「忠犬もちしば」のAIボットを作ろう!

「中国における反日の歴史とその現状」を勉強しています。
そこで、下記文章を作成しました。間違いの指摘やアドバイスなど頂ければ幸いです。

1900年6月に勃発した「義和団の乱」は、そのスローガン「扶清滅洋」からも分かるように、清国を食い荒らす西洋列強を主敵とする、反帝国主義・反植民地主義を目指す反乱(戦争)であった。つまり、この時点では、未だ、明白な「反日」は起きていない。

1911年10月に辛亥革命が起こり、1912年1月1日、孫文は南京にて中華民国の成立を宣言、初代臨時大総統に就任する。しかし、清朝の北洋軍を率いる袁世凱が、孫文も合意の上で、同年3月、中華民国政府の第2代臨時大総統に就任し北京に遷都した。中華帝国皇帝になりたいという袁世凱の本質を見透かした上で、日本は、1915年、大隈内閣が、「対華21か条要求」を出し、シナ及び満州における既得権益の確保を計る。

1916年に袁世凱が死亡すると、シナ大陸は、各地域に軍閥が割拠する混乱期に入る。同時に、日本の既得権益確保の活発な動きは、欧米列強やロシア(ソ連)との縄張り争いを激化させると共に、シナ人共産主義者や民族主義者の憎悪を煽ることになった。

1917年10月、ロシア革命が起こり、1919年3月には第1回コミンテルン大会が開かれた。内外のシナ人共産主義者たちは、コミンテルンの指導に従い、1919年5月4日、「ヴェルサイユ条約反対」・「反日愛国」をスローガンとする五四運動を起こし、この運動の社会的影響を背景にして、1921年7月、中国共産党結成に成功した。従って「反日愛国」は、中国共産党にとり、単なるスローガンから、党結成の重要理念の一部となった。

以降、コミンテルンに指導された中国共産党は、日本を標的にしたテロ挑発を繰り返し、関東軍が対応策をとると、その正当な軍事行動すらも、残虐非道なものに歪曲・誇張・脚色して、シナ民衆扇動のための反日宣伝工作に活用した。一方、日本民衆の反中感情も増大して、コミンテルンの思惑通り、日中民衆の心の離反が進んだ。1927年3月~4月に南京事件と漢口事件(コミンテルン指示のテロ)が起こり、これに対し、同年4月12日、蒋介石が上海クーデターを起こし、国民党の反共方針が確定され、第一次国共合作は終わる。

1928年5月、済南事件(コミンテルン指示のテロ)が起こり、これに関連し、1928年6月には張作霖爆殺事件が起こる。このようなコミンテルン指導の反日テロ、それに対する陰謀や報復対応という悪循環を断ち切るために、ソ連・コミンテルンが真の敵であることを見抜いていた石原莞爾は、1931年9月に満州事変を勃発させ、1932年3月に満州帝国を成立させた。

1935年に第7回コミンテルン大会が開催され、「民族解放・人民戦線戦略」が打ち出され、中国共産党に対し「国民党と協力して反日を推進せよ」という指示が出された。そして、1938年に張学良により西安事件が起こされ、その結果、蒋介石が寝返り、第二次国共合作が成立し、翌年9月、コミンテルンの指示により、盧溝橋事件が起こされた。

日本は、愚かにも、真の敵であるソ連・コミンテルン(=中国共産党)の挑発に乗り、欧米とソ連の単なる傀儡に過ぎない蒋介石を懲らしめるため、広大なシナ大陸における泥沼戦争へと居丈高に突っ込んでいった。正に、コミンテルンの思惑通りであった。

日中戦争が始まると、コミンテルン指導による、中国共産党の反日宣伝工作は、最大限に動員され、自らシナ民衆を虐殺することすら厭わないテロや軍事作戦を初めとして、あらゆる手段でシナ民衆の中に「反日」を浸透させていった。また蒋介石(妻の宋美麗が活躍)も、日本軍の残虐非道ぶりを虚実織り交ぜて最大限に歪曲・誇張・脚色して、米国を中心とする西欧諸国に対し、マスコミを初めとするあらゆる手段を通じて、国際的な反日宣伝工作を行った。

ソ連・コミンテルンは、1939年5月~9月にノモンハン事件を起こし、関東軍を叩きのめすことで、従来、日本軍部にあった北進論を挫折させ、南進論へ向わせることに成功した。かくして、日中戦争の泥沼化にともない、日本は、1940年北部仏印進駐、1940年日独伊三国軍事同盟、1941年南部仏印進駐と、大東亜戦争開戦への道を突き進んでいった。

日本の敗戦に伴い、利用価値の無くなった蒋介石は、既に強大となった中国共産党に追い出され、1949年10月1日、中華人民共和国が樹立される。かくして、中国共産党にとって、「反日愛国」は、新生中国を成立せしめた最重要理念の不可分の一部となった。

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中華人民共和国の樹立当時、青少年であった今の中国人長老指導者たち(現在70~80才代)は、「反日愛国」が心身に刷り込まれており、中国国内に何か問題があると、「反日愛国」を自動的に持ち出し、その問題から民衆の目をそらすのが、常識のようになっている。

歴史認識にしても、中国共産党が、1920~1940年代にかけて作成した反日宣伝工作資料は、戦勝国・中国の共産党にとって、あたかも聖書のごとく、歴史的に完全に正しい資料として扱わざるをえず、その拡大解釈はありえても、縮小解釈や修正などあってはならない。しかも、酷いことは、これらをそのまま、現代中国の青少年むけ学校教育に使用せざるを得ないことである。

従って、今後、中国が民主化され、共産党が政権を降りるまで、現在の歴史認識の問題は解決しないだろう。今の日本人にできることは、中国の民主化を支援しつつ、中国共産党の歴史認識が70~80年も前に作られた戦争宣伝資料に基づくもの以外の何ものでもないことを、粘り強く説明し、少しでも多くの中国人に、理解してもらう他は無いと思う。

一方、より大きな問題は、多くの左翼系日本人が持つ自虐史観に在る。彼らがマルクス・レーニン主義や毛沢東思想などを信奉するのは自由である。しかし、信奉する余りに、1920~1940年代のコミンテルン戦略であった反日宣伝工作によって歪曲・誇張・脚色された、事実と異なる歴史認識(中国共産党の歴史認識=左翼系日本人の自虐史観)を、自ら検証することなく、盲目的に受け入れることは、明らかに間違いであり、不正義である。

また、一部政治家のように、ひたすら波風を立てないために、歴史の歪曲・誇張・脚色に目をつぶるようなことは、真の平和には決して結びつかない。公正な歴史認識を持ち、なおかつ、それを堂々と対外的に主張できないならば、真に公正な国際関係などは、決して築き得ないと思う。

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A 回答 (6件)

NO.4の続きです。


1.なぜ中国は反日なのか
求心原理が反日しかないからです。中国の歴史は農耕民族と騎馬遊牧民族の攻防の歴史です。農耕には肥沃な土地が必要です。また種を撒いてから収穫を得る期間の平和も必要です。収穫間近の作物を踏みにじられると1年間何も食べるものがないのです。それが代々の中国王朝の唯一最大の課題であった。その為に中国で王朝が生まれて、統治機構が発達したのです。一方、騎馬遊牧民族は草しか生えない貧弱な土地がテリトリーでした。そういう土地なら農耕民族に奪われることもない。しかし貧弱な土地なだけに気象条件が悪いと家畜ともども全滅してしまう。また順調に家畜が生育しても食べるのは肉だけ、飲むのは乳だけなので栄養が偏ってしまう。だから騎馬遊牧民族は度々農耕民族の豊富な食糧を略奪しました。馬の機動力で神出鬼没に襲い、神出鬼没に去っていくのだから始末に負えない。その対策のために漢民族は苦労したのです。そのために万里の長城を作っては壊し、壊しては作った。手狭になったので広げてみたり、逆に広げすぎて維持できなくなったりしたからです。そういう大変な苦労をして得た平和も長続きしません。王朝が腐敗して官僚の不正な人民収奪に耐え切れなくなってしまうからです。どの王朝も賞味期限が過ぎると必ず腐ってしまう。皇帝はすっかり馬鹿になって腐敗官僚の言いなりになって、国をおろそかにする。外の敵と内の敵とどっちがましか。究極の選択を迫られる。そうして王朝が倒れ、新しい王朝が立つ繰り返しでした。清朝は満州族の王朝でした。漢民族は腐敗した明朝を見限り、異民族であってもまともな清朝の統治を望んだのです。それが大成功で清朝は歴代王朝最大の版図を手に入れた。騎馬遊牧民族に統治を任せてれば、騎馬遊牧民族の土地も手に入るし、もう騎馬遊牧民族の襲撃・略奪に悩まされなくても済む。そうして初めて万里の長城が無用の長物になる時代を得た。満州族は、満州族の習俗を漢民族に押し付けたつもりだったが、いつのまにか満州族は中華文明に同化されてしまい、遊牧を忘れてしまった。やっと平和な時代が訪れた。ところがそれも長続きしない。今度は騎馬遊牧民族でなく、イギリス、フランス、ロシア、ドイツといった欧米列強が現れたからです。もう従来の中華思想では国際外交は成立しなくなっていた。しかし、清朝はその時代の変化を受け入れることができなかった。中華思想の破綻を決定付けたのが日本です。清朝は日清戦争で負けて、ようやく日本が昔の日本と違う近代国家に脱皮していることに気づいたのです。日本は「太平の眠りを覚ます上喜撰、たった四杯で夜も眠れず」というわけで、たった4艙の蒸気船を見ただけで震え上がって、時代の変化を敏感に察知したのに対し、清朝の方は日本の変化にも全然気づいていなかった。アヘン戦争以来、惨憺たる有様だったにもかかわらず、まだ中華思想が通用すると信じ込んでいた。だから李氏朝鮮を朝貢国扱いで、甲午農民戦争では鎮圧軍を派遣したわけです。結果的に日本が清朝に留めを刺したのも同然です。辛亥革命で清朝は倒れた。ところが孫文は袁世凱に騙され裏切られる。その袁世凱も人民の支持を失い憤死する。北洋軍閥は分裂し、地方軍閥、地方政府が乱立する。そういうバラバラの中華民国を結束させたのが日本です。日本は日露戦争の後にロシアから大連・旅順、南満州鉄道を譲渡された。日本としては血を流して満州からロシアを追い出しただけに、大連・旅順・南満州鉄道がすっかり自分のものになったような気がしていました。日本人全員がそう考えていたわけではないが、少なくとも中国人にとっては満州で接する日本人の態度が傲慢極まるものに見えました。どちらが良いも悪いも無い。清朝が漢民族の中華思想を知り抜いて、漢民族のプライドを尊重したのに対し、満州に進出した日本人はそういうことを全く理解していなかったからなのです。そういう日本人に対する反発が中国人を結束させた。孫文は中華民国建国の際に五族共和のスローガンを掲げ、中華民族という概念を初めて提唱しました。五族共和は太平天国の滅満興漢や義和団の扶清滅洋に替わる新しい理念であります。五族とは清朝に服属していた漢族、満州族、蒙古族、回族、チベット族のことです。それは中華民国は清朝の後継国家だという宣言でした。諸民族が必ずしもそれに同意したわけではないが、少なくとも漢族の支持は得られたわけです。ところが五族共和は掛け声だけで実態とは全くかけ離れていた。モンゴルとチベットは中華民国から離れ独立していった。満州族は日本と一緒に満州国を建国した。果ては蒋介石の上海クーデターで国民党は容共派と反共派に分裂し、国共内戦が始まる。中華民国の理念は完全な看板倒れになってしまった。そのばらばらな中国をひとつにまとめたのが日本です。日本はそれを意図したわけでもなくて、在満日本人の治安を維持しようとしただけですが、結果的に中国共産党に利用されてしまった。国民党は後一歩まで中国共産党を壊滅寸前まで追い詰めていたにもかかわらず、抗日を支持する人民の意向と中国を共産化したいソ連の謀略によって第二次国共合作を飲まざるを得なかった。国民党は日中戦争を勝利に導いたのだが、その手柄も中国共産党に奪われ、台湾に逃れていった。ソ連は満州を占領し、時間稼ぎをして満州を国民党に返還しようとしなかった。ソ連が満州を国民党に返還した時には既に満州は中国共産党の牙城と化していた。またしても日本は血を流してソ連にまんまと利用されてしまった。中国共産党の抗日神話は虚構です。しかし中国という国は、外に敵を設定しないと国がもたないということを中国人民は確信しています。それが中国4000年の歴史であり、戦前の中華民国の歴史だからです。滅満興漢、扶清滅洋、五族共和はどれも失敗した。ソ連が崩壊し、共産主義も色褪せた。残る求心力は反日しか残っていないのです。彼らは反日というスローガンを掲げることでしか、自分を中華民族と信じさせることができない。反日を忘れれば悪夢の中華民国時代になってしまう。表現を飼えると中国は反日というスローガンがあるからこそ、中国共産党の一党独裁が続けられるのです。

2.日中での歴史認識の問題点は特に何と何か
そういう捉え方は間違っています。中国の歴史認識は、中国共産党の一党独裁を理論的に美化・正当化する為のものです。歴史学が学問として独立しているわけでなく、完全に政治に従属している。だから全て中国共産党に都合の良いように歪曲されているわけです。
それに対し、日本の歴史学は政治にまったく従属していません。政治的動機で歴史を歪曲しようとしている勢力の存在は否定できないし、そうした勢力の影響を排除しているともいえない。しかし、そうであっても日本の歴史学は中国共産党を正当化する為に存在するわけではないのです。これが根本的な相違です。

3.中国の反日はどうすれば解消できるのか
反日に替わる新たな求心力が生まれれば解消されるかも知れません。

4.中国の民主化と反日は関係有るのか
中国人民は民主化を信じていないし、民主化を求めているわけではない。西側のマスコミが勝手にありもしない妄想をいだいているだけです。
中国人民は戦前の中華民国の時代に戻ろうとは考えていません。中国人民にとって民主化とは軍閥割拠であり内戦を意味するのです。戦前に戻らないためには中華民族の虚構を強調するしかない。その手段が反日であり、理論的根拠が中国共産党の抗日神話です。だから中国では歴史は抗日神話を矛盾無く説明するものでなければならない。1956年から1957年にかけて百花斉放百家争鳴運動が行われた。中国共産党が、人民に対して遠慮なく中国共産党を批判せよと呼びかけたものです。ところが、それを信じて本当に中国共産党を批判した論者は後で弾圧されました。だから中国人民は本音では中国共産党を信じているわけでもないし、抗日神話を信じているわけでもないのです。
ただそうはいっても中国共産党以外に中国を統治できる政権は存在しないと理解しているだけなのです。だから反日といっても、表向きだけの虚構です。正面切って反日に意義を唱える意味も利益もない。それが中国人民の処世術です。反日を意義を唱えるのは、それだけで国家反逆罪容疑に該当してしまう。そんなことに何の意味があるのだろうか。反日といいながら日本の最大の輸出相手国は中国ですし、海外からもっとも多く観光で来日しているのも中国人です。だから反日はあくまで建前だけであり、表向きの態度というだけでもある。ただ彼らが中華民族という虚構を信じるためには同時に反日という虚構も信じないと説明がつかない。理論的に整合性が取れない。

問題をより複雑化しているのは日本の反日勢力です。反日勢力は中国との友好親善を大義名分に、中国共産党の歴史観を日本に押し付けようとしています。中国の反日があくまで国家維持の便宜的なものにすぎないのに対して、日本の反日勢力は中国を後ろ盾にして日本を共産化しようと目論んでいる。ローマ教皇に戴冠される西欧の王様みたいなものです。中国としても足蹴にはできない。共産主義は当の中国でも色褪せています。中国人は共産主義の理念など信じてはいない。だから日本の反日勢力が、中国の反日活動を強調しているともいえるのです。彼らにとっては後ろ盾がしっかりしていてくれないと困るという感覚です。誰が靖国神社を参拝しようと、そんなことは中国にとっては関係ないし、監視してなきゃ知るよしもないことなのです。知らぬが仏で知らないままなら、それで済む話です。

ということでまた文字数制限にかかってしまいました。
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No.5の続きです。



反日というのは中国では誰にとっても最後の切り札だという事実があります。
例えば、表向きでも反日を看板に掲げることで中国共産党批判やテロや暴動を正当化できるからです。「反日愛国」「愛国無罪」を主張すれば、少々の不法行為でも官憲による弾圧を避けられる。それは天安門事件を避けるための知恵でもあるのです。これはあたかも清朝からの弾圧を避けるために「扶清滅洋」と唱えた義和団と同じようなものです。そう主張されれば官憲も黙認してくれる。中国共産党も、これは中国共産党批判でなく反日デモだと糊塗できるわけです。批判されているのは日本であって中国共産党ではないのだと言い張れる。反日の為にデモをしているわけでなくて反日を偽装しているからデモが許されるといったことです。反中国共産党勢力も本気で中国共産党を打倒したいわけでもなく、ほんのちょっと軌道修正を求めるということです。そういう逃げ道を確保するために反日というスローガンが必要です。中国共産党もあえて彼らに逃げ道を与えている。どちらも天安門事件を再現したいわけではない。そういうアウンの呼吸があるのです。これが中国流民主主義です。虚々実々の駆け引きがある。だから馬鹿正直に反日活動をまともに受け取る必要もない。日本の反日勢力は「待ってました」とばかりに大げさに反応しますが、田舎劇団の猿芝居みたいなものです。日本の反日勢力は、「ほら、中国人を怒らせたぞ。どう責任を取る気か!」と居丈高に振りかぶります。日本の反日勢力は中国を理解しているわけではなくて、自分の為に中国を利用しているだけなのです。
日本人が興味があるのは日本だけです。日本をどうしたいのか。日本を変えるために利用できそうな国はないか。日本を変えないために利用できそうな国はないか。日本人は自己中心的でまったく外国の事情、民族性、文化、歴史、慣習、風土に興味を持たない。だから中国のニュースを日本人は全く理解することができません。表向きの目に見えるものだけを信じ、それだけをまともに受け止めてしまう。だから日本人は戦前から外交オンチです。民主主義が未成熟だった時代は、まだ外交は機能していました。しかし藩閥政治、元老政治が終わり、政党政治の時代になってから全く駄目駄目です。それが民主主義の弊害であります。大隈重信は袁世凱に対華21ヶ条要求を突きつけましたが、まんまと袁世凱に逆用されてさしたる効果は得られなかった。むしろ逆効果であった。何度も外務大臣を歴任した大隈重信にしても中国を全く理解していなかったのです。


ここまでにいたしとうございまする。
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この回答へのお礼

早速に続きをご教示いただきありがとうございます。歴史の裏と表をわかりやすくご説明いただき非常に参考になりました。

「中国共産党の抗日神話は虚構です。しかし中国という国は、外に敵を設定しないと国がもたないということを中国人民は確信しています」とのご指摘、そのとおりだと思います。しかし、日本にとっては、非常に迷惑かつ困ったことです。

「中国の歴史認識は、中国共産党の一党独裁を理論的に美化・正当化する為のものです。歴史学が学問として独立しているわけでなく、完全に政治に従属している。だから全て中国共産党に都合の良いように歪曲されているわけです」とのご指摘、そのとおりだと思います。しかし、これを永遠に押し付けられる日本はたまったものではありませんね。今は、経済(ビジネス)の方が大切だから辛抱しているのですね。

「中国人民にとって民主化とは軍閥割拠であり内戦を意味するのです。戦前に戻らないためには中華民族の虚構を強調するしかない。その手段が反日であり、理論的根拠が中国共産党の抗日神話です。だから中国では歴史は抗日神話を矛盾無く説明するものでなければならない」とのご指摘は、非常に興味深いですね。確かに民主化の過程では(政治的に)群雄割拠的な混乱期を経る必要があるでしょうね。ただ、それを避けていては中国の将来は開けてこないでしょう。

「中国共産党・抗日神話に基づく反日は、あくまで建前だけであり、表向きの態度というだけ」と指摘されていますが、これはそうでないと思います。今でも、抗日神話に基づく学校教育が全土に展開され、テレビや映画など大衆文化を通じての反日宣伝が大々的に実践されています。この影響力は絶大だと思いますよ。

さて、現代中国の指導層や高学歴の中間層に関しては、確かに「反日は建前であり表向きの態度」であるかもしれませんが、人民大衆の多く、特に地方に住む多数の若者男子にとっては、厳しい生活の中で「反日は生き甲斐の一部」になっているように思えます。彼らは、人民解放軍に入り、「反日愛国」を実践する機会を、虎視眈々と、心待ちにしていると思います。これは、日本人にとって、決して安穏としておられる状況ではないと思います。

中国の一人当たり年間所得が中進国レベルとなった今、共産党は、その一党独裁による効率的経済開発の役目を終えたと思います。これ以上は、弊害ばかりで、百害あって一利なしでしょう。

従って、今後、中国の民主化を早急にかつ強力に推進する必要が有ると思います。それが、中国人民のためであり、日本のためであり、世界平和のためでもあると思うのです。

お礼日時:2011/11/27 13:57

全般的に浅すぎると思う。

突然、義和団の乱から始まる歴史認識は変です。少なくともアヘン戦争から始めるべきでしょう。アヘン戦争は、イギリス商人と中国商人が結託したアヘンの密貿易を清朝が統制しようとしたことから勃発した戦争でありました。中国商人は自分が儲かるのなら、中国人がアヘン中毒になろうが全然罪悪感を感じなかったということです。そもそも彼らに中国人という概念もない。自分が儲かるなら、その手段は何でも良いわけです。清朝は当然ながら官僚に密貿易の摘発を命令する。ところがアヘン商人に賄賂をつかまされた官僚はさっぱり動かない。官僚にとっても自分の稼ぎになるなら、職務意識など存在しないのです。これが中国人なのです。中国人はそういう民族なのだという理解がない限り、中国の歴史など到底理解できるものではない。上っ面だけ年表の字面を眺めたところで何の意味もない。だから日本人は歴史に学ぶことができないのです。外国人の文化と特性を理解しない限り、真に公正な国際関係などは、決して築き得ない。相互理解が国際関係を築くための基礎です。日本は卑弥呼の時代から中国と関わりを持つ。にもかかわらず日本人は中国の歴史を全く理解していない。だから日本人は話にならない世界一の馬鹿民族だというのです。日本人には脳みそがない。身の程を知れといいたい。

イギリスがアヘン戦争に打って出た理由は大幅な輸入超過にあります。イギリスも中国も硬水の国です。中華料理がどうして油でぎとぎとな料理ばかりなのかというと水が不味いからなのです。不味い水をどうやって誤魔化すとか考えて生まれたのが中華料理です。では不味い水をどうやって飲むかと工夫して発明されたのが紅茶だった。その紅茶が同じ硬水の国であるイギリスに馬鹿受けした。それでイギリスが輸入超過になってしまった。中国の方はイギリスから買いたいものは何も無かったからです。イギリスはそれぐらい貧しい国だった。外国に売れる産品など何も無いのです。それで考えたのがインドのアヘンを中国に売り込むことだった。イギリス政府が紅茶の輸入量を統制できればアヘン戦争は起こらなかったでしょう。しかし民主主義国イギリスの政府にはその選択肢はない。そうすれば民意を失い、内閣が総辞職に追い込まれるだけ。だから戦争に打って出た。戦争といっても実際は戦争でもない。産業革命で生み出した蒸気船の軍艦の地方巡業で近代化の威力を清朝にデモンストレーションしただけです。イギリス軍艦は中国の港湾都市を巡業するだけで内陸部には深入りしませんでした。それがイギリス人の賢さです。日中戦争で身の程知らずに内陸部に深入りした日本軍人の愚かさと好対照といえるでしょう。イギリスは中国に実力を見せ付けられれば、それで成功であって本気で戦うつもりもなかったわけです。

アヘン戦争での敗北によって清朝は屈辱的な南京条約を結ばされる。そしてオランダ商人からアヘン戦争の報を伝えられた徳川幕府は、欧米列強が日本に向かうことを予想し、その対策に追われ、それが明治維新につながる流れを生むのでした。もはや旧秩序を維持することは不可能だと悟ったのです。薩摩藩、長州藩がイギリス等と戦った薩英戦争、下関戦争の敗北が決定的だった。もはや開国いたしかたなし。血を流してようやく学習することができた。日本は幕藩体制のおかげで安い勉強代で済んだのです。

ところが中央集権体制の清朝ではそうはいかなかった。アヘン戦争、アロー戦争、清仏戦争、日清戦争、戦争という戦争で負け続けて、イギリスだけでなく、フランス、露西亜、ドイツに便乗されて次々と朝貢国を失い、多額の賠償金を課され、租借地を提供するハメに陥った。清朝は50年かかっても、まだ時代の変化を受け入れらずに中華思想にこだわり、それで傷口を広げてしまったのです。

こういう惨憺たる有様の中国でようやく3つの動きが起こります。一つは康有為に代表される若手政治家の変法自強運動です。明治維新で近代化に成功した日本に倣って、政治改革を目指す清朝有識者の運動でした。ところが余りにも性急な改革は既得権維持にこだわる保守派の反撃によってつぶされました。日本は、中国の近代化を望み、康有為の亡命を受け入れるなど同情的であったが、結果的に実を結ばなかった。
二つは孫文に代表される革命家の清朝打倒運動です。中国革命同盟会が東京で結成されたことからわかるように、日本はこちらも支援していました。こちらは後の辛亥革命に成功して清朝打倒の成果は果たしたとはいえる。しかし日本が望むような近代化は果たせませんでした。
三つは義和団に代表される無学無教養な下層階級による排外テロでした。それが義和団の乱です。前二者が知識階級の運動だったのに対し、義和団は村のチンピラの寄せ集めのような集団でまったく違う。だから日本はこの義和団だけには全く支援していなかった。日本は、と書いているけど、変法自強運動も清朝打倒運動も日本の知識階級の有志が個人的な人脈によって支援していただけで、必ずしも国家レベルの支援ではなかったし、大衆が参加していたのでもない。
だから、この時点では中国の大衆は日本を意識していないし、日本の大衆も中国を意識していないのです。また日本が公式に中国に利権を持ったのは日露戦争後のポーツマス条約の時です。それは義和団事件の後のことなのですから、反日感情が生まれていないのは当然のこと。
また義和団の乱の前に太平天国の乱という伏線があったことも忘れてはならない。太平天国の乱は漢民族による清朝打倒を目指した乱です。太平天国軍はカルト的な宗教団体である拝上帝会の母体に匪賊が合流したような玉石混交の烏合の衆であったけど、それでも乱は14年続き、清朝正規軍よりもモラルが高かった。太平天国は一定の成果を挙げたものの、国際情勢の現実認識を欠いた時代遅れの中華思想に凝り固まっていたのが致命的で列強の支持を得られず、内紛によって自滅し、結局惨めな失敗に終わった。
義和団は太平天国の乱に学んで、清朝に敵対せず、「扶清滅洋」のスローガンをかかげた。「扶清」の大義名分を掲げることで排外テロを正当化しようとしたのです。排外テロは、清朝を助けるためなのだという論理です。そういうチンピラの暴力に清朝正規軍の認定を行ったのが、国際情勢の現実を全く認識していない西太后でした。西太后は愚かにも竹やり部隊が近代化した列強連合軍をやっつけると馬鹿げた妄想を持ったのです。義和団は太平天国以上にカルトな宗教団体でありました。義和団は最後には西太后にも裏切られ、惨めな最後を遂げる。義和団の乱では義和団によって日本公使館員が殺害されるなど日本も被害を受けた。無法といえば余りにも無法です。

一方、義和団の乱に便乗して大きな利益を得たのが露西亜でした。露西亜は清朝と英仏のトラブルに便乗して1860年の北京条約で外満州を沿海州として領土に組み入れ軍港ウラジオストクを建設し、1894年の露仏同盟を背景にフランスの技術支援・資金支援を得てシベリア鉄道を建設します。
さらに露西亜は日清戦争に便乗して三国干渉でフランス・ドイツを誘って日本に遼東半島を返還させる。その遼東半島の大連・旅順を露西亜は清朝から租借するのです。さらに露西亜は内満州で鉄道敷設権を獲得し、東清鉄道の南満州支線を建設する。それが建設されれば、モスクワから大連・旅順が鉄道で結ばれる。さらに露西亜は義和団の乱を口実に内満州全土を軍事占領します。
清朝は露西亜と密約を結んで満州を露西亜に売り渡していたということなのです。

日本は日清戦争によって、中国で義和団の排外的ナショナリズムを刺激し、露西亜の満州侵略に利用されてしまったということなのです。日本は清から多額の賠償金を勝ち取った。日本国内の世論は戦勝万歳万歳と無邪気にはしゃいでいたが、その裏で列強の対中進出を助けてしまったのだ。血を流したのは日本人だが、それで日本以上の利益を得たのが露西亜、フランス、ドイツです。露西亜は日本の侵略から清朝を助けてやると恩を売る形で逆に清朝を侵略しました。ドイツは義和団の排外テロを口実に山東半島を租借地として勝ち取った。

これが義和団の乱の意味です。連戦連敗の清は、賠償金の財源が無く、民間人が敷設した鉄道を担保に列強から借金するような無茶苦茶をやらかす。それが辛亥革命につながる。

日本外交はやることなすこと全部裏目に終わった。日本は李氏朝鮮を独立させて近代化させようとしたが、それが露西亜の朝鮮進出を助けてしまう。三国干渉に屈した日本を見て、李氏朝鮮では親露派が力を得てしまったからです。

日本は米英などから莫大な戦費の借金をして日露戦争を戦い満州から露西亜を追い払った。露西亜は清朝から勝ち取った南満州鉄道や大連・旅順の租借地を日本に譲渡し極東から撤退していった。日本は満州を露西亜から取り返してやったのに中国人から全く感謝されていない。血を流したのは日本人であって、中国人ではない。満州を侵略したのは露西亜であって、日本ではない。
ポーツマス条約で狡猾な露西亜外交に日本は屈した。日露戦争で甚大な人的被害と戦費の借金を生じた日本は手ぶらでポーツマスから帰国することなどできなかった。そうすれば小村寿太郎は憤激した日本人に必ず暗殺されていたでしょう。マスコミは弱腰外交と罵倒して世論を煽っていたからです。

日本外交はことごとく裏目にでた。日清戦争の失敗を取り返そうと日露戦争に及んだ。ところが、それは露西亜を共産化させてしまった。極東の南下を断念した露西亜は第一次世界大戦でドイツと激突する道を選んだ。それがロシア革命の背景です。

といったところで文字数制限です。
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この回答へのお礼

すばらしく詳しいですね。非常に参考になります。ありがとうございます。

「外国人の文化と特性を理解しない限り、真に公正な国際関係などは、決して築き得ない。相互理解が国際関係を築くための基礎です」とのご指摘には大賛成です。

是非、続きをご教示くださるようお願い致します。その中で、下記もお教えいただけましたら幸甚です。
1.なぜ中国は反日なのか
2.日中での歴史認識の問題点は特に何と何か
3.中国の反日はどうすれば解消できるのか
4.中国の民主化と反日は関係有るのか

お礼日時:2011/11/26 02:11

タイトルと質問内容がずれているように感じるので、回答になるかどうかわかりませんが。



歴史ばかりでなく、すべての事象は立体的なものであって、ねつ造や歪曲がなかったとしても(そもそも何をもってねつ造、歪曲というかという点も微妙ですが)、簡単にひとつに結論ずけられるものなどはありません。

特に、歴史となればそうで、理解しやすく年表なぞをつくるのは勝手ですが、そんなもので解明できる単純なものではありません。そのひとつの事象の背景に何億、何十憶という出来事が絡み合っているのです。

歴史とは、ひとつひとつの事実が存在するのみで、その積み重ねが因となり果となり、その必然性を把握するのが歴史認識だと私は考えています。そこに善悪とか正義とかいうわけのわからん価値尺度を持ち込む限り、共通の歴史認識なんか生まれるはずはない。そもそも、自虐史観だろうが皇国史観だろうがなんでもいいけどそんなレッテル張って歴史を語ってる時点で、歴史を語る資格なし。そんなものは私に言わせりゃ、みんな水戸黄門史観です。
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この回答へのお礼

鋭いご指摘ありがとうございます。自然のように厳然と揺るがぬ歴史が有るのですね。

中国共産党の1930~1940年代に関する歴史認識は、当時(準戦時及び戦時)、党が作成したシナ民衆向け反日宣伝工作資料に基づいています。いわゆる戦争宣伝ですから歪曲・誇張・脚色されているのが当たり前と思います。

問題は、現在の中国共産党が、上記の戦争宣伝に基づく歴史認識を、唯一正しいものとして、中国国内でも学校教育に使い、日本に対しても、そのまま受け入れるよう要求していることだと思います。いくら中国が戦勝国でも目茶苦茶な要求です。

戦後、日本政府は、左翼系の人々の影響もあり、上記中国共産党の歴史認識要求を、ひたすらお詫びすることで曖昧に済ませてきました。この曖昧さが余計に中国人の反日感情を煽りたて、彼らをますます、戦争宣伝に基づく歴史認識に、固執させる結果になったと思います。

1930~1940年代当時の歴史を素直に眺めることで、その案外に単純な反日の原因と経過を明らかにし、そこから、今後の反日への建設的対応策を展望できると思うのです。

お礼日時:2011/11/26 01:47

質問者様が書かれた史実を全て検証する作業は、私の少ない知識では不可能であると共に膨大な時間を要する為、その一部に限定して私見を述べる事を御許し下さい。



>中国における反日の歴史とその現状

仰る通り「義和団の乱」は、「扶清滅洋」から「興漢滅満」へとのスローガンの変遷が示すが如く、国内不平分子の単なる捌け口に過ぎず、直接的に反日に繋がる兆候は認められません。
依って私が認識する中国の反日思想は、大隈内閣に於ける「対華21ヶ条の要求」を以ってその嚆矢としますが、その点に就いては恐らく質問者様の認識と合致するものと思われます。

但し中国に於ける対日感情・歴史認識は支配層・一般庶民の二極に分けて検証する必要がある、質問者様が羅列された歴史は概ね正しいものと思われますが、その認識を持つのは時の支配階級上層部に限定されておりました。
即ち「反日愛国」は長らく一部の共産党指導層に於ける支配的観念論ではありましたが、必ずしも一般大衆レベルに浸透したものではなかったはず、それは幕末に於いて読書階級が独占した「尊皇攘夷」思想に酷似しております。

そもそも共産党が支配し過去の王朝時代を未だに引き摺る国家が中国であり、インターネット他各種情報ツールの発達に依り、一般庶民を取り巻く環境は激変致しましたが、必要な情報は共産党のみが握るという本質は変わらない、依って厳密な意味で日本と同レベルの国民国家であるとはとても言えません。

私が知る限りに於いて、反日のレベルを一気に一般大衆にまで引き下げたのは、江沢民前国家主席時代に意図的に扇動・醸成されたもの、即ち現在中国に於いて顕在化する反日思想は、1990年代中期以降国民的認識にまで発展し、それが「対華21ヶ条の要求」及び、1930年代から顕在化する日本の対中侵略(この点は異論のある方もおられるとは思うが、私が認識する一連の軍事行動は、明らかに侵略行為と思われる為、敢えてこう記述させて頂きます)等の歴史にフィード・バックされ、尚且つ増幅されたものであると考えます。

尚1993年中国国家主席に就任した江沢民氏には、反日政策・教育を煽らなければならない2つの明確な理由が存在しました。

1つは日中戦争当時の対日協力者の子息であるという江沢民氏の致命的な出自、この点を克服して共産党内部の権力を掌握し継続する為、対日強硬路線を邁進する必然性が存在したという事。

次いで、1989年に発生した天安門事件に依る世界的な経済制裁及び民主化運動の高まり、東欧革命やソ連崩壊が齎した共産主義政権存続への危機感に依り、中国共産党の正当性の再確認及び国内世論のガス抜きの必要性を認識させた結果、一般大衆の視線を国外に向けさせるスケープゴートとして選ばれたのが日本であったという事。

現胡錦濤国家主席・温家宝首相共に、江沢民氏他中国共産党内部で上海幇に属する過去の確信的反日指導者とは一線を画すと言われますが、一度敷かれた対日強硬路線というレールを修正する作業は、人治国家中国に於いては前政権に対する全否定を意味し決して容易な事ではない、その余波が尖閣諸島問題他一連の日中対立へと波及しているものと思われます。

>従って、今後、中国が民主化され、共産党が政権を降りるまで、現在の歴史認識の問題は解決しないだろう。

希望的観測をも含めてですが、この点に就いては多少楽観視しております、そう遠くない将来に於いて共産党政権が倒れる事は間違いないでしょう。
確かに共産党政権は飢餓を追放したという業績に於いて、中国の歴史上それなりの存在意義を有しますが、その反面大衆レベルに経済発展・豊かな暮らしという夢をも見させてしまった。

現在は過渡期でありどうにかこうにか持ちこたえてはおりますが、社会主義体制と資本主義・市場経済は明らかに相反します、依って中国人がより豊かな生活を求める為には、近い将来に於いて共産党一党独裁を廃棄する必要に迫られるでしょう。

>一方、より大きな問題は、多くの左翼系日本人が持つ自虐史観に在る。

この点は全くの同感、彼らの歴史観・認識はある時点で静止しており、アンモナイト・シーラカンス並みの古さ、しかも民主党政権の中枢や各種メディアの上層部に数多く存在する現状、困った事です。
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この回答へのお礼

論理的なご指摘をいただき、ありがとうございました。すっきりと整理していただいたように思います。「中国に於ける対日感情・歴史認識は支配層・一般庶民の二極に分けて検証する必要がある」というご指摘には「目からウロコ」の気がします。

しかし、1930~1940年代に生きたシナの一般民衆は、当時、中国共産党の生き残りをかけた、必死の巧妙・精緻な、反日宣伝工作の強烈な浸透を受けたと想像しています。日本でも「鬼畜米英」とか「竹槍本土決戦」とか、本気で叫んでいたのですからね。敗戦で日本ではそのような狂気は早急に消え去りましたが、戦勝国中国、その立役者共産党が宣伝工作した反日精神は連綿と一般民衆の中に受け継がれ、容易には消え去らないように思えます。消え去るようになると江沢民のような指導者が出てきてまたまた大きな火炎にしてしまう。

もう一点は、折角ですから、三極に分けては如何でしょうか?
支配層・中間層・一般庶民の三極です。経済成長に伴い大きな中間層が生まれてきており、今後の中国の民主化の鍵は彼らが握っているような気がします。彼らは支配層にはなれないが、合理的で頭がよく利にさとい。不合理な反日愛国などの政治的意識はカケラも持っていないが、支配層の顔色をうかがうのは上手である。将来も支配層につくか、新たな民主化勢力につくか、二派に分かれるのでしょう。

一般庶民は、今、もっと豊かな生活がしたいと渇望しているのでしょう。もっともっと豊かになりたい。反日愛国や共産主義など、もうどうでもいい。というのが本音でしょう。しかし、一般庶民の中の「若者たち」は、やはり上からの宣伝に染まりやすい。しかも、中国全土の学校で、連綿と反日教育をし続けているわけですから、大変なことだと思います。

まさに彼ら若者がが人民解放軍の兵士になるわけですから、強大な経済力と軍事力を背景に、今後ますます、日中関係で、危険極まりない状況が生まれやすいと思う。

お礼日時:2011/11/25 20:23

1908年の、「第二辰丸事件」を加えてください。


1909年の、「満州及び間島に関する日清協約」を加えてください。
1911年の、「漢口事件」を加えてください。
1916年の、「鄭家屯事件」を加えてください。
1916年「段祺瑞への援助」も追加してください。
>従って「反日愛国」は、中国共産党にとり、単なるスローガンから、党結成の重要理念の一部となった。
これは間違いです。
中国共産党が目指したものは、資本家層との対決であり、日本・中国関係無く、資本家を敵視しました。
1920年の、「琿春の日本領事館分館襲撃事件」を追加してください。
1920年の、「新四国借款団契約」を追加してください。
1920年の、「第二次カラハン声明」を追加してください。
1921年の、「4カ国条約」を追加してください。
1923年の、「旅順・大連回収運動」を追加してください。
1924年の、「第一次国共合作」を追加してください。

>関東軍が対応策をとると、その正当な軍事行動すらも、残虐非道なものに歪曲・誇張・脚色して、シナ民衆扇動のための反日宣伝工作に活用した。
完全にデタラメ。
日本軍による中国人弾圧による反発を日本軍が武力制圧を行っている。
ここまで、いくつもの追加要求をしてきたように、この質問者は、自分の主張にあわない事件を意図的に無視し、日中間の問題の本質を錯誤させるということを行っています。

>反日宣伝工作に活用した。一方、日本民衆の反中感情も増大して、コミンテルンの思惑通り、日中民衆の心の離反が進んだ。
この責任は、中国人を弾圧した日本軍にあります。

1927年の、「山東省出兵」を追加してください。
1927年の、「南昌武装蜂起」を追加してください。
1928年の、「済南事件」を追加してください。
1930年の、「間島暴動」を追加してください。
1931年の、「万宝山事件」を追加してください。
1931年の、「中村大尉事件」を追加してください。

>中華人民共和国の樹立当時、青少年であった今の中国人長老指導者たち(現在70~80才代)は、「反日愛国」が心身に刷り込まれており、
先に述べたとうり、特別日本を狙ったものではないのに、日本に対しての反日とすることは、被害妄想であり、事実無根です。
中華人民共和国が、アメリカとも、ソ連とも対立してきたことを全くわかっていません。
アメリカ、ソ連と対立している間、日中間には、特別な問題はおきていません。
この質問者のバカの主張がただしければ、米ソとの対立よりも、日本との対立が激化しているはずです。

より大きな問題は、多くの右翼系日本人が持つ自己中心史観に在る。彼らがネット右翼思想などを信奉するのは自由である。しかし、信奉する余りに、1990年以降の右翼による周辺諸国への誹謗中傷宣伝工作によって歪曲・誇張・脚色された、事実と異なる歴史認識(ネット右翼の歴史認識=皇国史観)を、自ら検証することなく、盲目的に受け入れることは、明らかに間違いであり、不正義である。
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この回答へのお礼

厳しいご指摘ありがとうございます。また、多数の課題を頂きました。ますます勉強せねばなりません。

コミンテルンは、階級闘争を主目的としましたが、発足当時から、世界各地の民族解放主義者の要請を無視できず、反帝国主義、反植民地主義も標榜していたと思います。そして、第7回コミンテルン大会では、民族解放運動をテコにして、敗戦するであろう日本とドイツにおける階級闘争から革命へと止揚させることを戦略決定としたと思います。

シナにおいては、コミンテルン指導のもと共産党により、反日愛国を理念として、シナ民衆に対する宣伝工作が長期間、大々的かつ巧妙に、実践されました。これが現代中国における「反日の根っこ」なのですね。

どこの国の共産党も労働者・農民という民衆が権力基盤なのですから、彼ら民衆に対する宣伝工作技術は洗練されたものを有しています。中国の場合はコミンテルン直伝の宣伝工作技術ですね。ですから上記「反日の根っこ」は特別に根深いのですね。

最後に、公正な歴史認識であるならば、左も右も無く、皆さん同意されると思います。つまり、歴史に左右が有ってはならないと思っています。

お礼日時:2011/11/25 18:57

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 質問者さんは大変な勘違いをしているようですが、まず日本は朝鮮と戦争した事はありません。日中戦争にしても、日本がふっかけたと言うのは中国共産党のプロパガンダに過ぎません。盧溝橋事件については様々な資料があります、中国共産党の性質も含めて調べてみる事をおすすめします。
 また、通州事件と言うのをご存じでしょうか?。開戦以前に起きた、中国人による日本人大量虐殺事件です。これを理由に宣戦布告も出来ましたが、日本はそうしませんでした。


>あのナチスですら賠償を終えたのに何故日本だ...続きを読む

Q日本のミサイル防衛にTHAADが無いのは何故?

【ワシントン共同】米陸軍当局者は26日、米領グアムに配備した高性能の地上発射型迎撃システム「高高度防衛ミサイル」(THAAD)が完全な稼働状態に入ったことを明らかにした。との報道です。
http://sankei.jp.msn.com/world/news/130427/amr13042709290001-n1.htm
一方日本の場合イージス艦から発射するミサイルとPAC3でTHAADはありません。
日本の場合THAADは無くても良いのですか?


 

Aベストアンサー

>日本の場合THAADは無くても良いのですか?

はい、必要ありません。

THAAD (Terminal High Altitude Area Defense) Missile は射程 200km、射高 40km~150km の地上発射型迎撃 Missile で、High Altitude Area Defense (高高度域防御) の部分だけを見て ICBM (Inter-Continental Ballistic Missile:大陸間弾道弾) をその頂点付近の宇宙空間で迎撃するかのように誤解されがちですが、Terminal (末端の/終末の) のいう言葉が示すように、目標に向かって高度を下げて大気圏 (成層圏よりも上の 40km~150km にある化学圏) に突入してきた最終段階での弾道弾を撃墜する Missile です。

一方、日本が Aegis 艦に搭載している SM3 (Standard Missile 3) 161B Block IA は射程 400km、射高 250km で、先端部が Kinetic 弾頭と呼ばれる高機動弾頭になっているように、空気のない大気圏外での超高速運動能力を持たせたものとなっていて、THAAD よりも高性能な Missile になっています。

http://www.youtube.com/watch?v=Clny6teU5ik&feature=youtu.be

最初に海上自衛隊に配備された「こんごう」の SM3 161B Block IA は高度 160km を飛行する模擬弾道弾の直撃撃墜に成功していますし、現在は日米共同開発になる Block IIA の地上試験を終えて来年に飛行試験、2018 年には現在の Block IA を Block IIA に置き換える予定になっています。

http://www.youtube.com/watch?v=A6CIu9fRk3k

地上発射型で射程が 200km しかない THAAD では幅数百km 長さ 2000km 余りの日本列島に数十基の発射機を配置しなければならず、何時 Terrorism だの過激な反対運動の前に壊されるか判ったものではないのに比べ、SM3 は部外者など近付けない Aegis 艦の中にありますし、相手国の Missle 発射機から 400km 以内の海域に派遣すれば 1 隻で事足ります。

相手国が日本に向けて発射する Missile の Course は決まっていますので、日本列島近海に配置する Aegis 艦の数も数隻あればよく、既に海上自衛隊は上記「こんごう」型 Aegis DDG (Missile 護衛艦) を 4 隻、次級の「あたご」型 Aegis DDG を 3 隻運用していますので、2~3 隻が定期整備中であっても常時 4~5 隻は緊急配備に就くことができるようになっています。

>日本の場合THAADは無くても良いのですか?

はい、必要ありません。

THAAD (Terminal High Altitude Area Defense) Missile は射程 200km、射高 40km~150km の地上発射型迎撃 Missile で、High Altitude Area Defense (高高度域防御) の部分だけを見て ICBM (Inter-Continental Ballistic Missile:大陸間弾道弾) をその頂点付近の宇宙空間で迎撃するかのように誤解されがちですが、Terminal (末端の/終末の) のいう言葉が示すように、目標に向かって高度を下げて大気圏 (成層圏よりも上の 40km~150km ...続きを読む


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