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タフト大統領の主要な外交政策を説明していただけませんか。

ドル外交、四国借款etc :その資金源はどこにあったのでしょうか

お願いします!

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A 回答 (1件)

>その資金源はどこにあったのでしょうか



当時ニューヨークに集中していた独占資本家が持つ
ウォール街の余剰資金です。

アメリカにおける
19世紀後半~20世紀初頭までの産業発展の流れ

南北戦争後から19世紀末にいたってアメリカは最後のフロンティア
(グレートプレーンズ)を征服,大陸の征服をほぼ完了します。

・東部と西部を結ぶ大陸横断鉄道の完成
(西海岸にまで鉄道を通す目的はそもそも、アメリカの工業製品を
輸出して利益を上げるための市場(具体的には中国)を獲得するため
・東部での鉄道網の発展

この結果、市場は広域化し、
大西洋岸地方と五大湖中心に様々な工業、鉱業が発展し、
企業間の競争は激しくなり、やがて強力な企業が他の企業を
合併して巨大な企業が国内産業を独占する傾向が進みます。
(例、石油精製業のロックフェラー)

また、建設に多額の費用を要する鉄道は株式会社方式によって
資金を集めます。他の産業でもこの方式は普及し、大企業は
発展し、ニューヨーク証券取引所での株の取引が活発となり、
ウォール街はアメリカの金融と証券取引の中心地となります。

株式会社方式により、企業家と投資家の間で仲介者の役割をはたす
投資銀行家たちは、企業の株式を引き受け、その企業に信用を
与える事によって会社の経営に発言権を持つという見返りを
得、またいかがわしい企業家を排除する事によって企業の合併・
統合を助ける事になります。
(例、欧州の金融業界とつながりを持つJ.P.モルガン)

こういうことを繰り返していった結果、1912年の時点において、
モルガンとロックフェラーが支配するニューヨーク市の四金融機関が
112の大銀行、鉄道、公益企業、保険会社等を支配下に置き、それら
の会社の資本金合計が合衆国の国民総生産のなかばに上るという
状態になります。
その結果、資金はニューヨークに集中し、(通貨がウォール街にあまり
にも集中していたので、たとえ国内の遠隔地に通貨不足が起こっても
通貨を迅速に供給できず、それが原因で1907年に恐慌が起こるほど
でした)
ウォール街は投資先を求める資金であふれていたのです。

 このような独占の進行によって、独占資本家は全国の生産を支配し、
価格を上げ、労働者を搾取し、上院議員は独占資本家の利益代表
となり政治を腐敗させていると、世論の反発を招くようになります。
政府はそのような国内の反トラスト論に答えて政府の権威を高めよう
とし、シャーマン反トラスト法を適用し、独占を禁止していくのですが、
ローズヴェルト政権のもとでは大企業と紳士協定を結ぶなどある程度
行政府の自由裁量で取り締まっていたのですが、タフト政権のころに
なると独占資本家に対しより厳しい姿勢で臨むことになります。
(例、1907年、アメリカで恐慌が起こった時、J.Pモルガンは投資
信託銀行業界に2500万ドルを提供し、ニューヨークの株式市場を救済
する見返りとしてモルガンの傘下にあるUSスティールにテネシー石炭・
鉄鋼会社を安値で買収させるという取引をローズヴェルト個人承認の
下で行うのですが、タフト政権はこの買収さえもシャーマン法違反と
して告発する事になります。)

一方、20世紀初頭、国内の征服は先述のようにほぼ終了して
いたので、アメリカは発展途上国に市場を求めて、そこに自国
の工業製品などを輸出して利益をあげようとする動きなどもあっ
て積極的な対外政策を進めるようになります。
ローズヴェルト政権ではやり方としては「こん棒外交」といって
パナマのコロンビアからの独立を助けてパナマ運河を租借する等、
武力を用いる対外政策のやり方が多かったのですが、
(このようなやり方は元来孤立主義を望むアメリカ世論によって
ある程度歯止めがかけられていたのですが)
それに対してタフト政権では、ウォール街の余剰資金をアメリカの
重視する海外の地域に投資資本家たちに投資させるという、
(例えて「銃弾を代えるにドルをもってする」)
いわゆる「ドル外交」とタフト自身自称する(失言だったのですが)
やり方が対外政策の手段として用いられたのでした。

・パナマ運河の完成が近づく中、カリブ海諸国がヨーロッパに
負っていた債務をアメリカ資本に肩代わりさせる政策を行う事によって
カリブでの投資を激増させる

・ニカラグアにおいてアメリカとの通商を約束した反乱指導者を支持し、
その指導者が政権に就くとそれに対する反乱を武力で押さえ込む
(南米ではちゃんと武力を使っています。)

・中国での鉄道建設を企図した英・仏・独の国際借款団に
アメリカ銀行家を強引に参加させる

・アメリカと外国の資本に満州鉄道を日本・ロシアから買い取らせ
ようとするが、日露協約を結んでいた日・露両国に拒絶される

これらの対外政策を行った背景としては、
先述のように国内の企業独占をきびしく取り締まられた金融資本家
たちに対し、海外の事業に投資させる道を与える事によって、政府は
外交で成果を上げる一方、企業資本家は利益を得る、それでアメリカ
も発展していく、
そういう結果をもくろんだためなのではないかと思われます。
(ただし、中国への借款に関しては銀行家たちは積極的ではなく、
他列強の反対もあって、成果を挙げる事はありませんでした。)
    • good
    • 0
この回答へのお礼

なるほど、産業発展の流れの中で捉えるのですね。
無学の私にもわかりやすい説明でした。
ありがとうございます。

お礼日時:2012/02/19 11:34

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Qタフト大統領

タフト大統領の主要な外交政策を説明していただけませんか。

ドル外交、四国借款etc :その資金源はどこにあったのでしょうか

お願いします!

Aベストアンサー

>その資金源はどこにあったのでしょうか

当時ニューヨークに集中していた独占資本家が持つ
ウォール街の余剰資金です。

アメリカにおける
19世紀後半~20世紀初頭までの産業発展の流れ

南北戦争後から19世紀末にいたってアメリカは最後のフロンティア
(グレートプレーンズ)を征服,大陸の征服をほぼ完了します。

・東部と西部を結ぶ大陸横断鉄道の完成
(西海岸にまで鉄道を通す目的はそもそも、アメリカの工業製品を
輸出して利益を上げるための市場(具体的には中国)を獲得するため
・東部での鉄道網の発展

この結果、市場は広域化し、
大西洋岸地方と五大湖中心に様々な工業、鉱業が発展し、
企業間の競争は激しくなり、やがて強力な企業が他の企業を
合併して巨大な企業が国内産業を独占する傾向が進みます。
(例、石油精製業のロックフェラー)

また、建設に多額の費用を要する鉄道は株式会社方式によって
資金を集めます。他の産業でもこの方式は普及し、大企業は
発展し、ニューヨーク証券取引所での株の取引が活発となり、
ウォール街はアメリカの金融と証券取引の中心地となります。

株式会社方式により、企業家と投資家の間で仲介者の役割をはたす
投資銀行家たちは、企業の株式を引き受け、その企業に信用を
与える事によって会社の経営に発言権を持つという見返りを
得、またいかがわしい企業家を排除する事によって企業の合併・
統合を助ける事になります。
(例、欧州の金融業界とつながりを持つJ.P.モルガン)

こういうことを繰り返していった結果、1912年の時点において、
モルガンとロックフェラーが支配するニューヨーク市の四金融機関が
112の大銀行、鉄道、公益企業、保険会社等を支配下に置き、それら
の会社の資本金合計が合衆国の国民総生産のなかばに上るという
状態になります。
その結果、資金はニューヨークに集中し、(通貨がウォール街にあまり
にも集中していたので、たとえ国内の遠隔地に通貨不足が起こっても
通貨を迅速に供給できず、それが原因で1907年に恐慌が起こるほど
でした)
ウォール街は投資先を求める資金であふれていたのです。

 このような独占の進行によって、独占資本家は全国の生産を支配し、
価格を上げ、労働者を搾取し、上院議員は独占資本家の利益代表
となり政治を腐敗させていると、世論の反発を招くようになります。
政府はそのような国内の反トラスト論に答えて政府の権威を高めよう
とし、シャーマン反トラスト法を適用し、独占を禁止していくのですが、
ローズヴェルト政権のもとでは大企業と紳士協定を結ぶなどある程度
行政府の自由裁量で取り締まっていたのですが、タフト政権のころに
なると独占資本家に対しより厳しい姿勢で臨むことになります。
(例、1907年、アメリカで恐慌が起こった時、J.Pモルガンは投資
信託銀行業界に2500万ドルを提供し、ニューヨークの株式市場を救済
する見返りとしてモルガンの傘下にあるUSスティールにテネシー石炭・
鉄鋼会社を安値で買収させるという取引をローズヴェルト個人承認の
下で行うのですが、タフト政権はこの買収さえもシャーマン法違反と
して告発する事になります。)

一方、20世紀初頭、国内の征服は先述のようにほぼ終了して
いたので、アメリカは発展途上国に市場を求めて、そこに自国
の工業製品などを輸出して利益をあげようとする動きなどもあっ
て積極的な対外政策を進めるようになります。
ローズヴェルト政権ではやり方としては「こん棒外交」といって
パナマのコロンビアからの独立を助けてパナマ運河を租借する等、
武力を用いる対外政策のやり方が多かったのですが、
(このようなやり方は元来孤立主義を望むアメリカ世論によって
ある程度歯止めがかけられていたのですが)
それに対してタフト政権では、ウォール街の余剰資金をアメリカの
重視する海外の地域に投資資本家たちに投資させるという、
(例えて「銃弾を代えるにドルをもってする」)
いわゆる「ドル外交」とタフト自身自称する(失言だったのですが)
やり方が対外政策の手段として用いられたのでした。

・パナマ運河の完成が近づく中、カリブ海諸国がヨーロッパに
負っていた債務をアメリカ資本に肩代わりさせる政策を行う事によって
カリブでの投資を激増させる

・ニカラグアにおいてアメリカとの通商を約束した反乱指導者を支持し、
その指導者が政権に就くとそれに対する反乱を武力で押さえ込む
(南米ではちゃんと武力を使っています。)

・中国での鉄道建設を企図した英・仏・独の国際借款団に
アメリカ銀行家を強引に参加させる

・アメリカと外国の資本に満州鉄道を日本・ロシアから買い取らせ
ようとするが、日露協約を結んでいた日・露両国に拒絶される

これらの対外政策を行った背景としては、
先述のように国内の企業独占をきびしく取り締まられた金融資本家
たちに対し、海外の事業に投資させる道を与える事によって、政府は
外交で成果を上げる一方、企業資本家は利益を得る、それでアメリカ
も発展していく、
そういう結果をもくろんだためなのではないかと思われます。
(ただし、中国への借款に関しては銀行家たちは積極的ではなく、
他列強の反対もあって、成果を挙げる事はありませんでした。)

>その資金源はどこにあったのでしょうか

当時ニューヨークに集中していた独占資本家が持つ
ウォール街の余剰資金です。

アメリカにおける
19世紀後半~20世紀初頭までの産業発展の流れ

南北戦争後から19世紀末にいたってアメリカは最後のフロンティア
(グレートプレーンズ)を征服,大陸の征服をほぼ完了します。

・東部と西部を結ぶ大陸横断鉄道の完成
(西海岸にまで鉄道を通す目的はそもそも、アメリカの工業製品を
輸出して利益を上げるための市場(具体的には中国)を獲得するため
・東部での鉄道...続きを読む

Q真田家の資金源

wikipediaで
”信之は上田藩時代より蓄財した20万両という大金をもって入封した。このため当初は裕福であったが、”
などという記述を見かけてふと気になりました。
真田家は武田傘下の時代に新府城の普請奉行を行い、その後武田傘下での沼田侵攻、対徳川戦、対北条戦、関ヶ原での上田籠城と結構数数の大戦をしているように思います。
その割には窮乏の話は聞かず10年ちょいで大貯金、上田ってそんなに裕福な地なのでしょうか?
真田家の資金源ってなんなのでしょうか?

Aベストアンサー

家康の貨幣制度の統一前後では一両の価値が異なります。
前は「両」は金銀の重さをはかる単位で、室町幕府は一両を
4.5匁と定めました。(宝石のカラットのようなもの)
当時は同じ一両でも、金一両と銀一両では価値が違いました。
(各地で異なる時価すなわち交換レートにより)
当時財産を両で表示することはありませんでした。

これでは経済活動に支障をきたすと、江戸幕府を建てた家康は
全国的統一を計り、純金 4 匁(15 g)の価値を一両とし
銀、銅銭との交換レートも決めました。
これで貨幣財産の価値は○○両と確定できます。

家康の遺産200万両はこの方式によりそのまま
太閤の遺産110万両は金銀銅をこの方式で換算した数字です。

信之が上田藩9万5千石に入封したのは慶長6年(1601年)です。
13万石に加封され松代に入ったのが元和8年(1622年)です。
上田の21年間毎年3万8千石の収入で、計 80万石( 約80万両)
松代の36年間毎年5万2千石の収入で、計187万石(約187万両)
合計約270万両の収入で死後の遺産24万両は、8%にもなる
普通では考えられない高い数字です。

信之は収税の役人をふやし、検地と年貢の厳しい取り立てをした
とのことで、爪に火をともすような節約をして、黄金を貯めたのでしょう。

それにしても松代移封時の20万両の蓄財は過大のようですね。
20万という大雑把な数字から10~20万両(それも下に近い)と
考えた方が適当でしょう。   
遺産24万両からの数字でしょうか。
遺産を幕府に知られたのでしょう、跡継ぎはいろいろ賦役を命じられ
苦しい思いをします。

ところで江戸幕府の貨幣改鋳の件ですが、慶長6年(1601年)の
制定から100年近く改定がありませんでした。

経済の進展に対し、米本位の幕府財政は行き詰まり、のちの勘定
奉行萩原重秀の進言により、金銀貨の不足改善の名のもと、
元禄8年(1695年)金銀貨の粗悪改鋳が実施された。

例 慶長一両小判金 含金率85.7%  純金量15.1g
   元禄  〃         56.4%      10,4g

  見かけの大きさ、重さは大体同じだが価値は約2/3 になった。
  一両の値打ちも2/3に下がった。
その後も紆余曲折はあったがたびたび改鋳され、大きさ、重さも
小さくなっていった。
銅銭の問題がありますが省略します。

家康の貨幣制度の統一前後では一両の価値が異なります。
前は「両」は金銀の重さをはかる単位で、室町幕府は一両を
4.5匁と定めました。(宝石のカラットのようなもの)
当時は同じ一両でも、金一両と銀一両では価値が違いました。
(各地で異なる時価すなわち交換レートにより)
当時財産を両で表示することはありませんでした。

これでは経済活動に支障をきたすと、江戸幕府を建てた家康は
全国的統一を計り、純金 4 匁(15 g)の価値を一両とし
銀、銅銭との交換レートも決めました。
これで貨幣財...続きを読む

Qオバマ大統領の英語

オバマ大統領の演説を時々テレビで見ます。

オバマ大統領の話す英語の発音は、アメリカのどの地域で話される発音でしょうか。
私はまだ英語の勉強を始めたばかりなのですが、東部の諸州の発音ではないように思うのですが…..。

Aベストアンサー

オバマさんは、さすがに元弁護士なだけあって、適材適所、発音を使い分けています。下記の動画を例にとりましょう。
http://www.youtube.com/watch?v=OFPwDe22CoY

前半、自分の生い立ちなど、事実関係を淡々と述べる時には、それこそカリフォルニアの小学校の国語の授業で使うような、わかりやすくてクセのない米語を話しています。語学として英語を勉強する時には、こうした箇所を活用するといいでしょう。

ところが、動画中盤(02:50~)、有名な一節「There is no liberal America(略)there is the United States of America.」で語気を強めるあたりは、ちょっとクセを出し始めています。ハワイやインドネシアで育ったオバマさんですが、これが#2さんがお書きになっているような地方の影響だと考えれば確かに自然です。

とはいえ、特にカンザスの訛りなどが、体よく南部出身の黒人の訛りとダブるのです。カンザスといえば、貧しくとも頑張って働いてきた白人の地域の代名詞。しかし、発音は黒人とダブる。まさしくアメリカがオバマ候補に求めた、白人と黒人の両方の要素をここでアピールしています。

例えば「United」の「ユー」を伸ばしているのは単なる強調としても、この「ユー」が微妙に「ヨー」に近い点、「America」の「ca」の部分の微妙なリズム感が南部っぽいです。3:37の「America」の「me」の伸ばし方なんて、その最たるものですね。

南部の発音には温かみもありますから、こういうふうに"標準語(?)"と使い分けると、前半では「きちんと話ができる理性的な紳士なのだな」という印象を与えますし、後半では「俺らと同じ庶民なんだな」という一体感を与えます。

で、学習者としては、この聞き分けに迷うとお思いかもしれませんが、申しましたように、オバマさんは「庶民性」を出したいときにクセを付けますので、聴衆が笑ったり拍手で盛り上がったりするときに、オバマさんが訛りを取り入れていると考えればだいたい正しいです。

面白いのが、3:45から始まるクライマックスで、例えば「But I got news for them too.」の「too」が、わざと投げやりになっています。このセンテンスそのものがカジュアルな表現ですね。このあたりはクセのオンパレードで「pokin'」などと、かなりざっくばらんな発音で感情をあらわにしています。そして05:04で自分を「skinny kid」と呼ぶ時の「kid」の伸ばし方が、本当に”南部のガキ”のようなのですが、このセンテンスの最後の「too」を意外に丁寧かつ慎重に発音しています。それもそのはず、そこからスピーチのテンポがトーンダウンするんです。

つまり、オバマさんのスピーチは一曲の歌のようになっていて、要所要所にスタッカートやクレッシェンドを入れながら、リスナーの感情の高ぶりを煽ったり、それをまた鎮めて癒したりしています。

こうした傾向を把握したうえでオバマさんのスピーチを教材にすれば、効果的に発音の学習ができるのではないかと思います。ただし、オバマさんのように国家を引っ張っておられる方々にとっては、演出が命ですから、そっくりそのままに真似たら、かなり鼻持ちならない日本人になってしまいますね(笑)。

オバマさんは、さすがに元弁護士なだけあって、適材適所、発音を使い分けています。下記の動画を例にとりましょう。
http://www.youtube.com/watch?v=OFPwDe22CoY

前半、自分の生い立ちなど、事実関係を淡々と述べる時には、それこそカリフォルニアの小学校の国語の授業で使うような、わかりやすくてクセのない米語を話しています。語学として英語を勉強する時には、こうした箇所を活用するといいでしょう。

ところが、動画中盤(02:50~)、有名な一節「There is no liberal America(略)there is the United ...続きを読む

Qもし平清盛が源頼朝と源義経を処刑していたらその後の展開はどうなりますか?

もし平清盛が源頼朝と源義経を処刑していたらその後の展開はどうなりますか?

Aベストアンサー

源氏の生き残りは 誰かを統領にして戦うでしょう
隠れている源氏はいくらでも居る
平家は必ず 滅ぼされたでしょう
言い切れる理由に
平家に有能な人が居なかったと言う事と
復習は怖い と言う事です
 
注目したい事は 世界史等からも
この時代から 日本だけでなく
世界規模で戦争の時代に入った
と言う事 

其の発端が 日本は僧侶(保元の乱)
西洋は教会(十字軍)なんですね
ここにも注目

聖職者の堕落が戦争の発端

Qcrossのボールペンを愛用 でも万年筆はどうか

crossのセンチュリークロームを愛用しており、ネーム入りまでしました。(なくしやすいサイズなので、、)もう100円ペンから離れ、おかげでデスク周りがすっきりなりました。
この度万年筆を少しよいものを買おうと思っていますがcrossのものを見ると、ボールペンと比べ、バリエーションがあまりないように思いました。(現在はlamyの3000円くらいのものを使っています。)予算は1万5千円ですが若干出てもかまいません。crossの万年筆を使ったことのある方、またはお勧めブランドなどあれば教えてくださればご幸甚です。

Aベストアンサー

クロスの万年筆を普段使いしています。書き味も(私は)好みです。
クロスの万年筆は価格帯が安いものはペン先がステンレスになります。ステンレスのペン先は一般的にペン先が堅い(しなりにくい)のでやはり18金のペン先をお薦めします。

比較的価格が安くてペン先が18金のものとしては以下があります。
 http://www.rakuten.co.jp/buneido/399236/830934/
 http://www.rakuten.co.jp/buneido/399236/446205/
 http://www.rakuten.co.jp/buneido/399236/478272/

私が持っている内の1本はヴァーブ プラチナですが、このシリーズはあまりお薦めしません。デザインは美しいのですがペンクリップの外周に樹脂を使用しているため、長く使っていると、この樹脂の部分が欠けたりします。

クロスの万年筆は線の太さが他のメーカーに比べてかなり太めです。F(細字)でも国産メーカのM(中字)くらいの太さになります。ですから普段書くのが手帳ならXF(極細)を選択する方が良いですよ。そうしないと文字がつぶれてしまいます。

少し余談になりますがクロスの筆記具の価格設定は少し特殊です。
例えばクロスの最高シリーズであるタウンゼントという万年筆があるのですが、全く同じ形状でありながら、安いモデルは1万円台、高くなると5万円台と価格に大きな幅があるのです。

他のメーカは一つのシリーズの中でモデルが変われば、形状も変わります。例えばペリカンのスーベーレーンシリーズにはM200~M1000の複数のモデルがありますが、モデル毎にペンのサイズが異なるので、見れば大体どのモデルかが分かります。

これには良い面と悪い面があります。
つまり「安いお金でクロス社の最高シリーズを買える」が良い面です。多少万年筆の知識がある人なら見ればパッと見でタウンゼントシリーズと分かりますから「おっ、タウンゼントってクロスの最高シリーズだよね」と思ってくれるので、持ち主は見栄が張れます。

でも一番高いモデルを持っている人にとっては、これが逆に悪い面になります。「タウンゼントって結構安いものもあるんだよね」と思われて、それがシャクにさわるのです。

クロスの万年筆を普段使いしています。書き味も(私は)好みです。
クロスの万年筆は価格帯が安いものはペン先がステンレスになります。ステンレスのペン先は一般的にペン先が堅い(しなりにくい)のでやはり18金のペン先をお薦めします。

比較的価格が安くてペン先が18金のものとしては以下があります。
 http://www.rakuten.co.jp/buneido/399236/830934/
 http://www.rakuten.co.jp/buneido/399236/446205/
 http://www.rakuten.co.jp/buneido/399236/478272/

私が持っている内の1本はヴァー...続きを読む

Q日本は明治維新の際、なぜ外国からの借款を必要としなかったのですか?

日本は明治維新前は、封建社会で、農民の移住・職業選択の自由がありませんでした。
明治維新後、資本主義社会になり、市民的な自由の実現が前提条件となりました。
以上のことを踏まえて、日本は明治維新の際、なぜ外国からの借款を必要としなかったのですか?
曖昧な質問かもしれませんが、答えてくださったら嬉しいです。

Aベストアンサー

金や銀がたくさん取れたから。。。
日本は江戸時代の初期には金は世界有数の産出量
銀は(たぶん)世界一位の産出量だったと思われます
幕末のころには金脈や銀脈がやせ細ってきていましたが
それでも それまでの蓄積がありますから金銀は日本国内に
豊富でした
二つ目の理由は
薩摩は琉球、中国などとの貿易で
長州は朝鮮などとの貿易で お金をもうけため込んでいました
この2藩は地場産業も盛んでした
その軍資金でもって明治維新が実現したわけです
外国から軍艦や小銃・大砲を現金(金・銀)で支払いしています
借款するまでもない金持ちの藩だったのです
幕府は家康以来ため込んでいた金貨がだんだんと減ってきたため
フランスから借款することも検討しましたが徳川慶喜が官軍との
戦争をやめたため、借款する必要がなくなりました
三つ目の理由は
反官軍の諸藩が借款してまで徹底抗戦しようとしなかったことです
そのためあまり長期にわたっての戊辰戦争はありませんでした
最後まで抵抗したのは榎本武揚の函館・五稜郭軍ですが
外国もこの軍が勝てるとは思えないということで借款を
提供しなかったのでしょう

金や銀がたくさん取れたから。。。
日本は江戸時代の初期には金は世界有数の産出量
銀は(たぶん)世界一位の産出量だったと思われます
幕末のころには金脈や銀脈がやせ細ってきていましたが
それでも それまでの蓄積がありますから金銀は日本国内に
豊富でした
二つ目の理由は
薩摩は琉球、中国などとの貿易で
長州は朝鮮などとの貿易で お金をもうけため込んでいました
この2藩は地場産業も盛んでした
その軍資金でもって明治維新が実現したわけです
外国から軍艦や小銃・大砲を現金(金・銀)で...続きを読む

Q安倍晋三内閣総理大臣と小池知事は、どちらが、トランプ大統領プーチン大統領習主席メルケル首相英国首相マ

安倍晋三内閣総理大臣と小池知事は、どちらが、トランプ大統領プーチン大統領習主席メルケル首相英国首相マクロン大統領に、強く発言できるでしょうか。皆さまは如何でしょうか。

Aベストアンサー

一般的に国家の新人トップは相手にしないのが定説です。
理由は、政策的な面で不安感があり継続性に期待が無い。
よって国際間の公約に実効性が欠けると考えるのが妥当です。

Q3B政策、3C政策

3B政策、3C政策の
3Bはベルリン、ビザンチウムと後もう一つはどこなんでしょう?
3Cはカイロ、カルカッタと後もう一つはどこなんでしょう?
すいません。
変な質問ですがお願いします。

Aベストアンサー

3B:ベルリン・ビザンティウム(イスタンブ-ル)・バクダッド
3C:カイロ・ケープタウン・カルカッタ

ご参考ください。

Q26時間テレビのそっくりさんのコーナーについて

午後からやっていた、「緊急そっくりさんSP」のコーナーでスマップのメンバーのそっくりさんが出ていました。
しかし、どうもその中で本物がいたと思うのです。

キムタク→しゃべった感じはそっくりさんだった。
稲垣ごろう→山口おさむと名乗っていたが、本物だと思いました。
くさなぎ→どうみても本物?
香取しんご→そっくりさん?本物?分からない。。

さきほどから、そっくりさんなのか本人なのかずっと気になっています。。

このメンバーのうちで、そっくりさんと本物の見分けがついた方いますか?

Aベストアンサー

中居くんのそっくりさん以外全員、本物です。

Qアメリカのオレンジ政策、ドイツの3B政策とは

アメリカのオレンジ政策、ドイツの3B政策とはなんでしょうか????

Aベストアンサー

アメリカのオレンジ政策というより、オレンジプランと言うべきです。
これはアメリカの対日作戦のひとつで、アジアに進出しようとするアメリカにとって日本帝國は邪魔なので、早めに叩き潰そうというものです。
その方法として、多数の戦艦を保有して太平洋を押し渡り、日本の連合艦隊と雌雄を決せんと企図したものです。
これは、日本の真珠湾攻撃により太平洋艦隊が壊滅したため、一旦頓挫しましたが、のちに航空母艦等の活用と、より大規模になった艦隊により、日本を破っています。
ドイツの3B政策とは、ベルリン、ビザンチン、バクダットを鉄道で結び、またそのためにドイツから中東に抜ける地域に勢力を伸張しようとしたものです。
これは、イギリスのカイロ・ケープタウン・カルカッタを海路で結ぶ3C政策をを脅かすものであり、第一次世界大戦の原因のひとつです。


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