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今季プロ野球で稲葉(日本ハム)・宮本(ヤクルト)選手が2000本安打を達成した。
小久保(ソフトバンク)選手はあと少し、谷繁(中日)選手も遅くても来季は達成するだろう。
しかし、投手は山本昌(中日)が212勝(5月8日時点)を達成したのを最後に200勝投手は出ていない。
一番近いのは西口(西武)の177勝だ。
ちょっと厳しいか?
なぜ200勝投手は出ないのか?

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A 回答 (17件中1~10件)

野球好きのおっちゃんです



>なぜ200勝投手は出ないのか?

簡単です。単に「機会」が少ないからです。

「中3~4日」が当然だった昭和の時代から現在先発投手は「中5~6日」のローテーションで登板します。

すると年間で先発できる投手はおよそ25から、多くて30試合。
そして、ダルビッシュ級の投手でも勝率は7割前後。

自ずと年間勝ち星は18勝前後となり、200勝までは実働11~13年。
大卒で入団しても最短で30代前半までかかる計算です。

これを昭和の投手に当て嵌めると年間登板数は30試合から多くて35試合。
勝率を7割とすると20勝~25勝となり、200勝までは実働8~10年。
大卒で入団しても最短で30歳で達成です。

ただしこれはあくまで「計算上」の事。

実際ダルビッシュ級の投手なんて10年に一人出るか出ないかの選手ですから、実質的にはこのハードルを越えられる選手なんて極々稀です。

実際、ダルがいなくなって名実ともに日本を代表する投手になった楽天のマー君も、今シーズンは怪我で現在登録を抹消されています。

このように投手の200勝って近代野球では非常に厳しい数字なんですね。

翻って打者の2,000本安打ですが、一流とされている3割打者で年間150本前後の安打数です。
と、なると実働13年前後で達成できる数字です。
大卒で入団すれば30代半ばで達成できますが、稲葉、宮本、小久保の3選手の年齢を見れば分るように現代野球ではトレーニングやコンディショニング理論の発達で一流打者なら30代後半まで現役というのも決して珍しくなくなりました。

昭和の時代、35歳を越えて現役でスタメンを張る打者なんてほんの一握り。
あの長嶋茂雄選手でさえ引退は37歳。それで2400本以上の安打数を記録しています。

昨シーズンから統一球が導入されて明らかな「投高打低」ですが、基本、野球というスポーツは「打高投低」がデフォルトなんです。

なんせ、打者はピッチングマシーンを使えば160kのボールを思う存分打ち込んで練習できますが、投手はそのような練習はできません。
ひたすら「自分の力のみで自分を高める」練習しかできません。

平たく言えば打者は「好きなだけ」打ち込みができますが、投手はそんな事したら肩や肘を故障してしまいますから、「量」を制限しなければなりません。

なので40歳以上のスタメンクラスは野手が数人いるのに対し、投手は山本昌だけ。
木田、下柳は全く活躍できていません。

稲葉、宮本、小久保の3選手の実績は素晴らしいもので、2000本を達成した(小久保はまだですが)という裏には彼等の普段の努力が合っての事。
その事実に何ら異議はありませんし、尊敬して止みません。

しかし、2,000本安打に比べて200勝のハードルが上がってしまっているのは事実です。
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連投させなくなったせいもあるが、やはり、中五日・中六日では、登板数が少なすぎる。


中四日の MLB ですら、なかなか 20 勝投手が出ないんだから。
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昔はエース級のピッチャーが連投して勝ち星を稼ぎましたが、近年はバッティング技術の向上によりコンディションを整えなければ容易に勝つことが出来なくなったからでしょう。


バッターはバッティングマシンで好きなだけ練習できますが、ピッチャーはそういうわけには行きません。
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 400勝を頂点とし、300勝、250勝以上の投手が活躍していた時代は、投手ローテーションが確立しておらず、正に高校野球と同じように、大事な局面になるほどエースには連投が要求されました。

例えば、シーズン最多勝は1961年に稲尾投手(西鉄)の42勝が歴代の記録ですが、ベストテン以内ではこの稲尾投手の記録が最も新しいものです。同じ年に権藤投手(中日)が35勝をあげましたが、この時は「権藤、権藤、雨、権藤」と言われるほどの連投だったようです。また、シーズン最多完投は1947年に別所投手(南海)が47回を記録があります。ベストテンではこの記録が最も新しいものです。

 当時は戦前の教育がまだ色濃く残っていた時代ですので、何事にも精神論が付きまとっていたのです。練習中は水を飲んではいけないとか、水泳は肩を冷やすからいけない、試合後に肘や肩をクールダウンしてはいけない…など、今ではスポーツ科学の見地から小学生でも間違いが分かるようになっています。

 打者の2000本安打とは違い、『投手の肩は消耗品』と言われています。大学卒の投手は200勝は不可能というのが通説になっているくらいです。ダルビッシュ並の高卒ルーキーが20年以上勝ち続ける以外に200勝は難しいでしょう。
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いろいろな方も言っていましたが、勝敗に関係なく記録できる安打の方が勝利よりも記録しやすいですね。


付け足すと、打者は年齢により守備ができなくなっても1塁にコンバートされたりDHだってある。打順も打てなくなってきたら打順を下げられたりするだろうが8番でも9番でもそれなりの数80本だろうが100本だろうが打つ機会がある。
しかし、投手は能力低下・調子の良し悪し・チーム事情などで中継ぎ、抑えなどにかえられてしまう。先発と上位打線の打者とどちらが200勝・2000本をやりやすいかと比べるとそれなりに考える余地がでてくるが、中継ぎ・抑えと8番9番の打者がどっちが200勝・2000本やりやすいかと言ったら間違いなく打者だと思われる。

統一球は、こんな厳しい状況の中200勝をあげた山本昌へのご褒美だとおもうのでどんどん記録を伸ばしてもらいたいですね。工藤の統一球もみたかった。
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他の回答者さんが指摘しない側面から。



松坂大輔選手がNPB8年で108勝です。アメリカでケガしちゃいましたけど、日本でそのままやっていたら少なくともメジャーよりは良い成績になっていたはずで、日本でそのままやっていたら最も200勝に近い投手でしょうね。
ダルビッシュ有選手がNPB7年で93勝です。日本ならあと10年以内で200勝は間違いないでしょう。今25歳だから、大けがでもしない限り達成は確実です。

ところで、2005年に200勝投手が出ているのをお忘れですか?

誰のことだって?いやだ、日本球界史にその名を残す偉大なパイオニア、野茂英雄氏のことですよ。NPB78勝、MLB123勝で日米通算201勝です。日米通算の成績をどう考えるかMLBでも見解はまとまっていないので「公式成績」ではないですけどね。
元々、名球会ってもの自体が「カネやんの、カネやんによる、カネやんのための集まり」ですからね。野茂を公式に認めると「やっぱメジャーで成績を残した人のほうが凄いんでね?」とカネやんの権威に関わってしまいますので(「400勝といってもメジャーから見たらマイナーリーグのNPBでの成績だろ?そんなら、サチェル・ペイジ(黒人リーグで2000勝、ノーヒットノーラン55試合の成績を残した)はどうなんのよ?」となってしまう)、カネやんの目が黒いうちは野茂の扱いをどうするかは棚上げのままでしょう。カネやんが遠いところに旅立たれたら名球会入りとなると思いますけどね。ちなみに、野茂はパイオニアという立場からメジャーの名球会入りも確実といわれているそうです。アメリカ人は日本人ほど数字にこだわりませんからね。

オリックスからマリナーズに行った長谷川滋利氏や岩隈久志選手のように「日本ではバリバリのローテンションピッチャー」でもメジャーでは中継ぎになったような選手がいます。
ずっとNPBでやっていれば山本昌選手のように200勝ピッチャーも出てくるでしょうけど、今、一流と呼ばれるピッチャーのほとんどはメジャーを目指すので純粋にNPBの記録で200勝投手が出てくる可能性は低いでしょう。

稲葉選手はかつてメジャーを目指すもどこのチームからもお声がかからず日ハムに移籍したってことがあったし、宮本選手はメジャーは目指しようもない選手でした。
現役野手で20代で実績のある選手となると西武の中島選手が通算打率.301で通算1259安打(5/9現在)です。中島選手が日本でずっとやっていれば2000本安打の可能性は高いですが、ご存知の通り彼はメジャー入りを希望しています。あと安打数と年齢から見て可能性がありそうなのは巨人の阿部選手ですね。阿部選手はジャイアンツから10億円も裏金をもらっている手前メジャー宣言はしないでしょうから、阿部選手の2000本安打はありそうです。
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2000本安打…ヒットは試合に勝っても負けても1本です。


200勝…試合に勝たないと1勝は付かないんですよね。
どんなにいいピッチングしても、味方が打ってくれないと勝てないこともあります。
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 今の統一球、ストライクゾーンなら、2000本安打は出なくなり200勝投手が出ると思いますよ。


ただ、日本プロ野球機構がこの先20年同じ球、同じストライクゾーンで行けばの話です。

 それほど昨年の貧打はひどいものでした。
長年130試合を続けているときは感じませんでしたが、公式戦の試合数が増えたり、セ・パ交流戦があったり、統一球になったりすれば、単純に過去の記録と今の記録を比べてもしかたがないなぁって気もします。
シーズンではなく通算の記録なら納得ですが、たとえば王貞治氏の55本は試合数140の時のもの。彼は試合数130の時に51本打ってます。現在は144試合ですね。シーズン記録っていったいなあに?って気がします。

 あと、200勝はピッチャーは自分の肩(腕)を酷使して成し得た記録ですし、いくらいい投球をしても味方が点を取ってくれないと勝てません。
 2000本安打はどうでしょう?本当に自分の力や技術だけで達成できるものです。チームが負けても自分さえヒットを重ねればいいんですね。そこに一番大きな違いがあります。

 またバッティングマシンはあってもピッチングマシン(?)はありません。打つ方はどのような形(バッテイングマシン・バッテイングピッチャー)でも自分を鍛え上げることができると思います。しかし投げる方は鍛える=肩の酷使ってことですね。100球打つのは簡単ですが、100球投げるのは大変です。

 パ・リーグのピッチャーが平均して素晴らしいのは、これも長年パ・リーグ独自で行なってきた指名打者制のおかげだと思います。


 最初に戻りますが、統一球、ストライクゾーンを今のまま続けたら、200勝は出ても2000本安打はいなくなると思います。
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 メジャー式の100球めどで交代、中4日(日本なら5日)で



ピッチャーをかばい過ぎでは。昔は先発もリリーフも区別なく、

先発完投の翌日リリーフ登板、はたまた権藤 権藤 雨 権藤など

連投は当たり前、20何勝しても最多勝にはなれない。20どころか

30勝投手がいる時代と今では、4分の3の150勝が関の山かも。
 
 昔のピッチャーはタフだったといえばそれまでですが、

スタルヒンの年間42勝など、スタルヒンって見たことないけど

稲尾42勝、杉浦39勝などのピッチャーは見たことあるし、

どのチームにも絶対的なエースがいました。

小生が子供の頃、近鉄鈴木啓示投手が200勝を達成し「まだ金田さんの

半分です」とコメントしてました。それでもまだまだ現役バリバリですから。

 今のピッチャーなら引退間近で泣く泣くたどり着けるかですが、

南海杉浦、大洋秋山、ヤクルト松岡は惜しくも200に届かなかった。

 西武西口はたびたびノーヒットノーランの扉を開けかけて未だ叶わず

すごいピッチングをするときもあるが、多分200に届かないと思います。

 ピッチャーの肩は消耗品という考えと、過去に酷使で選手寿命を縮めた投手が

かなりいたことで、野球をビジネスと考えれば、そうコキ使うこともできず、

細く長く使うようになったからでしょう。昔は太く長くか、太く短くで、

太く長くに耐えられる投手がそれだけ居たのです。
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昔に比べて登板間隔が長くなり、登板数が減り20勝する人も殆どでなくなった。

15勝で最多勝になれることもあり、そうなると毎年15勝しても14年以上はかかることになる。

昭和の時代は中2.3日だったのが、次第に4日、今は5日以上 先発投手は1年間で30試合程度か。昔は先発で50試合以上登板なんて当たり前だった。

一方打者は、年間180本から200近くまで打てるので、毎年180本以上なら11年強で到達できる。

また、今は先発、中継ぎ、抑えと完全分業となっているので、先発だった人がチーム事情で抑えに回ることがあるので、そうなると上記のように毎年2ケタ勝利も難しくなる。結局到達する前にアメリカへ行ってしまう人も多い。
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Q日本のプロ野球史上、最高の投手は江川卓ですか?

過去に読んだスポーツ新聞で元プロ野球選手にアンケートをとった所、
「日本のプロ野球史上、最高の投手は江川卓」だという結果が出ました。

日本のプロ野球史上、最高の投手は江川卓ですか?
江川卓を超える投手はいますか?
江川卓はどれ程すごい投手だったのでしょうか?


【1】高校野球では江川時代以後、金属バットの導入などで打者の力量が飛躍的に向上しており、
江川の高校時代の記録は以降の投手(たとえば横浜高校時代の松坂大輔など)とは単純比較できないという意見もあります。

【2】甲子園での江川の球速は、スピードガンが普及し始めた当時のデータで147km/hといわれています。
だが、本気で投げると捕手が球を捕れなかったので、実際は150km/hを越えていたのではないかといわれています。

【3】ただし、投手としては指が短めだったため、フォークボールなどの変化球を投げるのには適さなかった。
そのため、変化球は苦手で、あまり効果のないカーブぐらいしか投げられなかった。

など、江川には批判的な意見が多いのですが、江川のすごいところやダメなところを教えて下さい。

過去に読んだスポーツ新聞で元プロ野球選手にアンケートをとった所、
「日本のプロ野球史上、最高の投手は江川卓」だという結果が出ました。

日本のプロ野球史上、最高の投手は江川卓ですか?
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【1】高校野球では江川時代以後、金属バットの導入などで打者の力量が飛躍的に向上しており、
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【2...続きを読む

Aベストアンサー

 以前、たまたま、飲み屋で隣で飲んでいた元広島の達川さんの話に聞き耳を立てていたことがありました。
 それによると、江川さんが、対広島初登板の際に、山本さんは、すぐに、投球フォームから、カーブと直球が読めるようになったとのことでした。しかし、実際に対決すると打てなかった。山本さんが、球種を読んで打てなかったのは、江川さんだけだと、達川さんは、江川さんをもちあげておりました。


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