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帝国国策遂行要領の段階ですでにハルノートの有無など無関係にアメリカがどう出ようとも戦争をやる気だったのかもしれませんが、仮にハルノートを受け入れていたらどうなっていましたか?
300万人の日本人と2000万のアジアの生存権は守れていましたか?
1945年の敗戦で失った権益と比べてどう違っていたか教えてください。

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A 回答 (4件)

米国の戦争史をみると面白いことが解ります。



1,メキシコとの戦争ではアラモ砦が全滅
 しました。それで、国民の士気はいやがおうでも
 高まりました。

2,スペインとの戦争の時は、米国艦が原因
 不明の爆発を起こしました。
 これが戦争の端緒になりました。

3,ベトナム戦争では、トンキン湾事件が起こり
 これは後になって、米国のやらせであることが
 判明しました。

4,湾岸戦争では、時の大使がフセインに米国は
 介入しないと約束しましたが、いざクエートに
 攻め込んだら、米国が先頭きって介入しました。

5,大東亜戦争では、真珠湾で、アフガン、イラクでは
 911です。

この中で、はっきりしているのは、トンキン湾事件と
湾岸戦争で、後は疑惑だけです。

ハルノートを受け入れても、米国は何か仕掛けて
強引に戦争に持っていったと思います。

あの大不況で、株価は1/10,GDPは半分に
失業率は30%近くに達し、背後には社会主義の足音
が聞こえます。
ニューデールなどをやっても効果はさっぱりです。
体制維持の為にはどうしても戦争をやる必要が
あったのです。

戦争後、米国経済は見事復活しました。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。

お礼日時:2011/12/17 11:14

もしハルノートを受け入れていたら総理大臣が暗殺されて内閣は総辞職、無政府状態になるか、新内閣がハルノートを破棄するか二者択一でしょう。

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 ハルノートで問題になるのは、日本側が待望する石油禁輸措置の解除を含む日米通商関係の正常化を、仮に提示された条件を全て呑んだとしても、保障しないと断言してきたからです。


 (まあ、ハルノートは冒頭で「法的拘束力を持たない」と断言している物[日本が提案を履行してもアメリカは無視する事が可能…。]ですから言わずもがなですが…。)

 端的に言って、話し合いを続けたいなら、日本側の誠意を見せろという、やくざ紛いな事を言っているに過ぎません。

 まあ、アメリカがハルノートで提示した立場は、今までの交渉および条件の提示は日米通商関係の正常化交渉を開始する為の条件交渉であり、通商関係の正常化にはより厳しい条件を要求するという事です。
 (ハルノートの6項に「(条件を呑めば)通商条約再締結のための交渉を開始する」と記載されている訳ですし…。)

 石油の備蓄は、平時で2年分、戦時で半年分しかないと目されていた状況で、これから更に何年かかるか分からない「通商条約再締結のための交渉」を行う事(今の段階にいたるまでだって既に年単位で交渉してきたのに…。)は、日本としては選択する事ができません。
 (国としての経済の崩壊と国民の飢餓が始まりかねない…。)

 昭和天皇の御意思で、近衛内閣の時に決定した開戦を白紙に戻してまで(10/23の時点で御前会議決定を白紙還元し、国策遂行要領の再検討を開始)、懸命に交渉をしたにも拘らず、ハルノートを突きつけられたとあっては、東條首相が涙ながらに「米国には話し合いで戦争を回避する意図は無く、事ここに到れば開戦するに他ありません。」と言わざるを得なかったのも…。

 私見ですが、ハルノートに「通商関係を正常化する」の一語が有りさえすれば、日本は少々条件が厳しくても飲んだ可能性が高いとは思うのですが…。
 (撤兵に関しては東郷外相に内諾を与えていたようですし…。)

>仮にハルノートを受け入れていたらどうなっていましたか?

 より厳しい条件(本土の割譲や陸海軍の制限など)を突きつけられて現実より不利な状況で開戦するか、石油などの禁輸解除を限界まで引き伸ばされて、国土・経済が崩壊(今の北朝鮮の様な経済状況)してしまうと言った所ではないでしょうか…。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

>より厳しい条件(本土の割譲や陸海軍の制限など)を突きつけられて現実より不利な状況で開戦するか、石油などの禁輸解除を限界まで引き伸ばされて、国土・経済が崩壊(今の北朝鮮の様な経済状況)してしまうと言った所ではないでしょうか…。
 多くの人が見落としているんですが、日本は敗戦しながらも、広島と長崎に原爆を落とされたものの、
戦後、アメリカが日本の復興に全面的協力して、日本が奇跡的な再生を果たしていたことです。
少なくとも、マッカーサーがヒットラーだったら、今の日本は北朝鮮どころではなかったでしょう。

お礼日時:2011/12/10 13:49

ハルノートは


満州を含む中国大陸、仏印が主で
台湾、朝鮮には一言も
ふれられてない。

ハリーホワイト試案にいたっては
日米の軍事力を背景に
ソ連に極東赤軍の削減、
イギリスに香港放棄を迫るという
内容もあり、いわば
日本がアメリカの顔を立て、
支那から撤兵することで
日米が中国大陸を
共同で経済支配しようという
誘いであった。
※ただし、満州から帝国陸軍が
引き上げれば、朝鮮半島の防衛はできず
放棄せざるを得ないという反対論が
日本にはあった。

アメリカと戦争するバクチをするなら、
ある意味、台湾・朝鮮を日本系自治領、フイリピンを米系独立国
とし、
中国から一度引いて
赤色勢力から国民政府を守るため
日米共同で中国介入と言うのも、バクチ
として ありえたろうと
石原莞爾は 述べている

少なくとも
大量の戦死と広島長崎の原爆投下はなく、
植民地も、ゆるやかに独立しただろう

※なおアメリカは、日本がどうしようと
時期が来ればUボートの米船舶口実に
対独参戦する予定だったので
日本が開戦しなくても
欧州も史実より、せいぜい一年ドイツ降伏遅くなる程度
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

お礼日時:2011/12/10 13:46

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Qハルノートってなんですか

ハルノートが太平洋戦争のきっかけになったとききましたがハルノートとは何ですか

Aベストアンサー

ハルノートの内容については、他の方が
回答してくださっているようです。

1,経緯
1930年の大不況のため、米国の株価は1/10
GDPは半分に、失業率は30%近くに達しました。
背後には社会主義の足音まで聞こえます。
このままでは体制が崩壊しかねません。

それで米国はどうしても戦争をやりたかったのです。
その為、ハルノートを日本に叩きつけました。
「あんなことをされたら、モナコのような小国でも
 武器を持って戦っただろう(パル)」

米国の狙い通り、日本は大東亜戦争に突入しました。
結果、米国経済は見事に立ち直り、危機を脱すること
ができたのです。

ちなみに、ハル氏は、米国兵士に当てた檄文で次のような
ことを述べています。
「欧州人は、清教徒革命で米国に来なかった臆病者だ。
 バンバンやれ。
 日本人は人間じゃない。猿だ。いくら殺してもかまわん」

2,参考
(1)今月25日に全訳刊行(上巻)される「ルーズベルトの責任-日米戦争はなぜ始まったか」
(藤原書店、下巻は来年1月刊行)には、ルーズベルト米大統領が、
巧妙な策略によって日本を対米戦争へと追い込んでいった過程が、
米側公文書などによって、浮き彫りにされている。

 著者は、米政治学会会長や歴史協会会長などを務めた第一人者、
チャールズ・A・ビーアド元コロンビア大教授(1874~1948年)。
順次解禁された米側の外交公文書や連邦議会議事録など膨大な資料を詳細に調査・分析し、1948年4月に米国内で発刊されたものの、政府側の圧力などによって激しい不買運動が起き、事実上
の禁書扱いとなってしまった「幻の名著」だ。
いわゆる「ルーズベルト陰謀説」が終戦直後に、
米側公文書などによって裏づけられていた意味は大きい。

(2)ハーバート・フーバー第31代米大統領(1874~1964年)が、
日本軍が1941年12月8日、
米ハワイの真珠湾を攻撃した際の大統領だったフランクリン・ルーズベルト
(第32代、1882~1945年)について、
「対ドイツ参戦の口実として、日本を対米戦争に追い込む陰謀を図った
『狂気の男』」と批判していたことが分かった。

フーバーはマッカーサーに対し、日本との戦争は
「対独戦に参戦する口実を欲しがっていた『狂気の男』の願望だった」と指摘。
在米日本資産の凍結など41年7月の経済制裁は「対独戦に参戦するため、
日本を破滅的な戦争に引きずり込もうとしたものだ」と語った。

ハルノートの内容については、他の方が
回答してくださっているようです。

1,経緯
1930年の大不況のため、米国の株価は1/10
GDPは半分に、失業率は30%近くに達しました。
背後には社会主義の足音まで聞こえます。
このままでは体制が崩壊しかねません。

それで米国はどうしても戦争をやりたかったのです。
その為、ハルノートを日本に叩きつけました。
「あんなことをされたら、モナコのような小国でも
 武器を持って戦っただろう(パル)」

米国の狙い通り、日本は大東亜戦争に突入しました...続きを読む

Q日本がハルノートをを受け入れ戦争しなかったら?

歴史で”たら、れば”は持ち出す事は駄目なんですが、もし、太平洋戦争に突入しなかったら日本はどうなっていたでしょう? 戦争で余りにも多くの方がなくなりましたが、戦争しなかった方が日本の将来は明るくなる事が期待できたのでしょうか?

Aベストアンサー

戦争をしなかった、という選択肢は
無かったと思われます。
日本が例えハルノートを呑んでも、米国は
必ずや、日本を戦争に引きずり込んだと
思われます。
あのイラク戦争のようにです。
フセインは、米国相手に戦争などしても
勝てる道理がないことぐらい、百も承知していました。
それでも米国に無実の罪を着せられて戦争に
持ち込まれ、処刑されてしまいました。
米国とはああいう国なのです。

当時の米国は、1930年に続く大不況の真っ只中でした。
GDPは1/2に、株価は1/10に落ち、1200万の失業者が
街に溢れ、あちこちで暴動が発生していました。
ルーズベルトは、ニューデールなどの政策を打ちましたが効果は
さっぱりです。
それでどうしても戦争をやる必要があったのです。
戦争は最大の公共事業ですから。その証拠に戦後、米国
経済は見事な復活を遂げています。
その現れがハルノートです。

これは私の偏見ではありません。
米国歴史学の権威チャールズ・A・ビーアド元コロンビア大教授は
公文書を調べて、ルーズベルトが巧妙に日本を戦争に引きづり込んだ
過程を明らかにした本を出版しましたが、これは事実上の発禁処分
にされてしまいました。

31代米国大統領のフーバーが、ルーズベルトを、日本を無理矢理戦争に
引きづり込んだ狂気の男、と評した書見を残しています。
彼は、ルーズベルトは真珠湾を知っていた、とも書き残しています。


米西戦争では、 1898年 2/15 ハバナ湾で、
米国戦艦メイン号が謎の爆発沈没しています。
これで米兵266名が死亡し、スペインの仕業だ、
ということになり戦争が始まっています。

ベトナム戦争では有名なトンキン湾事件が発生しています。
1964年8月、北ベトナムのトンキン湾で北ベトナム軍の
哨戒艇がアメリカ海軍の駆逐艦に2発の魚雷を発射した
とされる事件です。
これをきっかけにアメリカは本格的にベトナム戦争に介入しましたが、
その後、ニューヨークタイムズが、米国のやらせであることを暴露し
真実が明らかにされました。

湾岸戦争 1990年 では
アメリカの駐イラク特命全権大使のエイプリル・グラスピーが
イラクのクエート攻撃に対して
「介入するつもりはない」と発言しており
これを信じたフセインがクエートを侵略しましたが、
米国軍等により撃退されています。
米国は約束の存在を否定していますが、当の大使は、それ以後、公式の場には
一切姿を見せなくなりました。

その他にも怪しいのはいくらでもあります。
以上が、日本が戦争を拒んでも、ダメだったろうと思われる理由です。

戦争をしなかった、という選択肢は
無かったと思われます。
日本が例えハルノートを呑んでも、米国は
必ずや、日本を戦争に引きずり込んだと
思われます。
あのイラク戦争のようにです。
フセインは、米国相手に戦争などしても
勝てる道理がないことぐらい、百も承知していました。
それでも米国に無実の罪を着せられて戦争に
持ち込まれ、処刑されてしまいました。
米国とはああいう国なのです。

当時の米国は、1930年に続く大不況の真っ只中でした。
GDPは1/2に、株価は1/10に落ち、1200万の...続きを読む

Qハルノートについて

初歩的な質問になってしまいますが、
日本が太平洋戦争、ないし大東亜戦争を起こすきっかけになったものが、当時のアメリカによる経済封鎖だったのは理解しています。
ですが、最大のきっかけになっているハルノートについてどうにも要領を得ません。
この場合、総括すると、日本に対して「自分からアメリカの軍門に下れ」というものであったとの解釈でよろしいのでしょうか?

Aベストアンサー

「米国が、それまでの外交交渉の経緯一切を無視して、いきなりとてつもなく無礼な文書を通告してきた」と日本政府の要人が解釈して開戦へ突っ走った……というところだと思います。
戦後の東京軍事裁判で、インドのパル判事がハル・ノートの「無礼さ」を責める判決理由書を書いています。『このような無礼な外交文書を提示されれば、ルクセンブルグ大公国のごとき小国でも、米国に対して武器を持って立ち上がっただろう』……と。ハル・ノートが当時としては「それまでの外交経緯を踏みにじった、我が軍門に降れと言わんばかりの無礼で脅迫的なな通告」と解釈されるべき側面は確かにあったようです。

ハル・ノートの主要な条項を上げれば、こういった内容でした。
1) 英中日蘭蘇泰米間の不可侵条約締結、2)仏印の領土保全、3)日本の中国印度支那からの撤兵、4) 日米の中華民国の承認、5) 日米の海外租界(と関連権益の放棄)、6) 通商条約再締結のための交渉開始、7) 米による日本在外資産凍結解除、8) 円ドル為替レート安定に関する協定締結、9) 第三国との太平洋地域における平和維持に反する協定の廃棄、10) 本協定内容の両国による推進。
この内、日本政府が耐え難い条項と見なしたのが、3)、4)、9)。
特に、3)の「中国」が満州(現在の中国東北部)に対する日本の権益放棄を要求したと日本政府が解釈したことで、日本政府にとって宣戦布告に等しい通告と解釈された、と言われています。つまり、それまでの日米間の外交交渉で、日本政府は米国が満州においての日本の権益を認めていると解釈していたため、ハル・ノートのこの条項が「掌を返したように、日本に屈服を迫るもの」と解釈されました。満州地域の領有に関しては、当時の日本政府の要人が『たとえ日本全土を焦土と化しても、絶対に守りきる』と公言したほどで、絶対に譲れない条件と、当時の日本政府の中では考えられていました。ゆえに、ハル・ノートが『日本の焦土化』を要求したとの解釈に直ちに結びついたと考えられます。

また、4)に関しては、当時の日本政府が、日本政府の援助で南京に樹立された王兆銘政権を正規の中国政府として承認している事実の無視。近衛文麿首相が『国民政府を交渉相手とは認めず、これを抹殺するまで戦う』と宣言していますので、日本政府としてはメンツに拘わる条項でした。

9)については日独伊三国軍事同盟の破棄を要求するものとして、当時の日本政府としては受け入れがたい条件と捉えられました。これもヒトラー・ドイツと外交的な同盟を結ぶ唯一の大国(当のヒトラー自身の述懐によります)となった日本のメンツにかかわる問題でした。

以上、一応ハル・ノートに焦点を絞って回答してみました。

「米国が、それまでの外交交渉の経緯一切を無視して、いきなりとてつもなく無礼な文書を通告してきた」と日本政府の要人が解釈して開戦へ突っ走った……というところだと思います。
戦後の東京軍事裁判で、インドのパル判事がハル・ノートの「無礼さ」を責める判決理由書を書いています。『このような無礼な外交文書を提示されれば、ルクセンブルグ大公国のごとき小国でも、米国に対して武器を持って立ち上がっただろう』……と。ハル・ノートが当時としては「それまでの外交経緯を踏みにじった、我が軍門に降れと言...続きを読む

Q小学生でもわかる第二次世界大戦の流れ

小学生と、知的障害がある中学生に第二次世界大戦のことについて
説明してほしいと頼まれましたが、しゃべった内容が難しかったのか
ぽかーんとされてしまいました。自分が完ぺきに理解しているというわけでもないので
説明しながら自分でもわからなくなってしまいました。

そこで、子どもにも簡単に説明できるような第二次世界大戦の
開戦きのっかけ、流れ、終戦、状況などをとても簡単に教えてください。
お願いします。
一時間以内で話せたらいいかなあと思っています。

Aベストアンサー

 こういうのでどうでしょうか?

(1) 世界は3つのグループがあった。
 A)アメリカやイギリスなどお金持ちの強い国。
  Cグループの弱い国を支配していた。

 B)日本・ドイツなど貧しくて強くなりたかった国。
  AグループからCの国を奪おうとして戦争を起こした。

 C)AグループやBグループに支配されていじめられて
  いたので支配から逃れようと運動をおこしていた。

(2) 開戦

 ・日本は朝鮮や台湾・中国の北部を支配していた。
  中国全部を支配しようと戦争を始めていたが、アメリカ
  やイギリスが邪魔をしたのでそれら強国との大戦争に
  なった。
 ・ドイツも同じく周りの国々を軍隊の力で支配し、
  アメリカやイギリスと大戦争になった。
 ・強国に支配されていた国々は日本やドイツのやりかた
  が酷かったので日本やドイツと戦いを始めた。

(3) 流れ

 ・日本とドイツの戦争のしかたは奇襲といって相手が
  油断しているときに突然襲う戦い。だから初めは
  勝つけれど、より強いAグループが本気を出すと
  日本・ドイツは負けていく。そして支配の仕方が
  酷いので支配された国の人から恨みをかい日本と
  ドイツは大敗する。

(4) 終戦
 ・負けることがわかっても日本だけ戦いつづけた。
  理由は天皇を守るためということだった。
  戦いが続く中、アメリカは原爆という大きな爆弾を
  日本の広島と長崎に落として日本は降参した。

(5) 状況

 ・この大戦争は初めは強国どうしのよその国を奪い合う
  喧嘩だった。けれど日本やドイツが少人数の偉い人の
  命令をみんなは文句を言わず聞け、一人一人の事より
  国=偉い人のほうが大事なんだという考え方と、一人
  一人の事を大切にする考え方に賛成する国々との戦い
  となり、最後は日本と80の国々との戦いとなった。

 ごめんなさい。やはり難しいですね。でもこれを下敷きに

もっとお話し的に変えたらどうでしょう?

 

 こういうのでどうでしょうか?

(1) 世界は3つのグループがあった。
 A)アメリカやイギリスなどお金持ちの強い国。
  Cグループの弱い国を支配していた。

 B)日本・ドイツなど貧しくて強くなりたかった国。
  AグループからCの国を奪おうとして戦争を起こした。

 C)AグループやBグループに支配されていじめられて
  いたので支配から逃れようと運動をおこしていた。

(2) 開戦

 ・日本は朝鮮や台湾・中国の北部を支配していた。
  中国全部を支配しようと戦争を始めていたが、アメ...続きを読む

Q第二次世界大戦で日本は絶対勝てなかったのでしょうか

第二次世界大戦で日本は絶対勝てなかったのでしょうか
もし日本がミッドウェーで勝利しアメリカ空母艦隊が崩壊したうちに
ハワイ・パナマを占領しアメリカ西海岸を爆撃、細菌兵器をアメリカ本土にばら撒き、
結果アメリカ国民の世論を反戦に動かし、日本が有利な形で講和できなかったのでしょうか。

Aベストアンサー

当時の帝国海軍及び陸軍の致命的な欠点の一つとしてあげられるのが「補給の軽視」です。
そもそも海軍の対米戦略は「艦隊決戦による早期講和」でそのために艦隊の整備を行って来ました。

長大な航続距離と偵察機を装備した「イ号潜水艦」はその典型で「艦隊決戦を行う前に敵艦隊の戦力をすり減らすため」といった通商破壊を主とするWW2での各国の潜水艦戦略とは大きく異なった運用法からも見てわかるとおり、「潜水艦はあくまで補助戦力」といった考え方から抜け出せず、米軍の魚雷の劣悪な性能も相まって「輸送・補給船団が潜水艦に攻撃されたとしても大した損害はないだろう」、「護衛は旧式駆逐艦でもつけとけばいいだろう」と考えた結果もともと少ない輸送船及び護衛艦は大損害を出し、次第に作戦遂行に影響を与え始めます。

昭和18年11月になってようやく「海上護衛総司令部」を設置し12月には護衛空母4隻を編入するなど、それなりの体裁を整えますが、主力となるはずの駆逐艦は「峯風型」や「神風型」といった旧式艦ばかりでした。

帝国海軍の駆逐艦は対潜戦闘よりも上記の艦隊決戦構想のため対艦戦闘と主眼とした装備で対潜性能が低く、狩るはずの潜水艦に逆に沈められるケースも多く、もっとも米潜水艦による駆逐艦の損害が多かった昭和19年だけでも30隻の駆逐艦が撃沈されています。

長々と書いてまいりましたが、
(1)日本海軍は開戦初頭に占領したウェーク島の補給が限界地点だといわれており、ウェークよりもさらに遠いハワイやパナマを占領し維持し続けるための輸送能力及び護衛戦力があるのか?

(2)ガトー級だけでも200隻あまりを計画し大戦中にほとんどを整備した米国の造船能力・潜水艦戦力に対抗できるのか?

(3)北方(ソ連)を重視し、泥沼の中国戦線を抱え、南方に戦力を割かなければならない状況を苦々しく思っていた陸軍からハワイ・パナマを占領し維持するために必要な戦力を抽出することが可能か?

等々、ハワイ・パナマを占領し維持するだけでも「日本軍には不可能」と言わざるを得ません。


西海岸の爆撃ともなると防弾性能の貧弱な日本軍機が、管制された雲霞のような米軍迎撃機群、対空砲火網を突破し、爆撃し、帰還出来る機体が何パーセントあるのか、など考えるだけでも恐ろしい損害を出すことが予想されます。

細菌兵器の使用に関しては昭和19年から実行された米本土爆撃作戦(ふ号作戦)で計画されたものの作戦内容を知った天皇陛下によって細菌兵器の使用が禁止されたことがあるため、今回のケースでも実行されることはないと思います。

長文失礼しました。

当時の帝国海軍及び陸軍の致命的な欠点の一つとしてあげられるのが「補給の軽視」です。
そもそも海軍の対米戦略は「艦隊決戦による早期講和」でそのために艦隊の整備を行って来ました。

長大な航続距離と偵察機を装備した「イ号潜水艦」はその典型で「艦隊決戦を行う前に敵艦隊の戦力をすり減らすため」といった通商破壊を主とするWW2での各国の潜水艦戦略とは大きく異なった運用法からも見てわかるとおり、「潜水艦はあくまで補助戦力」といった考え方から抜け出せず、米軍の魚雷の劣悪な性能も相まって「輸送...続きを読む

Q現代車の走行寿命距離について

こんにちは。
現在、走行距離125,000kmのマークIIの乗っています。
毎日乗っていたり高速走行を多用していたせいか、
かなり元気です。が、そろそろ限界近いでしょうか。
巷では100,000kmを超えると・・なんて噂もありますが、実情はどうなのでしょう。昔、パトカーで200,000km走行車なども見た事があります。

ちょっと気になったので質問させて頂きました。

Aベストアンサー

特別不調が出ていないのなら、まだまだ乗る事は出来ますよ。

限界と言うのは使用者が決める事なのです。
なので、故障が多発して来たから寿命と判断する方も居りますし、事故で再生が不可能だから寿命と言う場合もあります、また、車歴が10年過ぎて税金が高くなったから寿命と判断する方も居ます。

いくらお金が掛かって良いから、部品がある内は修理して乗るのでしたら寿命とは言いません。

今の車でしたらきちんとメンテさえしていれば、20~30万キロでも走ります。

Qいきなり少額裁判を起こされてしまいました

http://oshiete1.goo.ne.jp/qa3863669.html
にてここで質問させていただいたのですが3月16日に

「私の過失が多ければ修理費は25,000円で結構です。
明日、知人の弁護士さんと相談をして結論を出します。
明日にはメールにて連絡を入れます。」

とメールがあったきり連絡がなかったのですが、4月6日に

「訴訟の準備が出来ましたので
明日、福岡簡易裁判所へ訴訟申し立てを行います。
私の支払要求がおかしいのなら裁判で決着をつけましょう。」

とメールが来ました。
普段使っていないアドレスで取引をしてしまったためこのメールに気づいたのは本日(8日)で、正直裁判となると面倒なのでメールにて修理費用を支払うので訴訟を起こさないでくれとのメールをしました。
ところが

「私がメールを送付したのは4月6日(日)の午前中だったはずですが?
君から連絡がなったので昨日、友人の弁護士に頼んで
全て訴訟手続きは福岡簡易裁判所にて済ませました。
もし訴訟を取り下げるのなら訴訟状通り修理費49,350円
見積書代3,150円運送代1,400円訴訟費用7,000円
合計60,900円を私の口座に振込確認次第訴訟を取り下げても結構です。
只、友人に頼んだので訴訟費用に弁護士費用などは入れていませんが
もし新規に頼めば訴訟費用に上乗せでかかるのではないですか?」

とメールがありました。
少額裁判とはいえ相手(私)がまだ内容を確認していないのにいきなり裁判を起こすということは可能なのでしょうか。
内容証明郵便なども送られてきていません。
あと、私は通常裁判を起こす気はありません。
私は神奈川に住んでいて学生です。
なので福岡なんかに行っている暇はないのですが裁判に欠席の場合おそらくこちらが負けると思います。
その場合、49,350円の修理費用のほかにもいくらか請求されてしまうのでしょうか。
いきなり相手が威勢良くなり裁判取り消しの場合その費用までメールにて請求されてしまいました。
知識のある方力を貸してください。

http://oshiete1.goo.ne.jp/qa3863669.html
にてここで質問させていただいたのですが3月16日に

「私の過失が多ければ修理費は25,000円で結構です。
明日、知人の弁護士さんと相談をして結論を出します。
明日にはメールにて連絡を入れます。」

とメールがあったきり連絡がなかったのですが、4月6日に

「訴訟の準備が出来ましたので
明日、福岡簡易裁判所へ訴訟申し立てを行います。
私の支払要求がおかしいのなら裁判で決着をつけましょう。」

とメールが来ました。
普段使っていないアドレスで...続きを読む

Aベストアンサー

小額訴訟ならば7000円は高すぎます。
http://shouhiseikatsu.pref.fukuoka.lg.jp/seikatsu_info/mame/2007/m20070200_17.html
実際に訴えられたのであれば訴状が届くはずなのでそれまで待ちましょう。

また、現地に行かなければいけないように思われているようですが、都合で行けない場合は電話での参加という手もあります。
その辺は裁判所と連絡を取ってみないとわからないかも知れません。
うまく言いくるめればあなたの監督する裁判所に変更してもらうのも可能かも知れません。(わからないけど)
どちらにしろ、親にはちゃんと理由を話してください。

実際に訴えられたのであれば裁判所が間に入ってくれて、まともに話し合いができると思って前向きに考えましょう。
示談で和解するにしろ、訴状が届いてからでいいと思います。
(実際面倒な判決を出したくないのでまずは和解を勧められると思います)

ちなみに小額訴訟は1回で終わらない場合もあります。
私は何回か行きました。
どちらにしろスピーディーに解決したいのであれば小額訴訟のままで通常訴訟に移行しないほうがいいと思います。
相手が弁護士を立てているのならば尚更費用がもったいないです。
(小額訴訟は自分でできます。弁護士にアドバイスくらいはもらったほうがいいかもしれませんが。通常訴訟は知りません)
たぶん100%相手の言い分通りの敗訴はないと思います。

自分に非がないことを確信して、余裕があれば勉強のために裁判してみるのがいいと思います。何事も経験で。
まぁ、やっている途中は精神的に荒れるかも知れませんが・・・

小額訴訟ならば7000円は高すぎます。
http://shouhiseikatsu.pref.fukuoka.lg.jp/seikatsu_info/mame/2007/m20070200_17.html
実際に訴えられたのであれば訴状が届くはずなのでそれまで待ちましょう。

また、現地に行かなければいけないように思われているようですが、都合で行けない場合は電話での参加という手もあります。
その辺は裁判所と連絡を取ってみないとわからないかも知れません。
うまく言いくるめればあなたの監督する裁判所に変更してもらうのも可能かも知れません。(わからないけど)
ど...続きを読む

Qリベラルとは?

・左派、革新、社会主義
・右派、保守
という分類ができると思うのですが、
リベラルや自由主義は、どう考えたらいいのでしょうか?
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 政治思想は、下記のXY軸に表す事が出来ます。(リベラルを日本語に訳したのが「革新」あるいは左派です。)

 Y軸 Libertarian(自由・市場主義 = 小さな政府) - Statist(統制主義 = 大きな政府)
 X軸 Liberal(革新) - Conservative(保守)
 真中 Centrist(中間主義)

 各派の解説は下のURLの解説部分を参照してください。
   http://meinesache.seesaa.net/category/719933-1.html

 自由主義と言うとリバタリアンの範疇になりますが、アメリカの政治に例えると、レーガン大統領より前の共和党政策が旧保守主義(右派リバタリアン)で、それ以後を新保守主義(ネオコン)といい保守と名乗っていますが、実態は左派リバタリアン(左派が保守に転換し、現状を保守する為に革新的手法(戦争など過激な改革を許容する)を執ると言う主義)です。

 自由主義の反対となる統制主義も左派だと共産主義や社会主義、比べると右派に成るイギリスの「ゆりかごから墓場まで(高福祉政策)」などが有ります。

 簡単に言うと、積極的に変えようとするのが左派で、変わらないように規制するのが右派です。そして変える方向(変えない方向)が自由か統制かで分類できます。

 日本には明確に保守を謳う政党が無いので、イメージがわき難いのかも知れませんが…。
 (自民・民主党は中道で、共産党は左派統制主義ですから…。)

 政治思想は、下記のXY軸に表す事が出来ます。(リベラルを日本語に訳したのが「革新」あるいは左派です。)

 Y軸 Libertarian(自由・市場主義 = 小さな政府) - Statist(統制主義 = 大きな政府)
 X軸 Liberal(革新) - Conservative(保守)
 真中 Centrist(中間主義)

 各派の解説は下のURLの解説部分を参照してください。
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 自由主義と言うとリバタリアンの範疇になりますが、アメリカの政治に例えると、レーガン大統領より前の共...続きを読む

Q70年前の日本は、なぜ戦争を決断したのでしょうか?

お世話になります。

戦争は、外交手段の一つの方法でしかも最後の方法です。それでも、70年前に日本は世界大戦を決断しました。

(この世界大戦に至る序章として中国東北部の植民地化があったと考えます。この植民地化は、日本の勝手な解釈で「欧米列強のマネであることが権利」で錯覚していた様子です。この意味では、日本を含め中国を占領した国家は中国に謝罪は必要です。)

その延長で、連合国との全面戦争は開始されましたが、

●技術的
●生産力
●資源力
●人員力

から見ても、圧倒的に不利であったはずです。合理的に考えれば、国力の差は戦力に比例するはずですよね。

でも、70年前の日本は、なぜ戦争を決断したのでしょうか?その時の日本は、戦争をしなければならない 進退窮まる理由 があったのでしょうか?でも、敗戦は必定です。

Aベストアンサー

マクロ経済の観点から考察する対米開戦はまさに無謀の一言、一例を挙げれば一般会計と臨時軍事費に占める直接軍事費の割合が脅威の75.7%、これは対米開戦直前の数字ですが、当時の日本は日中戦争以来まさに食うや食わずで戦争を継続していた事がこの点に於いて明らか。
冷戦構造下のソビエト連邦が、アメリカとの軍拡競争で経済が破綻した際の同比率が50%強ですから、戦争突入以前の直接軍事費が70%を超える事の異常さが御理解頂けるかと思います。

更にはGDP比換算で1(日本):20(アメリカ)、質問者様が仰る通り近代戦は国家としての総力戦でありまさに大人と子供の喧嘩、そう形容するしかない戦争でした。

>70年前の日本は、なぜ戦争を決断したのでしょうか?

以上述べた前提はいかに当時の軍部主導下にあっても、大国アメリカとの戦争を想定した場合当然客観的判断材料として顧みられたはずであるが、では何故当時の大日本帝国首脳が対米開戦を決意したのか、その原因はそれこそ無数にあると思われますが、私なりの結論としては以下の2点。

1.本来日本の意図は対中権益の確保、本命である日中戦争を継続する為の石油・粗鋼の多くをアメリカに頼っており、その供給をストップされ且つ日本の対米資産凍結、更にはイギリス・オランダがそれに同調して所謂ABCD包囲網が構築された事で追い詰められていた事。

2.日露戦争の悪しき前例、即ち交戦期間2年程度を互角の戦いに持ち込み、ナチスドイツの欧州での勝利を希望的観測で織り込み、総力戦・消耗戦になる以前に仲介国を待つという戦略が可能であると甘く判断していた事。

但しドイツがソ連との不毛な戦争に突入した事で日本の思惑は大きく外れ、しかもアメリカの戦時経済が本格的に稼働しはじめた為、太平洋戦争開戦1年を過ぎた頃から国力相応の差が出始め、皆様御承知の通りの結果に終わってしまいましたが。

マクロ経済の観点から考察する対米開戦はまさに無謀の一言、一例を挙げれば一般会計と臨時軍事費に占める直接軍事費の割合が脅威の75.7%、これは対米開戦直前の数字ですが、当時の日本は日中戦争以来まさに食うや食わずで戦争を継続していた事がこの点に於いて明らか。
冷戦構造下のソビエト連邦が、アメリカとの軍拡競争で経済が破綻した際の同比率が50%強ですから、戦争突入以前の直接軍事費が70%を超える事の異常さが御理解頂けるかと思います。

更にはGDP比換算で1(日本):20(アメリカ)...続きを読む

Qもしハルノートを受諾し、大日本帝国が続いていたら?

今日の夜9:00~NHK真珠湾スペシャルを見ましたが・・・

ハルノート原案では、日本軍全面撤退と引き換えに20億ドルの対日借款が盛り込まれていた。
それが国務省内で練り直され、対日強硬派の言い分が通り、借款の項目は削られた・・云々


なかなか興味深い番組でしたね。


でも

当時の日本政府・軍部の主流派から見て、ハルノートは受け入れられない。それどころか対英米戦は既定路線・・・・かな。


さて、今回、あくまで IF ですが

日米戦争を回避でき、大日本帝国も明治憲法もそっくりそのままで今日この21世紀のIT社会に至ったらどうなったことでしょう?

若者が茶髪でスマホに熱中し前を見ずに道歩き、少女がローライズでパンツ半分見せながら道歩いて、それでも大日本帝国存続中だとしたら。

いったいどんな日本社会になっていることでしょうね?

テクノロジーは今の現実そのままの社会で、国体は大日本帝国。

つまり往時(1941時点で)、あと数年を待たずして、台頭する巨大な軍事大国ソ連、蒋介石を追い出し中国の覇権を握った中国共産党。米国はこれらと対峙するために、日本を利用せざるを得なくなるのです。良い悪いはこのさい別として。

尚、連合国による対独・対伊 の戦争はあり、歴史通り連合国の勝利に終わったとします。日本だけがそのまま。


今どんな日本社会になってますか?あくまで IF です。

今日の夜9:00~NHK真珠湾スペシャルを見ましたが・・・

ハルノート原案では、日本軍全面撤退と引き換えに20億ドルの対日借款が盛り込まれていた。
それが国務省内で練り直され、対日強硬派の言い分が通り、借款の項目は削られた・・云々


なかなか興味深い番組でしたね。


でも

当時の日本政府・軍部の主流派から見て、ハルノートは受け入れられない。それどころか対英米戦は既定路線・・・・かな。


さて、今回、あくまで IF ですが

日米戦争を回避でき、大日本帝国も明治憲法もそっくりそのまま...続きを読む

Aベストアンサー

afv2012さんの回答に対する意見です。

>>そして、軍事以外でも20世紀の主要な産業において、エネルギーや資源の問題は深刻です。
>> けっきょく、何らかの形で海外から資源やエネルギーを得るすべがなければ、資源の乏しい日本は衰退せざる得ません。

>>もし、こうして資源もなく、確固とした産業を持たないままでは…

日本が資源を海外に頼らざるを得ない状況はメタンハイドレートや核融合発電を実用化してみせない限りどこに転んでも変わりませんよ。戦争を回避した仮想の大日本帝国でも、実際の戦後日本でも。

勿論、戦中の相手であったアメリカと比べては凄く物足りなかったような気がしますが、戦前日本の産業基盤がそんなに貧弱な訳じゃありませんでしたよ。

もしかして此れが「確固とした産業を持たない」とされている戦前日本の姿(?)でしょうか。
これは戦中の敵国であった日本を出来るだけ嘲笑する為に日本を今の朝鮮、中共みたいにポンコツしか作れない産業未開国のように酷く描写している連合国側のプロパガンダアニメです。

第二次世界大戦中のポパイのアニメ(反大日本帝国)
jp.youtube.com/watch?v=NzRgvt_0Trg

Tokyo Jokyo
jp.youtube.com/watch?v=QGbQjyrHjF8

しかし実際はどうだったんですか。
ご存知の通り戦中には歴史上最大の戦艦である大和級戦艦を、しかも3隻も建造したのですよ。(大和、武蔵、信濃。ただし、信濃は途中で空母改装)

それ以前に有色人種が白人国家の技術力に頼らずに独自設計で独自に建造した世界最初の近代艦船の「薩摩」もあったし、戦後連合軍側は鹵獲した旧日本軍の航空機に適用された技術力を高く評価しました。

(軍事兵器しか評価しなかったような気がしますが、そもそも軍事技術というものはその国の工業技術力の尺度を表すのですからね。)

既に戦前からそれなりの技術力と工業力を持っていた日本を 確固とした産業を持たないと評価するには無理があると思います。

>>… 国内での国民の不平不満はかなりの高さで暴動や革命思想へと容易に誘導される不安定な不穏な状態が続くでしょう。

>>ちょうど南米の共産主義国家が歩んだ道筋に似た感じになるのではないかと想像されますが、日本はアメリカから遠いので、より共産主義国家の影響力が高くなる可能性は強く、共産主義革命が成功してしまう可能性もありえます。

戦争を回避した帝国より、寧ろ実際の戦後のドサクサの中の暫くの間に未だ自衛隊も編成出来ずになんの軍事力も無かった時、そして60~70年代の高度成長期に団塊世代の青年(今はジジババですけどね…)どもが火炎瓶と石投げたり竹槍振るったりする暴力的な共産主義闘争を繰り広げた時代のほうがもっと共産主義革命が成功しやすかった環境だと思いませんか。
スパイを丸腰に容認してしまってた実際の戦後の方がもっとやばかったんじゃないですかね。

そして南米の国家は、土着文明を破壊して占領してきたスペイン、ポルトガルの植民地だった地域が独立したばかり、国家としての基盤が非常に軟弱な地域でした。
当然、この隙が共産主義勢力を安易に許してしまう結果となり、これが直ぐに南米社会主義政権の誕生に直結したのです。

それに対して日本は王家が途中で断絶するなどインディオ民族としてのアイデンティティを相当失ってしまった南米地域とは違い、長い時皇室を断切なく継続的に維持しながら昔から地道にソフト、ハード的なものを積み上げる等、長い時にかけて大和民族とその国家としての基盤とアイデンティティを確立することが出来ました。

国家としての基盤とアイデンティティの丈夫さがガン並みに違うのに、南米と同じく呆気なく共産化する、というのは無いじゃないんですか。

物理的にソ連からの距離は日本が南米より近いからソ連からの風当たりそのものは南米へのより遥かに強いかもしれません。
しかし、民族としてのアイデンティティと国家としての基盤が既に確立した日本がそんなに共産主義の波に安易に巻き込まれるはずがないんでしょう。

更に「日出づる処の天子、書を日没する処の天子に致す、恙なきや」中華秩序からの離脱を告げるこの文章が書かれた以来、日本は決して中華勢力の侵入を許した事が無かったんです。依然として中国からの文物は受け続けながらですね。
中華大陸とシルクロードを全て制覇して更には東ヨーロッパにまで飲み込もうとしたモンゴル帝国の侵略も食い止めたんじゃないんですか。

大陸からの侵略にずっと立ち向かってた歴史、経験があるから日本が又大陸勢力であるソ連の侵略を簡単に許す訳にはいかないと思います。

(実際にはハルノートを日本が拒否したのも、ある意味ではそれまで大陸からの侵略に屈服してなかった伝統の続きでないのか、と私はそう思っています。ただ、その時は日本としては始めての海洋勢力からの脅威で、その始めての海洋勢力との全面衝突には負けて今に至る…んじゃないんですかね。)

>> この惨状の日本をソ連が黙ってみているとは思えず、何らかの形で冷戦時代初期に良くあったように、武装革命を影で援助し、武器を供給したりされる可能性は高いと思えます。

しかし実際の戦後日本でもないのに、此れをただ見ているわけでもないですね。日本の方もソ連のやり方を黙ってみているだけじゃ居られませんよ。

こんな共産主義勢力が余計な真似をしないようにした法律がありました。「治安維持法」。
勿論、この法律が真っ当な国民まで些細な理由で無闇に捕まってしまうなど、立憲主義に違背し国民の権利を一部侵害した負の側面もありましたが、
共産主義勢力、無政府主義勢力等の国家の治安に害悪を及ぼす諸勢力が帝国内外部からの混乱を煽るのを食い止める事には相当に役が立ちました。

そもそも帝国がずっと存続していたならこの治安維持法を国民の権利を侵害しない、ながらももっと有効に国家の安全を脅かす勢力を食い止めれる方向へ何回も改正されてる筈でしたね。

(もしかして、実際今の日本に一番必要なのはこの治安維持法かも知れません。ただ、前述のように立憲主義に違背されるように要素は改正する必要はあるんですけど…)

今更やっと日本版NSCだね、特定秘密保護法だ、スパイ防止法だ、と急いで対内外諜報対策が用意されてるのが救いなんだけど、とにかく戦後日本が敵性国家のスパイを丸腰で許して来たたのはご存知の通りですね。
しかし、戦後GHQによって旧帝国の各機関が解体される前は日本にも一応諜報機関が存在して、その能力はかなり優秀だったと要られます。

もしソ連が密かに武器を配るなど日本内部から革命を煽ろうとしても、それが日本側の諜報機関によって食い止められるのは間違いないでしょう。



…取り敢えずハルノートを受け入れるのはとにかくアメリカをはじめとする連合国側の下に入るというのだから、この点では史実の敗戦後の日本がアメリカの同盟国になったのとあんまり差が無いと思います。
大陸共産勢力の中蘇からの脅威に対応するために日米が連合するのは…

多分、こうなったら南米のようになるのではなく、他ならぬ実際の今の日本と似ている情勢になったんじゃないのかと思います。
はい、今の「第二次安倍政権の日本」みたいにですよ。
今年2013年度の安倍政権は憲法9条を解釈改憲して集団的自衛権を容認しようとしたり、日本版NSC,秘密保護法などの安保対策を用意する等、アメリカとの連帯を強めて中共からの脅威を含む様々な安全保障的なリスクに対応しようとしていましたね。

ハルノートを受け入れた大日本帝国はデブ将軍が率いる独裁国家北鮮でも、社会主義革命が成功してしまった南米のようにでもなるわけは無いです。
多分今の安倍率いる自民党政権が目指す国家の姿に似ているではないかと思います。(安倍晋三が敢えて始めてからハルノートを受け入れて戦争を回避した帝国を想像してあんな政策を推進するわけではないですけどね。)

ただ、旧帝国なら朝日、毎日新聞はあるけど9条も日教組も共産党もないから一部偏向報道するマスコミは処分して立憲主義、国民の権利を侵害し得る憲法、法律の「穴」を適切に改正してアメリカとの関係を改善しただけで良いでしょう。

又の長文、駄文申し訳ございません。

afv2012さんの回答に対する意見です。

>>そして、軍事以外でも20世紀の主要な産業において、エネルギーや資源の問題は深刻です。
>> けっきょく、何らかの形で海外から資源やエネルギーを得るすべがなければ、資源の乏しい日本は衰退せざる得ません。

>>もし、こうして資源もなく、確固とした産業を持たないままでは…

日本が資源を海外に頼らざるを得ない状況はメタンハイドレートや核融合発電を実用化してみせない限りどこに転んでも変わりませんよ。戦争を回避した仮想の大日本帝国でも、実際の戦後日本で...続きを読む


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