旧日本軍の暗号がアメリカに解読されていたという話は有名です。

1,陸軍も海軍も解読されていましたか?
  どの程度解読されていたのでしょうか?100%ですか?
2,旧日本軍はどうして解読されていることに気付かなかったのか?
  ミッドウェイ海戦で気づくはずですが。
3,暗号は同じものをずっと使っていましたか?
4、米英に対する暗号の日本軍の解読はどのくらい進んでいましたか?

よろしくお願いします。

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A 回答 (4件)

2ですが、ミッドウェイより、海軍甲事件(山本五十六機撃墜)の時に、本格的に疑いだします。



以下漫談ですが、日本もかなり暗号の取り扱いには気をつかっており、海軍の暗号関連のファイルには、表紙に鉛板をいれてもしものときには確実に水没するようにし、水溶性インクで印刷して水中から引き上げられたとしても読めないように工作し、かつ一回活字で印刷したあと、もう一回インクのついていない活字で痕をつけ、活版印刷の凹み痕から解読されないよう対策する、とまでやっています。

陸軍暗号ですが、終戦まで破られていません。今日で言うワンタイム・パッドという、通信をするたびに新たに、文字の数だけ乱数を当てる方式を使っていました。特殊乱数といいます。
これだと、通信するたびに毎回乱数が変わるわけですから、理論的に破るのは不可能です。

陸軍の暗号解読理論は、長年満州国でソ連と対峙していたため、対ソ暗号解読は非常に進んでいました。暗号化された北方のソ連気象情報を傍受して、毎日天気予報していたくらいです。

日本はアメリカのストリップ・サイファー暗号の解読にいい線までいきました。これも陸軍が経験を伝授して海軍が努力した結果です。
ただ、暗号そのものの解読には至らず、日本の対米暗号対策は、電波の送信状況、発信部署、通信量、などを分析し、アメリカ側の企図を察知する、という方向に発展します。
しかし、この方法は、どのような規模でいつぐらいに、までは察知できるのですが、「どの方面で作戦をするのか」を察知しがたいという欠点がありました。
例として、サイパンに特殊任務用のB29が2機きて、練習を繰り返していたが、練習をやめたのでなにかに使う可能性大、と推測ができました。ただ、その2機が広島と長崎を目標としていることが、わからなかったのです。
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外務省暗号が一番強度が低かったそうです。


陸軍の暗号専門家数人が数時間で解読。

ついで強度が弱いのが海軍暗号。まぁ3種類
ほどの方式が在ったそうで一番多用された暗号
が最初に解読されました。多用されていたので
情報分布から暗号コードの推定がなされ機械
暗号という点から解読されました。次に暗号が
どういう風に強化されるかという研究が行なわ
れ多段式暗号器に対応した分析班が組織された。
2番目の海軍暗号の解読も進んだ。これは戦闘
作戦にもちいられる物で本来は使用頻度が低い
ので解読に時間がかかるのですが広範囲の戦闘
で多数用いられた為に解読されてしまいました。
3番目の暗号は強度が高く使用頻度が少ないので
敗戦まぎわまで解読は後回しでした。

我国では陸軍暗号が最も強度が高く海軍と違い
暗号コードは常に敵に渡る危険があるので暗号を
過信してはいませんでした。機械暗号も解読は
可能と陸軍は認識していた。アメリカ軍の暗号戦略
は日本海軍暗号解読を優先しており陸軍は後回しです。
日本海軍を破る事が戦略上の優先事項なので当然。

◎暗号方式は同じですが暗号コードを変える事は
していました。しかし海軍の全ての通信員にコード
を送達するのは大変です。しかも戦闘海域も含むのです。
半年に一回がせいぜいです。解読に気がついても対策
はむずかしい。それが当時の暗号戦争でした。

アメリカに対しては通信分析が主要と伝えられています。
暗号の直接解読では無くて通信量や発進点、発振器の特徴
などの分析により情報を得るやり方です。
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4番の 英米に対する暗号解読に関しては諸説あって明確な部分は不明です。



関東軍憲兵隊の方の手記には、
ハルピンでアメリカ領事の手荷物から暗号書を盗み出し、写真撮影をした後、元に戻した工作が紹介されていますし、
中野学校チームが、アメリア領事館に潜入し暗号書を盗んだ話もあります。

日本軍が上海を占領したときには、英軍の諜報部MI5等の内部資料を入手しています。

昭和17年には、アメリカの新型爆撃機B29の主要性能 最高高度、速度 防弾性能、航続距離 サイズ 爆弾総裁能力を日本は掴んでいました。

情報戦の深い部分は、歴史の表面には出て来ないのではないでしょうか?

戦勝国にしてみれば、都合の悪い話に蓋をすることが出来ますが、日本はアメリカや、中国にまで歴史を都合の良いように決めつけられるしかありません。
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1、3、4については、ウィキペディアに関連することが書いてありますから、リンクを張っておきます。


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC% …

100%というのが、暗号文書の量のことでしたら、それは物理的に不可能です。100人が同時に暗号文書を発信していたとして、それをリアルタイムで10人で解読するということはできないでしょう?仮に、機械的にリアルタイムで解読できたとしても、それを読むのは人間ですから、おのずと限界があるわけです。
だから、解読するときは、ある程度重要そうなのを選んで解読するはずです。文章の長さとか、発信者や受信者とか、そういうので絞り込めます。
現代において、あらゆる通信は当局によって傍受されているというまことしやかな話がありますが、これは登録しているキーワードで引っ掛けているとされています。

ミッドウェイ海戦で気がつくはずだと思うのは、我々はそれを知っているからです。
それに、ミッドウェイ海戦の目的は、米機動部隊を誘い出してそれを殲滅することだったわけですから、米機動部隊がミッドウェイ島海域に現れたのは、暗号を解読したからなのか、連合艦隊に誘い出されたのか分からないと思います。
また、暗号の解読というのは、情報収集活動のひとつのエレメントにしか過ぎませんから、その場にいて、暗号が最も重要だったかどうかもわからないはずです。

また、使用する側は自分の暗号が絶対安全だと思っているから使うわけで、解読されているのに気がつかなかったという事例は珍しくないです。解読した方も、解読の事実が分からないように偽装しますしね。
だいたい、第二次世界大戦の頃、エニグマのような暗号機械の作る暗号は、当初解読不能といわれていたのです。これが解読できたのは、全く新しい解読方法が考案されたためで、それは最重要機密にされていました。
日本軍の場合は、暗号の管理が極端に不十分だたった面もあるようです。「解読される」ということにたいして最初からむとんちゃくだったのかもしれません。
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Q米軍はどうやって日本軍の暗号を解読したのですか?

米軍はどうやって日本軍の暗号を解読したのですか?
アメリカ人にとって日本語は難解です。二世ではとても暗号を解読できません。日本人で協力した者がいたのでしょうか?
どうして日本軍はいつまでも解読されていた暗号を使い続けたのでしょうか? そんなに日本軍の上層部はトンマだったのでしょうか?

Aベストアンサー

何も日本語全文を理解する必要はありません。重要なのは、「○月×日、X部隊がY島に上陸作戦を行う」というのが分かれば充分なのです。日本語の基礎が分かれば充分理解可能ですね。
また命令を受け取る側も、難解な日本語で命令されても困ります。要点をズバッとしてもらえばそれで充分なわけです。というか、そうじゃないと困るんですね。「命令は、簡潔・明瞭」は世界中の軍隊の鉄則です。

で、じゃあなんで暗号がバレちゃったのかっていうと、暗号てのは基本的に数学の分野なんですね。暗号のエキスパートってのは、数学のエキスパートでもあるんです。アメリカっつうのは頭がいい人もいっぱいいますから数学のエキスパートを総動員して日本はもちろん、ドイツ、イタリアからソ連に至るまでの暗号の解読作業に当たっていました。
暗号解読がどのくらい戦争を有利にするかってのについてはアングロサクソン(英米)ほど知り尽くしている民族はいないんじゃないかって思っています。実際のところ「どこまで解読していて」「どこまで解読していないか」ってのについても英米は手の内をさらさないんですよね。実際、自分の手持ちのカードが全部知られているか、半分知られているか一枚だけ知っているかじゃこっちの対応も全然違いますよね。第二次大戦中にイギリスがドイツの暗号をどの程度解読していたのか、実は今でもそのへんははっきりしていません。しかし、どうもかなり解読していたようだという説が有力です。
イギリス人の暗号に対する執念は相当で、あるときドイツ空軍がイギリスの都市コベントリーを空襲することが暗号の解読で判明しました。しかし、もし市民に避難を呼びかけたら「暗号が解読されている」ということがドイツ側にバレてしまい、暗号が変えられてしまう。だから、イギリス政府はコベントリー市民を見殺しにしました。「今日の犠牲で、未来のもっと多くの命が救われる」という冷徹な判断で、これはとても日本人には真似できそうにありません。

んで、どうも当時はその基礎的な数学の学力において日本はアメリカに劣っていた(こういうときはひとりふたり優れた人がいることより、全体的な実力がモノをいいます)ようですよ。いったい彼らはどこまで解読していたか?それがポーカーゲームでいうところの「ブラフ」てやつですよ。

何も日本語全文を理解する必要はありません。重要なのは、「○月×日、X部隊がY島に上陸作戦を行う」というのが分かれば充分なのです。日本語の基礎が分かれば充分理解可能ですね。
また命令を受け取る側も、難解な日本語で命令されても困ります。要点をズバッとしてもらえばそれで充分なわけです。というか、そうじゃないと困るんですね。「命令は、簡潔・明瞭」は世界中の軍隊の鉄則です。

で、じゃあなんで暗号がバレちゃったのかっていうと、暗号てのは基本的に数学の分野なんですね。暗号のエキスパートっての...続きを読む

Qミッドウェー海戦の敗因を教えて下さい

ミッドウェー海戦の敗因を教えて下さい。なぜあんなに強かった日本軍が負けてしまったのですか?理由を教えて下さい。ちなみに僕は戦史に関してはド素人ですので、その辺はご了承ください。

余談ですけど、先日新聞を読んでいたら「アベノミクス第三の矢はミッドウェー」とかいう記事が載っていて、要するに第一、第二の矢(経済政策)はうまくいったが問題は第三の矢で、これが日本の今後の経済趨勢を決するという内容でした。

それで僕は、緒戦の快進撃から一転、大敗北を喫したミッドウェー海戦の敗因とやらをどうしても知りたくなった次第です。

Aベストアンサー

○日本には防衛研修所戦史室 (現在の防衛省防衛研究所戦史部の前身)が編纂した「戦史叢書」という全102巻にも及ぶ太平洋戦争について書かれた公刊戦史がありまして、ミッドウェー海戦について書かれたものは、その第43巻が「ミッドウェー海戦」として出されています。
「戦史叢書ミッドウェー海戦」・・・市立や県立図書館でも置いてるところは結構あります。
http://www.amazon.co.jp/%E3%83%9F%E3%83%83%E3%83%89%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%BC%E6%B5%B7%E6%88%A6-1971%E5%B9%B4-%E6%88%A6%E5%8F%B2%E5%8F%A2%E6%9B%B8-%E9%98%B2%E8%A1%9B%E5%BA%81%E9%98%B2%E8%A1%9B%E7%A0%94%E4%BF%AE%E6%89%80%E6%88%A6%E5%8F%B2%E5%AE%A4/dp/B000J9GX1M

この本によると次の6項目が大きな日本軍の敗因として取り上げられています。

(1)情報戦の大敗。日本海軍の暗号が解読され、米軍は日本軍の計画を察知していたのに、日本軍は敵情がよくわかっていなかった。

(2)心のゆるみ。開戦以来の戦果から心にゆるみが生じ、作戦の計画と実行に慎重さを欠いた。

(3)山本長官の出撃。山本長官が戦艦に座乗して出撃したので、その位置を秘匿するため、無線の使用が制限され、作戦指導に支障を生じた。

(4)航空戦様相の事前研究、訓練の不足。索敵、偵察、報告などの地道な訓練及び、空母の被害局限対策の研究が足りなかった。

(5)5日の航空決戦の指導の誤り。二度の兵装転換によって弱点を作った。

(6)戦艦主兵思想の転換の不十分。戦艦部隊が後方遠く離れて航空決戦に寄与できなかった。


○ちなみに当時、敵であったニミッツ太平洋艦隊司令長官は戦後に出した著書の中で、「勝利は主として情報による。・・・日本軍は奇襲を試みようとして日本軍自体が奇襲された」と述べています。また日本軍が空母戦力を分散してアリューシャン作戦を行った事を批判し、その戦力分散が無ければ米艦隊が敗北していた可能性があると述べています。

○なお、アメリカ海軍公刊戦史を編纂したサミュエル・エリオット・モリソン少将はミッドウェー海戦について、日本の空母が最も脆弱な状態の時に、米爆撃隊が偶然に日本の空母を発見し攻撃できたという、幸運に恵まれた事から「100秒足らずの時間に起こった事実の相違で、日本軍はミッドウェイに勝ち、太平洋戦争にも勝利をおさめたかもしれない」と日本軍にも勝利の可能性が十分あったことを述べています。

○英国の著名な戦史家リデルハートはその著書で日本の敗因について、十分な数の索敵機を出さなかったこと、戦闘機の援護不足、空母の防火対策が不十分、空母での兵装転換時に敵に向かって航行したこと等、他にも色々指摘していますが、最後は「・・・これらの過失は自信過剰から生じたと言っても過言ではない」と述べており、日本軍の「自信過剰」を問題視しています。

○日本には防衛研修所戦史室 (現在の防衛省防衛研究所戦史部の前身)が編纂した「戦史叢書」という全102巻にも及ぶ太平洋戦争について書かれた公刊戦史がありまして、ミッドウェー海戦について書かれたものは、その第43巻が「ミッドウェー海戦」として出されています。
「戦史叢書ミッドウェー海戦」・・・市立や県立図書館でも置いてるところは結構あります。
http://www.amazon.co.jp/%E3%83%9F%E3%83%83%E3%83%89%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%BC%E6%B5%B7%E6%88%A6-1971%E5%B9%B4-%E6%88%A6%E5%8F%B2%E5%8F%A2%E6%9...続きを読む

Q日本が太平洋戦争で犯した最大の失策

みなさん、日本が太平洋戦争で犯した最大の失策はなんだったと思いますか?

また、アメリカとの国力差をみると負けるのは当然としても、もう少し善戦できなかったのかと考えてしまいます。



どうすれば、より善戦できたか。
また、善戦できなかった最大の理由はどこか、を教えてください。

Aベストアンサー

負けは当然ではありません。
ただ単に大本営の作戦指導にミスがあっただけの事です。
勝ち目はありました。

最大の失策はアメリカ1番の弱点を攻めきれなかった事です。
今も昔もこれからもアメリカの1番の弱点は人種問題です。
当時は現在よりもさらに人種問題は深刻でした。
その人種問題を謀略を用いて攻めきれなかった事。これが日本軍最大の失敗です。

当時の米国では黒人等の有色人種の権利は法的にも低いもので平然と差別が行われていました。
黒人等の有色人種はそれに不満をつのらせていました。
太平洋戦争が始まった時も黒人達は、対外戦争での勝利と、国内での人権向上の権利を得る戦いに勝つ、二つの勝利を目指す「2つのV」というスローガンを掲げていたぐらいです。
政府としては国内を平穏にしておくためと、不足する労働力を得る必要性から黒人への権利拡大に動きます。
その結果、それまで白人しか働けなかった職場に黒人が配置されたり、黒人がそれまで就けなかった地位に就くようになりました。
しかし、これに反発したのが白人労働者で「黒人と一緒に働くくらいならヒットラーやヒロヒトが勝ったほうがましだ!」とストライキや暴動を起こしています。軍需工場によっては白人労働者の9割が職場を放棄したり、2万人の労働者が職場放棄した造船所もありました。
1942年8月のライフには緊迫する軍需産業都市デトロイト(軍需物資の3割以上を生産していた都市)について「デトロイトでは人種対立が激化し、ヒットラーと戦う前に互いに憎しみをつのらせている。モラルの低下は国内でも最悪の状況で、デトロイトはヒットラーを粉砕する前にアメリカを吹き飛ばしてしまう危険がある」という記事を載せています。
実際、翌年にはデトロイトでは大規模な黒人対白人の人種暴動が発生し34人が死亡し1000人が負傷し、軍が動員され暴動が鎮圧されています。
こうした暴動はデトロイトだけでなく全米各地で発生しており47都市で100を超える人種暴動が発生しており、軍需生産にもかなりの影響を与えています。メキシコ系住民と白人との間にも暴動は発生しています。
人種対立は軍需産業における労働者だけではありません。
アメリカ軍内部でも発生しています。白人兵による黒人兵への差別、暴力は多く、それが暴動にまで発生した事件もありました。ルイジアナで起きた黒人兵の暴動では28人の黒人兵が射殺され3000人が逮捕されています。3000人といえば丸々1個連隊に相当する人数です。それが戦争に行く前に内部対立で失われているのです。
だから当時の黒人兵が回想で「我々が戦うべき相手はドイツ兵なのかアメリカの白人兵なのか」というような事を証言しています。
日本は白人と黒人、メキシコ系などの有色人種の対立を加熱させ利用するべきでした。
アメリカの国力は日本の10倍です。しかし、その巨大な工業力も人がいなければ動きません。
工作員を多数確保し白人側には黒人の社会進出の不満を煽り、黒人などの有色人種には白人支配の不満を爆発させるようにして、白人側、有色人種の側、双方から煽り対立を激化させアメリカ国内を紛争状態にし、その工業力を発揮させないようにするのです。有色人種が武器を持ち立ち上がり内乱状態にもっていければ最高です。
日本はスペイン人を利用して戦時中にアメリカ国内にスパイ組織を確保していますが、このように第三国を利用して工作員を多数確保するのもありでしょう。できれば戦前から工作員を確保しておくべきです。
日露戦争の時に明石元二郎大佐がロシア国内の反政府勢力を援助してロシア軍の大部隊を国内に釘付けにさせる事に成功していますが、そのような成果を狙えれば、なお良いでしょう。もしアメリカ最大の石油生産地帯である南部で大きな反乱が起こり、石油の流通に滞りがでればさらに良いでしょう。
日本も戦前からアメリカの弱点の一つとして黒人社会と接触していますが、その工作は規模が小さすぎ大きな力とはなっていないように見えます。これは完全な日本軍の手落ちでしょう。
なお、前述したデトロイトの暴動は日本人工作員によって発生したらしいという話しもありますが、確実な証拠に乏しく詳しい事は判明していません。

アメリカの国力は大きいですが、それが軍需産業としてフル活動するには時間がかかります。だから1942年10月には太平洋で無傷の大型空母は0隻になるという状況も発生しています。エセックス空母の1番艦が実戦に出て来たのは1943年からですし、アメリカ軍の戦力が大きく増強されるのは1943年以降です。
それまでの間にアメリカ国内で人種対立を激化させ内乱状態にまで持っていければ、アメリカは国内問題を先に解決しなければならず、日本に有利な態勢で講和という事もありえるかもしれません。
要は敵の内部を撹乱するのは兵法の常道でもあるにも関わらず、それを怠った大本営の作戦ミスです。

後はミッドウェー作戦での空母戦力の分散でしょう。
アリューシャン作戦を行い空母を分散させました。連合艦隊内部にもアリューシャン作戦は中止し、その空母を南雲機動部隊に合流させるべきだの意見がありましたが、採用されませんでした。
戦後、ニミッツ元帥もこの兵力分散を批判し、兵力を集中していれば日本が勝利していた可能性がある事を指摘しています。
ミッドウェー海戦では日本の暗号が解読されていた事を敗因に挙げる人もいますが、暗号を解読していたにもかかわらず空母ホーネットの爆撃隊は日本の空母を発見できず、20隻近いアメリカ潜水艦も空母を第1目標にするよう命令されていながら1隻も戦果を上げれなかった事からわかるように、必ずしも絶対的な要因ではありません。
もし、日本がミッドウェー作戦で空母を集中投入していれば勝利していた可能性はかなりあるかと思います。
そして、ミッドウェー海戦で勝利していれば、その後の展望も大きく違ってくるかと思います。

さらに日本潜水艦隊による通商破壊戦を全力で行う事でしょう。
アメリカは開戦時、Uボートの活躍で石油不足に陥っていますし、イギリスもUボートの活躍で海上交通路を攻撃され危機的状況にありました。これに日本の潜水艦による通商破壊戦の戦果が加われば、両国は一層苦しめられた筈です。
しかし、日本は潜水艦を全力で通商破壊戦に投入する事はしませんでした。潜水艦部隊から通商破壊戦実施の要望が出されてはいましたが採用されませんでした。

つまり・・・
(1)アメリカ本土での人種対立を激化させ国力を発揮させなくする。
(2)ミッドウェー作戦では空母を集中投入する。
(3)潜水艦による通商破壊作戦を全力で行う。
この三点だけでも成功すれば戦局は大きく動くでしょうし、日本の勝利の可能性もあるかと思います。

細かい事を言えば、まだまだありますが、多くの皆さんが言うように、日本の勝利が不可能だとは、少なくとも私は思っていません。善戦どころか勝利する可能性もあったのに、日本の軍部の作戦ミスで敗北したと私は判断しています。

負けは当然ではありません。
ただ単に大本営の作戦指導にミスがあっただけの事です。
勝ち目はありました。

最大の失策はアメリカ1番の弱点を攻めきれなかった事です。
今も昔もこれからもアメリカの1番の弱点は人種問題です。
当時は現在よりもさらに人種問題は深刻でした。
その人種問題を謀略を用いて攻めきれなかった事。これが日本軍最大の失敗です。

当時の米国では黒人等の有色人種の権利は法的にも低いもので平然と差別が行われていました。
黒人等の有色人種はそれに不満をつのらせていました。
太平洋...続きを読む

Q日本は太平洋戦争終結までアメリカに暗号が全部筒抜けだった事を知らなかったのですか?

タイトルどおりの質問なのですが、今年になって「あの戦争は何だったのか」を読んでから(まだ途中ですが)今まで太平洋戦争のことに全く興味がなかったのですが、突然いろいろ知りたくなりました。
日本の軍部の指導者のおそまつさが、よくわかりました。
敗戦まで、暗号が漏れていることを知らなかったというほど、オマヌケだったのでしょうか?
さすがに、最後の方ではうすうすわかってきたのですか?
だとしたら、何か対策をとっていたのですか?

Aベストアンサー

最後まで、『これほど優れた暗号を解読できるわけ無い!』という誤った自信を持っていました。

解読されていると認識したら使うわけ無いです。

その上、アメリカは頭がいいので、解読していることがばれないようにいろいろ策略を練っていましたから。

たとえば、山本五十六が視察のため、あるルートを飛行機で通ることを解読したとき、待ち伏せして撃ち落としただけでは暗号が解読されていることがばれてしまうので、撃墜した後も何日か同じ場所に飛行機を飛ばして、待ち伏せしていたのではなく定期的な偵察飛行中に偶然発見して撃ち落としたかのように見せかけたのです。

このトリックに日本はまんまと引っかかってしまい、暗号が解読されていたのではないかと疑う者もいたのですが、結局、解読されてないと判断してしまったのです。

日本人の判断力は、幼稚というか、硬直しているというか、戦争をするには不向きな民族のようです。

Q第二次大戦中に現代の自衛隊を投入したら

くだらない質問ですが、気になったので書いてみます。

第二次世界大戦末期の1945年1月1日時点に、現在の最新鋭の自衛隊(航空・海上・陸上)の全戦力を日本本土に投入したら、日本軍は勝てるのでしょうか?兵器の生産設備などは投入しないものとします。

いくら最新鋭の戦力を持っていても核と資源がないのでアメリカが多大な犠牲を出しながらも勝つだろうという見方もできるし、当時の日本はインドネシアを占領していたので資源不足を克服し日本の勝利という考え方もあると思います。

Aベストアンサー

戦争に「絶対」は無いですから必ず勝てるとは言いませんが、面白い勝負にはなるでしょう。

近代軍では補給が重要な要素を占めるので、どれだけの弾薬や燃料、整備、補給品を保持しているかで、戦い方も変わってきます。自衛隊のそうした物資の正確な保有量が不明なので、推測するのは困難なのですが、とりあえず・・・

1945年1月の時点なら、できるかどうかは分かりませんが、まずは自衛隊の戦力を秘匿します。
2月の米軍による硫黄島攻略あたりで航空自衛隊の全力出撃です。
この次期、米艦隊は正規空母12隻、護衛空母17隻を含む大艦隊を出撃させてきており、このうちの正規空母12隻、護衛空母4隻が日本近海に現れ本土空襲を行っています。これを狙います。ちなみに、この当時の米艦隊の正規空母の数は14隻ですから全部撃沈できれば、後がかなり楽になります。
F2攻撃機、約80機を中心とする対艦ミサイル攻撃で、空母を撃破します。現代の対艦ミサイルを当時の米軍艦艇がそれほど迎撃できるとは思えないので、うまくいけばかなりの空母を撃破できるのではないかと・・・
また、B29への迎撃にもF15を出撃させます。最大で4発のミサイルを別々の目標に連続発射できるF15の戦闘力に、B29の部隊は大打撃を受けるのではないかと・・・
さらに海上自衛隊の潜水艦部隊によるハワイの真珠湾攻撃を行います。ハープーン対艦ミサイルは対地攻撃にも転用可能とという事なので、ハープーンで真珠湾の燃料施設や艦艇補修設備などに攻撃を行い、打撃を加えます。
要は自衛隊の進んでいる兵器を一挙に出して大打撃を加えるとともに、米軍にショックを与えます。
これでうまくいけば、アメリカは空母艦隊とB29の部隊とハワイの後方施設に大打撃を受け、直ぐには大きな作戦をできなくなるのではないかと思います。

その後は、まずシーレーンの確保です。九州から中国沿岸、そして台湾海峡を通ってシンガポールへの海上交通路の守備に海上自衛隊のP3C対潜哨戒機の部隊や、一部航空自衛隊の戦闘機部隊を派遣します。輸送船団には海上自衛隊の護衛艦隊も付けます。航空部隊の根拠地の設営は大変でしょうが、部隊が稼動すれば米潜水艦隊の脅威へ大きな力になると思います。日本の輸送船の撃沈された半数は、米潜水艦隊の通商破壊戦によるものだそうですが、当時の旧式な潜水艦なら現代の対潜哨戒機と護衛艦でかなりの確率で防ぎ、逆に戦果をあげられるのではないかと思います。
日本本土の防空は航空自衛隊の戦闘機とPAC3ミサイル部隊と、陸上自衛隊の高射特科団(改良ホーク地対空ミサイル部隊)が守ります。
攻撃には海上自衛隊の16隻の潜水艦部隊を使います。潜水艦隊で通商破壊戦を行います。第二次大戦末期のドイツで建造されたUボート21型は連合軍の対戦哨戒部隊にも察知されにくかったそうです。それよりさらに技術の発展している現代の潜水艦なら数は少なくとも大きな戦果を期待できると思います。
未だフィリピンの日本軍の抵抗は続いており、米陸軍20万人が投入されている時点で、米空母艦隊が大打撃を受け、さらに通商破壊戦を仕掛けられたら・・・米軍は楽勝とはいかなくなるでしょう。

米軍としてはこうした進んだ技術の兵器対策に苦慮する筈です。簡単には有効な対抗策は出てこないのではないかと思います。まずは打撃を受けた艦隊の再編と、戦略爆撃部隊の戦術の見直し、フィリピンへの海上補給路の守備を固め、真珠湾の設備の再建をしなければなりません。
建造中のエセックス級空母の建造を急いでも、半年以内に戦闘に参加させる事ができるのは5隻です。
大西洋から部隊を回す必要も出てくるかもしれません。

一方、自衛隊を除く日本の連合艦隊の状態はよくありません。
戦闘可能な空母は小型の鳳翔1隻ですし、戦艦は2隻、巡洋艦も数隻、駆逐艦も二十数隻というありさまです。
南方から資源が入ってきたら、まずは艦隊の増強が急務でしょう。まずは空母で建造途中の伊吹、天城や損傷状態の龍鳳、準鷹、葛城を戦闘可能な状態にしなければなりません。
他にも損傷を受けている戦闘艦艇があるので、大至急修理が必要です。
また、輸送艦の建造も急務です。1945年1月から終戦時までに約180隻の輸送船が建造されています。
しかし、同じ期間に実に700隻が沈められているのです。
まあ、自衛隊の参戦で、その数は減るでしょうが、しかし、1944年だけでも約970隻の輸送船が撃沈されています。
日本の造船所はとにかくフル稼働しなくてはならないでしょう。
また、航空機パイロットの育成や、戦闘機などの生産も必要でしょう。
時間は幾らあっても足りないくらいです。

こうした中で、日本の潜水艦隊がどれだけアメリカに打撃を加えられるかが重要だと思います。
そしてフィリピンの米軍を孤立させ、ハワイを孤立させる事ができれば、新たな展望が開けるかもしれません。
時間が立てば、連合艦隊の戦力もある程度は回復してきます。そうなれば、新たな作戦を立てる事も可能となるでしょう。

なお、そのうち満州にソ連軍が侵攻してくるでしょうが、これについては航空自衛隊の支援を受け、東満山地で持久戦を行えば、かなりの機間、持ち堪える事ができるのではないかと思います。

戦争に「絶対」は無いですから必ず勝てるとは言いませんが、面白い勝負にはなるでしょう。

近代軍では補給が重要な要素を占めるので、どれだけの弾薬や燃料、整備、補給品を保持しているかで、戦い方も変わってきます。自衛隊のそうした物資の正確な保有量が不明なので、推測するのは困難なのですが、とりあえず・・・

1945年1月の時点なら、できるかどうかは分かりませんが、まずは自衛隊の戦力を秘匿します。
2月の米軍による硫黄島攻略あたりで航空自衛隊の全力出撃です。
この次期、米艦隊は正規空母12隻、...続きを読む

Q戦闘機や航空基地 : どうして陸軍と海軍でバラバラだった?

先の大戦における歴史書を読んで気がついたのですが、当時の陸軍と海軍では、それぞれ独自の戦闘機を保有したり、各地に専用の航空基地を構えていましたよね?

調べると、たとえば有名なゼロ戦や紫電改は海軍、隼や飛燕は陸軍の所属になっていました。

シロウトなので教えて頂きたいのですが、もし海軍所属の戦闘機が空母艦載を目的とするなら、折畳み式主翼にするとかの特徴があるかなと思うのですが、海軍所属の全ての戦闘機はそうなっていますか?

それと海軍が各地に航空基地を構えたのにはどんな理由があったのでしょうか? 陸軍がまとめて防空の構えをすれば事足りるように感じたのですが ・・・

それと、海軍と陸軍でどうして戦闘機の機種を統一しなかったのでしょうか? 

もちろん、戦闘内容が違うので両軍が求める性能を統一するのは難しいのは理解できるのですが、すごく不経済だし合理的ではないように思いました。

たとえばゼロ戦を陸軍も使用するとか、逆に隼を海軍も使用するとか出来なかったのでしょうか?

歴史書を読んでいて、ふと感じたので質問させて頂きました。

先の大戦における歴史書を読んで気がついたのですが、当時の陸軍と海軍では、それぞれ独自の戦闘機を保有したり、各地に専用の航空基地を構えていましたよね?

調べると、たとえば有名なゼロ戦や紫電改は海軍、隼や飛燕は陸軍の所属になっていました。

シロウトなので教えて頂きたいのですが、もし海軍所属の戦闘機が空母艦載を目的とするなら、折畳み式主翼にするとかの特徴があるかなと思うのですが、海軍所属の全ての戦闘機はそうなっていますか?

それと海軍が各地に航空基地を構えたのにはどんな理...続きを読む

Aベストアンサー

そもそも航空部隊の設立の経緯を考えればよろしいかと思います。第一次世界大戦のときに「空の戦い」が始まります。このときは、航空部隊は陸軍所属でした。そもそも、航空部隊は陸軍の偵察隊として生まれました。
やがて海軍でも偵察機があると便利だなとなります。そのとき陸軍の飛行機を借りるより、自前で航空部隊を作ったほうが手っ取り早いし便利です。かくして「海軍航空隊」が誕生します。

日本に限らず、世界中で海軍と陸軍というのは対抗意識を持っています。例えば、アメリカとイギリスの陸軍では「イエス・サー」といいますが、海軍では「アイ・アイ・サー」といいます。かように「はい」という答えひとつでも違う言い方をしたがるほど陸軍と海軍はときに対抗します。いわんや航空機の仕様については他の方も回答されているように陸軍と海軍では要求するスペックが違いますから自ずと機種が違ってきます。
それは現在でもそうで、例えばアメリカ空軍が使うF-16と海軍/海兵隊が使うF-18は大きさといい性能といいよく似ています。大きな違いは、F-16が単発エンジン、F-18が双発エンジンという点です。一時期、海軍でもF-16を採用してはどうか、という声も上がったのですが、海上で活動することが多い海軍機はエンジンがひとつ故障(あるいは損害)を受けてももうひとつのエンジンで基地や空母までたどり着ける可能性がある双発機のほうがふさわしいとのことで海軍/海兵隊はF-18を採用しました。しかし実際は長年米海軍とお付き合いのあるノースロップ社の「ロビー活動」のたまものです。

合理的精神の塊であるアメリカ人でさえ空軍(陸軍)機と海軍機の統一ができません。ロバート・マクナマラが機種を統一しようとしてF-111という戦闘爆撃機を作りましたが、これは海軍と空軍の猛反対を押し切って強引に進められたものでした。海軍はよっぽど気に食わなかったのか、何かと理由をつけてちゃっちゃとF-111を退役させました。

今でも、ゼロ戦と隼とどっちが優れているか議論させたら答えは出ませんよ。カタログスペックではゼロ戦が優れていますが、ゼロ戦はかなりクセの強い戦闘機だったようです。じゃじゃ馬だったんですね。それに比べると隼のほうがはるかにマイルドで乗りこなしやすかったそうです。ゼロ戦はホンダ車、隼はトヨタ車みたいなもんだったのかもしれません。

そもそも航空部隊の設立の経緯を考えればよろしいかと思います。第一次世界大戦のときに「空の戦い」が始まります。このときは、航空部隊は陸軍所属でした。そもそも、航空部隊は陸軍の偵察隊として生まれました。
やがて海軍でも偵察機があると便利だなとなります。そのとき陸軍の飛行機を借りるより、自前で航空部隊を作ったほうが手っ取り早いし便利です。かくして「海軍航空隊」が誕生します。

日本に限らず、世界中で海軍と陸軍というのは対抗意識を持っています。例えば、アメリカとイギリスの陸軍では...続きを読む


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