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日本の文化を守ると言っても、
歌舞伎や茶道や日本料理を守れと言う人がいる一方で、
現代では、万葉仮名やちょんまげや土偶や埴輪を守れと言う人はいないわけですが、
日本の文化を守れと言う人はどのような基準で
守るべき文化と守らなくていい文化を選別しているのでしょうか?

A 回答 (11件中1~10件)

一つ目は、


「世界(主に欧米ですが)の流れに合う」かが基準だと思います。例えば、「男尊女卑」などは「人権擁護」という世界の流れに反するので守らなくてもいいというより、捨てる去る方がいいのではないでしょうか。

二つ目には、
「利便性」。万葉仮名やちょんまげや土偶や埴輪といったものは、現代の生活に不必要であり、不便なので、自然になくなります。画数の多い漢字なども同様の理由で淘汰されていますよね。現実の生活から消えても、過去にそのような文化があったという事実は、残さなければならないので、古い文化の一端として博物館等に展示されています。

三つ目には、
「独自性」。各国との文化交流が頻繁に行われ、影響を受け合うことが繰り返されると、皆似たような国、都市になる恐れがあります。ですから、日本独自のもの、他国から原型は輸入されたが日本が手を加え自国の文化となったものは非常に貴重だと思います。ゆえに、歌舞伎や茶道や日本料理は大切にされるのではないでしょうか。

あくまでの「一般人」の勘ですが。ご参考までに。

「日本の文化を守れという人たち」にも、「芸術的」「商業的」「政治的」それぞれの立場から声が上がっているので、基準はバラバラだと思います。
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この回答へのお礼

どうもありがとうございます。
世界の流れにあわせてばかりだと独自性がなくなるし、
歌舞伎や茶道が現代の生活に必要とはいえないので、
「世界の流れに合う」「利便性」「独自性」等の基準も
両立できるとは限らないわけで、
やはり、「それぞれの立場から声が上がっているので、基準はバラバラ」だということですね。

お礼日時:2004/01/08 10:20

こんにちは~。


>日本の文化を守れと言う人はどのような基準で守るべき文化と守らなくていい文化を選別

私感としては,そのときの体制や権力者にとって都合のいいものを声高に「守る」「保存する」と言っているのだと思います。

私は,文化は「守る」ものではなく「育てる」ものであると思っています。ただ,育てる中では当然淘汰され消えていくものがありますが,これらが「あったこと」を伝えていく必要はあると思います。消え去ったものを未来での時代に選択肢とできるようにすることが,「守る」ということではないかと考えます。

「文化」ではなく,「日本らしさ」ということであれば,やはり言語と自然こそが守られていくべきものではないでしょうか。日本語は本来,雅で綺麗な言葉であったはずですし,「日本の四季」は世界でも最も綺麗なものの一つで
すから・・・・
(質問の趣旨から外れてしまったような・・・すみません)
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この回答へのお礼

どうもありがとうございます。
言語と自然を守るにしても、
紅葉や桜が後から植えたものだったり、方言や古文と今の標準語が違ったりするように、
地域や時代によって言葉も自然も変わってきていますから、
ずっと同じ状態のまま守るのは難しいですね。
文化は「守る」ものではなく「育てる」ものだから、変わるのも当然のことだと思います。

お礼日時:2004/01/09 09:41

こんにちわ#2です




いえいえ揚げ足とりだなんて思いませんけど

そうですか?
私はもうほとんど残っていない日本特有の慣習だったり、植物だったり、たとえ教科書で見るだけでも

「日本っぽいなぁ」としみじみ思いますよ

そしてそういう日本の特徴を大事に思ってますし、「復活してくれ」とまでは思わないものの気持ちの上で守っていきたい、忘れて欲しくない、って思いますよ。

ちょっと話ずれますけど
人が死んでも、誰かに覚えてていることが「生きている」ことだと私は思っているので(あ、別に宗教とかやってませんよ!)文化も同様、気持ちの上で守られていることが大切だと思います

それに実際消えてしまったもの=重要視されなかった文化だとしても、それを「守らなくてもいい」なんぞとは思ったことがありません。

あくまでも私の意見なので
osieteguuさんなりに「文化」への哲学があればいいのでは???
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この回答へのお礼

どうもありがとうございます。
文化を守ると言っても、日常生活の中に復活させる必要はなく、教科書や博物館に保存しておくだけでもいいのかもしれませんね。
確かに、消えてしまったもの=重要視されなかった文化でも教科書や博物館に残しておかなくてよいという事でもないと思います。

お礼日時:2004/01/08 10:33

単なる利権です。


現在は改正されましたが.道路法における「重要な文化財」とは.天皇一族関係の社寺仏閣であり.ほとんど交通が内にもかかわらず.道路が建設されたりしました。

利権を確保する上で「文化の保護」と唱えているだけです。
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この回答へのお礼

どうもありがとうございます。
「文化の保護」と唱えたほうが利権を確保しやすいわけですね。

お礼日時:2004/01/08 10:26

> 日本の文化を守れと言う人はどのような基準で


守るべき文化と守らなくていい文化を選別しているのでしょうか?

たぶん、自分の趣味嗜好、つまり好き嫌いでしょう。
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この回答へのお礼

どうもありがとうございます。
確かに嫌いなものを残そうとはしないですね。

お礼日時:2004/01/08 10:14

基準はないでしょう。

その人その人が良いと感じたものを守りたいと守れと主張しているだけのこと。それはそれで、悪いことではないと思います。

フランスはパリの小噺ですが、ある一角でパリの街並みを残せという運動が起こったとき、かなり高齢のお年寄りが出てきて一喝。「あんな建物は、わしが子供の頃にはなかった。あんなものはパリの伝統でも何でもない。壊してしまえ。」冗談のような話ですが、さもありなんです。

私自身、文化の守り方を考えさせられた事がありました。昨年三月に、茨城県の金砂郷神社で平安時代から続くと言われる七十二年に一度の大祭礼がありました。大行列を伴ない、一週間かけて神事を行うものです。七十二年に一度ということで、前回どうやったのかということろから始まった大掛かりな行事でした。

その大行列を見ていて気がついたのですが、順次新しいものが追加されて現在に至っているのです。宮司・禰宜の服装は平安期からのものでしょうし、神事の田楽は室町期以降に追加されたもの、江戸期の裃姿もあり、前回の満州事変の頃のの服装もありました。そしていました、現代の礼服。黒のダブルに白ネクタイが!これこそ文化の正しい守り方でしょう(大袈裟?)。次の大祭礼ではどんな服装が加わるのでしょう。私が見ることはないでしょうが、とても楽しみです。

参考URL:http://www.e-zou.jp/movie/
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この回答へのお礼

どうもありがとうございます。
言葉や町並みなどの文化は時代によってかわるものですから、
東京などの大都市で、江戸時代や戦前の建物のとなりに高層ビルが立っていたり、様々な国の料理店があったりするなど
いろいろな時代や地域のものが残っているのは、とてもいいことだと思います。

お礼日時:2004/01/08 10:11

守るべきものを「文化」と言います。

守らなくてよいものは「因習」です。
・・・という言葉遊びはさておき。

日本のものであれば盲目的に何でも残せという考え方には賛成できません。
残すものには残すだけの価値がなくてはなりません。そうでなければ、それは
ただ次の世代の重荷になるだけです。もちろん、ここで「価値」と呼んだのは
値段のことではありません。多くの場合「美」という範疇に含まれるものだと
思いますが、そうでないものもあるかもしれません。いずれにせよ、それが
あって良かった、それに触れることによって何かしら心を豊かにさせられた
と思えるものをこそ残すべきなのです。いや、本当のことを言うならば、
そうした価値を尊ぶ「心」をこそ再生産していくべきなのです。文化と呼ばれる
ものの個々の形は、そのための媒体に他なりません。

しかし、という人もいるかもしれません。価値観など一人一人違うではないか。
自分には理解できない価値であっても、後の世代が共感できるものかも
しれない。理解できなくとも自分達が伝えなければ、後の世代には伝わらない。

これについては、人間の多様性に期待したいと思います。価値を理解できない
という時点で、すでに自分の中で文化としては滅びているのです。その価値を
尊ぶ心が自分の中で再生産されていないからです。それでも他の人にとっては
価値を認められるものであるかもしれない。文化はその価値を認めた人の心に
おいて再生産されているのです。誰も価値を見出せなかったら、その時は
文化が滅びたとしてもやむをえないと思います。その文化にそれだけの生命力が
無かったのです。

一度滅びた文化であっても、何らかの形が残っていれば、後の時代になって
新しい生命が吹き込まれることもあります。それまでは、ゆっくり眠っていて
もらってよいのではないでしょうか。
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この回答へのお礼

どうもありがとうございます。
しかし、自分が理解できないものを後の世代に伝えるのは難しいですね。
もともと外国の文化であっても、現代まで伝わってきているものがあるのは、
価値を認められてきたからということですね。

お礼日時:2004/01/08 09:54

人間と言う生き物は古くなると柔軟な対応が難しくなるんです。


自らが変わるべきかもしれない。にもかかわらず自らは変えずに周りを変えようとする。
その際に必要であろう『どうしてそうなのか』と言う理由を言う事さえも面倒になった結果、が『文化を守れ』です。
同意語に、『そんなのはあたりまえだ』『常識だ』『それがマナーだ』こんな言葉がありますね。
脳みそが腐敗しているごく一部の人間が好んで使うセリフのようなものかと思います。
綺麗な言葉で言い換えるとするならば『心の叫び』のようなものでしょうかね。
それはまるで昔のアルバムを見て涙するのに似ている…
まぁ土偶や埴輪と慣れ親しんだ人がいないために、その文化を守れなんて言う事を言わないのでしょう。

と言う私も世の中を見ていると実に病んで来たなぁと嘆きたくもなりますけどね。
病んで来たというよりも、汚い部分が見えてきたという所ですかね…
若かった頃の自分と現代の若い人を比べる…
正直今の若者は羨ましいと思います。しかしそこで妬むのでしょう、
それが『文化を守れ』と言う憤りなのかなぁなんて思いました。
年を重ねるたびに後悔ばかりが積もってくるわけですからね。
若者に説教したい!でもどんどん自分は腐敗していってしまう…
結果上手く教えられない…そう言う意味もあるのでしょう。
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この回答へのお礼

どうもありがとうございます。
確かに文化を守れと言う人は自分が慣れ親しんだものを守ろうとしているし、中高年の人が多いですね。
今の若者も年をとれば、ルーズソックスや茶髪にしなかったり、漫画やJ-POPに興味を持たない若者がいたら、
説教したくなるのかもしれませんね。

お礼日時:2004/01/08 09:48

 ホントにそうですよね


「日本文化とは何か?」から考えていかなくちゃいけないですよね 
よくTVで若い人が海外にホームスティする番組で、最後にお世話になったお礼に料理や歌とか披露するじゃないですか、その時なんにも日本らしい物が出来なかったらって考えるともっと日本について勉強しなくちゃって思います
自分だったらどうするか・・・浴衣でも着て盆踊りをするかな?←これって日本文化でしょうかね?(笑)
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この回答へのお礼

どうもありがとうございます。
日本と言っても時代や地域によって文化は違うわけで、
その中からどれを外国の人に教えるのかを
どうやって選べばいいのかはよくわからないですね。
自分がよく知らないものを教えるのに意味があるのか疑問だし、
そもそもよく知らないものだとうまく教えられないですからね。

お礼日時:2004/01/08 09:30

>守るべき文化と守らなくていい文化を選別しているのでしょうか?



守らなくてもいい文化なんてないと思います

私は万葉仮名もちょんまげも一括して「日本の文化」であり、日本人として誇りに思う文化の一部だと思ってます

というわけで目に見える形ではないですが、「守っている」と思ってます

目に見える形だけのことをいうなら・・・
中には茶道を守らなくてもいい・・と考える人もいるでしょうし、そうでない人が多いのは自然と時代の流れ、文明にもまれても残っている文化であるからじゃないでしょうか

ちょんまげも残っていたら「守ろう!」ともっと言われると思いますよ。そういう気持ちが日本人の心底にあるからこそ今まで生きてきた文化ってことになりますからね


なので選別・・・ではなく
自然とそうなっている・・・ということだと思います
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この回答へのお礼

どうもありがとうございます。

>守らなくてもいい文化なんてないと思います

現代に残っていない文化は、守らなくてもいいと思う人が多かったから、廃れてしまったのではないでしょうか。
わざわざ守れと言うのも廃れそうだからこそだし、
放っておいても残るなら守ろうとする必要がなくなってしまうと思います。
博物館や教科書でしか見かけなくなった文化を誇りに思えるものでしょうか?
揚げ足取りみたいですいません。

お礼日時:2004/01/07 17:38

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