プロが教えるわが家の防犯対策術!

なぜ毎年自殺者が増えるのでしょうか?これほど豊かな国なのに心は全く豊かになりません。
原因は何でしょう。

A 回答 (7件)

他の方の回答に「健康問題」が人が自ら死を選ぶ理由のトップだとありますが、健康問題の


大半は「うつ病」です。自殺という選択はうつ病という病気がもたらす精神的な症状の一つ
ですから、逆説的にいうと、自殺する人がうつ病を発症しているのは当然のこと。

結果的に健康を自由として死を選ぶ人が多くなるのは当たり前のことです。問題なのは、な
ぜその人が健康に問題を持つようになったのか、ということ。

自ら死を選んだ人たちのことを、もう少し詳細に分析してみると、その人の就業形態によって
自殺原因の割合は大きく変化します。

経営者、被雇用者、無職者の3つの就業形態で考えると、自殺者の割合は1:2:5。
圧倒的に無職者の割合が多い。

自死の理由を「健康問題」として挙げる人の割合が一番多いのは、このうち「無職者」のみ
で、実に無職者の70%が健康問題を理由として死を選びます。

一方で、就業者(経営者・被雇用者)で見ると、全体の45%が経済問題を事由として死を
選び、健康問題を事由として死を選ぶ人は就業者全体の27%程度です。

これを自殺者全体でみると健康問題を事由として死を選ぶ人が全体の5割近くなり、あたか
も健康問題こそが自殺問題の最大のウィークポイントであるかのように錯覚を起こしてしま
うのです。

そもそも、「無職者」であるという事由そのものが自殺問題の一つの原因であり、無色さh
の数を減らすことができれば、当然自殺者の数を減らすことはできるでしょうし、死を選ぶ原因の割合にも変化が生じるでしょう。

失業を理由として精神的疾患を発症し、そのまま就業することが難しくなり離婚。結果孤独
感と絶望とにさいなまれ、自ら死を選ぶ事例など、いくつでもあります。

1997年。消費税が増税されたことを理由として、翌年。1998年、金融機関をはじめとする数
多くの企業が倒産しました。その結果、多くの国民が失業し、またそれまで2万人台で推移
していた自殺者の数は大きく変化し、年間1万人の規模でその数を増加させたのです。

それ以来、昨年2011年に至るまで、毎年1997年以前の水準を1万人近く上回る状況が継続し
ています。

これは、つまり1998年以来、潜在的な無職者の数が変化していないことを示しています。
就業している、という状態は「経済問題」とはまた別に、人間の「所属欲求」をみたし、孤
独感を感じる人を大幅に減らす効果もあるのではないでしょうか。

就職活動をしている人の数は「失業者数」として顕在化しますが、就職活動をしていない人
の数はここに現れません。また一方で、「失業者数」の推移と、「自殺志望者数」の推移は
絶妙にリンクしています。つまり、折れ線グラフで示すと、とてもよく似通った軌道を示す
のです。

結局自殺者数が減らない最大の原因は国策です。
今のように消費税増税にばかり気を取られて、経済成長をないがしろにしていたのでは、こ
の問題を解決することなどとてもできません。

「解決」とは、すなわち1997年以前の水準に戻すことです。
「雇用の問題」には、二つの側面があります。一つは、民間の側。つまり雇われる側からの
問題で、「就労」の問題。ですが、今これほどに無職者の数が多いのは、雇われる側の問
題、つまり雇われる側に能力が欠落しているからでしょうか。

そんなことはありませんね。就労の問題がいつまでたっても解決しないのは、雇う側。つま
り企業の側にいつまでたっても人を採用するだけのゆとりが生まれないからです。

もちろん雇われる側の問題もあります。ですが、雇われる側に、職業を選択できるほどの状
況に今企業側の状態がないことに問題の本質はあるのです。

円高状態の放置然り、TPPの問題然りで、国内の就労状況を回復するために頭を使わなけ
ればならないのに、今の政府はなぜか国内の経済を国外へ逃がすための政策を立案すること
に必死です。少なくともリーマンショックまでの間は経済は回復する基調にありましたし、
麻生内閣でもどん底に落ち込んだリーマンショックから経済を成長基調に向かわせました。

あと一歩だったんです。

改めて思います。今こそ必要なのは景気回復のための財政出動政策である、と。
    • good
    • 0

やはり、敗戦後にGHQの方針で、宗教を蔑視する政策がとられ、それが現代まで続いて、多くの国民が、あの世や神の存在を否定し、人間は肉体のみであり、単なる物質でしかないと思い込まされてきたからでしょう。


単なる物質なら、壊してもいいし、「死んだらお仕舞いで、すべて無くなる。」というデマを信じ込んでいるなら、自殺に抵抗感というか罪の意識も無くなりますからね。

キリスト教なら、自殺したら教会から埋葬拒否されることもあるらしいし、地獄に行くって思ってますので、かなりの自殺抑止力にはなっているでしょう。ただ、現実には、日本と同様に、キリスト教徒であっても、そういうことを信じていない人も多いようですが・・・。

それから、90年代のバブル崩壊以降、経済的に苦しくなっている方が増えているのも大きな原因になっていると思います。当時の初任給が24~25万だったところが、現在では、17万くらいに低下している職場もあるようですしね。

なお、「心が豊かにならない」ってのは、人生の目的、生き甲斐が判らないからでしょう。「自分が何のために生まれてきたのか?」が認識されていれば、その目標に向かって努力し、成長することで人生・心・生活が豊かになると思います。(経済的には厳しいかもしれませんが・・・)
そして、それを明確にしてくれるのが宗教です。
    • good
    • 0

自殺をする人は天から与えられた寿命を自ら拒否して生きることを拒んでいるわけですから、自業自得と言っても過言ではありません。

自殺を救おうと国も地方自治体も努力はしているのです。金銭面では生活保護法で、精神的な面では各種カウンセラー制度も設けています。ここまで面倒をみてやってそれでも自殺する人は、もはや「どーぞ」といっても差し支えないと思います。それではどうして毎年自殺者が増えて行くのでしょう、それはこのところ社会全体に「死」という言葉が氾濫し、生命の尊厳をおろそかにし、「死」を軽々しく考える傾向が年々増えているからでしょう。
東日本大震災で亡くなった方の中には死にたくて死んだ人など一人もいなかったはずです、犠牲者の方々はは生きたくて生きたくて、必死に生にしがみつこうとされたにもかかわらず、亡くなってしまったのです。
自殺者は甘ったれています、そんなに自殺したかったら、そんなに自分の命を粗末に扱うのなら「どうぞご自由に死んでください。我々はもう止めませんから」と言うべきです。もし国がそういったら非難が殺到するでしょうが増え続ける自殺者を減らすにはこれが最適な方法だと思います。
    • good
    • 0

 自殺の原因のひとつに雇用の不安定さや抜け出せない貧困状態が考えられます。


それらをカバーするべきセーフティネットの不備も大きな問題でしょう。

 ここでは参考資料として『ワーキングプア時代』山田昌弘著 文藝春秋社より内容の一部を紹介します。
この本の中で山田氏は『日本の最低賃金額は、先進国中最低水準にある』としたうえで下記の経験談を紹介している。

『私は、2006年にフランスの経営大学院の日本視察団の方々と意見交換会をもったのだが、そのとき、最低賃金額の低さに驚いた彼らに、なぜ日本の若者はデモや暴動を起こさないのかと質問された。2007年にスペインのテレビ局のインタビューを受けたときにも、ディレクターはスペインでこんな低賃金なら若者はみんな外国に働きに行ってしまうだろうと述べていた。』

 日本の最低賃金額は、その収入のみで生活する人は存在しないことを前提に決められており、いままではおおむねそう考えてよかった。だから、低くても問題にならなかったのである。これは、次の二つの前提からなる。

(1)フルタイムで働ける人は、必ず、生活できる程度の収入を得る職に就くことができる。
(2)最低賃金レベルで働く人には、必ず彼(彼女)を扶養している家族がいる。

 経済の高度成長期から1990年代半ばまでは、この二つの条件は、おおむね満たされていた。
 まず、労働に対する需要が旺盛であり、また、正社員は終身雇用慣行によって守られていた。フルタイムで働く意欲があり、働く条件が整っている人であれば、誰でも「望めば」正社員になれ、真面目に働けば、人並みの生活ができる給与をもらえたのである。
 当時、最低賃金レベルの時給で働いていたのは、親に扶養されている学生か、夫に扶養してもらっている主婦であった。もしくは、農家など自営業の所得不足を補うための片手間で外に働きに出ている兼業労働者であった(それに、年金受給高齢者も含めてよい)。彼らは、中小商店やスーパーマーケットのパート販売員、工場や建設現場、事務の単純作業などに従事した。彼らは、小遣い稼ぎ、もしくは、家計の補助のために働いているのであり、その収入で一家の生活を支えているわけではない。だから、賃金額が低くてもかまわなかったのだ。そもそも、学業や家事、
家業という本業があるので、フルタイムで働きに出ることが難しい人たちである。そのため、低賃金かつパートタイムの職が存在しても社会的問題にならなかったのだ。
 仕事状況と、家族状況の大きな変化が近年(1990年代後半)生じたがゆえに、「最低賃金額」と「生活保護」の矛盾が大問題にならざるをえなくなった。それは、先の二つの前提が崩れたことにより、フルタイムで働く意欲があり、条件が整っており、かつ、生活を自分で支える必要がある人が、不安定で低収入の職に就かざるをえなくなっているからである。
 それは、労働と家族の状況が変化した結果、生じた事態である。

※日本は現時点でも先進国中最低レベルの「最低賃金額」のままである。
独立したい若者の多くや家族を養うべき中高年であってもなかなか良い条件の仕事が見つからず、仕方なく最低基準レベルの賃金で働き続けているのである。

参考としていただけたら幸いです。
    • good
    • 0

法律家の団藤先生は、武士道思想に原因を求めて


いました。
死は軽い。
死ねば、全て許される、という思想です。

心理学者の星薫氏は、日本人の生真面目さを
あげていました。
借金など踏み倒せばよいのに、米国の黒人などは
それでノホホンとしているのに、日本人は
必死で何とかしようとする、ということでした。

世界で始めて、自殺を科学的に調べた
デュルケームによれば、国家、社会、企業、家族
などの集団との距離を挙げるでしょう。
豊かな日本ですから、アノミーが原因だと
いうかもしれません。

デュルケームによれば、自殺はその有無は問題でない。
問題なのは多すぎるかどうかだ、と言っています。
日本は多すぎると思いますが、
近年の自殺の多さは、不況の為でしょう。

尚、ここ数年、自殺は減っているはずですが。
    • good
    • 0

私の見たところ、私の少し年下に鬱や自殺者が多い。



その年代以降
ゲーム、パソコンなどが定着し、子供の頃から1人や少数で遊ぶ事が増えて、人付き合いが苦手になっているのではないでしょうか。

打たれ弱いというか。
ゆとり教育も、影響している気がします。

後は高齢者が増えている事。60台以降の自殺者が増えているそうです。
    • good
    • 0

 「自殺しようと思う人が多いから」



なぜ自殺しようと思う人が多いか?
生活が苦しいなどの理由が挙げられるが、単純にそれだけなら貧困の国家は自殺者が多くなるはずであるが、そうではない
(もっとも自殺統計などが存在しないだけ、という可能性もあるが)

日本のように生活保護・社会保障制度が一定レベルで保障されている社会において、死ぬ必然性は極めて低い。
つまり、生存権に代表されるように、人として生きる権利が保障されていることは言うまでもない。


では、自殺する人・企画する人の自殺原因の根底にあるものを思慮しよう

経済的要因で自殺する人が多いと思われているが、実態としては健康問題が多い。健康問題から収入を得られなくなったことも付随的に発生するのも言うまでもない
自殺する人の多くが、何かに絶望し、将来を悲観することによって自殺に至ることは想像できるだろう

では、なぜ絶望し、悲観するか?

それは、自己願望が叶わないことから生じるものであろう。
自分・もしくは、周囲の人間にある種の幻想的希望を持ち、その幻想が崩壊した時に、絶望・悲観によって自我まで崩壊し、自殺に至るのであろう。

この自己願望のようなものは、ある程度の物理的裕福さが前提になるだろう
貧しい人間は、その日を生きるに精一杯であるから、自己願望を持つことはあっても、それに強く執着できない。
ある程度の豊かさが、自己願望への執着を可能にし、その執着の反動が、絶望・悲観であり、自殺に至るのであろう

自殺とうつ病の関係・日照時間の関係などを臨床心理学見地で研究されているが、根底にあるのは、自己願望への執着度合いであろう。
ある意味、自己愛が強い人でないと自殺できないものであろう。

もっとも日本国の場合は、切腹などの習俗が変な誤解を受けて精神論として認知されているので、そこらの死生観の関係性もあるだろうが・・・・
 
    • good
    • 0

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!