『ボヘミアン・ラプソディ』はなぜ人々を魅了したのか >>

今世界史勉強中の者です。
主権国家体制
絶対主義
啓蒙専制君主
について分かりやすく教えてください!
お願いします。

A 回答 (1件)

全部近代史だよね。



ということで、近代の前の中世ってなによ?というところから。
精神世界はローマ法王、俗世界は神聖ローマ皇帝が、形の上では一番偉いという体制です。

で、1618-1648 神聖ローマ帝国内で、30年戦争があった。
最初は、カソリックを信じましょうか、プロテスタントを信じましょうかという話だったが、1648年のウェストファリア条約で、「各国は各自決めてもOK」ということになったんだけど、宗教だけでなく、条約なんかも各自自由にとなった。各自自由でなければ、ウェストファリア条約を結べないわけで、各国の宗教の自由を認め合うことが、結局 各国が自分のことは自分で決めるということになった。
これが、主権国家体制。
各国の上に ローマ法王がいなくなったので(各国で宗派を決められるから)各王家がその国の中で自由に政治をできるようになった。これが絶対君主制。
※ 戦争を行うということは、戦争の指揮者である王の権限が強くなることです。
※ 古代史のローマ皇帝が、軍隊の指揮者から発生したようなもの。
なので、イギリスのチューダー朝以外は、全部 30年戦争以降になります、絶対王政は。
イギリスのチューダー朝は、30年戦争の前に国内で薔薇戦争をやっていて、勝ち残り戦をやって、勝ち残ったチューダー家が、強まった。

ほんで、絶対王政の典型はブルボン王朝になるんですが、ここが発展した。欧州で一番の強国。
おフランスは偉いのよね。
ということで、その強国であるフランスに負けないように、フランスの制度を王様が率先して導入して近代化しよう!としたのが啓蒙専制君主。進んだフランスの制度を導入するということは、啓蒙であり、王が上からといのが専制となる。
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この回答へのお礼

とても細かい回答ありがとうございます!
お礼が遅れてしまって申し訳ありません。
すごく助かりました。
テストが近いので頑張ります!

お礼日時:2011/11/23 13:35

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