大関推挙に関する質問です。
かつて、長谷川(先代秀ノ山親方)は大関が
三人いたために推挙されなかったそうですが、では、
なぜ鶴竜は大関が五人いるにもかかわらず推挙を
受けたのでしょう? 現在は、それほど大関推挙の
基準が甘くなっているのでしょうか?

A 回答 (3件)

他の回答者さん達も書かれているように、要は「上が詰まっているから下が膨れちゃう」んです。



これは相撲に限らず、一般社会でもよく見る光景ですよね。

大関昇進の規定をクリアした以上、大関に上げざるを得ない。
しかし、横綱の規定をクリアできた大関がいないので結果大関が増えた。

決して基準が甘くなった訳ではなく、大関の規定までしかクリアできる力士がいないというだけ。
    • good
    • 1

甘くなっていません。

強い横綱がいるとそうなります。
横綱になるには二場所連続優勝が必要ですが、白鵬がいては無理。その前は朝青龍がいてやはり無理でした。強い横綱がいるとそうなるんですよ。
バルトあたりが相撲をもう少し上手くなれば白鵬に張り合え、面白くなるんですが・・・
    • good
    • 0

 「3場所連続で三役(関脇・小結)の地位にあって、その通算の勝ち星が33勝以上」



 これが現在の大関推挙の基準です。甘いですか?(笑)

 長谷川関は関脇で優勝しましたが3場所で30勝だったみたいですね。

 稀勢の里はちょっと甘いような気がしますが、これは白鳳を破ったことや、琴奨菊もそうですが日本人大関が欲しかったことだと思います。鶴竜は33勝あげていますし、白鳳を二度破ったことが大きかったでしょうね。
    • good
    • 0

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Q横綱在位ランキングなどのサイト

似たような質問がなかったのでお聞きしたいと思います。

現在大相撲では朝青龍の一人横綱時代が続いてますが、
いつから一人なんだろうと思いネットで色々調べましたが
朝青龍が、横綱になった時期はわかったのですが、
その頃だれが横綱で、誰が大関にいたのかという
過去の番付がわかりません。

そのような一覧が掲載されているサイトは、ありますか?

また詳しい方いらっしゃいましたら教えてください。
よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

ここで、見たい時期、幕内番付を指定すれば見れますよ。
http://sumo.goo.ne.jp/kiroku_daicho/index.html

Q現役(特に横綱・大関&日本人)に甘い相撲協会は隠蔽と事なかれ体質では?

現役(特に横綱・大関&日本人)に甘い相撲協会は隠蔽と事なかれ体質では?

<質問の意図&背景>

◇暴力団への維持員席の斡旋容疑で2人の親方への処分が課せられた。
黒い繋がりを絶つ為、暴力団撲滅への当然の対応であり、両親方への妥当な処置処分だと思います。

◇一方、琴光喜関への対応には、私も相撲ファンの一人だが(日本人大関への期待・応援の気持ちも強いが)腫れ物に触るような甘さ・庇いあい・特別扱いではとの思い、違和感を持つ。
それは、真実は週刊誌の記事よりも、今後の警察の取調べで明らかになるだろうが・・・

罪を犯せば、身分(地位が大関でも幕下でも、日本人or外人、一般人でも)に関わらず、追求・説明責任・罰則は、影響力や関心の高さは異なっても、裁かれる事は同じだと思う。
それなのに、先のドーピング検査での日本人力士(忌避や即刻再検査逃れ)と外国人力士の再検査の内容での徹底問題、今回の琴光喜関の会見については大いに疑問を感じる所があります。

警察の事情聴取が2時間余(黙秘?)、それが相撲協会では数分の内部への説明だけで済ませ、それで「やってません」との本人の弁を信じたいという相撲協会のコメント&対応にはガッカリ、失望しました。

下種の勘ぐり、竹薮に棒かもしれないが・・・
何か、現役・大関・大部屋(名門)・人気・日本人と言うキーワードに当て嵌めると、ドル箱スター(収益・観客動員)への遠慮、優遇、事なかれ主義が疑われ気になる。

琴光喜関よ、相撲協会よ、やましい所無ければ堂々と記者会見(公開)で、本人が説明責任を果たせ!
疑念を持たれたまま、髷を結い土俵に上がるな!
信頼を得、納得の行く説明をせずして、ファンの前で相撲を取るな!
身に寸鉄を隠さず持たず、正々堂々と我が身だけが頼りと死力を尽くして闘うのが相撲ではないのか!

現役(特に横綱・大関&日本人)に甘い相撲協会は隠蔽と事なかれ体質では?

<質問の意図&背景>

◇暴力団への維持員席の斡旋容疑で2人の親方への処分が課せられた。
黒い繋がりを絶つ為、暴力団撲滅への当然の対応であり、両親方への妥当な処置処分だと思います。

◇一方、琴光喜関への対応には、私も相撲ファンの一人だが(日本人大関への期待・応援の気持ちも強いが)腫れ物に触るような甘さ・庇いあい・特別扱いではとの思い、違和感を持つ。
それは、真実は週刊誌の記事よりも、今後の警察の取調べで明らか...続きを読む

Aベストアンサー

一応、質問にはなってますが・・・「何かを主張したい」「同意を求めたい」なら他でやったほうが反応があるでしょう。

Q横綱の風格

相撲ファンの方に質問します。日馬富士また負けました。私はまだ横綱になるのが早すきたと思います。横綱は必ず勝たねばなりません。過去に大の国と言う横綱がいましたが最後の引退の直前に沢山負けましたが、新しく横綱になった直後にこんなに負けた横綱は記憶にありません。テレビの中継を見ていても白鳳と比べてみても全然違うように見えます。体格は仕方ないですが毎日の取組をみても日馬富士は一応勝っていましたが、何かじたばたして勝っているように見えます。白鳳はどっしりと構えて取組をして勝っています。規定で2場所連続優勝したら横綱になると言う事になっているそうですが、見直したらいいと思います。日馬富士は嫌いではありませんが横綱になった以上、みっともない負け方は見たくありません。千秋楽に横綱同士で全勝対決位やってもらいたいです。私の考えが間違っているかもしれませんが意見を聞かせて下さい。

Aベストアンサー

こんにちは。

大相撲ファンというほどではありませんが、44代横綱・栃錦、45代横綱・若乃花(初代)の栃若時代から大相撲中継をテレビ観戦してる者です。

栃若時代の1960年頃には全国的にテレビが一斉に普及したので、私を含めて現在60歳以上の人達は栃若以降の歴代横綱を覚えてると思いますが、栃錦が引退する前年に46代横綱・朝潮が加わり3人横綱になりました。

しかし、朝潮の横綱在位期間は2年6ヶ月と意外にも短いものでした。

その、朝潮が引退した場所に、47代横綱・柏戸と48代横綱・大鵬が同時に横綱昇進を果たしましたが、当時は小学生だった私の目からも「大相撲の人気取り」のために昇進させたのではないかと疑問に映りました。

案の定、柏戸は休場がやたら多い横綱で柏鵬時代とは言われましたが、大鵬だけの1人横綱という印象があります。

当然、子供の目は正直ですから、この頃に流行った言葉が「巨人・大鵬・玉子焼き」です。

なお、柏鵬時代に、49代横綱・栃ノ海が誕生しましたが、横綱昇進後は9勝6敗のような成績で横綱在位2年で引退した短命横綱でした。

また、53代横綱・琴桜は「琴桜の狂い咲き!」と新聞記事で揶揄されたぐらい万年大関だったのが2場所連続優勝を果たして横綱に昇進したものの、昇進後は揶揄された通り成績が振るわず横綱在位1年2ヶ月の短命横綱でした。

この後も、57代横綱・三重ノ海の横綱在位1年2ヶ月が短命でしたし、66代横綱・若乃花(3代目)の横綱在位1年8ヶ月と短命横綱でした。

従って、横綱昇進1場所目の日馬富士を1場所目で評価を下すのは早計ではないかと思います。

ちなみに、60代横綱・双羽黒は、1度も優勝経験がないのに「優勝に準じる成績」として横綱に昇進させてますが、横綱昇進後も1度も優勝出来ずに問題行動を起こして横綱在位1年2ヶ月で「廃業」という不名誉な横綱を見て来てますから、2場所連続全勝優勝の成績で堂々と横綱に昇進した日馬富士の今後を私は静かに見守りたいと思います。

こんにちは。

大相撲ファンというほどではありませんが、44代横綱・栃錦、45代横綱・若乃花(初代)の栃若時代から大相撲中継をテレビ観戦してる者です。

栃若時代の1960年頃には全国的にテレビが一斉に普及したので、私を含めて現在60歳以上の人達は栃若以降の歴代横綱を覚えてると思いますが、栃錦が引退する前年に46代横綱・朝潮が加わり3人横綱になりました。

しかし、朝潮の横綱在位期間は2年6ヶ月と意外にも短いものでした。

その、朝潮が引退した場所に、47代横綱・柏戸と48代横綱・大鵬が同時に...続きを読む

Qボクシング長谷川穂積のかつての防衛相手について

長谷川穂積のかつての防衛相手について教えて下さい。

私は長谷川選手のファンです。
バンタム時代の頃から現在でも非常に実力のある日本の誇れるボクサーと思っています。

しかし、ネット上ではバンタム時代の防衛相手は大したことなかったと批判している人が
結構います。
相手のランキングは高くて二桁順位はいなかったように思いますし、
指名試合もいくつかあったように思うのですが。

実際のところどうなのでしょうか?試合前に不自然にランキングが上がっていたとかあったのですか?
それともアンチの方々の一方的な言い分なのですか?

詳しい方教えて下さい。


フェザー級に転級してからは適応しきれていないみたいですが、これから試合を重ねて
また輝いてほしいものです。

Aベストアンサー

結果論として長谷川に挑戦した選手で、後に世界戦に挑戦して誰も王者になれなかった事実だけを強調して、たいした選手と防衛戦をしなかったという論調が2chとかで出てますね。また王者になったばかりの頃に徳山から対戦オファーを拒否したとか、実力者であるサーシャの挑戦を受けなかったとか、海外へ進出すると言って結局しなかった事、長谷川への中傷ってこんなパターンですね。でもネトオタがほとんどが面白おかしく書いてるだけですよ。これを書けば圧倒的に多い長谷川ファンが怒って反論し、さらに刺激する事を書いて個人のブログや掲示板を炎上させる目的の為だけです。実際そういうのを何度も目にしてきました。到底足元にも及ばない長谷川の実績にやっかんでるのか知りませんが、某兄弟信者からの中傷が非常に多いですね。友人のブログは長谷川の話題を書くと必ずといって良いほど荒らしの被害に遭ってます。

まず中傷内容で言えば、勝手に現役続行へのモチベーションを長谷川との対戦にしてた徳山の一方的なオファーを受ける大義名分はありませんでしたし、サーシャは高額のファイトマネーを要求した挙句、日本で問題を起こして追われるように去りました。この二人への扱いで長谷川が批判される謂れはないです。海外進出も相手があってのタイミングですから仕方ないし、実現しかけた大物ビッグ・ダルチニアンとの試合もダルチニアンが長谷川と対戦する前にあっさり負けて流れたので彼に責任はないですよ。先日亀田長男が対戦したムニョスに至っては「長谷川には勝てない」という理由でオファーを断ってます。

防衛戦の相手については全員10位以内でほとんどが5位以内、さらに1位との試合が10度の防衛戦のうち4回です。直前になって不自然にランキングが上がったのはファッシオとロチャくらいですが、某兄弟の対戦相手のような露骨なものではないと思います。挑戦者のその後は例えば2RKO負けした2位(長谷川に挑戦した時のランク)バルデスは再起してWBO王者モンティエルをグロッキー状態にしながらも勝ちを奪われたに等しい不可解な裁定で王座を取れなかったですし、1位(同様に)ベチェカは今も世界ランク1位です。

結局11度目の防衛戦でWBO王者のモンティエルに4RTKOで敗れたことで一気に評価を落としたように思えますが、あの試合も倒されるまではハイレベルな緊張感溢れる見ごたえある試合だったと思います。だから年間最優秀試合に選ばれたのでしょう。バンタム級での長谷川の実績に疑問は全くないですね。逆に何故ネットで過剰に中傷されるのかが理解できないです。何か目的がある悪意以外にないでしょう。

ただ再起戦でいきなり2階級上げたのはどうかなと思います。ブルゴスとの王座決定戦に勝利して王者になっても体格面で細く感じましたし、バンタム級ではなかった危なっかしい場面が結構ありましたね。その危なっかしさが災いして、結局西岡に挑戦して敗れた後に階級を上げフェザー級に適応していたジョニー・ゴンサレスにKO負けしちゃいましたが、Sバンタム級じゃ駄目だったのかなと思います。当時のSバンタム級王者がWBAは下田、WBCは西岡という、長谷川が所属する真正ジムにとって盟友関係にある帝拳ジム所属だったのも影響してたかもしれないですね。下田がWBA王座を陥落した現在、再起するならSバンタム級で3階級制覇を目指してほしいと思ってます。西岡が35歳で奮闘してるのに31歳の長谷川が引退するのは考えたくないですね。

結果論として長谷川に挑戦した選手で、後に世界戦に挑戦して誰も王者になれなかった事実だけを強調して、たいした選手と防衛戦をしなかったという論調が2chとかで出てますね。また王者になったばかりの頃に徳山から対戦オファーを拒否したとか、実力者であるサーシャの挑戦を受けなかったとか、海外へ進出すると言って結局しなかった事、長谷川への中傷ってこんなパターンですね。でもネトオタがほとんどが面白おかしく書いてるだけですよ。これを書けば圧倒的に多い長谷川ファンが怒って反論し、さらに刺激する事...続きを読む

Q常陸山、初代梅ヶ谷らはなぜ大横綱なのですか?

常陸山、初代梅ヶ谷、栃木山はなぜ大横綱なのですか?

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A8%AA%E7%B6%B1#.E5.A4.A7.E6.A8.AA.E7.B6.B1

ウィキペディアには彼らは大横綱と載っています。しかし、年2場所制にしても彼ら優勝回数がもっと上の横綱がいるのに、彼らだけを特別大横綱とするのはおかしいと思います。

昭和、平成の大横綱以降の大横綱は大鵬、北の湖、千代の富士、貴乃花、朝青龍など例外なく優勝回数が抜群です。現代をみると大横綱とよばれるには「抜群の優勝回数」は必須だと思います。

常陸山(優勝8回)、初代梅ヶ谷(9回)、栃木山(9回)は年2場所制としては優勝回数は多いと思いますが、抜群というほどでもないと思います。仮に抜群だとしても、稲妻(10回)、玉錦(9回)、常ノ花(10回)が大横綱とよばれないのはおかしいと思います。

特に優勝8回の常陸山を大横綱とよんで、10回の常ノ花が大横綱ではないのはおかしいと思います。常陸山は大横綱とよばれるほどの成績でないのに、相撲界を発展させた等の理由で強さや成績以上に過大評価されているだけだと思います。

常陸山、初代梅ヶ谷、栃木山はなぜ大横綱なのですか?

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A8%AA%E7%B6%B1#.E5.A4.A7.E6.A8.AA.E7.B6.B1

ウィキペディアには彼らは大横綱と載っています。しかし、年2場所制にしても彼ら優勝回数がもっと上の横綱がいるのに、彼らだけを特別大横綱とするのはおかしいと思います。

昭和、平成の大横綱以降の大横綱は大鵬、北の湖、千代の富士、貴乃花、朝青龍など例外なく優勝回数が抜群です。現代をみると大横綱とよばれるには「抜群の優勝回数」は必須だと思います。

常陸山(優...続きを読む

Aベストアンサー

常陸山と常ノ花の二人だけの力士に限定し、なるべく手短に申し上げます。

優勝8回の常陸山は、当時のルーズベルト大統領と会見しています。幕内での勝率は9割を超えます。で、ここが重要なのですが、常陸山の時代、年間の場所は、たったの2回でした。しかも、ルーズベルト訪問の為、1場所、全休しています。更に、ポイントは、相手十分、相手の力を充分に引き出したうえで勝つという横綱相撲でした。

一方、常ノ花は、常陸山の弟子であって、常陸山御大のスパルタ教育によって、横綱になりました。
で、極め出しと吊りを得意とした常陸山に対して、突っ張り、右差しが得意でした。取り口が派手な、所謂、速攻相撲でした。どうも、横綱相撲ではないのですね。

そして、肝心なことは、昭和に入って、年4場所になったのですね。それで、初めて、優勝回数が2ケタ(10回)に乗った力士と今日ではなっていますが、当時は、年2回の関西場所に優勝額贈呈が無かったのです。つまり、正式な優勝回数に加算されていなかったのです。その4回が後年になって加えられたわけで、それまで常ノ花は優勝6回の力士とされていたのです。ですから、双葉山が10回優勝した際にも、常ノ花のタイ記録に並んだとは言われませんで、全く無視されていたようです。

また、何より不幸なのは、1場所11日の時代に3敗もしたのに優勝してしまったことでして、その後、「不敬」であるとの理由で3敗以上の力士には天皇賜杯を贈呈しないという規定まで作られました。ただし、今日では、そういう規定、外されています。

今日残る記録としては、優勝時の最低勝率記録保持者であるということ。1場所11日制での8勝3敗は、勝率0.727。そして、それに次ぐのが、平成8年の武蔵丸で、その11勝4敗が、勝率0.733なのです。

常陸山と常ノ花の二人だけの力士に限定し、なるべく手短に申し上げます。

優勝8回の常陸山は、当時のルーズベルト大統領と会見しています。幕内での勝率は9割を超えます。で、ここが重要なのですが、常陸山の時代、年間の場所は、たったの2回でした。しかも、ルーズベルト訪問の為、1場所、全休しています。更に、ポイントは、相手十分、相手の力を充分に引き出したうえで勝つという横綱相撲でした。

一方、常ノ花は、常陸山の弟子であって、常陸山御大のスパルタ教育によって、横綱になりました。
で、極め出し...続きを読む

Q【大相撲】 北の富士親方の名前に関するナゾ

今日NHK解説している、千代の富士の師でもある
元横綱・北の富士親方について質問です。

(1) 千代の富士が現役だったころ、北の富士親方は「九重」を名乗っていました。
(2) 千代の富士は引退後に九重一門の「陣幕」を襲名しました。
(3) その後、部屋の後継か何か?で、両親方の名前がひっくり返りました。
   北の富士:陣幕
   千代の富士:九重  と。
(4) にもかかわらず、今、「北の富士」を名乗っているのはなぜですか?
  正確には、「元横綱北の富士の陣幕親方」だと思うのですが。
  偉大な横綱だったけど、一代年寄ではないですよね?

このあたりの事情をご存知の方、いらっしゃいましたら教えてください。

Aベストアンサー

 元横綱の北の富士さんは,現役引退後に「井筒親方」となり,その後,九重部屋を継承して「九重親方」となり,千代の富士や北勝海を育てました。
 千代の富士は引退後に「陣幕親方」となりましたが,九重部屋を継承することになり,元横綱北の富士と元横綱千代の富士は名跡を交換しました。ここで,千代の富士は「九重親方」となり,北の富士は「陣幕親方」となりました。
 平成10年頃に陣幕親方は相撲協会を退職しましたので,現在は親方ではありません。
 

参考URL:http://www.fsinet.or.jp/~sumo/profile/1/19640101.htm

Q鶴竜の横綱昇進

鶴竜が初めて優勝して、横綱に昇進した場合
(1)2場所連続優勝後以外での横綱に昇進の場合は大乃国以来ですか?
(2)初優勝後の横綱昇進は鶴竜が初めての例ですか?

Aベストアンサー

No.2 回答者です。

2.
初優勝で昇進、まだありました。
-----------
昭和28年(1953年) 第42代 鏡里
初場所で初優勝(14勝1敗)後昇進

昭和16年(1941年) 第36代 羽黒山
夏場所で初優勝(14勝1敗)後昇進

Qプロレス・総合格闘技に転向した元大関

プロレス・総合格闘技に転向した元大関はいませんよね。

横綱・東富士・輪島・双羽黒・曙、
関脇・力道山、
小結・孝乃富士、
前頭・天龍、
ほかにもプロレス・総合格闘技に転向した元力士は
たくさんおりますが元大関だけは私は知りません。

横綱より大関ははるかに多いのに不思議です。
プロレス・総合格闘技に転向した元大関を
知っておられる方がいましたら是非教えてください。
お願いいたします。

Aベストアンサー

最高位が大関で、プロレスなど他の格闘技に転身した元力士は、恐らくいないのではないですか。

でも、2009年の新日本プロレスの興行に特別レフェリーとして招かれた元大関小錦が、試合に巻き込まれてジャイアント・バーナード(当時)に左ラリアットをかますなどしたことはありますよ。これもリングデビューか!?

THE REAL LIVE WEB
http://npn.co.jp/article/detail/19385993/

Qなぜ弱い横綱や大関ばかりつくるのですか。

横綱鶴竜は優勝回数わずか2回、幕内勝率は65%に過ぎません。大関陣では琴奨菊が優勝1回だけで他はありません。なぜこんな弱い横綱や大関をつくるのですか。興行のために昇進させているなら相撲協会は公益財団法人を返上すべきです。

稀勢の里が昨日負けて少しほっとしています。優勝回数1回で横綱にすると鶴竜の二の舞になるからです。大関は場所ごとに9勝、横綱は11勝が最低ラインといわれています。その点で地位にふさわしいのは、白鳳、日馬富士、稀勢の里だけであとは失格です。10勝もおぼつかない鶴竜は大関クラスで、カド番を繰り返す琴奨菊。豪栄道、照ノ富士は関脇クラスです。なぜ相撲協会は話題作りのために弱い横綱や大関をつくろうとするのですか。そもそも横綱、大関の定員は計4名です。なぜ7名もいて、無茶甘い基準で稀勢の里を4名目の横綱にしようなどと考えるのですか。納得できません。

Aベストアンサー

まぁまぁプンプンしてしまう気持ちは
わかります。
昔に比べると、横綱、大関の実力、品格は
劣ったと思います。
取り組みを見ると、ちょっとがっかりしますし、この
勝率で横綱、大関なのと疑問に思うことが、ここ最近
本当に思います。
まぁ話題作りというか、どこか相撲協会が横綱、大関と
いう番付の評価、品格を落として考えて、誰かしら、この
番付に力士をあてているように思います。
過去において、相撲協会もいろいろと問題を起こし、相撲
人気も低迷し、興行収入も激減しましたから、多少の話題作りを
し、人気を回復しなければ、相撲文化も衰退してしまいますから、多少の
ことは、見る側も我慢しなければならないかと思います。

Q大関陥落した力士

一度は大関まで昇りつめるも、その後は伸び悩み前頭に甘んじているのが雅山ですが、大関に上がるころは勢いもあっただけに、再起を期待したいところです。

ところで、過去引退した力士を含んで構いませんが、一度は大関まで昇りつめるも、現在はその地位が下がった力士、あるいは引退時の地位を大関で終えることができなかった力士がいたら教えてください。

Aベストアンサー

魁傑 現放駒親方、
大関から陥落したが 再び大関に昇進 怪我のため再び陥落するが
その後小結まで盛り返しましたと記憶しています、
大関旭国との2度の水入り取り直しの大一番は今でも忘れられません。

大関昇進の使者を2回迎えた人はこの人だけです。


人気Q&Aランキング