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国語の知識が無いので、何と表現するのかわからないのです・・・
夏目漱石や横溝正史の作品で、オリジナルの古い文体で書かかれたもの
(「云ふ、さうですか、~するやうに」等の語調で書かれているものという意味です。)
はどこの出版社で購入する事が出来るのでしょうか?
また、書店で請求する場合、この様な文体の名称は何と言えば伝わりますか?
宜しくお願いいたします。

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A 回答 (6件)

夏目漱石の作品については岩波文庫がおすすめです。


漱石に限らず近代日本文学の中で定評のある作品はほとんどが岩波文庫になっています。もちろん、オリジナルと同じ言葉遣い(旧仮名遣い)で収録されていますから、ivy2003さんのご希望にぴったりだと思いますし、大きな書店に行けば入手は容易です。

残念なことに岩波書店の販売方法が一般の本と違う(返品不可の買い切り制)為に、街の小さな書店や中規模の書店ではおいてないかもしれませんけれど・・

なお、参考URLは近くに大きな書店のない方のための岩波文庫の買い方のガイドです。

参考URL:http://www.tomita.net/column/s971008.htm
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この回答へのお礼

>代日本文学の中で定評のある作品はほとんどが岩波文庫
そうなのですか。大きな書店で注文をするのが一番の方法ですね。
参考URL有難うございます。近くの書店で不可能ならば、試してみようと思います。
ありがとうございました。

お礼日時:2004/01/09 04:56

まず,「文体」と「仮名遣(かなづか)い」を区別しましょう。


「文体」というと,言葉の使い方・選び方そのものを指します。
いろいろありますが,大きく「口語体」「文語体」に分かれます。
口語体は現代の言葉に近いものです。文語体は古文に近く,「~なり」「たり」「べし」などが文末によく出てきます。
森鴎外の小節のうち,「舞姫」は文語体です。
有名な冒頭は「石炭をばはや積み果てつ。中等室の卓のほとりはいと静かにて,熾熱灯の晴れがましきも徒なり。」
こんな感じのが文語体です。

一方,ご質問の「云ふ、さうですか、~するやうに」は,単なるかなの書き方の問題(つまり仮名遣い)です。
こういう書き方が歴史的仮名遣い(旧かな),これを「云う,そうですか,するように」と直すと現代仮名遣い(新かな)です。

さて,前の回答で

>オリジナルと同じ言葉遣い(旧仮名遣い)で収録されていますから

あれ,私が持っている岩波文庫の漱石作品はすでに現代仮名遣いに改められていますが…
(漱石独自のあて字についてはそのまま生かされています)

同じ岩波から発売の「漱石全集」(文庫ではない。回答No.2で紹介されているもの)は歴史的仮名遣いになっていました。

概ね,「だれそれ全集」と銘打ってあるものは,オリジナルの仮名遣いでになっていることが多いですね。
一方,文庫本では,昔はオリジナルの仮名遣いどおりだったのですが,最近は
●文語体の文章は歴史的仮名遣いのままとする。
●口語体の文章は現代仮名遣いに直す。
という編集方針の文庫が多くなっています。

岩波文庫は,江戸時代までの作品については,原文のまま,あるいは(江戸時代あたりになるとかなり書き方が混乱していたので)歴史的仮名遣いに統一していますが,明治以降の作品は上で書いた方針で表記しているものが大半をしめているようです。昔は違ったのでしょうが。

なかには,集英社文庫の樋口一葉作品のように,文語体でありながら現代仮名遣いに直しているものさえあります。(かえって読みにくい気がする。)
旧仮名では難しいだろう,という配慮かもしれませんが,正直言って一葉の文体を難しいと思う人は,現代仮名遣いに直したところでやっぱり難しいと思います。
こんな書き出しです。「廻れば大門の見返り柳いと長けれど、お歯ぐろ溝に燈火うつる三階の騷ぎも手に取る如く、明けくれなしの車の行来にはかり知られぬ全盛をうらなひて、……」

そんな中で,ちくま文庫は比較的,原文の仮名遣いに忠実です。
たとえば,これに含まれている宮沢賢治全集は,すべて原文のままの仮名遣いでした。

以上,ご参考になれば幸いです。
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この回答へのお礼

大変丁寧にご回答くださり有難うございます。
国語の勉強が必要であることを、ひしひしと感じます。
出版社(?)によって、仮名遣いに違いがあるのは想像していませんでした。
今回の質問趣旨とは、少し離れてしまいましたが、とても勉強になりました。
有難うございました。

お礼日時:2004/01/09 05:00

横溝正史翁の作品で初出の古い年代は旧かな遣いで書かれています。


1970年代の角川文庫に多いですね。
参考URLの文庫リストなどで調べてみてください。

同じく明治、大正時代の作品の多くは旧かな遣いで
出版されていましたが、新かなに改訂されることも多くなっています。
岩波書店、春陽堂書店などの文庫には旧かな遣いの作品が多いようです。
大きな書店などで扱っていると思います。

参考URL:http://member.nifty.ne.jp/jiichi_kakeya/ys_pedia …
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この回答へのお礼

>岩波書店、春陽堂書店などの文庫・・・
早速、書店で聞いてみたいと思います。
今、書店居並んでいる作品は「新かなへの改訂」というのですね。勉強になります。
参考URL、ご回答共にお礼申し上げます。有難うございました。

お礼日時:2004/01/09 04:53

 夏目漱石や森鴎外の作品でよろしければ、ダイソーの100円文庫のところで入手可能です。

(比較的最近発売されだしたので、大きいお店に行ってみてください。)

 また、横溝正史の作品はありませんが、青空文庫でもかなりの作品が読めます。(旧字体旧仮名と、書かれている作品がたぶんお探しの物になると思います。)

 以上、参考にしてくださいね、これで失礼します。

参考URL:http://www.aozora.gr.jp/
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この回答へのお礼

>青空文庫、参考URL
特定の文庫などを教えていただけるととても便利です。有難うございます。
>ダイソー
・・・100円ショップのですか?本当に?行ってみようかな。興味津々!
アドバイス有難うございました!

お礼日時:2004/01/09 04:51

>この様な文体の名称は何と言えば伝わりますか?


「歴史的仮名遣い」です。それで書店員に伝わらなかったら、「旧かな」と言ってみてください。

>どこの出版社で購入する事が出来るのでしょうか?
横溝正史については分りませんが、夏目漱石でしたら、岩波書店の「漱石全集」です。これは、歴史的仮名遣いのまま載っていると思います。たぶん。
(現物が無いので、漱石全集のパンフを見ながら書いてます)
ただ一冊が3千円以上します。安く買いたいのでしたら、古本を探した方が良いでしょう。
私も欲しいんだけど、値段が........。

参考URL:http://www.iwanami.co.jp/cgi-bin/qsearch
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この回答へのお礼

「歴史的仮名遣い」ですね、勉強になりました。
この言葉がわからなかったので、店員さんになかなか聞けなかったんです。
>岩波書店の「漱石全集」
パンフを見てまでご回答頂けるとは!ありがとうございます。
お金に余裕があるときに、買ってみようと思います。
ありがとうございました!

お礼日時:2004/01/09 04:48

質問の趣旨からは外れてしまうのですが。



文語体の本、というのでしょうか?

私は、親が昔に買った文庫を借りて読んでいます。保存状態があまりよくなかったので黄ばんでしまっていますが、文体はオリジナルのものと思われます。

もし出版社名が特定できないようでしたら古書店で昔の文庫を探してみてはいかがでしょうか。
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この回答へのお礼

アドバイス有難うございます。
どうやら歴史的仮名遣い、旧仮名遣いの本、というようです。
僕も、家の中を探してみたのですが、なかったです・・・。
古本、という手もありますね・・・ちょっと抵抗あるけど。

お礼日時:2004/01/09 04:44

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Q漱石全集と夏目漱石全集

「漱石全集」が岩波から、「夏目漱石全集」がちくまから出版されていますが、どう違うのでしょうか?
文庫本で小説は全部楽しく拝読いたしました。
興味が出てきて、漱石日記、私の個人主義を(これも文庫本)読んでいます。
今は、夏目漱石の価値観や思想観などちょっとしたことでも、もっともっと知りたい気持ちでいっぱいです。

Aベストアンサー

 こんばんは。

 仰る「ちくま」が、ちくま文庫版と仮定して回答します。

岩波:正字。旧かな。文字通りの「全集」。

ちくま:新字。新かな。難しい漢字などはひらがなにしてある。文学と評論のみ。

 『漱石日記』は岩波文庫版でしょうか。これは、新字、新かな、難しい漢字はひらがなに直してありますね。
 『私の個人主義』は、講談社文庫版かな。

 漱石の時代の雰囲気を知り、あわせて全部を見たいのであれば、#1さんの仰る通り、やはり岩波の『漱石全集』でしょう。いちばん新しいもの(第1巻が1993年)か、ひとつ前のもの(第1巻が1984年)がいいと思います。

 それからですね、
 集英社『漱石文学全集』の別巻『漱石研究年表』は、漱石の行動を、一日単位で年表にしたすごい本です。
 また、
 ほるぷ『初版本漱石文学館』は、初版本を、装丁まで忠実に復元したものです。
 また、漱石の小説は、ほとんど朝日新聞に掲載されたんですが、当時の新聞を、挿絵ごと、そのまま写真版で復元したものもあります。ゆまに書房『漱石新聞小説復刻全集』です。

 漱石のひととなりを知るには、『書簡』がお勧めです。漱石は書簡の名手で、素晴らしい手紙を数多く残しています。岩波文庫の、抜粋の『漱石書簡集』から入ってみてもいいかもしれません。

 漱石の全集は、たくさん出ていて、その歴史は、日本の全集の歴史を象徴してるといわれているんです。これを書くのに、青英舎『漱石全集物語』を参考にしましたが、そんな本が出るほどなんです。

 復刻版は、かなり大きな図書館でないとないかもしれません。最初は、岩波版『漱石全集』か、岩波文庫の漱石作品がいいと思います。

 ご参考になれば。

 こんばんは。

 仰る「ちくま」が、ちくま文庫版と仮定して回答します。

岩波:正字。旧かな。文字通りの「全集」。

ちくま:新字。新かな。難しい漢字などはひらがなにしてある。文学と評論のみ。

 『漱石日記』は岩波文庫版でしょうか。これは、新字、新かな、難しい漢字はひらがなに直してありますね。
 『私の個人主義』は、講談社文庫版かな。

 漱石の時代の雰囲気を知り、あわせて全部を見たいのであれば、#1さんの仰る通り、やはり岩波の『漱石全集』でしょう。いちばん新しいもの...続きを読む

Q旧字旧かなの文庫を探しています

若合春侑さんの「脳病院へまゐります」を読んで
旧字旧かなに興味を持ちました。

それで旧字旧かなで書かれた小説の文庫を探しています。
旧字入門になるよう文庫でお薦めのものがあれば、教えてください。

古典でしたら比較的読みやすいものを教えて頂けると
ありがたいです。

今までに読んだ旧字旧かな本
・平野啓一郎の本
・幸田露伴著「五重塔」
・福田恆存著「私の國語教室」
・京極夏彦の本(少しちがいますが‥)

Aベストアンサー

丸谷才一さんの著書はどれも旧仮名遣いで書かれています。
もちろん現代の方ですから、内容が現代的で大変読みやすいです。
入門としてはまずエッセイをお勧めします。
あと、日本語関係の本も面白いです。

Q夏目漱石は森鴎外をどう思っていたか。

お世話になります。
森鴎外と夏目漱石、ともに日本を代表する作家です。
森鴎外のいくつかの小説には、夏目漱石の名前もしくは夏目漱石をモデルにしたと思われる人物が出て来て、森鴎外が夏目漱石を一目置いていた事が分かるのですが、逆に夏目漱石は森鴎外の事をどう思っていたのでしょうか?2人の間には交流はあったのでしょうか?
そのような事が分かる本などは有るのでしょうか?
宜しくお願い致します。

Aベストアンサー

まず、漱石と鴎外では、実際の年齢に五歳、差があります。
しかも、漱石が執筆活動に入った時期、鴎外はすでに押しも押されもせぬ大家の位置にあったことを、まず押さえておくべきでしょう。

漱石は明治二十四年、帝大の学生だった当時、正岡子規宛に以下のような内容の手紙を書いています。
--------
鴎外の作ほめ候とて図らずも大兄の怒りを惹き、申訳も無之(これなく)、是(これ)も小子嗜好の下等な故と只管慚愧致居候(ひたすらざんきいたしをりそうろう)。元来同人の作は僅かに二短篇を見たる迄にて、全体を窺ふ事かたく候得共(そうらえども)、当世の文人中にては先づ一角ある者と存居(ぞんじおり)候ひし、試みに彼が作を評し候はんに、結構を泰西に得、思想を其学問に得、行文(こうぶん)は漢文に胚胎して和俗を混淆したる者と存候。右等の諸分子相聚(あつま)つて、小子の目には一種沈鬱奇雅の特色ある様に思はれ候。(八月二十三日付け:引用は江藤淳『漱石とその時代』第一部から)
--------

鴎外は明治二十三年一月、『舞姫』を、同年八月『うたかたの記』、明治二十四年一月に『文づかひ』を発表しています。

後の漱石、当時はまだ金之助であった彼が読んだ「二短篇」がなんであったかは明らかではありませんが、この冒頭から、二作品を読んで高く評価した漱石に対して、子規が、それはおかしい、と反論した背景があったことがうかがえます。

江藤淳は『漱石とその時代(第一部)』(新潮全書)のなかで、鴎外の作品は、前年に帝大の英文科に入学してからの漱石の状況を考えながら、この手紙を以下のように解釈しています。

-----(p.202から引用)-----
「洋書に心酔」し、しかもそれを意志的・知的に理解しようと努力するうちに、いつの間にか虐待されつづけていた金之助の感受性を覚醒させずにはおかないものであった。つまり鴎外の小説の「結構は泰西」に仰がれていたが、そこにはまごうかたなき旧い日本――金之助が英文学専攻を決意して以来置き去りにして来た「日本」があったのである。

……『舞姫』に描かれた才子佳人の恋は、舞台こそ独都ベルリンに求められていたが、ほかならぬ晋唐小説の伝統を「文明開化」の時代に復活させた恋である。金之助が鴎外の「二短篇」に見たものは、いわば崩壊しつつある旧い世界像の残照であった。その光を浴びた彼の衝撃がいかに深かったかということは、のちに金之助が英国留学から帰国して発表した小説、『幻影の盾』と『薤露行』に痕跡をとどめている。この二短篇の雅文体の背後には、ほぼ確実に『舞姫』や『文づかひ』の鴎外がいる
------

つまり、漱石が英文学の研究から執筆活動へと移っていったのも、鴎外の存在があったことが、理由の一つであったと考えることができます。


後年、両者はそれぞれに、当時の文壇から離れた場所で、それぞれに仕事をするようになります。

このことを中村光夫はこのように指摘しています(『中村光夫全集』第三巻)。ここで「彼等」というのは、漱石と鴎外の両者を指しています。

-----「鴎外と漱石」p.160-----
おそらく彼等が表面冷やかな無関心を装ひながら内心激しい憤怒に燃えてゐたのは当時の文壇といふやうな狭い世界ではなく、むしろこの文壇をひとつの象徴とする或る社会風潮であつた。いはば彼等の誇り高い教養と抜群の見識とは、当時の我国民が無意識のうちに徐々に陥つて行つた或る根深い精神の頽廃を鋭く直観した。そしてこの抗ひ難い社会の風潮に対して勝つ見込のない敵意を燃やしてゐた。…

では彼等がここで生涯を賭して闘つた敵は何かと云へば、それは一口に云つて、近代欧米文明の一面的な輸入の結果たる所謂文明開化の時潮であったと僕は信じてゐる。…明治大正を通じて我国が存立の必要から強ひられて来た欧州文明の物質的側面の急激な輸入と、その結果として我国民の精神の深所に徐々に食ひ入つた或る微妙な歪みを指すのである。
-------

当時のふたりがなぜ交友をもたなかったのかは、さまざまな事情があったことと思います。

なによりも、漱石が専業作家として活動したのは、わずか十年であったことを忘れてはなりません。成熟するまでに時間がかかり、一人前になってからわずかな時間しか与えられなかった漱石は、自分の生命を削り取って作品に結実させていった、といっても過言ではありません。

二葉亭四迷没後、一時期は同じ職場に籍を置きながら、実質的には交遊がなかった二葉亭に対して、『長谷川君と余』(『思い出す事など』所収 岩波文庫)のように、実に心情にあふれた追悼文を残した漱石ですから、たとえば鴎外が自分より先に亡くなってでもいたら、間違いなく、何らかの追悼文を残したでしょう。

こういう位置にあった鴎外と漱石が、たとえ表面的には交遊がなかったにせよ、互いに反目したり、あるいは嫉妬したり、排斥したりということは、非常に考えにくいと思います。
漱石の弟子宛ての書簡にも、鴎外の名は散見されます。
ともに意識のうちにあったのは、日本や日本の文化の行く末であったことを考えると、互いに深い敬意を抱いていたと理解してかまわないかと思います。

まず、漱石と鴎外では、実際の年齢に五歳、差があります。
しかも、漱石が執筆活動に入った時期、鴎外はすでに押しも押されもせぬ大家の位置にあったことを、まず押さえておくべきでしょう。

漱石は明治二十四年、帝大の学生だった当時、正岡子規宛に以下のような内容の手紙を書いています。
--------
鴎外の作ほめ候とて図らずも大兄の怒りを惹き、申訳も無之(これなく)、是(これ)も小子嗜好の下等な故と只管慚愧致居候(ひたすらざんきいたしをりそうろう)。元来同人の作は僅かに二短篇を見たる迄に...続きを読む

Q泉鏡花など、古い文学作品が読めるようになりたい

ネットで調べたり、高校の時の教科書などを読み返して「文語体」「歴史的仮名遣い」「旧仮名遣い」などの言葉は分かったのですが、古文とも違う、現代小説とも違う文章が、すぐに頭の中で想像できません。

ガイドブックや読み方アドバイスのような本・サイトってありますか?

Aベストアンサー

百聞は一見にしかず
http://www.aozora.gr.jp/index_pages/person50.html
旧字旧仮名のものもありますから実際に読んでみてはいかがですか。

Q夏目漱石の草枕(新潮文庫)を読んでいますが、注釈を読みながらでないと非

夏目漱石の草枕(新潮文庫)を読んでいますが、注釈を読みながらでないと非常に読みにくいです。

読みやすくしているバージョンはないですか?

Aベストアンサー

私も「草枕」を読んだことがありますが、読みづらかったです。
訳の分からない語句がやたらとたくさん挿入されていましたよね。

しかし、冷静になってよく見てみると、
読み流せる部分の比重が高いことに気づきます。
難しい語句のほとんどがムダ知識であり、筋書きに絡まないからです。

質問者様の場合、まずざっくりと最後まで読み通した上で、
分からない部分のみ後から読み直してみては如何でしょう。
律儀に注釈を引きながら読み進めるのもアリだとは思いますが、辛いです。
一読で理解する義務なんて無い訳ですし。

Qイデオロギーって何ですか???

イデオロギーとはどんな意味なんですか。
広辞苑などで調べてみたのですが、意味が分かりません。
どなたか教えてください。

Aベストアンサー

イデオロギ-というのは確かに色んな解釈をされていますけど、
狭義ではそれぞれの社会階級に独特な政治思想・社会思想を指します。

つまり分かりやすく言えば、人間の行動を決定する根本的な物の考え方の
体系です。一定の考え方で矛盾のないように組織された全体的な理論や思想の事を
イデオロギ-と言うんです。

例えば、人間はみんな千差万別であり色んな考えを持っています。
だから賛成や反対といった意見が出てきますね。
しかし、イデオロギ-というのはみんなが認める事象の事です。
イデオロギ-には賛成・反対といった概念がないのです。

例えば、環境破壊は一般的に「やってはいけない事」という一定の考えに
組織されています。つまりみんなが根本的な共通の考え(やってはいけない事)として組織されているもの、これがイデオロギ-なんです。
しかし、社会的立場によってはその「やってはいけない事」を美化して
公共事業と称して環境破壊をする人達もいますけど。
ここでイデオロギ-という概念に対して色んな論説が出てくるわけです。
一応これは一つの例ですけど。

というかこれくらいしか説明の仕様がないですよ~~・・。
こういう抽象的な事はあまり難しく考えるとそれこそ分からなくなりますよ。
この説明で理解してくれると思いますけどね。

イデオロギ-というのは確かに色んな解釈をされていますけど、
狭義ではそれぞれの社会階級に独特な政治思想・社会思想を指します。

つまり分かりやすく言えば、人間の行動を決定する根本的な物の考え方の
体系です。一定の考え方で矛盾のないように組織された全体的な理論や思想の事を
イデオロギ-と言うんです。

例えば、人間はみんな千差万別であり色んな考えを持っています。
だから賛成や反対といった意見が出てきますね。
しかし、イデオロギ-というのはみんなが認める事象の事です。
イデオ...続きを読む

Q夏目漱石作品の面白さ

夏目漱石が書いた小説の面白さが私にはあまり理解できません。
三部作といわれる『三四郎』『それから』『門』を読んでみてそう思いました。
100年たった今も多くの人に愛される名作の面白さを私も理解したいと思うので、どうかこれら3部作の魅力をそれぞれ教えてください!

Aベストアンサー

私は『こころ』しか読んだことがありません。
が、読みやすいとは思いましたが特になんの感想もありませんでした。
だからといって、つまらないというわけでもありません。

『吾輩は猫である』の奇抜な視点設定、『こころ』などでの主人公の深い心理描写。評価できる点は多々あります。
けれど漱石に限らず、様々な小説はそれを読んでいる読者の年齢や心理状態によって、受ける印象も違えば理解できない場合もあります。
例えば、高校の教科書に『こころ』の遺書の部分が掲載されているのは謎。高校生に漱石を読ませるなら、『夢十夜』など短編でいいと思います。
私の場合は『こころ』を大学生になってから読んだのですが、理解するには年齢も経験も足りないと感じました。
先生の心理も主人公の心理も「そういうもんなんだ」と感じただけでしたし。

ですから、今は「読んだ」という経験だけでいいと思いますよ。
数年後、改めて読んでみたら「おもしろい!」と感じることがあるかもしれませんし。

あと漱石の小説のおもしろさですが、自分の存在意義を見つめて掘り下げていくという点だと聞いたことがあります。
漱石は「望まれずに生まれた子」で、あまりいい幼少時代ではありませんでした。
故に、「自分はなぜ生まれ、なぜ生きるか」という疑問が常にあったのだと思います。

私は『こころ』しか読んだことがありません。
が、読みやすいとは思いましたが特になんの感想もありませんでした。
だからといって、つまらないというわけでもありません。

『吾輩は猫である』の奇抜な視点設定、『こころ』などでの主人公の深い心理描写。評価できる点は多々あります。
けれど漱石に限らず、様々な小説はそれを読んでいる読者の年齢や心理状態によって、受ける印象も違えば理解できない場合もあります。
例えば、高校の教科書に『こころ』の遺書の部分が掲載されているのは謎。高校生に漱...続きを読む

Qshouldとoughtの違いについて

He is a foreigner, and ought to be treated as such.
(彼は外国人であるから、外国人らしく待遇されるべきだ。)


例えば上の文章で、oughtをshouldで言い換えることは出来るのでしょうか?どのようなニュアンスの違いがあるのか教えてください。
宜しくお願いします。

Aベストアンサー

Gです。こんにちは、kasagurandingさん。

私なりに説明させてくださいね.

ほとんどの場合全く違いを感じません.

ただ、ought toは常識・慣習的観念からみて、「すべき」のフィーリングがあり、shouldはアドバイス的なフィーリングがあります.

1) You ought to read more books.
2) You should read more books.
の例を見ると、もっと本を読むべきだ、と言う事ですが、1)は学生だから、試験があるから、読むべきだ、読むのが当然/常識だ、と言うフィーリングが入っています.

それに較べ、2)は成績が悪いからアドバイスとして、漢字力が足りないと思えるからアドバイスとして、と言うようなフィーリングが入ってくるように思えます.

余談ですが、want toをwanna, going to をgonnaとするように、ought toをoughtaと話し言葉での使い方が普通になってきています.

もうひとつの余談ですが、書くときはShe ought not to と言う形で否定文にすべきとされていますが、アメリカでは、He shouldn't ought to do it,と言う形を使うこと/人が多いです. アメリカ英語なのかもしれませんね.

これでいいでしょうか。 分からない点がありましたら、補足質問してください。

Gです。こんにちは、kasagurandingさん。

私なりに説明させてくださいね.

ほとんどの場合全く違いを感じません.

ただ、ought toは常識・慣習的観念からみて、「すべき」のフィーリングがあり、shouldはアドバイス的なフィーリングがあります.

1) You ought to read more books.
2) You should read more books.
の例を見ると、もっと本を読むべきだ、と言う事ですが、1)は学生だから、試験があるから、読むべきだ、読むのが当然/常識だ、と言うフィーリングが入っています.

それに較べ、2)は...続きを読む

Q文語体の文章を作れるようになりたいのですが

特攻隊で亡くなられた士官の遺書などに接すると、文語体の荘重さに惹きつけられます。
文語体の文章が作れるように勉強したいと思っていますが、テキストとか何かよい方法がありましたらお教えください。

Aベストアンサー

まずは高校生に戻ったつもりで古文のお勉強が一通りは必要でしょう。教材は小西甚一の『古文研究法』あたりを。受験用参考書として書かれながらその域をまったく逸脱し好き放題に奔走する朗らかな無双の名著としてよく知られたものです。

実地には吉田満の『戦艦大和ノ最期』をまずはご覧になるのが一番かと。我が国の文語文の長い歴史の掉尾を飾る傑作です。これ以後、日本語はすべて口語文になりました。文語文で書かれ、しかも世に稀なる名品と衆口の一致してとなえる作はこれが最後です。

吉田の大和をまず読むべきとするのは、これが誰が読んでも物凄く面白い(「巨鯨沈ム」のくだりなぞ全身に震えの来るような素晴らしさ)ということのほかに、文法的な誤りがごく少ないことを理由とします。擬古文はどうしても間違いが出ます。そして古典文法の本格的な研究は明治以降のことなので、江戸や明治に書かれたものは決定的に恥ずかしい間違いが沢山あるのです。これは一葉や熊楠のような不世出の天才も例外たりえませんでした。

『戦艦大和ノ最期』は何度も書き改められています。戦後すぐに書かれて、ようやく決定稿が出されたのが七十年代に入ってからです。まずはこの決定稿とされるものから読んでください。「ノ」がポイントです。「の」となっているエディションは駄目。必ず歴史的仮名遣いのものを。新仮名のもありますから、そして古本屋では安いのでこれを眼中に入れてはいけません。

この本が尊いのはただの日本人が、ただの秀才が、普通の人が書き綴ったものだということもあります。若年時に三島由紀夫と交友があったくらいで文学趣味は身に付いたものですが、しょせんは東大法科の出身、やがては日本銀行に勤務してそれなりに出世、文業はあくまで余技にとどまりました。口語文で書かれたものは、まあ、上手は上手という程度です。頭のよい、勉強を厭わない、律儀な人の手になるものです。「お勉強」の成果がよく取り入れられている(と思う)。じつに有り難い。

次に読むべきは尾崎紅葉でしょう。とにかく上手い。内容がゼロに近いのがなんですが、とにかくもう常に上手に言い回す大力量には平伏すほかない、ってくらいに上手い。この人は口語文も凄いですよ。ただ、内容がないのね。ふう、と溜息。

で、紅葉に文法的錯誤がぼろぼろあったかなかったか、私にはわかりません。若いころ、文法どうこうを考えずに読んだので。で、そういうことにわずらわされずに読むなら露伴でしょう。

露伴のは漢文脈の強い文語文です。ですから文法的な誤りがあるとしても年期が入った、もう誤りでも誤りとは言いにくい誤りに限られると見てよさそうに思います。『運命』という驚天動地の大傑作をまずはご覧になってくださいな。凄い。じつに面白い。

最後に擬古文最大の鬼門は助動詞「き」です。連体形「し」で頻繁に現れるものですが、これがほんとにひどい。みんなここでしくじる。死屍累々とでも評するか、これにはとくに気を付けてください。

まずは高校生に戻ったつもりで古文のお勉強が一通りは必要でしょう。教材は小西甚一の『古文研究法』あたりを。受験用参考書として書かれながらその域をまったく逸脱し好き放題に奔走する朗らかな無双の名著としてよく知られたものです。

実地には吉田満の『戦艦大和ノ最期』をまずはご覧になるのが一番かと。我が国の文語文の長い歴史の掉尾を飾る傑作です。これ以後、日本語はすべて口語文になりました。文語文で書かれ、しかも世に稀なる名品と衆口の一致してとなえる作はこれが最後です。

吉田の大和を...続きを読む

Q日本文学の超一流の文豪をお教えください

 日本語を勉強中の中国人です。今日中国のツイッターである中国の作家は明治維新以降現在までに、日本文学の超一流の文豪として、夏目漱石、谷崎潤一郎、芥川龍之介、川端康成、太宰治、三島由紀夫の名が挙げられています。日本の皆様はいかがお考えでしょうか。

 また、質問文に不自然な表現がありましたら、それも教えていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

安定感のある作家と言えばやはり、このへんになるでしょうね。
ただ、個人的には、太宰を文豪とは呼びづらいです。
代わりに寡作ですが志賀直哉を推薦しておきます。
夏目漱石と芥川龍之介は男性的な文体、
谷崎潤一郎と川端康成は女性的な文体、という印象があります。
小説の内容としては夏目漱石が一番好きですが、三島由紀夫の整然とした文体も好きです。


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