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お世話になります。
世界中には
●王制(ほか、呼び名は異なるが、一族の血縁者が代々政治をつかさどるシステム)を続けている国
●王室等は継続するが政治からは切り離し政治上の権力を一切持たない方式で王室を継続させている国
●王室を他国に追放したり、革命によって王室一族を処刑して血を絶った国
などがあります。

これらはどのような理由でそれぞれの方式を採用しているのでしょうか?

世の中の趨勢をみていると、王族が政治を行う国よりも王制を完全廃止した国の方が民主主義が進んでいる、という感じがありますが、やはり王制をやめた国の国民は、王族による政治をいまだ続けている国や政治からは切り離したものの、王族は生かしておく国を
「いまだに王制を廃止しないなんてレベルの低い国だこと」
と見下しているのでしょうか?
それとも
「やっぱり王制を廃止しなけりゃよかった。今からでも王族の末裔を探し出して復活させようかな」
と思っているのでしょうか?

まあ、一概にはいえないでしょうから、それぞれの国の政治家や有名人の公式発言から、知人の外国人・学校にいる留学生の私的発言まで、幅広く情報をお待ちしています。

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A 回答 (4件)

まず王政と民主制ですが、案外民主政治の歴史は古く、紀元前のギリシャのポリス(都市国家)や共和制時代のローマなどは民主制を採用していました。



特に共和制ローマは王政に対するアレルギーが強く、護民官として民衆のための改革を目指したティベリウス・グラックスは元老院の陰謀が元で民衆に「グラックスは自分が王になることを望んでいる」と誤解され、暗殺されたという史実もあります。暗殺されたのは紀元前133年とされています。

この後、ローマは皇帝を擁する帝国に変貌しますが、日本の天皇(英語ではローマ皇帝と同じ称号:エンペラー)や中国の皇帝とは違い、事実上の血統主義であり独裁主義でありながら、民主的な手続きを必要とするというどちらかというと現在の大統領制に近い(というより大統領制が皇帝制度を模している)制度がありました。しかしこれは「王政」とは違うのです。

古代ローマが崩壊するとヨーロッパ各地に「王」が誕生するのですが、彼らは「皇帝の跡継ぎ」という資格で各地を統治したため、ヨーロッパの「王」というのはアジアやイスラム圏の「王」とは少し異なるところがあります。

つまりヨーロッパの王は多少なりとも民主的な手続きを踏んでいて、王政が成り立つには最低でも宗教界と貴族の賛同が必要であり、フランス革命以後に皇帝となったナポレオン・ボナパルトも手続き上は民主的(もちろんある程度強引に手続きしていますが)に皇帝の地位を得ているといえます。

ですのでヨーロッパ人にとっては、伝統的に立憲君主制の考え方があり、むしろフランス革命のほうが特殊な例であり、フランス革命以後は王自身の保身の為もありますが、イギリスの立憲君主制に倣って君主制に移行し、第二次大戦まではそれが普通であったといえます。(これを壊したのは共産革命なのですが、これはちょっと後で出てきます)

これに対して中近東からアジアの「王」はまさに絶対君主的王であり、王=神という地域も多数存在しています。日本の天皇家=神だったのも、西洋的な神(唯一神)ではなく、王=神の考え方だったといえます。

この場合の「神」は、何らかの理由によりその土地の統治権を得た一族、という意味であり、統治権を得ているのだから立法権・裁判権・収税権などの統治行為権があるとされ、だからその国の臣民は「王」に服従する、という意味になります。
その点では神=恐れ多くて従うべきもの=自分達庶民を導いてくれる存在、だったわけです。

これの面白いエピソードにヨーロッパに外遊したロシア皇帝がある街で建物の高さを実感する為に「おい、お前飛び降りてみろ」と家来に声を掛け、ヨーロッパの王族がびっくりした、という逸話があります(もちろんロシア皇帝をなだめて家来は一命を取り留めました)
それぐらい「王」でも権力に違いがあったのです。

さて前置きが長くなりましたが、これらの歴史相違があるため、地域によって「王政と民主制」による意識の違いというのはかなり大きいといえます。

イギリスを始めとしたヨーロッパは立憲君主制があれば民主制は十分成り立つし、民主制そのものはかならずしも進歩的ではない、という意識があります。

アメリカ人は肌で王政を感じることは無い(ヨーロッパのように自国、あるいは隣国が王政ということはない)ですし、独立の目的そのものが自由主義のための民主国家建国ですから「民主主義の砦」という意識がたぶんにあり「民主自由主義こそ人類のもっとも価値ある国家体制」と考えている節があります。
しかし、歴史的に浅く(移民の国ですから当たり前ですが)民族のよりどころが無いので、ケネディ一家のようにザ・アメリカの人物を偶像化する傾向があります。
「王家」に対する憧れ(多分に歴史的・文化的な)があるのかもしれません。

さてイスラム国家については現在でも王政の国が多く、民主制に対する考え方は微妙なところがあります。しかも民主制以上に王政=還俗政治と神聖政治の対立が大きく、1979年のイラン革命は王政を廃止して神聖政治に移行するという、ちょっと日本人には理解できない方向に変化していますので、イスラム圏の人々にとっては「イスラムの教えに忠実に生きれる国にするにはどうすればいいのか」という回答の一つが民主制である、ということです。
 イスラム教でも一国の中に何種類もの宗派があるような国では、民主制はそれなりの力をもつからです。しかしこれも「イスラムの教えに則るための民主主義」ですので、日本人や西洋人の考える民主主義とは趣が異なるといえるでしょうし、進歩的でも無く国を治める選択肢のひとつにすぎないということです。

さてイスラム教でもなく西洋でもない大部分の国ではどうかというと、ここで民主主義と共産主義の対立が出てきてしまいます。

そもそも1945年までは自立した独立国はヨーロッパ・ロシア・日本・アメリカ合衆国ぐらいしかなく、あとは大体どこかの植民地か傀儡政権だったので、民主主義もなにも「その国に住む国民が自分たちの意思で国のあり方を決める」ということは出来なかったのです。

それが第二次大戦後ヨーロッパ本国の疲弊により、各地で独立運動が高まりどんどん独立していくことになっていき「自分達で国の方向を決める!」という民主的な機運が高まったのですが、この時代民主主義は民主主義と共産主義があったのです。
これにより、朝鮮半島やベトナムではどちらのイデオロギーの国になるか戦争になりましたし、ドイツはソ連に占領されて東西に分裂(ポーランドはもっと近かったので事実上占領)と「民主的」とされる形態が二つ存在したのです。

現在の時点から見れば「共産主義は民主的ではない」と思われるでしょうが、それまでは事実上の植民地で「国家」ですら無かったのですから、当時から見れば共産主義でも十分に民主的でしたし、むしろ庶民(お金持ち以外)から見れば「労働者の権利」を約束する共産主義のほうが「民主的」だったのです。

これらの国からみれば「王政」とは「西洋に付け入る隙を与え、民衆を奴隷に差し出して自分達はのうのうと生き残った」古い体制であり、民主制でも共産制でも「進歩的で自分達の理想」と感じたでしょうし、事実(うまく機能していないところが多いですが)民主主義を進歩的であると評価しています。
これらの国から見ると「王政を廃止していない国なんて古い」のでしょうが、ところが世界最長の王政が続きながら民主的で裕福な日本を見ると、非常に複雑な感じがするようです。

最後にまとめると
・ヨーロッパは民主主義を進歩的とは思っていない。必要悪であるという自覚もある
・イスラム国家の主題は「イスラムの教えに忠実な国家体制」であり、民主主義はその実現のための一つの手段に過ぎない
・以前植民地だった地域では、民主国家=進歩的であるが、民主制と共産制の選択があったため内戦状態になった国も多い。ただし彼らは共産主義を含めて民主主義は進歩的で王政は古いと感じている。

王政復古の実例でいえば、
1907年のブータンの王政復古、1975年のスペイン、1993年のカンボジアの例があります。
ブータンは最近立憲君主制に移行しましたが、隣国のネパールは王政を2008年に廃止しています。どちらも隣国の中華人民共和国の影響を受けた共産派の圧力を受けたものです(ただし、ネパールは王族が悪行ばっかりしてたので民衆に愛想つかされましたが)
スペインもカンボジアも激しい内戦の後、国を一つに統一する象徴として国王を迎えて国家を安定させたものです。

フランスも革命以後、ナポレオンによる皇帝就任とその後の王政復古、そして第三共和制で国家運営が安定するまで80年の月日を要しています。

簡単に「民主主義」といいますが、国の統治が安定するには時間もかかりますし、国王(象徴)がいるだけで安定するという事実もあるといえます。

ですので、民主主義が進歩的と考える国もありますし、必要悪と考える国もあり、王政をうらやましがる国もあるといえますし、どんなに厳しくても民主主義を守る国もある、ということです。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
凄く詳しい説明でよくわかりました。
ご職業は大学の先生ですか?
またご縁がありましたらよろしくおねがいします。

お礼日時:2012/05/08 07:04

(1) 招かれた王



イギリスは17世紀半ばのピューリタン革命で国王を処刑した。共和制となったがクロムウェルの独裁だった。彼の死後、1660年に王政復古したが、1688~89年には名誉革命が起きた。議会が王を追放し、長女夫婦をオランダから招いて王位に据えている。
スウェーデンでも、議会が1810年にフランスからナポレオンの部下を招いて国王にした。子飼いではなく、若干ライバル的な部下だったことが味噌で、スウェーデンは強大なフランスに対して全面対決も従属も免れた。
フランスも国王をギロチンにかけたり王政復古したりで、何度も政体が変わっている。と、まあ高校の世界史で習ったようなことを思い出してみた。君主制を倒したら民主的かというと、恐怖政治や独裁体制になってしまい、君主制に戻したことがある。

(2) 裕仁も呼び戻された王

情緒的には、天皇は(1)のケースと異なり古代からの伝統に基づいているように見える。(1)の王たちより尊い、と考える人もいる。
しかし、憲法学界で有力な「八月革命説」や「断絶説」によれば、1945年8月以前と以後の天皇は別ものである。これは「革命」という文字づらにもかかわらず手堅い説で、反論するのは難しい。提唱者の東大法学部教授・宮沢俊義は憲法学界をリードして、その著書は司法試験受験生などの必読書だった。
この説をもっと大胆に言い換えると、次のような擬制が考えられるだろう。「戦前戦中の天皇は1945年8月に一旦廃帝になり、直ちに国民によって『戦後天皇』として呼び戻された」。天皇の地位は、主権の存する国民の総意に基くのである。
骨董なら古いものやオリジナル(原物)に価値があるが、民主主義国家の王は、「国民に招かれた(国民がわざわざ呼び戻した)」ことにこそ値打ちがある。

(3) 身も蓋もない事実

世界史を振り返ると、古くからの王は革命や戦争で次々に廃されている。また、「国民国家以前からの王」を戴く国は、「国民によって王位に据えられた王」の国や共和国に圧倒されている。前者より後二者の国の方が強い。
これは主義信条やお国柄を超えた歴史的事実であり、世界の人々も当然意識している。以上が、ご質問に対する答である。(2)と考え合わせると、民主主義はけっこう実利に裏打ちされていることが分かる。もっとも、民主主義にもいろいろ事情があって話は単純ではないけれど。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
国家国民以前からの王、は次第に減っていくか、国民によって据えられた王、に換えられていくのが時代の流れなのですね。

お礼日時:2012/05/11 07:16

>これらはどのような理由でそれぞれの方式を採用しているのでしょうか?


 元々王政の場合
 絶対王政→立憲君主政治そして現在のような
 いわゆる英国王室のような『君臨していても統治せず』に切り替わっています。
 で王政が完全にないのは、途中で問題が起きて切り離したが、最初から無いかです。
先進国ではロシアなどは革命などにより廃止した経緯があります。米国は英国から独立したときには王政ではありません。
 なので最初から王政ありきなので、採用というのは変かもしれません

>王族が政治を行う国よりも王制を完全廃止した国の方が民主主義が進んでいる、という感じがありますが

 そうではないと思います。
 先進国で王が存在してるのは日本を始め英国、豪州、カナダ、そして北欧各国などあります。なので民主主義なのに王がいるのは歴史が古いともいえます。
 例えば英国のエリザベス2世は グレートブリテンおよび北部アイルランド連合王国(イギリス)女王
カナダ女王
オーストラリア女王
ニュージーランド女王
ジャマイカ女王
バルバドス女王
バハマ女王
グレナダ女王
パプアニューギニア女王
ソロモン諸島女王
ツバル女王
セントルシア女王
セントビンセント・グレナディーン女王
ベリーズ女王
アンティグア・バーブーダ女王
セントクリストファー・ネイビス女王  を兼任しています。

 なので欧米では王政のある国は歴史ある格調高い国家と認識されています。実際冠婚葬祭の儀礼では大統領よりも王は上座に立ちます。
 で王の中でも歴史が古いほうが上座に近いので、王政の歴史が長いほど(欧米では)上位に立ちます。なので日本の王室(いわゆる天皇が最上位に立つことが多いのです)
 尚東南アジアとかインドでは王の在位が長い方が上座に立ちます。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

>そうではないと思います。
 先進国で王が存在してるのは日本を始め英国、豪州、カナダ、そして北欧各国などあります。なので民主主義なのに王がいるのは歴史が古いともいえます。


いえ、私は「民主主義が進んでいるという感じがあります」と言ったのであり、
「王制を存続している国は建国の歴史が古く、王制を取っていない国は建国の歴史が浅いですね」
と言ったわけではありません。
誤解させてしまい、言葉足らずでした。失礼。

お礼日時:2012/05/07 12:51

長年ブラジルに住みましたのでブラジルの場合を書きます。



ナポレオンが絶頂の時代にポルトガルがナポレオンに背いたので攻め込まれました。ポルトガルの王様は植民地ブラジルへ船で逃れ、ほとぼりが冷めるまで植民地ブラジルで過ごしました。ところが意外と滞在が長引いて息子ペドロ一世が、ブラジルの独立を宣言してブラジルの王様となってしまいました。1822年のことです。
1889年、ペドロ二世の時代にブラジル国民が帝政に反対を示したので王様は潔く退位しポルトガル本国へ帰りました。

ブラジルの場合は中間の立場です。
王様は不要として共和制を支持しているが、イギリスの女王や日本の天皇に一種の憧れを抱いています。現に1968年に当時皇太子であった現天皇がブラジルをご訪問されたときはブラジルは大歓迎をしたのを覚えています。その後総理の角栄さんもブラジルを訪問しましたが、あきらかに歓迎のレベルが違いました。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
ブラジル人に親日派が多いのはそういう理由もあったんですね。

お礼日時:2012/05/07 10:21

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Q世界28ヶ国の王家の中では、天皇家が世界一の格上ですか?

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8E%8B%E5%AE%A4
世界には、日本・イギリス・ベルギー・スペイン・タイ・カンボジア・
サウジアラビア・スウェーデン等28ヶ国に王制が存在しています。
これらの国王の中でも序列というか「格の違い」ってあるのでしょうか?

例えば、「世界の王室が集まった時、天皇が最も上座に座る」と聞いた事が
ありますが、それは天皇家の格によるものでしょうか?
その理由は、この2つです。
・天皇家は世界で最も歴史のある王室である事。
・「King」よりも格上とされる「Emperor」であるから。
 歴史的に言えば「King」よりも「Emperor」の方が格上。「Emperor」は世界でただ一人。

世界的には、「差別や格差はいけない事だ」みたいな風潮がありますが、
そんな事を言ってしまえば王室の存在が崩壊してしまいます。
王族の世界とは歴然とした格差社会であり、格とか身分の差を公認する
社会だそうです。
彼ら王族は「王族の何たるか」という教育を受けているため、天皇家の
格の高さをちゃんと認識しているため上座を譲りますが、天皇家の権威を
よく知らないのは、もしかすると我々日本人かもしれませんね。

さて、世界の王室において、「格の違い」は存在していますか?
日本の天皇家は最も格が上というのは本当でしょうか?

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これらの国王の中でも序列というか「格の違い」ってあるのでしょうか?

例えば、「世界の王室が集まった時、天皇が最も上座に座る」と聞いた事が
ありますが、それは天皇家の格によるものでしょうか?
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・天皇家は世界で最も歴史のある王室である事。
・「King」よりも格上とされる「Empe...続きを読む

Aベストアンサー

私も以前考察しました。
その結果、多国間での「格の違い」は存在しません。

>>日本の天皇家は最も格が上というのは本当でしょうか?
ガセネタです。

まずタイ国王即位60周年記念式典での写真をご覧下さい。
http://www.thaiembassy.jp/photo%20gallery/60th/Albums/Album3/Source/Best_Wish_Expression_116.htm
天皇皇后両陛下はスウェーデン・ブルネイ両国王王妃より下座です。なぜなら、国の公式行事で複数の元首が並ぶときは、即位(就任)順で席順が決まります。ただしカトリックを国教とする国ではローマ教皇を自国元首よりも上座に位置させる国も存在するようです。

ただし、国(公的)ではなく王室(皇室)の行事、つまり私的な席では元首同士、国同士でのつきあいの深さによって、席次が決まることもあります。

ですから国家間では格に違いはない、国の規模、王家の歴史、称号の違いなどは関係なく、また元首が王であろうと大統領であろうとすべて平等です。

 西欧社会のEmperor、Kingの関係と、中華文化圏の皇帝(天皇)と王の関係を混同させて「天皇はKingよりも格上である。なぜならEmperorだからだ」というのはむちゃくちゃな理論です。
 ヨーロッパにおけるEmperorと、中華文化圏の皇帝(天皇)はまったく異なる政治概念です。ただ、似たような意義が含まれるから皇帝(天皇)をEmperorと翻訳に当てただけにすぎません(King・Queenを王・女王と訳すのも同様です)。また近代以降ではEmperor、King、皇帝、王と、どのように名乗るのも勝手でした。

だから明治になって天皇の訳語にEmperorを当てたに過ぎません。

参照
ヨーロッパにおける「皇帝」
http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/020628c.html

ヤマトの王が天皇を名乗った理由
http://allabout.co.jp/career/politicsabc/closeup/CU20050413A/?FM=cukj&GS=book

より詳しい回答が教えてgooにもあります。
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa3952917.html
No.3氏の良回答をご覧下さい。

また、
http://q.hatena.ne.jp/1145697267
の3番目の回答者さんもご覧下さい。

さらに重要なことは三大権威とか、天皇はKingよりも格上などというものは、ネットで、しかもなんら確たる証拠も提示しない掲示板やブログの書き込みでしか見あたらないということです。この時点で眉唾物です。
そういったものが公的に認められているのであれば、その条文なり、条約なりを提示すればいいのにしない。「不文律なんだ」「世間では隠されているのだ」とすれば、それほどのものがだれが書いたとも分からぬ掲示板ごときに流れること自体がおかしいでしょう。

誤解無きようにいえば、わたし自身は毎朝、神仏に天皇家の繁栄を祈り、皇室に敬意を持っています。
だからこそ、このようなデマにすがりつく必要はない。なぜなら、天皇は「日本の天皇」だから敬意を持っているのです。ほかの国よりも偉いから敬意を持っているのではないのです。
正直、この手のデマにすがりつく人って、天皇を敬うフリをしながら、正直天皇に敬意など持ち合わせていない。天皇の権威が分からない。だからこんな恥ずかしい理屈にすがりつかなければ、「天皇への敬意」が表現できないのではと思えます。
また、この手のデマにすがりつくサイトは、天皇への敬意、敬愛の念よりも、「俺さまの天皇は偉いんだぞ!! お前らなんか…」といった他国への憎悪、罵倒が表立っています。正直、他国を見下すダシに皇室を利用しているのではとしか思えません。

わたしは日本の天皇だから敬意を持っています。決して他国より偉いから、他国を見下したいからではありません。

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Q天皇制廃止すればいいのに。なんでしない?

皇族費とかバカな費用が税金で支払われてるなんて許せない。
あの人たちだって同じ人間なんだから汗水流して働くべきでしょ?
マスコミもあいこ様あいこ様って…。
おもやり予算と皇族費は即刻なくなって欲しい!
天皇とかってなんなの?いつまでいるのでしょうか?
右翼の人達って考えが古いのでしょうか?
みなさんはどう思いますか?

Aベストアンサー

憲法の事など良く分かりませんが、自分の思っていることだけ書きますね。

皇族の方達は、税金で遊んでいるわけではありません。
NO5さんがおっしゃるように、それぞれ”公務”をこなしています。
公務は私達が考えている以上に大変な仕事だと思います。
嫌な顔ひとつせず国民に笑顔を振りまき、みんなに見られて、常に回りに人が大勢いてプライベートな時間もあまりない。
しかも、行きたいところへも自由に行けない。
各国の凄い要人にばかりに会いに行ったり来たりして、神経をすり減らす。
普通こんな仕事を頼まれたら、莫大な給料を要求しないと割があいませんね。

天皇陛下も皇后陛下も70歳を過ぎているのに、あまり休む間もなく公務をこなされています。
皇太子様も、最近、海外に公務に行かれたと思ったら、すぐに帰国し、またどこかの国に行って、帰国し、そしてまた海外に行かれたと思います。休む間もないですよね^^;

私も、20代の前半の時は質問者さんと同じような事を思った事もあります。しかし、海外に住んで考えが変わりました。

イギリスに住んでいましたが、彼らにとっても日本の天皇というのは特別な存在だということが分かりました。
アメリカの人たちにとっても、そのようです。
日本の総理大臣の事は全く知らないけれども、天皇、皇后、皇太子、雅子様の事は良く知っています。
イギリス人の知人は、”女王より天皇(エンペラー)の方が位が上なんだ”と言っていました。なので敬意を表しています。

例えば、バチカンのヨハネパウロ2世が海外に行かれたとして、訪問先の要人がヨハネパウロ2世に会いに行かれるそうですが、日本に来られた場合は、ヨハネパウロ2世の方から天皇家に出向くそうです。

今、日本が唯一世界に誇れるものは、技術と文化と天皇だと思います。
皇室が無くなったら、また一つ誇れるものがなくなって、馬鹿にされ放題になりそうですね。

憲法の事など良く分かりませんが、自分の思っていることだけ書きますね。

皇族の方達は、税金で遊んでいるわけではありません。
NO5さんがおっしゃるように、それぞれ”公務”をこなしています。
公務は私達が考えている以上に大変な仕事だと思います。
嫌な顔ひとつせず国民に笑顔を振りまき、みんなに見られて、常に回りに人が大勢いてプライベートな時間もあまりない。
しかも、行きたいところへも自由に行けない。
各国の凄い要人にばかりに会いに行ったり来たりして、神経をすり減らす。
普通こん...続きを読む

Q世界各国で王制が復活したら面白いと思いますが、実現性は?

世界各国で王制が復活したら面白いと思いますが、実現性は?

現代の世界においては、王制が存続している国家の方が希少です。
世襲制の王が国家元首として、一切の行政権を持たなく形式上の
権威を有するという役割は、一見前近代的なように見えます。
しかし、国家の安定性を持たせるという意味で、実は非常に合理的な
社会システムだと評価できるのではないでしょうか。

天皇や英女王は、国の最高権威でありながら、失政に対する責任を
負いません。
政治に対する世論がどう動こうとも、権威を保ち続ける地位の人間が
いるというシステムは、国家としての安定感がある気がします。

ちなみに意外と知らない人がいますが、ドイツには「首相」の上に
「大統領」がいます。
ドイツ大統領とは形式上の存在であり、政治的権力を持たないため、
その役割は「国王」と似ていると思います。
こうして見ると、現代の国家においても王制を復活させる必要性が
あってもいいのでは?と思えてきます。

・フランス→正統な王(皇帝)がブルボン朝かナポレオン朝かで揉めそう。
ブルボン朝は廃止後復帰した歴史があるとは言え現代人の感覚では、国民によって
首を斬られた王家の子孫がちゃっかり復帰しちゃおかしいかも。
・韓国→李氏朝鮮の皇帝は日本によってムリヤリ退位させられた。
復帰してもいいかも?
・イタリア→王制は国民投票により廃位され国王は国外追放された。
サヴォイア王家の当主は逮捕歴があるし復活は無理?
・ロシア→社会主義と君主制は真逆の概念。ソビエト連邦が崩壊した現在においても
君主制への嫌悪感は根強い?

さて、みなさんは王制復活の可能性もしくは意義についていかが思われますか?
簡単なご意見・ご感想でもよるしくお願いします。

世界各国で王制が復活したら面白いと思いますが、実現性は?

現代の世界においては、王制が存続している国家の方が希少です。
世襲制の王が国家元首として、一切の行政権を持たなく形式上の
権威を有するという役割は、一見前近代的なように見えます。
しかし、国家の安定性を持たせるという意味で、実は非常に合理的な
社会システムだと評価できるのではないでしょうか。

天皇や英女王は、国の最高権威でありながら、失政に対する責任を
負いません。
政治に対する世論がどう動こうとも、権威を保ち続ける地位...続きを読む

Aベストアンサー

王制というのは、政治学者マキャベリの言葉を借りれば「一人による専制政治」となり、民主制は「多数による専制政治」と位置づけられています。

この言葉を借りれば「王制」でなくても一人による専制政治は、いくらでも復活する可能性があります。
たとえばナチスドイツのヒットラー総統がいい例で、彼は民主的な手続きを踏むことで、完全な専制政治を引くことができました。もっともヒットラーは子孫に後を継がせることができませんでしたが、北朝鮮の金家は3代目への継承が実現しつつあるといわれ、「金王朝」とも揶揄されています。後300年ぐらい後の歴史書には「共産主義の名を借りた金王朝」と書かれているかもしれません。

またナポレオンは皇帝という形で専制君主になりましたが、それを聞いたベートーベンは激怒しナポレオンに奉げるはずだった楽譜を投げ捨てました。かの有名な「英雄交響曲」のエピソードです。

また日本の将軍家、特に徳川家は対外貿易などの際、実質的な君主として振舞っており、外国からの開国圧力が高まってから「いや、天皇家の許可をもらわないと・・」と言い訳して、国際問題に発展しました。つまり当時日本の王朝は徳川家だと思われていたからです。

このように、現代でも「王制・王朝」が復活するのは実は結構簡単なことです。民主的な手続きを得て、(実質的な)王朝を作ることすらできます。善政をしていれば民衆は何代でも同じ血族の出身者に喜んで政治を任せますし、悪政でも(北朝鮮のように)軍事力などを掌握していれば、何代もつづきます。
逆にいえば、王制になってからの悪政をやめさせるのは、非常に多くの苦労と犠牲が伴うということです。

最後に二つマキャベリの言葉を引いておきます。
・民衆による衆愚政治は結局専制君主を誕生させる。
・民衆というものは、善政に浴している限り、特に自由などを、望みもしなければ、求めもしないものである。

王制というのは、政治学者マキャベリの言葉を借りれば「一人による専制政治」となり、民主制は「多数による専制政治」と位置づけられています。

この言葉を借りれば「王制」でなくても一人による専制政治は、いくらでも復活する可能性があります。
たとえばナチスドイツのヒットラー総統がいい例で、彼は民主的な手続きを踏むことで、完全な専制政治を引くことができました。もっともヒットラーは子孫に後を継がせることができませんでしたが、北朝鮮の金家は3代目への継承が実現しつつあるといわれ、「金王朝」...続きを読む

Q天皇って本当に必要ですか?←税金の無駄遣いで不快

天皇って本当に必要なのでしょうか?税金の無駄使いで不愉快です。
彼らは、海外の似たような身分の人と会食をしたり、挨拶をするだけで、何も私達の生活には影響がありません。
 彼ら、天皇家は国民の前では手を振っていますが、おかしいです。
彼らは我々の税金で、ご飯が食べられるのです。国民の前では、常に礼をすべきです。
そして、隠し事が多すぎます。何かあると、マスコミの前では何も言わず、貴族の城へ隠れます。
私達の税金で食べてる以上、情報開示をもっとすべきでしょう。
そして、東京の真ん中に、莫大な土地を所有しているにも関わらず、何も役に立っていません。
国民の為に売却し、もっと有効利用すべきではないでしょうか?
天皇家は、土地の安い場所へ引っ越すべきだと思います。

さらに、子供に「様」まで付けて呼ばせています。なぜですか?
本当に何様なのでしょうか?
死んだときは、「崩御」と言う言葉を使うように、神様扱いしている理由が分かりません。
そんなに、すごい事を私達にしてくれますか?

また、日本国の象徴と言われているのが不思議です。
日本国憲法で職業選択の自由が保障されているにもかかわらず、私を含めほとんどの人は、天皇になる権利がありません。
これは差別です。
日本国の象徴は、国民投票で選ばれるべきだと思います。
可能性は低いですが、どんな日本国民でも努力次第で総理大臣になれます。
でも、天皇になるのは、なりたい人もいらっしゃるでしょうから、チャンスを与えてあげるべきだと思います。
まぁ国の象徴も、日本国憲法も、アメリカが作ったものなので、不条理なのは、仕方がないのかもしれませんがね。
とにかく、天皇を税金でまかなう必要があるのでしょうか?
私は必要だと思う人たちが、毎年、天皇家へ寄付をすればいいだけの話で、日本から切り離してもいいと思います。
本当に天皇は必要ですか?皆さんの意見をお聞かせください。

誤解される方が多いと思うので書きますが、私はサヨクでも、在日でも、宗教団体の人間でもありませんので。

天皇って本当に必要なのでしょうか?税金の無駄使いで不愉快です。
彼らは、海外の似たような身分の人と会食をしたり、挨拶をするだけで、何も私達の生活には影響がありません。
 彼ら、天皇家は国民の前では手を振っていますが、おかしいです。
彼らは我々の税金で、ご飯が食べられるのです。国民の前では、常に礼をすべきです。
そして、隠し事が多すぎます。何かあると、マスコミの前では何も言わず、貴族の城へ隠れます。
私達の税金で食べてる以上、情報開示をもっとすべきでしょう。
そして、東京の真ん中に...続きを読む

Aベストアンサー

 天皇は職業ではありません。地位です。

 誰でもなれるようにすると、余計な権力争いがおき、世の中が乱れたり、無駄なお金がかかったりするだけです。

 誰でもなれないから絶対的権威となるのです。宗教的バックボーンの薄い日本人から、天皇制をとってしまえば、国家が乱れて、安定させるのに莫大なお金がかかります。

 そのためだとは言いませんが、無駄なお金を使わないためにも税金で制度を維持する必要があるのは当たり前のことです。

 あなたは警察や消防、自衛隊を必要とだけする人だけがお金を出して雇えばいいと言っているのと同じです。
 
 外交上も皇室があればきわめて円滑な国家間の交際が可能となります。王室のない国はそのためにものすごいお金と努力を使っています。

 もう少し歴史や外交、国際関係、政治を勉強してください。その上で建設的質問をお願いします。

Qイギリス王室は何処から来たの?

 イギリスの王室は過去に絶えてしまい、オーストリアから迎えた人たちだという話を聞いたような気がするのですが、本当なのでしょうか?
 本当だとしたらどんないきさつで今の王室の人たちが選ばれたのでしょうか?また、イギリス国民は見んな知っているのでしょうか?

Aベストアンサー

 
  イギリスの王室は、過去何度も絶えています。この場合「家系が絶えた」というのは、王家の継承者が、正統な継承権を持つものとしていなくなったという意味です。
 
  歴史的に有名なエリザベス一世はテューダー王朝最後の女王で、テューダー家は確か、ヘンリー七世の時、前の王朝の断絶を受けて王位につき、テューダー王朝を創始したはずです。
 
  しかし、エリザベス一世処女女王は、後継嗣子がいなく、その兄弟姉妹も近親も正統な王位継承権を持つ者はいなくなったので、1603年、エリザベスの崩御と共に、スコットランド王国国王ジェームス六世を、イングランド王国国王として迎え、ここで、スコットランドのステュアート家の後継者である王を迎えたので、イングランドの王室は、テューダー王家からステュアート王家に変化するのです。ジェームス六世は、イングランド王位継承権を持つ、スコットランド女王メアリーの息子で、メアリーはイングランド王位を主張して、エリザベス一世に処刑されているので、メアリーの息子ジェイムス六世にイングランド王位継承権があり、彼がエリザベスの後を襲って、イングランド王になり、「イングランド王国国王ジェイムス一世兼スコットランド王国国王ジェイムス六世」となたのです。
 
  スコットランド王国とイングランド王国は、同じ人物を王とする別の王国で、1707年、アン女王の時、両王国は統一して、グレート・ブリテン王国になります。
 
  ステュアート王家は、名誉革命で、1688年ジェイムス二世が王位を追われ、フランスに亡命した後、ナッソー伯爵兼オレンイェ公爵オランダ総督ウィーレム三世が、その妻で、スチュアート王家出身のメアリーと共にイングランド兼スコットランド王位についたのですが、メアリーの方が王位継承第一位であったので、王家はステュアート家のままで、この二人の後を継いだアン女王が1714年に崩御すると、後継者がいないので、血縁を過去に遡って、ドイツのハノーファー選帝侯ゲオルク・ルートヴィッヒを、グレート・ブリテン国王に迎え、ゲオルク・ルートヴィッヒが、グレート・ブリテン王ジョージ一世となります。
 
  ジョージ一世は、同時にハノーファー侯ゲオルク・ルートヴィッヒでもあり、王家が、ここで「ステュアート家」から、「ハノーファー家」に変わります。
 
  グレート・ブリテン王国国王は、以降、ハノーファー選帝侯を兼ねていますが、1801年、グレート・ブリテン王国は、アイルランドを併合して、グレート・ブリテン及びアイルランド連合王国となり、当時のジョージ三世(ハノーファー侯ゲオルク三世)は、グレート・ブリテン及びアイルランド連合王国(以下「連合王国」)国王となります。また、ハノーファー選帝侯家は、公家になり、やがて王家になります。
 
  1837年に、連合王国王位を継いだ、ヴィクトリア女王は、1901年まで在位しますが、彼女の崩御の後、王位を継承したのは、ヴィクトリアと、そのクイーン・コンソートのザクセン=コーブルク=ゴータ公子アルバートのあいだに生まれたエドワードで、1901年エドワード七世即位と共に、家名を、ハノーファー王家から、「サックス=コーバーグ=ゴータ家」に変えます。
 
  連合王国の王家は、1901年からは、サックス=コーバーグ=ゴータ王家です。しかし、1910年にエドワード七世から王位を継承したジョージ五世は、1914年、第一次世界大戦において、ドイツと戦争状態になった為、王家名を変え、サックス=コーバーグ=ゴータ王家から、ウィンザー王家に名称を変更します。
 
  それ以降、現在まで、ウィンザー王家の名で、連合王国王家は、現国王エリザベス二世で、英国を統治しています。
 
  イギリスの王家と言っても、11世紀のノルマン・コンクエストで、プランタジネット王家が英国王となったと言っても、この時のイギリスは、イングランドであって、まだ、ウェールズは独立国で、ウェールズ大公が君主であり、イングランド王国国王ウィリアム一世は、ノルマンジー公爵を兼ねていました。プランタジネット家のジョン失地王は、その名の通り、北フランスのノルマンジーの領土を失い、それ以降は、英国王とは、イングランド王のことでした。
 
  プランタジネット家以降は、何らかの意味で、王家と血縁を持っていた人物が、先の王家が断絶すると、新しいイギリス王家を創設した訳で、色々な王家が、イギリス王位につき、やがて、イングランド王国は、ウェールズを併合して、イングランド+ウェールズのイングランド王国となります。
 
  更に、スコットランド王国とも王国合併して(併合ではありません)、グレート・ブリテン王国になったことは以上に述べた通りです。そのグレート・ブリテン王国が、アイルランドを併合して、グレート・ブリテン及びアイルランド連合王国になったのも以上説明した通りです。この後、南アイルランドの26州が、1922年にアイルランド自由国(1949年にアイルランド共和国に改名)として独立して、北に残った6州が、連合王国に留まったので、イギリスの国名は、グレート・ブリテン及び北アイルランド連合王国となっています。
 
  >本当だとしたらどんないきさつで今の王室の人たちが選ばれたのでしょうか?また、イギリス国民は見んな知っているのでしょうか?
 
  上に説明したように、王家の正統後継者が絶えると、その王家の血縁の別の家が王位につき、新しい王家となって継承されて来たということです。イギリス国民は、少なくとも普通教育を受けた人は、自国の歴史ですから、みな、概ねのことは知っているはずです。細かいことは、日本人でも、日本の歴史をよく知らない人がいると同様に知らないかも知れませんが。別に秘密でも何でもないので、調べれば、すぐ分かります。
   
  >ハノーファー家
  >http://village.infoweb.ne.jp/~isamun/monarchs/people/hanover.html
  

参考URL:http://village.infoweb.ne.jp/~isamun/monarchs/people/hanover.html

 
  イギリスの王室は、過去何度も絶えています。この場合「家系が絶えた」というのは、王家の継承者が、正統な継承権を持つものとしていなくなったという意味です。
 
  歴史的に有名なエリザベス一世はテューダー王朝最後の女王で、テューダー家は確か、ヘンリー七世の時、前の王朝の断絶を受けて王位につき、テューダー王朝を創始したはずです。
 
  しかし、エリザベス一世処女女王は、後継嗣子がいなく、その兄弟姉妹も近親も正統な王位継承権を持つ者はいなくなったので、1603年、エリザ...続きを読む

Q天皇制は「今」なぜ必要なんでしょうか?(怪しいものではありません)

政治に疎い主婦です(汗)。
敗戦後の政策として天皇制を残しておいたというのは理解できているのですが、「今」天皇制は必要だとみなさんは思われていますか?
(敗戦後におけるマッカーサーの政策云々は理解しておりますのでその点はご回答頂かなくて大丈夫です)
「今」天皇制が必要であるという理由を教えてください。
(ちなみに私は右翼だとかそういう人では全然ありません!!単純にわからないので質問させていただいています。)

Aベストアンサー

 あの、別に天皇制で構いませんよ。歴史的には、確かに左翼が使った用語なのですが、現在は浸透して左翼以外も使っていますし、天皇制の特殊性(天皇が神道の最高神官であり、神道と皇室とを分離する事が事実上不可能である事など)という問題もありますので。ちなみに、右翼の人達は天皇制とは言わず皇室という呼び方をしますが、こちらも一般的ではないですから。
 さて、私は必要性を全然感じません。日本の文化や伝統の守護者としての皇室に期待する方もおられますが、現実には、世襲制原理に正当性を与えている問題(国民意識の中に、世襲を是とする古い意識がこびりついている)や神道との関連が不可分であり政教分離と抵触している可能性があるなど、様々な問題を抱えているのが事実です。天皇制廃止派というと、何かと左翼と結び付けて語られがちですが、実際には、宗教関係者だったり、反世襲ということでアメリカ的な競争原理を支持する観点からの反対論など、非左翼系が意外と多いのです。
 元々、戦後の一時期は天皇制について活発な議論があったのですが、右翼が度々マスコミを襲撃し、中央公論社の社長宅が右翼少年に襲われる事件(無関係なお手伝いさんが殺されました)を契機にマスコミが萎縮報道をはじめ、天皇制議論は抹殺されてしまいました。国民には天皇制を考える機会と情報が与えられずにきたのです。そして皇室を賛美する報道ばかりが増え、結果的に右翼に利する形となり、今のような天皇制支持率80%時代を迎えたわけです。逆に言えば、今の状態は右翼とそれに屈したマスメディアによって作り出された虚構とも言えます。
 必要性を聞かれた際、こうした経緯がある事から、きちんと回答するのは困難でしょう。少なくとも、必要性を感じていない人を説得するのは事実上不可能です。戦後君主政体の国は続々と共和政体に変化し、今や世界に残る君主国は微々たるものです。政治思想も、天皇制を補強するものよりも、共和制を補強するものの方が強固で論理的正当性を持ちます。最早、天皇制を論理的に擁護することは出来ないのです。
 アメリカは、戦時には大統領を中心にまとまるそうです。民選元首でも国民統合の象徴足り得る証左であると考えます。大統領制を導入して天皇制を廃止しても、きちんと機能すると思われます。

 あの、別に天皇制で構いませんよ。歴史的には、確かに左翼が使った用語なのですが、現在は浸透して左翼以外も使っていますし、天皇制の特殊性(天皇が神道の最高神官であり、神道と皇室とを分離する事が事実上不可能である事など)という問題もありますので。ちなみに、右翼の人達は天皇制とは言わず皇室という呼び方をしますが、こちらも一般的ではないですから。
 さて、私は必要性を全然感じません。日本の文化や伝統の守護者としての皇室に期待する方もおられますが、現実には、世襲制原理に正当性を与え...続きを読む

Q共和国とは?日本は共和国?

共和国とは君主をおかず、大統領とかが国家元首となっている国家と聞きました。

このことから、アメリカは共和国と考えてよろしいのでしょうか?
あと、日本も共和国となるのでしょうか?

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 日本は共和国ではありません。憲法には明記してありませんが、事実上天皇を君主とする立憲君主国(法治国家。絶対君主ではない)です。もし日本が共和国だとすれば、元首は総理大臣となりますが、総理大臣とは君主のいる政治のトップという意味ですから矛盾しますよね。
 共和国・君主国の例
 アメリカは共和国です。大統領がいますよね。お隣、韓国も同じ。しかし北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)は名前は共和国ですが、事実上の君主国(立憲君主国とは呼べないようですが)。ロシア(旧ソ連)も共和国。ロシアは、アメリカと違い、共和国の中に共和国(タタールスタン共和国など)を抱えています。中国(中華人民共和国)は実質的は党が国を支配していますが、独裁ではないので共和国と呼べるでしょう。
 イギリス(グレートブリテン及び北部アイルランド連合王国)は立憲君主制。女王エリザベス二世が君主でブレア首相が政治のトップ。オーストラリアはイギリス連邦の一員であるため元首はエリザベス女王(この場合、形式上オーストラリア女王)。オーストラリア総督が政治を代行します。サウジアラビアも王国。サウード家が政治を行う数少ない絶対王政の国。

 日本は共和国ではありません。憲法には明記してありませんが、事実上天皇を君主とする立憲君主国(法治国家。絶対君主ではない)です。もし日本が共和国だとすれば、元首は総理大臣となりますが、総理大臣とは君主のいる政治のトップという意味ですから矛盾しますよね。
 共和国・君主国の例
 アメリカは共和国です。大統領がいますよね。お隣、韓国も同じ。しかし北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)は名前は共和国ですが、事実上の君主国(立憲君主国とは呼べないようですが)。ロシア(旧ソ連)も共和国。...続きを読む

Qイギリスの国王はどの程度の権力を持っているのか?

イギリスの国王(女王かも?)は、どの程度の権力を持っているのでしょうか?(日本の天皇は象徴ですよね?それよりは権力がありそうですけど。私のイメージです。)

また、現在絶対王政は無いかもしれませんが、立憲君主制の国はありますか?ほとんどの人が知っているようなメジャーな国でお願いします。

カテ違いでしたらすみません。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

いつの時代かを言っていただけないと捉えようがないのですが・・・まあ、天皇が象徴と言うことは、現代のこととして答えさせていただきますね。ざっと流れは説明しますが。

立憲君主制を取っています。立憲君主制の最大の特徴は、王が一番上ではなく、法(憲法)が一番上にあるということです。
結局、天皇と一緒です。つまりマスコットです。

13世紀前半、ジョン王の時代ですが、イギリスはフランスにボコボコに負け、大陸領土を全部失った上に、更なる出兵をジョンは企て、課税を強化します。これに怒った諸侯(議会)は、反乱をおこしました。その結果生み出されたのがマグナ・カルタ。これは、王権を制限するものです。その後、ずっと、絶対王政の元であっても議会は機能し続けます。
しかし、エリザベス1世が没すると、彼女には夫はおろか子供もいませんでした。そこで、彼女の遠縁から王をもってきたのですが、これが、スチュアート朝と呼ばれるスコットランド王室です。
王となったのはジェームズ一世。そしてそのあとを継いだのがチャールズ一世。
しかし、スコットランドに数百年の重みを持つ伝統的な議会政治はありませんでした。そのため、彼らは専制政治を行い、革命を勃発させてしまいます。これが清教徒革命です。その結果チャールズは処刑されます。その後しばらくクロムウェル時代が続き、王政復古となるわけですが・・・
その後、名誉革命をへだてて、王家はハノーヴァー朝になります。で、このジョージ一世、ドイツの生まれで旅行好き、そのため世界中をふらふらしている上にドイツにいることが多く、そもそも英語がまるっきり話せない。しかも国内の政治に興味が無い。息子のジョージ二世も同様でした。そのため議会は大いに栄えます。

で、1721年、ロバート・ウォルポール首相の下、責任内閣制(議員内閣制)が成立します。これは、現在の日本と基本システムはなんらかわりません。議会で優勢な勢力が内閣を作り、議会に対して責任を持つ、というものです。今と同じですね。で、この時の原則が「国王は君臨すれども統治せず」です。

で、これが今現在まで続いているのがイギリス。基本的に権力はありません。

昭和天皇が「好きなテレビチャンネルは?」と言う問いにこう答えました。「最近、民法の競争が激しくなっているので、私個人の意見をいうのは差し控えたい」と言う返答をしました。政治に関与しないというのはこういうことでもあるのです。
イギリスも同様なのです。まあ、日本の天皇よりは、オープンですがね。

なお、立憲王政国家は山ほどあります。絶対王政国家は、現在世界では一応5国のみ存在していますサウジアラビア、スワジランド、UAE、オマーン、ブータンの5つです。しかし、他には北朝鮮も君主独裁の絶対君主制に近い状態ですし、王権がのこっている立憲君主国家も存在しているため、一概には言えません

参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/絶対君主制

いつの時代かを言っていただけないと捉えようがないのですが・・・まあ、天皇が象徴と言うことは、現代のこととして答えさせていただきますね。ざっと流れは説明しますが。

立憲君主制を取っています。立憲君主制の最大の特徴は、王が一番上ではなく、法(憲法)が一番上にあるということです。
結局、天皇と一緒です。つまりマスコットです。

13世紀前半、ジョン王の時代ですが、イギリスはフランスにボコボコに負け、大陸領土を全部失った上に、更なる出兵をジョンは企て、課税を強化します。これに怒っ...続きを読む

Qチャールズがカミラさんにこれほど惚れたのは何故?

イギリス王室の世紀の結婚式を拝見してました。
もし、ダイアナさんが生きてらしたら何処の席で息子さんの結婚式を
ご覧になってたんでしょうか?
いつも疑問に思ってたのは何故美しいダイアナさんよりあの下品なカミラ
さんと長い間不倫を続け、愛を注いだのでしょうか?
男女間のミステリーを感じます。
不誠実な夫に耐えかねた妻の最後はあまりにも悲劇的、それなのに
カミラはちゃっかりとイギリス王室の一員となってしまった。
カミラの前の夫が彼女は凄い床上手だと発言したのを記事で読んだ
事があります。
"君のタンポンになりたい”という信じられない言葉を盗聴されてしまった
チャールズ。
そこまでカミラを愛し続けたのは何故?相性?同じ趣味?価値観?
真面目に答えて欲しいです。

Aベストアンサー

真面目に答えます・・・。

カミラの曾祖母はエドワード7世(イギリス国王)の長年の公妾にして最愛の女性であるそうです。
そして更に遡ればリッチモンド公爵チャールズ・レノックスの血筋だとも言われてます。

充分に王妃としての素質はあったように思います。

ダイアナと結婚以前からカミラとは関係があったようです。(すでに最愛の人だったみたいですね)
何故、カミラを最初に王妃にしなかったのかまでは王室の事ですので分かりません。
ただ、チャールズ皇太子は伝統に対して抵抗したがるところが見え隠れする方みたいですが、伝統を破るほどの革新的な王子ではないそうです。

ダイアナは正直、自分の言いたい事を言う、好きな時に好きなことを楽しみといった自由人で強く、暖かい人情のある方だったそうです。
しかし一般的な母性はあるとしても極端に甘えさせてくれるなどの懐の深さはなかったようです。

チャールズの母であるエリザベスは王女だった為にチャールズに対して母として接する機会があまりなく愛情不足だったと思われます。
チャールズは気難しく理屈っぽい。正直さ、率直な振る舞いが特徴です。
伝統や格式を担う公人としては適役と思われます。

そして問題なのが、公人としてダイアナを妃にした事としかしダイアナは公人としてでは無く私人として愛して欲しかった事です。
ダイアナは彼を変えられると幻想を抱いてたのかもしれません。
ダイアナは言いたい事を言う性格ですので、キレて文句を言う日々が続いたのかもしれません。
しかし、チャールズはグッと考え込んで大事な事だけ発言するタイプです。
ですから元々の性格は真逆だったと思われます。
その為チャールズはダイアナに寄りつかなくなったのかもしれません。

もちろんダイアナは理屈を理解しようと努力をした事は伺えるのですが・・・理解は出来ても許容する事が出来なかったと思われます。

そしてカミラの場合は難しい理屈などは置いておきたい人のようです。
カミラにとって重要な事は自分を求め愛してくれる人がいること。
ドロドロとした三角関係にあってもチャールズの事を理解しそして許容する事が出来る方のようです。

気難しい彼に対してデリケートな部分を刺激したりしない、とても尊重してくれる方だと言われてます。
そして最大の彼女の魅力は強い母性愛です。
愛する男性を子の様に慈しみ、命を捧げて生涯を守るほどの古典的な母たる姿勢を崩さなかった事と周りから何を言われても誇り高く、強い女性であった為にチャールズにとっては不可欠な女性だったのだと思います。

長くなりましたが、カミラとダイアナでは性格が真逆であることは一番の原因だったのではないでしょうか?
ただ、誰が悪いとかでは無いと思います。

私も最初は否定派でしたが、現在はお二人の関係を暖かく見守って差し上げたい様な心情です。

真面目に答えます・・・。

カミラの曾祖母はエドワード7世(イギリス国王)の長年の公妾にして最愛の女性であるそうです。
そして更に遡ればリッチモンド公爵チャールズ・レノックスの血筋だとも言われてます。

充分に王妃としての素質はあったように思います。

ダイアナと結婚以前からカミラとは関係があったようです。(すでに最愛の人だったみたいですね)
何故、カミラを最初に王妃にしなかったのかまでは王室の事ですので分かりません。
ただ、チャールズ皇太子は伝統に対して抵抗したがるところが見え隠...続きを読む

Q日本は共和制?君主制?

日韓W杯開幕前にCSで
出場32カ国を紹介する番組がありました。
その番組で日本が紹介されたとき、
政治体制で「共和制説と君主制説がある」
と書かれていたんですが
どういうことでしょうか?

それから、こんな政治体制の国は世界で他にあるのでしょうか?
もしくはあったのでしょうか?

Aベストアンサー

念のため最初に大雑把に説明しますが

共和制:元首が大統領(アメリカのブッシュさんやイラクのフセインさん)
君主制:元首が国王(イギリスの女王陛下や大日本帝国の天皇陛下)

です。(辞書で「元首」を引けば説明があるはずです。)
憲法があるとか、議会があるとか、民主的だとか、非民主的だとか、一切関係ありません。

で、ご質問の件ですが、上記の基準では憲法で元首が誰なのかが定められていない日本は共和制なのか君主制なのかの判断ができないのです。
天皇という国王(皇帝)もどきがいるのだから君主制っぽいが、憲法という最高法規で「わざわざ」象徴だと明言しているのだから元首ではありえない、つまり君主制ではない。ということなのです。

私は元首だとか象徴だとかごちゃごちゃいうのはナンセンスで、fuji31さんのおっしゃる通り君主制とするのが妥当だとは思いますが、これはあくまで個人的な考えです。


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