ずっと前に志賀直哉の魅力を論じようという問いがありましたが、考えているうちに投稿しそびれてしまったので、私が今度は質問してみることにしました。

芥川と志賀が比較されることがしばしばあります。考えに考えて書いた芥川に対し、思ったように気の赴くままに書いた志賀という構図です。しかし、こうした天衣無縫は、近年、必ずしも「美」とはみなされなくなってきたように思います。志賀的な天衣無縫の美についてどのように考えるか。志賀に限らず、天衣無縫と考えられる文学作品を例に、ご意見をください。

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A 回答 (18件中1~10件)

以前チョトツさんがよく似たスレを立てられたと記憶していますが、あれは”なんで志賀直哉なんぞが最高とされているのか?”というようなちょっとひねった質問だったように思います。

これを見ても確かに志賀は最近人気を落としているようです。そのことと
>近年、必ずしも「美」とはみなされなくなってきたように
という傾向(が本当にあるとして)が関連しているのはありそうなことです。

>天衣無縫は、近年、必ずしも「美」とはみなされなくなってきたように
何をもって美とするかということがありますが、それよりも、もっと卑近にどんな美が最近は好まれるかということを考えれば、志賀の小説の面白さが芥川や他の耽美派やら物語り作家の面白さに比べて淡白で、刺激も少ないということはありますし、これは趣味の問題ではありますが、世間がより刺激の強さを求めてそれを様々なメディアに求め、結果として辛気臭い倫理的な小説は読まなくなったということでしょうか。世間の倫理性が落ちてきたということだとしたら問題ですが、そこまで深刻に考えることはないにせよ、私個人としては漱石がこれほどコンスタントに関心をもたれるなら、鴎外だって、志賀直哉だって相応によく読まれてもいいのではないか、それだけの値打ちのある文学だのにと私は思います。ま、これは漱石の小説としての通俗的な面白さ、たまの多さを考えれば無理はないかもしれませんが。ちょっとご質問からは離れてしまいました。

>志賀的な天衣無縫の美についてどのように考えるか。
確かに志賀の文章は一見工夫を凝らして書かれたというものではなく、必要な言葉だけを(適切に選んで)さらりと一気呵成に書き上げたという印象があります。裏のない、理想派はだの彼の人格そのものが率直に表現されたといわれるとおりです。その即物性というか即興性を天衣無縫と言われたのかと思いますが、本来天衣無縫というのはある意味世間体に頓着しないということですので、少し違うかとも思います(武者小路実篤の方がそれに近いのではないでしょうか)が、おっしゃることは理解できます。
神様と言われた志賀の小説の面白さというもの、その見事な短編の構成力と文章力、文体の魅力、そしてその小説にみなぎるさわやかな倫理性、それらをひっくるめてひとつの滋賀文学の美ということができるのではないでしょうか。

この回答への補足

待ち人来ず――というところでしたが、相手にも事情があるだろうな、と思い、ここでいったん、打ち切りとすることにしました。考えるに、あれだけネットに接していたのだから、猪突先生にしてみると、その時間の方がイレギュラーだったのかもしれません。

私の方の事情としては、またも別のカテでネットストーカーにあっているような不幸な気持ちがし、こういうのは合わないらしいから、やめようと思った次第です。猪突先生が病身で、ネットでもしていたってありうるかなぁ、どうかなぁと思ったけれど、年始に猟に出ていた写真を見せてくれたから、きっと大丈夫に違いない。先生がお元気であればいいのだけれども(ここまで心配になるなら、ホームページにリンクを引いて、アドレスでも交換すればよかった)。

お付き合いくださった、リトルキスちゃん、どうもありがとう。いうなれば、老舗アカウントlittelekissの謎が少しわかって、幸せな気持ちになりました。小突きあって、結構、仲良くなれたよね? 
Komassさんも、どうもありがとうございます。素敵な投稿のお陰で、私の言葉を引き出してもらえたと思います。どちらをBAにするか悩んで、たくさん投稿してくれたという点ではリトルキスちゃんなんだろうなと思ったけれど、議題としては、Komassさんに。

補足日時:2011/12/18 21:48
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この回答へのお礼

おお、ありがとうございます。そうでしたね、猪突先生の質問は、なぜ志賀直哉がよいとされるのか理解できないから教えていただきたい、という趣旨でした。私はこれを念頭に、志賀直哉不人気であり、天衣無縫が不人気と、まとめてみたのですが、少々、安易だったかもしれません。確か猪突先生に志賀直哉がよいと言ったのは私だったと思います。「へぇ、あんたがいうならいいってことかもしれないねぇ」という話になっていたが、いざ読んでみたら、つまらない。さぁ説明してもらおうか、というところだったと思います。が、私は考えるのに時間がかかるたちです。しかもその時は、全然、別のことに集中しなければなりませんでした。ついに答えそびれました。

>世間がより刺激の強さを求めてそれを様々なメディアに求め、結果として辛気臭い倫理的な小説は読まなくなったということでしょうか。

全く同意するところです。中原中也にせよ、有島武郎にせよ、その時代の文学者は、内向的です。彼らの話は、煎じ詰めると、身の回りのことをよくよく考えてみたら、私はエゴイストであることが分かった、と懺悔しているわけです。大変モラリストである。しかし、志賀直哉の場合、その懺悔の仕方が、特殊であり、ふとした瞬間に、気付くという美に思われるのです。ご回答からやや脱線しますが、これに少し触れさせていただきましょう。

志賀の文章は第一文が、「~ということがあった」という形で始まることが多いのです。もちろんいろいろなヴァリエーションがあることでしょうが、一人称で、かつ、自らの経験を語るという態度をとるのです。そしてもう一つ、特殊な点があります。回想ではあるが、過去は断絶しておらず、現在でも語り手の頭の中だと生き生きと思い返されるという提示の仕方なのです。これはフランス語で言う、半過去形です。これが美しいといい立てると、フランスの基準で日本文学を評しているようなもので、怒られてしまうかもしれません。
が、文学を味読する際、どこの国と言わずとも、これが重要なテーマの示し方に思えます。なぜなら、ふとした瞬間に、語り手がその当時、無意識であったことに思い到るという態度をとるとき、読者は語り手と同調しつつ、そのテーマに対して、郷愁と愛情の入り混じったえも言われる感情を追体験すると考えられるからです。作家が描くべき人間の感情は様々ありますが、志賀的な主題の提示の仕方は、作品の語り手という人間の根幹にかかわる問題を描いていると思われるだけに引き込まれるのです。実際、いくら面白可笑しくても、主人公の内奥に触れない事件を扱われては、興が削がれます。無意識に侵入するという仕掛けの作品は、フランス文学に多いですね。ネルヴァルの「シルヴィ」という短編など、その典型です。ボードレールにも、いろいろあるのですが、そうした類型の話はさておきます。

逆に芥川の場合は、ストーリーテラーにしてしまいます。ふとした瞬間に芥川も自らの内面の新たな点に気付く経験はするかもしれませんが、それを直接描くことはしません。細工して、間接的な形で伝えるのです。自分の無意識をあっけらかんと曝け出してくるという意味で、私は志賀を天衣無縫と受け取っています。
しかし、天衣無縫には、別の意味もあるます。武者小路実篤と比較してみましょう。この人も、天真爛漫なところがありますね。『おめでたき人』など一流のユーモアがあって、実に見事です。童貞の苦しみという、普通は面白くもないテーマを、ユーモラスに提示してしまった。まさに一気呵成とは彼のことに違いない(うろ覚えですが、武者小路は、筆をとり、プランもなく、書いて行ったら出来上がる、と言っていたと思います。ダメなときはダメなのだとか)。
しかし、武者小路の場合、「自分は情欲で苦しんでいる」と書いてしまうように、自己分析も何も無いのです。ともかく、一気に心を開いてくるのです。この方が、語り手の内面に入っていけるという方もいらっしゃるかも知れません。しかし、私には、語り手が自ら、自らの無意識を分析し、内奥に導くまでの仕掛けには至っていないと思えるのです。つまり読者が作品の人間の内奥に入っていきやすいようにするためには、主観をとにかく見せてくるというだけではなく、客観的な分析も欲しいと思うのです。志賀の場合は、良い形で主観と客観の一致しているといいたいわけです。
かくして志賀を天衣無縫と形容したのは、天真爛漫というだけでは十分ではありません。完璧な調和で衣服の継目も見当たらない、というニュアンスを込めたいのです。芥川の場合は、縫った跡が見えてしまうのです。武者小路の場合、縫っていないと思われるのです。しかし、私が「きまま」と質問文で書いているので、わかりにくいこととなっています(ここまでの回答が来るなら、失敗したと認めなければなりません。申し訳ありませんでした)。

異論を唱えるような形になってしまい、失礼な書き方になってしまっているとは承知していますが、言うまでもなく、私が「天衣無縫」の意味を定義しなかったので、私が悪いのです。どうぞ、御不快に思ってくださいませんよう、お願い申し上げます。しかし、一回目の回答で、ここまで、話ができるとは思いませんでした。非常に有意義な回答を頂き、感謝しています。

お礼日時:2011/11/07 16:25

こんばんは、iacta-alea-est2さん。





お賽ちゃんも言うわね (^~^)ヾ

音痴って?

(→o←)ゞ いいじゃん。

調子っぱズレもご愛嬌ヽ(゜▽、゜)ノ:*:・

と、聞き流してくれればよいものを…(`へ´)

そことまるとこ??? ( ̄□ ̄;)!!

相変わらずひとがワルイ。イジワルね。

( ̄^ ̄)ふん~♪

思考の流れが読めない?

何故に故に、ここで「いてふ(いちょう)」がでてくる?

またまた、ハテナ???なことでしょうね。

なんてことはないよ、いちょうの木の写真を見た後だったからだよ。

そそ、他所で遊んでるって話したよね?友達がアップした写真がサイトにあがってきたんだよ。「学校の銀杏が色づきました!」ってコメントついてね。で、その写真眺め「ああ、もうそんな季節なんだなあー」と、落ち葉が風に舞う様を思い浮かべてたの。ダンス、ダンス、ダンス。いつぞや、お賽ちゃんが回答とお礼のところで 白がコワイと書いていたこととダンスの蘊蓄を語ってくれてたことを思い出したんだ。そしたらさ、なぜだかボードレールの「アホウドリ」詩がぽわぽわぽわって感じで浮いてきてさ、つづいて「いてふ」の歌詞もつられてあがってきた。もひとつおまけに、持統天皇の歌もでてきたよ。――――― 地続き。

[信天翁(あほうどり)] *1

しぱしぱよ、なぐさめに、船人(ふなびと)ら
信天翁生け捕るよ、
潮路(しおじ)の船に追いすがる
のどけき旅の道づれの海の巨鳥(おおどり)。

青空の王者の鳥も
いま甲板に据えられて、
恥さらす姿も哀れ、両脇に、
白妙の両の翼の、邪魔げなる、櫂(かい)と似たりな。

天翔(あまが)けるこの旅人の、ああ、さても、さま変われるよ!
麗しかりしこの鳥の、ああ、なんと、醜くも、おかしきことよ!
一にんは、パイプもて、嘴(くちばし)こづき、
他は真似つ、足なえの片輪の鳥を!

詩人(うたびと)も、哀れ似たりな、この空の王者の鳥と、
時を得て嵐とあそび、猟夫(さつお)が矢玉あざけるも、
罵詈(ばり)みつる俗世の地(つち)に下(お)り立てば
仇(あだ)しやな、巨人の翼、人の世の行路(こうろ)の邪魔よ。

(*1「悪の華」ボードレール、堀口大学訳、新潮文庫より引用)


『いてふ』  文部省唱歌
一、
  五月の朝の丘の上、
  日の照りそへば、
       新緑の
  梢さやけく、いさぎよく
  青天を摩す、
       大いてふ。
  王者に似たる姿あり。
ニ、
  暮行く秋の丘の上、
  風そよ吹けば、
       金色の
  小鳥群れつつ飛ぶごとく、
  落日に散る
       大いてふ。
  四海を照らす光あり。

   
持統天皇(2番) 『新古今集』夏・175
http://www.ogurasansou.co.jp/site/hyakunin/002.h …

春すぎて 夏来(き)にけらし 白妙(しろたへ)の 
衣(ころも)ほすてふ 天(あま)の香具山(かぐやま)


3つ。ダンス、ダンス、ダンス。はじける。

【白妙菊 (しろたえぎく)(ダスティーミラー)】
http://www.hana300.com/sirota.html
http://www.kagiken.co.jp/new/kojimachi/hana-shir …
花言葉:『あなたを支える』

【第7話・・「てふてふ」とは何か】
http://www005.upp.so-net.ne.jp/kenji99/b007.htm
http://www.mahoroba.ne.jp/~gonbe007/hog/shouka/c …


【「小説の神樣」志賀直哉の日本語廢止論】
http://members.jcom.home.ne.jp/w3c/kokugo/rekish …

【コンテクストの中の日本文化~空気の読み方】
http://www.toyama-cmt.ac.jp/~kanagawa/context.html

【川端康成と志賀直哉の年表】
http://n.ashitane.net/%E5%B7%9D%E7%AB%AF%E5%BA%B …
http://n.ashitane.net/
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この回答へのお礼

リトルキスさん、こんにちは~。え~、意地が悪いんだ。そうか(ショボン)。私なんか言っちゃったかなぁ。無自覚なのが更に悪い。また別のスレッドのことかなぁ。知ってると思うけれど、最近、変てこなスレッドをはじめたの。質問文はボードレール調の、すっごい挑発的な感じにしてみた。どのくらいのレヴェルの回答が来るかと思っていたら、嬉しい誤算で、結構、良い回答が読める。自己批判から戒めを引き出すような印象さえ感じる。

簡単にくいつけるところだけ、先に。白が怖い→アホウドリの連想について。
アホウドリ、確かに白いもんね。この名前、日本語だと「あほ」のイメージが入ってしまう。しかし、この鳥は、アルバトロスともいうけれど、白亜の鳳くらいの壮大な意味をもつらしい。
嵐の中を飛び回る美の象徴が落ちてきたら、大切にされるんじゃなくて、水夫らに屈辱的な目にあう。それって、水夫らはアルバトロスを恐れていたからなんだろうね。

お題はもうちょっと考えさせてね。なんか今日は、別のスレッドでたくさん書いてしまって、目が霞む。

お礼日時:2011/12/03 01:46

追加その2





【上手な「地の文」の読み方(1)】
http://www16.ocn.ne.jp/~ondoku/jinobun1.html
http://www16.ocn.ne.jp/~ondoku/


「いてふ」 と書いて 「いちょう」 と読む

昭和8年(1933年)新訂尋常小学唱歌 第五学年用

『いてふ』  文部省唱歌
http://www.d-score.com/ar/A02111206.html
http://www.d-score.com/db/syouka
http://www.d-score.com/cover.html

一、
  五月の朝の丘の上、
  日の照りそへば、
       新緑の
  梢さやけく、いさぎよく
  青天を摩す、
       大いてふ。
  王者に似たる姿あり。
ニ、
  暮行く秋の丘の上、
  風そよ吹けば、
       金色の
  小鳥群れつつ飛ぶごとく、
  落日に散る
       大いてふ。
  四海を照らす光あり。
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この回答へのお礼

ありがとう。でも実は、前の追加の投稿から、ちょっと思考が追えないのです(^^ゞ
表記と発音のズレにどうして関心が?

お礼日時:2011/11/30 07:55

追加



【QNo. 6422669日本語とはどういう言語か。】
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/6422669.html
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この回答へのお礼

とにかく、リトルキスさんは頑張った!

お礼日時:2011/11/30 07:52

こんばんは、iacta-alea-est2さん。





●川端の文学作品の引用をそもそもしていない。

(^-^)/ ごめん お賽ちゃんの言うとおりだね。脈略なし。
なんの前置きもなく、唐突にポイと置いていかれりゃ、「なんじゃ これ?」置いていった相手の意図は何なんだ?と、ワケワカメだよね。ゆるせ。言い訳になるだろうけど、少し書くね。うーん、この夏の終わりくらいからかなあ。ここ(教えて!goo)じゃない別のフィールドでオフタイムを過ごしてる。一人の時間を楽しんでる。うん、遊んでる。そんなわけで、遊びに根詰めると朝まで、何てこともしばしば。そなんだよね、一昨日も昼間にお昼寝をたっぷりしたせいか夜目が冴えちゃって、明くる日仕事なのに朝方まで起きてパソカチャカチャ。夕べは眠くて、眠くて、早々に爆睡。「間があくんで」と書いたのは、寝不足つづくと身がもたないから、自分自身に言い聞かせて書いた言葉とお賽ちゃんへちょいと間があくことへのことわり書き。置いたPDFと天衣無縫がどう関係するのか?うん、これも話せば長くなる。いやいや、それがその「意識の流れ」で、あたしさ、これ置く前にブラさんとこのお題をあれやこれやと眺め思い巡らしてたんだわ。思い巡らすと回る回る(((゜д゜;)))フラフラ、ブラさんとこになんか書こうと思いつつ書くこと纏まんないし、頭、ボー。

【QNo. 7157625占い師というのは 欠陥人間である。】
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/7157625.html
(1)互いに自由に対等に話し合いのできるという場合 その人ないしその思想に欠陥はない。

欠陥はないんだろうかと?

互いに…AとBにおいて
互いに自由に対等に話し合いのできるという場合…前提条件

問題:その<人>ないしその<思想>に欠陥はない。

自由にかつ対等にもの言える状況を想定
意思疎通が可能
言葉を交わし合うことで、自分の考えまた相手の考えを話し聞くことができる。

AとBが互いに自由に対等に話しができるからといって、
AとBの個々に抱き持つ思想が同じであるとは限らない。
個別の思想を抱き持つとすると…
自由にかつ対等にもの言える場において、互いに話し聞くことで自らの考え(思想)を開示。この話し合い(コミュニケーション)によって、自らの考えと相手の考えの間に違いが見えてくる。他との交わりをもたない個でいる間は「欠陥はない。」と言い切れたものが、他との交わりにより自らの中で、同意できるところと同意できないところが浮かび上がってくる。自らに「欠陥はない。」という確からしさが疑わしくもなってくる。

なことを、ちょいと思ったり

(2)この話し合いにおける《自由》をないがしろにし《対等さ》をなくすというところから 占い師は 相手と対面し 話を始める。つまりは 話し合いを落としめ 自分の占いを相手に――なだめすかしつつ――押しつける。

この話し合いにおける《自由》ってなんだろう?と、

下(4)で、「職業の自由」と「等価交換なるむしろ民主的な原則」いう言葉が置いてあった。つい先にそっち意識が行ったったせいか、こっちを考えちゃった。占いを生業としてたとしてもそこには労働には対価が生まれる。ただじゃない。時間いくらで換算される。ってことは、はじめに戻ると「この話し合いにおける《自由》」の「-ないがしろにされた《自由》」ってやつは、制限付き。「liberte」権利としての自由で,監禁・奴隷状態から開放されていること《過去の抑圧を暗示する。》

(3)すなわち 占い師の看板には 《ここには 勝手に決めつけた内容の話しかありません。それでよければ 入口をまたいでください》と書いてある。

「勝手に決めつけた内容の話しかありません。」とのことわりがき

話しをするよりも先に「同意する」か「同意しない」が求められている。

 (5) けれども この種の人と人とのまじわり(交通)は もはや人間を低劣な状態に落としめるところにおいてこそ発生している。つまり 自分の自由意志の発揮は確保するけれども 相手のそれは封じている――初めの入り口で封じてもよいか聞いている格好である――からには まじわりには成っていない。お客になるほうも 注意をおこたってはならない。

人間を低劣な状態に落としめるところにおいてこそ発生している。

相手を悪とみなす?2分の1の確率。「あたるも八卦、あたらぬも八卦。」

【確率のお話】
http://slotplus.maeda-keiji.com/kakurituronn.html
てことをつらつら… 思いめぐらせてたのよ。

「意識の流れ」ってことにひっかけておいたの。

で、お賽ちゃん書いてくれてたよね。「日本文学の全般的な-云々」と、うんうん、そこよそこ、≪天衣無縫≫っつーのに繋がっていくような気しない?川端の文学作品然り、志賀直哉の文学作品然り、連綿と今に読み継がれてるあたり途切れることなく。脈々と。
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この回答へのお礼

リトルキスさん、たくさん、ありがとう。

(1)川端論文
>ワケワカメだよね。ゆるせ。

んーん、いいの、リトルキスさんじゃなくて、あの論文の作者が微妙だと思っただけだから(毒舌かな、笑。頑張れ、日本文学研究ってことで。日本文学でいい研究ってあんまり読んだことないなぁ。これだから、他の分野の研究者に、同人誌レヴェルってバカにされるのだ、ぶつぶつ)。
意識の流れと天衣無縫の繋がりも、何となくわかる。心配しないで。私はかなりジョイスも川端も読んだから(研究はしていない)、論文を無視して、何となく、言わんとすることはくみ取れる。

(2)どこかのスレッド
>あたしさ、これ置く前にブラさんとこのお題をあれやこれやと眺め思い巡らしてたんだわ。思い巡らすと回る回る(((゜д゜;)))フラフラ、ブラさんとこになんか書こうと思いつつ書くこと纏まんないし、頭、ボー。

ははは。私にそれに参加するように、って? ダメダメ。そろそろ、わかってほしいなぁ。貴重な時間だもの、実りある会話をしたい。どうでもいいことを細かく、根掘り葉掘り書かないとならないのは嫌だ。しかもせっかく苦労して調べたことを教えてあげても、嘘つきだとか勝手なことを言ってくるし。誹謗中傷とか言ってるけれど、あの人は私に、もっとひどい言葉で罵っているのに、謝ったためしがない。私はもう我慢して、堪忍袋の緒が切れています。リトルキスさんが、何で私に、その話を振って来るのか、わからん。でもリトルキスさんが、たくさん書いてくれたから、その分については応答してみる。

>(1)互いに自由に対等に話し合いのできるという場合 その人ないしその思想に欠陥はない。
>欠陥はないんだろうかと?

そうね。「欠陥」の定義がないから、ただの占い師イジメ?って感じで受け取れて、実際、スレッドの投稿も占い師擁護の趣旨のものが多い。結局、あれは、占い師のような物言い(ディスクール)を批判する、ってことなんだと思う。スレッドの説明が分かりにくいけれど。
それでもって、欠陥の反対がパーフェクトのように読めるけれど、パーフェクトとまでは言えないと思う。結局、欠点を修正するという態度を示すことで、(到達はできないが理論上は存在する)完全に一歩近づきうる可能性を有することになり、この可能性があるが故に、他の到らない点を免責してもらおう、というに過ぎない。全世界のあらゆる人間と討議して、止揚を重ねていけば、ある意見はパーフェクトになるかもしれないが、それは無理でしょ?

>自由にかつ対等にもの言える場において、互いに話し聞くことで自らの考え(思想)を開示。この話し合い(コミュニケーション)によって、自らの考えと相手の考えの間に違いが見えてくる。他との交わりをもたない個でいる間は「欠陥はない。」と言い切れたものが、他との交わりにより自らの中で、同意できるところと同意できないところが浮かび上がってくる。自らに「欠陥はない。」という確からしさが疑わしくもなってくる。

どうかな。内なる他者と話しながらモノを考えるからねぇ。結局のところ、パーフェクトな考えなどこの世に存在しないのだから、誰が同意してくれようと、誰の修正を受け入れて、「正しくなったね」と言ってもらおうと、完全なものはないと思う。あまりこの点は重要じゃないと思うなぁ。

>(2)この話し合いにおける《自由》をないがしろにし《対等さ》をなくすというところから 占い師は 相手と対面し 話を始める。つまりは 話し合いを落としめ 自分の占いを相手に――なだめすかしつつ――押しつける。
>この話し合いにおける《自由》ってなんだろう?と、

お客にとっての解釈の自由かな。だって、ご宣託を買っているんだから。それを解釈するのは買った人の自由。それって詩や思想書も同じだよ。説明はない、自分で解釈する。逆に言うと、解釈してよい。こういう問題を考えるにあたって、サルトルは言語を、二通りに分けている。
・交流可能な言語
・交流不可能な言語
前者が、日常会話とか、論文の言語。後者が、詩の言語。どっちがいい悪いじゃなくて、二通りあるってだけのことだと思う。

まぁ、一応、当たり前のことを言っておこうと思う。占い師は、(嘘かほんとかは別として)、神の化身ってことなんだと思う。大人が子供と会話する時に、何でもかんでも説明しないでしょう。「口答えは許さない」とかさ。「説明してよ~」とか言われても、面倒だし、時間もない。&説明するようなことじゃなくて、経験から自分で学ばないといけないこともある。だから上目線で、語らないとならないこともある。人間と神様の関係も同じかもしれない。神様は超複雑なことを考えていて、私たち人間の言語では、説明しきれないのかもしれない。だから、結論だけに絞って教えてくる、のかもしれない。私はあまり、神云々って、真面目に考えていないけれど。

ともあれ、リトルキスさんも無理しないで。不眠の病に陥ってまで、応答せずとも大丈夫!人が死ぬような事件でも何でもない。だって、緊急度ゼロのスレッドでしょ。だから、余力があったら、身の回りで悲しい思いをしている人や、親兄弟、恋人などなどに(?)、優しい言葉でもかけてあげて。

お礼日時:2011/11/30 07:21

こんにちは、iacta-alea-est2さん。



間があくんで、よみものひとつ


【昭和初期における「意識の流れ」受容を巡って】
http://www.lang.nagoya-u.ac.jp/nichigen/issue/pd …
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この回答へのお礼

リトルキスさん、どうもありがとう。志賀のみならず、日本文学の全般的な話に発展しうる投稿だと思いました。しかし、この論文はちょっと微妙、かな?

まず、このテーマなら、もっと広範に昭和初期の作家らの文体を渉猟して、川端が特に特殊だということを言わないとならない。が、川端の文学作品の引用をそもそもしていない。そして唐突にジョイスと関連付けている。川端くらいの大作家になると、他から様々な影響を受けているのは当然なのだけれど、なぜジョイスに注目しているのか。具体的な意義が示されていない。先行研究の整理もない。ジョイスと関連付けたものがないならないで、その点を明らかにする書き方にしないとならない。うーん。

リトルキスさんはなぜこれを? ジョイス的な文体が天衣無縫とみなした上で、それが川端の新感覚派の文体と接点があってことかな。ともあれ、投稿してくれること自体が面白いので、どうもありがとう。

お礼日時:2011/11/29 17:20

こんばんは、iacta-alea-est2さん。




【QNo. 2652035恋愛】
2007/01/09 20:05
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/2652035.html

【QNo. 2027041ハマらせるには。】
2006/03/16 20:53
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/2027041.html

【QNo. 503800本当にくだらない質問でごめんなさい。】
2003/03/29 01:07
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/503800.html

【QNo. 502152モチベーション・・・高めるには・・、】
2003/03/22 18:20
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/502152.html

【QNo. 502954イラクの国民にとってのフセイン】
2003/03/21 00:27
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/502954.html

【QNo. 502852何故、今回の戦争は、起こったの?】
2003/03/20 18:46
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/502852.html

【QNo. 500905血の汚れの取り方。】
2003/03/18 03:37
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/500905.html

【QNo. 491109日本のマスコミって一体?】
2003/03/18 01:23
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/491109.html

【QNo. 498782 1-(-1)=2の説明】
2003/03/15 20:53
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/498782.html

【QNo. 498429なんで数学、算数が好きなんですか?】
2003/03/15 13:08
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/498429.html?pg=1

【QNo. 498388書き方について】
2003/03/15 02:12
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/498388.html

【QNo. 495564本屋の商品分類のいい方法は?】
2003/03/12 10:53
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/495564.html

【QNo. 494749あなたにとって雑誌とは?】
2003/03/12 00:18
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/494749.html

【QNo. 493447気遣い。】
2003/03/09 16:38
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/493447.html

【QNo. 487985どんどん心が壊れていってる。感情は怒りと悲しみと不安だけ】
2003/03/08 21:47
2003/03/07 04:05
2003/03/04 10:59
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/487985.html




お賽ちゃんもひとがワルイなあー (^~^)ヾ

わざわざ、遡って読んでくれたの? (*^-^)b あんがとね!

そだね、まる三年ぐらサイト離れてたね。

その間、何してたかって?

このころよく自転車乗って、ハーバーランドやメリケンパークあたりで遊んでたかなあ。
海見ながら、ホヘーと寝っころがってたりしてね、ロケーションいいんだ。この場所好きなんだ。あとは図書館へ足しげく通ってたね。自分でいうのもなんだけどこのときの読書量半端ない、今から思えばね。たいてい、図書館からのその帰りには、日課のごとく馴染みの喫茶店でお茶しながらお店の人やそこに居合わせたお客さんとなんでもないような話に花咲かせワイワイ言って話してたなあー。それから1年ぐらい経ったあたりで……めずらしくガチに勉強してたっけ、半年くらいガッツシね。「そのあとの1年半は何してたのか?」って?そら、たっぷり遊んだあとは、しゃにむに働いてたよー。サイト離れてた間は、まあこんな感じかな?





●今も、喧嘩は嫌だとか、通底しているところはあると思うけれど、何か変わってしまった気がするんだ。



「喧嘩は嫌だ」←ケンカっていってもいろいろあるからね。一概に嫌いとは言えないな。「じゃあ好きなのケンカ?」ときかれれば、うーん、じゃれ合いのケンカならね。イチャイチャ。可愛いじゃない。本気の喧嘩(やるかやられるか、生か死か)は、極力したくないってのが本音。「なんでか?」って、ひとつまちがえば、怒りにまかせ相手ばかりでなくこの身をも焼き尽くすかもしれないそのコワさが先立つからかなあ。それに、守りたいものがあるからね、まだ死ぬわけにはいかないんだよね。人ってさ、守りたいものがひとつあるだけでも、ボロボロになっても笑ってシャン!としてられるんだ。不思議とね。それとね、キャピルンルンってそういう面もいまも持ち合わせているよ。面が何面あるかこの私でさえまだよくわかんない。ものは試しに、「にらめっこ」でもしてみる?いろんな面がみれるかもしれないよ~♪それに、お賽ちゃんのまだみたことのない面がみえるかもしれないからみてみたいなあー♪光と影のマジックあたしも好きよー☆



(`へ´)( ̄^ ̄)(#`ε´#)(((゜д゜;)))(→o←)ゞ
(〒_〒)m(..)mo(_ _*)o\(゜□゜)/)(*^o^)乂(^-^*)
~~~φ(.. )(=^▽^=)m(_ _)m(><;)(☆o☆)))
∑( ̄口 ̄)( ̄□ ̄;)!!ヽ(゜▽、゜)ノ:*:・・:*:・:*::*:・( ̄∀ ̄)・:*:・:*:・:*:o(゜∇゜*o)(o*゜∇゜)o~♪
♪(*^・^)ノ\(^_^)/ヾ( ´ー`)(^_^;)(^人^)
 (^O^)/(^-^)ノ~~♪(*'-^)-☆(^o^;)(ノ^^)八(^^ )ノ
('-^*)/(*^-^)b(^_-)☆(^~^)ヾo(^^o)(o^^)o
(・ω・)/(b^-゜)☆(*^_^*)ヾ( ´ー`)(・_・;)
o(^-^)oo(^▽^)oo(^-^)o(=^▽^=)(*^_^*)三 (/ ^^)/ 三 (/ ^^)/ 三 (/ ^^)/σ(^-^;)
(^O^)(*^ー^)ノ(^_-)☆(^_^;)三 (/ ^^)/(-_☆)
(#^-^#)(≧▽≦)ゞp(^-^)q(//▽//)zzZ(-.-)zzZ
(^ε^)(^^ゞZZzz....(ρ_-)o(*u_u)(*v_v*)zzZ
(-.-)zzZ☆彡(ノ_・。)(/_;)(;_;)(/_;)/~~
Y(>_<、)Y(|||_|||)(^o^)v-~~~(T_T)♪(*^ ・^)ノ⌒☆
┐(´ー`)┌(*´Д`)=з(・_・)エッ....?(-_☆)



【magic Knight Rayearth】魔法騎士レイアース ゆずれない願い
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この回答へのお礼

リトルキスさん、どうもありがとう。うん、過去の履歴、一通り、読んじゃった。回答の方も読ませてもらうね。ありがとう。私はあまり、人はよろしくありません(笑)。だって、ドロドロした心理を分析する仏文学だもの。
そっか。文体を変えようとして変えたんじゃなくて、一端お休みして、また戻ってきたから、ちょっと印象が違うんだね。ふーん。いろんな経験したんだろうなぁ。喫茶店でってポイントだろうな。
それと守りたいものがある、か。そうね、私も同じだと思う。家族とかね。でもリトルキスさんが言うと、軽くないね。だって、嫌がらせスレッドの中に突っ込んで行って、トリックスターも出来るのだもの。私には無理かなぁ。そういうことができるのは、ひとつの才能だと思うな。

睨めっこは、大盤振る舞い、どうもありがとう。続きは過去の投稿を読みながらやってみるね。レイアースのopは第一期の「ゆずれない願い」が一番いいよね。なるほど、リトルキスさんはファンタジー系がお好き、と。
なら、私が読んだ中で、一番面白かったファンタジーをご紹介。ジュリアン・グラックの『シルトの岸辺』って読んだことある? オルセンナという架空の国が舞台で、主人公は貴族の美青年。今でいうライトノベルの走りだと思うけれど、かなり重厚な仏文学。話の筋書きはもっと込み入ったものをかける人がいるかもしれないけれど、幻想的な世界の描写が、ものすごく面白いし、エロティックに思える。ワイン片手に読みたい感じの本。
でも、人を選ぶかもしれない。読むのが遅いと、文体の重厚さに飲まれて、筋書きが把握できないと思う(でも、リトルキスさんは速そう)。グラックの文体に煽られて陶酔しながら、それでも理性を保っていられないと読めない。そういう挑戦的な文体が、感覚を麻痺させる言葉の毒薬をあおっているみたいで、逆に、素敵だったりする。
私は文学史の勉強で気になったから買って来たんだけれど、読み切るまでに五年かかった。うー、わからん、と思って、数回目のアタックで面白さが分かって一気読みで、二日で終わり。なかなか面白さを理解してくれる人っていないんだよねぇ。密かに面白さを広めております。人が本を選ぶのじゃなく、本が人を選ぶというところが、私は好きかな。

ちなみに前に質問していた「ゲド戦記」の最終章は読んだ? あれも面白いけれど、レアリスティックだから、ファンタジーのイメージを壊しちゃうっていう人もいるかもしれないな。でも私としては、最終章が面白かった。レアリスム好みだから(笑)。

お礼日時:2011/11/26 05:30

こんばんは、iacta-alea-est2さん。





お賽ちゃん、「天才柳沢教授の生活」って……





【QNo. 7144370悪という概念の役割について】
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/7144370.html



あっちではシフちゃんが「殿」の妄想膨らましてるし、そんなところに「柳沢」とくれば…

シフちゃんよろこぶよろこぶ。さながら、リアル鬼ごっこ。


【Hakushaku to Yōsei [Epsiode 1] [Part 1 of 3]】


「伯爵と妖精」
http://5pb.jp/games/myfairy/
http://anime.dougasouko.com/ha-gyo/myfairy.html

【白樺の小径】
http://www.silverbirch.jp/forest/shirakaba1910_0 …
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この回答へのお礼

リトルキスさん、こんにちは。どうもありがとう。せっかくなので、私もため口にします。

伯爵と妖精、観たよ。十九世紀。私の専門だね。リトルキスさん、こういうの好きなの?私は、舞台設定は好きだけれど、主人公の美系の伯爵の歯が、突っ込み無しで、キラリンと光る演出とかは、ちょっとくさいな、と思ってしまった。やはり舞台は日常の方が、私は好きかなぁ。
日常の瑣末な世界にも美があるのだ、という感じの作品が好み。「四畳半神話体系」も「柳沢教授」も、舞台が日常じゃない? そして二つとも、日常が舞台だけれど、変なところで架空の妄想が侵入してきて、ありきたりなモノが、輝いて見えたりする。こういうところが好き。喩えていえば、私はフェルメールとかレンブラントみたいに、地味だけれど、光るモノがあるという絵が好みだったりする。いわゆる、レアリスムというやつ。

シフトさんの質問は、うーん、どう答えたらいいのだろう。前々からあの質問は面白いなと思っていて、参加しようか迷っていたんだ。で、一案、書いてみたけれど、つまらないなぁと思って破棄し、他の案を考えているところ。

ところでリトルキスさん、ひとつ教えてくれないかなぁ。リトルキスさんって、過去の履歴を読んだけれど、昔の質問の文体と、今の文体って、まったく違うよね。前はものすごく緻密に書いていた。キャピルンルンとしている女の子である一方、繊細に相手のことを思いやっているのが、ひしひしと文体から伝わってくる。今も、喧嘩は嫌だとか、通底しているところはあると思うけれど、何か変わってしまった気がするんだ。いい意味で、度胸が据わっているなと思う。変わり目って、何だったの~? 将来、私も変わると思う? リトルキスさんって、どういう人なんだろうか?という関心があって聞いてみました。もちろん、個人情報になるから、漠然と教えてくれるくらいでいいです。でも、もし謎をかけるときは、難易度をやさしめに設定してください。

お礼日時:2011/11/25 16:54

こんにちは、iacta-alea-est2 さん。





11月10日発売の講談社モーニング2011年50号)に謎を仕掛けました!
http://www.scrapmagazine.com/wps/archives/12321. …



いいね! こういうの好きだな。→ 円形闘技場からの脱出 - リアル脱出ゲーム



【宇宙兄弟×リアル脱出ゲーム 月面基地からの脱出】
http://realdgame.jp/spacebrothers/
http://realdgame.jp/
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この回答へのお礼

なるほど、同じ謎でも、犯行ではなく、そっちですか。仕掛け絵本的な謎。私もモーニング、たまに読みました。「天才柳沢教授の生活」などが好きでした。

お礼日時:2011/11/23 08:40

本、手元にあるよ。



P190――――

 珈琲を飲んでいる間に思いだして、私は「コロッセオ」の話をした。
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この回答へのお礼

リトルキスさんもお好きとは。占いの老婆が「コロッセオ」と言うんでしたよね。それにしても、思い出して、どういう脈絡で話せるのか、興味が尽きないところです。私の話術なら、はっきりいって、無理ですね。あ、あと、まだ無料動画が一部、残っていました。もしご関心があったら、リンクからsay moveではない方に飛んでください。
http://tvanimedouga.blog93.fc2.com/blog-entry-87 …

お礼日時:2011/11/22 06:12

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Q青空文庫になぜ志賀直哉がないのですか

アイパッドで青空文庫を読んでいます。
芥川や藤村はあるのになぜ志賀直哉はないのですかお教え下さい。

志賀直哉をネットで有料でも無料でも読む方法をお教え下さい。

Aベストアンサー

http://blogs.yahoo.co.jp/teabreakt/37501717.html
に詳しい説明があります。
著作権は死後50年間ありますので、志賀直哉がタダで読めるのは大分先のことのようです。

Q志賀直哉の奥さんの写真

唯一と云うほど数は見てないのですが、見たことがありません。どなたか、画像が掲載している場所、若しくは書籍等がありましたらお聞かせ下さい。

Aベストアンサー

こんなのもありました。↓
http://www.shirakaba.ne.jp/tayori/020/tayori23.htm

クリックすると写真が拡大します。

Q志賀直哉が「国語問題」を書いた理由 日本語はフランス語にした方がいい?

志賀直哉が論文「国語問題」(日本語は乱れている、フランス語に直した方がいいという内容)をどうして書いたのか、志賀直哉の作品(特に『和解』)での敬語表現の使い方を見ながら考えていますが、日本語のどういうところを乱れていると感じたのか、ピンときません。

志賀直哉は、上下関係も抑えた完璧な敬語を登場人物に話させています。敬語に気を使っていたからこそ、その不安定さと、フランス語の安定を感じたと思うのですが・・・。

意見を聞かせていただけると、とても助かります。

Aベストアンサー

NO1の者です。

解答とのことですが、何かの課題だったのでしょうか。

 日本語廃止論に関しては、

ローマ字化運動、漢字廃止(制限)論、エスペラント語
などに就いて書かれた本を読めば参考になるかも
知れません。国語がどうあるべきか、という点で色々な
着眼点が得られるでしょう。

 言語の論理性に関しては、

日本語は非論理的であると言う論議は結構あります。
その手の本も図書館を探せば見つかります。
フランス語に限らず西欧語との比較で論じているものも
多いです。ただし、今の時代に日本語は非論理的である
等と真面目に書いてある本はあまりないと思います。

国語問題や言語について簡単な目安を得るには
各出版社が出している新書を読むと良いです。
(岩波、講談社、平凡社、文芸春秋社など)
タイトルで大体中身が判ると思います。大き目の図書館
ならばずらりと揃っています。

Q志賀直哉の『和解』について

質問その1:冒頭のお墓参りの時、「特別な場合のほかは墓の前でおじぎを
しない癖が自分にあった。それは十六七年前キリスト教を信じたころの
ある理屈から来た習慣だった」と書いてありますが、その「ある理屈」は
何の理屈でしょうか。
質問その2:慧子を青山の墓地に葬ることについて。「自分はTさんに二坪或いは
三坪くらいの墓地を青山に買ってもらうこと、(中略)を頼んだ。」父は「我孫子の
お寺へ葬るよう」と命じたが、自分がお金払って青山で墓地を買うというのは慧子が志賀家
の墓地ではなく、青山の別のところに葬ったのですか。でないと、なぜ自分の家の墓地に葬るのに
お金を払わなければならないのですか。

Aベストアンサー

その1.
>キリスト教を信じたころのある理屈

弟子であった阿川弘之の『志賀直哉』には、「内村鑑三のもとへ通っていた十八、九の頃、神社仏閣にお辞儀をしないと決めてしまい、一生これを貫き通した。青山の墓へ参るのは、亡くなった祖父や実母や身内の誰彼をありあり思い出すよすがとして好きだったが、墓前でも頭は下げなかった」(p.361『志賀直哉(上)』阿川弘之)という記述がありますから、このことだろうと思います。

志賀直哉は十八歳のとき、内村鑑三に学び、クリスチャンになっています。二十五歳で、内村鑑三に直接断りを入れて、キリスト教から離れていますが(そこらへんの事情は「大津順吉」に詳しい)、熱心に通っていた当時も、教理や聖書の内容よりも、内村その人の人間的魅力に惹かれていたようです。

おそらくこれはキリスト教で一般的になされる先祖崇拝をしないという考え方から来たのだろうとは思うのですが、小説内でもそのことを「癖」「習慣」と呼んでいて、思想的なものではなかったことがうかがえます。

これに続く部分で「他の場所では到底それ程は出来ない近さと明瞭さで、その墓の下の人が自分の心理に蘇って来た」とありますが、これは“死者は神の国へ行くのであって、墓の下にはいない”というキリスト教的な考えとは、まったくちがうものです。祖父に話しかけ、そうして祖父が答えるのを感じる。主義や思想よりも、自分の感覚を確かなものとする「順吉」の姿が浮かんできます。

その2.
「慧子を我孫子の寺に葬るように」という直温の口上は、青山の志賀家累代の墓所へは入れさせない、という直温の意思表示です。

『和解』という作品は、志賀直哉自身が語っているように、「事実そのまま一ッ気に」書き上げた「捕りたての生魚」のような小説なので、ここでは主人公「順吉」ではなく、作品には直接描かれてはいない直哉の背景事情を書いておきます。

直哉と父直温とは彼が十八歳の時、足尾鉱山の鉱毒事件をめぐって衝突して以来、ずっと不和が続いていたのですが、その対立が決定的になったのは、康(さだ)子との結婚です。康子は親友である武者小路実篤の従姉妹という縁で、実篤に紹介されたのですが、当時、短い結婚を経て、すでに寡婦となっており、喜久子という子供までいました。

そのような女性が、志賀家の跡取りにふさわしい嫁を探していた父の気に入るはずもなく、当然ながら強硬な反対に遭います。結局、武者小路家で、実篤夫妻と康子の両親である勘解由小路夫妻のみの出席のもと、志賀家を一切無視したかたちで結婚したのです。

以上のような経緯から、上記の口上となったわけです。

一方、直哉は当時、我孫子に住んでいたのですが、ここは友人の柳宗悦夫妻がたまたまそこに暮らしていて、近所にいい売家があるから移って来ないか、と誘われて暮らすようになった家にすぎません。父親の言葉に「腹から不愉快を感じ」、我孫子の寺になど葬る気など毛頭無かった直哉は、生母や一族の眠る一郭から少し離れたところへ、二坪ばかりの土地を買い求めて、慧子を埋葬したのです。そのようなことが簡潔に記されている箇所です。

その1.
>キリスト教を信じたころのある理屈

弟子であった阿川弘之の『志賀直哉』には、「内村鑑三のもとへ通っていた十八、九の頃、神社仏閣にお辞儀をしないと決めてしまい、一生これを貫き通した。青山の墓へ参るのは、亡くなった祖父や実母や身内の誰彼をありあり思い出すよすがとして好きだったが、墓前でも頭は下げなかった」(p.361『志賀直哉(上)』阿川弘之)という記述がありますから、このことだろうと思います。

志賀直哉は十八歳のとき、内村鑑三に学び、クリスチャンになっています。二十五歳で...続きを読む

Q志賀直哉の言葉

 志賀直哉の弟子の阿川弘之氏が曾て或る所で、「志賀直哉は、文法に従わない文章を書くことは、読み手の頭脳を浪費させ、邪道だと考えていた」という意味のことを述べられたと知りました。いかにも志賀直哉の言いそうなことだと思いますが、彼が直接このようなことを述べていそうな作品(小説又は随筆等)があるか、少々当たってみましたが分かりません。もしご存知の方がありましたら教えて下さい。また阿川氏の著述にもこのことに触れているものがあったら教えて下さい。

Aベストアンサー

あやふやだけれど「青臭帖」に有ったんじゃ?
勘違いなら御免なさい。

Q太宰治と志賀直哉の確執について

最近太宰治の「如是我聞」を読んだのですが、その中で太宰が志賀のことを名指しでけちょんけちょんにけなしていました。
ウィキペディアで調べたところ、太宰が最初に「津軽」の中で志賀を批判し、それに立腹した志賀が太宰をけなす発言をし、だんだんエスカレートして遂に「如是我聞」が発表されたということらしいのですが、この対立の経緯について詳しく知りたいのです。
参考になる書籍やHPがあったら教えてください。また、上に書いたこと以外のことをご存じであれば教えてください。お願いします。

Aベストアンサー

こんにちは

太宰は「津軽」で、蟹田町に行った時に旧友達が太宰を囲んで宴を開いてくれた
時のことを書いています。その中で、当時、大作家として名を馳せていた"五十
年配の作家"(志賀直哉と名指しはしてないが「神様」と呼ばれている、と書い
たことで明白)について聞かれ、人の悪口を言って自分を誇るのは甚だいやしい
ことだが、と前置きしながらも、世間も文壇も、その大作家を畏敬に近い感情で
評価していることに、一種、腹立たしい感情を持っていたのか、彼の作風を厳し
く批判しています。きっと志賀直哉自身にというより、彼に象徴される世間の偏
った高尚趣味(と太宰は思っている)若い作家達の彼へのとりまき、へつらい、
に嫌悪感を抱いていたのかもしれません。(やっかみも少しはあったかもしれま
せん)(^^) それを読んだ志賀直哉が、座談会の席上で仕返し(?)に
太宰の作風をけなすなどしてバトルが始まったようです。

でも、私は、ことの発端は、有名な、太宰と井伏鱒二との確執のような気がします
。井伏は太宰が故郷青森から上京した時から頼っている文壇の先輩であり、私生
活でもいろいろと面倒をみてもらっていた作家です。太宰は候補になっていた第
一回芥川賞を逸したり、その後もあの手この手で受賞の依頼をするなどしても
(川端康成におねだりの手紙を書いたりしていますね)思うように行かず、また
女性問題等でもトラブルがあるなど、徐々に生活に行き詰まりを感じ、
薬物中毒に陥ったりしていきます。
井伏も当時は貧乏作家で、さほど将来を嘱望されるような作家ではありませんでした。

そんな中、井伏が「ジョン萬次郎漂流記」で直木賞を取りますが、
その作品に盗用が見られるとし(後に大傑作とされる「黒い雨」にも盗用
論争)それに嫌悪した太宰が、井伏批判、そしてその背後にある文壇、世間、そ
の象徴である"老大家"の志賀直哉批判、と日頃の不満が発展し、たまりにたまったうっぷんを
はき出すように、意を決して「如是我聞」を発
表するに至ったのではないでしょうか。
遺書には「井伏さんは悪人です」とありますね。

「如是我聞」で太宰は「その者たち(老大家)の自信の強さにあきれている。
……その確信は……家庭である、家庭のエゴイズムである」などと言ってますが、
私は、津軽の名家に生まれながら真の家庭的愛情に恵まれなかった太宰の本音が
そこに伺えるかなぁという気がしています。

「如是我聞」は、死ぬ数ヶ月前、心中した山崎富栄の部屋で、
新潮社の編集者、野平健一が口述筆記し、死後に発刊されていますね。

参考文献といえるかどうか判りませんが、「ピカレスク」(猪瀬直樹・小学館)
にはとても興味深いものがあります。

私見ですが書いてみました。

こんにちは

太宰は「津軽」で、蟹田町に行った時に旧友達が太宰を囲んで宴を開いてくれた
時のことを書いています。その中で、当時、大作家として名を馳せていた"五十
年配の作家"(志賀直哉と名指しはしてないが「神様」と呼ばれている、と書い
たことで明白)について聞かれ、人の悪口を言って自分を誇るのは甚だいやしい
ことだが、と前置きしながらも、世間も文壇も、その大作家を畏敬に近い感情で
評価していることに、一種、腹立たしい感情を持っていたのか、彼の作風を厳し
く批判しています。き...続きを読む

Q志賀直哉の短編小説についてですが…

タイトル通りに、この夏休みに志賀直哉の短編小説を少し読みたいが、ちょっと調べたところには数が多いんだ…いくつかご紹介してください。お願い致します。

Aベストアンサー

「剃刀」をおすすめします。
文庫本でほんの11ページ分程度の長さしかありませんが、
起承転結がお手本のようにきちんと組まれているので、
とても分かりやすく、すぐ読めます。
しかも、驚くほどサスペンス色の濃い作品です。
主人公の気持ちが最高潮に達したときの、不気味な空白感がすごくリアルで、ぞっとします。
初めて読んだときは、唐突なラストに茫然としました。

#2さんの挙げられている「范の犯罪」は、私も大好きで、手垢がつくまで読みました。
私の場合は#2さんと違い、判決は、作者の気質を考えると、しごくもっともだと思ったのですが、
ラストは多くの人が意見の分かれるところです。
だからこそ、面白い作品といえると思います。ぜひ読んでみてください。
それにしても、日本語を勉強されていて、志賀直哉を読もうと思われているなんて
そのこと自体に驚き、感嘆しました。
また、日本の小説に興味をもっていただき、とても嬉しいです。
これからもがんばってくださいね。

Q志賀直哉の「赤西蠣太」ご存知の方、教えてください!

学校の課題で最近読んだのですが、わからないところがありました。
蠣太と鱒次郎は、愛宕下で仲良くなったけど、もともとは敵同士なのですか?
そこがわからなくて、全体通しても解釈がしっくりこないのです、、わかる方、ぜひご回答願います!

Aベストアンサー

赤西蠣太、ひさかたぶりに読み返してみました。直哉にも伊達騒動にも疎いんですが、回答が付かないようなので。

愛宕下で仲良くなったというのは、周囲をたばかる芝居でしょう。初対面だったということはありえないことではないけれど。

この二人は協力関係にあるスパイです。死地にあって互いだけが頼りの味方であるのは明らかと思われます。

どうして両人がもともと敵同士と思われたのでしょう?

蠣太は雲州松平家、鱒次郎は仙台藩に属するようです。親藩と外様と、確かにほんらい仇同士ではあるわけですが、それはこのさい疑問の種になりますか?

蠣太と鱒次郎の関係が一枚岩ではないとお考えになる理由、それをお書きになれば回答なさるかたも出てくるんじゃないかと思いますが。

Q志賀直哉 城の崎にて 批評を探しています

志賀直哉の「城の崎にて」を巡る批評について、レポートを書きたいのですが、文献探しがうまくいきません。
「城の崎にて」を批評した文献をご存じないでしょうか?
城の崎にてに限定するのが難しければ、志賀直哉についてのものでも構いません。
批判的なもの、賞賛するもの、どちらでもいいのですが、できれば批判的なものをお願いいたします。(後者は比較的探しやすいので)

Aベストアンサー

学術論文などを探す方法として学術コンテンツ・ポータルサイトGeNii(ジーニィ)があります。
日本の学術論文情報を扱うCiNii(サイニィ)
本や雑誌の所蔵館を調べたり、連想検索が出来るWebcatPlus
科学研究費補助金で行われた研究に関するデータベースKAKEN
各分野の専門的データベースの一括検索などが出来るNII-DBR
以上の4つからなっていますが、まとめて横断検索できます。
試しにキーワードに「城の崎にて」を入力して検索させると、CiNiiで65件、WebcatPlusで83件、KAKENで1件、NII-DBRで1件出ました。
WebcatPlusは実際の作品が収録された本のデータがたくさん含まれていると思うので、とりあえずCiNiiのデータを一つづつチェックしていかれたらどうですか?

参考URL:http://ge.nii.ac.jp/genii/jsp/index.jsp

Q志賀直哉の『和解』について

質問その三:今年8月16日に、順吉が祖母訪問、父と二年ぶりに対面。二人は誰も口をきかなかった。しかし、一週間後の8月23日に、衰弱した祖母を見舞いに行ったとき、父が怒って母に順吉を家から帰らせた。なぜ、父親の気持ちがすぐに変わったのでしょうか。(もちろん、家に出入りを禁止されたのは一昨年の秋のことでした)

Aベストアンサー

その3.
このご質問の意味がちょっとよくわからないのですが、8月16日から23日の間に、父親の気持ちが変わったか、というと、変わっていないように思うのですが。

16日、順吉は祖母の見舞いに行きます。そこへ、箱根から幼い妹たちを連れて、父が帰ってくる。父は、祖母の様子をうかがいに部屋に入ってきて、順吉に気づくと「云いようのない不愉快な顔をし」「その儘引きかえそうとする様子を一寸したが」、祖母に具合を尋ね、そのあとは父と息子の間に「緊張した沈黙」が落ち、やがて父親は黙って引きかえして行きます。これが16日の父の描写です。

23日、祖母の顎が外れ、衰弱しているとのことを母親から聞いて、順吉は祖母の見舞いに行きます。粗相をした祖母の面倒を見ている母を、女中を介して父が呼びつける。板挟みになった母が苦しそうな顔をして(父親が具体的に何を言ったかは明らかではないけれども)「今日はどうかこれで帰って下さい」と言われる。主人公は、自分と父親の関係と、自分と祖母の関係は別なのだから、父にもそれを認めてほしい、そう手紙を書く、と母親に告げて、生家をあとにします。

父が母に「順吉を直ぐ帰せ」「彼奴にはどんな事があっても決して出入りは許さん」と言っているであろう姿が目に浮かぶ、腹が立って仕方がないけれど、他方、今の自分はそういう父親をそれほど憎んでいない……と、「和解」への道が、順吉の側から歩み寄ったものであることが記されています。

そうして実母の二十三回目の祥月命日である八月三十日、父と子の和解が成るのです。

「変わった」ことがうかがえる箇所が本文中にあるようでしたら、ご指摘ください。

その3.
このご質問の意味がちょっとよくわからないのですが、8月16日から23日の間に、父親の気持ちが変わったか、というと、変わっていないように思うのですが。

16日、順吉は祖母の見舞いに行きます。そこへ、箱根から幼い妹たちを連れて、父が帰ってくる。父は、祖母の様子をうかがいに部屋に入ってきて、順吉に気づくと「云いようのない不愉快な顔をし」「その儘引きかえそうとする様子を一寸したが」、祖母に具合を尋ね、そのあとは父と息子の間に「緊張した沈黙」が落ち、やがて父親は黙って引きかえして...続きを読む


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