。


> やはり経済学を学ぶとしたら実学としての何らかの形になるようなメリットがあったらいいな、と思ってます。

最も大きなメリットは、例えば
「税金を上げません、政府支出を増やします、財政再建を行います」
「他への支出は減らしません。税金も上げません。赤字国債も増発しません。**によって全員の手取り額を増やします」
といった発言は即座にウソだと見抜けるようになることです。要するに、経済系の「ウソ」は見抜けるようになります。学問の効能としてはこれが一番大きいと思います。

お金の面でいえば、経済学者で株で大儲けした人は、例えばケインズなんかがそうですね。
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> 3、経済学の知識がそのまま金に結びつくような方法って株を予測する以外にあるのでしょうか?

FXなんかも、そのまま結びつきますが、株みたいなものなので除外。

経済学はお金を儲ける方法を考える学問ではありません。
社会を理解するための切り口としてモノの動き(その裏側はお金の動きですが)を使っているだけです。

なので、経済学の知識、それも大学学部レベルの知識では、ほとんどお金が儲かるようにはならないでしょう。もし学部レベルで大儲けができるようになるならば、毎年大儲けができるようになる人が数万人ずつ増えていることになります。

というような合理的な推論ができるようになるのも学問の効能の一つです。こういった能力によってお金を儲けることはもちろん可能ですが、知識がお金に変わるわけではありません。


因みに、お金を儲ける方法だったら、大学の外の方がよほどに優れています。

> 1、株の変動を経済学者は予知することができるのでしょうか?

予知できる・できないという以前に、株の変動を予知するための研究を経済学はほとんどしていません。
また、予知できる人はいますが、予知結果を公表することはありません。


> 2、経済学を徹底的に学んだとしても将来を予測することができない場合、経済学は一体何のためにあるのか?経済学の果たす役割、仕事は何のためにあるのか?

経済学的に将来を予測することは可能です。

しかしながら、例えばある事件によって金利が上がりそうだとし...続きを読む

Q経済史を学ぶ意味って・・・

大学で経済史の講義を受けているのですが、半年間取り組んでも
何が面白くて、どう役に立つのかわかりません。
他の経済学の講義は面白いと感じますし、
経済学自体が嫌いなわけではありません。

そこで質問ですが、経済史を学ぶことには
どういった意味があるのでしょうか??

その意味が分かれば、来年初めからもう一度
経済史を勉強しようと思うのですが・・・

Aベストアンサー

全ての学問には、流れというのがあります。
その流れが、所謂「歴史」となります。
ただ、この「歴史」には二つあって、「人間が営んできた社会の歴史」と「人間の好奇心・興味としての歴史(簡単に言うと学問の歴史)」です。
質問者さまがどちらの「歴史」を受講されているかで変りますが。

・「人間が営んできた社会の歴史」

こちらは、「古代ローマの経済は~」とか、「世界最初の株式会社はオランダ東インド会社」だとか、所謂、「歴史学」に所属する経済史と言えます。
「歴史学」を研究主題にしないのであれば、まぁ、教養のレベルと言っても良いかと思います。
ただ、「歴史は人類の教師である」という面もあり、「歴史に学ぶ」という意味で役に立ったりします。
ただ、「歴史学の仮面を被ったイデオロギー」には気を付ける必要があります。(全ての歴史はフィクションである、と言って良いほど客観化するのは難しいので→参考Q&A http://okwave.jp/qa3672975.html)

・「人間の好奇心・興味としての歴史(簡単に言うと学問の歴史)」

こちらは、学問の流れを学ぶ意味で重要です。
例えば、「経済学」と一言で言っても色々な立場や思想・価値観が存在します。
例えば、マルクス経済学はマルクスが資本主義の問題点を明らかにした点で未だに重要性は失っていません。(マルクス→共産主義→ソ連→悪というイメージがありますが、マルクス経済学は社会主義の学問ではありません)
http://www.econ.keio.ac.jp/staff/nobu/lecture/study-guide.htm

また、ケインズ経済学の根底には19世紀に生まれた「セイの法則」と密接な関係があったりします。
このように、学問は先人が考えた論理に批判(必ずしも否定的な意味ではない)を加えて発展してきたといえます。
また、その批判にはその人が置かれていた社会的背景も影響していたりします。
(例えば、マルクスの生きた時代は資本主義(自由競争)の名のもと資本が一部の資本家に集中する時代でもあった)
その流れを大まかにでも掴むことで、学問の論理をより詳細に詳しく理解することが出来ます。

このように、学問の背景としての歴史を知ることで、よりその学問に対する理解が深まると思います。
それと、教養は思わぬところで役に立ったりします(笑)

全ての学問には、流れというのがあります。
その流れが、所謂「歴史」となります。
ただ、この「歴史」には二つあって、「人間が営んできた社会の歴史」と「人間の好奇心・興味としての歴史(簡単に言うと学問の歴史)」です。
質問者さまがどちらの「歴史」を受講されているかで変りますが。

・「人間が営んできた社会の歴史」

こちらは、「古代ローマの経済は~」とか、「世界最初の株式会社はオランダ東インド会社」だとか、所謂、「歴史学」に所属する経済史と言えます。
「歴史学」を研究主題にしな...続きを読む

Q経済史

なぜ、経済史を学ぶのでしょうか?経済理論や現代の経済問題に関心をよせる人の立場から教えてください。

(補足)通信制の大学生です。「経済史」の研究課題です。

Aベストアンサー

経済学において、経済史および経済学史を学ぶ意味はあります。
これは他の分野においてその分野の歴史を学ぶよりも特に意味が大きいです。

今回は経済史の意義についてのみ答えます。
社会科学の中で経済学と並び心理学は、自然科学と同じような科学性をを持っている学問です。

なぜかというと経済学と心理学は、物事を調査し、結果を整理し、新たな知見を導き出し、知見の正しさを立証するまでの基準を持つ手続きである科学的方法に基づいているからです。
つまり、仮説を立て、立証し、他の人間がそれを検証する理論と実戦のプロセスが経済学と心理学にはあるのです。

自然科学では、大抵の場合、理論構築の足がかりとなるデーターの収集やその理論の立証や検証などの実践プロセスは『実験』を用いて行います。こないだ話題になったCERNのヒッグス云々もその一環として行われていたものです。

しかし、経済学ではなかなか実験を行うことは難しいです(先進国の経済政策は一種の実証実験とも言えますが…)。
ですので、実験の代わりにかつて社会で起こっていた経済活動を分析及び立証に利用するわけです。

つまり、長い歴史の中で問題となる状況が似通った例を探してきてサンプルとして分析の材料にするのです。他にも過去の経済データーを使いモデルを作り懸賞の材料にしたりします。
例えば、リーマンショック当時盛んに世界大恐慌時代の話が持ち上がりました。これはリーマンショック当時の状況が世界大恐慌当時の状況に酷似していたからです。
したがって、世界の経済政策は世界大恐慌の教訓を経済政策に反映させることで、世界大恐慌ほどの大恐慌へ連鎖することを食い止めることができました。
そして現在の先進国は『日本の失われた10年』に注目しています。日本がどのように苦しんできたかをわかれば、今後どのような問題が起こるかある程度予想がつくからです。

また通貨政策では、貨幣の過剰な発行は経済を混乱させることが分かっていますので皆慎重に通貨を発行しています。ただし慎重過ぎる弊害も最近は問題視されてきており、現在は慎重と積極の間で議論が揺れています。

例えば、経済史および経済学の観点からリーマン・ショックと世界大恐慌を比べてみましょう。
・両者の共通点は概ね以下の3つです。
 貧富の格差の拡大
 金融の過度な流動化
 それに伴うバブル

・両者の違っていた点は以下のようになると思います。
現代の方が良い点
 WTOや各種貿易ルールなど経済の安全装置が拡充している。
 世界大恐慌時代の教訓があった。
 
現代の方が悪い点
 富の再分配について解決の目処がついてない。
 先進国は成長の余地が当時より少ない。
 国民が当時より我儘になっており、トップダウン的政策が取りづらい。
 資源・環境問題など限られたパイをどのように使用するかという問題が浮上している。


まず何故リーマン・ショックが発生したかというと
当時が、経済の需給バランスが崩れ供給過剰気味だった状況で、その供給過剰をバブルによって支えていた経済構造がバブル崩壊によって崩れ去ったからです。
なおバブルの原因は、金融の過剰流動化です。
これは世界大恐慌当時とだいたい同じです。

しかし、世界大恐慌当時はバブル崩壊の被害をむしろ拡大させるような政策が立て続けに取られていましたが、現在はバブル崩壊の影響を抑える政策が取られましたので世界大恐慌時代ほど酷いことにはなりませんでした。またWTOなどの貿易を統制する機関が存在したことも被害を最小限にすることに一役買いました。
ですので、短期的にはリーマン・ショックは世界大恐慌の時ほど酷いことにはなりませんでした。

ですが、長期的には様々な問題があります。
世界大恐慌時にどのように供給過剰という問題を解決したかといえば、大量の政府支出と富の再分配です。
まず世界大恐慌はそのままWW2に結びつきましたから、戦争により各国は増税・国債発行&大支出(戦費)を行いました。
これにより大きく落ち込んだ需要をまかない供給過剰を解消したのです。

しかし、そんな政府の支出は長続きしません。
長期的には需要不足は富の再分配によって解消されました。
実際貧乏人はもらった給与のほとんどを使いますが、金持ちはもらった給与のすべてを使うわけではありません。
ですので、金持ちが給料をもらい過ぎると金持ちがお金を溜め込んだ分、社会の需要が不足するのです。

世界大恐慌当時はWW2以降の政策による格差是正が問題を根本的に解決しました。
つまり、戦争で大増税された後に政府はその税率を戻すのではなく、福祉などに利用することによって再分配を行ったです。
税は基本的に金持ちからより多く取られますが、福祉は基本的に国民一律に給付されます(貧乏人専用の福祉もあるので一概にそうとはいえないが)。
つまり、金持ちから沢山とって平等に給付することにより、格差が緩和されるわけです。
さらに、労働法制が整備され労働者の権利が拡充することにより、企業は従業員に高い賃金を払わざるをえなくなりました。
これも格差の是正につながりました。

しかし、現在ではなかなかそのようには進みません。
現代において金を持っているのは金持ちおよび老人です。
日本はもう少し所得税を上げるべきでしょうし、老人の資産に対しても課税すべきです。
しかし、それらは国民の反発があり取り組めない状況です。
世界大恐慌時代は戦争のどさくさに紛れたというのと痛い目にあったから反省したという両方の面があったのでしょう。さらに国民もよく分かっていませんでしたし、きちんと経済を安定させれば爆発的な成長ができるという目処もありました。
しかし、今の先進国は当時よりもずっと国民が我儘ですし、経済を安定させてもそれほど成長はできません。このような状況ではトップダウン的な政策は取りづらいです。


このように経済学において経済史を学ぶのは、まず何より『問題が発生した時に、似たようなログを引っ張ってこれる。』というのが大きいです。
それによって『今がどういう状況なのか』、『今何をしたらいいのか』、『これをしたらどうなるのか』が予想がつくわけです。
つまり、理論と実践の間を取り持つ事ができるわけです。
こういう場合はどの理論を使えばいいのかは経済史を学ぶとよく分かります。

細かい数字を正確に覚える必要はありません。
そんなのは必要となった時に調べればいい話です。
しかし、経済の流れ、それに伴う社会状況・経済状況、その時に取られた政策、その結果などはおおまかに把握しておく意義はあります。

経済学については、経済学史についても学ぶ意義がありますがそれについても希望があれば説明します。

ケインズとハイエク まさかのラップ対決
http://www.nicovideo.jp/watch/sm9548930

経済の変化と経済学の進化について纏めております、参考にしてください。
http://blog.livedoor.jp/takotubo/archives/50503724.html

なお私も通信で経済学を学んでいたのでその時に感じたコツをまとめております。
良ければ参考にしてください。
http://blog.livedoor.jp/takotubo/archives/50759719.html

経済学において、経済史および経済学史を学ぶ意味はあります。
これは他の分野においてその分野の歴史を学ぶよりも特に意味が大きいです。

今回は経済史の意義についてのみ答えます。
社会科学の中で経済学と並び心理学は、自然科学と同じような科学性をを持っている学問です。

なぜかというと経済学と心理学は、物事を調査し、結果を整理し、新たな知見を導き出し、知見の正しさを立証するまでの基準を持つ手続きである科学的方法に基づいているからです。
つまり、仮説を立て、立証し、他の人間がそれを検証す...続きを読む

Q経済学を学ぶ意義

経済学を学んで思ったことですが、経済学の歴史をみると結局は答えはなく、様々な答えが表れては否定、批判されるの繰り返しだと気づきました。
実際の経済活動で活かせるのかという疑問が出てきました。
橘玲氏は、経済学は統計学からしてみるとオカルトとみられているとも言っています。
その中で経済学を学ぶ意義は何が考えられますか?

Aベストアンサー

 様々な理論やモデルが示されては批判される、これはどの学問分野で共通する原理です。それがなければ学問自体が進化しないものとなってしまいます。ヘーゲル弁証法をご存知と思いますが、一つのテーゼに対しそれに対する見解が出されそれを叩き台としてテーゼの内容を再検討する。そして新たな問題提起がなされることで認識そのものが進化するプロセスです。
 ですから発想そのものとして「実際の経済に活かす」のではなく、そこから「何が問題の根源であり、それを解決するには何が必要か」との問題の組み立てとなります。順番を間違っては妥当な答など出るはずはありません。便利主義を排し根本から問う、この姿勢だけは忘れないでください。
 アダム・スミスやマルクスそしてヴェーバーやカール・ポランニーは大きな枠組みをどうとらえるかを問え!と後に続く者への置き土産として遺しました。現代は学問が細分化しそれによって自らの首を絞めてしまう袋小路に陥る皮肉な状にあることをガルブレイスをはじめとする先達が警鐘として鳴らし続けてきましたが、残念ながら殆どの人達がそれに耳を傾けようとしなかったことが今日の状況を生み出したともいえます。
 取り敢えず質問者様ができることから始めましょう。「なぜ便利主義から我々は脱却できないのかと自らの頭と言葉で表現してみることです。、
 身近な事例として「3.11の前と後」に関して、それ以前から喧伝されていた「大量生産・大量消費」の構造が抱える限界と問題に対し、もう一つ加えて考えるべき要素として「大量廃棄」があったことをもう一度思い出してみると理解し易くなるかと存じます。

 様々な理論やモデルが示されては批判される、これはどの学問分野で共通する原理です。それがなければ学問自体が進化しないものとなってしまいます。ヘーゲル弁証法をご存知と思いますが、一つのテーゼに対しそれに対する見解が出されそれを叩き台としてテーゼの内容を再検討する。そして新たな問題提起がなされることで認識そのものが進化するプロセスです。
 ですから発想そのものとして「実際の経済に活かす」のではなく、そこから「何が問題の根源であり、それを解決するには何が必要か」との問題の組み立て...続きを読む

Q歴史を学ぶ意味

歴史を学ぶのはなぜでしょうか?自分は歴史が苦手で、いつもなんのために歴史を勉強してんのかと思ってしまいます。受験のためぐらいしか思いつきませんが。そういう答えじゃなくて、もっと本質的な回答を知りたいんで、お願いします。歴史を学ぶ意味を教えてください。

Aベストアンサー

今生きている人の人生が、その人の生まれてからの積み重ね
であるように、国や社会の現状も、その国や社会の歴史の
積み重ねによるものです。

今の問題の原因は過去にあります。つまり歴史の中に原因が埋もれているのです。

イラク問題、北朝鮮問題、過去にすべての原因があります。
それらの過去の出来事を正確に知らない限り、現状の問題
について、正しく理解することは絶対に不可能です。


他の方の回答にあるように、学生のうちは実生活で縁がない
ので、歴史を学ぶ意味はわかりにくいでしょう。

そこで私からのアドバイスですが、歴史を扱ったマンガや
小説を読むことをオススメします。

歴史を扱った作品には良質な作品が多いです。読んで面白い
と思ったらシメタもので、あとは自分の興味の赴くまま、
どんどん歴史の知識が増えていきます。

まずはお試しあれ。

Q明治大学と明治学院大学の違いは?。

 明治大学と明治学院大学というふたつの大学が存在すると思うんですが、両大学は同じ明治という名前を付けてますが同じ系列の大学とかなんでしょうか?。
 
 共通点と顕著な違いがあれば教えてください。

Aベストアンサー

明大OBです。友人に明学を中退した明大時代の友がいっていたことを書きます。

明治大学と明治学院大学は系列も違うし、カラーも違います。

明大ははっきりいって男臭いです(笑)。文学部は通常女性の割合が高い学部ですが、明学は通常通り男2:8女でしょうが、明大は男5:5女です。文学部といえども男の数が多いのです。でも明学は女性の方が多い大学だと思います。

あとは皆さんも書かれていますが、明大の方が偏差値が高いです。一応「東京六大学」ですから。明学の場合はそれよりも落ちます。よく「MARCH」、「坊ちゃん四大」、「日東駒専」、「大東亜帝国」と大学のレベルを指す表現がありますが、明大はMARCH(明治・青山学院・立教・中央・法政大学)のレベルに属します。明学は坊ちゃん四大(学習院・成城・成蹊・武蔵大学)のレベルに入るでしょう。

それと明大は無宗教ですが、明学は宗教色が強いキリスト教のプロテスタントの教えを基盤とした学校です。

以上まとめると、
1.男臭い(明大)か女臭い(明学)かの違い
2.無宗教(明大)かキリスト教(明学)かの違い
3.偏差値の高(明大)低(明学)の違い
4.キャンパスが三箇所(駿河台・和泉・生田)の明大と横浜市戸塚区のキャンパスの明学

この四点が上げられます。

明大OBです。友人に明学を中退した明大時代の友がいっていたことを書きます。

明治大学と明治学院大学は系列も違うし、カラーも違います。

明大ははっきりいって男臭いです(笑)。文学部は通常女性の割合が高い学部ですが、明学は通常通り男2:8女でしょうが、明大は男5:5女です。文学部といえども男の数が多いのです。でも明学は女性の方が多い大学だと思います。

あとは皆さんも書かれていますが、明大の方が偏差値が高いです。一応「東京六大学」ですから。明学の場合はそれよりも落ちます。よく「M...続きを読む

Q経済学部へ入った方がいたら志望動機を教えてください。

私は只今高校3年生です。
4年生大学の経済学部へ進学しようと考えています。
私は今、商業系の学校に通っています。
商業の授業のなかで情報処理というパソコンの授業が楽しかったので、私はパソコンを扱える学部を探していました。
そのとき、担任にこの”経済学部”を勧められてここに行こうと思ったのですが、担任に面接で言う志望動機をハッキリさせておけ。といわれたのですが、
一体どのようなことを志望動機で言えばいいのかわかりません。
参考までに、もし経済学部に入学された(または卒業された)かたがいたら、入学面接時にどんな志望動機を言ったか教えてもらえませんか?
それか、どんな感じことを言えばいいのかも教えてもらえたら嬉しいです。
いろいろ参考にしたいので、よろしくお願いします。

Aベストアンサー

今4年生大学の経済学部に入っている1回生です。私も商業高校生でした。既にどの学校に入学するか考えているあなたは凄いと思います。私はギリギリで志望動機も考えました・・商業学校なら、他の先輩も経済学部にたくさん入学しているのでは?それらを私は参考にしました。
私は、志望動機を面接で聞かれた時、自分が高校でどのような勉強をしてきたか、そしてそれを学んでどのようなきっかけを感じて経済学部に入学したいと思ったのか、それと加えて自分がもし入学したらどんなことを具体的に勉強したいか、そして卒業したらどんなふうにそれを生かしていきたいかなどを2~3分くらいでまとめた文章をいっきに言いました。
合格できること祈ってます☆がんばれ☆

Q経済学が活かせる仕事とは

どうも、三流社会学系大学出身者です。

先日、就職面接にて「こんな所じゃなくて政治経済学部で勉強したことが役に立つような仕事に就いたほうがいいと思うよ」と言われて、やんわりと採用を断られました。

これからまた、就職活動を頑張らないといけないのですが・・・
ふと、疑問が湧いて来ました。

「経済学がサラリーマンの仕事の実務に役に立つのだろうか?」

経済学(ミクロ・マクロ)って、社会の仕組みを学び研究(出来れば未来を予測)する理論であって一般人が仕事に使えるのか?

経済学が直接活かせる業界・職種って何があるでしょうか?

Aベストアンサー

採用を断るためのトークでしょうから、あまり気にする必要はないと思います。

東京大学経済学部卒の友人がいますが、東大時代は「オレ、何を勉強してんだか?」みたいな愚痴もこぼしてました。
彼はその後某大手損保会社に就職して、会社のお金で米国の大学に留学してMBAを取りましたが、会社の実務になにか生かせるかと聞くと、「財務その他の書類が読めるようになったくらい」と言っています。

Q円売りドル買いで円安になる仕組みがいまいちよく分かりません。日本の金融

円売りドル買いで円安になる仕組みがいまいちよく分かりません。日本の金融市場では円売りしたら円が減って円の価値が上がり円高になるんじゃないかって考えてしまいます。誰か金融に詳しい方ご教授願います。

Aベストアンサー

難しくお考え過ぎなのではないでしょうか?

サンマによく似た「エン」という名前のサカナがいます(いるとします)。

今年、このエンの不漁が続いており、築地市場でのエンの価格がどんどん上昇しています。

そこで政府はこれまで備蓄していた冷凍のエンを、一斉かつ大量に築地市場の売りに出しました。

エン売り介入です。

その結果、エンの不足は解消され、エンの値段も下がりました。

それだけです。



勘違いされているのは

>日本の金融市場で円売りしたら円が「減って」

の部分です。

サンマでもキャベツでも、原油でも、フリースでも、売りに出せば取引量は増えます。

そして価格は下落します。

(逆に、売り惜しみをすれば、流通量は減り、価格は上昇します)


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