出産前後の痔にはご注意!

今回、北朝鮮で3代世襲が始まりました・・が、人類は古代から今に至るまで、3代世襲の独裁恐怖政治を経験していない、あるいは、成功していないという話しか私は知りません。

・・と言いつつ、私は世界の歴史に、まったく詳しくないので、そう断言するのは、間違っているような気がして・・、どなたか詳しい人がいたら、成功した例、あるいは、それに近い例を教えていただけませんか?

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (7件)

サウジアラビアって今の王様で確か四代目か五代目くらいのはずですよ。

彼の国の人権侵害については、鞭打ちの刑があったり、石打ちによる公開処刑があったり、女性は車の運転は禁止されているわ、宗教警察があって違反者を取り締まっているわ、むしろどこらへんまで人権が認められているかこっち(非イスラム教徒)が聞きたいくらいですわ。

それと江戸時代についていえばですね、当時江戸ってのはしばしば大火事に襲われたり、地震があったり洪水にみまわれたり災害に遭うことがありました。そういった災害が発生すると、すぐに江戸城にあった備蓄米が被災者に速やかに下賜されました。どのぐらいすぐに行われたかというと、災害が起きた翌日には放出されたほどです。
いっておきますけどね、17世紀かそこいらの時代の国家で、「災害時に国家が国民(国民という概念はまだありませんでしたが)に施しをしてくれる」なんてのは江戸(徳川)幕府くらいでしたよ。
江戸って町は当時は世界でも指折りの大都市であったにも関わらずエコ(ゴミと排泄物が循環されるシステムができあがっていました)でロンドンやパリに比べるとはるかに清潔で(ペストなど不潔が原因の病気の流行がほどんどない)、犯罪件数もヨーロッパの都市に比べるとほとんどないに近く(殺人事件が起きると瓦版で大ニュースになりました。それに比べればヨーロッパの都市では貧民地区での殺人事件なんて事件にもならないほど)、吉原など歓楽街が充実し、災害時には幕府が救済措置をとってくれた町だったんですよ。

ついでに、江戸時代にはこんな実話もあります。「八百屋お七事件」というのがありましてね、お七という女の子が江戸で火事が起きたときに出会った男に一目惚れして、どうしてもその男にまた会いたくなって、また火事が起きれば会えるかもしれないと思って放火をしてしまったという事件があったんです。
で、古今東西どこの国、もちろん現代の日本でも放火って罪が重いんです。当時では当然死罪です。ところがお七は数え年で16歳だった。当時15歳以下というのは未成年で罪一等が減じられる決まりだったのです。
で、哀れんだ奉行がお七に向かって「お前は十四(十五と聞いたという説もあり)だな」っていったんです。もしそれにお七がただ「はい」と答えさえすれば「よし、お前は十四だ」ということで罪一等減じられて死罪は逃れられたのです。ところがお七は「いいえ、私は十六でございます」と答えたのでやむなく死罪になったのです。ついでにこの話はあまりに世間の同情をかって今でも語りつがれる悲恋の物語になってしまいました。

よく時代劇なんかで農民が悪代官に虐げられて武士に切り捨て御免にされるなんて話がありますが、あんなのは真っ赤なウソで、江戸時代初期に水野十郎左衛門という不良御家人が幡随院長兵衛という侠客とケンカになって幡随院長兵衛をだまし討ちして殺すという事件があった(これは歌舞伎になっています)のですが、御家人てのは徳川家直参の家臣で武士でもかなりエラソーな顔ができる立場です。侠客つまり町人とケンカして殺したのですから本来なら切捨て御免にしちゃってもいいのですが、水野十郎左衛門はこの事件が原因で切腹を命ぜられたので、実は武士も滅多なことでは切り捨て御免になんかできなかったんです。「町人とトラブルを起こして殺したら切腹を命じられる」という「判例」ができましたから。

じゃああの江戸時代の「農民は、生かさぬよう、殺さぬようじゃ」というアレはなんなんだということになりますが、アレは明治政府が江戸幕府を否定するために「作った話」なのです。
ご存知の通り、明治政府ってのは薩長土肥が徳川幕府を戊辰戦争で倒して樹立した政権ですから、徳川時代は否定しなきゃなりません。文明開化もしなきゃいけないですしね。だから、全国に小学校を作ったのでそこで「徳川幕府ってこんなひどい政権だったんだ」と否定して教えたのが教育の甲斐あって広まった、ってわけです。
一揆なんかも幕末になれば「農民側の全面勝利」なんてのが珍しくなくなりましたし、そうでなくても実際の石高より少なく報告しても大目に見るのが慣例だったり、けっこうおおらかな時代だったんですよ、江戸時代って。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

ありがとうございます!非常に勉強になりました。江戸時代が恐怖政治で無く、江戸が同世代の世界の都市の中でも、傑出した。文化都市であったと言う話は、随分後に知ったのですが、具体的に・・・と言われても、説明がつかなかったものですから・・・。

非常に勉強になりました。ありがとうございました!

それにしても北朝鮮、これからどうなってしまうのでしょうか?、まだ誰にも分からないとは言え、今まで以上に、国際的不安定要因になってますね・・。

お礼日時:2011/12/21 21:27

>これを読む限り、一般民衆も、声を挙げる事もあれば、被支配階級同士だけが連帯している訳でもなさそうですね



その文書だけで時代背景が把握できるとは素晴らしい理解力です。
貴方の中でそれが正しいなら、きっとそうなのでしょう。

この回答への補足

あ・・・中近東の国の多くは王朝国家でしたね・・・、・・となると、北朝鮮が特別という話しは、無さそうですね・・。

でも、サウジアラビアで、人権侵害と言うのは、あまり聞かないですが・・・。

あ・・・あそこは、オイルマネーがたくさんあるから、国民を懐柔できるだけのお金がたくさんあるんだった。

補足日時:2011/12/20 16:13
    • good
    • 0
この回答へのお礼

歴史ですから、想像するしかないんですけどね・・・。

正直、江戸時代というのは良く分かりません

いずれにせよ、人類は・・というのは、あり得ない、私は間違った解釈をしていたようです・・。

少なくとも、我々が生きている現代において、3代続いて、実権を握ってる王朝国家という意味なら、現在のところ北朝鮮くらいしか見当たらないというのなら、異論は少ないのでは?

お礼日時:2011/12/20 16:09

アンリ4世からルイ15世に至るまでの4代はいかが?

    • good
    • 0

町人は比較的自由だと言われてましたね。


しかし大多数の農民が義務と相互監視の上で、自分達が食うものもままなら無い程の税を納めなければ命が危なかったようです。連帯責任強いて相互監視させられてさ。奴隷階級じゃないのだから完全監視の管理生活ではないですが、集団で声を上げることも許されません。
もっと言えば、その下に見せしめの非人や穢多なんぞ置いて「あれよりマシだろ」ってやるのは普通に恐怖政治じゃないのかなぁ?

この回答への補足

>実際に一揆の盟約によって秩序が達成されていた中世後期から、表向きは一揆が禁止されていた中で実際には百姓身分の権利行使運動として恒例化していた江戸時代のいわゆる百姓一揆の時期を経ることで・・・

引用すべきは、こちらでした。

補足日時:2011/12/20 14:55
    • good
    • 2
この回答へのお礼

私は歴史に詳しく無く、議論出来る立場どころか、むしろ、みなさんに、お知恵をお借りしたい立場ではあります。

わずかの情報で、想像力を働かせる以外に無いのですが・・。

ましてや、北朝鮮で、暴動と言うのは、間違いなく起きていると、想像出来るんですが・・、それが、海外に知れ渡る事は、あり得ない訳で・・・。

>監視の管理生活ではないですが、集団で声を上げることも許されません。

江戸時代に一揆というものがあります。ウィキペディアで以下の文章があるんですが・・・。

近世の「百姓一揆」も peasant uprising と英訳されて紹介されているが、現実には peasant の意味する零細な小作人だけによるものではなく、むしろ村落の指導的な立場に立つ裕福な本百姓らによって指導されており・・・中略・・・

日本では、史学界で階級闘争史観が支配的だった時代の「一揆は強者たる武士からの抑圧に対する、弱者たる民衆の決死の反抗であり、平等意識のもとで強固な団結力を持っていた」とみなす一揆観が、未だに一般市民レベルでは普及しているが、上記のような事情に鑑みると、その一揆観は一揆のごく一部の相を見て創られたものに過ぎない。実際の一揆は、大名層からの抑圧に関係なく結ばれることも多く、また、一揆内での主導権を巡る派閥抗争も絶えなかった。

これを読む限り、一般民衆も、声を挙げる事もあれば、被支配階級同士だけが連帯している訳でもなさそうですね、

>恐怖政治じゃないのかなぁ?

恐怖政治という言葉が登場するのは、フランスのロベス・ピエールの政治からだそうですね・・。

そもそも、恐怖政治の定義自体が、あいまいなもので、恐怖とは人間の感情ですし、恐怖と感じるか?どうかは、当然、同じ層においても各個人により、多少の差はあると思っています。

いずれにせよ、自由が無いというのは、窮屈だし、怖いと私は感じます

お礼日時:2011/12/20 14:49

大多数の「農民(実際には士以外)は生かさず殺さず」ですよ?

    • good
    • 1
この回答へのお礼

私も最初は、江戸時代が約300年が、全ての年代を通して、少数支配階級と多数の被支配階級の暗黒時代だと、思っていましたが・・・、

過去にいろいろ調べると、そのような単純なものでもなく、限定的ではありますが、民衆にかなり自由な側面もあり、支配階級のほうも、緊張感を持って、政治をしていた側面もあるというのが今の認識です。

少なくとも、民衆の自由度が、現在の北朝鮮と同じだと、断言出来ないという感じですかね・・。

具体例は・・と言うと、ちょっと、今すぐには、思い浮かばないのですが・・。

お礼日時:2011/12/20 13:16

日本の藩(武士)による政治


わずか数%の非生産武装集団が何十世代も独裁政治を続け、その他多数の階級の市民に対して切捨て御免で闊歩してましたよ。
    • good
    • 1
この回答へのお礼

個人的、見解では、江戸時代は、武士による恐怖政治ではなかったと認識しています。

・・かと言って、民衆にとって、バラ色の時代でも無いと思ってます。

おおまかな分類はともかく、一つとして、まったく同じ政体国家など、世界の歴史上、存在しないのは確かですが、江戸時代が恐怖政治だとは、思えないですね・・。

お礼日時:2011/12/20 12:36

日本の天皇は先祖代々世襲制で国民に主権が移るまでは天皇が政治の主権を握っていたはずですが…。


恐怖政治であったかどうかはわかりませんが独裁政治であったのは事実です。
    • good
    • 1
この回答へのお礼

天皇って、政治の実権を握っていた時代って、非常に限られていたと、思いますし、他の王朝と同様に、直系というのは、早い段階で、途絶えていたというのが、私の認識です

お礼日時:2011/12/20 12:37

このQ&Aに関連する人気のQ&A

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人が検索しているワード

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Q「土人」という言葉はどうして差別用語なのですか?

水木しげるの本に書いてあったのですが、
「土人」という言葉は大地の人、自然の人間という印象をあたえ肯定的に聞こえるそうです。
なるほどなと思いました。
どうしてこの言葉が差別用語になったのでしょうか?
これに替わる言葉は、原住民いがいでありますか?

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

「言葉から受けるイメージは人によって異なる」ということの典型的な例のように感じます。

【>「土人」という言葉は大地の人、自然の人間という印象をあたえ肯定的に聞こえるそうです。】というのは、水木しげるの「土」に対するイメージが「肯定的」だからでしょう。

しかし、一般的に言って「土」は「原始的=未進化」という短絡した解釈によって「否定的」なイメージが形作られてきたように思います。
その未進化で原始的な「土」に密着した生活をしている人々を「土人」と呼んだわけでしょうから、どんな理屈をつけようとも差別用語であることは明白でしょう。
「原住民」と呼ぶのも、「原→元→初め→進化していない」という判断から生まれた言葉と考えるのが妥当な解釈ですから、やはり差別意識が根底に潜んでいると言えるように思います。

#1さんが指摘されているように「先住民」という言葉は、「自分より先」というのが【羨望する】イメージはあっても差別の意識とは解釈し難く、よって違和感なく聞こえるのだと思います。

「土人」という言葉を本心から差別意識無しに使えるようになるには、「土」は【原始的】なのではなく【根源的】な存在であることを多数の人々が実感できるような世の中になってからでしょう。

「言葉から受けるイメージは人によって異なる」ということの典型的な例のように感じます。

【>「土人」という言葉は大地の人、自然の人間という印象をあたえ肯定的に聞こえるそうです。】というのは、水木しげるの「土」に対するイメージが「肯定的」だからでしょう。

しかし、一般的に言って「土」は「原始的=未進化」という短絡した解釈によって「否定的」なイメージが形作られてきたように思います。
その未進化で原始的な「土」に密着した生活をしている人々を「土人」と呼んだわけでしょうから、ど...続きを読む

Q日本は強かったの? 他国から歴史をみたら日本なんてなんてことない国だったの?

第一次、第二次世界大戦の時代
私は今まで、日本はアメリカに負けたけど、日本は戦争に強かった。と思っていました。零戦とか戦艦大和とか聞くし、神風特攻隊を出撃させたのは、作戦には疑問を持ちますが、とにかく日本は強かったんだと思っていました。でも、実際そうなんでしょうか?戦争に関して知識は豊富ではないですが、昔のVTRなどをみていると、簡単に言うと、ずるい方法をとったりしていたようにいわれてました。(約束破り?)
私は日本で日本の歴史を勉強するので日本は負けたけど、すごかった、強かった、というような感じを受けるものが多いですが、ほかの国から歴史を見たら、日本なんてなんてことなかった かのような存在だったのでしょうか?教えてください

Aベストアンサー

ご質問が「第一次、第二次世界大戦の時代、日本は強かったの」
ですが、
「アメリカには勝てないが、かなり強かった」といえます。

第二次大戦の時期の列強陸海軍ランキングを仮に作成してみます。

陸軍
1) アメリカ
2) ドイツ
3) ソ連
<この間、かなりの差>
4) 日本 4) フランス 4) イギリス
7) イタリア
(他はランキング対象外)

海軍
1) アメリカ
2) 日本
3) イギリス
<この間、かなりの差>
4) イタリア 4)フランス
6) ドイツ
(他はランキング対象外)

<陸軍について>
日本陸軍は弱かった、人命無視のムチャクチャな作戦をやって自滅して行った…という悪いイメージがありますが、仔細に見るとそうでもありません。

A) 支那事変は、蒋介石率いる国民政府が、上海周辺にドイツ軍事顧問団の指導で建設した第一次大戦型の塹壕陣地(第一次大戦の常識では『突破不可能』。ゼークトラインと呼ばれた)を建設した上で、上海に駐屯していた海軍の上海特別陸戦隊を襲撃し、救援にやってくる日本陸軍を、上海周辺の塹壕陣地に誘致して殲滅する、という計画で始まりました。

蓋を開けてみますと、上海特別陸戦隊は意外なほど頑強に戦って陸軍の援軍が来るまで持ちこたえ、杭州湾に上陸した日本陸軍3個師団は、国民政府が頼みにしていたゼークトラインを「浸透戦術」を巧妙に用いることで少ない損害で突破し、国民党軍を包囲殲滅しながら国民政府の首都である南京へ進撃しました。

これは蒋介石にとって全く予想外のことで、国民政府軍は総崩れとなりました。日本陸軍は、上記のランキングでは「ランキング対象外」の国民政府軍より「遥かに強かった」と言えます。

ウィキペディア 第二次上海事変
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%AC%E4%BA%8C%E6%AC%A1%E4%B8%8A%E6%B5%B7%E4%BA%8B%E5%A4%89

B) ポツダム宣言受諾の「後」に、ソ連軍が北方から千島と南樺太に侵攻しました。
千島列島の北端である占守島、日本領であった南樺太には、比較的装備が良く、兵員も充実した守備隊が残っていました。
8月15日以降のソ連軍の攻撃に対し、占守島と南樺太の陸軍部隊は善戦し、
「占守島においては、上陸したソ連軍をもう少しで海岸に追い詰めて全滅させるところまで戦う」
「樺太においては、ソ連軍の南下を食い止め、南樺太の日本人が北海道へ逃げる時間をかなり稼ぐ」
という戦いぶりを見せています。

<海軍について>
日本海軍については、アメリカに次いで世界第二位の戦力を持っていたのは異論がない所で、戦前においては、東太平洋は「日本の海」でした。

「空母機動部隊」はアメリカと日本だけが編成して運用できたものですし、18インチ砲搭載の戦艦を建造できたのは日本だけです。第二次大戦終結までに完成させた大型空母の隻数で言えば、アメリカが圧倒的に多いわけですが、次に多いのは日本です。第三位のイギリスにかなり差をつけているはずです。

無限の物量と高度な技術を持つアメリカと戦っては、昭和19年のサイパン沖海戦で日本空母機動部隊が壊滅し、レイテ沖海戦で航空機の援護のない「レイテ湾への特攻」を命じられた水上部隊がろくな戦果を挙げられずに甚大な被害を受け、「沖縄への大和特攻」(坊の岬沖海戦)で終わったわけですが、アメリカ海軍相手にここまで戦える海軍は日本海軍だけだった、というのは紛れもない事実でしょう。

ご質問が「第一次、第二次世界大戦の時代、日本は強かったの」
ですが、
「アメリカには勝てないが、かなり強かった」といえます。

第二次大戦の時期の列強陸海軍ランキングを仮に作成してみます。

陸軍
1) アメリカ
2) ドイツ
3) ソ連
<この間、かなりの差>
4) 日本 4) フランス 4) イギリス
7) イタリア
(他はランキング対象外)

海軍
1) アメリカ
2) 日本
3) イギリス
<この間、かなりの差>
4) イタリア 4)フランス
6) ドイツ
(他はランキング対象外)

<陸軍について>
日本陸...続きを読む

Q一夫多妻や一妻多夫が日本で認められてない理由ってなんですか?

一夫多妻や一妻多夫が日本で認められてない理由ってなんですか?


歴史的にみると昔は一夫多妻の制度はありましたが、今は普通にそのようなことを望む人はいないからですか?

Aベストアンサー

まずは一夫多妻の合理性を述べましょう。

一夫多妻は原始的な女性に対する福祉制度なのです。
女性に対する差別や従属的なものをまず初めに浮かべる方が多いのですがそうではありません。寧ろ逆なのです。
それが文化だから!と頭ごなししに言われても納得が行かない人はおおはず。それなりの現実性と合理性があります。

・一夫多妻を行う理由の一つとして「戦争」があります。
原始から、部族間の戦争で男達が死にました。
さらに狩での事故や獣に殺される危険もあります。

・二つ目は寿命が短かったこと
昔の平均年齢は二十歳を超えていません。多く生まれ多く死んでいくわけです。そして何時、病気にかかり夫が死んでもおかしくは無いわけです。
そんな世界では一生を共に添い遂げる可能性など寧ろ低いのです。


一人残された女性はどうなるでしょうか?差別や現金収入を得にくい環境で晒されながら子供を育て、働いていく人もいるかもしれませんが、飢え死にしたりする者も多かったのです。

一夫多妻制では、一人の有力な男に性関係と家事という労働と引き換えに養ってもらうことができます。

さらに女性にとって家事を分担できるため非常に楽です。
とても家事の巧い女性がいた時、第一夫人からの推薦で第ニ夫人、第三夫人を招き入れることもあるようです。



本題に入りましょうか。

日本のように明日の飯に困ることもなく、病原菌にあふれてもいない国で、
砂漠国家のように驚異的自然に囲まれており炎天下に放り出されれば間違いなく死ぬという事もない国
明日、獣に襲われたり、隣町との抗争に巻き込まれて死ぬ可能性のないよう文明が進んできた国々

そのような国では女性が一人でも生きていけるので男性に無理に付き従うことがなく、自然に権利も大きくなっていき一夫一妻になって行くわけです。

つまり現代日本では一夫多妻は
社会的に必要とされていないし合理性も無い。


一夫一妻の国々では未亡人を「キズモノ」とか「純潔が既に無い」とかそういう扱いになってしまいますね。残念なことに。


ちなみに日本は大昔は自然に恵まれ人口が500万人程度であれば田畑など耕さなくても野山に行き芋や山菜や果実をとって生きていけたわけです。

そのような国々では女が定住地として家を持ち男は蝶のように自由に飛び回っているという母系国家が形成され、子供は女性が養うもの、財産も女性に付くものでした。結婚と言う取り決めは無く。
彼氏、彼女位の恋愛関係ですね。しかし今のように町にデートに行くような関係ではありません。

女性は多くの男性と関係を持ち、男は種を付けに夜這いに来るわけです。
短歌や笛などを吹いて女の家に入ってもよいか確認をとる時に読まれるような句が今でも教科書に載ってますね。あれは短歌集というと堅苦しいですが、口説き文句集といっても過言ではないもので昔の人々はセックスをするために一生懸命短歌を勉強したわけです。

日本では廃れましたが国によっては現代でもそういう文化は残っています。


一夫一妻は現代の貞操観念を強調した宗教感によるものでもあります。
それを気にしすぎて逆に心を痛めてしまうこともありますし、一長一短ですね。
南米のある部族ではセックスは特定の相手を決めるものではなくスポーツ感覚で楽しむものであり。子供は村全体で養うものという考え方があったようですがキリスト教が入りこみ貞操観念が付いてからはなくなってしまったようです


セックスと結婚の形態はその国々の事情にあっているという事です。
脱線が過ぎましたね。そういう事です。

まずは一夫多妻の合理性を述べましょう。

一夫多妻は原始的な女性に対する福祉制度なのです。
女性に対する差別や従属的なものをまず初めに浮かべる方が多いのですがそうではありません。寧ろ逆なのです。
それが文化だから!と頭ごなししに言われても納得が行かない人はおおはず。それなりの現実性と合理性があります。

・一夫多妻を行う理由の一つとして「戦争」があります。
原始から、部族間の戦争で男達が死にました。
さらに狩での事故や獣に殺される危険もあります。

・二つ目は寿命が短かっ...続きを読む

Q北朝鮮と同性能の弾道ミサイル日本は作れますか

先日、韓国が回収した北朝鮮と同性能、というかアメリカ、
ロシアまで射程に入る弾道ミサイルは日本の今の技術で
作れますか?

政府関係者の話では、地下施設で純日本性の核を開発
出来るんですから、出来ない事はないと思いますが。

あるいは、韓国が回収した弾道ミサイルやその構造情報
を日本へ渡したり、それらの可能性も含めて、何かご存知
の方、噂を聞いた方いらっしゃいますか?

Aベストアンサー

弾道ミサイルの推進力をさらに強化すると人工衛星を打ち上げられます。推進力をさらに強化すると地球の重力外、月や火星へのロケットになります。日本は人工衛星を普通に打ち上げていますから、弾道ミサイルの作成は余裕で可能です。

ただし、弾道ミサイルに載せられる重量で十分な破壊力を持つためには核弾頭が必要なんですね。これについては政治的および外交的問題がかなりあると思います。


人気Q&Aランキング