『ボヘミアン・ラプソディ』はなぜこれほど人々を魅了するのか

世界の終わりは、紅茶飲み干して静かに待ったり、パンを焼きながら待ち焦がれるものでしょうか?

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A 回答 (5件)

約1年前、世界の終わりを待ち焦がれている人に遭遇しました。


その中年男性は都営バスの車内で、誰に聞かせるでもなく誰かの声を聞いて応えるでもなく、ただ途切れなくやかましく独り言を言っていました。
「ヒロシマの何十倍もの死の灰が撒き散らかされたんだよ、みんな何ヶ月かで死ぬんだよ、もう終わりなんだよ」などと。
近くの席にいた男性がうるさいと言っても、ぼんやりと焦点の合わない目をして半笑いを浮かべて、聞こえないふりをしていました。
襟のついたジャケットを着て髪もきちんとしていて、喋らなければ正常に見える人なのに。

この男性を見たとき「ああ、あの曲って、こういう人を歌ったんだ」と思い浮かびました。
パンを焼くとか紅茶を入れるとかバスで目的地に向かうとか、最低限の生活は問題なく送れるのに、思考や言動のある一部分がおかしいような。

だから、whichfromさんへの回答としては、私はこう言います。
世界の終わりなんてものは、それを防ごうと考えたり行動したりができない、ただ静かに待つことしかできない人間にとってのみ現出されるものだ、と。
パンを焼いたり紅茶を飲んだり一見正常な生活を送っている人の中に、それは静かに潜んでいる、と。
赤みのかかった月が昇るとき、「lunatic」な願望が呼び起こされたりもするのでしょう。
http://ejje.weblio.jp/content/lunatic
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こんにちは!^^;



たぶん…、待ち焦がれる人は、そんなにいないと思いますが、紅茶をのんだり、パンを焼いたりなどの日常生活を営んでいるとき、突然世界が終わる…。こんな感じがいいですね。くるぞ、くるぞ…、なんて待っているのも、なんだかな~ ー ー?

今年も、年末が世界の終わりらしいですが…、毎度同じようなクリスマスをして、お正月を迎えていそうな気がします!


◎世界の終わり:「虹色の戦争」
 最初、このバンドの質問かと思って、閲覧してしまいました。紅茶を飲んだり、パンを焼いたりしながら、ついでにこの曲でも聴いてください!^^;
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村上春樹を読みながら待ち焦がれるものでは?


85年の作品では、エレベータの中でポケットの中のコインを正確に数えなおしながら待ち焦がれるという難解なシーンが描かれていて、凡人にはちょっと真似できません。
紅茶やパンぐらいが丁度よいのではないでしょうか。
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紅茶は飲めそうだけど、パンを焼く技術はないや・・。


ひょっとして焼いてるのは食パンでしょうか?
紅茶と食パンというのも合わないのかな??
世界が終わるのが分っているのにどうしてパンが焼きたいのだろうか。
食べること=生きることというイメージがありますが・・。
本当は死にたくないということなのかな?
食べるつもりではなく何かのサイン?
パンを焼くことが人生だったパン職人とか?
最後の瞬間までいつも通りということでしょうか。
だとすればちょっといい話かな。
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車の中でボブ・ディランの「A Hard Rain's a-Gonna Fall」をかけながら深い眠りに身を任せる、ものです。

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