立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花ってどういうことなんでしょうか?

「歩く姿は百合の花」は何となくそよ風に揺れる百合の花を想像します。
「立てば芍薬」や「座れば牡丹」は想像がつきません。

芍薬と牡丹はよく似ていますよね。芍薬は草の一種、牡丹は木ですね。
両方とも花は豪華で綺麗です。

でも、タイトルのように言われる何故芍薬が立った姿で、牡丹が座った姿をさすのでしょうか?

おわかりになられる方、是非お教え下さい。

A 回答 (6件)

諸説があるようですネ。


私が聞いたことがあるのは;

芍薬は立った状態で見るのが一番きれいで、
牡丹は座った状態で見るのが一番、
そして、百合は歩きながら見るのが一番きれいという説。

芍薬は真っ直ぐの茎に花を咲かせるので美人の立ち姿、
牡丹は横向きの枝から花を咲かせるので座った美人、
百合は風を受けて揺れる姿が美人の歩く様子。

個人的には後者の方がそれらしく思えるのですが‥
以上kawakawaでした
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この回答へのお礼

kawakawa様、いつもありがとうございます。
私も、後者の方がそれらしく思えます。(^_^)/~
昨日、牡丹と芍薬を見てきまして、ふとなんで?って思いました。

お礼日時:2001/05/07 22:01

皆さんの高尚な解釈に水を差すようで恐縮ですが。


昔、悪いおじさん(先輩)から、これは女性の○○の形を表しているのだと教えられて長い間、信じ込んでいました。
表の解釈、裏の解釈、色々あるのですね。
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この回答へのお礼

あらら、そういう解釈もあるのですか?(^_^;)
芍薬と牡丹はすごく似てますよね。どうちがうのかしら?
百合は何となく分かるような気もしますが。(-_-;)

ありがとうございました。

お礼日時:2001/05/07 23:11

立っていても座っても、歩いていても美しい、ということを言いたいわけですから、綺麗な花なら他の物でも良かったのではないでしょうか。


ただ、7・7・7・5におさめる為にゴロが良かった花が選択されたんだと思います。
座っている時の美しさと歩いている時の美しさにニュアンスの差がある、といったことを言いたい文句だとは思いませんが、いかがでしょうか。
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この回答へのお礼

ははは、そうですね。でも、芍薬、牡丹を見てきましたが、華麗で豪華ですよね。私は、見ていて、十二単をまとった女性を、芍薬、牡丹で連想しました。
十二単の女性であれば、連想するに十分かな、と思います。

芍薬や牡丹と、百合は、少し違いますよね。私は、百合は、むしろ、浴衣を連想します。十二単のような豪華さはありませんが、さっぱりと清々しい感じを受けます。

この言葉を作った方に、花を選んだ理由を聞いてみたいものですね。
ありがとうございました。

お礼日時:2001/05/07 22:59

どちらも女性の姿形が美しいことを指す・・・のは、ご存じですよね。



ちなみに下記URLからの、引用ですが、芍薬と牡丹の違いは、芍薬は枝分かれせずにまっすぐに立つのに対し、牡丹は枝分かれしやすく横張りの樹形になることから。
だから「立てば芍薬」で「座れば牡丹」らしいです。

私も初めて知りました。日本語って奥が深いですね(笑)。

参考URL:http://www.interq.or.jp/green/yyyy/syakuy.html
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この回答へのお礼

お教え頂いたサイト見てみました。
花だけ見てますと、芍薬も牡丹もどっちがどっちだかよく分かりませんね。
ありがとうございました。

お礼日時:2001/05/07 21:55

芍薬の花は上に向かってすっと枝が伸びるのですが、牡丹は横に枝分かれして花をつけるので、そこから来ているのだと思いますよ。

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この回答へのお礼

ありがとうございました。

お礼日時:2001/05/07 21:52

一説によると、芍薬は縦に伸びた茎の先から花を出し、牡丹は横に伸ばした枝から花が咲くので、それぞれ立ち姿・座り姿になぞらえたものでは・・・とあります。

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この回答へのお礼

早速ありがとうございました。
なるほど。!(^^)!

お礼日時:2001/05/07 21:51

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Q立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花ってどういうこと?

立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花ってどういうことなんでしょうか?

「歩く姿は百合の花」は何となくそよ風に揺れる百合の花を想像します。
「立てば芍薬」や「座れば牡丹」は想像がつきません。

芍薬と牡丹はよく似ていますよね。芍薬は草の一種、牡丹は木ですね。
両方とも花は豪華で綺麗です。

でも、タイトルのように言われる何故芍薬が立った姿で、牡丹が座った姿をさすのでしょうか?

おわかりになられる方、是非お教え下さい。

Aベストアンサー

諸説があるようですネ。
私が聞いたことがあるのは;

芍薬は立った状態で見るのが一番きれいで、
牡丹は座った状態で見るのが一番、
そして、百合は歩きながら見るのが一番きれいという説。

芍薬は真っ直ぐの茎に花を咲かせるので美人の立ち姿、
牡丹は横向きの枝から花を咲かせるので座った美人、
百合は風を受けて揺れる姿が美人の歩く様子。

個人的には後者の方がそれらしく思えるのですが‥
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Q「願はくは花の下にて春死なむ・・・」の「花」は何の花?

願はくは花の下にて春死なむ その如月の望月のころ

という歌にとても心惹かれるものがあります。
たしか西行法師の作であったと記憶しております。

この歌に出てくる「花」とは何の花なのでしょうか?
今まで何となく桜だと思っていましたが、桜が日本人にとって最も代表的な花となったのは、もっと後の時代ではないでしょうか。西行法師の時代は「花」と言えば梅だったのではないかと思います。

そこで、月齢と旧暦の日付を調べてみたところ、今年は旧暦の2月の満月の日は新暦4月7日(旧暦2月17日、月齢15.36)でした。
となると、「花」はやはり桜なのでしょうか?

もう一つ、質問です。
「花は桜木、人は武士」という言葉が示すように、潔く散る桜を人の死と結びつける思想は、江戸時代の出てきたものと思っていました。しかし、この歌の「花」が桜であるとすれば、西行法師の時代に、すでに、桜を人の死と結びつける思想の源流があったと考えてよいでしょうか?

Aベストアンサー

まず、古文で「花」と出てきたら、奈良時代の一時期を除いて、桜のことと考えてよいと思います。

万葉集でいう「はな」が何を指しているかは、詠まれた数の多さから梅である説、あるいは、当時はまだ貴族社会の一部にしかひろまっていなかったため、桜であるという説など諸説あります。

奈良時代に中国から梅が入ってきた梅は、当時の貴族文化の中では主流になったのですが、外来文化の象徴でもあった梅に対し、古来から生活とともにあり、また民間信仰の対象でもあった桜は、平安時代が進むに連れて、ふたたび主流になっていったようです。
そうして947年には宮中の庭の正面に植えられていた「右近の橘左近の梅」の梅が桜に植え替えられたことなどにもあきらかなように、平安後期以降は、花といえば桜をさすようになります。

ご質問の西行の歌は、1190年のものですから、時期的にも桜であることに間違いはありません。

桜は古来から日本の民間信仰と深く結びついていました。
古事記や日本書紀にも登場する木花咲耶姫(このはなさくやひめ)、この神は春の女神で豊穣をもたらすとされたのですが、桜の木はこの神の依り代とされました。

桜の開花に農作業が始まる時期を知り、その年の開花に作柄を占った。
こうして桜は農作業と深く結びつきつつ、信仰の対象でもあったのです。
桜の大木の下は一種の聖域となり、豊穣を祈るためのさまざまな儀礼や宴が、年中行事となっていき、今日に至るまで続いています。

一方で、桜に対する見方も時代によって少しずつ変わります。
平安末期には無常観とも結びついていき、さらに時代が下れば、能や歌舞伎での異世界や狂気にも通じていく。
質問者さんが上げられている、仮名手本忠臣蔵の詞は確かに江戸時代のものですが、桜はそれよりはるかに古来から、人々の生活に結びついており、それゆえに、さまざまに解釈されてきた歴史があります。

ここらへんの見方の推移は『ねじ曲げられた桜 ― 美意識と軍国主義 ―』(大貫美恵子 岩波書店)に詳しいので、もし興味がおありでしたら、ご一読ください。

ただ、西行のこの歌は、やはり西行個人の信仰と無関係にとらえることはできないでしょう。

>その如月の望月のころ

とは、釈尊が涅槃に入った(亡くなられた)とされる二月十五日のことです。

「これは死に臨んでの作ではない。死を目前にして西行がこう歌ったのではない。…しかしおそらく六十歳代の半ばごろ、死もいつかはやって来る、もうそれほど遠くはないかもしれぬと思うにいたった老西行が、おのれの死をこういう言葉で表現し、こういう情景の中に見つめ、希求していたことは間違いなく読みとりうるのである」(『西行』高橋英夫 岩波新書)

この本は、西行の生涯だけでなく、さまざまな西行伝説や、西行と芭蕉の関わりなどにもふれられていて、大変おもしろかったです。

以上、なんらかの参考になれば幸いです。

まず、古文で「花」と出てきたら、奈良時代の一時期を除いて、桜のことと考えてよいと思います。

万葉集でいう「はな」が何を指しているかは、詠まれた数の多さから梅である説、あるいは、当時はまだ貴族社会の一部にしかひろまっていなかったため、桜であるという説など諸説あります。

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Q芍薬の花が咲かない

マンションの庭に芍薬を植えて4年になります。
最初に植えた場所が日当たりが悪かったせいか、うどんこ病にかかってしまい、翌年日当たりのよい場所に植え替えました。
しかしその後毎年うどんこ病が発生し、花が咲く(つぼみをつける)気配も見せません。
芍薬は植え替えると花をつけないと聞いたのでそのごは移していません。
同じマンションの隣の庭ではきれいに咲いているのに・・・
どうか良い対処法を教えてください。

Aベストアンサー

うどん粉病には、タケダ園芸のベンレート水和剤などを、発病前あるいは発病初期から7-10日毎に定期的に散布し、病原菌を退治することが必要です。

肥料は、花の時期が終わったら株の周りを浅く耕して、一株当たり過燐酸石灰を三握り、化成肥料を200gほどやり、土をかけておきます。

油粕などは、効果が出るまで時間がかかりますから、冬の間にやります。

また、つぼみの頃にポトリチス病というカビがついて、つぼみが腐ることが有ります。芽が出る頃から、ボルドー液をかけて予防します。
galadrielさんがかかれているのは、うどん粉病ではなくて、これではないでしょうか。

また、夏から秋にかけては、晴天が三日続いたら1株当たりバケツ1杯の水をやります。
これは次の年に花を良く咲かせるために必要です。
 

Q牡丹灯記に似た世界各国の文学作品

『剪燈新話』の「牡丹灯記」がありますよね?有名な怪談のひとつです。
その「牡丹灯記」に似た世界の文学作品を教えて下さい。(国、内容など)たとえば韓国の『金鰲新話』「萬福寺樗蒲記」のように「死んだ女と生きている男」の恋愛ものなど、大きなモチーフが似ていればよいのですが・・。幅広くお考えいただければ幸いです。また参考になるサイト(訳がのってるとか)や本などございましたらあわせて教えて下さい。よろしくお願い致します。

Aベストアンサー

今晩は。またまた出ました。
 いつ頃だったか忘れましたが、確かにここで「牡丹灯記」に関する質問が出たことが有りました。その際に私も検索をして、これなら多少は役に立つかも、というサイトを見つけていました。しかし、結局それほど有効な回答をすることも出来そうに無かったためか、私は回答をせず、質問も回答無しのまま自動的に削除になったようです。
 この質問を見てから、先の質問を捜してみたもののどこにもありません。googleで検索して見たものの、↑で見つけたサイトが何故か見つからない。それで質問検索をしたわけですが、こちらも無し。これは困ったと思いつつ、自分のPCのお気に入りを良く良く見ると、何やら妙なものが一つ。前置きはこれくらいで止め。

 あまり真剣に読んでいない(読む気が有るのでお気に入りに入れてある)のですが、↓のサイトにはいくつか類話が出ているようです。こちらの方はそのような物語りにかなり関心を持っているようですし。とにかく参考までに、先ずはこちらを読んでみて下さい。

参考URL:http://lulu3.hp.infoseek.co.jp/tales_top.html

今晩は。またまた出ました。
 いつ頃だったか忘れましたが、確かにここで「牡丹灯記」に関する質問が出たことが有りました。その際に私も検索をして、これなら多少は役に立つかも、というサイトを見つけていました。しかし、結局それほど有効な回答をすることも出来そうに無かったためか、私は回答をせず、質問も回答無しのまま自動的に削除になったようです。
 この質問を見てから、先の質問を捜してみたもののどこにもありません。googleで検索して見たものの、↑で見つけたサイトが何故か見つからない。それ...続きを読む

Q芍薬の花が咲きません

毎年繰り返しているのですが、白い芍薬の花がつぼみをつけるのですが、花びらの先端から黄色く変色して、開花しないで散ってしまいます。隣に植えてある赤花の芍薬はすでに満開を過ぎて散っています。


近くにハイブッシュブルーベリーの木があり、ピートモスを撒いて酸性土壌になっています。

多少ブルーベリーの陰にはなりますが日当たりはよい方だと思います。

Aベストアンサー

こんにちは。(・∀・)ノ

>白い芍薬の花がつぼみをつけるのですが、花びらの先端から黄色く変色して、開花しないで散ってしまいます。<
ですよね。
私の憶測になりますが、何らかの生理障害が考えられます。

(1)イングリッシュローズ等に見られる、蕾、花が雨にあたった為に花腐れになった。
対策として、雨除けをする。

(2)近くに、他の樹木があるために一時的に環境が変わった為に、生理障害が起こった。
日当たり、風通し、水加減、等。対策、蒸れないようにする。乾燥しすぎないようにする。

(3)何らかの病気や害虫によるもの。対策、殺菌剤や殺虫剤によって改善する。

「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿はユリの花」と言われるように、芍薬はとっても綺麗で
清楚な花です。でも、3日間位で終わるのは、残念ですが。 (^ω^) 

芍薬を咲かせるのに大切なことは、置き場所(日当たり、風通し、水加減)と
肥料(普通の植物より多め)だと思います。
あと、株が大きくなったら(4~5年)植え替える。

参考URL  http://xn--m9j881n25q.jp/cat19/post_174.html
     http://yasashi.info/shi_00037g.htm

少しは、参考になりましたら幸いです。( ^▽^)

こんにちは。(・∀・)ノ

>白い芍薬の花がつぼみをつけるのですが、花びらの先端から黄色く変色して、開花しないで散ってしまいます。<
ですよね。
私の憶測になりますが、何らかの生理障害が考えられます。

(1)イングリッシュローズ等に見られる、蕾、花が雨にあたった為に花腐れになった。
対策として、雨除けをする。

(2)近くに、他の樹木があるために一時的に環境が変わった為に、生理障害が起こった。
日当たり、風通し、水加減、等。対策、蒸れないようにする。乾燥しすぎないようにする。

(3)...続きを読む

Q【しづごころなく 花の散るらん】の花って???

不勉強ですみません。

紀貫之の「しづごころなく 花の散るらん」の花って
桜ですか?梅ですか?

「花」をさすときに「桜」か「梅」か
その分岐点なども教えていただけると嬉しいです。

庭の白梅が散っていくのを見て、この歌を思い出したのですが
はて、桜だったのかな。。。ととっても疑問になりまして。

よろしくお願いします!!

Aベストアンサー

みなさま書かれているとおりです。手元の古語辞典(詳解古語・明治書院)を見てみました。「はな」について次のように書かれています。
”「花」といえば「桜」を指すのが常識となっているが、「花=桜」が定着するのは、中古の中期、拾遺集(1006年頃成立)以降とされている。
「久方の光のどけき春の日にしづ心なく花(=桜の花)の散るらん」(古今・春下)
「春やとき花(=梅の花)やおそきと聞き分かむ鶯だにもなかずもあるかな」(古今・春上)”
 古今集が成立したのは905年頃、まだ梅の花のことも「花」ということがあった時期ですね。それでも定型化は進んでいたはずで、「香り」あるいは「鶯(うぐいす)」というのがなければ桜でしょう。

Q芍薬の蕾が有ったのですが花が咲きません。

生協で苗を買い、植木鉢に植え付けた芍薬で、日当たりがよいように棚の上段で育てています。
赤い蕾と思われるものが3個見えて楽しみにしていたのですが、ちっとも花にならないので今日手元に下ろしてみたら、
赤い蕾があったはずなのに姿が消えて黒いカスみたいになっています(泣)

取り合えず今年は花はあきらめるしかなさそうですが、いったいどうしたのでしょう?
そして、来年咲かせるためにはこの後どうすればよいのでしょう?

Aベストアンサー

 根が傷んでいたために花に養分が行かなかったことが原因です。時々あることです。 逆に言えば植物にとっては良かったかもしれません。
 つまり株が大きくなり成熟するまえに花を咲かせるとその後の生育に影響を及ぼすことは植物全般に共通していえます。
 わたしは苗木を購入したときは1年目・2年目は咲かせません。 かなり大きくなったものでも花の数は少なくしています。 特にシャクヤクは1株1花がよろしいようですね。

>そして、来年咲かせるためにはこの後どうすればよいのでしょう?
  栽培については下記を参考にしてください。 
http://item.rakuten.co.jp/hanaonline/shakuyaku_purejidentowiruson/
 

Qメルヒェン/緑の蛇と白百合姫

誰か、ストーリーを簡単でいいので教えて下さい。
一番知りたいのは、どうやって石から元の姿に戻れたか?です。
・・・この質問も少しズレていたらごめんなさい。
緑の蛇か白百合姫が何らかの理由で石になったけど、その呪縛は何らかの方法で解けてハッピーエンドを迎えた・・・と、曖昧な記憶しかないのです。

Aベストアンサー

こんにちは、YURI2001さん。
以下『メルヘン』のおおまかなあらすじです。


激しい雨で溢れた大河のそばの小さな小屋で、年老いた渡し守がねむっていたが、夜中に不思議な声を聞いて目を覚ます。それは旅人が船をだして欲しいと訴える声だった。
渡し守が外に出てみると二つの大きな篝火が飛んでいた。
渡し守は篝火の訴えを了承し、船を出した。
篝火達は船賃として彼に金貨をくれた。
渡し守はそれを岩の割れ目に落とし隠す。
それを美しい緑の蛇が飲み込む。
蛇は金貨の持ち主を探しているうちに、篝火達に会う。
篝火達は美しい白百合の姫のいる宮殿に行きたがっていた。
その白百合の姫は、彼女の手に触れると死んでしまうという悲しい運命の持ち主だった。そんな彼女に隣の国の王子は心奪われる。この二つの国が結ばれれば、姫の国にも隣の国の生命の力が宿り、万時めでたしなのだが、二つの国の間には川が流れており、そこには橋が無い。
ここに橋をかけるにはある条件が必要だった。
真昼に蛇の背を伝うか、夕方に巨人の長い影を利用していくかのどちらか。
だが人間には思うにまかせない。
そんな時、あらゆるものに生命を与えるランプを持つ老人が現れる。
老人は全ての者が力を合わせないと奇跡は起きないという。
緑の蛇はそれを聞いて自分の身を犠牲にし、橋となる。
その橋を渡った王子は白百合姫の許に行き、彼女の手に触れ命を落とす。
この行為によって老人はランプを使って王子を復活させる。「その時が来た」と老人が唱えると、地中深くの寺院に住まう三人の金属の王が現れる。王たちは真・美・力の権利を獲得、第四の力・愛により王子は完全に新しい命を得て、呪いを打ち砕く。
三人の王に祝福され、若い夫婦と二つの国が幸福になる。


・・・だそうです。
出典は『メルヘンの履歴書』(宮下啓三)(ドイツメルヘンについての研究本)からです。

こんにちは、YURI2001さん。
以下『メルヘン』のおおまかなあらすじです。


激しい雨で溢れた大河のそばの小さな小屋で、年老いた渡し守がねむっていたが、夜中に不思議な声を聞いて目を覚ます。それは旅人が船をだして欲しいと訴える声だった。
渡し守が外に出てみると二つの大きな篝火が飛んでいた。
渡し守は篝火の訴えを了承し、船を出した。
篝火達は船賃として彼に金貨をくれた。
渡し守はそれを岩の割れ目に落とし隠す。
それを美しい緑の蛇が飲み込む。
蛇は金貨の持ち主を探しているうちに、...続きを読む

Qシャクヤクの花を見ると、一生難儀をする・・・?

母が仲間同士で、シャクヤクだったか、シャクナゲだったかの花を見にいこうとしたところ、

「シャクヤクの花を見ると、一生難儀をするというので、見に行かないんです」
という方が一人いらっしゃいました。

初めて聞いたのですが、そのような言い伝えを御存じの方がいらっしゃいましたら、教えていただけますでしょうか。

Aベストアンサー

ああ、たしかそんなことを聞いたことがありました。
ずっと忘れていましたが。懐かしいです。
私は祖父から聞きました、小さい頃です。シャクナゲでした。
私が聞いたのは「シャクナゲを家の敷地で咲かせると幸運に恵まれない」
というようなことと「シャクナゲは綺麗だけど毒がある」というお話でした。

それから数年後。
私が小学高学年の頃、バスの車窓越しにシャクナゲの木々に囲まれた
大規模な公営団地に遭遇しました。その時にあの言葉を思い出したのですが、
圧倒的に咲き誇るシャクナゲに囲まれたその団地の住人全てが幸運に恵まれないのだろうか・・と疑問に思ったものです。ですが、そんなことがあろうはずはなく、今にして思えば、毒性のある植物に、何も知らず美しさに惹かれてむやみに近づかないための注意喚起としてまことしやかにどこからか言い伝えられた昔事ではないでしょうか。
祖父は明治後半生まれでした。
亡き祖父は花草木が大好きでした。
質問者様のご質問のおかげで大好きだった祖父の笑顔を思い出す深夜になりました。

Qゼロ年代の想像力

ゼロ年代の想像力という宇野常寛先生の本を読みました。
要約すると、引きこもりは古臭くて、野蛮になりふり構わず生きるのが新しいということでよいのだと思いますが、引きこもりはぜんぜん古くないと思います。まだまだ旬な生き方だと思います。古い奴は退場みたいなことを言われるとなんだかメゲちゃいます。たぶん私はこれからさき80年くらい古い人間のまま変わらないと思うので、新しい生き方をする人が増えるのはちょっと怖いです。宇野先生のその指摘は、文学作品への批評であって、現実社会の分析ではないというなら分かりますが、そのあたりの切り分けはどうなのでしょうか。
なお、私の感想としては、新しい文学が現実を先取りしているのかな、というくらいの感じを受けました。
それよりも、新しい生き方をする人が増えないようにしたいのですが、どうしたらいいのでしょうか。できれば、新しい文学が先取って描いたバトロワ的な生き方が現実にならないようにしたいです。イジイジした古い文学を量産して、野蛮な新しい文学をディスインフォメーションする運動を起こすべきでしょうか。
追伸しますと、野蛮という言葉は逞しさと言い換えたほうがいいかもしれません。

ゼロ年代の想像力という宇野常寛先生の本を読みました。
要約すると、引きこもりは古臭くて、野蛮になりふり構わず生きるのが新しいということでよいのだと思いますが、引きこもりはぜんぜん古くないと思います。まだまだ旬な生き方だと思います。古い奴は退場みたいなことを言われるとなんだかメゲちゃいます。たぶん私はこれからさき80年くらい古い人間のまま変わらないと思うので、新しい生き方をする人が増えるのはちょっと怖いです。宇野先生のその指摘は、文学作品への批評であって、現実社会の分析ではな...続きを読む

Aベストアンサー

 その本読んだことないんですが、確か、90年代のエヴァ的な他者との摩擦を避けようとするひきこもりは既に古い生き方で、デスノートの主人公のようにとにかく外に出て、そして、正しい主張をした者が勝者になるのではなく、勝ったものの主張が正しいとされる世の中になるというような内容でしたよね?
 これは2000年代初期の一時的なもので、既に一昔古いといろいろな場所で批判されてたと思います。ブログなどいろいろ検索してみてください。
 
>宇野先生のその指摘は、文学作品への批評であって、現実社会の分析ではないというなら分かりますが、そのあたりの切り分けはどうなのでしょうか。なお、私の感想としては、新しい文学が現実を先取りしているのかな、というくらいの感じを受けました。

あたらしい文学が現実を先取りしているというよりも、サブカルチャーは若い人が消費者の中心であるということもあって、時代の小さな変化を受けやすい、つまり、これから大きく変動するであろう社会の変化の始まりに敏感に反応しているという認識の下、サブカルチャーの読み解きからこれからの時代を読み取ろうとする試みだと思います。

>それよりも、新しい生き方をする人が増えないようにしたいのですが、どうしたらいいのでしょうか。

文学が社会をつくり出すのではなく、文学は現実の反映に過ぎないと考えた場合、文学によって社会を変えることはできないと思います。

 その本読んだことないんですが、確か、90年代のエヴァ的な他者との摩擦を避けようとするひきこもりは既に古い生き方で、デスノートの主人公のようにとにかく外に出て、そして、正しい主張をした者が勝者になるのではなく、勝ったものの主張が正しいとされる世の中になるというような内容でしたよね?
 これは2000年代初期の一時的なもので、既に一昔古いといろいろな場所で批判されてたと思います。ブログなどいろいろ検索してみてください。
 
>宇野先生のその指摘は、文学作品への批評であって、現実社...続きを読む


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