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アインシュタインの書いたものは、相対性理論を含めて、ドイツ語が多いというのは本当でしょうか。
なぜドイツ語で書いたのでしょうか。

A 回答 (6件)

アインシュタインはドイツで生まれ、ドイツ語を母語として育ち学び


研究生活を送った英語の不得意なユダヤ人でした。

彼の功績と言われる一連の研究、ブラウン運動の理論、光量子論、相対性
理論を発表した時代、物理と化学の分野の中心はドイツでした。
ドイツ語がこの分野の世界のいわゆる公用語でした。

例えば、1905~1916年に彼により発表された相対性理論の内
一般相対性理論に付いての解説の三大名著は全てドイツ語で書かれています。
(1)ヘルマン・ワイル:空間・時間・物質(1918年)
(2)マックス・ボルン:アインシュタインの相対性理論(1920年)
(3)ヴォルフガング・パウリ:相対性理論(1921年)
http://itpro.nikkeibp.co.jp/NC/members/NC/YONEDA …

アインシュタインは1922年に日本を訪問していますが、その際の彼のドイツ語
講演を石原純博士が纏めています。当時の日本人研究者のドイツ語力も素晴らしい
ものでした。英語が公用語化した今でも、英語講演を聴き、それを正確に英文化できる
日本人研究者は居ないのではと思います。テープレコーダーもない時代です。
ノーベル賞受賞決定直後の講演なので、今でもアインシュタイン研究の為の貴重な資料と
されています。

以上の2点が「アインシュタインが論文をドイツ語で書いた」理由です。
今の状況に置換えて言うならば、あるアメリカ人研究者が、アメリカが
先進的な分野で彼の最高の論文を、わざわざ不自由なドイツ語またはフランス
語では書かないで英語でアメリカの専門誌に投稿するのと同じです。

アインシュタインはドイツで生まれ最初の国籍はドイツでした。兵役から逃れる
ため一次無国籍となり、スイス国籍を得、亡命先でアメリカ国籍を得ています。
アメリカ滞在中も英語は得意では無かった様で、彼の最後の言葉はドイツ語と
言われています。残念ながら、臨終を看取った看護婦(家政婦)がドイツ語を
理解できなかったために何を叫んだかは判っていません。
ベートーベンの最後の言葉「もつと光を!」の様に劇的な言葉だったのか、
「相対論は不完全だった!」「おっかさん、怖いよ」だったのかは永遠の謎です。
彼の高校時代の成績を見ると、最高点6点評価で、ドイツ語(国語)5点、イタリア語
4点(イタリアに住んだことがある)、英語は空欄(評価無し、受講無し?)でした。
フランス語欄には4を消した痕が有ります。フランス語も綺麗に話したという証言は
有ります。アメリカ国籍の申請から取得まで5年掛かっていますが、友人は彼の
英語力に心配したという話が残っています。
イスラエルの初代大統領にも推された彼は終始ユダヤ人で在ったと言うべきと
思います。

さて、ユダヤ人の優秀さを語る話は誇張されています。
ナチスへの反感から多くのユダヤ系研究者がドイツを去った後でも、物理と化学に
関してはドイツ語圏の研究者層は厚く、レベルも高く直接的な影響は有りませんでした。
しかし、大戦による欧米諸国の疲弊、亡命研究者を含むアメリカでの新拠点の
形成、アメリカの経済的支配力の増大等が、英語がドイツ語に取って代わった
理由です。ユダヤ人云々の話は割引いて聴いた方が良いと言えます。

ナチスによる弾圧のために研究の中心がドイツ語圏からアメリカに移った代表例は、
フロイトとユングに始まる精神分析学です。ユダヤ系のフロイトの学説は
ナチスに糾弾され彼の説を支持した多くの学者が殺されています。
フロイトは亡命し、ドイツ系でスイス人のユングは留まりますが、多くの支持者を
弾圧で失っています。
戦後、精神分析学はアメリカで花開き、今アメリカドラマを見ると事有る毎に
セラピーセラピーのセラピストと弁護士の過剰社会になっています。
脳内の組織的欠陥が精神病の原因として、悪名高い各種実験をやっていた
ドイツ精神医学は世界の潮流から取り残されました。
しかし、遺伝子研究が進んで来た今日、特定の精神疾患と遺伝子の関連が
指摘されているのも興味の有ることです。
ただし、もう科学のどの分野も公用語は英語になっています。

開発途上国のレベルの向上も、最も習い易い言語である英語が科学公用語として
広く認められている背景と思います。
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No.4 です。



>>さて、ユダヤ人の優秀さを語る話は誇張されています。
>>ナチスへの反感から多くのユダヤ系研究者がドイツを去った後でも、物理と化学に
>>関してはドイツ語圏の研究者層は厚く、レベルも高く直接的な影響は有りませんでした。
>>しかし、大戦による欧米諸国の疲弊、亡命研究者を含むアメリカでの新拠点の
>>形成、アメリカの経済的支配力の増大等が、英語がドイツ語に取って代わった
>>理由です。ユダヤ人云々の話は割引いて聴いた方が良いと言えます。

と書いて下さった方があります。勿論、私の書いたのは、半分笑い話、半分ナチスを
揶揄したお話しです。真面目な問答に笑い話を書くなとお叱りを受けるかも知れません。
ご免なさい。しかし、このようなお話しが出て来るところに面白さがありませんか。
狂歌や川柳のような受け取り方をして下さい。
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他の方々が言われるとおりです。



チョット付け加えます。第二次大戦頃までは、自然科学の分野のドイツ語論文は多かったのです。日本人も沢山の論文をドイツ語で書きました。

アインシュタインはヒットラー/ナチスの迫害から逃れるために、スイス/アメリカに移住したと理解しております。

ドイツからアメリカに逃れたユダヤ人科学者は多かったのです。
それ以来、物理学の世界でドイツ語は権威を失ったと云われています。
裏返して云えば、ドイツの物理学はユダヤ系のドイツ人に担われていたのです。ユダヤ民族の頭脳がいかに素晴らしいかを物語っています。

1950年代の理系大学では、多くの場合 英語が第一外国語でしたが、学生の90%(?)が大に外国語としてドイツ語を選択していました。現在は、第二外国語として韓国語、中国語、ドイツ語、スペイン語、ロシア語などがほぼ同じ割合で選択されています。(第二外国語の項は、学園祭などで学生に質問した結果です。正確な統計ではありません。)
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アインシュタインはドイツで生まれ育ちました。


そして、その後スイス(公用語の一つはドイツ語)に移住し、
相対論はスイスで発表しています。


アインシュタインに「なぜドイツ語で書くの」と聞くのは
日本人に「なぜ日本語で書くの」と聞くようなものです。
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そりゃ、ドイツ生まれで、スイス移住後もアメリカ亡命までドイツ語圏で働いていたし、


なにより、そのころは理系の学問の世界の共通語はドイツ語でしたから。
現在では英語で論文書い(訳して)けないと国際的に認められないと同じ。
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ドイツ語が多いかは知りませんが、


アインシュタインはドイツ人です。
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