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上にも書いたとおり、いわゆる純文学がきらいです・・ 言っていることが全く掴めず(特に詩)、好きになれません。 文学好きの方には申し訳ないですが・・・  
理由としてはこのほかに、    (1)実用的でない  (2)読んでも利益(得られる知識)がない (3)実際にはありえないことをかく (4)言い方が間接的すぎる   (5)難しすぎる  (6)実生活にはまったく役立たない 
などです。   ただ、まったくの本嫌いでもなく、最近の小説(おもに恋愛系、ゴシップガールとか)エッセイ・新聞・アカデミック系の雑誌(タイムとか)・自叙伝はむしろ好んでよく読みます。   こんな私って、ロボット的なのでしょうか?

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A 回答 (5件)

ロボット的ってのはつまり、感情がない、とかそういう事なのかな?



そうは思わないよ。

僕は純文学好きだけど、まあ純文学面白くない人だっているわな、とは思う。
古めかしいし、時には退屈な作品もあるし。
それは人それぞれの好みだよね。
だいたい、純文学って言っても所詮は薄っぺらい娯楽でしかないんだしさ。(そういう意味では、貴方の言ってる事は的を得ている。とにかく、実生活においてなんら役に立たないどうでもいい話なんだよな。)
そういう数ある娯楽の中で何を選択するかなんて、やっぱりどうでもいい些細な事なんだよね。
ここでは、貴方の挙げた例の中では、純文学は”最近の小説”に相当するだろう。これも、娯楽、読み物だよね。
じゃあ、別に貴方は純文学じゃなくて最近の小説を選択してるだけの話で、それなら貴方が心配してるロボット的な要素ってのは、純文学読んでる人と比べて特に違いのあるものではないって言えるのでは?

純文学ってそんな高尚なものじゃないと思うよ。
そもそも、やっぱり読み易く感情移入しやすいように、言文一致しようなんて大衆に迎合するような事もしてるわけだし。まあ、芸術にしてからがそもそもは実益など何もない虚しいものであって。
お話を聞かせる。ただそれだけの事なんだ。
その”お話”に良い悪いもないと、僕は思うんだよね。面白ければそれが全て。
それに、やっぱり芸術なら進化していくべきだとも思う。
より読み易く、より面白く、より技術的に。

そうは言っても、僕は昔のお話がやっぱり好き。古臭い文体でも、死語ばっかり使ってても。稚拙なトリック、間違った科学解釈。それでもね。あと、気合の入った長編なんかはこの頃はあんまり見られないから、そういうの読みたい時はやっぱり昔の小説になっちゃう、って側面もある。最後は、純文学ならではのなんとなく”大人っぽい雰囲気”ってやつ?まあ、これは文体のせいだろう。内容を冷静に見ると、決してそうではないのは数多くある。そういう”リッチな”文体が好きなんだよな。うん。完全にイメージだけの問題です。

そして貴方はそうじゃないのが好み。それだけの話なんだよね。
どのお話が好きでも、大した違いはないじゃない?
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先入観もおありなんじゃないかな?と思います。


得られるものはたくさんありますが
それが質問者様にとって必要でないなら
何も得られないと思うし。
質問者様が好んで読まれる読み物も
嫌いな人にとっては実用的でない
(学ぼうという気にならないから)
ものでしょうから
嗜好の違い、だと思います。

「苦手」「嫌い」と線引きしてしまうと
それは「いらないもの箱」にいれられるので
その後捨てられるのでしょうが
自分にとっていらないものなので
特に不便はないでしょうし
それでいいと思います。

私は純文学が好きですが
言葉がきれいだし
行間も絵が浮かぶし
色とりどりで想像力を働かせる余地をくれるので
ただストーリーを追うだけでない楽しみがあるため
詩もそのような感じで
音や空白も楽しんでいます。
詩は文字ですが
音や画が浮かびます。
それが昔から当たり前なので
実用的かどうかは考えたこともなかったです(^_^;)

活字が好きなので
何でも読みますが
恋愛系の小説は読まないですね。
おもしろいと感じないので(^_^;)
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ロボット的?そんな事無いですよ。


「純文学が嫌い」って、好みの問題だから別に良いんじゃないかな。
「純文学」って言っても書かれた当時は「娯楽作」だった訳だし。
純文学だろうが現代文学だろうが、作者と感性が合わなかったら
「面白い」とは思えないし。どんなに「名作」「ベストセラー」って
言われていてもね。

ただ「難しすぎる」って、旧仮名遣いの事かな?
それはもう「慣れる」しかないんじゃないかな。

私は「雑食」なもので内田百閒と清水義範(敬称略)の本を同時にレジに
持ってく、本屋さんにしてみたら「ヘンな趣味の客」かもしれないです。
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1>ビジネス書じゃあるまいし娯楽書にそんなモンも止めても


2>読み手のボキャブラリーの問題じゃないの?
3>どこにもノンフィクションだと書いてあるわけで無いのに 実話本だって信用できん
4>あんまり直接的に言って理解できるのが一部しかいなくなるでしょうね
5>何事にも勉強不足
6>1の繰り返し

書かれた本の何たるかを理解して無いからこうなる
ようは貴方にとって内容レベルが高すぎて会う本じゃないんでしょう

他人の趣味思考を組みとくものではその知識レベルがお互い合わなければ何の意思疎通も出来ません。
まるで、小学1年生が 突然高校の教科書を与えられて読むようなもんです。

それを他人様に聞いても無駄なことですよ。 頭の中身が違いますから。
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> こんな私って、ロボット的なのでしょうか?



別に、そうは思いません。
人が10人いれば10人の嗜好が有り、100人いれば100人の嗜好が有る訳ですから。
当たり前ですけど。

ただ、蛇足ながら。
「(5)難し過ぎるから嫌い」・・・。
これは、要するに、
「難しくて解らないや、だから嫌い!」
って訳で・・・。
(苦笑)
理由としては、あまりに子供っぽいかと思います。
(失礼・・・)
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Q純文学のよさがよくわかりません。

純文学というものがあると思うのですが、例えば宮本輝氏の「蛍川」などを読みました。
途中いろいろあって、ラストの場面などは美しく有名だそうで、芥川賞受賞作品だそうですが、正直この作品がどういいのかよくわからないのです。特に良かったとは感じられません。
この作品はさほどの長編ではないとはいえ、純文学全般に言えますが、長々と活字を最後まで読んできて、読むだけの価値があった、感動したという作品はあまりないのですが。

純文学というは「次どうなるんだろう」という、「話のおもしろさ」というより、心情・情感や人生の真実が描写されているというところに価値があるということでしょか。読む人に感性がないとダメなのでしょうか。
純文学と大衆(エンターテイメント)小説の違いを知りたいです。
百田尚樹氏の小説などは、娯楽小説の部類なのでしょうか。

また、純文学というのは日本の文学作品に固有の言い方なのでしょうか。
トルストイや、ドストエフスキーなどの海外の世界文学では、あまりこうした言い方はなされていないように思えますが、「戦争と平和」や「罪と罰」なども純文学なのでしょうか。

それから、「文学」という言い方と、「小説」という言い方はどうは違うのか教えて頂きたいです。
前者のほうが、後者に比べると高尚というか、そういうことなのでしょうか。

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途中いろいろあって、ラストの場面などは美しく有名だそうで、芥川賞受賞作品だそうですが、正直この作品がどういいのかよくわからないのです。特に良かったとは感じられません。
この作品はさほどの長編ではないとはいえ、純文学全般に言えますが、長々と活字を最後まで読んできて、読むだけの価値があった、感動したという作品はあまりないのですが。

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Aベストアンサー

お気持ちものすごくよく分かります。私も純文学は苦手でした。ただ、かといって娯楽小説も好きではありませんでした。

中学の頃から純文学を読んできました。最近の娯楽小説よりも、三島由紀夫や川端康成や漱石を読むべきだと思ってたからです。が、15年くらい幾ら読んでも純文学のよさが分からずに最近になって急に開眼しました。
私が初めて純文学の良さを知るきっかけになった作品は、宮本輝の「星々の悲しみ」です。派手な作品ではありませんがものすごく良いです。その後、宮本輝の川三部作を全部読みましたがどれも傑作だと思いました。しかし「星々の悲しみ」の前に読んでいたら、どのような感想になったかは分かりません。

多分、純文学は分からない、と思いながらも読み進めていればその様な作品に出会えるんじゃないかな、と思いますよ。貴方にとってそれがどんな作品かは分かりません。貴方が「星々の悲しみ」を読んで私のような感想を持つかも全く分かりません。(でもおススメです)

「純文学」と「エンタメ小説」の違いは、表現に重きを置くか、ストーリーに重きを置くかの違いだと思います。私も今でも定義はあやふやですが、たくさん読むを分かってくると思います。それが日本固有の言い回しかどうかは分かりませんが、考え方としては同じ分け方ができそうです。

「文学」はジャンルそのものを言い、「小説」はもっと具体的なものです。
「僕は日本文学が好きだ、とりわけ谷崎の『痴人の愛』という小説が好きだ」という言い方ができます。
「『痴人の愛』という文学が好きだ」という言い方にはなりません。

お気持ちものすごくよく分かります。私も純文学は苦手でした。ただ、かといって娯楽小説も好きではありませんでした。

中学の頃から純文学を読んできました。最近の娯楽小説よりも、三島由紀夫や川端康成や漱石を読むべきだと思ってたからです。が、15年くらい幾ら読んでも純文学のよさが分からずに最近になって急に開眼しました。
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Q純文学の対義語は?

よく「この本は純文学だ」という表現がありますが、
その対義語はなにになるのでしょうか?大衆文学でしょうか?
芥川賞=純文学、直木賞=大衆文学という概念抜きで気になっています。
教えてください。

Aベストアンサー

確かに難しい。
対義語は決められんでしょう

>芥川賞=純文学、直木賞=大衆文学という概念抜きで…

感覚的には対義語は通俗小説と云う事になるのでしょう。
分かりやすいのは、週刊誌などで純粋(?)にSEXを主眼に置いた
ものでしょう。
アニメの本(例えばガンダム)なんかも純文学とは言えない。

対義語は色々あるのでしょうが、実際に読んだ本をこの意味で分けようとすると、
いざどの読物がどちらの範疇に入るのか
よく解りません。

藤沢周平とか、今、大ベストセラーの水滸伝は純文学なのですか?

純文学という規定自体が宙に浮いた、似非芸術家の自己満足だと思われてなりません。

音楽でも、絵画でも、芸術かそうでないかがあると感じます。
歴史が解決してきました。

100年後に分かるのかも。

独り言:テレビでは歌手を全て、アーティストなんて言っているアナウンサーがいますが、彼らは日本語を理解していません。


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