痔になりやすい生活習慣とは?

次の答えはあっているでしょうか。


「此亡秦之続耳」について

Q.樊噲はどのようなことを言おうとしているのか。

A.項羽のやり方は間違っている、
賛成できないということ。


もしも間違っているなら
教えていただけると嬉しいですm(__)m

A 回答 (1件)

原文ではこらちですね。



「而聴細説、欲誅有功之人。此亡秦之続耳。窃為大王不取也。」

「而るに細説を聴きて、有功の人を誅せんと欲す。
此れ亡秦の続なるのみ。窃かに大王の為に取らざるなり。」と。

なのに、(項羽は)小人の讒言に耳を傾け、
功あるものを誅殺しようとしている。

これでは、滅亡した秦と同じことだ。




ということですから、まあ大筋はあたっていると思います。
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この回答へのお礼

わかりやすい回答ありがとうございます!
ちょっと安心しました。

お礼日時:2011/11/16 13:42

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Q漢文 鴻門之会 の登場人物について

鴻門之会に登場する人物の人間関係をわかりやすく教えていただきたいです。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

項羽…楚の将軍
項伯…項羽の叔父
項荘…項羽の従兄弟
范増…項羽の軍師(亜父と呼ばれた)

劉邦…後の前漢の初代皇帝(この時はまだ沛公)
張良…劉邦の軍師
樊カイ…劉邦の部下の豪傑

楚の王(懐王)が「最初に漢中を平定した者を漢中王とする」と約束した。

項羽と劉邦がそれぞれ軍を率いて漢中へ進軍した。

劉邦が先に咸陽(秦の都)を陥落させた。

先を越されて面白くない項羽は、そのまま劉邦の軍を攻撃しようとした。

項羽の叔父・項伯は、劉邦の軍師・張良と親しかったため、こっそりそのことを教えた。
(張良だけは逃がしてやりたかった)

しかし張良はそれを劉邦に話し、劉邦が項羽へ謝罪しにいくことになった。
そのための会見が「鴻門の会」。

項羽の軍師・范増は、謝罪を受け入れたふりをして、会見の場で
劉邦を暗殺しようと企んでいたが、肝心の項羽がその気にならない。

そこで范増は、項羽の従兄弟・項荘に命じて、余興の剣舞のふりをして劉邦を狙わせる。
その狙いに気づいた項伯は、自分も剣舞のふりをして項荘の妨害をする。

危険な空気を察した張良は、表に控えていた樊カイを呼びに行き
場に入ってきた樊カイのすさまじい剣幕で、剣舞は中止になる。

結局、劉邦を殺しそこねた范増は
「こんな小僧(項羽)と謀略などできない」と憤慨、そして
「きっと将来、劉邦に天下を奪われてしまうだろう」と嘆息。
(実際、その通りになった)

というお話。

項羽…楚の将軍
項伯…項羽の叔父
項荘…項羽の従兄弟
范増…項羽の軍師(亜父と呼ばれた)

劉邦…後の前漢の初代皇帝(この時はまだ沛公)
張良…劉邦の軍師
樊カイ…劉邦の部下の豪傑

楚の王(懐王)が「最初に漢中を平定した者を漢中王とする」と約束した。

項羽と劉邦がそれぞれ軍を率いて漢中へ進軍した。

劉邦が先に咸陽(秦の都)を陥落させた。

先を越されて面白くない項羽は、そのまま劉邦の軍を攻撃しようとした。

項羽の叔父・項伯は、劉邦の軍師・張良と親しかったため、こっそりそのことを教えた。
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Q漢文の「鴻門の会」についてなんですか、大まかなあらすじと、項王の人柄を

漢文の「鴻門の会」についてなんですか、大まかなあらすじと、項王の人柄を簡単に教えてください。

Aベストアンサー

 ご参考までに

 http://www.geocities.jp/fl_drs/study/kou.htm

Q夏目漱石の『こころ』の問題です。

これは高校時代、期末テストに出た問題なのですが、
答え合わせの時ちょうど病気で入院してて、未だに正解がわからないままなんですよ。(笑)
それで半分は諦めて忘れていたのですが、このことを思い出し、ネットの時代でみなさんに聞ける時代になったので質問してみます!。

場面は、Kが「覚悟」という言葉を発したあたりからです。
問題:「新しい光りで覚悟の二字を眺め返してみた私は・・・」
この“覚悟”の、以前と以後の解釈は、どういうものか?
という問題でした。
その時に回答したのは、
◆<以前>
Kがお嬢さんに対して進んでいくという事。
◆<以後>
Kが、お嬢さんへの恋をあきらめ、今まで通りの道へ進んで行くということ。
この2つです。
もちろん、2つともはずれてしまったのですが笑(^_^;)・・・
10数年ぶりに解決出来ると思うので!笑、どうぞよろしくお願いします!。

Aベストアンサー

こんばんは。
わたしの思うところを書きますと、
質問者さんの書かれた解答は、
ちょうど逆だったのではないかなあと思います。

先生の
「君の心でそれを止めるだけの覚悟がなければ。
一体君は君の平生の主張をどうするつもりなのか」
という言葉に対して
Kは
「覚悟ならない事もない」
と答えています。

そしてあとになって「新しい光で覚悟の二字を眺め返してみた」先生は
「Kがお嬢さんに対して進んで行くという意味にその言葉を解釈しました。
果断に富んだ彼の性格が、
恋の方面に発揮されるのがすなわち彼の覚悟だろうと
一図に思い込んでしまったのです。」
とあります。
そして先生はあせって「奥さん、お嬢さんを私に下さい」
の行動に出ました。

ですから、質問者さんの答えはちょうど逆だったのではないかなあ
と思います。

でもその時Kが言った「覚悟」の意味は
そのどちらでもなかったわけですよね・・・・・

Q「黒い光」とはどういうもの?

授業で夏目漱石のこころを読みました。
その中で、「黒い光が照らした」という文があったのですが、
黒い光というのはどんなものですか?
イメージできません。

友達に聞くとスポットライトの明るいとこと暗いとこの
逆バージョンみたいなもんだと言われましたが、
黒いのなら陰だと思うんですけど…。

もしかして、虹のように光には黒もあるのですか??

Aベストアンサー

これは、主人公である「先生」が友人Kの自殺を発見した時の感想ですね。
「もう取り返しが付かないという黒い光が、私の未来を貫いて、一瞬間に私の前に横たわる全生涯を物凄く照らしました。」という前後の文脈を含めると解釈しやすいと思います。

つまり未来を照らす光です。
よく「明るい未来」とかいいますが、未来に色が付いているわけではありません。
ここでいう「光」は、未来に対する「見通し」という意味で使われているように思われます。
そういう観点から考えると、「黒い光」という言葉は「未来の見通しが全く立たない」という絶望感の比喩として表現されれているような気がします。

Q項羽と劉邦

高校2年生です。
テストが近くて項羽では劉邦の
はい公、虎口を脱すの書き下しをやってるのですが
どこがだいじなのかわかりません。
時間もないので具体的にとの文の書き下しが大事なのかおしえてください。
よろしくおねがいします。

Aベストアンサー

「沛公、虎口を脱す
沛公はすでに出た。(沛公がなかなか帰ってこないので)項王は都尉の陳平に呼びにいかせる。一方、沛公が言うことに「今、会見場から出てくるとき別れの挨拶をしていない。これをするにはどうしたらよいか。」と。樊かいは「大事を行う時には、ささいな慎みなど問題にせず、重大な礼をするときには、小さな譲り合いは問題にしない。今、相手は包丁とまな板であり、自分は魚や肉である。どうして問題にするだろうか、いやしない。」と言った、そしてすぐに去る。そこで、張良に留まり謝らせた。張良は「我が君が来た時、何を持ってこられましたか」とたずねた、沛公は「私は白璧一双を持って来て項王に献上しようとし、玉斗一双を亜父に与えようとしたけれども、その方の怒りにふれたので、進んで献上することができなかった。そこで私の代わりにこれを献上しなさい。」と言った。張良が言うことに「了解した。」と。この時、項王の軍は鴻門の下にいて、沛公の軍は霸上にいて、そこから去るのに四十里あった。沛公はそこで車と馬を置いて身を脱出して一人だけ馬に乗り、樊かい・夏候嬰・靳彊・紀信ら4人は剣と盾を持って歩き走って驪山の下から芷陽を通って、こっそりと近道を通った。沛公は「この道より私が軍に着くには二十里だけだ。私が軍中に入るのを見計らってあなた達もそこで入れ」と言った。沛公はすでに去って、ひっそりと軍中に入った。張良は入って謝罪して言うことに「沛公はもうお酒を飲めず挨拶することができない、謹んで臣良に白璧一双を献上し再拝して大王の足元に、玉斗一双を献上した。」と、項王曰く、「沛公は今どこにいるのか。」張良が言うことに「大王が沛公に過ちをとがめる意志があったので身を脱して去った。もう自軍に至っただろう。」と。項王は璧を受け取り座席においた。亜父の范増は玉斗を受け取りこれを地に置いて、剣を抜き、突いてこれを壊し「ああ、青二才め、共に大事をはかるなどできない。項王の天下を奪う者は必ず沛公だろう、私たち一族は沛公の捕虜となるだろう」と言った。沛公は軍に到り、すぐに曹無傷を誅殺した。」

どこが大事かというより、全体のストーリーを
理解することが大切です。

登場人物が何をどうした、されたというのを理解しておきましょう。
劉邦(沛公)・・・後に項羽を倒し漢の国を建国した。
項羽・・・劉邦のライバル、天下の豪傑だが、劉邦を甘く見たため後に敗れる
范増(亜父)・・項羽の軍師、劉邦暗殺を進言していた
張良・・・劉邦の軍師
樊かい・夏候嬰・靳彊・紀信・・・劉邦配下の将軍たち
曹無傷・・・劉邦配下、項羽軍に劉邦を讒訴していた

この話は、秦朝末期の楚漢戦争の前哨戦のような話で、
「項羽は関中に入ろうとしたが、その時すでに、別働隊として咸陽を目指していた劉邦が関中に入っていた。功績を横取りされたと感じた項羽は大いに怒り、劉邦を攻め殺そうとした。劉邦は慌てて項羽の伯父項伯を通じて和睦を請い、項羽と劉邦は酒宴を開いて和睦の話し合いを行い、劉邦は命拾いをした。これが有名な鴻門の会である。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A0%85%E7%B1%8D
劉邦がうまく危険な宴席を機転を利かせて逃げ出すシーンの話です。

「沛公、虎口を脱す
沛公はすでに出た。(沛公がなかなか帰ってこないので)項王は都尉の陳平に呼びにいかせる。一方、沛公が言うことに「今、会見場から出てくるとき別れの挨拶をしていない。これをするにはどうしたらよいか。」と。樊かいは「大事を行う時には、ささいな慎みなど問題にせず、重大な礼をするときには、小さな譲り合いは問題にしない。今、相手は包丁とまな板であり、自分は魚や肉である。どうして問題にするだろうか、いやしない。」と言った、そしてすぐに去る。そこで、張良に留まり謝らせた。...続きを読む


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