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学校の課題で「欧州において古い物が尊ばれる一方で、日本やアジアの国々では新しいものが尊ばれるという文化的違い」について書こうと思っています。

自分で調べてみて、日本人が新しいものを好む傾向は明治維新や戦争の影響があることが分りました。しかし、ヨーロッパはどうして古いものを尊ぶ傾向にあるのかが分りません。

どうか教えてください。

それと出来れば、その傾向がどう現代社会に影響しているのかも教えて頂けると嬉しいです。

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A 回答 (7件)

>ヨーロッパはどうして古いものを尊ぶ傾向にあるのか


キリスト教の影響です。

ヨーロッパの町並み、インテリアや家具、食器、ワインなどが
「古いもの」の代表だと思いますが、これらはみなキリスト教、とりわ
け「教会」のデザインやアイテムをそのまま自分たちの周りに置いてい
るのです。
そうすることによって、神やキリストが自分たちのそばにいつも居る様
な状態を創りだしているのです。

ヨーロッパの教会は、同じキリスト教でありながら国や地域によって
デザインが異なっています。
ヨーロッパの町並みも、よく見ると国や地域によって異なります。
実は、それぞれの町並みは、最初にその地や町に建てられた教会をモチ
ーフにしているからです。
当然、室内も、家具も、食器も、装身具も、寝具も、雑貨も教会で使わ
れているそれらをそのままに再現されています。

ちなみに教会は、その地域の住民にキリスト教を受け入れてもらうため
に、その地域の伝統や慣習を取り入れました。
それが、地域によって教会のデザインが異なっていたり、中世以前の
建築や様式が残っている理由と言えます。

ヨーロッパ人のキリスト教に従属する感覚は日本人には、いまいちピン
と来ませんので、「何でそこまで?」と思ってしまいますが、
中世以前の部族間の殺し合いや疫病に支配されていたヨーロッパを
優れたローマ文化を伴ってヨーロッパ各地に広まったキリスト教が
文明社会へと導いてくれた歴史があります。
その体験が、ヨーロッパ人に「キリスト教」への絶対的な服従を生んだ
のでしょう。
ですから、正確には「ヨーロッパはどうして古いものを尊ぶ傾向」
ではなく、「キリスト教や教会のものを尊ぶ傾向」と言えます。

ただし、ヨーロッパ人は、新しいものを好まないわけではありません。
音楽、ファッション、車、芸術・・・常に変化を求める分野も
あります。日本のアニメが人気なのもその一例でしょう。

よく言われることですが、ヨーロッパは地震(イタリア等は除く)や
津波、台風、湿気がほとんどありません。
そのため、昔からの建物を長く使えるし、長く使うために同じデザイ
ンを踏襲します。それが「ヨーロッパは古いものを尊ぶ傾向」という
印象を与えてしまいますが、基本「合理的」な考えによるものです。
観光地から外れると、ヨーロッパの町もアメリカや日本のような
近代的なビルが建っている区域もけっこうありますよ。

日本は、宗教的な「しがらみ」や「従属心」が希薄です。
そのため、使い勝手の悪い「昔のモノ」は平気で壊し、便利で安くて
早いものを建ててきました。
それが、「新しいモノ好き」と自分たちで思ってしまいましたが、
単に「貧しかったから」にすぎません。
バブルのころから「和の趣き」「ジャパネスク」「伝統回帰」
「アジアンテイスト」という言葉やデザインが良く出てきました。
戦前の町並みを戻そうという運動も盛んになってきています。
もう、昔のような殺風景な町並みには、なっていかないでしょう。
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この回答へのお礼

お礼するのが遅くなってすみません(><)

なるほど。
とっても詳しく分りやすくて助かりました。

是非参考にしたいと思います。

お礼日時:2011/10/10 22:12

江戸時代は、日本人の精神性が最高の時代です。

幕末に来日した外国人が、日本人の精神性の高いのに驚いて、紀行文を書いてます。そして、これから西洋と交わり悪くなると予言しています。事実そうなりました。日本人は、戦争に負けた結果、西洋の論理思考文化に染まり、日本人の心は、西洋文化に征服、占領されています。だから日本人が、愛国心を持つ事は不可能です。日本人は、昔の思考パターンを忘れています。明治維新までは、情緒思考でした。現代は、西洋の論理思考文化に染まってしまい、情緒が理解出来ません。学校教育で、伝統文化を必修科目にして、情緒思考を復活する事が必要です。現代人は、脳を刺激する事が、理屈、論理で理解する事が、常識だと思っています。だから脳に論理思考の宗教に憑依されてます。だから娯楽、芸術も理屈や論理で脳を刺激する、美的な知的な遊びです。脳を刺激するので、心がストレスになります。当の本人は、心の癒しだと錯覚しています。現代人は、情緒が理解出来ません。論理至上主義の宗教に支配されてます。昔の日本人は、理屈は脳を刺激してストレスになるので嫌いでした。だから娯楽や伝統文化は、脳を休めて、心を癒す、情緒があるものばかりでした。日本人は、情緒思考に目覚めて、論理宗教から抜け出しましょう。そして脳の論理から情緒の心の時代の、新しい世界の手本になりましょう。
雅楽、平曲、義太夫節、長唄、演歌、民謡、能、歌舞伎、文楽、日舞、狂言、落語、茶道、華道、書道、浮世絵、水墨画、和歌、俳句、源氏物語など
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この回答へのお礼

なるほど、確かにそうですね。

詳しく書いてくださってありがとうございます。

是非参考にしたいと思います。

お礼日時:2011/10/10 22:23

現在のヨーロッパ文化の礎は、ローマ文明です。


暦(ユリウス暦=西暦)や、ワインの産地もローマの遺産ですが、
現在のヨーロッパの都市は、全てローマ時代の駐屯地や植民都市が元になっています。そして特筆すべきは、その諸都市をくまなく結ぶ総延長三十万キロに及ぶローマ街道網でしょう。
ヨーロッパ人にとって、暮らすことそのものが、ローマの遺産を意識せずにはいられない状況なのです。彼らの、古きを尊ぶ文化はそこからはじまっていると言って良いと思います 。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。ローマ文明から始まっていたんですね。
参考にしたいと思います。

お礼日時:2011/10/10 22:04

 ヨーロッパが古いものを尊ぶという見方は、やや表面的に過ぎると思われます。

ルネッサンスや宗教改革、あるいは市民革命、さらに産業革命は大袈裟にいえば世界の歴史を書き換える大きな出来事でした。古いものを尊ぶだけでなしうることではありません。

 ですから、歴史の試練に耐えたものを大事にするというほうが正確だと思います。音楽でも美術でも、まず古典を学び、その伝統を共通の基盤に据えながら新しいものを創造するダイナミックな精神の働きが、ヨーロッパ文化の特色だではないでしょうか。

 日本でも、古い権威やしきたりが発展を阻害する場合、それをはねのけようとするバネが働きました。ただし、それが内部からの力より、いわゆる外圧を利用してきたのが特色です。確かに、この仕組みは効率的でしたが、単なる衣替えに終わることも少なくありませんでした。

 外国の制度や流行を取り入れるのは早いが、自ら発信する力が欠けている、こうした傾向は現在でもあまり変わっていません。
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この回答へのお礼

お礼が遅くなってしまってすみません(><)

なるほど、そうなのですね。

参考にします。
分りやすくありがとうございます。

お礼日時:2011/10/10 22:20

欧州と日本の比較ですが。



1,他の方が既に回答していますが、日本は木の文化であり
  欧州は石の文化です。
  持ちが違います。

2,それに日本は災害の国です。
  直ぐに壊れてしまう国柄です。
  旧いものに固執できないのです。

2,日本は、中国から文化を学び受け入れてきた歴史があります。
  だから新しい文化に抵抗がありません。
  日本人は好奇心が強いのです。

  質問者さんは、アジア、と一括りにしていますが、中国と日本は
  相当異なりますよ。
  日本がいち早く近代化に成功したのは、こういう日本人の特質
  が原因ですが、中国はアジア文化を生み出した、という自負が
  あったため、遅れた、と言われています。
  
  幕末、来日した英国人の記述が残っています。
 「中国人に欧州のモノを見せても、あまり興味を示さず
  そんなものは北京に行けばある、というだけであったが、
  日本人は違った。
  子供のように好奇心丸出しで、製造方法などを学ぼうとする。
  この国は、近い将来世界に大きな影響を与える国になるだろう」
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この回答へのお礼

お礼するのが遅くなってすみません(><)

分りやすくまとめて頂いてありがとうございます。

確かに、中国と日本じゃ違いますよね。
ご指摘ありがとうございます。

参考にします。

お礼日時:2011/10/10 22:16

ヨーロッパには地震がありません。

だから石の文化なのです。大理石を積み上げるだけで大聖堂が建築できるのです。ところが日本で同じことをすれば、地震で倒壊して人々は石の下敷きになるだけです。だから日本は木の文化です。奈良時代に日本を総力を結集して建築した東大寺は大きな火事で2回燃えて、その都度再建されたものなのです。ところがヨーロッパは石なので火事ぐらいではびくともしないのです。中世のキリスト教全盛時代に建築された大聖堂が、現在に至ってもほとんど建築当時そのままで残っているのです。ピサの斜塔は12世紀から14世紀にかけて建築され、少し傾いたといってもそのまんまです。姉歯建築士も真っ青。構造計算も何もなくて石を積み上げるだけ。それが観光スポットになっているわけです。建物だけじゃなくて古代ローマ時代に石で舗装された道路もそのまんま残っています。アッピア街道は有名です。ところが日本はこうはいかない。枯葉で埋もれ、洪水で埋もれ、津波で埋もれてしまう。そういう事情で日本では道路を舗装するという発想が生まれなかったのです。イタリアやギリシャなどは今でも古代ローマ・古代ギリシャ時代の観光資源で飯を食べているのだから恐れ入る。飯の種を大事にするのは当たり前です。古いものを尊ぶ傾向といえば聞こえは良いけど、それって当然ですよね。いつまでも過去の資産で飯が食えるのですから。日本はほとんどの城を破却したから古いものを大事にしないといわれますが、高温多湿の日本の気象条件では保守・管理が大変だからなのです。ちょっと放置しておくと虫が涌いてカビが生えてとんでもないことになってしまう。低温少湿のヨーロッパのようにはいかないのです。アジアの国々というけど、中国は万里の長城を観光資源に活用しているし、隋の時代に整備された京杭大運河は今でも現役ばりばりの大動脈であります。だからヨーロッパとアジアとくくってしまうのもちょっと違います。日本だって出雲大社という飛鳥時代に建造されたと思われる建築物が今でも大事にされています。単純に古いもの、新しいものと文化を二分するのはあまりにも表層的な見方であって当を得ているとは思いません。気象条件や地理的な条件や自然災害などの違いによって、ヨーロッパと日本は古代・中世の文化遺産の残存状況が異なるということはいえます。

それだけでもないでしょう。ヨーロッパは古代ローマ時代から一貫してキリスト教が圧倒的勢力を維持してきた点がアジアと異なる点です。アジアでは全般的にキリスト教、イスラム教、ヒンズー教、仏教、その他とまちまちでアジアという一体性がありません。またある時期は仏教が栄えた地域でも、その後仏教が廃れた地域もあるという具合に時代によって一貫性を欠いてもいます。そういう宗教の連続性の違いも、この問題に影響しているといえるでしょう。

ヨーロッパは文化的多様性に乏しい。文字はどこもアルファベットだし、将棋に類するゲームはチェスしかありません。それに対し、アジアは文化的に多様です。インドの文字は何文字と呼ぶのでしょうか。漢字文化圏と呼ばれる中国、韓国、ベトナム、日本はそれぞれ象棋、チャンギ、ベトナム将棋、将棋とあって全部ルールが異なる別なゲームなのです。そして、そういう古い起源を持つゲームがどの国でも今でもプレイされているということはアジアだって古いものを尊ぶ傾向があるといえるのではないでしょうか。
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この回答へのお礼

お礼が遅くなってすみません(><)

詳しくありがとうございます。
是非参考にしたいと思います。

お礼日時:2011/10/10 22:10

ヨーロッパの風土大地は日本と違い貧しいからですよ。



日本のようにいろんな作物はとれません。

だからイギリスなんかは
他国を侵略したときに植物ハンターを送り込んで
もちかえるのですよ。
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この回答へのお礼

お礼するのが遅れてすみません。

分りやすくありがとうございます。
参考にしたいと思います。

お礼日時:2011/10/10 22:08

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Q日本人はなぜ、国内の古いものを馬鹿にする一方で、ヨーロッパの古いものは称賛すると思いますか?

日本人は、日本国内の古いもの(建築物、慣習、商品など)を、「ダサい」「遅れている」などと馬鹿にする人が多いように思います。日本人にとって「古いものは悪、新しいものは善」という刷り込みがあるようです。
ただ、それは国内に対して限定であり、たとえばヨーロッパに残っている古いもの(建築物、慣習、商品など)については「素敵」「趣がある」などといって絶賛する人が多いのも不思議です。
日本人の多くが国内の古いものを馬鹿にする一方でヨーロッパの古いものを称賛するのは矛盾があるように思いますが、その理由は何だと思いますか?

例外は京都で、京都にある古いものについてだけは日本人でも称賛する人が多いように思います。

Aベストアンサー

こんにちは。
私は、日本の古いものをダサいとか遅れているとかバカにしている人が日本人だけに多いとは思いませんね。
ただ、文化財や文化・記録を大事に保存するという点では欧州より意識に欠けているところはあると思います。
特に政府の力やお金の掛け方は、欧州より遅れているのではないでしょうか。(政治家にそういう意識が薄い?)
それは、やはり明治維新以降のあまりにも急速な経済や文化の発展(文明開化、追いつけ・追い越せ!)を進めてきたからではないかと思います。

Qヨーロッパの街並

なぜヨーロッパの街並は、統一されている上に、建築物のデザインが素晴らしいのでしょう?

ビルが一つもなく、赤い屋根が続いていたり、電柱は無い、田舎町も素晴らしい。

中世の街並がそのまま残っていると思うのですが、ここまで素晴らしいのはなぜですか?

Aベストアンサー

 もうすでに皆様から貴重なお答えが書き込まれていますが、もうひとつ、原点に戻った見方が残っているように思います。

 パリなどに見る、最初から企画されデザインされた結果としての、整然とした都市景観については、これまでのご回答の通りだと思いますが、もっと広くヨーロッパ全域で考えてみますと面白いことに思い至ります。

 ひとつは建材のあり方です。過去には粗雑な材木などで葺いていた屋根が、いつしか恒久的な瓦に変わっていったことはよく知られていますが、ヨーロッパのかなり広い地域で、彼らが作り出す瓦は、もともと鉄分を含んだ粘土を原材料にして焼き上げることから、自然に赤系統の焼き色に仕上がります。さらに釉(うわぐすり)もまた同様に赤系統の発色をするものが簡易に手に入ったということもあります。そして大切なことは、当時ではそんな瓦一種類しか生産出来なかったはずだということです。

 このことが、主に中世期に建てられ発展して行ったヨーロッパの都市の、まず屋根に統一性を与えたと思います。つまり、小高いところから見遥かす街の全域がすべて赤っぽい瓦できちんと揃っている、その統一性こそが街の整然さを巧まずして生み出したのだと思います。

 壁材もしかりです。漆喰などは雨風を防ぎ見かけを飾る仕上げ材として広く使われましたが、ギリシャなど南部ヨーロッパに見られる漆喰は、それ自体、真っ白な都市景観を生み出しています。あるいは石材そのもののテクスチャーもまた都市景観に大きく寄与しています。つまり、誰もが、どこでも、当たり前に使っていた建材こそが、都市に統一性をもたらしたのだと思うのです。

 でも、それだけではありません。中世期から近代まで、建築家、大工、石工、こうした職業に就く人々は、ほとんど徒弟制度の元で腕を磨いていたはずです。彼らは、その土地その土地での環境に応じ、手に入りやすい常識的な建材を元にして、家屋の構造や作り方といったものを伝統的に編み出していたはずです。時代とともに徒弟たちは独立して親方になり、さらに自分の徒弟を育てる側に立つ、そうした歴史の中で、彼らはあくまでも伝統的な工法を忠実に踏襲して行ったはずです。

 そんな時代にあっては、丹下健三や、芸術は爆発だと叫んだ岡本太郎などといった先進的な考えを持つ者はまだ異端の徒とみなされたはずです。建材にバリエーションが無く、建築工法に自由度が低かった、そうした時代を想像すれば、都市の景観そのものが、悪く言えばワンパターンに、よく言えば整然とした佇まいを生み出した、そう考えてはどうでしょうか。ついでに書き足せば、電柱が無いのは、単に電柱に使うだけの真っ直ぐな木材が少なかったことによるものだとなにかの本で読んだことがあります。

 そして今日、斬新な建材が満ち溢れ、構造力学も発展し、建築美術に限界という垣根が無くなってしまった、そうした環境の下で、こうした中世期の都市景観を振り返るとき、私たちはそこに、統一性というある種の美を見出すのだと思うのです。異論は多々あることでょう、でも、私にはそう思えるのです。

 しかし、これらはごく一般的な建築での話です。「なぜ建築物のデザインが素晴らしいのでしょう?」というご質問はやや次元が異なるテーマだと思います。わが国でもはるか古代から、豊富な建材である木材による高度な構造を見せる建築物は数多くあります。そして、そこには当時の英知を積み重ねた想像以上に高度な構造力学が見て取れます。

 ヨーロッパでもそれは同じことです。彼らにとっては、やや大規模な建築を考える際に最も身近な建材は御影石、大理石、砂岩など石材でした。互いに接着や緊結をすることが難しい石という建材を自由に用い、高く積み上げ、思いのままの姿に建築するには、そこにやはり独特の構造力学の知識が欠かせなかったはずです。

 そして、そこにやはり、大工や石工とは違う、学理的で美術にも通じた専門職が活躍の場を見出したのだと思います。レオナルド・ダビンチもそうですし、サント・シャペルの聖堂を設計したピエール・ドゥ・モンルイユもしかり、そうした建築家と呼ぶべき人々によって、均整のとれた全体構造とともに、エンタシスや黄金分割などを駆使した完璧なまでのバランス、そしてさらには、石を打つ作業とともに発達した美しい彫刻やレリーフといったものも加えられて、後世に残る荘重な建築美が生み出されたと思うのです。

 ヨーロッパの街々はとても美しい統一性を見せてくれます。しかし、ここまで書きましたように、一般のための建築群と、宗教などに関係する特別な建築物、さらには、やや後世に見られるようになった意識的な都市景観のデザインと徹底、これら3点は、それぞれかならずしもひとつの理念からスタートしたものではないということも面白いことです。

 もうすでに皆様から貴重なお答えが書き込まれていますが、もうひとつ、原点に戻った見方が残っているように思います。

 パリなどに見る、最初から企画されデザインされた結果としての、整然とした都市景観については、これまでのご回答の通りだと思いますが、もっと広くヨーロッパ全域で考えてみますと面白いことに思い至ります。

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Q欧州の古い建物に石造りが多いのはなぜ?

日本では古来から建築材料は木材と土と紙(障子、ふすまなど)と決まっています。
石造りの建造物というと、古墳とか城の石垣など、権力者の為のとてつもない建物であり
一般人の住居や寺社仏閣の建造物は木材が圧倒的に多いです。(沖縄は石造りの家が多いらしいですが、あそこは古来は日本ではなく琉球国ですので省きます)

これに対して、欧州では古代から石造りの建物を作っております。
古代ローマでは石造りの4階建てアパートなんかもあって、庶民が住んでいたそうです。
寺院などはもちろん石造りであり、建設重機もない時代に、どうやって作ったのか、不思議に思えて仕方のないものばかりです。

利点としては、木材よりも頑丈、という点ぐらいしか思いつきませんが・・・・・

なぜ欧州では木材と比較して加工が大変で、重くて運搬が大変な石材を建築材料に選んだのでしょうか?
木が生えていなかったのでしょうか?
宗教上の理由でしょうか?

Aベストアンサー

気候風土に合わせる為です湿度が多く夏の暑い日本では、建具を外せば風が通り抜ける構造で、大きな屋根に萱や瓦などを葺いて断熱性を良くします。

冬は家の中で囲炉裏や火鉢で炭火の暖房や調理ですから、木造で隙間だらけの方が、換気が出来てむしろ良いのです。

日本で石創りの窓の小さい家を建てれば、湿気や熱や換気の問題で大変な事になります。

ヨーロッパなどでは、建てるのに何十年も掛けて、出来れば何百年も使用するので頑丈な石創りなどになります。

使い捨て感覚の家具に対して、ヨーロッパなどは孫子の代まで使用する感覚もそこから来ていると思います。

ちなみに、日本でも宇都宮では特産の大谷石を使った、建物で蔵等がありますが、やはり住まう部分は殆ど木造です。


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