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ここから自分の意見
正直宋までの
中国は漢字、今でも作れないくらい精密な青銅器、紙の発明,王安石みたいな偉人。などがありました。

こういうとこからみても偉大だと思うし、また復活してほしいなって思ってます。

しかしあの野蛮人(戦闘民族)や顔が気持ち悪い満州人のせいでぐちゃぐちゃに…

もはや宋以前の起源国家からパクり国家へ

ホント悲しいです

gooドクター

A 回答 (6件)

どういう意味で<越える>というのかによって、いろいろな回答がありうると思います。


私はそういう一つのケーススタディとして<朝貢>というキーワードを連想しました。

多少通説からは離れますが、一つの知的遊びとして読んでみてください。

光武帝の金印や卑弥呼の「親魏倭王」はもちろん、南朝劉宋への倭の五王の官職要求は、正統南朝に対してでありました。
その後の隋に対しては皆さんよくご存知の「日いづる処の天子」という対等外交を行い、唐との決裂から白村江へと到ります。この「対等要求」は、拓跋国家、隋<北朝>という中国史の通史的認識から来るもので、何を持って「中国」とするのか、という点では、理路整然としていると思います。

質問は「越えた」時を問題としているので、これは「越えようとした」段階でありまた、その結果失敗した、という展開です。ご笑覧ありがとうございました。
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古い時代の中国の歴史に関しては、ものすごく詳しいとは言えないので



私の回答が参考になるか分かりませんと前置きしておきますが。

中国の歴史・経済や理系の学者も含め(中国社会科学院・清華大学・北京大学などの研究者)の見解によると

日本がこの東アジア地域の中で

過去に中国にあった国(清とか)を追い抜き先進的な国になったのは

300年前頃と言うのが一つの定説だそうです。

実際に、アジアの歴史に詳しい中国人留学生も

日本はこの300年間に渡って中国より先進的な国家だった

と言っていたので、私が書籍で読んだ中国人の学者の定説は、

おそらく事実で、中国でも一般的な話だと思いますよ。、
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#1さんと,#2さんのご投稿は,名回答ですね!



それにしても,現在の中国は,何で,あんな非道国になってしまったのだろうかと不思議です.

パンチェン・ラマ拉致を含むチベット問題,等,等・・・,人間として,褒める所が何も無いです.ご存じの様に,中国は,今現在でも,世界に向かって蛮行を続けています.

やること,言うこと,とても酷くて,現代文明人とは,ほど遠いですね!! 野蛮人です.

やはり,人類の歴史が示す様に,一党独裁はダメですよ! 中華人民共和国は,やがて民主化されて,出直すことになるでしょうね.


>>弟子(日本)が師匠(中国)を越えたのはいつ?

私は,既に,8世紀ごろには,弟子(日本)が師匠(中国)を超えていると思います.

なぜならば,8世紀末から9世紀には,中国には無い「平仮名」が完成していましたし,「片仮名」が,9世紀初めには,既に現れて,12世紀ごろには現在に近い「片仮名」が出来上がっています.

この頃,中国では,隋の時代から清の時代まで,盛んに「科挙」(598年~1905年)が実施され,「科挙」一色に埋没していました.一千年以上にわたって進歩がなかったのです.

日本人と中国人では,遺伝子DNAの質が違います.日本人の方が,遙かに優れていること間違いなしです.
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師匠でなくなった時だと思うので



清がアヘン戦争で負けた時だと思います。

この時から欧米が日本の師匠に変わったのだと思います。
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日本はいつ中国を越えたのか。

その質問に直接答えることは難しい。何を持って超えたというのか。その基準を一つに決めることはできないからです。一つの基準として提起できるのは教育です。日本と中国では何が異なったのか。それが教育だと思うのです。日本の教育には仏教が大きく関わっています。日本は中国から漢字を移入しましたが、漢字からカタカナ、ひらがなを発明したのは日本です。中国にはカタカナ、ひらがなに相当する文字はありません。漢字は随分ハードルが高い文字です。文字の数が6万種とも7万種とも言われ誰にも正確な数が分かりません。その一つ一つがいくつもの意味と発音を持っている。こんな文字を習得するのは並大抵のことではない。しかし文字を習得しないと教育は不可能です。日本人はカタカナ、ひらがな以外にも句読点やルビなども発明しました。
日本人が初めて漢字を見たのは金印が最初かも知れませんが、ただちに漢字が普及したわけではありません。それは仏教伝来が端緒だと思います。百済の聖明王が欽明天皇に仏像や経典を送ってくれた6世紀中ごろのことです。経典といっても漢字の羅列ですから、誰にも意味も読みも分かりません。それを読める人材を育てることは国家的大プロジェクトであった筈なのです。百済や唐から高名な学者を招聘して勉強した筈なのです。経典を勉強する過程で、カタカナ、ひらがなのような簡略文字でお経の意味や読みを説明するというアイデアが生まれたのだと思います。
そして奈良仏教、平安仏教、鎌倉仏教と時代が進むにつれて仏教が幅広い階層に広まり、歩調を同じくして文字も広まっていきました。
ところが中国には、こういう歴史が無いのです。王朝が度々断絶し、一貫した仏教政策が無く、普及しませんでした。
日本は鎌倉時代には日蓮が辻説法で民衆に教え、琵琶法師が平家物語を民衆に聞かせた。そして寺子屋が生まれ、僧侶は民衆に読み書き算盤を教えた。日本では寺は仏教の枠を超えた幅広い機能を持っていました。時には織田信長一行の宿泊設備にもなった。寺は鐘を鳴らして、時報や緊急事態の発生を庶民に知らせました。
ところが中国には、こういう歴史が無いのです。中国では文字は官僚や学者などごく一握りの有識階級にしか広まらなかったのです。
中国では漢字を使えるかどうかで階級が分かれました。科挙を目指す者しか漢字を学ぶ必要も無かったのです。中国では官僚が特権を死守する為に、あえて漢字という難しい文字を温存し、カタカナ、ひらがなのような簡略文字を発明しなかったのです。
日本では農民階級からも勉強次第で僧侶になれ、僧侶は農民にも文字を教えようとしました。僧侶は民衆から尊敬されたけれども特権は持っていなかったので、文字を独占して特権を維持しようという発想は無かったからなのです。
中国が元や清などの異民族王朝に支配されたのも教育が根本的な理由です。
モンゴル族や女真族が中国を支配できるほど強大な力を持ったのは文字の力です。
日本が一貫して独立を維持し異民族支配を受けなかったのも教育の力であり文字の力です。
中国は4000年の歴史で多くの偉人を生みましたが、それはごく一握りの有識階級に限られています。中国で農民が文字を読めるようになったのはたかだか50年前後の前のことに過ぎません。
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GDPで言えば、日本が中国を追い越したのは


つい最近のことです。又抜かれましたが。
一人辺りではまだ日本の方がはるかに上です。

清の時代には、確か中国のGDPは世界一だった
と記憶しています。
唐、漢の時代は、世界の30%以上を占めていたそうです。

中国人の知人と話したことがあるのですが、
彼に言わせると、菅原道真が遣唐使を廃止したときだ
と言っていました。
遣唐使を廃止したのは、もはや危険を侵してまで
中国に出かける必要は無くなったからだ、という
のです。

少し早すぎる、という感じがします。

囲碁で言えば、江戸時代日本の技術は中国を
凌駕したそうです。
これは中国人が言っていました。

秀吉が朝鮮出兵をして、明にまで兵を進めようと
したことを考えると、軍事的には
あのとき既に越えたのかもしれません。
当時の日本は、鉄砲の数では世界一だったそうですから。

軍事的といえば、決定的なのは日清戦争ですね。
国民国家の建設にいち早く着手した日本が
維新後中国を越えていたのは間違いないと
思います。

ちなみに、現代使われている漢字の言葉(熟語?)の70%は
日本人が造ったそうです。
哲学、民主主義、社会主義、共産主義・・・
すべて日本人が造った言葉です。
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