初めての店舗開業を成功させよう>>

大ざっぱな質問で申し訳ありません。
資本主義
新自由主義
に対して、
次代のシステムを考えてみたいと思います。どんなところから手を着ければ良いかも解らない状態ですが、
皆さんのお考えを色々と聞かせていただければ幸いです。

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A 回答 (25件中11~20件)

社会体制の変化は、科学の進歩と生産活動の効率化を発端にもたらされるべきもの。



それらによって生まれた豊かさにより、より進化した社会体制が生まれてくる。

世の中を自分の目で直接見聞きすることもなく、他人の価値観を理解できる心の広さと余裕がなく、

1~2日見聞きした程度事象とお仲間・古本・ネットマスコミから得た情報だけを情報源として考え出された社会体制は妄想といいます。

本気でフィールドワークを行う覚悟と、白と黒以外にも分け方があることを認める事のできる程度の人格形成が先決でしょう。
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この回答へのお礼

お疲れ様。
場所を間違っているんじゃないですか?

お礼日時:2011/09/26 01:03

 そうですか。



 非力で 足手まどいでしたか。

 出直します。

この回答への補足

すみません。#24にお礼を書いていたら、投稿が削除されてしまったみたいです。

インタームライズムは
私は私なりに自律分散型社会と名付けていたのですが、
うーん…
言葉が見つからないのですが、
やっぱり利得がないというか、
なにがどう変わっていくのか、
何かが変わることによってインタームライズムが生まれるのか、インタームライズムを導入することによって市民意識が変わるのか、
どうなんでしょう?

補足日時:2011/09/28 17:53
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この回答へのお礼

わわわ。
そんなつもりじゃないんですよー(;_;)
口のききかたを知らなくてすみません。

お礼日時:2011/09/26 01:24

 No.7&13です。



 ★ (No.13お礼欄) ~~~
 それで
 その〔* 報恩申告の〕制度の中で、個々の人は、軽薄で凶暴で哀しくて愛おしい人々は、どうやって暮らしているんでしょう?
 ~~~~~~~~~~
 ☆ 暴力団の人びとは公務員としてはたらくという制度としなくてはならないと考えます。

 どこまでの仕事を許容するか これは皆で考えていかなくてはならないと思います。

 【Q:部落民・在日朝鮮韓国人・暴力団についてのもんだい】
 http://soudan1.biglobe.ne.jp/qa5995036.html
 ◆◆ (回答No.7=ベストアンサー) ~~~
  ◆ ~~~~~~~~~~~~~
 あなたが主張している公務員制度の件で、
 仮に暴力団の従来している仕事を、すべて国の仕事にしたとしても、結局は
 システムや料金的な問題などで、暴力団が暗躍する事になるのではないでしょうか。
 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~
  ☆ これはおかしい。だって 公務員でないギャンブル業も金融業もなくなるのですから。
  ◆ 暴力団の従来している仕事を、すべて国の仕事にしたとしても
  ☆ ではなく そうではなく 暴力団の人びとをみな国が ほぼそのまま公務員として雇い上げるのですよ? もう暗躍する暴力団はいなくなるのです。
  カスリと言うのですか。その率に差はなくなります。もしくは すべて公務員ではありながら その企業ごとに確かに 率などで 競争をしてもよいかも知れません。
 ~~~~~~~~~~~~~~
 ☆ などなどを問い求めました。


 外国からのスパイらに対して 警察と協力して 暴力団の人びとも公務員として 対処するというやり方もあるかと考えます。
 皆の合意を得たほうがとよいとおもいます。
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この回答へのお礼

??
凶暴で
が不味かったのでしょうか。
自己中心的で
くらいに読み替えていただけたら幸いです。

暴力団の話はよく判りませんが、管理されることを厭う気質をどう宥めるのでしょう。
皆で話し合って、良い答がでるとは限りませんよね。というかむしろ逆で。

お礼日時:2011/09/25 21:37

 No.7です。



 次の言葉だけは どう考えても処理できないので ふたたび投稿します。
 ★ (No.7お礼欄) 二番さんなんかと同じ系統のハマり思考かと思います。


 ☆ 人生の節目節目で

    わたしはガミガミ役でガミガミ電波を飛ばしましたが 誰だれ
   さんは その電波をアース役となってやさしく受けとめてくれま
   した。
    よって ここに申告してその苦労にむくいたいと思います。

 といった報恩申告を市町村などにおいて広告する制度をつくるとよいと考えます。
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この回答へのお礼

すみません。
bragelonneさんが処理できないのは、
私が頓珍漢なことを言っている可能性が高いです。

それで
その制度の中で、個々の人は、軽薄で凶暴で哀しくて愛おしい人々は、どうやって暮らしているんでしょう?

お礼日時:2011/09/25 20:49

2番さんとは違いますでしょう。


わたしの場合、教育のかたちが社会の内部構造に要請されているという話で。
社会を変えなければ教育が変わる余地はないとしておきながら、
教育を変えれば社会も変わるかもねなんてわざと言います。
(アシモフよりはシマック的な。でもシマックはつまらないですね。)
こんなものアルゴリズムの無いヨタ話にすぎません。
特に答えているつもりもないけど考えるなら一緒にという姿勢が伝わっていれば幸いです。
民(みん)の教育ということを「どんだけ偉そう」と捉える感性は見直したほうがいいと思います。
民であろうとすることには、その立場そのものから離れることなく自律的な意思をみずから伴わなければならないと思います。
ethicsのすぐれたシステムの可能性は、全体性の降臨ではなく自律的な項から発生することが望ましいと思います。

milieuミリューという言葉があって、mondeモンドという世界・社会が
超越的視点であり受動せざるをえないのに対し、ミリューは能動性によって変化する環境です。
主義・思想は、与えられる教育の中に起動していますが、手に入れようとする教育の中では総覧的に分類される標本であることができるでしょう。
1968年以降のフランスの現代思想の主題は社会変革にあります。
デリダは教育改革を推進し哲学の敷居をさげましたが、
社会問題、教育問題、家庭問題、経済問題、民族問題に対してこれっぽっちの成果も生みませんでした。
フランスのような荘園制度と職種組合において経済基盤と中央集権制と市民政治を築いてきた国で、
しかも教会権力がそれを牽引してきたために、
モンドは非常に頑強でミリューはささやかな働きかけの世界でしかありません。
次世代のシステムはモンドの解体や刷新ではありえないことは、68年とその余波の段階で明らかになっているといえます。
戦争による国家崩壊が減じたかわりに市場経済が国家の壁を自由に描き、テロリズムの止まない時代ですが、武力でもイデオロギーでもイズムでもミリューは変わらない、それがモンドの力です。
ミリューを強大に変化させうる力は科学にかかっているし、新しいエネルギーと蓄電池の登場にかかっているという話は、前回と変わりません。

ところでご返信を読む限りでは本質観取について誤解していらっしゃるように思うんですが、
まあ、わたしの質問に回答くださった多くのみなさんが誤解していらっしゃるところではありますが、
imantarxさんは、たんに、演算を構成しないで、棋盤を一瞥した直感で大ざっぱなヴィジョンが出ないかなあ、ってことでよろしかったでしょうか。
わたしは研究者としては後者のタイプですね。曖昧模糊像を出してから、演算のほうを合わせてみますね。もちろん演算の見通しのないことには曖昧模糊像は出さないですが。
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この回答へのお礼

そうですか。それはすみません。

ええと、
大ざっぱなヴィジョンではなく、具体的な一手につながらなければ、意味をなしていないように思います。碁盤的には。
プロ棋士が演算を構成しないなんてことはなく、それでも演算では届き得ない一手を求めて止まないものです。それとは違うんですか?
仰るとおり、私のようなレベルの打ち手には、その粗雑な模倣としての、大ざっぱなヴィジョンしかないかもしれませんが。

>全体性の降臨ではなく自律的な項から発生することが望ましいと思います。

それはそうだと思います。全体性の根拠は全くの不明でしょうから。

感性はおいおい直していくとして、
「民の教育」ではなくて
「民の『全人』教育」ではなかったですか?
これは、「人」なる存在の全てを知り得た、という立場ではないのでしょうか?
そうでないなら、感性ではなく、語彙を訂正します。

それで、
エネルギー革命後の社会はどんな社会なんでしょ?

お礼日時:2011/09/25 16:46

未来は今あるものから積み上げるようにして獲得するわけですから、


資本主義、新自由主義からどう動き得るかは経済システムの構築如何で、
経済システムを構造的に左右するのは新エネルギー開発の予算・スピード・応用の時期と規模、
新エネルギー開発を左右するのは学の独立と市場の競争、
学の独立と市場の競争を保全し管理するのは官の判断能力と執務能力、
官の能力の引き上げをを最大限に保証しうるのは民の全人教育、
教育の質を動かすものは社会システムの内部構造が熱死しないための自己要請、

でも、教育の質を少し変えてみることが
もしかしたら社会システムの内部構造を破壊しながら
尚且つ官の能力を引き上げて学の独立と市場競争を牽引し、
新エネルギー開発を先読みした経済システムの構築を可能にするかもしれない。

つまり、なかなかたいへんな矛盾があって、
社会システムの内部構造が熱死的に自滅しないようにと要請されるべき教育において
その内部構造を破壊する力が蓄えられるということを十全に想定に織り込んだ社会システム、が待たれるかなという結論です。
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この回答へのお礼

いらっしゃいませ。

二番さんと同じ答えでしょうか。
う~ん。
もうちょっと具体的なオーダーで考えないと、考える面白味が無い気がします。
無難というか。

それと
「民の全人教育」
は、二番さんにも六番さんにも通ずる発想かと思いますが、かなり疑問です。
まず視点。どんだけ偉そうか。
次に条件として不適切。「戦争が無ければ」という仮定と近いかと。
ついでに、「言うは易し」。具体化についての考察が肝心かと。

ところで
ふと
本質観取が思い起こされました。
回答は、アルゴリズムですよね。経済学やら政治学やらの領分というか。
質問ではまったく説明できていませんが、求めているのは、ルソーやアダム・スミスが表現した「発見=発想の転換」に迫るべく、ヨタ話をしませんか?ということです。
これはアルゴリズムだけではできないことで、もちろんヒューリスティクス(経験的判断、直感)でもなくて、
直観、というか
おさまるべきところにおさまることを想像する力というか、
大局観というか、
本質観取?!というか、
が必要なんだろうと思うわけですが、
私たちはそうした「天才」ではないので、まぁなるべく面白いヨタ話をしたいなぁと思うわけです。

お礼日時:2011/09/25 14:03

私が具体的な回答を避けたのは、規約違反の事もありますが、


現在の多くの人が理解不能な話だからです。

予定した通りに返信は侮蔑と偏見に満ちたものでした。
真に賢いものならば別の表現を用いたでしょう。

ここのサイトでは泥試合を避けるために幾つかの規則を課しています。
それを次々と踏み破るようでは人間としておぞましい。

知識量は相当にお有りのようですが、
ゆめゆめ頭脳だけが増大した人間になるなとご警告申し上げます。
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この回答へのお礼

gungnir7様

スレッドをたてた者として、
不快な思いをさせてしまったことを、
深くお詫びします。

TANUHACHIさんは、もしかしたら私に対して何か思うところがあり、gungnir7さんはそのトバッチリを受けてしまったのかもしれません。本当に申し訳ありません。

お礼日時:2011/09/25 14:20

 gungnir7様、上手くそして狡猾に逃げましたね。

お望みどおりこれであなた様とのお話しもお終いとなり邂逅も今後はおそらくないでしょう。
 さて閑話休題。原題に戻りますが、政治体制のあり方と経済構造のあり方がごっちゃになっている気がします。政治体制と経済構造及び社会構造のあり方は必ずしも一致しないのが「現在」の特質です。
 ロシアのメドヴェージェフ大統領はビジネスマンとして早に知られ中国の朱鎔基元首相や趙紫陽氏も資本主義的な経済運営を進めたことで知られてもいます。まさに「木に竹を接ぐ」ような形のご都合主義としか喩えようがありません。こうした点で頑固な老人のような「原理主義」が抱える問題がある以上、新たな「~主義」を提示することは難しいのでは?と考えています。
 実際に「新自由主義」とはいっても経済学では新古典派の亜流にしかすぎません。また政治体制を比較するときになぜ「自由主義と社会主義」のような括りをするのでしょうか。「社会主義」は元々経済学上の概念であり対峙する概念は資本主義です。これを政治体制を語る上で使用することは適切であると言いうるかは疑問の余地があります。
 パーレビ体制からの脱却を図ったイランが象徴する「イスラム原理主義」とそれに対峙する「アメリカ原理主義」は経済構造の対立に起因する性質の問題と考えにくいモノもあります。強いていえば「会社組織」を説明する際のピラミッド構造とアメーバ構造の違い程度しか正直なところ思い浮かびません。アメーバタイプならばボーダレスに枠組みを越えることから「圏」を提示させていただいた次第です。
 
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とあるブログからの転記です。

引用元は伏せます

アイザック・アシモフ著 「ファウンデーション」より


馬が、狼という強い危険な敵がいるので、たえず恐怖におののきながら暮らしていた。絶望的になった馬は、強い同盟者を探すことを思いついた。そこで、人間に近づいて、狼が人間の敵でもあることを指摘して、同盟を結ぼうと申し出た。人間はただちにそれを受けいれ、この新しい同盟者が、人間のいうままにその素晴らしい足の速さを発揮して協力しさえすれば、すぐに狼を殺してやるといった。馬は喜んで鞍を置き、手綱をつけることを許した。人間はそれに乗り、狼を狩り、殺した。
馬は喜び、安心し、人間に感謝していった。”さあ、敵が死んだのだから、鞍と手綱をと取り除き、私を自由にしてくれ”すると、人間は笑って答えた。”何を言うか、阿呆な駄馬め”そして、本気で拍車をあてた

かつて、人間の支配者は、自分の人民への完全な支配権を確立したいが為に、支配の正当性を人民に認めさせてくれるもの、つまりは神と宗教を受け入れた。
支配者は、本当の意味で、支配者となった。支配者は喜び、安心し、神に感謝していった。”さあ、敵が死んだのだから、宗教と寺院をと取り除き、私を自由にしてくれ”
すると、神は笑って答えた。”何を言うか、阿呆な人間め”そして、支配者を宗教裁判にかけて殺してしまった。

その後、人間とその支配者に宗教と寺院をつけて支配することに成功した神だったが、今度は、他の強力な神々と、その崇拝者との間で戦争が起こった。神々とそれぞれの崇拝者達は、お互いに裏切りあい、殺しあった。絶望的になった、ある神のところに、新参者が現れた。
その名前を「金」と言った。金は、神にこう言った。「我々が協力すれば、他の神を打ち倒して、貴方がNo.1になれる」と。ある神は、それをただちに受け入れて、金が科学と金融を作ることを許した。ある神は、金の力で作れた金融の力で経済を発展させ、経済は科学を発展させた。科学は、近代兵器を生み出し、近代兵器の力は他の神々とその崇拝者をなぎ倒した。
ある神は喜び、安心し、金に感謝してこう言った。「さあ、敵が死んだのだから、科学と金融を取り除いて、元の私の世界に戻してくれ」すると金は大声で笑って、こう答えた。
「何をいうか、あほうな神め」そしてダーウィンを使って神を殺してしまった。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。良いものを読ませていただきました。
さすがはアシモフ先生ですね。

その先を
同人誌のノリで考えるのが、このスレッドの趣旨かと。

ぜひどうぞ!

お礼日時:2011/09/23 18:49

 こんにちは。




 1. 社会は 一定の単位体としての種族共同体なるムラでなければ そしてそこにおける自給自足生活でなければ 分業して協業する形態を 経済的には採ります。

 2. この分業=協業を組織してつくる社会は その独立性としては 国家という形態が 一般的なものとして推移して来ます。

 3. 社会形態にとって重要な基軸は 経済活動と共同自治〔および司法〕とです。

 4. 経済行為は 一般に 少ない費用で大きい効果を得るという形式が 採用されます。(それを 経済性と言うかたちです)。

 5. 共同自治は 社会秩序の問題です。経済行為と一体であるという見方――いわゆる政治経済学としての科学行為――もあるとともに 政治行為は 経済外の社会行為だと見られる場合もあると考えます。

 6. 経済行為をもっぱら取り上げる場合には (4)の経済性の原則が基礎となるはずです。この原則を人間といういわば価値をもとにして 実現しようとすることもあれば 単なるモノの価格を基準としてそうする場合もあるようです。

 7. 現代までの歴史において モノの価値を価格なる交換価値として測り――モノを使用したときの満足度としての価値はこれを二の次にして―― 最小限の費用で最大限の効果(または収益)を上げるという原則が採用されて来ています。

 8. この交換価値なる価値を もっぱらの経済行為として重要視すれば そのような価値の増殖行為としての資本主義が生まれて来ます。

 9. 国家の共同自治としても 資本主義をその経済行為にまかせるのは 自由主義市場経済です。それに対しては 国家による管理のもとにおく計画経済があります。

 10. 現代では 計画か自由か両者の配分を――もしくは どちらをその基礎にするかを――それぞれの国家が決める混合経済だと言われます。一般に基礎としては 市場主義経済が つごうがよいとされているようです。


 
 11. さてこれからも 経済行為の形式としては 経済性の原則が変わるとは思えません。これをどのように経営するかで あたらしい社会の仕組みが現われて来るのではないでしょうか?

 12. 言いかえると 経済行為としては 原則自由のもとに生活がいとなまれ その資本主義の行き着くところまで――その途中でほころびを直しつつ――行くのではないかと思われます。

 13. ソ連という計画経済国家の実験が歴史的におこなわれましたが どうも実際上うまく行かなかったようです。パンから服からあるいは国家安全保障上の軍備にいたるまですべて年度ごとに計画してそのように運営していくという方式は うまく行かなかったようです。農業を集団にまとめて その報酬をすべて国家の計画のもとに決めるという行き方は 人びとの自由な行動に足かせをはめていたようです。

 14. あとは 社会秩序をどのように保ちつつ 市場経済を運営するかだと考えます。共同自治をどのような形態にするかです。

 15. 近年 地域主権という考え方が出て来ていますが これも共同自治の形式について何がしかのことをうったえようとしていると思います。

 16. 言いかえると 社会形態は いまは国家ですが これが 中央政府とその権力のもとに従ういくつかの地方政府とから成っています。

 17. 地方(ないし地域)政府は 一般に 市民と呼んでよいと思います。政府ならその役人はすでに公民ですが その言わば人びとの第一次の生活に密着しているからには 市民社会という基礎を成しており 市民生活のことです。つまりは 中央政府は――その意味での国家は―― 公民です。

 18. 要するに早い話が いまは公民の主導による国家の統治〔のもとに 自由経済がいとなまれる〕というかたちで社会の経営ないし共同自治がおこなわれていますが これを――地域主権という考え方を徹底させて―― 各地域政府とその市民社会が 国家を主導するという方式に移行させるということ。これが 考えられます。

 19. ムラ(各市町村)が互いに連携し連帯して国家を主導するという共同自治の方式です。名づけて インタムライズムです。

 20. おそらくインタナショナルなインタムライズムが 望まれ欲せられるのではないでしょうか。日本の○○市が 日本のほかのムラムラと連携しつつ 韓国の▽▽市や中国の□□市や・・・とその市民社会の次元で連携しあうという形態です。

 21. ムラはそれぞれ連携しあうムラムラと ムラ議会の議員を互選するまでにいたればよいと思われます。また その際には 企業との連携も 必須になると考えます。そうして インタムライズムは それぞれの国家を自分たちの共同自治に従わせて行くという行き方です。
 どうでしょう?
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

「国家から自由でいいんじゃない?」
という提案かと思います。

うーん…。
できたら
ルソーやアダム・スミスを乗り越える方向に話をむけたいのですが…
まぁあくまでヨタ話の範疇ですけど。

まず
大多数にとってわかりやすい利得がなさそうそうです。
二番さんなんかと同じ系統のハマり思考かと思います。

もうひとつ
「地球上から戦争をなくす方法は?」
という人類史上最大の未解決問題が立ちふさがるのであろうと、思います。
まぁ、どんな回答もそうなのですが。

お礼日時:2011/09/23 15:21

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