親子におすすめの新型プラネタリウムとは?

関西もしくは関東付近で文学部(日本文学)といえば何大学ですか?
高校2年生で、進路について悩んでいます。
将来、就ける就けないは別として司書になりたいと思っています。

最終的には資料請求などで検討したいと思っているのですが、
量が多すぎて悩んでしまっていて、絞るための参考にしたいので、
文学部(日本文学)で連想する大学を教えていただけると嬉しいです。
国公立、私立、どちらでもいいです。

教員になりたいわけではなく、あくまで文学や日本語の研究がしたいので、
そういった研究が有名な大学の情報があると嬉しいです。

あいまいな文章で伝わりにくいとは思いますが、よろしくお願いします。

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A 回答 (13件中1~10件)

 こんばんはNo.3.6です。

僕の考え方はどちらかと言えばNo.10の方に近くNo.8の方の様に「現実べったり」とは対極の考えです。
 No.8の方は「でも現実には偏差値60以下の中堅大学の非実学部に行ってなんだかんだ行って院に行かずに就職と言う人が全体の80%ぐらいなわけです。で、就職先が無いからどうの、って言い出すんですよ。悪いけど自業自得です」と「商学や経営学系こそが学問」と言わんばかりに他の学問を存在意義がないかの様に侮っていますが、近代経済学の創始者的存在でもあるアダム・スミスが『国富論』に先立って『道徳情操論(または『道徳感情論』とも呼ばれる)』を著したのはなぜだとお考えですか?。また経済学者のカール・マルクスが『経済学・哲学草稿』を遺したのはなぜだとお考えでしょうか?。
 本日の朝日新聞朝刊にこんな記事が掲載されていました、アメリカ大統領選挙を巡り「アメリカの国民がアメリカの実情をどれ位“正確に”把握しているか」との疑問をアメリカ国内の経済学者が問うていた文章です。
80年代の後半には既にアメリカン・ドリームなどの夢物語は実態を失い、その現実に気が付かないままにここまで来てしまったとの指摘です。
 「理念」などとの言葉を使えばNo.8の方からは「甘っちょろい、現実を理解出来ていない」と鼻先で笑われるかもしれませんが、「実学」だけが人間にとっての渇きに潤いを与える本質的な手段でないことも一方の事実であることには間違いないでしょう。「人はなぜ生きるのか、どの様に生きるのか」を問うことが学問の根源であることにも鑑みて、余り「即物的な物の見方」を学問にそのまま当てはめる事に僕は同意しかねます。
 少なくとも「問題意識の高い学生」であるならば「学部の4年間はその後のための準備期間として力を蓄える時間」となっています。No.8の方はそうした学生に出会ったことがないために態(わざ)と嘯(うそぶ)いているのかもしれませんね。
 学問に対する評価は「研究者が示す研究成果」によってのみ判断される。これは歴とした事実です。大学の名前やネームバリューで評価が決まるわけではありません。
 幸いなことに質問者様は現在、高校二年生であり「漠然と“文学や日本語に関する研究がしたい”」レベルです。今後「どの様な視点から、どの様な方法で、どの様な対象に『アプローチ』していくか」を大学の1・2年次に深めそれを3年次以後に突き詰めていく、こうしたロングスパンで取り組んでみては如何ですか?。全てを「これは役に立たないからダメ」「これは役に立つ」との二分法で括ってしまうならば、実学としての経済学で学ぶ「経済原論」などは「役に立たないモノ」に分類されてしまいます。けれども「経済学」を学ぶ上では「経済原論」は避けて通ることの出来ない科目であり、法律としての「憲法」が同時に「基本法」としての地位を占めるのに対し、その他の行政法やら経済法やら社会法そして刑法や民法などはその「憲法の内容を個別領域的に具体化する法」である違いと関係がそこにはあります。「文学」そして「言語」を学ぶ事は表面的には「実学のイメージ」はないと思われるかもしれませんが、そこで対象とするのは「人間の意識や思索」そして「それを表現する手法」であり「総体として人間を取り巻く全て」「人間が遺してきた全て」をひっくるめて扱う領域であり、この意味では「実学ではないとのイメージ」も怪しくなってきます。
 蛇足ですが、僕の友人にも国文科に在籍しながら職業として社会保険労務士の資格を取得して企業の総務で働いている者や税理士の仕事に従事している者もいます。僕自身も企業でSEとして勤務する一方で大学教育と研究に携わる身分です。「二足草鞋」もなかなかイイものですよ。「生活の食糧(かて)を得るための仕事」と「自分の専門領域に対しての様々な視点からのアプローチによる仕事」の切り分けさえも可能です。こうしたチャレンジができるのも若い間だけですから。
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文学だとあまり就職は良くないでしょう。

酷くはないと思いますが。
で、そういうことをやるには、簡単に言えば力が要るんです。
学力でも筋力でも資金力でも、容姿なんてのでも良いかもしれません。
俺、勉強しねぇ、でも、サッカーなら日本代表クラス、たぶんヨーロッパで稼げる、という人なら、サッカー選手という困難な道もありでしょう。力があるから。
パパは大金持ち、一生遊んで暮らせる、だから安心して文学の研究ができる、なんてこともありでしょうね。
いざとなったら芸能事務所に入る、なんてこともありでしょう。
勿論、東大京大平気で受かる、文学をやっても、多少レベルを落とせば就職先は問題なくある、なんてことでも良いんです。
力があるか無いかです。
力がないのに無理筋を、というのは、まぁ危険であるには違いないでしょうね。
どのレベルかによって危険度は変わるでしょうけど。
でも、力がある人の行くような大学はほんの僅かでしかなく、大学がいっぱいあって困ります、なんてことにはなりません。
力があることを前提に選ぶのだから、いわゆる今一レベルの大学を選ぶとするなら、xx先生のxxの研究、とまで絞れた場合や、近かったから、なんてことでしょう。
ザックリ見て、この大学の学生のレベルは酷そうだなぁ、というところは挙がってなさそうです。
また、文学の「研究」または「研究体験」であれば、周りがどうこうはあまり関係ないかもしれません。

プロ野球の入団テストで、野球選手になりたいです、でも、走ってないから走れません、ってのはおかしいですよね。
同様に、文学を志すのであれば、学力はあって当然だろうと思います。東大京大とまでは言いませんが。
やりたいことがあるなら、まず力を付けることだと思います。
力がないのなら、社会科学系だと思います。
それは、学問として、ではなく、就職予備校として、です。
だいたい、本当の学力が無い人の集まる大学で、本当の経済学なんてやってないんじゃないかと思います。
4年間じっくり、というのはとっても良いことだと思いますが、それを昇華できる力のある人がすべきことだと思います。
あなたには無理だとは言いません。しっかり力を付けてください。
興味があるなら学力は後からついてくるような気がします。
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研究経験がある大卒の、研究がしたい、と、研究経験がない高校生の、研究がしたい、を同列に扱うべきではありません。


勿論中には、研究経験がある高校生も希にいるとは思いますが。
しかし、多くは研究経験がないでしょうから、どういう事か判らずに言葉を使っているはずです。
だからまず、研究をしたい、の意味を探り出す必要があります。
研究経験者が、言葉の意味を文字通り受け取って話を展開するのは危険です。
というか、研究とはどんな事か判っている人なら、もうちょっと違う質問をしているし、大学の調べ方から違うんじゃないかと思います。

ちなみに私は学部生の頃、「研究とやらをしてみたい」と言っていたような気がします。
やったことがないんで、どういう事か判らないんですよね。
そこを、足りない脳味噌でそう表現していたように思うのですが、そこの文学青年は、もっと良い表現が浮かんだなら教えてくださいな。
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国文の研究をしたいのかと思ったんだけど、ひょっとして、ちがうのかな?


研究するのに、研究費がどうとか、就職がどうとか、学生のレベルがどうとかは、本質的な意味では関係ない話。その教育、研究ができるかですよね。

文学部(日本文学)で連想する大学 国学院
 Wikipediaからの丸写し
 1882年に神職養成や国学普及などを目的に創設された皇典講究所が、教育事業の拡大を図り、
 1890年に設立した国学系の学生養成機関である國學院を起源とする。
 1920年の大学令によって大学に昇格し、戦後は1948年に現行学制によって大学となる。

司書になりたい  図書館情報学 学部として存在するのは筑波大のみ。
 Wikipediaからの丸写し
  筑波大学は、1970年(昭和45年)に成立した筑波研究学園都市建設法[5]および1973年(昭和48年)に
  国立学校設置法の一部を改正する法律[6](2004年に廃止)により設置された。
  同法律には「第二章の二 筑波大学の組織」が特別に規定されている。
  筑波大学の前身であった東京教育大学は、1978年(昭和53年)に閉鎖された。
  2002年(平成14年)に国立学校設置法の一部を改正する法律(平成14年法律第23号)により図書館情報大学と統合した。
 最後の図書館情報大学と統合した、がキーね。

文学や日本語の研究がしたい
 文学なら、さっき書いたので、日本語研究なら、外国語学部の担当ですね。
 東京外国語大学にも、日本語専攻はあります。
http://www.tufs.ac.jp/education/ug/course/
 学部再編中なので、4月以降にもう少し分かりやすくなるかも。
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まず問題を切り分けてください。


司書になりたいのですか、そうでもないのですか?
就職先あっての資格、飯が喰えてこその資格です。
なぜ司書になりたいのか、ということにも依ります。

また、研究がしてみたい、といっても、どのレベルの話なのか、どの段階の話なのか、にもよるでしょう。
普通に考えれば修士以上、ということになりそうですが、それで良いんでしょうか。
xxの勉強がしたいのと、xxの研究をしてみたいのと、xxで学者になりたいのとでは、それぞれ話が変わってくるような気がします。
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>ですが、“それならば偏差値が同程度の経済学部や法学部へ進んで、…”とあるように、


親に言われた通り、経営・商学方面を志望した方がいいのでしょうか?
つぶしが効く効かないという話もよく耳にするので…

と思いますよ。
先日上げたように、そこまで言うなら
やはり厳しい現実を見越して何浪してでも東大京大など有名大に入らないといけないし、
大学院まで行くのが筋。
「でも現実には偏差値60以下の中堅大学の非実学部に行ってなんだかんだ行って院に行かずに就職と言う人が全体の80%ぐらい」なわけです。
で、就職先が無いからどうの、って言い出すんですよ。
悪いけど自業自得です。

それと興味が無いってのも変な話で、
あなたが体育が嫌いだから体育受けませんか?
数学や計算は嫌いだからレジで計算もせずに買いますか?ってこと。
私大3科目のうち「英語が大嫌いだから英語は勉強しません!」ってなりますか?
ならないでしょう。
受験生は大学は高等教育だと思ってる節があるけど、あんなもんウソです。
夏休みは2ヶ月、冬休みは1ヶ月、春休みも2ヶ月、その他もろもろも休みです。
就職活動で3年の1月から4年の7月まで実質6ヶ月もゼミ(専門)はお休みです。
そんな中でまともな教育が受けられますか?

だから官僚や弁護士を目指す奴はわざわざカネを別に払って専門学校に行くんですよ。
高等教育、専門教育は大学院からですね。

前に言った通り、
よくも悪くも「どの大学も学部教育レベルはゆるい(特に文系)」なので、
興味が出ずにどうの・・・ってことはちょっとあり得ません。
経験則で言っても、
そういうことを言い出す奴は他に何かあるか(ギャンブルやネットや男)、ただの怠け者ですね。

中高で、数学や体育が嫌いな子が惰性で授業を受けてるのと同じで惰性で講義を受ければいいんです。
夢はサークルやバイト先や就職先で叶えればいいんだから。

それに別にちゃんと見越してるなら、日本文学マジメにやればいいと思いますよ。
でも事前に親にも教師にも反対されてたわけで、そこは初志貫徹でいくべきですよね。
どんな理由があれ、折れてしまったらダメです。
昔の日本人ならそこで腹切りしたわけです。
腹を切れとは言わないけど、それぐらいの覚悟とかカッコ良さは欲しいですね。

現実にはちょっと壁に当ると、言い訳ばかりしてとっとと逃げるカッコ悪い若者が多いです
(先生や親が不安に思ってるのはそこですね)


ちなみに
僕は、高3時、週7で冬まで部活もやってたし時間もなくて成績も悪かった。
で、帰宅部で、僕より先に予備校入ってた他校の連中は、
先生の悪口言って、環境がどーの、才能がどーのって”評論”してた。
たぶんテレビもネットもゲームもやってたんだろう。
で、僕が現役で志望校受かったら、環境がよい(高校とか親とか?)とか才能が(成績?)とか
平気で言うからね。
たぶんああやって、連中は死ぬまで言い訳して負け続けてくんだろうなぁ、って思った。
つまり最終的には環境は関係ないし、本人次第だと思ってる。

だからあなたが努力出来るんならナニ大でもナニ学部でも変わらないです。
あと努力ってのは1年後の話じゃなく今日の話ですよ。今日できない人は1年後に出来ないですから。
で、今日努力できる人は、たぶん1年勉強して、東大ぐらい受かると思うんですよね。

あとはあなたが決めなさい。
別にカッコつけてもいいことないし、
いつもあなたにとってベストな選択をすればいい。

「悩んでるようで何も前に進んでいない、時間だけムダにしている」ことはよくある。
まず、行動しなさい!
で、続けなさい。
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ぼくはとくに大学名はあげませんが,一般論的に書きましょう。



1.高校生がいう「日本文学に興味がある」は,推薦入試の面接試験でぼくも聞くことがありますが,専門的にはおおざっぱすぎます。たとえば,全国大学国語国文学会※の機関誌のバックナンバ目次をみて,どんな研究が行われているのかを具体的に知っておいてもいいでしょう。これでは論文の著者の所属はわかりませんが,ネットで検索すればわかるはずです。
http://www.nacos.com/kokubun/book.html#01

※日本文学・日本語学は大学単位の学会活動が多いので,これを全国レベルでまとめる立場の組織なんでしょう。ぼくの専門はこちらではないため,よくわかりません。

2.東大・京大レベルでは,「大学のときくらい超がつく特殊なことをやりたい」といって,サンスクリット文学などを専攻する人もいます。そんな好き放題のことができるのは,就職活動では大学名でつぶしがきくからです。世間には,そういう相関関係もあります。

3.「おれの実力なら,この大学の教員じゃもの足りん」といえるのは,まあ,全受験生の1パーセントにも満たないでしょうね。これは,この質問コーナーにおける,同趣意の「大学選び」の質問すべてに対する回答です。
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 No.3です。

文面から拝見させていただいて「将来的には研究者を目指したい」との意欲を感じました。他の方が仰る「大学院教育は、国公立が強い。特に帝大などの有名大が有利。優秀な教授、ポストも多いし、資金もある」とは過去の話です。
 現在の国立大学は独立行政法人であり、そのために以前ほどの潤沢な学術研究費を投下されているとはいえません。またこうした「旧帝大」はジジイ達がいつまでもその地位に留まっているから若手の研究者の居場所を奪っているともいえます。そのため「ポス・ドク」としてポストがないままに大学に残りアルバイトで生活している高学歴ワーキングプアを生み出している温床とも言われて久しい現実もあります。
 僕は企業勤務と大学および大学院で教育と研究に携わる者ですが、優秀な若手が居場所を喪う様子をこれまでにも何度となく実際に見てきました。過去の成果にしがみついていつまでも大学に残るだけで実際に新たな論文などまとめようもしない輩がふんぞりかえっていることほどこの国にとっての不幸もないといえましょう。えてして文学系の研究室にはそうした傾向が強く見られます。こうした意味で敢えて「研究フィールドの広い」私大をお薦めした次第です。
 「大学院」は「受け身の場」ではありません。自らが学部時代よりも更に主体的に問題意識を持って学び研究する場です。こうした点でも「大学院教育」との表現にも少々疑問が残ります。また同時に「権威主義的」な国立信仰が今でも残っているのかと笑ってもしまいます。研究の評価は「研究内容」で判断されるのであって「大学名」で行われるモノではないことなど「学界動向」からも明らかです。
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国文なら、国学院かな。

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学部だとどこもマスプロで実は大差ないし、どこも同じ。


だから学部だけしか行かないのなら就職に不利な大学や学部は行くべきではないです。
(自分が知る限り、文学部でも80%ぐらいは大学院に行かずに公務員や就職をしますが、
それならば偏差値が同程度の経済学部や法学部へ進んで、サークルや一般教養学部で
文学研究をした方が良いと思います。
学部でゼミあるのは週1。それも3.4年生で1年間のうち開講があるのは4ヶ月ぐらいです。
それでまともな研究は出来ませんよね。)

研究をしっかりしたいのなら大学院に行くべき。
大学院教育は、国公立が強い。
特に帝大などの有名大が有利。
優秀な教授、ポストも多いし、資金もある。

地域文化学(現代の韓国とかのサブカルや日本の田舎文化)で言うと意外に
大阪大学とか奈良女子大学、関西大学なんかが日本で強い。
明治なんかも面白い学部や先生がいますよ。
あと女子大なんかでも意外としっかり教えているイメージありますね。
京都女子やフェリスなんかも有名な先生やOGがいますよ。
※特に平安文学や古典などは、むしろ女子大の方が強いぐらいです。

それと筑波大学には図書館学部ってのがありますよ。
慶応や立教、京大にもこの分野の専攻は有ります。

司書は倍率がすごく高く50倍を超えます。
気軽に志望するんじゃなく、モデルやプロ野球選手を目指す心意気で、
普段から準備をしておくことですね。
あとなれない可能性も高いので、
きちんとビジネスパーソンになれるような準備をしておくべきです。


日本の作家や研究者は、それほど文学部出身者が多いわけでもないし、むしろ大学すらも出ていない
人も多いので「ココ!」と言う言い方は出来ません。
比較的有名なのは東大と早稲田ですね。
最近は少ないですが、同志社(徳富蘆花、徳富蘇峰、筒井康隆など)や京大(菊池寛、井上靖、万城目学)なんかも多いですね。


日本のマスコミ、特に出版は東京の千代田区周辺に9割集中して存在します。
だから情報や先生についてもアルバイトについても就職活動においても東京23区周辺に
いることは有利だと思います。

どうしても迷ってしまうなら、東大か京大か筑波(図書館学)(偏差値65-70)
それが難しいなら東京の私大で偏差値順(60-65)
それも難しいなら東京圏の有名女子大(55-60)
を目指せばいいと思いますよ。

僕自身の場合は、高3の春ぐらいに国立や理数科目に対する興味は無かったので、
私大に絞り、最高峰の早慶の法と政経(偏差値67ぐらい)を目標にしました。
どうせ目指すなら、と気軽な感じで、「落ちたら浪人して考えよ」ぐらいでしたね。
偏差値は40ぐらいでしたからかなりムリはあったと思います。
真剣になったのは秋頃になって成績が急上昇し「マジで行けるかも?」となってからですね。
(勉強自体はマジメにコツコツやってましたよ)

周囲の難関大合格者見ていても、そういうシンプルな思考の方がいいと思います。
変に余計なことばかり考えている奴はうまくいってなかったし、
入学してから後悔してる奴が多かったですね。

この回答への補足

本文の方に書き忘れていたことなのですが、
高2の初めに担任に、司書になりたいと相談すると就職がないと言われ、
文学部以外でどこにしようか悩んでいた時、親から経営・商学部をすすめられて、私自身も経営が学べる大学に行こうとその気でいたのですが、
正直あまり経営・商学には全くと言っていいほど興味が湧かず、(数学も苦手です)
4年間も通うなら学びたいことを学びたいと思い、現代文学や日本語を学べるところに行きたいと思い直したんです。

ですが、“それならば偏差値が同程度の経済学部や法学部へ進んで、…”とあるように、
親に言われた通り、経営・商学方面を志望した方がいいのでしょうか?
つぶしが効く効かないという話もよく耳にするので…

補足日時:2012/01/11 23:14
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Q日本文学で有名な国立大学は??

初めまして。私は韓国人で、日本の国立大学を目指して勉強している者です。
日本の国立大学で、日本文学(主に近代、現代時代)について学びたいですが、
日本文学で有名な国立大学は、どこでしょうか?
(私立は、留学生の私に取っては経済的に困ります)




私が知り合いの日本人から薦められたのは筑波大学です。
東京外国語大学の場合、奨学金の制度が日本語学科に限ってよくできていないし
療もないので、経済的に困りますし。。
慶応・早稲田大学などは、私立でできないし。。




なんか国立・公立大学で、日本文学で有名で権威のある大学、
お勧め頂けますでしょうか?
日本文学を深く学びたいです。
どうぞよいアドバイス、お願い致します。

Aベストアンサー

日本文学は、「金にならない」学問ですので、こういう学問を大切にしている大学となると、やはり名門大学になります。あと、有名な先生がいるかどうかよりも、その大学が留学生を受け入れるのに慣れているということも重要でしょう。

こういうことを考えますと、国立大学では、筑波大学はとてもよい大学だと思います。その他に、東北大学と北海道大学の文学部も非常にしっかりしていると言われています。この3校は、非常に学術中心の風土がありますから。

ちなみに、私立大学の名門校は、あまりよい文学部はありませんね。國學院大学や二松学舎大学などは、偉い先生がたくさんいますが、権威は弱いです。学生のレベルが少し低いからです。早稲田や慶應は、学生のレベルは高いのですが、彼らは金儲けしか考えていないので、文学はやりません。

Q京都大学文学部、大阪大学文学部って偏差値は高いけど・・・なんてことありますか?

 京都大学文学部や、大阪大学文学部(或いは神戸大学文学部?)を志望していたんですが、親から「偏差値が高いわりに就職で不利だから、絶対損だ、もったいない」といわれ悩・・。文学研究で研究職にも少し興味があるのですが。どうでしょうか?

 入試を見た感じでは、難易度的におそらく阪大文学部には手が届きそうなのですが。

Aベストアンサー

よく分かる。

私は文学部卒業後、院に進学し今に至ります。一度院に進んだら絶対に後悔してはいけないと思っていたのですが、研究職は死ぬほど大変です。もし就職か研究職か悩んでいる後輩がいたら、相手がよっぽどの天才でない限り、就職をすすめます。少子化の時代、研究者として生き残るのは東大に上位で入学するのとは比較にならない程難しいと考えてください。どうにか非常勤講師になれたとしても、食べていくのがやっとです。(国立大学で一コマやっと受け持たせてもらえてやっと年収約20万です。年収がですよ。少子化もありアカデミックポスト(教員枠)も削減される。)

学部時代の就職活動ですが、高望みしなければどうにかなりますよ。ただ、企業によっては、文学部は個別には相談に応じるが基本的にエントリーは受け付けないとなっている所があり、ショックを受けたことがありましたが。京大ならある程度はいけそうですが。

就職を考えるのなら、どう自己アピールするのかもしっかり考えてください。「御社に入るために、私は大学時代にコレコレを学んで・・・」と。やる気を見せることが大切なのです。ただ文学部で語学運用能力がないと何を勉強していたの?と白いの目で見られますが。

もし大学院に進学されるのなら、負担は増えますが、学部在学中に教職をとっておいたほうがいいですよ。高校、中学校の教員という道が残されています(これも倍率が高いですが。)

よく分かる。

私は文学部卒業後、院に進学し今に至ります。一度院に進んだら絶対に後悔してはいけないと思っていたのですが、研究職は死ぬほど大変です。もし就職か研究職か悩んでいる後輩がいたら、相手がよっぽどの天才でない限り、就職をすすめます。少子化の時代、研究者として生き残るのは東大に上位で入学するのとは比較にならない程難しいと考えてください。どうにか非常勤講師になれたとしても、食べていくのがやっとです。(国立大学で一コマやっと受け持たせてもらえてやっと年収約20万です。年収...続きを読む

Q文学部が有名な大学は?

こんにちは。
世の中いろんな大学がありますが、文学部が有名な大学というのはどこだと思いますか?例えば、著名な作家さんが在籍していたとか、どこそこの教授はなんとかの権威で・・・とか、どんな評価でもよいので、みなさんの意見を聞かせてください。

Aベストアンサー

明治時代は森鴎外、夏目漱石などのように東京帝国大学出の方も小説を書かれましたが森鴎外は軍医総監が本業だし、

漱石の方も英語教師の身分で英国留学ですから初めは必ずしも「ペン一筋」という訳には行かなかったようです。

今の若い方には判らないと思いますが、文筆業とか役者、芸人(タレント)達は、乞食呼ばわりされていた時代が続いたのです。

戦後の混乱期は織田作之助(?)、坂口安吾(東洋大)、太宰治(東大中退)、石川淳(東外語)、檀一雄(東大)などは破滅派といわれる

人には東大が意外に多く、肌合いは違いますがノーベル賞作家の川端康成も東大出身、また昭和27年頃には三島由紀夫(東大)は

卒業後、何のつもりか大蔵省官吏を3年?ほど勤めていますが、学生時代に既に物書きを始めていました。


一橋大では昭和30年の石原慎太郎氏の「太陽の季節」が出て、後に田中長野県知事が「何となくクリスタル」でデビューしました。

昔は大学の数も少なく、「三田文学」「早稲田文学」で代表されるように早稲田と慶應で競っていたように見えますが実際には

これは大正以降~せいぜい昭和40年頃の話で、いろいろな大学の方が出て来られていることが判ります。

文学や、文芸作品自体は書き方を大学で学ぶ訳でもなく才能が書かせるものですから、別に大学なんか出ている必要もないし

これからはもっと幅広い分野から出て来るのが当然かと思います。。。


>どこそこの教授はなんとかの権威で・・・とか

文学論・文芸評論の類は教授にも出来るとは思いますが、作家的な創造分野の仕事は大学のセンセイにはとても無理でしょう。

明治時代は森鴎外、夏目漱石などのように東京帝国大学出の方も小説を書かれましたが森鴎外は軍医総監が本業だし、

漱石の方も英語教師の身分で英国留学ですから初めは必ずしも「ペン一筋」という訳には行かなかったようです。

今の若い方には判らないと思いますが、文筆業とか役者、芸人(タレント)達は、乞食呼ばわりされていた時代が続いたのです。

戦後の混乱期は織田作之助(?)、坂口安吾(東洋大)、太宰治(東大中退)、石川淳(東外語)、檀一雄(東大)などは破滅派といわれる

人には東大が意外に多く...続きを読む

Q哲学科に進学したことをとても後悔している

私は、現在、大学で哲学を専攻しています。
大学の哲学科に入学する前は、哲学が好きだったのですが、
大学の哲学科に在籍する内に、日本における哲学に対するネガティブなイメージに押しつぶされ、自分が哲学科の学生であることに強いコンプレックスを感じるようになり、哲学に対する意欲を失ってしまいました。また、大学の哲学科のカリキュラムも(一応、世間的には一流大学と評価されています)ひたすら語学の学習ばかりをやらされ、
肝心の哲学の授業は、教授がぼそぼそと聞き取りづらい声で、
話すのを聞かされるだけで、こんなことなら、法学部にでも行って、
趣味で哲学書を読んでいた方が、よっぽどマシだったのではないか
と今になって気づきました。

そして、哲学科であると言うと、周囲に奇異な目で見られることが頻繁にあり、(たとえば、文学部で英文学を専攻しているというのと、哲学を専攻しているというのでは、明らかに相手の反応が異なる。)
それが原因で、元々内向的だった性格が更に内向的になり、
情緒不安定な状態になっています。

哲学専攻の同級生は、哲学研究者を志望するとても勉強熱心な優等生タイプと、哲学は単位を取るのに必要なだけ手際よく勉強し、一流企業への就活にエネルギーを費やすタイプに二極化しています。しかし、
自分はそのどちらでもなく、いたずらに無為な日々を送っています。

このまま大学を卒業して、「哲学科卒という十字架」を一生背負って生きていくことに底知れぬ不安を感じます。このまま文学部哲学科を卒業するべきなのか、疑問を感じています。中退や編入も真剣に考慮し、某旧帝大の経済学部の編入試験に合格したのですが、なぜか、入学辞退してしまいました。

現在、自分は4年生で卒業間際ですが(就活はしなかったので、
内定は得られず、卒業後の進路は未定です)
自分が今選択に悩んでいるのは、
一このまま哲学科を卒業する
二今からでも、哲学科卒という経歴を回避するために卒業せずに、
他大学他学部への編入を再び目指す、あるいは中退してしまう
という選択をどうするべきかということです。

勿論、以上のような悩みは神経症・強迫症的な悩みであり、
自分の精神的未熟さや弱さが基底にあることは自覚しています。
また、大学で哲学を専攻すると決定したのは、自分自身であり、
誰に強制されたわけでもありません。

それゆえ、自分の悩みが嘲笑とともに、黙殺されるのも覚悟しています。だが、自分にとっては、非常に深刻な問題で、日々、過去の進路選択への激しい後悔と、将来に対する不安に、押し潰されそうなのです。

自分自身で色々考えていても、思考が堂々巡りをして、
突破口を見出せない状態が続いております。
そこで、皆様から、多角的な視点からのアドバイスを頂ければ、
幸いです。何卒、よろしくお願い致します。

私は、現在、大学で哲学を専攻しています。
大学の哲学科に入学する前は、哲学が好きだったのですが、
大学の哲学科に在籍する内に、日本における哲学に対するネガティブなイメージに押しつぶされ、自分が哲学科の学生であることに強いコンプレックスを感じるようになり、哲学に対する意欲を失ってしまいました。また、大学の哲学科のカリキュラムも(一応、世間的には一流大学と評価されています)ひたすら語学の学習ばかりをやらされ、
肝心の哲学の授業は、教授がぼそぼそと聞き取りづらい声で、
話すの...続きを読む

Aベストアンサー

どのような「ネガティブなイメージ」でしょうか。
アカデミックな場面でもたれているイメージと、
世間一般でもたれているイメージでは、ちがうような気がします。

世間一般のほうですが、就活で困るというのは深刻です。
が、哲学科でも、学部卒のことなら、それほど気にしなくてもよいのでは。
修士や博士卒なら、偏見の目で見られても仕方ありませんが、
それは哲学科だけに限られることではないでしょう。
学部卒でそこまで偏見の目で見るのは明らかにおかしいので、
運の悪い面接官に当たったくらいに思うしかないと思います。
できれば、偏見の目で見られているからこそ、発奮していい就職をしてやるぞ、
と思いきることができればよいのですが。
哲学科の友人がそうでした。

日常生活であれば、てきとうに切り返す方法を身につけるしかありません。
そういう場面での偏見は、抑圧ど同時に促進になったりもするので、
かえってそういった偏見を生かしてうまくキャラづけするか、
うまくそういう話題にはまらないように言動を調整していけばよいと思います。
仲のいい友達からそう思われているのであれば、
コミュニケーション上の振りだと考えていけばよいのでは。
そこまでするような相手でなければ、話すことを避けるか、
無視すればよいと思います。
無視できないのであれば、それは、耳に飛びこんできた自分への評価を、
すべて自分のなかに位置づけていかないと、
と強迫的に思っているのかもしれません。
ときには、評価を無視することも大事だ、
と意識して自分に言い聞かせるようにしないと、切りがありません。
自分にたいする肯定的な評価、否定的な評価のどちらについても、
正当として受けいれなければならないもの、
不当として拒否し、正さねばならないものに加えて、
正当だろうが不当だろうがどうでもいいものがあります。
その辺りを選別していければ、だいぶ気が楽になるのではないでしょうか。

カリキュラムについて。
哲学の本を読むと、その語学力に舌を巻きます。
日本語で読んでさえ複雑な論理で書かれていて難しいのに、
それを英語だけでなく、フランス語やドイツ語で学んでいるわけで。
専門家になれば、ただ正確に読めればよいというわけではなく、
限られた時間で正確に読み解くことが求められるのでは。
語学の学習があるというのは、
本来なら個人で訓練してもおかしくないところを、
わざわざ教員がつく上に単位が出るのだから、むしろ贅沢な話では。
……という感じで、各授業に意味を見出せばよいと思います。
この語学の講義では、これを目標にする、のように。
予習も、ただ読むのではなく、短時間で読みきれるように練習するなど。
そうでないと、語学が多いのは辛いかもしれません。

ただ哲学書を読むだけなら、ほかの学部でもできると思いますし、
がんばれば今年出た現在の哲学者の論文を読むこともできます。
しかし、その論文の生の評価、いまの雰囲気といったものを知るには、
やはり哲学科に在籍しないと無理なのではないかと思ったりもします。
部外者として哲学をかじっていたほうが楽しいのは当たり前で、
研究者になるための訓練としては面倒なことのほうが多いだろうと思います。
加えて、教員にやる気がなかったりすると、
学生のほうも面倒なことをやる気さえ起きないかもしれません。
ただやはり、質問者さんについては、部外者ではなく哲学科で学ぶメリットに
まったく目を向けていないところが気になりました。
哲学科に在籍していなければ、もっと後悔しているかもしれません
(どちらのほうが後悔することになるかはわかりませんが)。

いずれにしても、後悔先に立たずということで、
まずいまの自分の立場を肯定するところから始めてみては。
メリットを最大化し、デメリットを最小化する方向に努力するしかありません。

どのような「ネガティブなイメージ」でしょうか。
アカデミックな場面でもたれているイメージと、
世間一般でもたれているイメージでは、ちがうような気がします。

世間一般のほうですが、就活で困るというのは深刻です。
が、哲学科でも、学部卒のことなら、それほど気にしなくてもよいのでは。
修士や博士卒なら、偏見の目で見られても仕方ありませんが、
それは哲学科だけに限られることではないでしょう。
学部卒でそこまで偏見の目で見るのは明らかにおかしいので、
運の悪い面接官に当たったくら...続きを読む

Q出版社に就職するにはどうすればいいですか

出版社に就職するにはどうすればいいですか

Aベストアンサー

元、中堅の出版社の編集者です。

講談社・小学館・集英社などの大手の出版社は、就職活動生にとって人気ですよね。
が、それだけ人気があるため、多数の学生が応募してきます。就職倍率は高く100倍? 以上はザラです。←100倍と適当に書いてみて、その数字に不安になったので軽く調べたところ、

【2010年度の出版社別の内定率予想】
小学館:約8000名? が応募。うち13名が内定
講談社:約8000名?、21名内定
集英社:約7000名?、17名内定

上記の平均合格確率は0.22%程度。つまり500名にひとり内定が出る確率です。

よって出版社は優秀な学生を選び放題選べるわけです。(学歴フィルターもあるとこはある)

上記の大手3社の場合、内定者のほとんど(おそらく8割程度)は東大・京大・早稲田・慶応……etcなどの学力レベルの高い大学の卒業生で占められてます。


なかには文学や漫画が好きで、驚くことにすでに賞を取っている就職活動生もいます。(賞といってもいろいろありますが、小さな文学賞や俳句の入選者やら、読書感想文の入選者やら大学で文学研究しているひとやらが大勢いる)

あなたが上記に挙げたような大学の卒業生で、かつ他者からの評価をすでに得ているならば、内定が出る可能性は高まります。もしそうならば、普通に試験対策を十分行って、まずは一次試験を通過してください。一次通過がとりあえず勝負です。


それ以外の水準の大学ならば、履歴書・面接にてあなたの個性を前面に出し、覚悟をもって奇抜に振舞ってください。(奇抜に振舞えといっても、礼儀は欠いてはいけない)また、面接官に情熱の大きさを伝えてください。


※私は低ランクの国立大卒ですが、出版社に受かりました。


【出版社の現実】
出版社の現実は非常に厳しいです。
斜陽産業で、大手のいく社かも赤字を計上しています。
2ヶ月休みなし、毎日平均15時間労働をあなたができる! という覚悟があれば、出版社に就職してください。
実際に出版社就職前にバイトをそのくらいの時間、休みなしでやってみてください。バイトできないなら、毎日4時間以内睡眠を2ヶ月は続けてみてください。それで体を崩さない、精神が崩壊しないのであれば、あなたには素質がありましょう。

就職したら本当に奴隷のように、または奴隷以上にきっっっつい労働環境があなたを待ってますから。
私のいた部署は、全編集部員6名のうち2名がうつ病に。1名が過労で倒れて点滴しながら編集。私もうつ病寸前になって辞めました。就職前までは、毎日徹夜してでも仕事はできる! と思っていたにもかかわらずです。

また編集者の代用はいくらでも存在することもあって、大手以外はとんでもなく薄給です。私は時給換算すると350円程度でした。

よって、ホンネをいえば、出版社に就職なんて絶対におすすめはできません。文芸が好きなら、本屋に就職とか、他の仕事をしながら出版社の賞に応募するとか、雑誌カメラマンになるとか、文学サロン・文学愛好会に入会するとかしたほうが、絶対にいいですよ。

これらを踏まえて、あなたがどうしてもやりたいならば、さらに具体的な案を追記します。

どうです、それでも出版社に行きたいですか? (辞めといたほうがいいよ。本当に)

元、中堅の出版社の編集者です。

講談社・小学館・集英社などの大手の出版社は、就職活動生にとって人気ですよね。
が、それだけ人気があるため、多数の学生が応募してきます。就職倍率は高く100倍? 以上はザラです。←100倍と適当に書いてみて、その数字に不安になったので軽く調べたところ、

【2010年度の出版社別の内定率予想】
小学館:約8000名? が応募。うち13名が内定
講談社:約8000名?、21名内定
集英社:約7000名?、17名内定

上記の平均合格確率は0.22%程度。つまり500名にひとり内定が出る確...続きを読む

Qマーチ程度のレベルで、日本文学をやるならどこの大学か

他にも同様の質問はありましたが回答範囲が志望と違うので新規に質問させていただきます。

マーチや成成明学くらいのレベルの大学で日本文学に強い大学を教えてください。東京近郊か関西への進学を希望しており、古典(特に古代)を中心に学びたいと思っています。

教授やテーマから決めることも検討していますが、史料などのことを考えると大学の環境も大事だと思ったので質問しました。ご回答宜しくお願いします。

Aベストアンサー

すでに出ているように、私立で日本文学なら国学院です。
多くの有名私大は外国文学がメインだからです。
国学院の日本文学科は歴史が古く、資料も多いです。この学科は国学院ではトップの看板学科で、この分野での知名度は高いです。

Q立命館大学の文学部と関西大学の文学部に合格しました

立命館大学の文学部と関西大学の文学部に合格しました。皆さんならどちらに進学しますか。できれば理由も含めて教えてください。よろしくお願い致します。

Aベストアンサー

関西の受験生で関関同立を受験する人は大学の立地面を考慮する人が結構いるので
最終選択は本人の通いやすさが決め手の一つとなっています。

同志社の今出川キャンパスのように、地下鉄駅の上すぐのところがキャンパスならば、
そこそこ遠方からでも通学しやすいのですが、こと衣笠となるとスンナリとはいきません。

1.ですから住所地がどこにあるかで決めれば良いのでは。

 岸和田や河内長野や富田林の人が果たして衣笠まで通うかどうか?
 大阪4学区の進学高校は関大の合格者に比べて立命の合格者は極端に少なくなるからね。

 また加古川や姫路の人にとっても(このへんは関学狙いが圧倒的に多いし)衣笠は遠いし。

 一方、亀岡や宇治や野洲や彦根の人にとっては千里山まで通うのはしんどいからね。
 京都や滋賀の人ならば立命を蹴って関大へ行く人などまずいないでしょう。

 まあ、茨木や高槻あたりの人間ならば、最近の大学の知名度からして衣笠を選ぶでしょうが。
 それに最近の偏差値だけをみれば、大阪府北部の人間ならば立命を選ぶ人が多いでしょう。
 春日丘や三島あたりの高校が立命の合格者のほうがかなり多いことからも明白です。

 でも立命と関大の文学部ならば、さほどの開きがあるとも思えないので、通学しやすいほうで
 決めれば良いと思います。


2.本人が何を勉強したいかでしょう。
  一般の人は文学部と聞いても日本文学や西洋文学、東洋史や西洋史くらいのイメージしか
  わかないけれど、教育学や宗教学や地理学など多様化しているから、どの教授の授業が
  面白いか、どちらの文学部がどの専修に強いかで決めれば良いかと思います。

  受験生の多くが大学名でもってのみ受験していますが、本当はそこまで考えて選択しなくては。
  たとえば地理学一つをとってみると地理学ならば立命の充実度のほうが関大をはるかに凌駕して
  います。 
  関関同立の文学部、それぞれ微妙にですが講座の充実度が違いますので、選択するに際しては
  もう一度専修内容まで見返して選択したほうが良いかと思います。

 

関西の受験生で関関同立を受験する人は大学の立地面を考慮する人が結構いるので
最終選択は本人の通いやすさが決め手の一つとなっています。

同志社の今出川キャンパスのように、地下鉄駅の上すぐのところがキャンパスならば、
そこそこ遠方からでも通学しやすいのですが、こと衣笠となるとスンナリとはいきません。

1.ですから住所地がどこにあるかで決めれば良いのでは。

 岸和田や河内長野や富田林の人が果たして衣笠まで通うかどうか?
 大阪4学区の進学高校は関大の合格者に比べて立命の合格者は極端...続きを読む

Q公務員に向いている学部は?

現在高校3年の女子です。今まで将来の事をあまり考えずに
興味が湧いたからというだけで慶應と早稲田の文学部を志望してたのですが、
改めて将来のことを考えると、結婚する気がなく、できれば生涯働きたいと思っているので
公務員を目指してみようかなという気持ちが出てきました。
そこで公務員試験について調べたら、経済や法律からの出題が多いようなので、
志望学部を変えようかなと思い始めました。
こういった観点から考えると、経済学部と法学部だったらどちらの方がよいのでしょうか?
親に相談したら、「お前はやりたくないことに向けて努力できる性格じゃないから興味のある学部にした方がいい」と言われてしまいましたが…
この時期に学部に迷ってるというのはあまりいい事ではないと思うので、
なにかいいアドバイスがあったらお願いします。

Aベストアンサー

 「公務員」というのは役所に勤める行政職ですよね?
でしたら、よく有利と言われるのは、仰るとおり、法学部と経済学部です。が、この2学部において公務員試験受験に当たってどちらが有利かといえば、どちらも大差ないです。ただ、経済学部は数学を使う場合があるのでその点は考慮する必要があるでしょう。意外に見落としがちなのですが。(また、以前こちらで見かけた回答では「法学部」の方を薦めている方もいらっしゃいました。一つの考えということでご紹介しておきます。その方は、民法の勉強が大変だったそうです)法律か経済か、興味のあるほうでよいでしょう。邪道ですが、単に公務員を目指すのならば、入試段階で入りやすいほうの学部でも良いのかもしれません。

 それから、ひとつ注意点を。
 お調べになったとおり、行政職の公務員採用試験、特に「専門試験」と言われる物は法学や経済学、政治学といった分野からの出題が圧倒的です。なので、「とっかかりやすさ」で言えば、法学部や経済学部の方が有利なわけです。しかし、「とっかかりやすさ」はあるにしても、大学の講義がそのまま採用試験に結びつくか、というと必ずしもそうではないそうです。公務員試験の受験者は公務員試験用の予備校に通う場合が多いです。

 なので、もし文学部の方に興味があるのならば、文学部へ進学した方が良いでしょう。文学部から公務員になる人も多いです。No1の回答者の方のお話の通り、4年間も勉強するわけですから、自分がより興味のある方を選択するのが良いと思います。

 以上です。何か疑問点あれば補足してください。

 「公務員」というのは役所に勤める行政職ですよね?
でしたら、よく有利と言われるのは、仰るとおり、法学部と経済学部です。が、この2学部において公務員試験受験に当たってどちらが有利かといえば、どちらも大差ないです。ただ、経済学部は数学を使う場合があるのでその点は考慮する必要があるでしょう。意外に見落としがちなのですが。(また、以前こちらで見かけた回答では「法学部」の方を薦めている方もいらっしゃいました。一つの考えということでご紹介しておきます。その方は、民法の勉強が大変だっ...続きを読む

Q史学部で有名な大学を教えて下さい。

こんにちは、まだ大学受験には早いのですが・・・
歴史学部に入りたいと思っています。 

やるなら、とことんやりたいと思っています。将来も、歴史に携わる仕事がしたいです。

大学の見学にも行ったのですが、やはりこれから大学受験を控えている方に気圧されてしまって上手く史学部を見ることができませんでした・・・。


来年も大学見学に行きたいと思っていますが、史学部のある学校を漠然と回るのではなくて

歴史学で有名な先生がいたり、有名な学校だったり。という予備知識をしっかり入れてから見学したいと思っています。


知っている方がいらしたら、どうかよろしくお願いします。

Aベストアンサー

No.3さんが書いておられますが国や時代によって各大学に特色があります。
自分の興味がある国や時代が明確でないとこれと言うアドバイスもできませんが。

強いてアドヴァイスをするなら歴史のある学校でしょうか。
史学は過去に書かれたもの(史料)をもとに研究をするのですが
歴史のある学校ほど史料の蓄積が多い傾向があります。
例えば明治、大正期に設立した大学なら設立当時の本や研究結果(文献)が残っています。
これが史料(コレクション、ライブラリー)となるのです。
もの蓄積は後発大学にはなかなか埋めがたいものだったりします。

あとは国立大学も史学は強いですね。
特に西洋史や東洋史の海外学術誌のライブラリーが私立より多いと思います。
50年前の海外の論文などを探すときは国立大学にお世話になることが多いと思います。
地方の歴史なども地方の国立大が強いですね。

いずれにせよ伝統校、国立大が有力だと思います。
全体的に偏差値は高めになるでしょう。
逆にいえば低い大学には史学科が少ない。

現状、ご自分の興味はそれほどはっきりしていないかもしれません。
大まかに偏差値60以上、学科が日本史、東洋史、西洋史にわかれる大学がよいと思います。
無論、この条件に入らなくても良い大学、研究者もあります。
ただ普通の高校がピンポイントで探すのは難しいでしょう。

参考まで。

No.3さんが書いておられますが国や時代によって各大学に特色があります。
自分の興味がある国や時代が明確でないとこれと言うアドバイスもできませんが。

強いてアドヴァイスをするなら歴史のある学校でしょうか。
史学は過去に書かれたもの(史料)をもとに研究をするのですが
歴史のある学校ほど史料の蓄積が多い傾向があります。
例えば明治、大正期に設立した大学なら設立当時の本や研究結果(文献)が残っています。
これが史料(コレクション、ライブラリー)となるのです。
もの蓄積は後発大学にはなかな...続きを読む

Q文学部で現代日本文学作品だけを学ぶのは無理?

文学部進学を選択肢の一つに考えている高校生です。

文学部に進学したら現代日本文学作品を学びたいと思っています。昔から小説を読むのが好きで、古典作品よりも、明治以降の作品(さらに言えば、例えば村上春樹さんのように今リアルタイムで執筆活動をされているような作家さんの作品)の方にに学問的な興味も寄っています。大衆文学でも純文学でも。自分が読んで育ってきた時代のものを研究したいという気持ちが強いです。
ちなみに志望校については、京都大学の学風に大変惹かれており、今のところそれ以外を考えたことがありません。

しかし、その文学部について調べていて引っかかる点が少しありました。
他の大学もそうだと思うのですが、国文学は文学部の中でも「東洋文化系」という大きなくくりの中に属していますよね。
その東洋文化系の必修科目や専門科目は、
・中国・韓国語・サンスクリット語などの外国語
・中国古典文学・漢文・国語古典文学・インド古典文学
がほとんどという印象でした。
国語学や国文学もありますが、それ以上に外国語や他国の古典文学の授業がかなりを占めていると思います。
さらに国文学の授業でも、古典文学だけを扱うのが文学部の一般的常識だと聞きました。これは本当なのでしょうか。
教授の研究テーマを見ていても、現代日本文学を専門にしていらっしゃる方がいらっしゃいませんでした。
京大以外の国立大も軽く見てみましたが同じような印象を持ちました。

これは、大学の文学部に進学しても現代日本文学を本格的に学ぶことはあまりできず(卒論を除く)、他国のものを含む古典文学・外国語ばかりということになるのでしょうか?

古典文学も外国語も嫌いではありませんが、現代日本文学をあまり学べず、そちらにウェイトがかなり寄っているなら、他学部に進学して独学で文学を学ぶ方が幸せなのかなぁという気がして迷っています。
文学部で現代日本文学作品だけを、とまでは言いませんが、少なくともそれを専攻にしていると言えるようにはなりたいのです。
それが無理ならば、現代日本文学を学びたいという人が、古典文学や外国語をやる意味って何でしょうか?

文学部に在籍経験のある方や、その辺の事情に詳しい方の回答を頂けたらと思います。些細な情報でもかまいません。よろしくお願いします。

文学部進学を選択肢の一つに考えている高校生です。

文学部に進学したら現代日本文学作品を学びたいと思っています。昔から小説を読むのが好きで、古典作品よりも、明治以降の作品(さらに言えば、例えば村上春樹さんのように今リアルタイムで執筆活動をされているような作家さんの作品)の方にに学問的な興味も寄っています。大衆文学でも純文学でも。自分が読んで育ってきた時代のものを研究したいという気持ちが強いです。
ちなみに志望校については、京都大学の学風に大変惹かれており、今のところそれ以外を...続きを読む

Aベストアンサー

 こんにちは。「文学が好き」と「文学を学ぶ」では「文学」というもののスタンスが異なることにお気付きでしょうか。そして「文学が接している領域」がどこまで及ぶか、をお考えになったことがあるでしょうか。高校生を含めての受験生にとってはいささか失礼かと存じますが、敢えてこのような問いを返させていただきます。
 口幅ったい言い方かもしれませんが、「文学」を人間の精神的な営みと理解するのであるなら、それが関わる範囲は「人間が関わる全ての領域」と規定することも可能で、それは社会学や法律学、政治学などの社会科学はもとより心理学や哲学といった思想系、時には人間が対象として観察している自然科学分野にまで及びます。そしてそうした全てをひっくるめた歴史にも脚を踏み入れねばならないことも普通です。
 「小説を読むのが好き」と仰る質問者からすれば、近代以前の作品は「小説」ではないのかもしれません。けれど『蜻蛉日記』や『更級日記』も解釈次第では「小説」でもあるとの事実を忘れてはならないでしょう。両者は共に「私小説」です。それは「私に降りかかった事象」を私の目線で見たこととして「自己対象化」の要件を完璧にクリアしていることによります。
 この要件を近代以後の作品に適用してみるならば、漱石、竜之介、そして公房や由紀夫、健三郎といった作家全てにあてはまることにもなります。
 こうしたことを考えてみると、最初の質問である「文学を学ぶ」とはどの様な意味を持ってくるといえるでしょう。そして具体的な内容はどの様な言葉として説明することになるでしょう。ここまで来た時、一先ずの定義を示すこともできます。少なくとも「文学なるもの」を研究対象とする時にしか、この言葉を使うことが出来なくなるとの話です。
 恐らく今後もノミネートされることはあっても村上春樹さんがノーベル賞を受賞することもないでしょう。それは文学が時空を越えて数多くの人と感動や認識を共有することで認められているからとの「文学の存在理由」との間でかなりの隔たりがあることも作用しています。
 『青が消える』が普遍の問題を扱っているといえるでしょうか。この作品をどの様な視点からターゲットとして観察することができるでしょうか。少なくとも僕には公房と類似するテーマを扱いながら彼の一連の作品を凌駕するとも考えられません。春樹が書いているのは「僕にとっては大切なもの」が他から見れば「さほどの意味はないもの」であるとの描写に留まっている点で、公房の足下にすら及ばない。だからどうしたの?で終わってしまうほどの作品ともいえます。
 質問者は「同時代の作家を対象とした」と肩に力を入れて力説していますが、戦後そして1945年以前の作家が同時代の空気を採り上げていないとの考えならば、それは大間違いともいえます。彼らは全員「自分の目線」とのフィルターを通じて社会そして世界を観察し、それを「言葉」として再び世界に放ち、読者(研究者も評論家も)に投げ返してきた、「社会とは…」「世界とは…」「私とは…」そして「これら私を取り巻くものと私の関係は…」との形で。
 少し厳しい言い方になりますが、質問者は「文学」を全く知らないといっても過言ではありません。公房が海外でF.カフカやS.ベケットさらにはA.カミュ、健三郎がG.グラスなどとの同時代の観察者として考察の対象になっていることをご存知でしょうか。またなぜ和歌や俳句に関する研究で外国の研究者の方がより本質的な部分にまで切り込むことができるのか考えたことがあるでしょうか。
 芭蕉の旅は西行の旅と重なる部分が数多くあります。清少納言や兼好の言葉には李・杜、白居易をはじめ多くの言葉がちりばめられてもいます。これはなぜでしょう。それを読む人からすれば、まさに現代の言葉でもあるからです。雪降る朝の光景が「香炉峰の雪」を想起させると清少納言が感じたから、それを言葉にしたのであり、そうした姿をペダンティックと評するのも一つの解釈です。けれどもそれは「清少納言という人物像に対する評価」であり「『枕草子』に対する評価」とは異質なものといえます。
 どうやら質問者は「大学で学ぶ」ことを勘違いしている可能性も多分にあります。専門の教員がいないから学ぶことができないとなれば、質問者の文学に対する姿勢は常に受け身といえ、そこから何を引っ張り出すかとの最も大切な作業を放棄することになります。このような生半可な姿勢では理論構築のない分野とはいえ、何を求めるかとの自らが立てた問いに対する答えを見つけることは到底叶わないともいえます。
 「京都大学の学風に惹かれる」とはあっても、文学部に学風は無関係です。京大文学で「学風」と呼ばれるのは歴史学での「内藤史学」や哲学での「西田哲学」といった「研究スタイル」や「アプローチ視角」での特色です。老婆心ながら誤解されませんように。
 なお「日本文学科」や「国文科」が対象領域として扱うのは必ずしも古典だけではありません。近代以後、「第三の新人」と呼ばれる作家までは対象範囲に含まれます。志望選択をする以前に少なくとも、近代文学史の概要程度は頭に叩き込んでおいていただきたいですね。それが常識ですよ。

 こんにちは。「文学が好き」と「文学を学ぶ」では「文学」というもののスタンスが異なることにお気付きでしょうか。そして「文学が接している領域」がどこまで及ぶか、をお考えになったことがあるでしょうか。高校生を含めての受験生にとってはいささか失礼かと存じますが、敢えてこのような問いを返させていただきます。
 口幅ったい言い方かもしれませんが、「文学」を人間の精神的な営みと理解するのであるなら、それが関わる範囲は「人間が関わる全ての領域」と規定することも可能で、それは社会学や法律学...続きを読む


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