江戸時代の僧侶の日常生活についてわかるようなサイトは無いでしょうか?
例えば吉原、などだと中の独特のしきたり、暮らし振り等々の説明してある
サイトは多いし一般庶民、というのも結構見つけきれたのですが・・・・・・。
宗派によっていろいろと異なるとは思いますが、時代の雰囲気を総合的に
見てみたいというのが一番ですのであまり厳密には問いません。
山に篭っての仏道修行というよりは市井の人々の中にあるお寺、みたいなのが
窺えるほうが嬉しいです。

A 回答 (1件)

サイトで見つけるよりも本で見つけた方が早いのではないかなと思います。


江戸の庶民の中に息づく僧侶の生活ならば、西鶴が一番良く伝えてます。
西鶴の「好色一代男」の巻にもありますし、「諸艶大鑑」なども
当時の生活振りをよく伝えているのでは?
難しければ、西鶴の研究本や江戸大辞典など図書館に行けばたくさんあるので
そこから探してみてはいかがでしょう?
かなり皮肉っていますが、面白いですよ。
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この回答へのお礼

情報ありがとうございます。
そうですね、実際かなりサイトは探し回ったのですが(苦笑)
なかなか・・・・・やはり文献が一番早いですかね。
図書館行ってみます。

お礼日時:2001/05/09 07:55

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『世間胸算用』の該当部分を読みました。(巻4 3「亭主の入替り」ですね)
〔ふだんなら芸事をしない人はないのに、その日に限って盛り上がらず念仏を唱えている人などがいてしんみりした様子なのに、一人浮かれて歌っている男がつらにくい〕というところですね。
この記述を見る限り、江戸時代であっても、「場に合わない行為をしていればみんなに迷惑がられる」というのは変わらないように思います。
普段の舟では、みんながにぎやかに芸をするのが普通だからみんなで騒いで盛り上がり、この舟では、暮の算段がうまくいかない人ばかりが乗り合わせて落ち込んでいるのに、一人だけ浮かれているので、他の客は苦々しく思っているのでしょう。

で、この場面で移動に使った船、「三十石船」について調べてみました。

ぶらりおおさか漫歩(参考URL)

三十石船とくらわんか舟
http://www.shinkin.co.jp/hirakata/hira44.html

三十石船 
http://www.asahi-net.or.jp/~PU7T-KMR/aki570.htm

などによると、船にかかる時間は、上り12時間、下り6時間だそうで、夜の上りは寝ているうちに京都に着くので人気だったそうです(そういう船ではみんなが寝ていたので、騒がないでしょうね)。また30人乗りくらいだそうですから、マイクロバス程度の小集団です。座席も横並びや向かい合わせで、落語「三十石」には、「一人で3人分や5人分の席を買って足をのばす」などもあり、相当狭かったようです。くっつきあってすわっている状態ですね。
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また、以下の本に、現代の旅と江戸期の旅の違い、西鶴の旅が名所より人事の観察に興味を持ち今の旅に近いことなどが出ていました。

『江戸のこころ-浮世と人と文学と-』 谷脇理史 新典社

また、旅は必ず複数でするもの、船旅は思わぬ楽しみ など、江戸期の旅の様子が以下の本に出ていました。

『図説 浮世絵に見る江戸の旅』 佐藤要人 監修 河出書房新社 ふくろうの本

参考URL:http://www.daishodai.ac.jp/frmdocs/manpo/burari.html

#2です。補足ありがとうございます。
『世間胸算用』の該当部分を読みました。(巻4 3「亭主の入替り」ですね)
〔ふだんなら芸事をしない人はないのに、その日に限って盛り上がらず念仏を唱えている人などがいてしんみりした様子なのに、一人浮かれて歌っている男がつらにくい〕というところですね。
この記述を見る限り、江戸時代であっても、「場に合わない行為をしていればみんなに迷惑がられる」というのは変わらないように思います。
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 そうだと思います。僧侶には「不淫戒」(女性と交わってはならない)が課せられていましたし、恋愛は修行の邪魔、悟りを開く妨げということで、遠ざけなくてはならないものだったと思います。

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 当時は男が女の家に通う「通い婚」が(貴族たちには)普通でしたし、恋愛の段階でも常に逢いに行くのは男性で、女性は自分の家でひたすら待つ立場でしたから、「つれなき人を待つ」というのは、自分になかなか逢いに来てくれない冷たい恋人(もしくは夫)を待っている女性の立場の歌と言うことになります。

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 もちろん、「待つ」のは恋人だけとは限らず、親友とかの訪れを待ってもかまわないわけで、その場合は本人の心情ということになるでしょうが、この歌に関してはともかく恋の歌ととるのが良いと思います。
 

> 「僧侶の作なので」というのは僧侶は恋をしないという事なのでしょうか?

 そうだと思います。僧侶には「不淫戒」(女性と交わってはならない)が課せられていましたし、恋愛は修行の邪魔、悟りを開く妨げということで、遠ざけなくてはならないものだったと思います。

> なぜ「女」に代わって詠んだものとされるのでしょうか?

 当時は男が女の家に通う「通い婚」が(貴族たちには)普通でしたし、恋愛の段階でも常に逢いに行くのは男性で、女性は自分の家でひたすら待つ立場でしたから、「つれな...続きを読む


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